チャイントーン(Keng Tung,景棟)、ロイムウェ ミャンマー
チャイントーン市内の風景。ミャンマー・シャン州。
チャイントーンのマーケット。アカ族の人たちが普段着の民族衣装で買い物に来ている。頑丈な塀で囲まれた四角い市場。
昼過ぎには店じまいが始まり、夕方には市場全体がロックされ、無人になる。ミャンマーの大きな市場はだいたいこの形式(モンラーの酒池肉林中国人マーケットを除く)。
城塞都市というのはもともとこういう市場から発達したのかもしれない、と思ったりする。
チャイントーンの目抜き通り。
チャイントーンではパキスタン料理がおいしかった。日本人の口にも合う(少なくとも私の口に合う)カレーとたくさんの生野菜や香草がついてくる。鶏肉もよく血抜きがしてあり、味がしみこんでいておいしい。
その店には、ロンジの似合うきれいなパキスタン人(ムスリムインド系)の女の子がいた。お客の来ない時間に、ふだんはしないスカーフをつけてコーランの勉強をしている。
ミャンマーでパキスタン系だという人は多かったが、パキスタンという国ができてからパキスタンからミャンマーに渡った人なのか、インドとパキスタンが分裂する以前に渡ってきたイスラム教徒のインド人なのかは、よくわからない。もしかすると、インド領から来たムスリムのインド人が、「インド人」という呼び名を嫌がって「パキスタン系」と自称しているのかもしれない。
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コメント
彼らはパーキーではありません。
バンブラディシュ人ですよ。顔がバングラ人だったので聞いて見たらそう答えました。
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(管理人お返事)
僕が本人(かわいい女の子)に聞いたときはパキスタン人だと言ってましたけど・・・・
あの顔はバングラ顔なんですか?
投稿: kinoko | 2007年11月 2日 (金) 13時27分
私は店主の男性にききました。バングラ顔でしたよ。インドとアジアのミックスっぽい顔です。息子っぽいのがウェイターやってましたが、顔はハンサムでしたが、肌が真っ黒でした。墨汁色でアフリカ人より黒かった。バングラが昔は東パキスタンだったのでそういったのかなあ?それとも、バングラ出身だということに劣等感でもあるのかな?こっちはバングラでもパーキーでも一緒なんだけど。
投稿: kinoko | 2007年11月 3日 (土) 23時38分
ミャンマーではインド系は少数派ですが、そのインド系の中でも少数派なのがムスリム系インド人です。そしてヒンズーインド系とミャンマー人は混血しますが、ムスリムインド系とミャンマー人は絶対に結婚しません。また、ムスリム系とヒンズー系(彼らは自分らを仏教徒だということもある)のインド人はイガミあっています。
東京でバングラ人と話をしたことがあるのですが、その人とチェントンの目抜き通り?のカレー屋の主人の顔の造りが凄く似ていたのを記憶しています。
また、チェントン市場ではヒンズーインド人の娘と出会ったことがあります。英語がすごく上手かった。彼女はよくニューデリーに出かけているといっていました。インドとミャンマーの結びつきの深さを感じさせてくれた一瞬でした。
チェントン市内には屋台で、豆腐を揚げ黄色いタレをつけて食べるもの(揚げ豆腐?)を売っています。これはムスリム系の料理です。また、街中の茶店では、インドのパンやマサラティーが飲めます。チェントン人も自然にマサラティーを飲んでいますよ。
投稿: kinoko | 2007年11月 3日 (土) 23時49分
ヤンゴンのアナウラタ(と読むのかな)通り(だったと思いましたが)のインド人街にはムスリムのインド人がたくさんいましたが(ダヒやラッシーの屋台を出している)、パキスタン系と中国系との混血だという人もいました。
確かに少数派のようではあります。モンラーの茶店に一人だけムスリムのミャンマー人がいて(ビルマ人に見えましたが)モンラーではムスリムはマイノリティだといって嘆いていました。モンラーは中国人が豚肉食らって酒飲んでマージャンやって泰式按摩と酒口巴に通う酒池肉林の町なのでもっともだと思いましたが。
ただ仏教徒のビルマ人とムスリムが結婚しないのは、いがみ合いよりも宗教的な理由(イスラム教の戒律)によるのではないかと思います。
ムスリムの男はムスリムかクリスチャンかユダヤ教徒(つまり旧約聖書を共有する啓典の民)の女としか結婚できないし、ムスリム女性はムスリムの男性としか結婚できません。
チャイントーンのマーケットによく通いましたが、ラペイエ(ミャンマー式の、マサラが入っていないコンデンスミルクティー)しか飲みませんでした。
チャイントーンではインド人よりもネパール人とよく会いました。メインストリート(?)にもダヒ(ヨーグルト)の店を出しているネパール人(チェトリ)の家族がいました。色白でかわいい妹がいた。
マーケットにもミルクやダヒの屋台を出している別のネパール人の男がいた。その男はあまり上等ではない感じの男で、私がロイムウェに行くといったらクサを分けてくれるというロイムウェのアカ族の人を紹介してくれるといって紹介状まで書いてくれました。そこをたずねてみたのですが、その人はテレビ塔で働いていて留守で、とってもきれいな20歳位のカヤ族の奥さんが迎えてくれた。奥さんは雑貨店をやっていたのですが、何も買わない突然の訪問者である私をニコニコと奥に迎え入れてお茶を出してくれました。あまりかわいくてニコニコしていて親切にしてくれるのでどうなることかと思いました。彼女はロイムウェに嫁に来るまで村から出たことがなく都会に出たこともないのに、英語を少し話しました。クリスチャンみたいで、英語は教会で覚えたのかもしれない。それを考えるとあまり喜ばしいこととはいえませんが。
もっとも、ミャンマーでは小学校で4年間英語を教えるのでメーサイのタイマッサージで働いているタチレクのアカ族の子がタイ人よりずっと英語をよくしゃべることはよくあります。
チャイントーンはまた行きたいところです。マーケットでラペイエを飲んでぼっとしているだけでも十分なところです。
投稿: Kuantan | 2007年11月 4日 (日) 12時46分
うーーん。マサラティーを注文したらでてきてマサラティーの味がしたんですけど、ラペイエだったのかなあ。ラペイエって飲んだ事無いです。紅茶+コンデスミルクの味ではなかったと記憶しています。ラペイエって日本のインドレストランで飲むマサラティーのような味がしますか?・・・こんどヤンゴン行った時にでもラパイエをチェックしてきます。まだヤンゴンはいったことないので近いうちに行きたいです。
チェントンは綺麗なところですね。貼り付けてある写真みてると懐かしいです。サムヤットGHのタイヤイ娘が可愛かったのが印象に残っています。またニュー・チェントン・ホテルは外人とミャンマー人で料金がぜんぜん違うんですよね。GHもそうなんだろうけど・・あれにはびっくりしました。
チェントンは電気と水があまりないのが欠点ですが、小さくて人種、宗教のごったな混合の歴史を感じさせる街ではあります。
メーサイのワンカムホテルの前のマッサージ屋ですね?あそこの娘は英語上手ですよね。二時間200BTで安いし、技術もあります。わたしは別に英語はデファクトの国際言語だと思っているので特に英語は話さない嫌いということはありませんので楽しく、英語とタイ語のちゃんぽんで会話を楽しみましたよ。背の高いミャンマー娘の妹の方、ナンちゃんはいまヤンゴンにいるようです。
モンラーはいまは中国人だけ(中国の雲南あたりのIDじゃないとモンラーへ入れなくなったらしい)でなく、ミャンマー人も増えてきて・・(当然か)・・ムスリムミャンマーも結構みましたよ。頭に頭巾?しているのですぐにわかります。クンサ将軍も無くなったし、シャン州も少しは流動化するのでしょうか?
ミャンマーでもっとも少数派と思われるのはインド人のなかのムスリムでしょうね。可哀相とは思いますが、旅行者としては最も注意すべきはインド人でその中でもムスリムだと思います。なにしろ、差別されてますから、旅行者が来るとここぞとばかりにリップオフしようとしてきます。しつこいし・・・
チェントンにネパール人が多いとは知りませんでした。わたしはインド、ネパールは行った事無いのでわかりません。日本でネパール人と話したことはありますが、インド系の顔ではなかったです。色黒でしたが、アジア系の顔でした。その人と顔が似てるなーーってひとはチェントンにはずいぶんいました。やはり、私には言葉が壁なんですよね。
ブログ頑張ってください、楽しみにしています。
PS 管理人さんとは結構かぶっています。チェンライではいつもバンブアGHに泊まっていますよ。タイ女性と結婚したイギリス人経営ですよね。
投稿: kinoko | 2007年11月 7日 (水) 04時15分
この記事を投稿したのは何年かぶらぶらしたあと日本に帰っていたときで、チャイントーンに最後に行ったのはこの投稿時期よりずっと前なので、いろいろ変わっている可能性はあります。
ミャンマーのティーショップで普通に出てくるお茶が「ラペイエ」(発音いい加減)です。タチレクからヤンゴンまで変わりません。グラスの底にコンデンスミルクがたまってなかったですか?ラペイエはマサラ(香料)は入っていないのが普通だと思います。チャイントーンのマーケットの屋台で「マサラティー」を出す店があるのかどうか、ちょっと謎ですね。
サムイェットゲストハウスは私も泊まりました。あの娘はタイヤイじゃなくてアカ族です。ミャンマーのアカ族は色白で体格もいい子が多いです。タイのアカ族ほどいじめられてないので。
といって、時期が違うのでスタッフがタイヤイの子に変わった可能性がありますが。
ワンカムホテルの前のビルの(リンカフェのあるビルですね)3階にあるタイマッサージ屋はビルマ人の女の子ばかりでした。体格も良いし力もあるしそのうえ細かい気配りができて、タイ女なんかよりぜんぜん上手かったと記憶してます。この店も通いで行く分には健全だと思います。ただワンカムホテルの部屋に呼んでオイルマッサージとかだといろいろあるかもしれません。ボスの女は中国人ですね。タイ語を話していましたが「ないよ」というのを「マイミー」でなく「マイヨウ」(≒没有?)みたいに言っていました。ビルマ人の女の子は2年働いて客としゃべっているうちにタイ語を覚えてしまったといっていました。
そのほか大通り沿いに「01マッサージ」とか言うところがありました。ここも個室ですが健全な店で、「売春に罰金10000バーツ」みたいなタイ語と中国語の張り紙が出ています。ここはタイ族が多かったですが、タチレクのアカ族の女の子が2,3人いました。タイ女よりぜんぜん愛想がいいのでアカ族の子を指名してよく通ってました。
ネパール人は肌色も顔立ちも本当にいろいろです。カーストによっても違います。日本人だといっても普通に通用するようなのもいるし、ヨーロッパの山奥の村(行ったことないけど)の娘かと思うようなのもいます。
だから顔立ちではネパール人かどうかはほとんど判断できません。
チャイントーンのメインストリートのミルク&ダヒ屋のネパール人家族は3世ぐらいになっていましたが、まだネパール語を話していました。その人たちは英語がほとんどできないし、私はビルマ語はまったくできないので片言のネパール語を思い出してしゃべるしかありませんでした。
マーケットのネパール人は英語をよく話しましたが。
タチレクにもネパール人の店がありました。イミグレを出てまっすぐ行って突き当たる大通りを右に曲がって行ったところの右側にある小さな食堂です。一見するとインド料理店だと思うようなところですが、話してみるとやっぱりネパール人で、ネパールミルクティー(チヤ)を出してくれました(味はいまいち)。
やはりネパール滞在が長かったのでネパール人のかもし出す雰囲気みたいなのが多少はわかるようになるのかもしれません。
チェンライのバンブアゲストハウスは毛唐に人気のせいか、いつ行っても満室でした。一回ぐらいは泊まったかもしれません。
ワット・チェ・ヨーの隣にあるブンブンダンゲストハウスとか、北のほうの大通り沿いのチェンライ旅社とかに泊まっていました。
毛唐が来る宿がもう本当に嫌になってたので(今でも嫌ですが)、終わりのほうはチェンライ旅社(清莱旅社)ばかりに泊まっていました。
もしまたチェンライに行くことがあったら、ゲストハウスはやめて少しましなホテルに泊まろうと思います。
ゲストハウスで夜中売春婦を連れて帰ってくる毛唐が廊下を歩いたり扉を閉めたりする音で起こされるのも嫌だし、一部始終を聞かされるのも(1回ぐらいなら興味があるとしても)気分が悪いし、中国旅社も飽きたので。
投稿: Kuantan | 2007年11月 7日 (水) 13時20分
サムヤットの娘は自分でシャン族だっていってましたから時期が違うか、違うスタッフだったのでしょう。写真ありますがどうみてもタイヤイです。笑
ネパールは行った事無いので行ける機会があればいってみたいですね。ヒマラヤみてみたい。また、チベットもいってみたいな。インドはなんか本とかで読むとちょっとすごくて・・・あまり行きたくはない。
メーサイのワンカム前のマッサージ店は中国経営ですか?メーサイは中国人が多いですねえ。二階だったかインターネット屋も太った中国人がやってますよね。絵に書いたような中国人顔で日本語も少しできます。
メーサイのメイン通りのワンカムホテル側をずっとチェンライ方面に歩いて、二つ目の7/11の少し先のソイに台湾餃子屋があるんですよ。10個で25BT。ここはお奨めです。美味しいですよ。
タチレクのネパール人の店はもしかしたらいったことあるかも・・少なくともその店の前は歩いています。あの辺に清真料理の看板、つまりムスリムの店がありますよね。あのムスリムの料理屋もなかなかですよ。・・チェントンの目抜き通りの例の786ムスリムカレーの店のほうが本格派で美味しいですけどね。
チェンライのバンブアは雨季一泊200BTと安くてイギリス人のオーナーは愛想いいですよ。
わたしも白人はえらそうにしているとは思っていますが全部が全部だとは思っていません。知ってる範囲でランキングすると・・
ひどいのは・・・南米EXブラジル、イスラエル
それから、イタリア、スイス
次が・・フランス、ドイツ、イギリス、アメリカ
という主観です。
ジュネーブの本屋で本を選んでいると、いきなり「キキ」といわれたこともあります。頭オカシイですよね。日本人のほうが余程文明的です。
問題は日本人のなかにもあると思っています。つまり、戦後、いまの50歳より上の世代はアメリカに洗脳されて生きてきた事にあると思います。アメリカが自分らよりも進んでいると思い込んでいるのですよ。情けない限りです。
KUANTANさんは白人が美女美男だと思っていらっしゃるようですが、私は全くそうは思いません。醜いですよ。良いのはティーンの白人ですね。若い子は肌が綺麗。でも25すぎると肌が汚くってだめです。ほとんどは30歳くらいからデブデブだし・・・30以上で良いのは整形しているか、金持ちで手入れが行き届いている層の人達だけです。
タイ人マッサージ師もよく日本人は肌が綺麗、白人はだめだって私にいってきますよ。笑
でも世の中が偏りすぎているために、逆に管理人さんみたいに極端なことを主張するほうが面白いとは思います。
PS 売春/買春は生きるために必要なのでしょう。いまの通貨システムが生んだ悲喜劇と思っています。
投稿: kinoko | 2007年11月 8日 (木) 07時43分
>kinokoさん
私が「白人が美男美女だと思っている」などということはありません。
このブログのどこにそんなことが書いてありますか?そういうことが書いてあるところがあったら指摘してください。
滝川クリステルが好きだとどこかに書いたかもしれませんが、それは滝川クリステルがよいのであって、白人的な容姿がよいのではありません。
それよりも、顔だちだけからどの「民族」出身かがわかるかのようにいうあなたの考え方のほうが私には奇妙に思われますね。
コメントをする前にこのブログの過去記事をよく読んでください。
旅行記事だけでなく、時事的な記事や批評記事などもよく読んでからコメントしてください。
「白人の中にもいい人もいれば悪い人もいる」、という言い方は「常に妥当する」言説です。
「常に妥当する言説」というものは、言い換えれば意味のない言説、役に立たない言説、無効な言説ということです。
中国人にもいい人もいれば悪い人もいる、韓国人にもいい人もいれば悪い人もいる、日本人にだって悪い人はいっぱいいるじゃないか・・・・このような言説の持つ効果は何でしょうか?
言論はすべてそれの持つ実際的な「効果」から評価しなければなりません。
私はいま旅先におり、マレーシアは日本語ネット環境もよくないためネットで無用な議論はしたくありません。無駄な過去の旅のおしゃべりもこれくらいにしたいと思います。
私はバックパッカーではないつもりなので、あなたのようなバックパッカーとは趣味が合わないのかもしれませんが、次のような陳腐なことを自慢げにしゃべるタイプの日本人には(そういうのが多いですが)旅先でも近づかないようにしています。
念のためにいえば、このブログは「置屋」で検索してくるような人を歓迎していないし、そういう人のために役に立つ情報は載せていません。
このブログは「倫理的な観点から売春やレンタルワイフ遊びを嫌悪する」という立場を明確にしています。
投稿: 管理人 | 2007年11月 8日 (木) 14時22分