オーストラリア人が児童性的虐待で4年の刑 インドネシア
白人の性犯罪がニュースになるのは、起訴されたり判決が下ったりしたときだけです。それも全部報道されている保障はない。報道されるのは氷山の一角のまた一角。
【Mataram(Indonesia)】オーストラリア人男が昨日、インドネシア・ロンボクのリゾート島で4人の少年を暴行(assault)したかどで4年の刑を言い渡されました。
この男は地元のホテル経営者(hotelier)Donald John Storenで、13歳から15歳までの少年にお金やその他の恩恵(inducements)を約束したのち性的に虐待した、と当地の主席裁判官Ida Bagus Putu Madegが宣告しました。
(NST12/20)
白人は、ごろつき滞在者やいわゆるセックスツーリストだけでなく、「地元に根付いて」「地元に貢献し」ている実業家など、堅気に暮らしているように見える者も、ほとんどこの範疇に入ると思ったほうがいい。
なぜなら、これはもともと白人にとっては「普通のこと」だからである。彼らが何百年間アジア太平洋で普通にやってきたこと、地道にやってきた騒ぐほどでもないこと、アジア太平洋(というより世界中の非白人世界)における「白人の権利」であったことだからである。
何度でも言うが、白人世界でゴーギャンが非難されたことが一度もないように、白人のこの種の「特権」概念がラディカルに批判されたことは一度もない。彼らがそれを自己批判する道理もない。
われわれが注意すべきは、彼らにとっては、東南アジアも日本もそれほど区別されていないということである。日本は東南アジアより金がかかるとか(役所で)英語が使えないというだけの違いであって、彼らの基本的な「特権」観念上の違いはない。この際、日本と東南アジアとはまったく違う世界、と思っているのは日本人だけだと思っておいたほうがいい(実際まったく違う世界なのだが、白人はそうは見ていないという意味)。
彼ら白人にとって、アジアはもともと「それをやっていい土地」だったのだ。いつから「いけない」ことになったのか腑に落ちないくらいなのである。
彼らがアジアを見る目は、「最近ちょっと金持ちになってお澄まししているが中学生のときからずっと誰とでも寝て金をせびっていた女」に対して男たちが投げかける視線のようなものである。「どうせ・・・・」「条件次第ではいまだっていくらでも・・・・」「警察さえ何とかすれば・・・・」という感覚である。
「アジア」に来ればあたり構わず女に声をかけ代金を示して交渉する、年齢にかまわずスキのある女児男児に付け入ろうとする、というのが白人の常態である。
外国人犯罪抑止のためにもこの事実は正しく知らなければならない。
だから英語教員・補助教員などの名目で多数の白人を日本に動員することは、女児だけでなく男児を持つ親にとっても、たいへん危険なことなのである。
中卒ゴロツキのオーストラリア男でもアジアではいくらでも「英語教師」の資格を得て「キャリア」を積むことが出来る。
白人好きの女の子をナンパすることができて英語でおしゃべりしながらセックスできるくらいの社会適応能力があればアジアの英語教師は勤まるのである。
そんな「キャリア」をタイで10年間積んだ英語教師を日本が拒む理由はなくなる。英語教師を受け入れるという以上、それは「差別」といわれるであろう。彼らはタイその他の国で「英語教師」の「実績」があるのである。
その結果どんな毛唐が日本に流れ込んでくるか、彼らが日本に来てどんな犯罪を起こそうとするかは明らかだろう。
白人英語教師の導入は(児童に白人に英語を習わせることは)非常に危険なことなのである。
これは偏見でも差別でもない。多くの事実に基づく合理的な判断である。
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