ヤラ Yala
パソコンにタイ語が入っている場合でも、日本語がかぶせられず、WindowsXPのCDが必要な場合がある。「東アジア言語」のインストールがされていない場合。
今いるヤラのネット屋の別の機械はタイ語とアラビア語が入っていたが、「東アジア言語」のインストールはされていなかった。
WindowsXPのCDを貸してくれるところは少ない。外国人のまったく来ないところで「日本語を使いたい」と言うと面倒くさがってノーノーと追い返されることも少なくない。
機械を変えてくれとだけ言って別のパソコンで試してみるのがいいかもしれない。
-----------------------------------
6月21日。
正午ごろパタニのホテルMy Gardensをチェックアウト。モトサイ(バイタク)で川向こうのバスターミナルへ行く。ヤラに向かう。
モトサイの運転手には「バス」の一言も通じない。タイ族らしい男で、タイ語以外一切受け付けない。相手が言おうとしている意味もとろうとせず、頭もまったく働かせず、ただすっとぼけたように「パイ ナイ」(どこ行く?)と繰り返すだけ。
「バス」なんて言葉は、ネパールの山奥でも通じる。何度言っても「バス」が通じない国は少ないのではないだろうか。
「バス」という言葉が通じないという人は、バスを見たことない辺境の人かタイ人かのどちらかである。ましてやバイタクの運転手。
タイ人以外の運転手なら客がどこに行きたいと思っているか少しは考えようとする。
この町には「バス」がないからバスという言葉を知らないのか(乗り物はナラティワトから来た時に乗ったバンだけなのか)、と思ったが、実はちゃんと「バス」はあり、一応のバスターミナルもある。
運転手がなめてかかっているようだったので、高圧的に「とにかく行け」と怒鳴りつけて迫ると、なぜかちゃんと意味が通じて結局バスターミナルに連れて行った。
タイ人を相手にするときはある程度コワモテを使うことも必要であると思う。接客業のタイ人がなめた態度をしているときには、一度だけ人前でびしっと怒鳴りつけてやるとがらっと態度が変わることがある。
ガイドブックなどにはタイ人は体面を気にするので人前で叱ってはいけないと書いてあるかも知れないが、要するに、人前で叱られて恥をかきたくないという気持ちが強いということである。
相手の弱みを適度につくことも必要である。
結局彼らが要領を得ないのは、ぐにゃぐにゃした態度をして時間を稼いでいるうちに相手の足元が見えるかもしれないし、なにか予期しない利益が転がり込んでくるかもしれないくらいに考えているだけのことが多い。
パッタニからヤラへは一時間もかからない。時々兵隊が立って、いつでも道をせき止めて検問できる体制を作っているところはあるが、検問はない。
北部のように警察がバスの中まで乗り込んできて乗客一人一人の人相風体をチェックし、周辺国人や山岳民族らしき顔立ちの者にはIDカードを提示させ期限が切れていたりしたら警官が個人的にカネを脅し取り身体を要求する、というようなことはこちらではあまりやっていないようだ。
ヤラはかなり繁華な大都会である。パッタニよりにぎやかで雑然としている。立派な鉄道駅がある。
バスから目にとまった「ヤラ・ラーマ・ホテル」にチェックイン。エアコン・TV付380バーツ。
つい先日(17日、このホテルのカラオケで爆発があり、カラオケ嬢(売春婦)が一人死んだ。すぐ近くの別の旅社は満室だった。やはり、爆発の影響だろうか。
17日21:30過ぎ頃、ヤッラー県県都内中心部にあるヤッラーラーマー・ホテル内のカラオケ店で爆発が発生し、初期報道段階で女性1人が死亡し2人が負傷を負うという事件が発生しました
しかし、ホテル周辺は緊張感もなく、警備もまったくない。何事もなかったかのようである。
要人を狙ったらしいテロがあったくらいだから、もう少し高級ホテルかとおもったら、リーズナブルな宿である。
テロリストに狙われるようなタイの要人も安いところにとまるようだ。しかし清潔で、安全ならまあまあの宿といえる。
カラオケはフロントのすぐ近く。爆発の跡がまだ生々しい。
爆発で吹っ飛んだ瓦礫が残っている。フロントの売春婦のように厚化粧で時々変な笑顔を浮かべる姉ちゃんが、他人事のように見てごらんと指図してくれた。
ヤラ・ラーマ・ホテルのカラオケ店
この姉ちゃんというかおばさんは、マレーシア人だといっていた。マレーシア人がタイに来て働くというのも変だ。しかし、マレー語を話すし、英語もわりと通じる。バハサ・マレー・ボレ・チャカプとか言っていた。
それ以外の女は顔からしてタイ族まるだしで、まったくやる気のないようなのばかり。
すぐそこで爆発があったから戦慄しているという様子もまったくない。フロントに座って一心に化粧している。
部屋は6階で景色がよい。
鉄道駅はラーマ・ホテルから歩いて5分。
ラーマホテルの近くのイスラム系のレストランでコピ・オが飲めた。味も普通。
しかし、その店の主人の男がツーリズム関係の人間らしく、しつこく英語であれこれ聞いてきてうるさかった。
「なぜこんなところへ来たのか」みたいなことを言う。どうしてこういうことを聞くのだろう。パッタニでもナラティワトでも、ここは危ないといったのはパッタニの警察官だけだった。
「ツーリストならべトンへいくべきだ」とか差し出口を言う。
いっそのこと「まともな人間ならタイに来るべきではない」と言ってほしかった。
なんでも、べトンには「韓国人やロシア人のツーリストがたくさんステイしている」そうである。なおさらそんなところはお断り。なんで×ョン×やロスケの溜まり場にわざわざ行かなければならないのか。
べトンは、マレーシアのクダーに隣接している。イスラム色が弱くタイ色が強いところだと思われる。クダーはタイの属国だった。
ラーマホテルのテレビはいろんなチャンネルが映る。Bloombergも映る。FoxやBBCワールドもある。
午後3時過ぎ、ラーマホテル付設の床屋に行く。爆発のあったカラオケの隣の別棟。
37歳の女主人は年より若く見える。ここ一週間客がなく、今日は初めての客だといっていた。カット150バーツ。(チェンマイにはカット35バーツというところもあったが、タイ人と一緒に行った場合である。)
彼女はよく英語を話す。プーケットで働いていたことがあるという。そのときも床屋だとは言っていた。
以前はタイ族ムスリムの男と結婚していて子供も二人いるという。
しかし、その夫がまったく働かず、彼女に食わさせておいて、若い二人目の妻を迎えた上に女遊びばかりするので、愛想が尽きて別れたということだった。タイではよくある話である。
その元夫はタイ族なのかマレーなのかと念押しして確認したが、マレーではなくタイ族だということだった。
夫はタイ人ムスリムだったが、彼女はあくまでタイ人仏教徒だという。彼女は改宗もせず仏教徒のまま結婚していたというからいい加減なものである。
ムスリム男性は、ムスリム以外では同じく「啓典の民」のキリスト教徒とユダヤ教徒の女性と結婚できると聞いているが、仏教徒女性と結婚はできないはずである。
タイ人には働かず女に食わせてもらう男が多いと言っていた。
変になれなれしい態度なので、別方向の商売かとも思ったが、ただ単純になれなれしい人だったようである。
この女性も「シントー」(神道)を知っていた。
この後どこへ行くのかと聞くので、マレーシアに戻るというと驚いたような顔をした。イスラム国になぜ行きたがるのかわからないという顔だった。そして「宗教は何か」と聞くので「シントー」だと答えると「ああ、シントー」という感じで納得していた。
困ったらなんでもしてあげると言うので、マスジッドを見に行きたいからバイクで乗せていってくれないかと頼んでみた。
最初は、マスジッドのほうはイスラム地区なので自分は怖いけどどうしても行きたいなら乗せてあげると言っていた。
プーケットはファランが多くていいところだったみたいなことを言うので、自分はファランが嫌いだとハッキリ言うと、少し距離ができた。
「タイフードは好きか」と聞いてくる。
こういう質問をこれまで何度聞いただろう。「タイは好きか」「タイ飯は好きか」・・・・何を期待して、あるいは恐れて、こういうことを聞くのだろう。日本のテレビが日本に来る外タレに「日本の女性はいかがですか」と必ずインタビューするのと似ている。
「時々ならいいが、毎日は嫌だ」と答える。
すると彼女も、日本食はテリヤキ以外はだめだと言う。日本食のことなんか何も知らないのだが。
「自分はマレーシア料理やインド料理が好きだ」というと、インド料理はペナンに遊びに行ったときに食べたことがあるが不味かったという。タイ人は食い物についてとくに排他的で独善的である。
この女性は今まで何度となく同じ質問を外国人にしてきたのだろう。そのたびにベーリーナイスとかファランのおべんちゃらを聞いてきたのかもしれない。
この問答でハッキリと距離ができた。そのせいもあってか、マスジッドに行くのはやっぱり嫌だということになった。自分は「タイ(人)」なのでムスリム地区に行くのは危ないという。
マスジッドへの道順を教えてもらう。
駅の逆の方向にあるマスジッド(セントラル・モスク)はなかなかモダンな立派なマスジッドだった。
タイ族にとってはともかく、外国人にとってムスリム地区は別に怖くはない。途中に兵隊が立っていたが、こっちのほうが怖い。
軍隊はマスジッド周辺のムスリム地区に目立つが、ラーマ・ホテル周辺のタイ人地区には軍隊も警察もいない。この辺がよくわからない。
暴動でも恐れているのだろうか。
テロはタイ人地区や退廃娯楽施設のあるところで起きることが多いのだから、ムスリム地区に兵隊を立たせておいてもテロの予防にはならないだろう。たんにムスリム住民を威圧するだけである。
ヤラは都会だが、パッタニにはいっぱいあったインターネット屋は見当たらない。マスジッドの近くにだけある。来ている客もムスリムの学生で、タイ族のようにゲームに興じているのではない。お勉強関係である。
パタニにインターネット屋が多かったのは、大学がある関係かもしれない。しかし、客はゲーム目的のタイ族のガキが多かった。
マスジッド周辺のイスラム色はヤラのほうがパッタニよりも濃い。白づくめのおじさんたちが店に集まっているところをよくみる。女性もきちんとスカーフをしている人が多い。黒づくめも少なくない。
今日も激しい夕立があった。
爆発のあったカラオケ屋に隣接する、ホテル付属のタイマッサージに行く。久しぶりのタイマッサージ。
2時間200バーツは悪くないが、ちょっと気持ち悪い感じのおばさんばかり。
確かに上手である。が、すぐにエロサービスに持っていこうとする。脚の付け根のぎりぎりのところばかりしつこくマッサージする。もちろん局部にも触れないわけには行かない。
これでちょっとでも勃起しようものなら、「ほら立った。ここもマッサージするか?」という話になる。
若い娘ならともかく40過ぎのおばさんに抜いてもらいたくはない。このさき死ぬまでに何回抜けるかわからない貴重なものである。
そういうそぶりはまったく見せないようにしていたが、それでも最後にココもマッサージするかと言ってくる。
タイ族をのさばらせているとこういう醜悪なのが際限なく増えるだけだから、テロられてもやむを得ない。
マッサージが終わるとすぐにむこうからチップをくれという。
やらないわけではないが、何も特別なことはしてもらっていないので20バーツ差し出すと、とたんに起こった声を出してオーと吼えた。まったく人間離れしたけだものの声、メス犬だ。犬にしては太すぎるのでやっぱりメス豚か。
タイ語は動物の声に似ている。
20バーツ札が気に入らないというのであれば、40バーツはますます気に入らないだろう。チップはいらないということである。チップは一銭もやらなかった。
私から見ると、この女は欲を出して20バーツもらいそこなっただけに見えるが、タイ人の考えていることはわからない。20バーツ受け取るよりも何も受け取らないほうがいいのだろう。
これと同じことは以前タイの各地をで何度か経験した。
特に、エロサービスをしそこなったおばさんがこういう反応をすることが多い。おばさんのエロサービスがいくらか知らないが、それと同じ金額をむしりとろうとするようである。
サービスの対価としてカネをもらうという意識はなく、何もしなくてもカネをもらう権利があると思い込んでいるように見える。
夜、少し気持ちが悪い。気分がざわざわして、あまり安眠できない。Bloombergをつけっぱなしにして寝る。
テロが怖いのではない。すぐそこでちょっと前に人が死んだところにいるのが、やはり気持ちが悪い。人はいたるところで毎日死んでいるのだが。
自分は臆病すぎて人を殺せないかもしれない。こんなことではダメだ。これは弱さである。人を殺さなければならない状況はいくらでもあるはずだ。
そうでなくても、大義のために人を殺せない程度の人間に世の中を変えることはできないだろう。そして、それがちゃんとできる人が義の人と呼ばれうるのであろう。臆病で人も殺せない程度の人間が何を言っても力はない。自分も人も殺せるようにならなければならない。
22日。
ヤラは、市街に兵隊や軍隊が目立つ。やはり、全体の雰囲気は殺伐とした感じである。パッタニのようにのんびりとはしていない。
昨日最初に入った店を探すが、どうしても見つからない
夕食を食べた店は昼になっても閉まっている。
大通りを隔ててマスジッドの向かいにあるネット屋から帰る時に、白ずくめのムスリム青年たちに話し掛けられた。
話しているとすぐに宗教は何かと聞かれた。
白い服もくたびれていてあまり上等な連中には見えなかったので、神道などといってもわからないだろうと思い、“Japanese”とか適当に言ってごまかすと(私は宗教を聞かれたときにJapanese religionとか言ってごまかすことがある)、相手の方からすぐに「シントー!」と言ってきたので驚いた。
「シントー」はイスラム世界でわりと知られているようだ。
「特に宗教はない」という日本人は、タイやネパールなどに行って宗教はなにかと聞かれると、向こうにあわせて「仏教」と答えてしまうことが多いのではないだろうか。
そういう人は「シントー」と答えておいた方がいいかもしれない。日本的な「無宗教」こそ神道の一つの現代的特徴なのかもしれないからだ。
もちろん、タイ深南部でムスリムに宗教を聞かれたときは、仏教と答えない方が仲良くなれると思う。
午後8時ごろ、線路を渡ってタイ人地区に戻ると店はもうどこも閉まっていた。仕方が無いのでもう一度イスラム地区に戻り、ローティ・チャナイなどを食べる。コピ・オもまだある。
帰りに駅の近くを歩いていると、私服のような大柄なバイクの男に声をかけられ、どこへ行くと最初はタイ語で次に英語で聞かれたが、Who are you!と怒鳴りつけて終わり。俺はお前をだだのチンピラと見なしているという意味である。すぐに行ってしまった。
今夜は昨夜に比べて、ホテル周辺の警備員の見回りが厳重だった。夕方頃、ベンツが車寄せについて、ボーイがヘコへコ駆け寄って恭しくドアを開けていたから、誰かまたVIPが(この安宿に)来たのかもしれない。
23日。
この辺のマレー語ではリマ(5)のことをリモとかモコとか言うようだ。
ラーマホテルはやはり安宿だけあって音がよく響く。客は少ないが、朝の掃除の音がけたたましく、また、深夜に廊下を歩く者の足音がどしんどしんと響く。兵隊でもいるのだろうか、すごい足音だった。
スンガイコロクに向かう。
-------------------------------------------
上の写真のダウンロードをやったあとデジカメを見ると、メモリーに入っていた写真のほとんどが消えていた!
シャーアラームのマスジッドの写真も、マレー鉄道も、コタバル周辺のビーチも、タクバイの写真も、パッタニの美しいマスジッドも、ヤラのモダンなマスジッドの写真も全部消えてなくなっていた。やっぱりよくわからないことをやるべきではなかった。上の写真のテロで死んだ売春婦の(註)タタリという線もないわけではない。もう一度深南部を回って写真を取り直してこなければならなくなった。
(註)その後の報道により死亡したのは男性客と訂正。
(消え残った写真より)
ヤラ・ラーマ・ホテル
ヤラ・ラーマ・ホテルのカラオケ店(外観) 窓ガラスは壊れなかったようだ。

| 固定リンク





コメント