2002年タイ、カンボジア、ネパール
2002年
【チベット・ネパール】
1月1日、再び人民医院へ、酸素吸入。なぜか30元
(明細が前日が材料費、この日は治療費)。
4日、人民医院へ、酸素吸入と薬。
7日、ネパール領事館へ行きヴィザ申請。
「西蔵中国国際旅行社」に行き、ランドクルーザーを予約。
8日、ヴィザ発給。旅行社にランクル代3080元のうち2080元を支払う.。残りはボーダーで。
9日、10時ラサ発。7時ごろラツェ着。「ラツェ賓館」泊。
10日、ダムの税関を越え友誼橋の手前で残金支払い。白タクを拾い、カトマンドゥ着。
【日本】
2月13日帰国。
3月13日成田発、バンコクへ(エアインディア)。ワットチャナソンクラムのゲストハウス泊。
【ノンカイ】 3月15日、タイ航空でウドンターニーへ。ウドンターニーからバスでノンカイへ。メコンゲストハウス泊。ベニヤ板壁。隣の部屋の白人が夜タイ女を連れ込む。まる聞こえ。
17日、Mut-meeゲストハウス。このあたり白人のコロニーのよう。
18日、リムコンゲストハウスへ。
20日。シーチェンマイへ。ティムゲストハウス泊。ダニエルというスイス人の経営。ダニエルはそこにはいない。ダニエルの昔のタイ人の妻?がティムだったが、ティムと別れて後にくっついたのがいま(そのとき)の女主人(暗い閉じた雰囲気のある女)。この町出身で以前は貧しかったという。ゲストハウスにいるインド人顔の小さな娘はダニエルとティムの間の子。女主人に良く似た男は兄弟。以上は町のタイ人男の話。サウジに出稼ぎ経験があり英語を話す。
24日ノンカイへ。
26日、ビエンチャンへ。
29日ノンカイへ。
4月6日、夜行列車でバンコクへ。 【カンボジア】
16日、モーチットマイ(北バスターミナル)からアランヤプラテートへ。アランガーデンホテルⅡ泊。
17日、トゥクトゥクでカンボジアボーダーへ。アライバルビザをとり、ポイペトへ。ChauPhaYaゲストハウスにチェックイン。400バーツ。ポイペト滞在。
21日、シエムレアプへ。フレッシュエアゲストハウス。
22日、アンコールへ。
24日、プノンペンへ。船旅。アンコールトムゲストハウス。
26日、キャピトルゲストハウス。
27日、シエムレアプへ。フレッシュエアGH。
28日、「クメール伝統織物研究所」見学。
29日、バスでポイペトへ。チャオファヤゲストハウス。
5月1日、アランヤプラテートに出る。アランガーデンⅡ泊。
2日、ブリラムへ向かう。タイホテル。
3日。スーリンへ。クルンスリホテル。
4日、コラートへ。エクナコーンホテル。163バーツ(なぜかこんな半端な数字)。コラートではホットコーヒーを飲めるところが見当たらない。インスタントコーヒーすら出すところがない。スーリンではわりと簡単に見つかった。カンボジアから離れるにつれてコーヒーの文化がなくなっていくのか。
5日、バスでバンコクへ。台北大旅社。薬屋で「大活絡丹」を10箱買う。
7日、ワットチャナソンクラムRoof Garden泊。
8日、カオサンBarn Thai泊。
9日、マンゴゲストハウス泊。
【日本】
5月11日、エジプト航空で帰国。
6月26日成田発、エジプト航空、マニラ経由、23:05バンコク着。台北大旅社泊。
【チェンマイ】 7月1日、ホアランポーン駅よりノンエアコン2等寝台(下段)でチェンマイへ。
2日、チェンマイ。グッドウィルゲストハウス泊。
4日、(日記から)「昨夜ははす向かいのハゲ白人が深夜に女を連れ込んだ。このゲストハウスにはわざわざPlease do not bring "the lady"from outside.という貼紙があるのだが、夜12時ごろに圧し殺した声で入ってきて、2時ごろまでヒィーヒィーハーハーというのを3回戦ぐらいしたようだった。シャワーの音もずっと聞こえていた。2時ごろ女が帰る気配がして、近所の犬がいっせいに騒いだ。・・・このグッドウィルゲストハウスはなんかしっくりこない」
5日、タぺー通りのソイのRama2ゲストハウスに移る。
8日、フィットネスクラブに行く。夜11時ごろタペー通りにあったバス停に耳の聞こえないかわいい女の子が座っていた。客をとってるようだった。
14日~18日、タイマッサージスクール。
20日、ノンエアコン寝台車でバンコクへ。
21日、台北大旅社。
22日、ワットチャナソンクラム、Merry5ゲストハウス泊。 【ポイペト】
24日、モーチットマイからバスでアランヤプラテート。ポイペトへ。チャオファヤゲストハウス。
29日、顔が怪物のように変形した女の人がトラックの荷台に乗っているのを見た。
30日、アランヤプラテートへ。昨日見た女の人がボーダーを越えたところの橋の上で子供を抱いていた。目が合ってしまった。目と目の間の普通はくぼんでいるところが、おでこのように大きく隆起してふくらんでいる。当然目の位置はずれていて、鼻もほとんどないようだった。大変恐かったが、赤子を抱いているのだから、ここでは生きていけるのだろう。アランガーデンⅠ泊。
31日、エアコンバスでバンコクへ。台北旅社。
【チェンマイ】
8月1日、ノンエアコン寝台でチェンマイへ。
2日、ラーマⅡ泊。
5日、ロイクロー通り、「オープンハンドスペース」のボスにタイ語を習い始める。
7日、シュガーシャックというバーでサウードというオマーン人の男と知り合う。
9日たまたま再開、一緒に夜遊び。ゴーゴーバー、ディスコ、ファランバーなどをはしご。チェンライ、メーサイ。
28日ポイペトへ出る。
31日タイに入る。
9月29日、バンコク発、ネパールへ(ビザ期限30日:同年2度目の滞在のため)。
【バルパック】 10月29日ネパールビザ延長(30日)、
11月28日ビザ延長(30日)。
12月24日出国。この間、バルパック滞在など。マオイストの支配する村。
【タイ】
12月24日、ネパール発、タイへ。
12月31日、寝台車でバンコク発、チェンマイへ。
2003年1月1日、チェンマイ着。
20日メーサイ~タチレク、デイリターン。
2月17日メーサイ~タチレク、デイリターン。
3月2日、夜行チェンマイ発。
3日、バンコク着。
【日本】
3月5日帰国。
補遺:①どこかでエルフとメーサロン
②ヒルトライブの村をまわるトレッキング。バナナゲストハウス
のツアー。日本人の女の子と二人だったが、タイ人ガイドが最悪。
行くはずの村をいくつかスキップし、使うはずの車を使わず、
ひどい藪の中を歩かされる。
村をスキップするのはカネを浮かすため。
訪れる山岳民族の村はすべて観光村で、ガイドが村にお金を払う。
高床式の家が並ぶ村をまわって目に付くのは、けばけばしいペンキ
を塗りたくった場違いな教会小屋。ピンクのハートマークを描いた
キリスト教の集会所など。ミッショナリーが建てたものと思われる。
白人との混血の孤児も。
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