アジア英字紙の反日
アジア英字紙はたいてい「反日」である。
たいてい現地在住の白人が編集に加わり、記事も書く。
アジア在住の白人たちが日本および日本人に対してどういう屈折した卑しい感情を持っているかは、日本でも知られてきているところだろう。
そしてアジア人スタッフの多くも、英語を母語として教育を受けた者が多い。日本のように日本語を母語とする「バイリンガル」が英語の仕事をしているのではない。
およそ彼らの母語は、現代日本語のような高機能な言語ではない。その言語による過去の翻訳量も少ない。
したがって彼らが古今東西の知識に近づくためには、まず英語を第一言語とし母語のように使いこなせるようにする教育を受けるところからはじめなければならない。そういう気の毒な現実もある。この現実は英語教育に冷淡な国々(インドネシアやタイ)でも変わりはない。
言葉というのは、ある言語を学びすぎるとどうしても他の言語が弱くなるという。つまり英語を第一言語として主に使うことによって、いやおうなく本来の母語を失っていく。
彼らは顔は黒くても中は真っ白であり言語文化的なアイデンティティは西洋なのだが、顔が白人でなければどこへ行ってもただのアジア人、東南アジア人としてしか扱ってもらえない。
彼らは、顔が黒いほどに中身も屈折せざるをえない。
そのうえ当然ながら、彼らの言語社会を主宰する白人には一生頭が上がらない。
白人に頭が上がらないだけに、心はさらに屈折する。
そのはけ口をどこかに探さなければならない。
このあたりの気の毒な心理は、心やさしい日本人なら思いやることが出来るだろう。
以前、日本のテレビの朝の討論番組を見ていたら、首相になる前の安倍氏に対して日本共産党の国会議員が、「インドネシアの一流英字紙(ジャカルタポストか)も(歴史問題で)日本を批判している。日本を批判しているのは(安倍氏の言うように)中国などだけではない」などと批判していたが、滑稽といわざるを得ない。
「ジャカルタポストがこう書いているからインドネシア人はそう思っている」、というのは「ジャパンタイムスがこう書いているからこれが日本の世論である」というのより、さらに見当はずれなことである。
インドネシアには英語をちょっとでも読めるような人は非常に少ない。日本の田舎の日教組先生が朝日新聞を欠かさずに読み相槌を打っているように、ジャカルタポストを毎日読み相槌を打っているという人はさらに少ない。インドネシアの巨大な人口比から考えればほとんどいないといっていい。
ジャカルタポストは、一般のインドネシア人が読むために作っているのではなくて、白人やごく一部のインテリのための「備品」なのである。ちょっといいホテルには一応置いておかなければならないが、一部しかないのにほとんど誰も読んでいないことが多い。
さらにアジア英字紙の「論説欄」の半分くらいはたんにNYTやIHTやタイムスの評論を転載しているだけである。
マレーシアのニュー・ストレーツ・タイムス(NST)の場合でいうと、転載評論(毛唐紙お下がり評論)が半分くらいで、そのほかの論説の多くは、白人、中国系、インド系の記者が書いている。(NSTの中国系評論記者はわりとマトモである。同紙インド系記者のはくだらない。シェークスピアなどを引用してそれらしい形をつけると教養があるように見えると思い込んでいるだけのようなやつ。マレー人の女記者はさらに頭が悪い。「私は外人の友達がいっぱいいて・・・・」女)。他のアジア諸国の英字紙でも、白人が評論記者をしていないところは少ないだろう。
NSTもたまに、NYTのノリミツ・オオニシの評論を転載することがある。それが例によって反日評論であれば、「マレーシアの新聞も日本批判の評論を載せている」と言うことは出来るのである。しかし、NSTがいくらノリミツの反日評論を転載したからといって、それをもって「マレーシア国民が日本を批判している」というのは無理である。上述の共産党の論法はこの程度の子供だましにすぎない。
しかし、
マレーシア紙New Sunday Times(New Straits Timesの日曜版)は今日、2種類の反日特集を打った。
ひとつはマレーシア住民の戦争証言という形の記事で、名前から推測してマレー人らしき記者の署名があるものであり、もうひとつ、はご主人様であった白人ジャーナリストが日本による攻撃の戦渦の中で取った写真をもとにした記事。
どちらにも、自分たちの新聞はなぜこのような特集を打つのか、自分たちは誰に何を訴えたいのか、マレーシアをどうしたいと思っているのか、といった記事の趣旨はどこにも書かれていない。
たんにだらだらっと反日情報を垂れ流すというだけの記事である。
このような行動の背景には次のような彼らなりの事情があるのだろう。
独立50周年を祝うということは、どうしてもイギリス(=白人)に対する否定的なニュアンスを醸さざるを得ない。
しかし、長年植民地土人として生きた彼らとしては白人は理屈抜きに偉大で恐ろしいものであり、今なお力を持っており、これからの経済発展のためにも決して敵には出来ない相手である。
だからこそ彼らは、こういう時期にぜひとも「反日」を垂れ流して、白人の機嫌を取り、自分たちが昔も今も将来も決して白人の敵にはならないことを強調しておかなければならない。
しかも「反日」はタダなのだ。タダで白人を喜ばせることが出来るのが「反日」の便利なところである。
タイのディスコのDJが"Kill Jap!"を連発して叫ぶだけで、白人客は大いに喜ぶのである。東南アジアは白人を標準以上に反日にする魔力を持つ。
そのうえ、「反日」をいくら垂れ流しても、戦争に負けた日本人は怒らないということを土人たちはよく知っている。
土人にとっては「力」は聖なるものである。だから白人を崇めるのだ。
日本のビジネスマンはどの国でも土人に媚びて、日本を売りながら商売をしている。どの国でも、もう日本に帰れなくなったような連中は、反日をむしろ喜び、帰化すればさらに反日になるだろう。アメリカ日系人のように。
思うに、土人たちが「日本人の蛮行」(今日のNew Sunday Timesの記事など、ArmyとかSoldierとかは書かずThe Japaneseがこういう蛮行をしたと書く)を繰り返し垂れ流すことを好む以上、彼らは「そういう日本人」を期待しているのだと受け取る権利がわれわれにはある。
このような土人たちには彼らの「期待通りの日本人」を見せてやるのがふさわしい。同時に、土人に媚びる売国日本人には懲罰を加える必要があるだろう。
躾けと懲罰は、個別に、集中的に行うことが肝要である。
私はひとまずタイバーツとトヨタを売ることにした。(タイバーツはどうせ要らないし)。
「反日はタダ」にしてしまった戦後日本人にも大いに責任がある。
遅まきながら「反日」は高くつくことを、東南アジア人たちにも教えてやる必要がある。それはひるがえって中韓への教訓にもなるだろう。
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