この時期増える日本人中年個人旅行者/礼儀知らずな60歳前後の日本人
私の周りではいま、日本人の年寄りツーリストが急増している感がある。しかも個人旅行らしいのが多い。
場末の比較的わかりにくいところにあるこのネット屋には、普通の時期は日本人などめったに来ないのだが、昨日今日と立て続けに2人日本人年寄りツーリストが来た。(若い日本人ツーリストは毛唐が多い中華街のネット屋でぐだぐだやっていることが多い。毛唐ほど大声を出したり暴れたりはしないが、タイの延長で実に汚い)。
昨日この店に来た日本人はおばあさんだった。
一人でふらっと店に入ってきたが、教育のあるばあさんらしく丁寧な英語でレジに話しかけた。
しかしレジのマレー女は完全に無視。その日本人ばあさんは暫くどうしていいものかというふうにそこに立っていた。
このマレー女は毛唐のクソ婆などが入ってくるとどんなに忙しそうにしていても手を止めて「イエス、サー」で応対し、やんちゃを言ってごねる毛唐にも下にも置かぬ扱いをするのだが、日本人ばあさんに対する態度はあまりにも対照的であった。
しかし私は、経験上、ポット出の日本人ツーリストとかかわると嫌な思いをすることが多いことを知っているので、このときも日本人でないような顔をしてただ観察していた。
この店は前払い式で、スタッフが開けないうちはパソコンはロックされたままになっているので、勝手に機械を選んで使い始めるということは出来ない。
ばあさんは暫くつっ立ったまま時々スタッフのマレー女に話しかけその反応を見ていたが、マレー女はあくまで完全に無視。
あとで聞いた弁明によれば「自分の仕事が忙しかったから」だそうである。
東南アジア人は、何かを始めるとそれ一つのことしか出来ない。同時に2つのことを配慮するということができない。複数の問題を処理しなければならないとなると錯乱してパニックを起こすらしい。だから毛唐に応対するときにはそれまでやっていたことは完全に放り出して子供のようにアテンドするのである。彼ら土人には「わかりやすい優先順位」が必要なのである。
やがて、ばあさんは頼りなさそうに「またあとで来ます」と(英語で)言って出て行き、2度と来なかったようだった。マレー女のほうはそれも含めて一貫して無視。
私はその沙汰を見ていて多少義侠心を刺激された。
私はあとでこの感じの悪いマレー女に抗議した。
どうして「日本人に」ああいう態度を取るんだ、貴様は薄汚いレイシストだ!と執念深く食ってかかった。何でこういうくだらないことにかかわるのかよくわからないのだが。
マレー女はすぐに開き直ってUP TO YOU!I NEVER MIND!などといいやがった。「思いたければ勝手にそう思っておけ、そんなことを言われても私は気にしない」ということだろう。捨て台詞に「マレー人はレイシストだ」と言ったが全然効き目がなかった。
マレーシアにおいて、マレー人が「レイシスト」であることは、マレー人たちにとっては当たり前の前提であり、それを言われても痛くも痒くもないことだったのだ。そんなことは彼らにとって当然の前提で、その前提の上で他の民族と何とかごまかしながらうまくやる、というのがマレーシアの複数主義である。
だから、「そういうことをするお前はレイシストだ」というせりふは、よほど上等な公共の場所で大きな声で言わない限り何の効き目もない。
しかしまた、そのせりふが効き目がある場合にはこちらの身上しだいでは警察沙汰になる可能性もあるだろう。センシティブな発言をするのはマレーシアではご法度である。警察沙汰になってしまったら、マレー人に勝てるのは白人かサウジ人などしかいないに違いない。
これが昨日の話である。
次は今日の話。
先ほど、また別の中年日本人男が一人でふらっと入ってきた。60代前後という感じで、ぽっと出のツーリストらしい。
マレー女は今回は一応この爺さんを日本語の出来るパソコンに案内したが、案の定、中国語のページを開けてこれがジャパニーズだジャパニーズだといっている。
このマレー女は本当に頭が悪い。英語を速くしゃべって得意になっているようなのだが、救いがたく頭が悪い。マレー女のこういう頭の悪さには、なかば悪意が籠っているように感じられる。
私だって、タミル文字とデヴァナガリの区別はつくし、タイ文字とクメール文字の区別もつくのである。
昨日のことがあったので、私は見るに見かねて助け舟を出してやった。
そしてやっぱり後悔した。
この日本人中年男の無礼さ。
検索さえ出来ない、グーグルさえ開けないくせに外国のネット屋に入ってきて、スタッフでもない人間に助けてもらえるのが当然だと思っている。
教えてやっても「ありがとう」の一言も言えないのである。
この60代と見える男は最後の最後まで「ありがとう」の一言を言わずに出て行った。子供のときに親から「ありがとうは?」と教わらなかったようである。
こういう中年オヤジにはタイでも出くわしたことがある。
隣の台でYahooJapanが開けない困っている。教えてくださいと言うのではなく、ただひたすらに困った様子を見せているのである。仕方ないので教えてやろうとしても、ありがたそうな顔ひとつせず、しかも何を言っても理解できない。結局一つ一つ全部代わりにやってやらなければならなくなる。しかし、赤の他人に全部やってもらっておきながら、彼らがそのことに感謝するということは絶対にない。そんなそぶりも見せない。むしろこっちが迷惑でもかけているかのような態度である。
50代60代の日本人オヤジたちは、人から助けられても当然の権利ぐらいに思っていて、「ありがとう」の一言が絶対に言えないのである。
60歳前後の日本人爺たちほど礼儀知らずな人種はこの世界にいない。人間としての最低限の挨拶さえ出来ない。毛唐以下の連中である。こいつらを海外に出すな、と言いたい。
これが戦後教育、日教組教育の成果なのである。
そしていま、教育基本法改正や憲法改正に向きになって反対しているのもこの連中である。彼らの主張する「自由」や「人権」の現実の内容がどのようなものであるか、想像がつくだろう。
彼らこそ朝日新聞のコアな読者層である。
60歳前後のオヤジは日本の癌である。
こいつらを早くお払い箱にし養老院に隔離するか、いびり殺してしまわない限り、日本はなかなかよくならないだろう。
その上このオヤジは、加齢臭がたまらなく強かった。ネット屋中が臭くなった。いなくなったあとも嫌な臭いが抜けない。ここは黒人が多い場所だが、彼らは言われているほど臭くない。毛唐も香水が臭いことは多いが、加齢臭を発散させているのには私はあまり出会ったことはない。それぞれに体臭には気をつけているのだろう。自分の臭いに無頓着なのは50過ぎの日本人オヤジだけのようである。
海外生活は難しい。
毛唐に近づけば必ず不愉快な思いをするが、日本人と関わりあいになるのはさらに危険なことがある。
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コメント
>海外生活は難しい。
>毛唐に近づけば必ず不愉快な思いをするが、日本人と関わりあいになるのは>さらに危険なことがある。
でも、一番増しなのが、やっぱり日本ではないですか?一生暮らす場所と考えると。
鎖国しかないですよ。
大衆には外国の悪い空気をすわせないで教育に力を入れるのが一番。
国家は国民の民度が基本だと認識し、しかし、民主主義のような部多度もに権利を与えすぎるのは歴史も民度も何もない毛唐や土人連中にしか適用するべきではないし、われわれはそれらと接して、それらのレベルに落ちてはいけないのです。日本は日本の使命を忘れたときから、日本文明は崩壊していくでしょう。
文明=民度
工業化など一切されていなくても最高の文明度を持つこともできる。が、それが野蛮人の暴力の前には一たまりもない。
日本は日本独自に歩むのが一番いいし、それしかないのではないでしょうか。
投稿: あふりか | 2006年12月27日 (水) 19時24分
鎖国論、私も半分は賛成です。日本の文明的独立を守るためには、必ず「鎖国部分」を持たなければならないと思います。日本は独立文明といえるでしょうが相対的に小さい文明です。小さい文明は外に全開してしまったらすぐに中和させられて消滅してしまうと思います。だから文化だけでなく社会関係や慣習でもコアな部分は頑固なほど保守的に純粋性を守る努力をしなければなりません。ここで純粋とは何ぞや(「日本に純粋なものなどあるか」など)という議論は不毛で、それがわからなくなった時点ですでに伝統は失われているということです。国民みんなに国際化教育をするとか英語をしゃべらせるようなことは日本の自殺行為にほかなりません。
それと同時に、別翼として、海外に出て行くことが大切だと思います。当然ながら日本人は鎖国だけでは三千万人くらいしか生きられません。海外各地に「植民地」とそのネットワークを作るのです。中華街とまではいかなくてもそういうものを作っていくことがやはり国益に資するのだろうと思います。なるべく叩かれないように秘密結社的な見えにくいネットワークのほうがいいのかもしれない。
たとえば、タニヤみたいな派手なでっかい空間をひとつだけ持っていることにはあまり意味がない。何も知りもしない毛唐まで「日本人の人種差別とタイでの優遇」であるかのように叩いています。日本を叩く材料を提供しているだけです。
そういうのよりは、世界の各都市に、(中国人やインド人やムスリムが持っているように)、日本人なら誰でもアクセスできて情報が得られ避難所にもなるような空間を少しずつもち情報を共有したほうが有益だと思います。
しかし、海外にいる日本人同士が助け合うということを、一番叩き、揶揄しているのも日本人という現状があります。
一方で、醜く、非生産的に、まるで足を引っ張り合うためにいっしょにいるかのように、くっつきあい、他方で日本人を捨てて現地に同化したがる。現状では、在外日本人は立場は異なっても、このどちらかになることが多いのではないでしょうか。
日本人がそういう性格的な弱点を内部から克服していかないと「植民地」を持ち、維持することはできないでしょう。しかし日本の独立と繁栄のためには「植民地」はぜひ作らなければならないと思うし、作ることは可能だと思います。
たとえば日本語の看板だけを掲げた目立たない店(私はネット屋がほしいが)が各地にあるだけでもいい。駐在員や大企業関係者の縄張りでなく、あくまで「日本人の」租界として存在していることが重要。そのためには採算を度外視して財団的なもの(あるいは日本人のためのNGO)によって支えられる必要がある。
金子光晴だって「日本人クラブ」のあるところではそこに泊まってマレー蘭印の旅をしたんですよね。そういうことを全否定している今の日本の「個人旅行」の考え方は、白人ツーリズムの「幻想的なマネッコ」にすぎません。白人生活への従属的な同化です。なぜ「幻想的」かというと、白人はちゃんと植民地を作りながら、ネットワークも避難所もしっかり確保しながらツーリズムを展開しているからです。白人は、クリスマスシーズンになればアジア各地にも白人だけで集まって欧米式にパーティをする場所を彼らはちゃんと持っています。そこにみんなで意識的に集まっていくのです。
白人は、いわゆる「個人旅行」や「冒険旅行」を展開するときにでも、ちゃんと彼らの文明的な血液が途切れないようにちゃんと「兵站」を確保しながらやっているということです。白人ツーリズムには戦略があり、補給兵站の観念がしっかりしています。これは日本人および日本ツーリズムが見落としているところです。白人ツーリズムがパックツアーをあまり必要としないのは、各地に「植民地」があり、白人文明の血液の流れている動脈があり、文明的な補給兵站がしっかりしているからなのです。
まあ、こんな話は、私がツーリストとしてこんなことがあったら便利でいいのにと夢想しているものに過ぎませんが、「夢想」といえば「朝日新聞論説主幹」のW氏でさえ私に負けないくらいの「夢想」(あれはかぎりなく「夢精」に近いような気がするが)を公器たる新聞にどうどうと垂れ流しているのですから、一ツーリストに過ぎない私が自分のブログに妄想を書くことぐらいは許されるかと思います。
投稿: Kuantan | 2006年12月27日 (水) 23時38分
タイ旅行から帰って、拝読しています。
チェンライのネットカフェでの経験ですが、レンタルのPCが動作しな
かった50歳過ぎくらいのオヤジが私に「通訳してくんないかなー」
と言いましたので、「タイ語は一言も分かりませんわー」と言うと、「
それじゃしょうがない」だと。他人様にものを頼む態度か。
私はPCを自作するので力になれたかもしれないが、あの言葉使いではね。
ところで私は59歳です。若く見えるらしいが。
自分の世代を弁護する気もありませんが、70歳台の男はもっと駄目な
気がしますが。
投稿: ロカ | 2007年2月 6日 (火) 02時16分