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2006年6月 4日 (日)

ナラティワト Narathiwat 

インターネットから手に入る情報や新聞記事で見るかぎり、タイ深南部のナラティワトNarathiwatあたりは、毎週のように爆発事件や銃撃が起きたり、大量の死体が発見されたりしていて、大変治安の悪い物騒な一帯という印象を受ける。

しかし、実際に行ってみると、ナラティワトの市街はきわめて平穏である。

ナラティワト近辺では軍隊はもちろん警察もほとんど見かけない。

ナラティワト市内で、深夜1時過ぎに15分ぐらい歩いてコンビニに行ったが、その間も警察官は見なかったし、危険そうな連中にも出会わなかった。

深夜出歩くこと自体はどの町でもあまり推奨できることではないが、ナラティワトの町がバンコクやチェンマイに比べて特別危険ということはないと私は思った。

タイ警察や軍隊が物々しく警備して、住民を監視し虐待しているという意味では、むしろタイ北部のほうが一層ひどいと思う。

タイ深南部で危険なのは田舎のほうだと言われているが、タクバイからナラティワトに至る道筋でも警察や軍隊の臨検はまったくなかったし、物々しい雰囲気はまったくなかった。

田舎で警官などと住民が殺し合いをするのはタイではありふれたことなのではないだろうか。

住民が一方的に殺されているだけならまったくニュースにならないが、住民が抵抗して警官(役人)が怪我をしたりすると「テロ」として大きく報道されるという感じだろう。

地面を掘り返せば、いつどうして死んだのかわからない身元不明死体がざくざく出てきたりするのも、タイではどこでもありうることなのではないのか。

ナラティワトはタイ式の退廃娯楽はほとんどない。クズ白人も見ない。

静かなビーチがあり、のんびりすごすには良いところである。住民の90パーセント以上はムスリムでよく戒律が守られている。タイ族と中国人以外は親切な人が多い。

マレーシア式の食事や飲み物もここではまだ楽しめる。

テロ報道のおかげでまともなツーリストもほとんど来ないようである。

毛唐の踏み荒らした跡を忠実にたどっていき、「私はこれだけ欧米人バックパッカー並みの個人旅行をしてきました」というのが、いまだ日本の個人旅行文化の現実なのかもしれない。しかし日本人ツーリストはこういうところにもっと行っていいのではないかと私は思う。

毛唐の近づかないところに「いいところ」を見つけるほうが面白い。といって、イラクにまで行く必要はない。

ナラティワトのように簡単に行けるのにツーリストが誰も行こうとしないところ、一見して何の娯楽もないようなところに、実は「隠れた味わい」や「ひそかな楽しみ」があったりするものである。

某月某日。コタバルAzamホテルをチェックアウト。

コタバルのバスステーションから2時頃の19番のバスでプンカラン・クボールPenkalang Kuborに向かう。

一時間ほどでP.Kuborのイミグレ前のバス停に着。コピ・オ50銭を飲んだ後、意を決してマレーシアのイミグレを通り(何の問答もなし)、はしけに乗ってタクバイTak Baiへ。

タクバイのイミグレを通過するのは3回目になる。

今回は荷物を持っていたせいか、Put Thai Dai Mai?とか、What do you do in Thailand?とか聞かれる。

タイ語をわからないフリできず思わず反応してしまったのは情けないが、思いっきり下手な発音で「に・の・い」とこたえる。

What do you do...?のほうには、テロ支援と答えるわけにはいかないので、I'll do nothing in your prathet but eating,sleeping and bonbon, dai mai?つまり、通過するだけだと答えておいた。

ナラティワトへのミニバスは、ジェティ(桟橋)のすぐ前から出る。1時間ほど待つ。1時間に1本ずつ出ているようで、ちょうど出たところだった。料金は4リンギ(40バーツ)。ジェティのすぐ前にチケット売り場がある。

ミニバスは新しくて冷房も入っている。しかし、タクバイは暑い。コタバルよりも暑く感じる。

タイ領に入ると森林が少なくなり、荒れ野が目立つようになる。

ナラティワトまで検問も一切なく、タイ北部のように、横柄な警官が車内を覗き込んだり乗客のIDカードをチェックしたりすることもない。警察自体一箇所でしか見なかった。

1,2時間でナラティワトに着く。去年一度訪れているが、すっかり忘れてしまっていた。去年泊まったホテルの場所はもちろん、名前も忘れた。

タイのガイドブックも地図も持っていない。

まちをうろうろして、レストランのムスリムの女の子たちに道を聞いたりしていると、異常に親切な人が現れた。

旅行では、ムスリムとインド系が親切で頼りになる。英語も話せることが多いし、異なる言葉に対するアレルギーが少ない(ムスリムとしてちゃんと教育を受けたムスリムなら(英語がまったくできなくても)幼いときからアラビア語(アル・コーラン)の学習をしているので、「外国語経験」も「異文化体験」も子供のうちからしていることになる)。

ミャンマーでも道に迷うとまずモスクを探して、モスクの周りにいるインド人に道を聞くようにしていた。

この親切なおじさんは英語は一言も理解できなかったが、ただでバイクに乗せてくれて、あちこち回ってくれた。その上、英語の良くできるムスリムの兄ちゃん経営の喫茶店に連れて行ってくれた。

親切にバイクに乗せて回ってくれた上に上等なチキンを2本買って来てくれた。せめて喫茶店での飲みものくらい払おうとしたが、もう払われてしまっていた。

ムスリムのウェートレスがとてもかわいくて、ほんとにいつもニコニコしていた。

英語を話す兄ちゃんはこの喫茶店のオーナーで、以前はビーチで働いていたということだった。自分は「タイ」だと言っていたのでタイ族ムスリムなのかと思っていたが、どうやらマレー人のようだった。ペナンとプーケットで働いていたといっていた。ツーリズムずれしていない、感じのいい兄ちゃんだった。

おじさんお勧めの「ナラティワト・ホテル」という英語看板のない中国人経営の木造の不思議な感じの宿に泊まる。ホテルまでもバイクで送ってくれた。

この「ホテル」は、不思議な感じのところだった。

一泊しかしなかったのでどう不思議だったかうまく言えないところがある。バストイレ共同140バーツ。

この「ホテル」は夜9時に閉鎖される。タイにしては夜が早いナラティワトでもかなり早いほうである。

どうやら2階が外国人ツーリスト専用の空間になっているらしい。その晩2階に泊まっていたのは私だけだった。

ある種の風情のある宿だった。

しかしやはり安宿の常で、ファランが滞在した形跡があった。書架にはドイツの雑誌「シュピーゲル」やオランダ語の本が残されていた。地図を探すが、ガイドブックの地図は切り取られている。

ファランが置き忘れた手帳があって、英語で日記がつけられていた。2,3日前までの日記が残っていた。つい最近ここに毛唐が泊まっていたことがわかり、ぞっとした。

木造で全体にこじんまりしているが、2階に広々とした「サロン」がある。ここで毛唐にしゃべられたらうるさくて大変だが、それ以上に耐えられない「同居感」があるだろう。

そして、1階の部屋にはちょっと不思議な感じの女の子たちが滞在している。非ムスリム・タイ族のようだ。ここに住んでいるのかもしれない。

こんな空間を毛唐と共有することはできない。この宿も安全とは言えない。

ムスリム住民は親切な人が多いが、ナラティワトでも非ムスリムは完全にタイ人である。タイ人特有のシカメッツラもときに見る。北部ほどはひどくない。

タクバイですら、マレーシアではまったく見ないあの「シカメッツラ」を見たから、これはタイ国民の国民文化なのだろうか。しかし、男はしない。女に限られるのはやはり、シカメッツラをするのがきれいだと思い込んでいるからかもしれない。

翌日。

「ナラティワト・ホテル」をチェックアウト。

ビーチに近いほうにあるタンヨン・ホテル(Tanyong)に移る。700バーツの部屋。そのほかに「ヤワラージ」(Yaoraj)という400バーツ前後の旅社もある。

Tanyongの発音は難しい。タイ語独特の粘っこい発音。タンヨンではまず通じない。タニョンでもタンニョンでもだめ。

タンヨンホテルのボーイはタイ人丸出し。ねちねちした感じをにじみ出していて気持ちが悪い。フロントの女はマレーシアの大都会のホテルよりも無愛想。これがタイだ。

部屋自体は70リンギだと思えば設備的には結構な部屋。もちろんエアコン・TV付。

ナラティワトまで来ると、テー・タリクはもちろんコピ・オも少なくなる。タイ文化に汚染され、ネスカフェばかりになる。

コーヒーもお茶も楽しまないタイ人は、やることがないと何かを食い酒を飲み女を抱いて気を紛らわすだけなのだろうか。きわめて即物的で没精神的な趣味である。

お茶もコーヒーもないところには会話も議論もないだろう。物を食いながらではちゃんとした話はできない。ダラーっとして子供が駄々をこねているような言語で何かごねるだけである。

逆に、「喫茶の文化」のある国は議論好きな人が多いと思う。ネパールでもミャンマーでもお茶を飲みながら延々と話している。何を話しているかはどうでもいい問題で、人々が食事とは別に集まり、語り合うために語り合い、議論を楽しむために議論する、ということ自体がひとつの文化なのだが、そういう精神的な要素がタイ人には根底的に欠けているようだ。

マレー系のレストランにはかろうじてコピオがあった。タイ式スープの中に豚の替わりにビーフを入れたものを出す店。

テー・タリクを作ってくれる店もあったが、ここはコピ・オはない。

ここは非ムスリムは1割しかいないそうだ。ある人によれば95パーセントはムスリムだとか。あえてここに住んでいる非ムスリムタイ人はどういう連中なのだろう。警察や軍隊関係者、特権的なタイ族植民者、ナラティワトホテルの経営者のような華人、といったところだろうか。

ムスリム住民に親切で笑顔の人が多いだけに、非ムスリムタイ族が本当に感じの悪い連中に見える。非ムスリムの女は売春婦のように見える(実際そういう必要を満たすためにいるのも多いのかもしれない)。

しかし、ここでもタイ族というのは実に蛮族である。

こちらが英語でものを聞いているのにCan you speak English?だと。鼻で笑うようにぬけぬけと言ってくるが、どうやらそいつの知っている英語がCan you speak English?だけだったようだ。

「今英語で話しているんだ」と言うと今度はシラット開き直って、タイ語で話してくる。こちらが理解できないことを知りながら。そしてまたニタニタと笑う。

タイ族は常に相手の足元を見ようとし、何でもいいから相手の弱みらしいものを探ろうとする。たとえば、自分が1語でも英語を知っていたら、相手は1語も英語知らないものと扱おうとする。相手が有色人種外国人ならとにかくバカにするネタを探す。

こういう反応をする人はマレーシアにはいない。少なくとも私は会ったことがない。下手くそな英語で話しても、こちらが英語がどれだけできるかどうかなんてことは問題にせず、こちらの言おうとする「意味」を取ろうとする。

タイの子供がかわいくないのは髪型のせいだろうか。中途半端に中国系が混じっているせいかどうか、頭の形が良くない上に、変な刈り上げにさせられているのでますます頭が絶壁に見える。チェンライでは、刈り上げにしたうえに辮髪にさせられている子供も見た。

国境を少し越えてマレーシア側のトゥンパッでは子供はとてもかわいかった。もっと自然な髪型にしていたし、日本のマンガに出てくる美少年美少女そっくりの頭の形である。

夜、昨日会った男の喫茶店にモトサイで行く。フロントの姉ちゃんが親切にモトサイを拾ってくれる。

男はペナンとプーケットで仕事をしていたそうだが、ツーリズムずれした感じはなく、タイ人らしくもない。

どうやらマレー人らしい。「タイ人ムスリムだがマレー語も話せる」と言って、あくまでタイ人と言い張っていたのは「タイ国民」と言うことのようだった。

タイ人特有のもったいつけたようなところはなく、タメたようなところもない。フランクに良くしゃべる。

ペナンやプーケットで働いたあと、このナラティワトに帰ってきて結構立派な喫茶店を開いているのだから、堅実な男なのだろう。モダンで明るく清潔な店だった。

マレー語で「ファラン」のことは、「マサレ」と言うのだそうだ。マレー人でなければこんな言葉は知っていないだろう。

一部のファランの中には「ファラン」は「フォーリン」のことで「ガイジン」と同じ意味だといっているものがいるが、このマレー人男は、「ファランとはヨーロピアンのこと」だと断言していた。プーケットで働いていた男がそういうのだからそうなのだろう。

なお「外人」は外国人一般を指すものであって白人に限定される言葉ではない。また日本語の「外人」には差別的なニュアンスはない。

差別的あるいは嫌悪のニュアンスのある言葉としては「毛唐」と言う立派な言葉があることを毛唐は知るべきである。

白人はタイ人に「ファラン」と呼ばれることはまったく気にならず、自らも「ファラン」様だと開き直っているのだが、日本人に正当に「外人」と呼ばれることは気に入らないらしい。

この兄ちゃんは日本人のことも知っているようだった。「日本には3つ宗教がある」とか言っていた。

「お前の宗教は何だ」と聞くので「シントー」だと答えたが、知っているようだった。そうかシントーかトラディショナルな宗教だ、とか言っていた。イスラム教徒に「無宗教」だと答えるのは一番まずいと思われる。

「お前は英語を話すが、普通の日本人は英語は話さない」とも言っていたが、バカにしたような風ではまったくなかった。

私が「たぶん彼らも英語を知ってはいるけど話したくないだけなんだろう」と言うと、「たぶんそうだろう」みたいに納得して相槌を打っていた。

タイには珍しい人だった。私の言ったことは事実である。

タンヨンホテルに付設されているディスコが深夜1時半まで大音響を鳴らす。週末の故か。

フロントにこれはいつまで続くんだと聞くと、深夜1時半までとはっきり答えた。そのとおり、正確に深夜1時半に終わったようである。

それまでの間とても寝ていられないので外を歩く。深夜のナラティワトの街は平穏そのもの。開いている食堂もある。警察官等の姿も見えない。

ホテルに戻ったのが深夜1時半。ちょうどディスコが閉まったところで、客が出てきた。10人もいないくらい。売春婦としか見いえない女たちもいる。

何の目的か、銃を構えた武装警官が数人、ホテルの敷地に入っていた。警官を見たのはこのときだけである。ディスコの客が暴徒化するとでも思うのだろうか。

こういうホテルのディスコなどで爆発事件が起こることはあるかもしれない。しかし、ディスコ営業中はまったく警察の姿を見なかった。ディスコの中にいたのか。

ディスコの客はローカルの客ばかりのよう。

スカーフをしていない女が非ムスリムとは限らないが、このへんではスカーフをしている女としていない女とでは、表情がまったく違うように見える。

スカーフをしていない女は、すでにタイ人そのもので、わけもなくシカメッツラをする。

スカーフをしている人は本当にニコニコしている人が多い。かわいい子でもニコニコしているのだが、スカーフをしていない女はブスの癖にもったいぶったシカメッツラをしがちである。

タイ女のシカメッツラはやはり一種のファッションで、シカメッツラをすると洗練されて見えるように思い込んでいるのだろう。

シカメッツラなど世界中どこに行っても美しいものではないのだが、シカメッツラが美しいと妄想し、そういう思い込みが定着しているところに、タイの文化の「鎖国性」の一端があらわれていると私は思う。

多くのクズ白人やカス日本人などが集まってくるだけに、外に出て外の世界を見なくても世界のことをわかったような気持ちになり、ますます妄想は再生産され、鎖国性を強めていくのだろう。

itvで最近「野ブタをプロデュース」をやっている。くだらない番組ばかり翻訳して日本文化として紹介し、喜んでいるようだ。

まともな日本人で「愛国者」なら、「タイで日本文化やマンガがはやっている」などと喜んでいてはいけないはずである。

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日本では「愛国者」と自称することさえはばかられる。愛国心教育が否定される。

その点では確かにタイ以下である。しかしこれは敗戦の後遺症でありこれが敗戦という事実の重さでもある。

そういうところも、タイ人はよく観察していて、自分たちは日本人の「弱み」を知っていると思っている。つまり彼らは日本をバカにするネタにしているのである。

イサーンの田舎で出会った女子大生が、「日本に軍隊がない」ことを知っていて、それを嘲笑するような言い草をしていた。いうまでもなく、彼らにとって自国の強い軍隊は無条件の誇りである。

タイ人の外国人を嘲笑するネタ探しの情熱は大変なものがある。あれだけ公式に持ち上げられている白人だが、タイ語のわかるある白人の体験によれば、レストランの隣のテーブルでけちょんけちょんにけなされていたことがあったそうである。白人がタイ語がわかるとは思わなかったようだ。

白人でもこのとおり、日本人ならなおさらである。タイ人は「格上」の者を無条件に尊敬するように教育されており、白人は有色外国人より無条件に格上であるとも教育されているからである。

いくら公式場面で日本(人)が持ち上げられても、タイに限っては陰でどんな汚いことを言われているかわからないことに注意すべきである。

焦土と化しても日本が戦争をしたことは正しかった

外交によって戦争を回避するということは、結構豊かになっても自国民の娘を白人のレンタルワイフにどんどん差し出して白人のご機嫌をとることを国策にしているタイのような国に成り下がることを意味しただろう。

当面のメルクマールは、天皇陛下ご訪問に際して、タイ国王がちゃんとドンムアンにお迎えに上がるかどうかであろう。ここに注視する必要がある。

もし迎えにも来ないなら、この外交はまったくの朝貢外交の形になる。タイは小中華帝国なのだということを忘れてはいけない。

しかし、ドンムアンのような薄汚い場所に天皇陛下がランディングなさるとは。それだけでもいい気持ちがしない。

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次の町はパタニ

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