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2006年6月20日 (火)

大東亜戦争肯定論【ビーチで考えたこと】

コタバルに近いスリ・トゥージュー・ビーチ クランタン州 マレーシア Pantai Seri Tujuh, Kelantanで考えたこと:

オランダは日本の敗戦後、インドネシアの再植民地化をはかるが、「国際世論の非難」もあって失敗する。

なぜそのような「国際世論の非難」が起こったのか。

それまでは平然と、正当なこととしてやっていたことを、もう一度やり始めようとしただけである。

それにオランダは「戦勝国」の一員である。

日本が「白人支配からのアジアの解放」を掲げて戦争をし、その理念に一定の説得力があり、それに同調する人々がインドネシアにも多かったからに他ならない。

このような主張に対して、日本は戦争を始める前から「アジアの解放」を掲げていたわけではないと反論する人が多い。

しかし、戦争を始める前からその理念を掲げる必要がどうしてあるのだろうか。

日本は米英の経済封鎖によって、息の根を止められ、米英の期待に応える形で戦争に追いやられていっただけである。そのような経済封鎖は現在北朝鮮に対してさえ行われていないものである。

戦争は戦争である。革命ではない。

問題は、現に行わざるを得ない戦争にどういう意義を見出していくかである。

また、日本は、戦前から人種差別反対を国際社会に訴えていたが、それはまったく受け入れられなかった。

大東亜戦争の理念は、アメリカによって追いやられた対米英戦争・対白人戦争の実践の中で、実践的に学び取られ、明確に自覚するに至ったものである

開戦以前にその理念を掲げていなかったといって大東亜戦争の意義を否定するのはまったく子供じみた観念論でしかない。

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