a.マレーシア

2008年1月30日 (水)

マレーシアを出る

マレーシアはいろいろな意味でタイよりは良い国である。しかし、「タイより良い」ということは「最悪ではない」という程度の意味でしかない。

マレーシアにはタイのようなセックスツーリズムはないが、セックスツーリストたちはタイからはみ出して来る。タイのようにあからさまに人種差別・白人崇拝を売り物にすることはないが、「普通の白人崇拝」はもちろんある。

タイが「白人に見せるための人種差別」を売りものにしている国だとすれば、マレーシアはキレイゴト好きな白人、偽善好きのイギリス紳士などに見せるために、一見人種差別がないように装っているだけの国ともいえる。白人の目のないところではハッキリと人種差別をするし、かなりひどいこともしている。(たとえばインド系やネパール人の扱い)。

1月14日、バンダラヤのいつものインド系旅行代理店「MSスター&トラベル」に行くが、滞在期限が切れる30日までのカトマンドゥ行きチケットは売り切れていた。

仕方がないのでブキビンタンに向かう。ハントゥア(Hang Tuah)でLRTからモノレールに乗り換えるとき、モノレールのホームで暴力毛唐と遭遇。もう少しで大怪我をするところだった。警察はもちろん駅員すらいない。誰も止めるものもなく、なされるままである。毛唐がその気になればKLの電車の駅ではレイプすら可能だろう。

Hang Tuahからモノレールでブキビンタン、スンガイ・ワン・プラザへ。「安全旅遊」でカトマンドゥ行きチケットを申し込む。カードで支払う。

カトマンドゥ片道1100リンギ(カード支払い+33リンギ)。言い値で払う。バンダラヤの店の言い値は1050リンギだった。

今(1月30日)カトマンドゥの毛唐だらけの店でこれを書いている。

隣に日本人の若い女が来た。ネパール人の男のヒモがピッタリくっついている。

こういう日本人女「セックスツーリスト」がネパールに(限らず)多いことは憂うべきことである。

男のセックスツーリストは金を払うから、形式的にも売春である。しかし女のセックスツーリストは形式は恋愛にすることが常に(若い女なら、よほどの事情がない限り)可能である。つまり若い女性はそれだけである種の「位置エネルギー」を持ってしまっているという事実がある。「エントロピー」といってもいいのかどうか。最初から高いところにある石を低いところに転がすのは簡単である。だから若い女性セックスツーリストはカネの代わりにその「位置エネルギー」を使って買春しているのである。

そういう理屈以前に女が簡単に股を開くということは、どんな理由があっても、その国および国民の評価を低めるものである。

ところでその女が使っていたPCはその前に使っていた毛唐がPCの調子が悪いと言って他に移った直後のだった。しかもネパール人店員はその日本人女にそのPCを指図したのである。案の定というべきか、女は10分ぐらいで出て行った。ほとんどページが開けなかったようである。

ここはタメルのカトマンドゥゲストハウスの近く。このあたりはネパールの中でももっとも人心の荒廃したところではないかと思う。白人ツーリズムの中枢だからだ。ただしネットはネパールの割には速い。値段は二倍。ココログ管理画面を操作するにはここが良い。

ネパールは今しょっちゅう停電。一日に電気が来る時間が10時間ぐらいなのだろうか。もちろんネットは遅い。

1月22日。ブキビンタンの安全旅遊に行きようやくチケットを受け取る。出発は29日午前7時35分。深夜の電車で空港に行き空港で夜明かしすることになる。

航空券を見ると「ロイヤル・ネパール」は早々と名前を変えてNepal Airlinesになっていた。

11月28日。午後10時半過ぎ、定宿に荷物を預けて出る。預けている荷物はどんどん大きくなっていく。KLセントラル11時過ぎ発のKLIAエクスプレスに乗る。

静かで冷房の聞いた車内で気持ちよく本を読んでいると、突然耳元で毛唐客ががなりたててきた。大声でExcuse me.Do you have a pen?とどなりかけてくる。お前は幼児英会話の先生か。読書の気分ぶち壊しである。もちろんNo!と言う。すると何も言わずに引き下がる。

その男は若造ではなかった。妻らしい白人女を連れていた。いったい世の中に自分がペンを使いたいからといって、静かに読書している人間の耳元でいきなりペン持ってるかと大声でがなる者がいるだろうか。そしてNoといわれると無言で引き下がるだけである。Sorryの一言もない。ペンなんか人に貸すのは嫌なものである。ましてや毛唐。

相手が有色人種の場合、自分が人の邪魔をしたなどという意識は毛唐にはまるでない。

白人の平均的道徳水準である。そうでなければ自分の理屈を嘘と知りながらアフガンやイラクに殴り込み、全部バレたあとも恬として恥じずまだ善行をしているような顔を続けていたり、20世紀になってからもアボリジニを「ハンティング」と称していまカンガルーを殺しているように楽しんで殺したり、つい1970年代まで黒人国民に参政権を事実上認めていなかったのに他国の民主主義や人権状況を批判したりランキング評価したりといった恥知らずなことはできないだろう。

「白人は危険な野蛮人である」。

この認識を早く十分に広める必要がある。取り返しのつかないことにならないように。ボケボケしていると日本人がアボリジニの運命をたどる可能性も十分にあるのだ。

深夜のKLIAは薄暗いがごく普通の様子だった。RNのチェックインはAカウンター。そのあたりに一見してネパール人とわかる人たちが集まってベンチに座っていた。黒川紀章が設計したこのピカピカの空港にはちょっと場違い感のあるスポットではあった。その一人に話しかけてみる。ネパールのネパール人のようなエネルギーはまったく感じられず疲れきって脱力している感じだった。

KLIAの物価は成田より高いと思う。ファストフード店のセルフサービスのコーヒーが9リンギもする。

Aカウンター周辺は一晩中ネパール人だらけ。私もその辺で夜明かしをする。バウン(ブラーマン)のような連中はあまり見かけない。チェトリがちょっといるかどうかという感じ。明らかにボテ(モンゴロイド系)という感じの人も少ない。私の印象では被差別カーストによくある顔立ちの人が多いように思った。

チェックインも手間取る。並ばせてから延々と待たされる。昼の便ではあまり経験しないこと。とくに日本行きなどでは経験しない。

そこに並んでいるのはほとんどネパール人である。マレーシア人がネパール人をいかに見下しているかということを、一つ一つの手続きの端々に実感する。

マレーシア航空のチェックイン係もイミグレ役人もどちらも女だったが大変感じが悪かった。

マレーシア航空のチェックイン係が私に「何しに行く」とか「働きに行くのか」などと見当はずれなことを聞いてくる。まったく余計なことである。「リターンチケットは持っているか」と聞くので「私はネパールには何度もワンウェイチケットで行っている。それにそれはお前のビジネスじゃないだろ。ネパールのビジネスだろ」と言うとようやく黙った。

マレーシアイミグレはさらに悪かった。いきなり、マレーシアで働いているのか、長い滞在だ、ホテルに泊まっていたのかなどと聞く。そういうことをグチャグチャ言うのなら、最初から90日間のパーミットを出さなければいい。

もしそう思うなら逮捕しろ、お前らマレー土人みたいな貧乏人じゃないんだよ、といってやればよかったのだが、機転が利かなかった。

どちらも白人客に対しては絶対にしない態度であることは言うまでもない。

彼らマレーシア入管役人もタイイミグレ役人と同じで、不法就労の後進国人から賄賂をせびり取っているのである。そのことは後でネパール人から聞いた事実である。その習性がネパール人の群れに混じった日本人の前でも出てしまったということだ。そしてここに晒されることになる。マレーシアは一見キレイそうに見せている汚い国。ただキレイそうに見せていることを私は相応に評価したいと思う。

飛行機の搭乗口ではさらにひどいものを目撃した。ネパール人がまるで犯罪者のように両手を上げさせられてしつこく身体検査されていた。私が飛行機を待つ間しゃべっていた貧相な男だった。

次が私の番だった。

トゥドゥンをしたチビデブのマレー豚女役人が非常に無礼な態度で、いきなり私の腕や胸を左手でバタバタ叩いてきた。このマレー女役人は私をネパール人だと思ったのだろう。私が消えかかっているような待機線を一歩ほど越えたからといっていきなり叩いてきたのである。まるで犬でも扱うような態度だった。

マレー人は「言語」というものになじみがないらしい。人間よりもオランウータンに近い動物なのだろうか。

周りはみんなネパール人だったのでこのマレー豚女に「ジャウ!ダリット」と大きな声で言ってやったら面白かったかもしれない。「触るな。お前の手は汚い」くらいは言うべきだった。

その後、私の前のネパール人をしつこく身体検査していた男の役人は私のパスポートに気づいたらしく、身体に触れもせずに顔パスで私を通した。

土人を図に乗らせるほど愚かなことはない。

日本の伝統的な(戦前以来の)「対土人政策」は根本的に誤っていた。

土人に対しては、「線引き」をハッキリさせることのほうが重要だったのだ。日本人は最高位のカーストであって彼らは下位カーストであるという洗脳をすべきだった。

そういう秩序は土人には容易に受け入れられるのである。逆に、土人は対等平等な関係、対等なルールは理解できない。土人は図に乗るかひれ伏すかのどちらかしか選択を持たない。だから土人はあくまでひれ伏させておくのが正しい。

マレーシア人にとっては今でもイギリスが近代化と発展の模範であり続けている。イギリスに支配されたことは幸いだった、その遺産を大切にしなければいけないと、官報のような御用新聞が平気で書いている国である。

今回の搭乗は今までになく不愉快なものだった。白人客がその辺におらず、つまり「白人の目」がなかったために、マレー人の東南アジア人共通の嫌らしい人種主義が表に出てきたという形だろう。

白人の前でわかるように白人を上げて喜ばせる、というのがタイ式である。つまり白人の最低の本音と欲望に正面から応えるというのがタイの流儀である。

これに対して、マレーシアが意識しているのはキレイゴト白人、偽善白人たちなので、白人の目のあるところでは「人種平等」のフリもするのがマレー人でありマレーシアである。

イギリス人がキレイゴトに訴えられて喜ぶ連中だったからだろう。つまりご主人様が飛び切りの偽善白人だったからである。

白人の目のないところでやってることはタイと変わらない。

マレーシア時間8時半ごろ離陸。

乗客はほとんどネパール人。スチュワーデスももちろんネパール人。いつものようにアーリア系のスッチーはサリーの制服を着て、モンゴロイド系のスッチーはチベットエプロンのついたワンピースの制服を着ている。

隣に座っていたネパール人(タクリ)と少し話をする。3年ぶりに帰るネパールだと言っていた。マレーシアの中国の企業で3年間不法就労していたということ。不法就労のための手続き(?)はすべて中国の会社が手配してくれたという。逮捕されて強制送還されたわけではない。予定通りの満期帰国ということだった。役人公認の不法就労である。帰る前に役人に罰金を3000リンギも払ったという。10万円強である。

この飛行機いっぱいのネパール人の大部分が、あるいはほとんどが、こういう形で公認の不法就労をしていて、無能なニセムスリムのマレー人役人が汚い金で豚のように太っているという構図である。

私は日本で不法就労していたことのあるネパール人やミャンマー人と話したこともあるが、彼らが共通して言っていたことは、日本の警察や役人が親切だったということと、役人が不法就労者から賄賂を取らないのに驚いたということだった。

私が知っているあるミャンマー人は日本で不法就労していて強制送還された。日本を出るまでは良かったが、トランジットで立ち寄ったバンコク、ドンムアンのタイ役人から「日本での不法就労」を口実に3万円の賄賂を要求されたという。結局1万円払って見逃してもらったということだった。

しかし、これはタイによる日本の主権侵害ではないか?また日本当局もこのミャンマー人安全にミャンマーまで送り届けるべきだったと思う。

ネパール航空はなかなかいい感じだ。疲れたネパール人でいっぱいだったが穏やかな雰囲気だった。

飛行機が着陸態勢に入って揺れていても歩き回る人、トイレに立つ人があとをたたず、スッチーもとめようとしない。スッチーの一人は乗客となにやらネパール語で話し込んでいたり。ネパール人乗客は無心に景色に見入っている。曇っていて山は見えなかった。

マレーシア時間午後2時ごろカトマンドゥ着。

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2008年1月26日 (土)

マレーシア人の衛生観念

一週間ぐらい前、時々利用するインドレストランでチャパティを食べていたときのこと。私はマレーシアではだいたいチャパティかナンが主食で、ご飯はあまり食べない(マレーシアの米はうまくない。インドネシアの米はうまい)。

そのレストランは店の中が衝立で二つに仕切られていて、衝立の奥の方のテーブルに白人のカップルの客がいた。

この辺のインド人の標準から見ても特に色黒のタミルムスリムの男がニコニコしてその白人客たちに給仕していた。おかずを取るのはセルフサービスが普通の店だが、彼らはいろんな皿をウェイターに持ってこさせていた。

そのタミルムスリムの男はいそいそとその客たちにアテンドしていたが、ひとつ野菜の皿を持ってくるときに衝立のこちら側でちょっと躓いて少し大きめの野菜を一切れ床に落としてしまった。汚い床である。

驚いたことにその男は床に落ちた野菜をすぐに拾い上げ、反射的に自分のズボンの腿の辺りでぬぐって、そのまま元の皿に戻した。そして何食わぬ顔で白人カップルに出していた。「ちょっとしくじったけど普通のことをやっている」という感じだった。

衝立が間にあったので客たちからはその様子は見えなかったと思う。

わざわざズボンでぬぐったのだから、悪気はなかったのだろう。そうすることできれいになるという観念があったのだと思う。

この男のズボンと床とどちらがきれいだったかについていえば、その床はマレーシアレベルでも相当汚い床だったので、何もしないで皿に戻すよりは確かにズボンでぬぐって皿に戻したほうが良かったとはいえる。

しかし、床に落ちた野菜は皿に戻さないで捨てるか掃いて捨てるのが一番良かったと思う。足が長くて体も分厚くてのろのろ動いていても誰もつぶさない大きなゴキブリが這っているような床である。あの店は夜は溝鼠が駆け回っていると思う。
 

何にしろ「人それぞれです」というのは常に妥当する真理で、誰も否定することはできない。しかしそれは、何もいってはいけないといっているのとあまり変わらない。

なにより国による違いは大きい。

人種民族によって違いがあることも確かだろう。

中国人が「汚な好き」なのはよく言われるが、マレーシアの華人が中国大陸本土の人間ほど汚な好きのようには見えない。といってももちろん日本人並みにきれい好きとは言いがたい。チベットはすごかった。招待所のトイレの壁にぬぐいつけた指の跡がいっぱい・・・・しかしあそこまで行くと低温と乾燥と酸素不足であまり汚くも感じない。

イスラムの教えは清潔を重視するというが、それは「前提」があってのこと。宗教のどんな教えも「待機説法」だと思った方がいいと思う。つまり「喩えを用いて語る」のにはいつも「理由」があるということ。

もっともイスラム教はマレー人のために生まれた宗教ではないので、マレー人を想定してはいない。しかしマレー人がイスラム教の清潔の教えに則っているかどうかにも疑問がある。

そして、インド人。浄と不浄の観念はヒンドゥの重要な要素であろう。ただそれは浄と不浄を厳しく峻別するということであって、相対的に浄とされた部分が客観的に見て、というかもっと世俗的に見て、「清潔」かどうか、つまり黴菌が少ないかどうか、ということとは関係がない。しかもカーストにおいてその存在自体が決定的に不浄とされてしまっている者は、自分の生活の中に浄の部分を求める理由さえ失っているかもしれない。
  

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2008年1月25日 (金)

ダボス会議でマレーシア首相「イスラムと近代化」(苦笑)

品性(がない)、教養(がない)、知性(がない)、どの言葉を使って「それ」を表現すべきか迷うようなことを、東南アジアではしばしば経験すると思う。タイヲタになっちゃってるような人でなければ賛成してくれるのではないか(マレーヲタでも同じだが)。

下手に「知性がない」などと言おうものなら、俺はイギリスの(アメリカの、あるいは両方の)こんな有名な大学を出て学位をとった。お前なんかより英語もぜんぜんぺらぺらだとか言われてしまうだけなので手に負えなかったりするのである。

品性や教養は欧米の「伝統ある立派なキャンパス」でのみ培われるものと信じて疑わない欧米人も少なくないようだ。アメリカ東部出身のちゃんとした大学出た姉ちゃんと話していたとき、何かのはずみに勉強はどこでもできるんじゃないですかとか言ったら、皮肉に笑われて学問にはアイビーリーグのような「キャンパスの環境」が必要なんだいわれてしまったことがある。そんなこともわかってないのかというあからさまに見下した態度をされたので、そんなことを口走ってしまった自分がなんだか「夜学に通う植字工」にでもなったような気がして惨めったらしい気分になった。しかしああいう基準から言うと日本に一流大学はほとんどないということになってしまう。「環境」には広い贅沢なキャンパスだけでなく大学の歴史と伝統と人脈も含まれるだろう。欧米でなきゃはなから成り立たちようがない「環境」、という特権である。

東南アジアレベルのエリートならなおさら即物的で、そういう伝統あるキャンパスで作った「教養ある」白人の「友人たち」がたくさんいること、彼らと因習的な会話ができることが直ちに教養や品性そのもの、ということになる。

つまりいかにそれらしく振舞いそれらしいことをしゃべるか、それらしい文章を作り上げるかということである。それらしくマネすることでせいいっぱいだから、何か新しいものが出てくる余地はもちろんない。

思いつきだけど、アリストテレスの「形而上学」の翻訳を町の本屋で買える国が世界に何ヵ国ぐらいあるだろうか(岩波文庫のアレを読んで何か理解できる人がいるのかどうか私はよくわからないが、そういうことは問わないことにして)。カントの「純粋理性批判」の自国語翻訳が出ている国が何ヵ国あるだろう。プルーストの長い小説の全訳が出ている国は・・・・。世の中には持ってるだけで価値がある本もあるんだろうと思う。ちょっと読んでみて頭を抱えて、わからない、なんだろうこれ、さっぱりわからん、こんなことあれこれ言っている人がいるんだ、と思うだけでも、何も知らずに終わるよりはいいということもあるような気がする。しかし、そういうのを外国語で読んでしまうとまた、何もわかってなくてもわかったような気になったりすることがある。外国語で読んだ、単語の意味と構文がわかっている、つまり外国語の文章の意味がわかった、→内容がわかった、という錯覚に案外陥りがちなものである。英語屋に馬鹿が多いというのもこういうところに原因の一つがあるのではないかと思う。ドイツ語なんかもちょっと勉強すると論文読む分には日本語よりも読めるぞとか思ってしまうことがあるだろう。
  

本題に戻ると、アブドゥラ首相はヨーロッパに出て行くといつも、キリスト教とイスラム教との共通性(旧約聖書を共有し唯一の神を信仰する)を唱えて「イスラム世界と西側世界とが共存して進歩発展していくことができる」ことを強調する。要するに半分自画自賛のようなおべんちゃらを言って、白人に媚を売りつつ自分たちも欧米白人「のようなもの」なんですよ、と強調する。

彼らが欧米向けにこういう演説をぶつときには、日本なんか世界に存在しないかのようである。日本なんかほとんど居場所がないような世界像を開陳して白人に媚を売る。

今度のダボス会議でも、キリスト教とイスラム教とは「二つの偉大な文明」である、と持ち上げていた。

私はよくはわからないが、しかし、マレーシアって、あるいはマレー人って、ムスリムの世界において、世界に向けて「イスラム」を代表してものを言って良いような格式の高い地位にいるのか?ちょっと素朴な疑問を感じる。

ヨーロッパだって一概に「キリスト教世界」と決め付けられることも迷惑だったりするのではないか。イスラム教徒から「旧約聖書」や「唯一神論」を理由に「一緒でしょ」と擦り寄られるのにはますます困惑するのではないかという気がする。アメリカの福音派ならどうかわからないが。アブドゥラ首相が期待するほど宗教的な人がヨーロッパに多いわけでもないだろうし、信心深い人でも自分が信仰しているのは「形をイメージしてもいけない唯一絶対の神」ではなくて、像にもなっていてはっきりイメージできるイエスやマリアだと思う人が多いのではないだろうか。

この声明で一番こっけいなのは、「イスラムは近代化と両立する」という例として「高いビルがいっぱい立ってます」という話を出しているところ。「ブルジ・ドゥバイ」は世界一高いビルで、KLのツインタワーは世界一高いツインタワーだ、それがイスラムの近代性の証左であるかのように言う。

ブルジ・ドゥバイを建てたのが誰か知りませんが、ツインタワーはマレーシア人が建てたんじゃないでしょうが。

第一、ビルは高けりゃいいってもんじゃないんだし。マレーシアなんか地震がないから耐震構造も必要がない。マンションなんかも日本人の目から見るとスカスカで今にも倒れそうな怖いような高層ビルばかり。

カネがあればビルは建つわけで、高いビルが建ってますってことは、地震がない国ですということとカネもってますということの証明でしかない。カネもってりゃ近代的だと信じてるのがこのイスラム国の首相ってことですね。知性も教養もない者に怖いものなし。

でも「後進国の猿は叩かない」というのが白人紳士の暗黙の了解事項なので(猿の癖に生意気に経済大国になったりしたら叩きまくるが)、マレーシアは陰で笑われているだけですんでいるようだ。

http://www.kln.gov.my/?m_id=15&hid=597

4.         No faith, least of all Islam, is against progress and modernization. Indeed, the teachings of Islam are especially attuned to modernization. Muslims are explicitly enjoined to pursue knowledge, which is the bedrock upon which all progress and development is built.    In Islam, work is deemed a form of worship.

5.         Modernity is indeed evident in the Muslim world for all those who wish to see.   The world’s tallest building is now taking shape in a Muslim city.   It is the Burj Dubai. The Petronas Twin Towers are the tallest twin towers in the world.   They too stand in a Muslim city. The largest Muslim country, Indonesia, is a democracy. Muslim women have been presidents and prime ministers.

>In Islam, work is deemed a form of worship.

そのわりにマレー人は働きませんね。In Japan,ならわかるんだけど。

ひとつだけマレー人の評価できるところは、トゥドゥンと伝統衣装を守っていることだろう。パンジャブ発祥のクルタ・スルワールなどと同じく、民族衣装がたまたま日常着にも適していたからだろう。
 

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2008年1月23日 (水)

オランダとオーストラリア

東南アジアでの買春といえばドイツ人だと思うかもしれない。その通りではあるのだが、オランダ人もひどい。比較的数が少ないので目だっていないだけ。というか、オランダ人ってドイツ人の亜種みたいなもの。とくに児童性愛に情熱を燃やす。

買春と児童性愛に関しては、オーストラリア人も負けていない。

東南アジアで普通に見ていていちばん耐え難い白人といえば、やっぱりオーストラリア人とオランダ人。

参考記事、

オランダのペドフィリアたちが徒党を組んでぺド合法化を目指す政党を立ち上げようとしている

東南アジアにおけるオーストラリア人の生態実例

その他多数。

そして「白人至上主義」を率直に吐露する点でもこの二国民は共通しているようだ。

この世界で「白人」の地位が危うくなったら真っ先に切り捨てられるけっぷちにいる連中だからだろうか。

当然の帰結として、「翻訳された白人至上主義」運動である反捕鯨運動にも熱心になる。
 

<調査捕鯨>グリーンピース妨害でオランダに要請 外務省

1月23日18時22分配信 毎日新聞

 外務省は23日、日本の調査捕鯨船が環境保護団体「グリーンピース」から燃料補給の際妨害を受けたことについて、同団体が乗り組んだ船の旗国、オランダ に対し「許しがたい違法行為」として、再発防止の措置を講じるよう申し入れた。児玉和夫外務報道官が会見で明らかにした。

 調査捕鯨船に対する妨害行為は、反捕鯨団体「シー・シェパード」に次ぐもので、拘束されたメンバー2人のうち1人はオーストラリア人。高村正彦外相は 22日、オーストラリアのクリーン貿易相との会談で「国内法に基づく適切な対応」を要請しており、今月31日に来日する同国のスミス外相との会談でも議題 となる見通しだ。【上野央絵】

 
1年ほど前、クアラルンプールの都心ジャラン・アンパンの「マレーシア・ツーリスト・センター」の中にある警察(ツーリストポリスではないがそのような仕事をしているところ)に用事があって出向いていたときのこと。

そのときにかち合ったオランダ人はひどかった。40過ぎと見える汚く日焼けしたガタイの大きな白人男。妻と小さな子供を連れていた。

男たちはツーリストセンターの警察署にどたどた入ってきて、ベンチに座って待っている私たちアジア系の客たちの方に目をむけ、アゴを使ってで「ドケ!」とやってきた。

「お前らどけ、俺たちが座るんだ」というはっきりした意思表示だった。

有色人種なら当然召使か使用人、自分たちに奉仕すべき立場の者に決まっている、という確信に基づく行為である。

それが受け入れられないことが不思議なような顔をしていた。

さらにそのとき窓口で相談をしていた人が終わると、彼らは待っているわれわれを差し置いてすぐに窓口に向かっていった。妻の方も当然のように窓口に進む。

私が声をかけて引き止めたが、マレーシア警察はそのまま白人たちを先に受け付けようとしていた。

私はあとで彼らに向かってハッキリと「われわれも同じツーリストだし、ここはお前ら白人の植民地じゃない」と言ったが、オランダ人男もその妻もポカンとしてわけがわからないという表情だった。

ヨーロッパには、アジアは形式的には独立させてやっているが、いまも白人の植民地であるという強い信念を持った者が少なからずいると思う。オランダ人のように教養のない連中がそれを素直に表現しているということだろう。
 

(このあとはマレーシアの話になる)  

なぜそのとき私がその警察にいたかについては、ちょっと込み入った話であり、また私が特定される可能性があるのであまり書きたくないが、その何日か前に私は、KLCC内でサウジアラビア人に絡まれていた。絡んだといっても口げんかの類だが、アラブ人の方から絡んできたので、じゃあ一緒に警察に行こうかということになった。ところがKLCCの警備員と警察官は最初から一方的にアラブ人の方を被害者扱いし、私を加害者扱いして私だけ地下の万引き容疑者待機所のようなところに連れて行った。その間アラブ人の言い分を聞いていたのだろう。「地下牢」で、KLCC内で捕まったインド人のスリや万引きと一緒に長く待たされた。インド人のスリが被害者の男の靴に額をつけて謝罪して許してもらっていたり・・・、そんな場所だった。ジャラン・アンパンのマレーシアツーリストセンターの警察署についてからも、マレーシア警察はアラブ人の話を優先的に聞く(ほとんど英語が話せないような奴だった)。アラブ人の主張のみを最初から正しいものとして扱い、私の主張にはまともに耳を傾けようとしないで一貫して私を「犯人」(そのアラブ人とのトラブルに責任のある者)として扱ったのである。。それでもポリスレポートを出すことはできた。私は警察のパソコンに自分で英語のレポートを打ち込み、「警察が私の話を聞こうとしなかった」ということも書き込んでそれを印字してもらい、サインして正式に警察に提出した。。ところが、あとになってわかったことだが、マレーシア警察は印字する前にちょっと形式的な訂正をすると言って私のレポートに手を入れていた。「警察は私の言い分に耳を傾けようとしなかった」と私が書いたところを改竄してまったく逆の意味に変えていた。要するに否定詞を消していた。婦人警官はパソコン画面を見せて私に確認させこれで良いかと聞く。私はそんな改竄をするとは思いもしなかったし自分で書いたものなのでほとんど見ないで良いと言い、印字させてサインしてしまった。。コピーを受け取ってから改竄に気づく。私は大いに抗議して訂正しろと言ったがマレーシア警察は受け付けない。サインしたじゃないかと開き直る。私がねばっていると警察はどうしてもというならもうひとつ別のポリスレポートを出せというので、もう一通、改竄の件も含めたレポートを書いて出すことにした。そんなつまらない問題で何日かにわたってごたごたをしていたのである。

契約書などに気づかれないようにちょっと手を入れて改竄するというのはマレーシア人の常套手段なので気をつけなければならない。もとはアングロサクソンのお家芸だったのだが、マレーシア人もご主人様から教わってきたらしい。つまり警察もその辺の詐欺商店と同じことをやっているということである。

なおマレーシアでは被害届などを提出するというときの「提出する」は"lodge"を使うことが多い。
  

マレーシアは第一印象としては、タイに比べて「白人崇拝」が少ないように見える。

しかしそれは、タイのような、「嫉妬とへつらいと付け込みと八つ当たり」という特異の精神文化に基づく伝統芸のような白人崇拝と日本人差別や、あるいは白人ツーリストへの「ホスピタリティ」の表現としての大げさな白人客優遇=有色人種客差別はない、ということにすぎない。

冷静に客観的に見ると、もしかしたらマレーシアのほうが今なおハッキリと白人植民地といえるかもしれないと最近は思うことが多くなってきた。

現実にイギリスの植民地に甘んじていたという歴史は重い。しかしマレーシア人はそれを「重い」こととさえあまり感じていないように見える。この国に来る白人も、セックスツーリストは少ないが「植民地バカンス」意識は相当強い。

白人がご主人様でなければアラブ人がご主人様である。マレー人が他民族に従属しないで独立した自分の国を建てていくということは、素質上無理があるように見える。
  

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2008年1月20日 (日)

商店の入り口を占領する白人ツーリストたち KL マレーシア

日本もすでにこういうふうになってるだろうか。
商品を買うでもなく、店の入り口に座り込んで動かない白人の群れ。
もちろん店も苦情など言わない。

マレーシアの人がなんであんなに白人に従順で白人のわがままを許しているのか、最近よくわかった。

(タイはそれが最初からの国柄であり国策だからだが、マレーシアは一応イスラム国家で西側の白人に媚びることを国策にしているわけではないと思っていた)。

現実に危険だからだ。

大部分の白人は動物的な衝動で暴力を振るう。気に入らないことがあると無抵抗な者に対して直ちに先制攻撃をかけてくる。アジアではローカル(有色人種)に対してそれが当然許されると信じている。白人を刺激したらまず最初の一撃は覚悟しなければならない。

そして警察は必要なところにはいない。仮に呼んで来たとしてもローカルを助けてくれることは絶対にない。つまり警察は白人がらみのときには有色人種は助けない。仮に司法の場にまで持ちこめたとしても同じことだろう。一方で、白人の暴力に抵抗して白人に怪我をさせたとしたら、刑務所に行くのは必ず有色人種のほうである。

マレーシア警察のやり方だと、被害にあった有色人種(非白人、非アラブ)の方が常に犯人扱いされるだろう。実際、日本人とアラブ人がトラブルになったとき、マレーシア警察は一方的にアラブ人の主張のみを聞き、日本人のみを警察の地下牢のようなところに連れて行く。相手が白人ならなおさらである。

日本もこれ以上「安い国」になればこういう光景が日本全国でどんどん日常的になっていく。日本に住んでいる日本人のほとんどは、白人の本当のずうずうしさと「怖さ」を知らないと思う。日本警察もすでに白人には手が出せない。

店の入り口を占領する白人ツーリスト KL
店の入り口を占領する白人ツーリスト KL

在日白人が日本を「人権」批判したがるのは、日本は「アジアの癖に」まだこういうヤンチャがやりにくいところがあり、白人の特権が十分認められていないと感じているからであろう。
在日白人、帰化白人がいろいろな口実で日本批判をしている目的は、日本を白人がこういうことをやり放題できる国にし、日本人のだれもが「私たちは白人より劣っている種族です」と認め、白人が通れば当然のように頭を下げて道をあける、白人資本にタイのように特権を認める、娯楽産業、セックス産業はタイのようにまず第一に白人のためのものとする、そのようなことを心から実践して日本人が白人の優越性を心から受け入れ、日本人に白人に歯向かう気持ちを一切捨てさせようため、日本をそういう国にし日本人を白人の奴隷民族にするためである。

白人と闘うための一構想:
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2008/01/post_25ae.html
 

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2008年1月19日 (土)

ブキ・ビンタン(Bukit Bintang)はタイのようなところ KL マレーシア

このブログのアクセス解析の「検索ワード フレーズ」には、いつもちょっと人には見せられないような言葉が並んでいる。

こういうのを見ると本当に吐き気がするのだが、タイなどを扱っているブログはどこも同じだろう。

マレーシアに関していえば「クアラルンプール 置屋」「マレーシア 風俗情報」などという検索ワードでこのブログに来る人が跡を絶たない。さすがに「マレーシア 幼女」という馬鹿はいないようだ。

このブログのアクセスの一割以上はセックスツーリズム情報目的だろう。

仕方がないのでそういう人の需要にも応えておくことにした。

まずマレーシアはイスラム国である。イスラム法(シャリア)自体はムスリムにしか適用されないとはいえ、世俗主義イスラム国家としての国の法律はすべての人種民族、外国人にも適用される。

どんなに世俗主義的なイスラム国家でも売春や性風俗営業(日本では合法な「本番なし」風俗を含めて)を合法としている国はないと思う。

マレーシアでは売春は違法である。

だから、セックス目的のツーリストはタイに行け、というのが正しい。マレーシアに来るべきではない。

しかしタイでのセックス滞在中にビザ期限が切れたり、タイのノービザ滞在規制など影響でマレーシアに入り、クアラルンプールにまで来てしまい(それらしいゴロツキ毛唐がいまこの町に溢れている)、ここでもどうしてもセックスツーリズムを楽しみたいという基地外は、KLのブキ・ビンタンBukit Bintangに行けばなんとかなるだろう。

ブキ・ビンタンには売春マッサージが軒を並べている。

私は入ったことがないのでどれくらいが売春宿でどれくらいが普通のマッサージ屋なのか、あるいは混合なのか、タイでよくあるように普通のマッサージの後に「セックスマッサージ如何」と聞いてくるシステムなのか、あるいはタイで時々あるように真面目なマッサージ中に女が抱きついてきたり乳房を押し付けてきたり足の付け根を揉みつつことさら陰部を刺激してきたりするシステムなのか、詳しいことは知らない。

しかし、前を通ると呼び込みが真昼間から「ジキジキジキジキ」と声をかけてくるのでジキジキなのだろう。タイでいうボンボンである。タイほど細かい芸はないのかもしれない。

「ジキジキジキジキ」と大声をかけられるよりは耳元で「ボンボン・マイ?」とささやかれた方がマシなので、この方面の文化はやはりタイが上ということだろう。

マレーシアでは人種宗教国籍を問わず売買春は違法のはずである。

そしてブキ・ビンタンで売春が行われていることは誰もが知っていることである。

官報的新聞さえ「ブキ・ビンタンはバンコクのパッポンのようになりつつある」と書いていた。ホテルのバーがまたひどいらしい。

しかしブキ・ビンタンの売春が取り締まられる様子はないようなので、非合法ながらここはマレーシア警察公認の売春地帯ということだ。

マレーシアの警察はマレー人ばかり。

つまりムスリムが「パッポンのような」売春地帯を公認しているということになる。

ブキ・ビンタンにはそのほかにもタイを思い出す要素がある。

見ていると、呼び込みの女が白人通行人にしか声をかけないレストランのような店がある。

スターバックスのマレー人店員は、店に入ってくる客が白人か有色人種かによってはっきりと違った反応をする。

白人客には明るい笑顔で英語の挨拶をし、有色人客(マレー人でも中国人でも)には無言、むっつりしていたり見下すようなニヤケタ表情で対応していたり。タイでは普通のことだがマレーシアではこういうことはそれほど多くない。もっとも彼らはタイ人のように「意図」「嫌らしい悪意」をもってそうしているわけではないのかもしれない。いずれにせよ「状況」に反応して動き「気分」の力に忠実に流されていくというのが「ブミプトラ」(土人)にふさわしいものなのだろう。

ブキ・ビンタンは白人も多い。ふんぞり返り方もタイと同じ。

ビザの関係でマレーシアに来てしまったがタイが恋しくてたまらないというタイヲタがタイを思い出して慰めを得るには、ブキ・ビンタンは良い場所かもしれない。
 

ブミプトラ(土人)な人たちというのは、「原則」というものをもつことができない。普遍性とか規範ということの意味も理解できない。規範はなく、いつも個別的で特殊な指定があるだけである。

マレー人は熱心なムスリムだというが、実態はオカルト、呪術に満ち溢れているだろう。bomohとかいう呪術師は良い商売である。

ブミプトラ(土人)な人たちは普遍的なものが理解できないから、「お客さんはみな平等に扱って、公平に応対しなければいけません」と仮に言い聞かせたとしてもその「意味」が理解できない。「どのお客さんにそうすればいいの?」という没論理的な質問が返ってきたとしてもまったく不思議ではない。そう言われた人の前ではそう振る舞い、別のことを言う人が優勢なときはその人にごく自然に従う。

このような性格を「素朴でゆったりしていて近代化で汚されていなくて素晴らしい」とか本気で思い続けることができるタイプの人は、ブミプトラ的な人たち、ブミプトラ体質の国がたまらなく好きになるかもしれない。(誰でも最初の一瞬はそうかもと思うことがあるかもしれないがそう思い続けることはマトモな人には難しいと思う)。タイでもマレーシアでもインドネシアでも、同じことである。
 

マレーシアの政治家が「ブキ・ビンタンを銀座のような町にする」と言っているそうだが、タイ人が「カオサンはタイの原宿だ」と言っていたのに優るとも劣らない寝言である。
 

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2008年1月18日 (金)

オーストラリア白人がコソ泥で逮捕される 同宿地元民のノキア携帯を盗み ペナン マレーシア

逮捕された男。マレーシア紙New Straits Times18Jan2008より。 

Imgp3650

毛唐に襲われたときカメラを向けたら殴られてレンズに傷がついてしまった)。

claim trialとはよく使う表現で要するに「裁判にかけられる」ということ。(被疑者が権利として公判を請求する、裁判を受ける権利を主張するという意味だろう)。

GEORGE TOWN:  An Australian businessman yesterday claimed trial to stealing a Nokia handphone belonging to a man at a budget hotel here.(オーストラリアの「ビジネスマン」は環境保護に熱心なせいかbudget hotel〔きたねえ安宿〕に泊まるようである)
Lee Anthony Knaggsi, 35, of Yatala, Australia, was charged with stealing Anuar Sani Othman's handphone at room No 28, Federal Hotel, Jalan Penang, about 3.50am on Jan 14.以下略、

もちろんオーストラリア人が罪を認めるはずもない。「ホテルで女に薬を盛られて数時間意識がなかった」などと言い訳している。

Defence Lawyer.....told magistrate... that his client had lost consciousness for several hours after he was drugged by a girl in the hotel.

女を買ったのも麻薬をやっていたのも事実だろうが、だから携帯を盗まなかったとはいえないだろう。

1万リンギの保釈金と保証人で保釈。

ペナンは麻薬に酔った毛唐が安宿に売春婦を連れ込むまるでタイのようなところのようだ。

マレーシアがイスラム国?笑えるね。
礼拝室がいつもトイレの隣にあるのはナゼ?あんな臭いところでお祈りか?
 

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2008年1月17日 (木)

マレーシア警察の身体検査

今朝いつもの中国系コーヒーショップでコーヒーを飲んでいたときのこと。

コーヒーといっても中国系の店とインド系やマレー系の店とでは出てくるものがまったく違う。インド系やマレー系の店の砂糖入りコーヒー、コピ・オはジョッキのような大き目のグラスに薄めのコーヒーを入れ砂糖をドバッと入れたもので、毎朝飲んでいたら肥満、成人病の道まっしぐらと思われるようなものである。中国系コーヒーショップのは普通の陶器のカップに入った濃い目のコーヒー。砂糖かコンデンスミルクを入れるのが普通。ブラックで飲むにはどちらも不味すぎる。

で、突然、私服のマレー人が2、3人入ってきた。

そして、色黒のインド系男と、店員の中で一番貧相な私の顔見知りの中国系男の身体検査を始めた。

私の椅子の背を突き飛ばしながら入ってきたマレー人の私服は、客のいる店の中にこの二人をさらし者にして、長々としつこい身体検査を始める。

インド系の男のほうが早めに終わった。中国系の貧相な店員は両手を上げたポーズをとらされたままパンツが見えるまでしつこくすべて調べられている。おそらく性器もチェックされただろう。たいへんな屈辱的な様子だった。

この貧相な中国系店員を私は長く知っているが、おとなしい男で人と話しているところを見たこともほとんどない。たぶんバイト(忙しいときに手伝いをする代わりに駄賃をもらい暇つぶしもさせてもらっているような非正規店員)なのだろう。仕事のないときは中国語の新聞を読んでいるだけである。

この男のポケットをしつこく調べて、この無能マレーシア警察は、麻薬のパケットでも出てくるとでも思ったのだろうか。そんな捜査ならネタをあげてからするものだろう。

人種的な嫌がらせ、牽制に過ぎないのだろう。しかしそれなら、さっとやってすぐに引き上げるべきだろう。あるいはタイ警察のように確実に何かゆすり取れる口実をあらかじめ用意してから行くべきである。

長々と身体検査をすればするほど、結局は手ぶらで帰っていくマレーシア警察の無能ぶり、捜査能力の欠如を世間に向けて宣伝しているようなものである。

コーヒーショップにいるのはマレーシア人には限らない。

念のためあとで店員たちに聞いてみたが、たんなるチェック、つまりランダムチェックに過ぎないということだった。

たんなるランダムチェックであれだけ犯罪者扱いされるのである。その根拠は、彼らがインド系、中国系だったということと、ここが中国系の喫茶店だったということだけ。

白人が公然と一方的な暴力行為をほしいままにしているのをまったく放置しながら、こういう弱いところに突っ込んで日ごろの憂さを晴らすのがマレー警察のやり方らしい。

これはわれわれに関係のないことではない。中国人がやられることは日本人もやられるのだと思わなければならない。

なぜなら、彼らが憂さばらしの標的を選んでいる基準は人種なのであり、もっといえば「見た目」に過ぎないからだ。

それもわれわれの眼による見た目ではなく、中国人も朝鮮人も日本人も同じようにしか見えない連中の「見た目」なのだ。

この現実を否定し、「中国人は嫌われているから、朝鮮人は嫌われているから、・・・けど日本人は好かれてるから大丈夫・・・」などというのは白痴なネトウヨ、2ch海外旅行板「健全タイ旅行スレ」的タイヲタウヨ妄想の典型といわなければならない。

マレーシアは多人種多民族性によってごまかしているが、もちろん本質はマレー人主役の国家である。

しかしマレーシアが本当にマレー人国家だったら、どんなに野蛮な恐怖国家になっていただろうかと思う。

東南アジアの中国人を弁護するつもりもないが、シンガポールのリークアンユーがこの地域で中国人はマレー人・インドネシア人によって抑圧されていると言っていた気持ちが少しわかるような気がする。

まあ早い話、「土人」はどこまで行っても土人。「やっぱり土人だった」ってこと。

マレー人はイスラム主義に徹していったほうがいいだろうと思う。他に彼らに縁のある文明はないのだから。

イスラム教自体は尊敬すべき文明である。

今スペインでマレーシアのアブドラ首相が「アンダルシアのノスタルジー」を持ち出して毛唐に媚びながらイスラムと西洋の和解がどうとか説教垂れているようだが、西洋から見ても中東から見ても猿にしか見えないだろう。

マレー人は、世界の舞台でイスラム教の説教をする立場じゃなくて、「コーランをお勉強させていただきます」って立場じゃないのか?

イスラムと植民地遺産の西洋文明を両天秤にかけて都合よく使い分けようなんてことは、土人の器では無理であろう。

私の狭い見聞だが、マレー人は非常に鈍い。はっきり言ってトロイ。一見普通に働いていて英語が話せても、接してみると理解力判断力は精神遅滞者としか思えない者が散見される。こういうことは個人差というより文明の力の問題であり、一朝一夕には変わらないだろうと思う。
 

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2008年1月14日 (月)

毛唐に襲われる 突き飛ばされ蹴られ 白昼クアラルンプルの電車のホームで

今日のは本当に怖かった。アジア女連れの2メートル以上もある見るからにケダモノだったが、こちらが写真を撮って怒らせたとかではない。

こっちが駅のホームの電車の扉の乗る人用の位置(KLでもちゃんと決まっている)に立っていたら、大きなビデオカメラを抱えたこの男が「ここで(女を)撮るからどけ」みたいに俺を腕で押しのけてきた。

黙って押しのけられているわけにもいかないから拒否すると、たちまちすごい剣幕になり、完全にケダモノだね、肘で突き飛ばしちょうど来ていた電車に蹴りこまれた。俺がようやくカメラを取り出したのはその後。電車が来てなかったら高圧電流の流れているというレールの上にに突き落とされたかも。

クアラルンプールの電車の駅で毛唐に絡まれるのはこれでもう2回目。東南アジアでも毛唐の直接の暴力を受けたのはポイペトとクアラルンプールだけ。その意味では、KLは危ない白人の多い都市といえるのかもしれない。まだ白人植民地だと信じて来てるようなのも少なくないのだろう。

奴隷のように振舞っていれば安全なのだろうが。

今日のなんか、誰もいないようなホームで突っかかってきた。

毛唐は必ず先制攻撃をかけてくる。そしてそれを正当化する理屈を後から探してくる。これが白人のやり方だ。白人の現在の地位を作ったのはすべて暴力である。

KLの電車には鉄道警察はおろか駅員もろくにいない。白昼暴力を振るうことを少しも悪いと思っていない連中=白人はなんでもやり放題である。

電車に蹴りこまれた後ようやくカメラを取り出して少しだけビデオを撮ったので(最初撮ろうとしたときはカメラごと突き飛ばされたので正面画像は撮れなかった)、Niftyビデオ共有に今あげているところ。あがったらこちらにも貼る。

皆さんも国の内外で素行の悪い白人を見過ごすだけでなく、その振る舞いを動画や写真に撮りネット上にアップして共有していくようにすると良いと思います

そういう一つ一つの積み重ねで、日本人の多くがいまだ抱いている愚かな白人幻想を打ち砕き、まず日本人の意識を変えることができるかもしれないし、それがまず第一に重要なことだと思います。ケダモノに人間になりなさいといってもすぐにはなれないだろうから。

この男だが、自分がこの直前にやったことなどまったく意に介さず、自分のビデオ撮影(アジア女モデル撮影)に夢中の様子の場面。

白人に殴られ蹴られる クアラルンプール
白人に殴られ蹴られる クアラルンプール

KLの電車は白人が非常に危険なところ。マレーシア人もインドネシア人もインド人もアラブ人も怖くない。

まあ、今日の毛唐も本気で蹴ってはいなかったと思うけどね。あの巨体で本気で蹴りいれられたらいまごろ病院にいるよ。しかしファイティンポーズでのしかかってこられれたときにはもうだめかと思った。

この毛唐、チケット売り場で「チケット」を「ティカッツ」みたいに発音していたが(俺の頭越しに注文出していた)、どこの国かはわからないが、オランダ人でなければオーストラリア人と思うのは先入観ですかね。

マレーシアは日本人リタイヤ滞在に期待しているようですが、白昼都心の駅(ここはHang Tuah)で不良白人が有色人種客に絡み突き飛ばし蹴りを入れていても警察官どころか駅員も来ないというのでは、日本人は安心して滞在できないですね。

タイはクズ毛唐自体はいたるところにいるが、本当に危ない毛唐が密集しているところは大体わかるのでそういうところに近づかなければ毛唐からの襲撃を避けることはできるかもしれない(タイ人、タイ警察からの攻撃は避けられないが)。

しかしマレーシアの場合は、こぎれいでカタギな場所にこういう本当に危ない毛唐をのさばらせているということ。

危ないといわれているチャイナタウンやプドゥラヤ近辺を歩いていて危険な目にあったことはない。

以前毛唐に突き飛ばされた駅も、Dang WangiかBukit Nanasだったと思う。つまり、乗換駅。重要な駅だと思うが、駅員は見当たらず人目が少なく、獰猛な毛唐は構内でやり放題になる。
 

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2008年1月 1日 (火)

クアラルンプル正月花火

クアラルンプルの正月は別に祭りということはないです。町を歩いてもいつもの顔ぶれがいつもの場所でいつも通りに仕事している。中国系はよく働くなあと思うが。中国系が祝う正月は旧正月。マレー系インド系にとっては、どうなんだろう、日本で言えば「体育の日」で学校はお休みというのとあまり変わらないのかも。

新正月を宗教的な気分で祝って特別な行事を行うのは日本独特の習慣なのかもしれない。

この動画を撮ったのは一番最後のほうなので煙が多くてあまりさえないです。(日本の花火は煙が出ないのとかあったと思うけど)。しかし何より日本は安全第一。大きな川も無い大都会ののど真ん中でこんな低空花火をするのは日本では考えられないのでは?花火の場所はムルデカ広場だったらしい。乱れうち、斜めうち、低空横とびなど、見所も一杯あったが、「そうだビデオに撮っておこう」と思い立ったのはいいところを見終わってからのことで撮り損なってしまった。ビルの谷間に夜の鳥が飛び交い、煙が立ち込めて、市街戦の趣?

KLカウントダウン花火 市街戦の趣?
KLカウントダウン花火 市街戦の趣?

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2007年12月30日 (日)

一首できました


てめえ左手で渡すなこの野郎

てめえの左手は汚ねえだろうが

と思ふことしばしばあり

ジット手を見る

ちょっと不定形になったかな。歌会始に出すのはやめとこう。

年の暮れは寒そうにして上野へ行き、アメ横の喧騒を斜に構えてなにげにジット手を見たり、なんてのもいいと思うが、ここはクアラルンプル。冷房入れて寝てます。

チョウキットに行っても特にどうということはないし、KLセントラル駅前なんぞいかにもいかにもでこういうところはタイが上かななんて思ったりもするがどっちみち啄木的風情などは全然なし。プドゥラヤバス停は上野駅的な場所とはいえるが、傍らに人無きが若き毛唐パッカーがぞろぞろ・・・・。

KLってところはとびきり退屈な町。それでも人間は、東南アジアではかなりましなほう。東南アジアのどこかに住むとしたらやっぱりKLかもしれない。

穢れを払い落として来年は日本にも世界にも良いことばかりあると良いですが、なかなかそういうわけにはいかないのでしょうね。

 

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2007年12月16日 (日)

リタイア滞在カナダ人のおべんちゃらコラム 「なぜべんちゃらを書き続けるのか」 マレーシア紙

マレーシアはこのところ、インド人問題、ヒンドゥ寺院問題で一部白人世界からの批判も招いている。インド人団体HINDRAFは、エリザベス女王とインド政府に直訴し、どちらにも相手にされなかったが、アメリカ政府が人権批判をしているようである。

これに対してマレーシア政府は毅然とした態度で、イラクでの米兵の乱行やキューバのCIA収容所問題などを引き合いに出して反論している。日本にはできない外交である。

こういうときには在住白人にべんちゃらをいってほしいというマレーシア人の気持ちもわからなくはない。

今日の英字紙ニューストレーツタイムスに、同紙によくべんちゃらコラムを書いている在馬カナダ人の、何故いつもいいことばっかり書いているのかを弁明する趣旨のコラムが掲載されていた。

ちょっと日本人にも無関係なことではない内容だと思ったので紹介したい。

マレーシアヲタ白人のおべんちゃらコラムを掲載し続けて悦に入っているというのも恥ずかしい「土人」のサガだと言えるだろうが、日本のように、マスコミが日本をこっぴどく批判してくれる外人をわざわざ探し回り、外人の日本批判発言をことさら引き出してそれを回覧しあって喜びあう、という歪んだサガよりは健全だろう。

そのような日本人の自虐的な態度は、批判者の目にも傲慢な態度と映るのではないかと私は思う。こいつら人を舐めているのではないかという印象を与えて批判者の批判をさらに昂じさせるかもしれない。

批判されたときはそれがどんな批判であれ、「自分の立場から」せいいっぱいの反論を尽くすというのが本当に「謙虚」な態度なのだろう。私がそのような謙虚さを持っているなどというわけもないが、そういう態度が理想であることは確かだろう。

日本を代表する人々やマスメディアはそのような「謙虚」さをもつべきだと思う。

ここで「自分の立場」というのは任意に選択できる思想的な立場にかぎらない。

むしろ「宿命」すらも含まれる。

「自分が日本人に生まれたこと」、「自分が日本国民であること」からだけでも、日本や日本人に対するどんな批判にも、できる限りの反論をすべき「立場」が課せられているのである。

それを怠るのみならず外部からの批判にただ迎合する態度をとる者は、世界のどこに行っても軽蔑されるだけだろう。適当に「可愛がられる」のが関の山である。

ある人種(race)・民族(race)・宗教のコミュニティ(言語、宗教、文化、人種=遺伝的容貌、の)に生まれたという「宿命」の重さ。このことはマレーシアのような国に滞在していると当然のように感じられるようになる。

「マレー人になる」中国系はいる。ムスリムとの結婚などでイスラム教に改宗する場合。しかしこれは「親との縁を切る」ことを意味する。中国人の系譜も捨て彼らが最も重視している祖先の祭祀にも一切参加せず、マレー人のコミュニティの中で生きるのである。

宿命を含む「立場」のこのような厳しさを否定する「あいまいリベラル左派」の日本人が非常に多いが、彼らはただ個人的に当面の苦労を回避して楽をしたいだけである。

彼らは自分自身のそのようなふざけた態度によって当然受けるべき軽蔑さえも、誰か他の日本人または日本国に担わせようとしている卑しい百姓である。
 

Malaysia looks pretty good to outsiders
(こういう時のoutsiderは白人に限っての話というのはタイもマレーシアもどこでも同じ)

David Lavoie

  Lately I've run into a number of people, both Malaysian and expat, who recognised my name and commented that they often read my column. That is quite gratifying.

  But many have made an interesting observation: that I am always so positive about Malaysia and Malaysians. "Why," asked one gentleman with whom I shared a drink in a popular Taman Tun pub recently,"do you do that?"

   It's a fair question and I guess there are a number of layers to the answer.

   The bottom layer is that I am a guest in this country and Malaysians are my hosts. Only the very rudest of guests would criticise an essentially gracious host in a public forum. I try never to be a rude guest.(この基準からいうと日本にいる外人はthe very rudest of guestsばかりのようである)。

  Secondly, I am a columnist, not an investigative reporter. I write about things I see and feel and think.. It's really not my job to reveral things about Malaysia which could be improve.

  Oh, I know they are there. I read the papers and see the news about scandals, corruption and inefficiencies like everyone else. But it's up to Malaysians to clean their own house.

  I don't think it's appropriate for me, or other expats for that manner, to comment too publicly about the odd patch of dirt on the floor.

  Thirdly, the truth is I really do love this country, and I love living here for a part of each year. Why would I not? The country is visually beautiful, culturally diverse and endlessly fascinating to me.(中略)

続きを読む "リタイア滞在カナダ人のおべんちゃらコラム 「なぜべんちゃらを書き続けるのか」 マレーシア紙"

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2007年11月26日 (月)

インド人のデモ クアラルンプル

社会に対する関心が薄いせいか、ひきこもっているせいか、昨日の騒乱にも気付かなかった。

場所はジャラン・アンパンとかBatu Caveヒンドゥ廟とかだったらしい。

たしかに、昨日はこのあたりでも街の雰囲気が荒れているような気がした。日曜日だからかと思ったが、いつも行くインドレストラン(インドレストランにしてはソフトな接客をする)に昼も夜も制服警官のグループがたまっていた。

2週間前の野党のデモとは違い昨日のは大荒れだったとか。

投石が行われ警官に負傷者が出たと報じられている。デモ側の負傷者は不明だが、実弾発砲はなかったようだ。Batu Caveでは「モロトフ・カクテル」も投げられてバスが燃えたとか。

デモを主催したのはHindraf(Hindu Rights Action Force)という団体。主な要求は、具体的にはイギリスから金をもらいたいということのよう。

この150年間、イギリスがインド人を労働力としてマレーシアに連れてきたせいで、インド人はマレーシアではマイノリティとして苦労しなければならなくなった。その補償をしてほしいという「お願い」をエリザベス女王陛下に直訴したいということ。それで、British High Commissionに向けてラリーしようとしたらしい。それがアンパンの辺にあるのだろう。日本大使館もその辺にある。

マレーシアではスルタンよりも女王陛下のほうがやっぱり格上のようで、先日のスルタンへの直訴は受け取ってもらえたが、女王陛下への直訴はマレー人警察に阻止されたようである。

インド人はイギリスに「補償」は求めているようだが、「謝罪」までは求めない。だから立派だというのでは全くない。私はむしろ逆だと思う。

マレーシアのインド人はあくまで女王陛下の慈悲心に信頼し、女王陛下のお慈悲にすがりたい、というスタンスでペティションを提出しようとしたのである。

Imgp3596

The Queen of England the symbol fo Justice, we still have hope on you.とある。

つまり、おらたちはマレー人の政府なんかより、もっと上の白人のイギリスの女王陛下の権威に服してるんだぜ、というニュアンスである。

私はマレー人を弁護するつもりは全くないが(彼らも基本的には同じなので)、これはいかにもアジア土人的な情けない心性の発露ではないか?

日本のネットウヨ的な発想では、「インド人は謝罪を求めたり恨み言を行ったりしないから立派だ、それに比べてトクアは・・・」、というところだろう。

しかしトクアにしても、相手が日本だから謝罪を求めたりいつまでも恨み言を言ったりしているのであって、相手が白人だったらいまごろこれとおなじように「お慈悲」を求めているだろう。

現にトクアは、日本にされたことを白人たちに言いつけることで白人に日本を叱ってもらい、それによって日本に対して相対的に優位に立とうというスタンスを貫いているのである。

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2007年11月24日 (土)

キムタク ブキ・ビンタンで クアラルンプル

東南アジアではキムタクはあまり受けないだろうと思っていた。

東南アジアではあの手の顔は珍しくないし、なにより「色が白いこと」が男女を問わず美形の条件とされる。男でも浅黒い肌はそれだけでマイナスらしい。

 

色さえ白ければあとはさほどどうこうということはないかのようだ。目の大きな人間、顔の小さな人間はありふれているので、日本ほどそれに飛びつくということはない。

しかしブキッ・ビンタンにキムタクの広告写真があった。

Imgp3591_2

  

「色白崇拝」は上流階級におもねり貧乏人を蔑視する土着の感性の表現ともいえると思う。東南アジアの金持ちは外で汗を流して働くことをもっとも賤しむ。

外で働く仕事は賤しまれることに比例して賃料も安い。外で働かなければならない人間は当然色黒になる。

タイ人の場合は、召使(家内奴隷)をコキ使いながら自分は昼間からダラッと寝転がって何か飲み食いしているような生活が立派だと思っている者が多い。

タイなら中国系タイ人、中国系、白人混血、マレーシアなら中国系や中東系混血などに金持ちが多いのだろう。また上流階級は当然のように少しでも「色の白い」者を配偶者に迎えようとする。

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2007年11月20日 (火)

パーム油タンカーを襲うグリーンピース船

白人NGOは80年代からパーム油を標的にして攻撃してきたが、当時の理由はパーム油が身体に悪いということだったようである。

ところがその後の科学的な研究によりパーム油が身体に悪くないということがわかると、彼らは理由を変えていった。

現在の理由は、パーム椰子栽培が森林を破壊し生態系やオランウータンの棲息を脅かすという理由である。

彼らにとっては有色人種の人間よりもオランウータンの棲息のほうが大切なのである。

アジアの黄猿ももっとしおらしく棲息していたらオランウータンなみに白人に大切にしてもらえただろうか、というと、そうとも限らない。

黄猿はオランウータンと違い数が多すぎるし、なにより喋るから。

白人NGOのターゲットにされているのはなぜかマレーシアとインドネシア。

タイもパーム油を生産しているが白人の攻撃を受けることはない。

彼らの主目的は、彼らが都合よく変えるこれらの理由にあるのではなさそうである。

とにかくマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーションを弾圧したいということだろう。

白人にとってはアジアの国が豊かになること自体が気にいらない。

アジアは貧しく後れていた方が本当は白人には都合が良い。そのほうが収奪しやすいからである。

例えば、貧しい国だから女が安く買える、幼女も買える、 というのと同じことで、貧しい状態に維持しておいた方が一番取りたいところを簡単に収奪しやすいのである。

もしもマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーション主が当然のように白人だったら、白人のこんな運動は最初から起きていないだろう。

Imgp3582
(右の黄色い旗がグリーンピースのテロ船。左がパーム油タンカー。グリーンピースが「敵」と定めた船舶に対していかに危険な妨害行為をするか良くわかる。彼らがどんなテロ行為を行っても攻撃を受けるほうは撃沈することも拿捕することもできない。彼らのテロ行為を支えているのが全白人マスコミだからである。ぶつかって彼らを沈めたら「環境破壊者がNGO船舶を攻撃した」といわれるだろう。もし日本船舶がそれをやったなら日本の猿がKamikaze攻撃で環境保護活動家を殺そうとしたと言われるだろう。〔BBCが日本の捕鯨を報じる見出しはkillである。huntでさえない。日本の捕鯨記事はkillで満たされる。狐のときはhuntだろう。「日本人がクジラを殺しに出発した。日本人は南極海に来るべきでない。・・・」そもそも白人がヨーロッパから出なければよかったのだ〕。彼らの卑劣さは、彼らは決して死なないし非難されることもないことをわかっていながらやっているところにある。この点で、グリーンピースよりはアルカイダのほうが道義的にはよほど上等だといわなければならない。)

 
世界で石油資源の流通を支配する白人が、白人の支配に属さないエネルギー資源を支配する有色人種の出現をいかに恐れていることか、それが「マレーシアとインドネシア」を標的としタイやフィリピンはスルー、という彼らの態度に表れているように思う。

白人の「力をもった有色人種への恐怖」、その恐怖心はほとんど生理的なものだが、それは彼らの歴史的悪業に由来し、人種的無意識とでも言うべき通路を通って表出されているように思われる。

白人は中国に対しては何かにつけてアマアマだと思うが、それは中国が白人にとって有利なマーケットだからというよりむしろ、中国がエネルギー資源には乏しく、どれだけ発展しても結局は白人が支配している石油と食料に依存する国で、究極的に白人の脅威にはなり得ないということがわかっているからではないだろうか。

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(写真はマレーシア紙New Straits Timesより)
 

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2007年11月18日 (日)

中国人学校に4年通ったのち国立学校で5Aをとったムスリムインド人の少女 マレーシア

東南アジアで異人種間といえば、いがみ合っているかそうでなければ強いほうに諂っているか、というふうに思い込みがちである。イスラム教徒は孤立して他と対立しいがみ合い、色が黒ければ色白民族・階級から虫けらのように扱われ・・・というふうに。しかし必ずしもそういう関係ばかりでもないようだ。(なおこの「イスラム教徒が孤立している」という思い込みは、タイを中心にしか東南アジアを見られない人によくあるタイヲタ的な東南アジア観であって、実際は東南アジアの人口の約40パーセントがムスリム)。

この子の名前はSyahmi Iman Khan、12歳。見てのとおり、名前からもわかるとおり、イスラム教徒のインド人。マレーシア人。

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(本日付New Sunday Timesより)
 
彼女は中国人学校に4年間通ったあと入学した国立の学校でこのたび5Aをスコアした。マンダリン(北京語)、英語、マレーシア語(公用マレー語)を流暢に話す。英語が一番苦手なのか、本人は英語はBを予想していたが予期に反してAが取れたとか。

彼女の両親は(どういう動機かわからないが)4人子供たちをみんな中国人学校に通わせている。  

タミル系インド人にもムスリムはいるがこの記事にはタミル語の話はまったく出てこないので、彼女はきっとタミル系ではないのだろう。

マスジッドインディアあたりでは色白のムスリムインド人が偉そうにしている。

彼女の家族にはマレーシアのインド系社会に居心地が悪い理由があるのかもしれない。

しかし、自分の肌の色にかかわらず、自分の居場所、属すべき共同体、付き合う人々、を選ぶ自由があるということはいいことだ。

日本式「国際化」主義のように、精神的な「同化」を尊び、さらには混血による遺伝子同化さえ賞賛し、なんでもまぜこぜにしようとするやりかたは、結局は均質化による全体主義を招くだけだろう。それは、現に支配する「強者」の支配をさらに強めることでしかない。

白人による徹底的なレイプが行われ、人種改造がなされた中南米では社会の貧富の差、階級の差が、「白人の血の濃さの差」としてほぼ忠実に表れているという。

つまり、「白人の血の濃さ」が階級差に直接反映される。下層に行くほど白人の血が薄くなり、上層にいくほど白人の血が濃くなる。そして貴族的な支配階級はほぼ純白人ということになる。最上層はスペインやイタリアの上流階級と同じくもはやラテン系とさえ言えないのかもしれない。

異人種間の混血の危険性、特に「白人」との混血の危険性を忘れてはいけないと思う。

混血と「国際化」とは関係がない(「日本国際化主義」はその程度のものなのだろうが)。

それはむしろ複数主義に反し、少数派、貧者、弱者をさらに抑圧する結果になる可能性が高いと思う。

ミャンマーに散在するネパール人は、大東亜戦争時イギリスがビルマ戦線動員し日本軍と闘った英軍グルカ連隊の兵士の子孫である。

しかし、彼らは地元の人間と婚姻することはあまりしないようである(地元の人と混血している人もいたが上級カースト出身ではないようだった)。

私がチャイントーンでであったネパール人家族はチェトリ(≒クシャトリア)で、爺さんが戦争でチャイントーンに来て定着したそうだが、嫁さんはネパールから呼び寄せたということだった。その後もネパール人としか結婚していないという。若い兄ちゃんたちも、ネパール人としか結婚しないと言っていた。おそらく同じカーストとしか結婚しないという意味だろう。

伝統を守って暮らしている世界中の多くの人たちにとって、血脈は「宗教」に近いものだと思う。

イスラム教は普遍的な世界宗教だが、イスラム教徒は近親婚を好むことが多い。(マレー人はゆるい方かもしれない。クランタン州の田舎のおっさんに「マレー人の娘を紹介するから結婚しろ。ムスリムじゃない?改宗すればいい」とか言われたことがある)。

外国語を覚えることは結構なことだろうが、乱交は国際主義ではない。

「異人種との乱交は国を滅ぼす」ということを日本人はいまさらながらよく頭に入れておかなければならない。

イスラム教が男はクリスチャンやユダヤ人の女と結婚してよいが女はイスラム教徒の男としか結婚してはならないとしている意味もよく玩味したほうが良い。同胞の女を異邦人に売ってはいけないということだと思う。

複数主義としての世界化にとっていちばん重要なことは、やはり「棲み分け」だと思う。

そして、いま現に世界中でさかんにこの「棲み分け」を踏みにじり、複数主義に挑戦しているのが「白人」の勢力である

日本女が外国語を学習するときは、北京語、英語、マレー語ぺらぺらのこのムスリムインド人少女の顔と身なりを思い出すといいかもしれない。
 

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2007年11月16日 (金)

KLモノレール クアラルンプル

おのぼりさん、というか百姓丸出しでやってみた。

ブキッ・ナナス駅からブキッ・ビンタンへ。

ジェットコースターみたいで楽しいんですが。

このビデオは音がうるさいです。

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2007年11月14日 (水)

ディーパヴァリの日のヒンドゥ寺院 クアラルンプル

@Niftyビデオ共有というのができたので、手元にあった動画を試しにアップロードしてみた。

使っているデジカメはペンタックスの一番小さいやつ。このデジカメで動画が撮れるなんて最近まで意識したこともなかったが、Youtubeなどを見るようになって興味を持ち始めた。もちろん試験的段階。

手ぶれしまくりで、そのうえカメラの動きが素人撮りエロ動画のようにいやらしくさまよっている。

門の左右にある椰子はお祭りの日だけの飾り。

@Niftyビデオ共有の削除基準はいろいろ試してみないとわからないだろうと思う。

Youtubeでも「沢尻エリカの舞台挨拶」がしつこく削除されていたと思う。

「白人のいる風景」問題でニフティが私に言って来た「登場人物すべてのココログ掲載許可がなければならない」という基準を適用していては、こういう素人動画サービスはほとんど成り立たっていかないのではないかと思う。

上の動画も寺院に出入りする人にとっては一種の盗撮動画のようなものかもしれない。もちろん顔の映っている通行人一人一人の撮影許可があるはずもない。

今日の技術ではチラッと映っている顔から相当正確な肖像写真を再構成することも、その気になれば可能なようである。

しかしこれを不可とすれば、旅行で撮った動画などはほとんどネットにあげてはならぬということになる。

Youtubeでも本来の趣旨は自分を表現しましょうということなのだろうが、実際はそういう動画のほうが少ないだろう。自分を撮っている動画で他人が見て面白いというのがむしろ少ないと思う。

 
特殊な場所に行ったら、特殊な「風景」をビデオに撮って、ビデオ共有やYoutubeにアプロードしてからブログにあげる、というのがいいかも。

上げたところで動画が削除されていなければ、それはすでに社会的に共有され一般に公開されている情報だということである。ブログはそれを転載しただけである。

公開されている動画の転載を理由にそのブログ全体を閉鎖するというようなことは、ブログ提供会社に一片の理性があるならしないだろう。そんなメールでも来たらさらにお笑いの種が増えるということになる。

問題は、動画は下手クソが際立ってさらに見苦しくなるということ。
 

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2007年11月12日 (月)

土曜日のデモ

10日土曜日、クアラルンプールでかなり大規模なデモがあった。

デモ隊はマスジッド・ジャメに集まってムルデカ広場に向かい、私は行き当たらなかったが、催涙弾が飛び放水車が出動するかなり派手なものだったとか。マスジッド・インディア周辺のインド人商店が催涙ガスの被害を受けて店じまいを余儀なくされた。

新聞によればこの10年来最大規模のデモだったとか。10000人くらいが動員されたらしい。(AFPの報道では30000人規模のデモ)。

デモを呼びかけたのは複数の野党で、中国人政党からイスラム政党のPasまで含まれているよう。

新聞の写真を見る限りデモ参加者は色黒のマレー人ばかりに見える。

機動隊がかなり上手に鎮圧したようである。つまり死者は出さなかった。催涙銃の水平撃ちぐらいはしただろうが、実弾は撃たなかったようである。実弾を撃っていたら欧米メディアが大騒ぎしただろうが、特にそういう報道はない

早くもウィキペディアに記事が出ている。

http://en.wikipedia.org/wiki/2007_Bersih_Rally

 
デモ参加者がなぜか揃いの「黄色いシャツ」を着てイスタナ・ヌガラに押しかけ国王に直訴したというのが気になる。

黄色いシャツを着て国王に直訴、ってのはどこかの国のようだ。

たまたま黄色いシャツを着ていたデモに関係ない人も警察にしょっ引かれることがあったとか。

しかし警察はデモ隊がイスタナ・ヌガラに直訴状を提出することは認めたらしい。国王はその日(機転を利かせて?)クアラ・トレンガヌを訪れていて不在だった。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/times/2007/11/post_c9e8.html
 

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2007年11月 7日 (水)

明日はディーパヴァリDeepavali マレーシア

暦がいろいろあるようなので他の国ではどうかわかりませんが、マレーシアでは明日がディーパヴァリ。公休日でもある。

どこかでお祭り騒ぎがあるのかと聞いて見たが、私が聞いた限りでは派手なものはないということ。みなそれぞれの家庭で、家族や親族友人たちと祝うものらしい。白人キリスト教徒のハロウィーン騒ぎや、日本のセックス記念日(=クリスマス)などとは意味が違うようである。
ヒンドゥ寺院あたりに白人ツーリストが押しかけて騒ごうとするのかもしれない。彼らとて白い目で見られてまったく相手にされなければそれ以上のことはできない。マスジッドインディアのマーケットに行くのは見当はずれだろう。

ディーパヴァリはインド人のお祭り。ヒンドゥ教徒とジャイナ教徒が祝うもので、その意味や起源は立場によっても違い、いろいろのようである。

マレーシア政府はこのディーパヴァリを国民のお祭りとしてもちあげている。

インド人にかぎらずマレーシア人全体で祝いましょう、というような大本営発表の記事が新聞のトップに載る。

イスラム教徒(マレー人)主導の政府がヒンドゥ教のお祭りを推奨していることになる。公休日になっていて学校も休みになる。

ネット屋の中国人の女主人も、今夜はディーパヴァリのお祝いのためにクアンタンKuantanの友人のところまで車で駆けつけるのだという。

その友人がインド人とは思えないので(なんとなくだが、彼女はマレー語はよく話しマレー人とはよくしゃべるがインド人と親しく話しているのを見たことがない)、中国人同士でディーパヴァリを祝うのかもしれない。ヒンドゥ教が中国化することもよくある(帝釈天=インドラ神etc.)。

 

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2007年11月 3日 (土)

KLへ

3ヵ月ぶりにマレーシアへ。
2日。日暮里11時半ごろ発の京成スカイライナーにようやく間に合う。
日暮里駅で急な下痢になる。もう少しでスカイライナーに乗り遅れるところだった。
東南アジアにいても近頃めったに下痢などならないのに、なんの前ぶれもなく不思議。久しぶりに外国へ行くというので身体が緊張したのかもしれない。
出発1時間前のチェックインだったが問題なかった。
チェックインの時、毛唐女が一匹堂々と列に割り込んで来たので声をかけて追い払う。が、もし大勢だったらどうしようもなかっただろう。
出発ロビーの喫茶店て゛売っていたミネラルウォーターは150円。それほど高くはない。KLIAなど小さいボトルで15リンギもする水を平気で売る。500円近い。
喫茶店の接客も含めてこういうところのサービスはやはり日本が良い。
その店で中国人らしいおばさんがなぜか列を譲ってくれた。注文を迷っていたのかもしれない。
飛行機は定時に出る。
日本発KL行きのマレーシア航空機では、シートベルトは毛布の上からしてわかるようにしろとか、手荷物は上の棚か前の席の下に入れて足周りに置くなとか、そういうくどいアナウンスはなかった。KL発だとそれがある。もちろん日本発のタイ航空のようにトイレでタバコを吸うなとしつこくアナウンスするようなことはない。
3ヵ月日本にいるうちに、すっかり気分が日本モードになった。気分を引き締めて外国モードにし、貴重品や必要なものがどこにはいっているかいつもわかっているようにしなければならない。英語しゃべりモードにもしなければならない。
愛すべき初音ミクの「ハジメテノオト」に、時がたって、荷物が増えて、要するに世界が色あせてきても、それでも失いたくないものは私に預けてね、というような歌詞があったと思うが、同じ場所に長くいるといらない荷物が増えて、部屋の中で大事な物をなくしたり何が大事かという優先順位の意識が薄れるのは確かである。
KLの常宿に大きな荷物が預けてある。長くいるうちに荷物が大きくなった。
毎日移動を繰り返すようなキツイ生活なら荷物はそれほど大きくならず、大事なものが何でどこにあるか常に意識して、貴重品と命だけは落とさないように抱え込んで持っているだろう。
もっとも初音ミクの歌の意味はこんな現実的なガサツなことではなく、もっとデリケートなことで、何年もずっと自分の部屋にいて一見ほとんど変わらないように見える人の極めて繊細な内面の微妙な変化を意味しているのかも知れない。
MHには日本人の女性乗務員が3人乗っているた。男のクルーは土人系(マレー人)ばかり。男たちはタイ人ほどではないが客によって接客態度やら笑顔やらをころころ変えているのが見えた。白人や若い女性には笑顔、それ以外には仏頂面。茶色い髪の男のところで最高にヘラヘラしているのが見えた。すぐ前の席に座っていたマレー人客にも仏頂面だった。
どこの航空機でも男性客室乗務員はそういうのが多い。大の男が飛行機の飯くばりでは自分の仕事に誇りが持てず、クラス意識の中で自分の位置を確認するしかないということか。エコノミーのアジア人客なんかよりは天下のMHで飯くばりしている自分の方が上なんだと。ただ、タイ航空では上のクラス席に行くほど白人上げがさらにひどくなるということ。
マレーシア時間19時50分KL着。
いつもの宿のいつもの部屋に入る。
預けておいた荷物は3ヵ月前のままちゃんと保管してくれていた。
日本で白痴のように暮らした3ヵ月だった。テレビがあるせいかネットのせいか、旅先にいる時の方が同じ本を何度も熟読したりして知的な生活を送っていたといえる。
今の宿にいるとただのミネラルウォーターがとてもおいしい。モバイル

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2007年9月25日 (火)

宇宙でもイスラム礼拝 マレーシア初の宇宙飛行士

ハラール宇宙食くらいは国の音頭で開発したらよかったのに。宇宙食用ローティチャナイとか。

宇宙での礼拝もメッカのカアバ神殿の方を向いてするのか。結局地球の方を向くことになってしまうが、大宇宙空間で超越神に礼拝するのに地球の方を向いてするというのも変なような。

マレーシアのアブドラ首相は24日、10月10日にロシアのソユーズ宇 宙船に搭乗するマレーシア初の宇宙飛行士に、イスラム教徒のシーク・ムスザファル・シュコールさん(35)が決まったと発表。同国イスラム開発局はこのほ ど、宇宙での礼拝の仕方などを定めたガイドラインを明らかにした。

 それによると、最初の数日はラマダン(断食月)中だが断食は免除。「座れない場合は横になる」などの方法で1日5回の礼拝は義務付けられる。宇宙食がイスラム教で許されるものかどうか分からない場合は「飢えをしのぐだけ食べる」などと、柔軟な見解を示している。

 シークさんは1万1000人の中から選ばれ、宇宙滞在は10日間ほどの予定。(共同)

(2007/09/24 21:59)

http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070924/wld070924014.htm

 

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2007年8月26日 (日)

マレーシア最高裁判事、英国式コモンローCommon Law廃止を主張

コモンローとか慣習法とか言われるとわかったような気分になるが、イギリスはどんな法制度なんでしょうと思って概説書らしいタイトルの本を一冊買ってきて読んでみて何か理解できる日本人はめったにいないと思う。イギリス法を理解するというのは、英語のイディオムを「理解する」というようなものではないか。

「コモンロー」が支配してるんだ、慣習法の国なんだと思っていると、「エクイティ」(衡平法)というのが突然出てきて全部ひっくり返してしまうこともあるようで。しかしなぜそこでエクイティが出てくるのか、誰もが理解できるように論理的に説明することはできないようだし、説明する気もないのだろう。

「コモンロー」はイギリスに由来するというより、あくまでもイギリス人またはアングロサクソンのための法ということだと思う。わかりにくいものなので、アングロサクソン以外の民族が継受するのにふさわしいものではないと思われる。

法が一部の人以外にわかりにくいというだけでも、十分「植民地の害毒」といえる。マレーシアのように世界に国を開こうとしている国にとっては、法制度が特殊で日本を含むローマ法系の国の人にほとんど理解できないということだけでもマイナスだと思う。

2007/8/26 (08:03)| インドシナ

【マレーシア】マレーシア連邦最高裁のアーマド・ファイルス判事がこのほど、裁判過程で英国式のコモンローを廃し、イスラム法を採用すべきと主張し、議論を呼んでいる。

 英国植民地から独立したマレーシアでは、慣習法重視のコモンローが長年にわたり適用されてきた。これについて、同判事は今月21日、「マレーシアは独立50周年を迎え、もはや英国のコモンローは必要ない」と述べた。

 政府もイスラム法の地位向上には賛成の立場だが、敏感な問題だけに発言は慎重だ。アブドラ・ジン首相府相(宗教問題担当)は「イスラム法振興に関する提案は大いに歓迎するが、段階的に進めなければならない」と述べ、検討作業を慎重に進めるべきとの考えを示した。

 ただ、政界内部にはマレーシアの法制度が英国に由来するとしても、「植民地の害毒とは言えない」(華人系政党幹部)などとして、反対意見も根強い。

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2007年8月17日 (金)

アブドラ首相は「汚職文化を奨励」、マハティール氏が批判

2007/8/16 (16:13)| インドシナ

【マレーシア】マレーシアのマハティール前首相は15日、非政府組織が行政首都プトラジャヤで開いた集会で、汚職疑惑が相次ぐアブドラ政権について、「汚職文化を奨励し、汚い手段で次期総選挙を勝とうとしている」と厳しく批判した。

 マハティール前首相は「わいろを受け取った有権者、特にマレー系の有権者は、公然と汚職政府を選んでいる」と異例のトーンで苦言を呈した。

 マハティール前首相は統一マレー国民組織(UMNO)の中央代表選挙に地元クダ州クバンパス選挙区から出馬したが落選している。これを引き合いに 出し、「私に忠誠を尽くした人でさえ200リンギで買収されている。次期総選挙でも多額の資金で買収が行われ、有権者も票を売り渡すことになるだろう。政 権党がそうやって勝利すれば、われわれは公然と汚職政府に統治されることになる。国は最後には滅ぶのではないか」と懸念を表明した。

http://www.newsclip.be/news/2007816_014658.html

     
私はマハティール時代にマレーシアに行ったことがないので当時がどんな雰囲気だったかはわからないが、昨年あたりの御用新聞のマハティールたたきは結構ひどかった。

New Straits Timesという官報のような英字紙は、(若い - 想像 -)マレー人記者を動員して評論を書かせ、マハティール氏の20年前の「親日演説」の「歴史観」を痛烈に批判することでマハティール氏の人格をこき下ろすという試みさえした。(Ranita Husseinの論説)。

マハティール氏が20年前の演説で日本軍がアジアをアングロアメリカの支配から解放したかのように言ったのは「歴史のメインストリーム」から外れているという批判である。

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2007年8月11日 (土)

マレーシア国歌にラップ版、痛烈批判に政府激怒

言論の自由がほとんど無いようなマレーシアだが、タイよりは多少マシなようだ。

   
【マレーシア】8月31日に独立50周年を迎えるマレーシアで、国歌「ヌガラク(わが国)」の改作騒動が波紋を広げている。

 問題作を発表したのは、ジョホール州ムアル出身の華人で、台湾銘伝大学メディア学部に留学中の黄明志さん(24)。国歌の歌詞と政府のブミプトラ政策(マレー系と先住民の優遇政策)などを皮肉る福建語交じりの中国語歌詞によるラップ調だ。自らが出演したビデオクリップは、先月から動画サイト「ユーチューブ」などを通じ広がった。

 例えば歌詞の内容はこうだ。

 「警官はペンを持っていても、滅多なことで切符は切らないよ。喉が渇いているから、お茶が飲みたいだけさ。砂糖を入れればほら、彼らもにっこり」

 「毎朝5時にモーニングコール(モスクの礼拝呼び掛け)で起こされるよ。数カ所から同時に聴こえてきて、ラブソングのデュエットみたい。ときにはR&Bにも聴こえるよ。声はニワトリみたいだけど、ニワトリより早起きさ」

 「政府がブミプトラだけ面倒見てるなんて批判するなよ。公平な待遇が受けられないとか言うなよ。かえって華人が苦労をいとわないことが証明できるじゃないか」

 「政府職員はもっとすごいよ。何をするにもゆっくりでいいんだ。長蛇の列でもお構いなしさ。菓子を取り出し食い始める。汚い言葉でののしっても問題なし。だって、警備員も夢の中さ」

 マレーシアのライス・ヤティム文化・芸術・文化遺産相は9日、マレー語紙ハリアンメトロの取材に対し、「(黄さんが)反省し謝罪しなければ、国家反逆者だ。独立記念日後に警察に告発する」と警告し、国内治安省に関連資料を提出したことを明らかにした。

 当の黄さんは「作品に批判の意味合いはなく、宗教を侮辱したり、民族主義を扇動する語句もないし、国歌の意味を歪めることを意図したものでもない」と意に介さない様子。これだけ風当たりが強い状況では、しばらく里帰りはお預けとなりそうだ。

 マレーシアの野党各党は、痛烈な政府批判を繰り広げる黄さんをむしろ支援。マレー系野党の人民正義党までもが黄さんに入党を呼び掛けた。

 人民正義党の青年団長は、「ラップ版国歌は卑俗な単語と不適切な表現が出てくるが、抑圧された若者の思いを代弁しており、公平で公正な国家政策を望む内容だ」と支援を惜しまない姿勢を示した。
http://www.newsclip.be/news/2007811_014544.html

               
これらしい。http://www.youtube.com/watch?v=cE9nPk5y0g8

警察官が喉が渇いて甘いお茶を飲みたがるのは糖尿病だからだろう。マレーシアの男子トイレには蟻がたかっていることがある。

そういうのはいいとしても、こういう文句は悪趣味だと思う。

「毎朝5時にモーニングコール(モスクの礼拝呼び掛け)で起こされるよ。数カ所から同時に聴こえてきて、ラブソングのデュエットみたい。ときにはR&Bにも聴こえるよ。声はニワトリみたいだけど、ニワトリより早起きさ」

決められた時間に礼拝することがムスリムの宗教生活の基本的な要素だとすれば、その営みを茶化すようなことは他人の信仰を茶化すことと同義だろう。

         
ところで、「タイ国王様マンセー」で(君が代はろくに歌ったこともないくせに)タイ国歌が流れると嬉々として直立不動の姿勢をとるタイヲタ諸君はこういうニュースをどう読むだろうか。

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2007年8月10日 (金)

独立記念日が近づき街に白人が増えてくる

8月5日。

白人には、われわれが感じることのあるような相対的な、「うしろめたさ」の感覚はないようだ。

8月31日の独立記念日を控えて白人ツーリストがどっと増えてきた。イギリス人もたくさんいるだろう。

彼らはマレーシアに文明を教えてやったことを誇り、まだ教え足りないことや彼らが学びたがっていることがあれば気前よく教えてやろうという気分でいて、また、そういう心構えをアピールをすることこそ文明を学びたがっている旧植民地土民たちに歓迎され感謝もされるに違いない、という揺ぎない確信を抱いているように見える。

それはマレーシアにかぎらない。厳密に「旧植民地」である必要もないし、自国の植民地であった国である必要もない。彼らのアジアおよびアジア人に対する姿勢の根幹にはその確信があると思う。

「マレーシアが白人の植民地支配から脱却し独立を果たした記念だから白人も少しはシオラシい気持ちでいてそのように振舞うのでないか」という想像をするならば、それはまったく日本人の日本的な想像といわなければならないだろう。白人にはそういう発想はない。

マレーシアであれタイであれどこであれ、「ツーリストを歓迎します」といって白人に向けて呼び込みをすれば、白人はああ歓迎されているのだ、われわれが訪問してやるのを心待ちにしているのだと思うだけである。

そして彼らがこの国に来るのも権利であれば、この国で彼ら流に振舞うのも自然権であると当然のように考える。

そこで見る有色人種はすべてツーリスト(=白人)の観察のために供された「ローカル住民」であり、また、そうでなければならない。

なぜならそれが呼び込みのときの約束だったからだ。有色人種に自分たちと同じ立場のツーリストがいるなどとは夢にも思わない。いるかもしれないという知識を得たとしてもそれは納得のいかないことである。それは約束が違う。

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2007年8月 9日 (木)

マレーシアに来る外国人留学生

私が出会うのは黒人ばかりである。ネット屋で会う連中。みんなペーパーワークのバイトをしていて、身分を聞くと「学生」と答える。そのネット屋は一時間3リンギのこじんまりした清潔なところ。

安いネット屋は一時間2リンギのところもあるが、コピーをとったりファックスのやり取りをしたりという事務作業がやりにくい。ゲームやってるガキやそれ以上に煩い白人バックパッカーが我が物顔でうろつきまわって彼らのバイトにはふさわしくない。

アフリカ人が多いが中米の黒人もいる。概して気むずかしい人が多い。

中には(変に)気さくな人もいる。車を持っていて、マレー女と結婚している。ムスリムなのだろう。ネパール人もいつもそうだが、必ず日本にも行ってみたいという話になる。

行ってみたいのは良いし、行くのもいいだろうけど、私に何ができるというのか。日本人の連れが日本大使館に一緒に行って口を利けばビザが取りやすいとでも思っているのだろうか。

日本大使館などというところは日本人が行っても英語でしゃべらないと入れてもらえないところである。(ただし在ミャンマー日本大使館は格別で、ミャンマー人守衛さえ立派な日本語を話した)。

銀行員の夫を持つネット屋の華人の女主人でさえ、日本に行きたいからそのときは面倒見てくれなんて真顔で言う。飯をおごってもらったときだったので、いいですよと答えておいたが。旦那はHSBCに勤めている、結構な身分である。

先日、新聞の教育欄でいろいろな国からマレーシアに来ている留学生が発言していた。

官報のような新聞なので、発言内容はすべてべんちゃらだが、同じくべんちゃらでもどんなふうにべんちゃらなのかは、その学生の出身国というより「人種」によってかなり違っていた。

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2007年8月 8日 (水)

マレーシア独立(ムルデカ)50周年

8月はじめの朝、いつもはむっすりしている宿の中国人オヤジが、うれしそうな顔で私に「お前は8月31日までここにいられるだろ?」と聞いてきた。

何のことかと思ったが、ニコニコして今年の8月31日は「ムルデカ」50周年のお祝いだと言う。

最初は宿がふさがるから出て行けということかと思ったが、そうではなくて、「いてほしい」と言ってくれてるようだった。このオヤジがこんなことを言うのははじめてだ。

残念ながら私は前日に8月6日の日本行きのチケットを買っていた。往復チケットだが一ヶ月以内にマレーシアに戻ることはないだろう。

残念ながら6日に日本に帰るというと、中国人オヤジは前にもましてむっつりとした顔に戻って2,3日不機嫌そうだった。

マレーシアは8月31日で「ムルデカ」50周年。

マレー半島の英領マラヤ連邦がイギリスから独立してからということ。

その後、シンガポールとボルネオのサバ、サラワクが加盟してマレーシアが成立するが、シンガポールは後に追い出される。

(シンガポールがいるとマレー人より中国系の人口のほうが多くなるため、とされるが、当時のトゥンク・アブドル・ラーマン首相よりもマレー語で育ったリー・クアン・ユーのほうがマレー語での議会演説がうまく人を魅了するカリスマがあったため、という話も)。

マレーシア国旗がアメリカ合衆国国旗にデザインがそっくりなのは、マレーシアも合衆国同様にイギリス植民地から独立した連邦国家だ、という意識がマレーシア人に強いからだろう。イギリスが旧宗主国だったことにマレーシアのアイデンティティを感じていることは確かだと思う。

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2007年8月 7日 (火)

東京往復航空券の購入

7月30日。

いつものようにプトラLRTバンダラヤBandarayaの旅行代理店MS Star Travelに行き、日本往復チケットを買う。

今回なぜかオープンチケットは買えなくなっていた。長い期間の往復券でもフィックスのみ。

代理店の話ではマレーシア航空の方針で、代理店もそれにしたがっているのだということだった。

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2007年7月30日 (月)

【マレーシア航空の】"MAS has the best cabin staff"【スッチーは最高?】

今日のマレーシア紙New Straits Timesによれば、マレーシア航空のキャビンクルーが2007年度の「World's Best Cabin Staff」賞を獲得したという。この賞はロンドンのSkytrax Researchという調査機関によって行われた全世界的な調査によるものだという。

なお2006年度はタイ航空が受賞したということである。

全世界的な調査といってもロンドンの調査会社が行うもので調査対象は白人中心だろうから、タイ航空がこの賞を取ることは不思議ではない。

エコノミークラスの椅子の座り心地の調査ではないから、TGが毎年受賞しても不思議ではない。白人客に媚びへつらうということが比較的少ないと思われるマレーシア航空がこの賞を取れたことが不思議なくらい。

タイ航空の「白人至上主義接客」、わざとらしい「微笑み」サービス、チェンマイの売春婦を連想させる花売り娘サービスは、いよいよ白人からも見限られるようになったのか?・・・・というわけでもないのだろうが。

マレーシア航空はロンドンからランカウイへの直行便を飛ばしているので、そこでのサービスに秘密があるのかもしれない。

マレーシア航空幹部のIdris JalaというDatukは次のように述べている。

"Our crew treat our customers as guests in our own home.They are natural, spontaneous and willing to demonstrate the best of Malaysian hospitality."

"treat our customers as guests in our own home"はタイ航空でも言いそうなことだが、Thai hospitalityとMalaysian hospitalityとでは原理原則が多少違うのかもしれない。natural, spontaneousというあたりがポイントか。

しかし、私の感想をいえばマレーシア航空のクルーよりは全日空のクルーのほうがホスピタリティは上だと思う。あたりまえのことだが。

MASと全日空の共同運航便に乗ってみると感じることだが、日本人クルーとマレーシア人クルーとではやはり立ち居振る舞いやさりげない気配りなどがまったく違うと思う。人間の密度が違う、、、といったら身びいきかもしれないが、そんな風に感じる。

ただどんなところでも、暖かくてよく気がつく接客というのは疲れているときなどかえって精神的な負担になることもある。

私はエアインディア、ロイヤルネパールなどの無差別ぶっきらぼう接客も結構好きである。

エアインディアの上位カーストのスッチーは、床に落ちたスプーンを客に拾わせるということである。ブラーマン(Brahmin)が地べたに手を触れるなどということはできないという理由らしい。

そのほかでは、ミャンマーのフラッグキャリア、ミャンマーエアウェイズ(MA)のクルーの接客がすばらしかった。

無駄な笑顔などまったくないが、本当に客のことを考えて目配りしながら働いているということがわかる。(そうでもしないといろんな不都合が出てくる飛行機だからだが)。

マレーシア航空
http://www.mas-japan.co.jp/
http://www.malaysiaairlines.com/default.aspx
       

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2007年7月16日 (月)

クアラルンプルへ

朝のNHK海外放送で柏崎の地震を知る。しばらく見ていたかったが今日は飛行機に乗らなければならない。

シエムレアプのホテル「アンコールST」を10時頃チェックアウト。ホテルのバイクで空港まで送ってもらう。15分くらいで着く。プノンペン経由のマレーシア航空機でKLに向かう。

空港に早く着きすぎて何もない空港で時間をつぶさなければならなかった。高いコーヒーを2杯も飲む。出発2時間前とか3時間前に空港に来なさいというのは、空港で時間をつぶしてカネを落としなさいという意味だろうかなどと考える。

意外に毛唐が多い。11時半ごろ発のクアラルンプル行きAir Asiaのチェックインキューは半分くらい毛唐のように見えた。こんなにKLに行くのだろうか。タイの入国がうるさくなって、ほとんど何の障害もなく入国できるマレーシアの人気が高くなってきたのか・・・・。土人女連れ毛唐もいる。あるいは、途中のプノンペンで降りるのかもしれない。

マレーシア航空のチェックインでは、とても日本人に見えないような汚く日焼けした、背が低いという以上に「体の小さい」卑屈な感じの若い日本人男を見た。カップルで来ていた。私のすぐ前に並んでいたのだが、本当に日焼けしていて小さいのでパスポートが目に入るまでは日本人だとは気がつかなかった。男のほうは黒く焼けた魚のような顔立ちをしていた。こういう顔立ちが最近多いように感じる。あごを突き出し目をきょろきょろさせて口をいつも少しあけている感じである。連れの女のほうは別の列に並んでいた。早いほうでまとめようという算段だろう。女もよく日焼けしていたが、とても日本人離れした雰囲気で、トゥドゥンをしていない色黒のマレー女という感じだった。堂々としていて歩き方も姿勢も「アジア女」という感じである。どちらも普通の日本語で話していた。女はひょっとすると日本語が非常によくできる外国人かもしれないと思った。男のほうは小さい上に本当に卑屈な姿勢で、チェックインの番が回って来るとカウンターに向かって猫背でもぐもぐと何かしている。後ろから見ると学食で安いカレーを食べている貧乏学生のように見える。女は外見は土人女そのものだが姿勢がいい。(日本人だったとしたら)日本女には珍しく、かわいくしようとかきれいにしようとかいう小細工がなく、かわいくもなくきれいでもないのに堂々としている。

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2007年5月15日 (火)

ハジャイHaadyai(ハートヤイHatyai) 07年4月

4月4日。アロースターAlor Starのバスターミナル前のモーテルを出て、食事をし、10時半ごろバスターミナルに出る。しかし国境の町、ブキ・カユ・ヒタムBukit Kayu Hitam行きのバスはない。Changlun(Changloon)までバスで行って後はタクシーだという。

チャングルン行きのバスは11時15分発だという。

1時間ぐらいでチャングルンに着。タイ式のクズ毛唐オヤジを一人見る。マレーシアのイミグレまでタクシーで10リンギ。結構な距離だった。

マレーシアのイミグレでもパスポートをわりと細かくチェックしていた。しかし、タイ人はほぼ自動的にスタンプをもらっていてノーチェックに近い。このあたりは2重国籍の者も多く、テロリストはそういう人間を使って国境をまたぐ作戦をするのではないかと思うが、なぜかタイ国民は自由に通していた。

タイ側(サダオ)のイミグレはさらにしつこく何度もパスポートをひっくり返して見ていた。イミグレの窓口に座っている役人が旅行者の過去の旅行履歴をあれこれ詮索すると何かわかることでもあるのだろうか。コンピューターも使っているのでタイへの過去の入国履歴やオーバーステイ経験の有無、タイ国内での犯罪・違法行為の有無などは一目でわかるはずである。ビデオも録画していて、自分の動画が派手に見えている。

入国カードの行き先にはハジャイとだけ書いておいた。案の定ホテル名を聞かれるが、わからない、決まっていないと答える。渋い顔をしていた。マレーシアならともかく、タイで、ある町の宿が満室になるようなことはないだろう。以前アランヤプラテートのイミグレでバンコクのホテル名を書いたら、女の役人にこれはどこのホテルだ、こんなホテルは知らないとか、かえっていちゃもんをつけられたことがある。

今度ハジャイに入るときは「サクラホテルと」か、ちょっと高くてしかも不健全そうなところの名前を書いておこうかと思う。タイ役人はそういうツーリストを歓迎するのだろう。

入国カードには、新しく「年収」をドル建てで書かせる欄ができていた。こういう恥ずかしいものはマレーシアでもインドネシアでも見ない。

そんなに貧乏ツーリストが嫌なら宿泊施設の最低料金でも設定すればいい。マレーシアでは事実上そうなっているのではないだろうか。マレーシアは食べるものや日用品などはさほど高くないが宿は高い。つまり労働力の再生産に必要な費用はタイとさほど変わらないくらい安いのに宿代だけは高い。しかも、宿が高いといっても底辺が高いのであって、中高級ホテルは割安である。タイよりサービスはよくて値段は安い。あくまで推測だが、マレーシアは、貧乏ツーリスト、レンタルワイフツーリスト連れ、放浪ツーリストなどを除けるために宿代の最低基準を取り決めているのではないかと思う。もしそうだとしたら賢いやり方である。

また、少数民族や貧困層のタダ働きに近い奴隷労働に依存する体質を改め、生活水準を底上げすれば、宿などの使用人の給料も今よりは上げなければならず、宿代も高くなり、必然的に旅行者の必要な出費は大きくなる。そうなれば貧乏人や自堕落型・逃避型・淫蕩型ツーリストは来なくなり、旅行先としてのタイのイメージもよくなり、結局はタイも得をするだろう。

ともあれ、何とか通過。

タイ領内に入ってもここではメーサイあたりで見るような派手な国旗や国王肖像画は見ない。まだムスリムの地域である。

ハジャイに近づくにつれて、国旗や国王肖像画が増えてくる。それでもメーサイほどではない。

タイ側は土地は痩せているのか手入れが悪いのか、マレーシアに比べて緑が薄く、荒れた風景が目立つようになる。同じやしの木でも葉っぱに力がない。

午後2時ごろタクシーが駅前に着く。運ちゃんはマレー系ムスリムだが、マレー語はあまり通じない。気さくな人だった。リンギでの支払いにも応じてくれた。

ハジャイの町の人は全体に親切な人が多い。夜たむろしている北のほうから来たらしい色白の売春婦はタイそのものだが。

ツーリストらしい者も少ない。

鉄道駅に近い「Montienホテルハジャイ」にチェックイン。400バーツ。あとで気づいたことだが、ここはエアコンが固定式。つけるか消すかしかできず、温度調節もできない。また、いったん電源を切るとスタッフを呼ばないともう一度つけられない仕組みになっている。Montienホテル自体は良くないがフロントはとても感じがよく親切に英語で町の案内をしてくれる。

インターネット屋の場所を教えてもらう。タイの場合たいてい日本語IMEはコントロールパネルの設定だけで入れることができる。それにもちょっとコツがあり、以前マレーシアで、すでに東アジア言語が入っている機械で、できないできないといっている人がいた。

ネット屋にも毛唐はほとんどこなかったが、一度だけどうしようもなく横着な毛唐オヤジが2人押し入ってきた。大声を上げて入ってきたがただ道を聞いただけのようだった。しかし、人にものを聞く態度ではなかった。ネット屋のタイ人スタッフを奴隷のように扱う。タイ人のほうが奴隷のように立ち回っていただけともいえるが、白人とタイ人との間にはそういう関係がもう出来上がってしまっているのだろう。

夜ホテルに戻ってからモンティエンのエアコンが固定式であることに気づき「ホテル新世界New World」に移る。450バーツ。結局2重払いになったが、そういうことはあまり気にならなくなってきた。

4月5日。

今ハジャイの町ではめったに毛唐を見ないが、安ゲストハウス(たとえばキャセイゲストハウスなど)を覗くと毛唐がうじゃうじゃ固まっている。

ハジャイでもムスリムの食堂にはテータリクやローティチャナイ(甘くないのも)がある。

ハジャイでもタイ人(タイ族)は、その固有の性格の悪さを十分表現している。といってもチェンマイ、チェンライほどではない。ムスリムの経営する食堂はマレー語も通じるし、いい感じだが、タイ族の屋台は非常に非常に感じの悪いところがある。テータリクの表示を出しているからムスリムかもしれないと思って油断すると、どうしようもなく生粋のタイ族だったりする。そういうところは不本意ながらカネのためにマレー系のメニューを出しているのでますます陰険になるようだ。

タイ人とくに仏教徒タイ族は、シンガポールはもちろん、近年発展著しくしかもなぜかタイ族よりは色白の人が多かったりするマレーシアにも強いコンプレックスを持っているだろうから、マレー系のメニューを注文するとマレーシア人またはシンガポール人ツーリストだと思われて、とくにタイ人の陰湿な嫉妬の情念を浴びることになるのかもしれない。マレーシアのマレー人には白い人も黒い人もいるが、黒い人でもタイ人の色黒さとはちょっと色合いが違う。色黒タイ人はモンMon系やクメール系の血が混じっているからだろう。バンコク周辺や「ブリ」のつく町出身の人には本当に黒い人が多く、しかもとってもアルカイックなインド人風容姿だったりする。しかしまた、タミル系インド人とも違う。あくまでアルカイックなクメール彫刻的な容姿。彼らは2000年位前にインド南東部の地域からミャンマー中南部、タイ中部、カンボジアにかけて移住し分布した人々の子孫だといわれる。もっとも、以前マレーシアの新聞で読んだことだが、タイは200年位前にも当時の「セックスツーリズム」のリゾートとして繁盛したことがあったそうで、そのときの主な客はインド人だったのだとか。そういうところからも混血があるのかもしれない。

とにかく、あらためてタイ人の陰険振りに接した。これはマレーシアのそっけなさ、無味乾燥さとはまったく違うものである。もっとねっとりと襞に入り込んでくるのだが、しかも陰険なのである。

ちょっと思い巡らせる頭があればすぐにわかるようなことを、軽く合図しても絶対に通じない。インドネシアならもちろんマレーシアでも人種を問わずすぐに察するようなことをちょっと合図したり一言で言ったりしても、タイ族には通じない。タイ族の場合は意地でも通じさせまいとしているようにも見える。

わからないふりをして(か、本当に共感能力が欠如している白痴なのか)「何ですか」と改まったようにつっけんどんに聞いてくる。チェンマイならここで最悪のシカメッツラと「ハアア?」がつくところである。

もちろん愛想の良いタイ族もいる。その場合は過度にニコニコして媚びてくることになる。ハジャイはチェンマイ、チェンライのような救いのない感じの悪さはないし、「ハアア?+シカメッツラ」のタイ式作法はまだ浸透していないようだ。ハジャイはまだ救われている。

英語もわりと通じるが、タイ語以外受け付けようとしないものもいる。チェンマイから出稼ぎに来ていたタイマッサージの女がそうだった。

ひさしぶりにタイマッサージを受けてみると筋肉が硬くなっていることを実感する。実は私は以前(健全)タイマッサージのマニアで、チェンマイではタイマッサージの教室に通ったりしたこともある。

よく考えてみれば、マッサージは受けるのが良いのであって、自分でするのは苦痛なだけなのだが、当時はそのシステムに何か「奥深いもの」でもあるような幻想に取り付かれていたのである。

最初タイに来たころは、私もタイ初心者の例に漏れず、「仏教国、微笑みの国」という誤った幻想を抱いていた。

と同時に、タイマッサージについても、ハタヨガや気功に並ぶようなまじめなものだと思い込んでいた。しばらく後になって「マッサージ師」に突然抱きつかれるまでは、タイマッサージが一種の風俗であると思っていなかったのである。しかし、そう思わせないでおいて実際はそういう状況にもっていくというのがタイ式の戦術なのだろう。

タイマッサージはヨガのチャクラやナディの教説と中国の経絡の教説を折衷したようなあいまいでいい加減なものだが、どんなマッサージもそうであるように、技術とセンスのあるマッサージ師にやってもらうと確かに気持ちも良いし身体も快適になる。

ヨガや仙道では、流派を折衷するとか、基本的な考え方の違うものを足して2で割る、というようなことは厳しく忌避するのが普通だと思う。だから、これらを本格的にやっている人から見たら、タイマッサージみたいなものは噴飯ものだろう。

また、上座仏教の僧侶が考案したという由来自体もいかがわしい。

上座仏教は、その本来の教えから言えば、僧がマッサージをしたりするようなことは絶対に受け入れないはずだし、されたりすることも受け入れないはずだと思う。

ヨガの「シャクティ」の考え方からすると、タイマッサージで内股や足の付け根を丹念にもまれて、ちょっとむふふないやらしい気分になることが「生命エネルギー」を刺激してプラーナの流れを良くすることになるというような理屈も、無理に考えれば考えられないことはないのかもしれない。しかしマッサージ師が突然抱きついてしまっては終わりだろう。

深夜になるとネット屋にクズ毛唐が来る。

6日。

ホテルNew World(新世界)の通りにあるネット屋に入ってみたら毛唐だらけだった。

ここでは2chの入り口2ch.netがまったく開けない。入り口のエロ広告のせいかもしれない。

マレーシアでは2chなど見なかったが、タイに入ったら見てみたくなったのはどうしたわけか。

それにしても、毛唐は懲りない。その横着ぶりはマレーシアの比ではない。ただし、マレーシアではまじめな雰囲気のところで横着をするので目立つことになる。

この辺ももうちょっとTロをしてくれたほうがいい。

(2007/04/06)

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クアラルンプルからアロースター(Alor Star)へ 07年4月

午後8時にKLの宿に大きな荷物を預けてチェックアウト。

プドゥラヤバスターミナルまで歩いて行き、イポーIpohに行くというバスに乗る。

バス代14リンギ。8時半発。

バスの中で眠っているうちにイポーを通り過ぎてしまった。乗客が入れ替わってしまっている。入ってきたインド系の客に聞くとLumutという西海岸沿いの町に向かっているらしい。

バスはイポーからどんどん離れていくので、途中ちょっと店の集まっているところで降りる。食事をし、食堂の人にバス停の場所を聞く。

すぐ近くにバス停はあったが、ローカルバスはいつ来るかわからない。

15分くらい待つと赤いローカルバスが来た。イポーと書いてある。バス停の近くに技術大学がある。そこの学生らしい女の子がバスが来る少し前にやってきて一緒に乗る。携帯電話に1個だけ家の鍵らしい鍵をぶら下げている。携帯ストラップの代わりに家の鍵。

イポーまでバス代3リンギ。

2時ごろようやくイポーに着く。イポーは、地図にはコタバル並みの大都市のように記されている。しかし、見た限り本当に何にもないところだった(コタバルに何かあるというわけでもないが)。

まだ早い時間なので、アロースターAlor Starに向かうことにする。イポーのバスターミナルで聞くとアロースターへの直行バスはなく、メダンコピ(そう聞き取れた)というところまでローカルバスで行って乗り換えなければならないという。

メダンコピの場所はローカルバスの車掌のおばさんが教えてくれた。ここが長距離バスステーションらしく、大きなバスターミナルがある。

アロースター行きのバスがあるかと聞くと、次のバスは午後8時だという。バタワースButterworth行きのバスは午後3時半。

KLの宿のオヤジが言っていたように素直にハジャイまでの直行バスに乗ったほうが楽で安かった。

3時半のトランスナショナルのバスでバタワースButterworthに向かう。国籍不明の変な名前の町である。

5時20分ごろバタワース着。

バタワースは大きな町で、バスから海が見える。ペナンへ行くフェリーターミナルも。ここはペナン州のようだ。

バスターミナルでアロースターへ行く赤いバスがすぐに見つかった。

マレーシア時間は早いので(ボルネオも含めた平均で決めているらしい)7時頃まで明るい。

バタワースからアロースターまでは短い距離なのにバス代7.5リンギもする。

アロースターへ行く途中には製油所らしいプラントもあり、煙突から炎が吹き出るのが見える。

午後7時頃アロースターAlorStar着。

まだ明るい。ここもまた大きくてきれいな感じの町。

バスステーション前の「モーテル」のひとつに入る。30リンギ窓なし、エアコン、水シャワー・トイレ付。これでもちょっと負けてもらった。最初の言い値は40リンギ。

近くにインターネットが2件あるがどちらも日本語はだめ(一方は表示もまったくだめ)。

(2007/04/04)

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2007年3月29日 (木)

フランシス・フクヤマの反日評論 「ドイツと違い、日本は責任を果たしていない」(マレーシア紙New Straits Times 3/29, Project Syndicate)

ハッキリいって、日系人という連中はチャンコロ以下の白人の茶坊主であり、わが国はこいつらに対するあらゆる優遇、優待をキャンセルすべきだと思う。

むしろ連中がその土地の中国人韓国人に食い尽くされ、あらゆる日系アイデンティティを捨てて滅び去ることが、日本国および日本国民の利益である。

日系米人、日系ブラジル人等に対する幻想を日本のメディアは垂れ流していたと思うが(2chにもそんなスレッドがあったが)、彼らはわれわれにとって害悪でしかないこと確認する必要がある。

今日3月29日のマレーシア紙New Straits Timesに載ったこの記事のネタ元はProject Syndicateとなっているが、どういう意味かよくわからない。

この男は「関東軍」のことをKwantung Armyなどと書いている。中身は完全にチャンコロなんだろうが、外地で日本国籍もなければチャンコロにとってはモンゴルやウィグルと同じ野蛮人である。

内容を要約すると、

●靖国問題の要点はA級戦犯ではなく、遊就館であり、とにかくその歴史観が話にならない。それが複数の見解の一つであるならかまわないが、日本にはオールタナティブの歴史観が存在しない

日本政府は遊就館が私営であることの陰に隠れてその歴史観を否定しないできた。したがって、ドイツと異なり、日本は決して自己の責任に取り組んだことがない

(この男は日本の社会が自分が属するヤクザ的日系社会(=童話系多し)と同じようなものだと思い込んでいるようである。)

●自分は1990年代初めに「歴史の終わり」で日本の右翼に受け入れられたが、要するにそれが不本意である(ようだ)。一緒に仕事をした上智大学のWatanabe Soichi(と書いてある)は、ホロコースト否定者のような者で、右翼である。

(何でいまさらわざわざそんなことの念を押すのかよくわからないが、とにかく日本と一緒に攻撃対象になりたくないという、日系のチャンコロ以下な卑しさがよく現れているところである。)

●このように、日本は危険な方向に流れているのでアメリカは注意しなければならない。冷戦時代にアメリカは日本の憲法9条改正を支援してきた。しかしこれからは危険である。アメリカ軍の極東における地位は米軍が日本の防衛権を代替しているというところを中心にしており、日本の「一方的な」憲法改正9条は、その背景にあるナショナリズムからみると日本を全アジアから孤立させることになりかねない(つまりは日本がイランや北朝鮮のようなアメリカにとって危険な国家になりうるということだろう)

●ブッシュ大統領は、日本によるイラク支援のために日本に強く出られなかったが、日本がイラクを撤退した以上、率直に安倍にものを言うべきである。

だいたいこんな感じである。

日系であれなんであれ、アメリカの「知日派」に幻想を抱くようなことが日本の国益にとって危険なものであることを再三確認する必要がある。

日本の国益というのはトヨタが海外でうまく儲けるようなことではない。成長がなく、経済が停滞したままでも何とか食っていけることは失われた10年(17年?)のうちにむしろ実証された。

日本のような独自文明の国家にとっての国益とは、国家のアイデンティティと尊厳とを守り抜くこと以外にないと思う。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

☆読者からネタ元を教えてもらいました(いつもありがとうございます)。

Project Syndicateのサイトとフクヤマの元記事のリンクです。
http://www.project-syndicate.org/about_us/who_we_are
http://www.project-syndicate.org/commentary/fukuyama2
面白いことに、いろいろな言語の翻訳が用意されていますが、チェコ語、アラビア語まであるのは驚かされます。

ご存知かもしれませんが、フクヤマはネオコンご意見番として有名になった人です。アメリカのネオコン対リベラルのような思想については、意見をいえるほど詳しくないので、Wkipediaのページのリンクを下にのせときます。
http://en.wikipedia.org/wiki/Francis_Fukuyama

しかし、日系とは言えフクヤマが日本に言及したというのは過去に記憶がありません。なぜこの時期にそんな慣れないことをするのか?慰安婦騒ぎの中でこんな手垢の付いた日本観を日系の政治ご意見番にさせるのは茶番にしか見えません。

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2007年3月26日 (月)

絶句 マレーシアKL中華街で炉利・・・・!

これはひどすぎる。

まさかいくらなんでもと思い、しばらくそこに突っ立って見ていた。しかし、見てのとおりまわりは空席だらけ。この2人が偶々相席する理由は見当たらない。

女の子の「保護者」らしい人もこの男のほかには見当たらない。

テーブルの上に何もないのが変だが、白人はマクドナルドでも店員に注文を出して自分の席まで持ってこさせることがある(自分の国のマクドナルドでどうやってるかは知らないが)。このときレジ前にいた客は地元の若い女の子グループだけ。この少女の保護者らしい者は本当に見当たらなかった。

この2人は同席しているにもかかわらず、終始気まずそうだった。どう見ても実の娘には見えないだろう。

「養女」か?もしそうならそれもまたある「典型」を示し、問題を含むのだが・・・・。

白人による幼女援交事件が頻発している東南アジアで、ここまで疑わしい振る舞いをする以上、「無実」の立証責任はこの男のほうにあるだろう。

私はこの狭い店に入ってきて注文もせずしばらくそこにたって写真を撮り観察していたが、それを見ていたマクドナルド店員も私をとがめるような顔はせず、むしろ納得したような表情でこちらを見ていた。私の意図を理解しているように見えた。(レジはすぐ左にある。)

女の子のプライバシーについては悩むところだが、これは密室の盗撮ではない。マレーシアの首都クアラルンプールのど真ん中のマクドナルドで公然と行われていることなのである。

女の子のまなざしや所在なさそうなしぐさも見てもらわなければこの状況のリアリティはつかめないと思い、あえて公開することにした。

【写真】

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-116.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2007/03/kl.html

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2007年3月18日 (日)

中曽根 - Kiyomi Tsujimoto - Yoshiaki Yoshimi - Japan Times - 朝青龍

今日のマレーシア紙New Straits Timesの国際面にはJapan TimesとThe Japan Timesとからの転載記事が2つ(Theがついてるのとついてないの2種類あるようだw)。

慰安婦記事は、「中曽根の戦時brothel(売春宿)についての回想録に沈黙する日本」という見出し。

キヨミ・ツジモトという衆議院議員と、中央大学教授ヨシミ・ヨシアキがでてくる。

この記事によれば、ヨシアキ・ヨシミはa leading expert on the forced sexだそうで、「強制的なセックスの専門家」らしい。で、ヨシアキは、中曽根の体験は軍が売春宿の設立と運営に直接に関与していた証拠であると言っているらしい。

「中曽根の回想録」というのは、1978年に出版された「終わりなき海軍」という本に収録されている文章だそうで、そのなかで中曽根は、「兵隊が女性を襲い始めたりギャンブルに耽り始めたりしたので、私は大変骨を折って慰安所を設立したのである」と回想しているそうである。

当時本人は自慢話のつもりで書いていたのだろう。

こいつは晩節を汚しまくった最悪の国賊だね。大げさな靖国参拝にしても百害あって一利なかった。

元内務省の役人が何が「昭和15年のよう」だ?

戦前インテリの「マルクス主義コンプレックス」が、くたばるころになって糞左翼・リベラルの装いをまとって噴出してくるという現象があるようである。

後藤田にしてもそう。

そろそろうちもウォシュレットにしましょうかという具合で、出世のために鬼畜米英を叫んでいたあのころを板に穴を開けただけの汲み取り便所とともに回想し、ハイカラ文化としてのリベラルがうちにも来るのを歓迎するのであろうか。

こいつら国賊老人たちは、戦争では最初から安全なところを保障されていた連中で、戦時中から日本が適当に負けてくれることだけを考えていたのである。

しかも上が戦犯になったり死んだりしてくれるので、生き残れば労せずして出世の機会も巡ってくる。

「転向の研究」という分野があるようだが、これまで問題にされてきたのはほとんど「左から右への転向」であろう。

しかし、「右から左への汚い転向」というのも研究する必要があるのではないだろうか。

近代日本人の精神には確かにこういう醜悪なものを生み出す卑しい側面があったのは事実であり、その点についての十分な「自己批判」は必要である。

戦前の左から右への転向に特徴的なのは、左にいたのが中間に転向するとか、沈黙するというのでなく、強要されているわけでもないのに必要以上に右に行き、ファシズムイデオロギーの構築に情熱を燃やしたりするところにあったといわれる。

同じようなことが右から左への転向にもあるのかもしれない。

最初に左だったり右だったりしたときの「信念」自体が、ある意味衆愚的で情動的なものだったからこそ、このようなエキセントリックな転向が可能になるのではないかとは、ひとまず想像される。

思うに、「転向」は見えないところにもあり、必ずしも時間的な経緯には限らないのではないだろうか。

もともと非常に差別主義的な心的傾向を持った人間が「平等主義」を叫び、自分の代わりに「日本人」の差別意識を糾弾したり、もともと非常に権威主義的あるいは権力主義的な傾向を持った者が異常な情熱で反権威・反権力を叫ぶ、ということはあるだろう。

これは、時間的に転向したのではなく、その者自身今でも差別主義的あるいは権威主義的な傾向を持ち続けているからこそ、それが叫ぶ原動力にもなっているのである。つまりこの「転向」は、「論理的な」転向といえる。

いま日本で左翼をやっている者や、左翼的な言辞を弄する者、人権や平和をたてに日本を糾弾するような者のほとんどは、その思想の中にこのような「転向」を論理的に組み込んでいる者だと思う。

その者の心性が卑しければ卑しいほど、そのエネルギーは転向のばねによってキレイゴトとして表現され、彼自身の卑しさは「日本」などに転嫁されて糾弾されることになる。この「転向」はいま現在も機能しているオルガノンなのである。

これはちょっとした思い付きだが、戦後日本における「右から左への転向」はもっと本格的に研究されていいように思う。

もうひとつ今日のNew Straits TimesにThe Japan Timesから転載されていたのは、朝青龍の取組買収スキャンダル記事。

Sumo wrestlers have been rumoured to have murky connection to organised crime.

だそうである。

この2本がNSTの今日の日本ネタのすべて。

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2007年3月16日 (金)

飽き飽き 連日の慰安婦記事 今日はフィリピン人元慰安婦 Simeona RamilとVirginia VillarmaのAFPへの証言を写真入りで(マレーシア紙NST)

今日も国際面をでかでかと割き、この記事の転載。ただし、多少手を加えて短くしてあるのでAFPの原文ほどえげつなくはない。

AFPの原文には、

Japan has never formally apologized for its sex slavery. (日本は日本の性奴隷制度に一切正式に謝罪したことがない)

というAFP記者の文章(慰安婦の言葉ではない)がでてくるが、さすがにNSTにはその文章までは転載されていない。

しかし、AFP「フランス通信」も、フランスが行った長期にわたり今に続く残虐非道な有色人種虐待・植民地収奪を一切棚に上げておきながら、日本を汚く非難しなければならない強い動機を持っているということは確かだろう。

日本を汚く非難すれば自分たち白人が有色人種に対して行ってきた罪を帳消しにできるという確固たる信念があるようである。

悪循環を断つためには、彼らのこのイデオロギーを正面から批判する必要があると思う。そのような論が日本にはあまりみられないのが残念である。「彼らもやっていた。自分のことをタナにあげて・・・」というだけでは足りない。自分たち白人の重すぎる罪悪を(内的にも外的にも)相対化するためには、日本人の野蛮、日本の犯罪、がぜひとも必要だからこれほどまでに執拗に日本の過去を暴きたがるという点をハッキリさせていく必要があると思う。白人世界はいまそれだけ切羽詰っているともいえる。

http://news.yahoo.com/s/afp/20070315/lf_afp/asiawarcrimesrightswomen_070315031850

MANILA (AFP) - The tears trickle down Virginia Villarma's weathered face as she recalls the day back in 1943 when she lost her youth and her innocence.

Sent out by her aunt to get some food she was attacked by a group of Japanese soldiers on a suburban Manila street and tossed like an animal into the back of a jeep.

Then just 14 years old, she was taken to a barracks in the port area and thrown into a bare room where she was stripped and raped repeatedly by soldiers, three or four at a time.

At first she screamed and tried to fight off her attackers but they punched and kicked her tiny body until she passed out. When Villarma awoke the room was silent but the pain has stayed with her for ever.

"That is when my hell began," the soft-spoken 78-year-old grandmother told AFP as she wrapped and unwrapped a pink handkerchief around her fingers.

Occasionally she would stop and take off her gold rimmed glasses and dab her eyes.

"I want people to know what happened to us back then and why we who are left will never give up until Japan formally apologises to all of us -- living and dead -- for what they did.

"For three months I was abused from morning to night. They were the longest three months of my life."

An allied bombing raid saved Villarma from more abuse and in the confusion she managed to escape but her life had been changed forever....................

Japan would prefer to ignore this part of its war time history but grey haired women like Villarma and her friend Simeona Ramil, 79, also brutalized as a sex slave, will never allow Japan to forget. .....................

The Wednesday rally recently drew several Japanese activists, including Hiroko Tsubokawa.

"We urge the Japanese government to stop adding pain to those grandmothers (comfort women) and solve this issue immediately," she told the crowd.

Japan has never formally apologized for its sex slavery.

「連合軍の空襲によって救われた」と。

連合軍万歳! 広島長崎原爆万歳! 東京大空襲万歳! ソ連参戦万歳! 満州大強姦(Rape of Manchuria)万歳!

と叫ばなければいけませんね。

14歳の少女がおつかいに行く途中に「日本の兵隊」に突然拉致され、監禁されてレイプされ、地獄が始まった・・・・という証言である。

まるで、北朝鮮による日本人拉致の情景に重なる証言である。これを読んだナイーブな人が「日本人に拉致を非難する資格はない」と思うのにちょうどいいような、うまくできた証言だと思う。

しかし、その「日本兵」ほんとうに日本兵だったかどうかの証拠はない。14歳の少女にその男が着ていた制服が正規の軍服かどうか、また日本軍の軍服だったかどうか、その人間たちが日本人だったかどうか、どうやって判断することができるだろう。

これがそうだと決め付けるわけではないが、戦前に朝鮮人がやった非道行為については日本国は(法的責任はすでに取っているが)道義的には一切謝罪するつもりはないと政府としてはっきり声明した方がいいのではないか

なぜなら、南北朝鮮人がいちばん日本の過去を非難している以上、当時朝鮮人が日本人として行った犯罪の負い目まで日本が負う義理はまったくないからである。

今日のマレーシア紙New Straits Times(マレーシアの官報のような新聞である)の大見出し(3/16)。

Comfort women to fight on for Japan's apology

Imgp3103

マレーシアもツーリスト誘致に懸命なようだが、日本からわざわざ行く価値のある国ではない。アジアの汚いところばかり旅行していた人間がほっと息をつきにいくのには便利な国である。

マレーシアはイギリスの植民地であったことが今も唯一の誇りであり国民統合の軸になっているような国だから、表には出さなくても内心の反日感情、というより侮日感情は強い。マレーシア人のインドネシア蔑視などほとんど、「俺たちのボスのほうがお前のボスより偉い」、というところに尽きる。

マレーシアへのリタイア後のロングステイなどはけっして勧められない(タイはもっと勧められない)。やはり、快適な思いをしたければ安物を買ってはいけないということだろう(高いところが必ずしもいいとは限らないが)。

東南アジアでいちばん親日的なのはインドネシアで次は多分ミャンマーだと思う。日本人はこの2つの国にもっと旅行して(行儀よく振る舞い)、日本人ツーリストのためのインフラを作ってしまうのがいいと思う。

それにしてもつくづく疑問に思うのは、私は強姦された強姦された、と叫びたてることによって彼女らになんの得るところがあるのだろうかということ。

満州に侵攻したソ連兵に強姦された日本女性はもっとひどい目にあったが、このようにわめきたてることはない。そのようなことはただの恥でしかないし、治りきらない傷を抉り出すような苦痛であろう。多くの人は生き続けることさえ恥と感じて自決したのである。

日本の形成が弱いと見るや、こういう風に続々とカミングアウトしてきてわめきたてて、自分の顔写真まで平気でさらすばあさんたちの動機は何かと考えてみると、やはり、ひとつの可能性は、たんなる売春婦だった人が強姦被害者に昇格しようとしているということだと考えなければならないだろう。

あまりしつこく喚かれると、こちらも本当のことを言いたくなるものである。

一般に言って、強姦魔というのは女なら誰でも手当たり次第に強姦するわけではない。衝動的犯罪に見える強姦犯でさえ、相手を見て、選んで強姦するものである。

主張されているとおりに(誰がやったかはともかく)慰安婦を調達するための拉致が行われたとしても、調達するほうは相手を選ばず拉致するわけではないだろう。それは仕事なのだから効率が必要である。

あまり抵抗されて自暴自棄になって自傷したり自殺されたりしたらこまるだろう。怪我をすれば慰安婦としても使えなくなる。つまり、「慰安婦の拉致」は(仮にそれがあったとして)「慰安婦として使いやすいような女」を拉致しなければならないのである。調達は仕事なのだから、第一番にどんなタイプを選べば効率よく慰安婦にでき目的を達成できるかということを考慮してターゲットを選び、実行したと考えるのが合理的だろう。

つまり「慰安婦の拉致」がもしあったとしても(誰がやったとしても)、それは、「日本語教師にさせるために日本人を拉致する」場合とはまったくターゲットの選び方が違うものだったはずである。

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2007年3月 6日 (火)

メルボルンの路上でマレーシア人が襲われて死亡 オーストラリア警察は理由を示さず「人種的動機」を否定

土曜日の出来事。

メルボルン南東部Springvaleにあるマクドナルドの近くのを歩いていた中国系マレーシア人(Lim Leong, 45)が襲撃され、頭部に負傷を負い病院に運ばれて翌朝死亡するという事件があった。

警察がマクドナルド周辺の監視カメラを調べ、事件の時に現場周辺で目撃された頭に覆いをした男と赤いフォードの所有者を捜している。

警察は「口論がエスカレートしたというような事情はない。一人の人間が、われわれが見るところ悪意を持って襲われ、死亡したということだけである。」というが、なぜか人種的な動機があったことを否定する。

"Based on information we have gathered, the attack does not seem to be racially motivated but random," a Melbourne police spokesman said.

However, police declined to elaborate why they had ruled out the possibility of the attack being racilly motivated.

「われわれが集めた情報によれば、この襲撃は人種的な動機によるものとは見えず、無作為なものに見える」とメルボルン警察のスポークスマンは述べた。

しかしながら、警察は、なぜ彼らが人種的な動機による襲撃の可能性を除外するのかについての詳細を述べることは拒んだ。

金は取られていなかった。

New Straits Times 3/6

襲撃が「無作為」であることと人種的な動機があることとは少しも矛盾しないと思う。

私も、道を歩いている白人を誰でもいいから片っ端から襲って殺したい衝動に駆られることがある。

世界中どこでも、白人を殺した有色人種はまず逃げられないし、捕まれば重い刑罰と制裁が待っている。しかし有色人種を殺した白人が逃げ切れる可能性は高い。

有色人種国家においても、とくに犯人がアングロサクソンなら国外に逃げ切るにしても捕まるにしてもかなり有利である。白人国家ならなおさらである。「無作為襲撃」であればますます逃げやすくなるだろう。

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2007年3月 4日 (日)

マレーシア副首相兼国防相 5日から日韓訪問

3月4日19時0分配信 時事通信

【クアラルンプール4日時事】マレーシア外務省は4日、ナジブ副首相兼国防相が5日から13日まで日本と韓国を公式訪問すると発表した。同副首相の両国への公式訪問は初めて。
 日本には5日から8日まで滞在し、安倍晋三首相を表敬訪問するほか、麻生太郎外相、久間章生防衛相と会談する予定。また、東京と大阪で経済界の代表らと意見交換する。 

マレーシアは政府の力で報道統制ができる国である。できるだけでなく当然している。

前記事で取り上げたNew Straits Timesも半ば官報のようなもので、政府の御用新聞以外のなにものでもない。

したがってわれわれには、この新聞の反日報道を支持しているのもアブドラ首相やナジブ副首相のマレーシア政府であると看做す権利がある。

安部首相はナジブ副首相との会見で一言ぐらいはこの御用新聞の報道に触れてほしいと思う。あのアメリカでさえ、格下の国の国内問題にこまごまと注文をつける。

マレーシアは小国とはいえ資源豊富な将来性のある国であり、御用新聞の反日報道は日本の国益を損なうものである。

この新聞のこれまでの反日報道(私が最近拾った限りで)については、「アジア英字紙の反日」「New Straits Times」でブログ内検索してみてください。

(「クライン孝子の日記」より)

世界の多くの人々が意識しないで洗脳され、日本は悪、中国は善など
のような似非ヒューマニズムを信じることになる。
常に「ザ・レイプ オブ 南京」のような情報の波状攻撃が行われ
ている。

洗脳の技術として、、何度も、少しづつ異なった方法で
ゆっくりと洗脳すべき偽情報を与えると、対象者は自分が洗脳されて
いるとは自覚できないで事実として信じ込む。
こうした方策=問題を甘く見ないほうがいい

http://www2.diary.ne.jp/user/119209/#1172714290

まったくそのとおりだと思う。そしてそういう洗脳工作は丁寧にひとつずつつぶしていくしかない。政治家がかっこつけている場合ではない。

マレーシアはいまタイの低迷を尻目に急成長中である。

マレーシアに有形無形の利益を供与する以上、日本の国益のために、しつこく、くどくどと、内政にわたってでも注文をつけるべきである。

とにかくここは言論統制できる国なのである。

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マレーシア紙New Sunday Times(New Straits Times日曜版)いわく、「70万人の在日コリアンは大部分、植民地時代に移民したり奴隷にされたりした者の子孫」

今日、マレーシア紙New Sunday Timesが大きく日本での朝鮮人デモを報道。

出所はAgenciesとなっている。大手通信社の記事をそのまま転載したのではないNew Sunday Times(New Straits Times)の独自記事ということだろうか。

Imgp3077

その中の記述の一部。

「約70万人のコリアンが日本に住んでいるが、大部分は植民地支配の時代に移民したか奴隷にされた人々の名残である」

"Some 700,000 Koreans live in Japan, mostly a legacy of those who emigrated or were enslaved during colonial rule."

歴史家によれば、大部分朝鮮、中国出身の20万人の女性が、1930年代40年代に日本軍の置屋(売春宿)で働いた。多くの犠牲者は日本軍に拉致されて無理やり性奴隷にされたと言う」

"Historians say 200,000 women, mostly from Korea and China, served in Japanese military brothels in Asia in the 1930s and 1940s. Many victims say they were kidnapped and forced into sexual slavery by Japanese troops."

「彼(安部首相)の発言は、1992年に明るみに出された日本の文書がしめす証拠に矛盾する。その文書は、歴史家が言うには、軍当局は、請け負い業者とともに活動し、強制的に女性たちを売春宿に斡旋することに直接の役割を果たしたことを示すものである。」

"His statement contradicted evidence in Japanese documents unearthed in 1992 that historians said showed military authorities had a direct role in working with contractors to forcibly procure women for the brothels."

どうやら植民地マレーシアの「歴史家」は一元的で、歴史に関する多様な見解は持てないようである。もともと文明もなく白人が来るまで学問など知らず、よろこんで白人植民地に甘んじてきた気の毒なマレーシア人の知性の限界なのかもしれない。

この新聞New Straits Timesは特別に積極的な「反日新聞」というわけではないと思う。

というより、常に欧米志向の新聞で日本などには無関心、日本に関する記事などは(経済面、新商品紹介面を除き)普段はほとんど載せない。日本などないかのようである。

この新聞を見ている限り、マレーシアは日本よりもヨーロッパの近くにあるかのようである。

そういう新聞でありながら、まれに日本に関する記事を載せるときにはほとんどが「反日的」な記事なのである。戦時中の残虐行為、「従軍慰安婦」、「南京大虐殺」。反日でないのはたまに日本のアニメをへつらう特集が載るくらいである。

だから、この新聞は日本やアメリカの反日新聞のように日本に対する悪意を直接に表現するということはないが、その描き出す「日本」は結果的にきわめて反日的なものになる。

こういう新聞は他の国にも多いのではないか?

しかし何も言わないでいると、ここに書いてある「歴史家の言」が日本に何の関心のない人にまでどんどん広まり定説になっていく。

私は韓国朝鮮ネタやましてや「従軍慰安婦」のような薄汚い話題にはあまり関心がないので、この新聞の記述がデタラメであることは常識的にわかるがどこまでデタラメなのか正確かつ具体的に指摘することは出来ない。「1992年に明るみに出された文書による証拠」というのが何なのかも知らない。

関心のある方はNew Straits Timesまでぜひ(日本語でもかまわないと思う)。http://www.nst.com.my/ email: nstedit@nst.com.my

私の知っていることといえば、ソ連の満州進入時に、多数の朝鮮人や中国人がロシア人と一緒になって日本の若い女性たちを拉致、強姦、輪姦し、監禁強姦虐殺を行ったこと、戦後、内地において、朝鮮人が戦勝国民と称して日本女性を多数強姦し、今も続く略奪をほしいままにしてきたことなどである。

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2007年2月28日 (水)

「彼(アキラ・マキノ)はまだ動いている心臓と子宮を切り裂いた」 マレーシア紙NST=The Times 

マレーシア紙New Straits Times(2/28)が一面をさいてThe Timesから転載した記事の見出しは"He cut up 'still beating hearts' and wombs"。

白人はいまどうしても日本の「悪」が必要らしい。今まで以上に必要な時代になっているのかもしれない。

彼ら自身の巨悪を相対化するためにはやっぱり日本人の悪が必要なのである。中国人の悪ではありふれすぎていてダメらしい。それに中国人が白人に代わって世界の道義的なヘゲモニーを獲得することはまずあり得ない。

白人はいまでも、有能性でも道義性でも白人を凌駕しかねない日本人を最も恐れており、戦勝に乗じて日本民族を絶滅するか完全解体するかしておかなかったことを悔やんでいるようである。

そして白人に媚びるほかに能のない土人記者どもは、それを復唱することが仕事である。

軽薄な日本人たちが歓迎している「ビル・エモット」というイギリス人の本(今後10年日本の新黄金時代とかいう)を立ち読みしたが、やわらかい表現ながら日本は中国にまだ謝罪しなければならないと主張している。しかし、イギリスはアヘン戦争にもその他の残虐行為、非道行為にも謝罪したことはないし、彼にとっては謝罪する必要などありえないようである。それはまず中国人など被害者がそれをが求めていないからだ、と開き直っているのでもあろう。

白人にとって白人の残虐行為は、文明人の野蛮人に対するちょっとしたやりすぎに過ぎない。

土人にとっては、白人の残虐行為はいくらでも許せるが日本人の行為は決して許せない。土人(シナ人を含む)と白人との付き合いは数百年に及ぶ。土人は白人の圧倒的な怖さが身にしみているので、その権威を無条件に認めるのである。

白人も土人も、この枠組みだけは決して変えないし、変える意思もないようである。

日本海軍元衛生兵、アキラ・マキノは、昨年10月はじめて、彼らが戦時中フィリピン・ミンダナオ島のザンボアンガでモロ民族に対した行ったという生体解剖にかんする証言を「日本のある新聞」のインタビューに応じて行ったが、共同通信による2度目のインタビューは、2,3の地方紙を除く日本の主要メディアによって無視された、これはおそらく戦時中の残虐行為に関する話題を発表するのがいやなのだろう、ということである。

このあまり内容のない、「ジャパン・エンパイア」の「悪」をさらに大きく見せるためにのみこの「善人」・アキラ・マキノの内面の葛藤を内省的に描くエッセイ風の長い記事の中には、「悪名高い731部隊」への言及もある。

731部隊が「満州で何千人もの中国人とロシア人の囚人を殺害した」とある。私は詳しくないが、731部隊はそんな大量の囚人(捕虜)を殺害できたのだろうか。

そして「生きて帰った善人の日本兵」のご多分に漏れず、マキノも、自分はもう1942年ごろには日本が負けることはわかっていたので自暴自棄になっていたようなことを述べているようである。

この男自身は「住民虐殺」を勝手にやったのかもしれないが、もしそうだとしたら、さっさと特攻か最前線に行っていたら卑劣な「住民虐殺」などしないできれいに死ねたのに、という悔いは感じないのだろうか。「住民虐殺」をやったあとでも最前線に志願して玉砕するには遅くなかっただろう。

最前線や特攻に志願した人たちは、「住民虐殺」や「残虐行為」などする暇もなく玉砕しただろう。

どうせ死ぬ覚悟で戦地に行っているのだから、本心からやりたくなかったのなら拒否して銃殺されるなり自殺するなりすればよかったのだ。

人間には猫を殺したりして楽しむ面があることも確かである。やってる時は自分も結構楽しかったのだが生きて帰って安穏な生活をしているうちに少しうしろめたい気分になったというだけだろう。

臆病者たちが比較的安全なところで腐っていて、自分固有の卑劣さと残虐行為への衝動から軍規に反した犯罪行為をし、その個人の犯罪をこの記事でマキノ自身が主張しているように「天皇の命令」だったと合理化し、戦後60年もたって反日主義が体制思想になったとみるや、罪を悔いるように見せながら大日本帝国の犯罪だったと外人記者向けにしゃべくるのである

それで自分は気分が楽になって、「悔い改めた正しい人」として外人や朝日にほめられながら天寿をまっとうできるという算段である。

何より卑劣なのは日本軍でも上官でもなく、このアキラ・マキノ「個人」なのである。それをはっきり確認しなければならない。われわれはもっと「個人」をたいせつにしなければいけないので、「個人の責任」を大切にしなければならないだろう。

この件で証言しているのはこの男だけである。自分がやったことは上官の命令だったというが、上官の裏が取れているわけではない。この男が一人で言っているだけだ。つまり、確実にやったといえるのはこの男一人だけである。

アキラ・マキノは、生きているモロ人を縛り上げて、内臓を解体し、これが腎臓でこれが心臓で、という風に新兵に教育したという。グロ趣味だったらしいマキノにそんなものを無理やりに見せられた新兵が迷惑だっただろう。マキノが上官がやったといっていることも証拠がない。マキノが一人で言っているだけだから、全部一人でやったと見られても仕方がないだろう。上官がマキノに無理やりやらせたといっている部分はなおさらである。

生体解剖の被害者のうち二人は若い女性だったという。

生体解剖で虐殺されるような時に性を問題にする意味があるのかどうか、そういう状況で若い女性が何か特権があるのかどうか、私には理解できないが、この記事はことさら「若い女性の子宮」に焦点を当てたいようである。

マキノの証言によれば、二人の女性は18歳と19歳で、われわれはその子宮を開き、若い兵隊たち(15歳、16歳の兵隊が、銃も支給されずに竹やりで従軍していたとマキノは証言している)に見せたのだといいう。新兵たちはセックスについてほとんど知識がなかったので「性教育」だったのだ、とマキノは言う。

深刻な告白をしているわりには面白い冗談を言うものである。メスで子宮を解体して性的関心と関係付けられるのは普通の日本人の感覚ではない。こういうのは普通の日本人の想像力からはでてこない物語である。やはりマキノは、特別な嗜虐趣味の男だったようにみえる。

あるいは、イギリス人記者の性的嗜好に迎合して話を作っているのかもしれない。そういう面はあるのだろう。おそらくイギリス人男は解剖した子宮を見て性的に興奮するのだろう。

あるいは彼らは今でもフィリピンやタイで女を買うときには子宮を解剖したいという衝動に駆られるのだろうか。

とにかくそんな感じの記事である。結局何を言いたいのかはよくわからないが、ショッキングなグロネタを適当にばら撒き、日本軍の残虐性、それが天皇の命令と解されていたことを強調すると同時に、日本の良心勢力たる「悔い改めた日本兵」の苦悩を並べて安っぽくエッセイ風に描き、「いまだ悔い改めない野蛮国家・日本」を浮き彫りにする。

この記事にはまた、「日本刀の試し切り」もやったというマキノの証言がある。

「日本の良心勢力」を支援して日本人を分裂させ、日本民族の活力を弱体化させるというのを基本戦略とするのは、白人も中国人も同じである。

この記事を転載したマレーシア紙New Straits Timesは、一時は3日に一度くらいの割でカンボジアやインドネシアでの白人の児童買春犯罪のニュースをべた記事で載せていたが、最近はほとんど見なくなった。彼らの犯罪が急になくなったのだろうか?

しかし、土人の責務として白人新聞の反日記事を大きく転載することだけはやめられないらしい。彼らが独自に反日記事を企画すると必ずボロが出るので欧米反日記事の転載が便利なようである。

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2007年2月26日 (月)

また白人に突き飛ばされる

こういうことはできるだけ記録しておくことにした。

今日の白人は明らかに悪意を持っていた。

場所はKLCC。背広で身を固めた背の低い黄色い髪の毛唐。

人もまばらな通路を後ろからどたどたと来て、いきなりひじで力いっぱい突き飛ばしておいて「ソーリー!」だと。。

日本にも嫌な毛唐は多いが、こういうことをされたことはないし、ここまではっきりしているのは見たことがない。実はタイも毛唐が多い割にはこのタイプのは少ないように思う(チェンマイナイトマーケットその他で有色人種を人間と思わず突進している「善意」な白人はよく見かけたが・・・・しかしそういう場合「ソーリー」は出ない)。

マレーシアあたりで働かなければならない白人は三流ビジネスマンだろうから、鬱屈もあるのだろうか。

「植民地」に滞在しているという意識も非常に強いようである。

マレーシアは今、国を挙げて観光客誘致の真っ最中。

タイの治安の不安定は毛唐客招来の好機とみてか、デパート店員などがタイ式に(といってもタイほどではないが)白人客にこびている姿を見るようになった。

「ホスピタリティ」といえば、白人を優先し白人に媚びることくらいしか思いつかないのが土人の貧しい想像力、哀しい性である。

いつかアジアの都市に、「白人侵入禁止」の街区ができることを期待したい。

しかも健全で高級な街としてである。

はっきりと「白人入域お断り」の掲示を出し、その理由も「人を突き飛ばす、人の通行を妨げる、大きな声を出し周囲の迷惑を考えない、人をじろじろと見る、アジア人売春婦を連れまわし不快である、などの苦情が多く寄せられているためです」と具体的に書いて掲示しておいたらいいと思う。

「人種差別問題」にでもなって白人メディアに取り上げて騒がれればますます面白い。

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2007年2月 8日 (木)

ジャカルタからクアラルンプルへ 2/3

スカルノハッタ空港は平面的でわかりやすい。国際線はTerminal2。

イミグレまで来て大失敗に気づく。

インドネシアのビザ期限は「30日」。ところがKLの旅行代理店が設定した出発日は、行きが「1月4日」で帰りが「2月3日」。旅行代理店が「1ヵ月」と勘違いしたのか私が「1ヵ月以内でいちばん遅い日」といったのか、そのへんはよく覚えていない。とにかく1月は31日まであるので2月3日は「31日目」になる。

1日のオーバーステイ。イミグレ役人に指摘されてはじめて気づく。リコンファームのときに気づくべきだった。

後ろの事務所に行き20ドルの罰金。これも全部役人の懐に入るのだろう。イミグレ役人はいくら頼んでみても見逃してくれない。ルピアで払うと言うと20万ルピアだというので、そんなことはないだろうと思い、19万ルピアまで負けてもらう。もっと泣いてみてもよかったと悔やまれる。作業自体はすぐに終わる。書類を作るわけでもなく、ただ普通のスタンプを押すだけである。領収書もくれなかった(請求もしなかったが)。パスポートに何か書き込んだりもしない。

インドネシアはオーバーステイにはうるさいらしい。観光ビザは1ヵ月までしか取れないので、帰りの飛行機の出発日には気をつける必要がある。

外国にオーバーステイをするのはこれが初めて。「オーバーステイ」というのはタイ旅行者みたいで好きではない。

さらに、搭乗の時のX線検査で、空港役人に今まで一度もチェックされたことのない日本で買って持ってきた小さなハサミ(刃渡り5センチぐらい)を見咎められてケチをつけられる。チェックインカウンターのところに戻って荷物を全部預けろという。

「お前にやるよ」と言って放りだしたら(ネパールだと役人がすぐにポケットにしまいこむが)役人は当惑していた。

いったんは「やるよ」と言ったが日本製のハサミがちょっと惜しくなったので撤回し、ハサミだけ別にして送ってくれないかと頼んでみた。が、役人はダメだと言い張る。

別に送ることはできるはずだろ、やれよ、と言ってもめていると、ちょうどいい具合に白人客が来て救われた。

こういうことでもめているのを白人客に見られたくなかったのだろう。空港役人の態度が急に変わり、マレーシア航空の女性職員が呼ばれた。

女性職員がそのハサミをまるでデパートの商品のように「マレーシア航空の包み紙」で包み、別にして送るのかと思いきや、そのまま私に手渡した。

結局、「紙で包んだ」だけで「凶器」が安全なものに変わったというわけである。

ただケチをつけるためだけのチェックである。しかし、役人というのは日常のこういう嫌がらせを通じて自分の利権を保持しているのだろう。

他方、周りにいたインドネシア人客たちは、インドネシア人によくあるように、こういう状況を見ると役人(空港職員)の側について他人のことに口を挟んでくる。しきりに私に説教しようとし、ハサミは機内に持ち込んではいけないものであることを教えてくれるのだ。その姿は本当に頭悪そうである。

カッターナイフも入っていたがチェックされなかった。まだ一度もチェックされたことがない。ハサミがたまたま開いていたところがX線に映ったのがまずかったようだ。爪切りもチェックされたことがない。

ライター・乾電池はネパールでしばしばチェックされた。役人が「ライターや乾電池を持っているだろう、持っているはずだ、出せ」と言って迫ってくる。そして渡すとすぐにポケットにしまいこむ。

ただネパールやミャンマーではNo!と大きな声で言い、「てめえは金が欲しいのか、何で日本人にだけそういう言いがかりをつけるんだ」という感じに喚きちらすと、OKOKといって何もなかったことになることもあった(今日もそれにちかいが)。

30分ほど遅れて4時15分ごろ出発。

マレーシア時間午後7時半ごろ(インドネシア6時半)、KLに着。イミグレは今回は混んでいなかった。

5日。KLCC伊勢丹に行きLevi's512を買う。512は日本ではもう作られていないと聞いていた(ちょうど新宿伊勢丹だったが)。

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2007年2月 5日 (月)

インドネシアからマレーシアに来て感じること

インドネシアを1ヶ月旅してマレーシアに戻ってみると、電車内や駅で見かけるマレー語表示の言葉がかなりわかるようになっていた。マレーシアに1年いても本気でマレー語を学ぼうという気持ちにはなかなかならない。むしろ、ちゃんと英語を話さなくちゃと思うばかりである。ところが、インドネシアの英語がほとんど通じないところに1ヶ月いただけでインドネシア語≒マレー語の知識が、私としては意外なほど進捗した。外国語は「ほんとうに必要に迫られること」が習得の秘訣であり、必要に迫られないのにやっている外国語学習はドブにカネを捨てるようなものといわざるをえない(だから、そういう趣味的な外国語学習は独学でやるのがよい。外国語は独学でかなり習得できる。そして学校に行ったり外国に住んだりしても、「完全に習得する」ことは困難であるといわれる)。

インドネシアからマレーシアに来て感じるのは、まず、飯がまずいこと。料理がまずいというより、米自体がまずい。飯を食ってもまずいので、インド料理店でナーンでも食べていたほうがいい。インドネシアでは白米だけ食べていても結構うまかった。

そしてやはり、マレーシアでは、より「タイ的な」ものを感じる。「よりタイに近づいた」ということ。デパートなどの店員が生気なく色白で、生きた人間というよりは人形のようであり、文字通り血が通っていない(貧血気味)に見える。そしてなによりも、インドネシアでは見なかった「白人客に媚態を見せ、差をつける接客」が現れ始める。それに呼応するかのように(私の見た)インドネシアでは概ね小さくなりビビルようにしていた白人たちの態度がでかくなる。

そして、これもまた人形のような、戯画的なマレーシア特有の警備員。マレーシアの警備員は本当にマンガそのものである。

インドネシアのチパナスというところのあるゲストハウスで、宿の主人がインドネシア語でいろいろ話しをしてくれた。ほとんど理解できなかったのだが、インドネシアは「350年間」(tiga ratus lima pluh tahun)、「ブランダ」(オランダ)の植民地であったという事実をはっきり語り、それを悔やむべきこと、彼らの恥辱であると強く感じていることが伺えた。

そして、こういう話には私は警戒するのだが(「嬉しがらせ」である可能性もある)、その人は、インドネシアのMerdeka(ムルデカ=独立)は「ヒロシマ・ナガサキ」によるものであることをはっきりと強調した。ここで「ヒロシマ・ナガサキ」とは、原爆のことというよりも「日本がアメリカと戦争したこと」という意味だろう。

「ヒロシマ・ナガサキ」に関しては、ネパールのバルパックという村で、マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)の戦闘員がアメリカ非難の合言葉としてチョータラに座ってのアジテーションに使っていたことを思い出す。いうまでもなく、その他の有名人も反米主義の一つの合言葉として使っていたことは周知である。

インドネシアは長い植民地時代の屈辱の歴史を払拭することに苦心してきたように見える。つい最近まで中国語(教育)を禁じていたことも、日本のネットウヨが思いつくようなシナ人が嫌いというようなことよりも、オランダが中国人を徴税役人など嫌われる仕事のために誘致して使っており、中国人は植民地支配システムの一環に組み込まれておりその直接的な目に見える象徴でもあったからであろう。

分断して統治する、という原則は聞き飽きた陳腐なものに思われるが、白人はこの原則に忠実であり、しかもその実際について巧みである。これは被支配者を単に目に見える形で分断することだけではなく、アジア人の心の中に分け入り分断することも含まれる。それぞれのアジア人の醜い部分を噴出させる、そしてそれをお互いに見せ合わせ、互いに軽蔑しつつスパイラル的に落ちていくように仕向ける。アジア人同士で醜い面を見合い、軽蔑しあうことによって結局はアジア人としての自尊心も失うことになるのである。ただひたすら反特亜を叫んでいるネットウヨの一部に時に見られる「日本人にはコーカソイドの血も混じっていてチョンコなどとは違うのだ」といった説を援用し自慰にふけっている姿などは、このような白人の思う壺にスッポリと嵌ったものと言わざるを得ない。

このようなことを書くとすぐに「お前はタイを批判してチョンコを批判しないからどうせチョーセン人だろう」というのがでてきて執拗に仕事をしたがるので非常にやりにくいのだが、このようなレベルの議論?のみに終始することがわかっている以上は、匿名掲示板や殴り書き可能なコメント即時表示のブログなどは、内容のある議論や批判を期待できる場所ではもはやなくなっているといわざるを得ない。

実態は、仮に多少「コーカソイド」の血が混じっていようと、アングロサクソンを頂点とする白人の人種秩序の中ではほとんどゼロと同じということである。米国ではヒスパニックがもっとも人種的地位が低い(最近はどうかわからないが)と聞く。白人エスタブリッシュメントからみれば白人と有色人種との混血などは基本的に、「ろくでもないやつが女奴隷に生ませた子かその子孫」にすぎないだろう。白人世界では、「周辺的なコーカソイド」のほうがいっそう賎民視されるようでもある。ユダヤ人、アラブ人は別格としても、「コーカサス系白人」が最も攻撃を受けている場合もある。

中国人が(日本人よりも)特に白人に賎視される場合も、人種的理由と言うよりむしろ、自分たちのアジア植民地支配において広範に中国人を直接の汚れ仕事に利用したことに起因していることのほうが多いように思う。この場合は、自分たち白人が行った汚い支配の「穢れ」の部分を、中国人に転化して合理化しようという機制が働いているのではないかと思う。いずれにしても、白人の人種意識から見れば、ちゃんとした白人でないならばむしろ格式のある純粋の有色人種であったほうがマシである、というぐらいだと思う。

徴税人、これは聖書的な概念でもあるだろう。

マレーシアに来て感じるのは、やはり小さな国でせこい国だと言うことだが、言論はインドネシアよりもむしろ「翼賛的」なのではないかという印象を持つ。英字紙を見る限りでしかないが、マレーシアの一流紙の1面2面あたりにはいつも「首相や大臣がここでこういうお説教をしました。マレーシア人はもっとこうしなければいけません」と言う話を批評抜きでただ垂れ流す記事が載る。

そして、マレーシアは、インドネシアと違って「植民地支配の汚辱」をそれほど強く感じていないように見える。むしろ、大英帝国の植民地であったことを他のアジアに対して誇るかのような態度である。これは最近の白人世界の言論の中にある、「イギリスの植民地支配は自由主義の布教・拡大に貢献したものであり、日本の支配と違い、『良い植民地支配』であった」、という論調と軌を一にするものといえる。

このようなことをいうからと言って、インドネシアのほうがマレーシアよりも良い国だとか、日本にとって重要な国だとか、日本人にとって良いトモダチだとかいうのではない。外国との関係や、外国人との関係は、幼稚園のトモダチ選びとは違う。そういう園児的な発想を一般国民が卒業しないと、政治や外交に携わる偉い人たちも賢くはなれないのではないかと思うのである。インドネシアもマレーシアもくだらないと言えばどちらも同じくくだらないし、くずばっかりと言えばくずばっかりである。(ただし、タイが特別に悪質なのは、最悪であるにもかかわらずよさそうな幻想を上手に垂れ流し、中国仕込みの手法である種の「タイスクール」を日本人の中にも作り出し、すでに綻びている幻想をドグマにまでして批判を許さない堡塁を築いているところであると思う)。日本に匹敵するような立派な国、日本人が譲ってやらなくても本当にトモダチになれるような国・国民はないということである。

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2007年2月 4日 (日)

ネット屋に来る白人 KL 07年1月

白人には、「世界は白人のもの」という揺るがぬ信念がある。

先日、KLのわりと静かで清潔なネット屋に居たとき、白人のカップルが店に入って来た。そんなにガキでもない。30前くらいだろうか。

スタッフがちょうど席をはずしているところだったが、洋梨をかじりながらどたどたと入ってきて、歩きながら洋梨をかじり、その辺をまた歩き回る。前払い式のネット屋なので客が使わないパソコンは閉じられているのだが、歩き回ってパソコンをあれこれ覗き込む。

この極端に白痴的な振る舞いから見て、このカップルはオーストラリア人か、そうでなければオランダ人だと思われる。

スタッフは出かけているのだからどうしようもないのだが、とにかく歩き回ってパソコンを一台一台覗き込んでいく。その間も梨をかじる。梨からはぽとぽとと汁が垂れる。

私の近くに来た女の方に「ファッキュー、帰れ、消えろ!」と言ってみると、この白雌は逆上した。

獰猛なケモノそのものにこちらに向き直り、いま入ってきたばかりで梨をかじって歩き回っていたこの女がパソコンに向かっている私に、「お前が出て行け!」と平気で言うのである。

そのあと店のスタッフのマレー女が戻ってくると、几帳面に「この男がファッキューと言った」などと言いつけしているから笑ってしまう。

スタッフのマレー女は小さな声でぼそぼそと「ファッキューなんていったらだめですよ」とか言っていたので、また可笑しくなった。

この毛唐はfuckに相当切れていたようだが、このマレー女を含め、英語を母語としないものにfuckもくそもない。ぜんぜん平気である。悪いとしたら、英語を広めた者が悪いのである。

グローバリズムは、金融市場を制覇した白人に、世界は白人のものという確信を与えた。

ツーリズムはその文化輸出、言語輸出、さらには遺伝子輸出の機能によって、世界は白人のために用意された舞台であるという意識を、外からも内からも補強していく。

このような観念の際限のない蔓延に、ほんの少しであれ歯止めをかける役割を果たしたのがテロであることは、否定できない事実であろう。

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2007年1月 2日 (火)

新年早々の反日記事=マレーシア紙New Straits Times【アジア英字紙の反日4】

Imgp2949今日1月2日のNew Straits Timesに載った評論。

署名はProject SyndicateのOrville Schell。ドイツ系だろうか。中国専門家でカリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム学部の学部長だと書いてある。

3秒見渡せば内容がわかってしまうような記事なので、要点だけ紹介。しかし、これがアジア英字紙のマシな部分の水準だと思う(シンガポールのThe Straits Timesはもっとキチガイじみた反日のはず)。

日中関係が過去20年悪いのはJapan's reluctance to face its past(過去に向き合うのを嫌がる)のせいだと決め付けるだけ。これはもう英字紙=毛唐の確立した通説である。

まず最初に、読売新聞のナベツネの文章を持ってくる。Who was responsibleとかいう本の序論に書いた文章。その内容の解説が大半。

そのあとおもむろに、But does Yomiuri study go far enough?読売の研究はこれで十分か? と問いかける。たとえば、とわざわざ「南京大虐殺」を名指しして、読売の研究がそれについてちょっとしか触れていないことを批判する。批判というより非難である。(この人は本当に学者なのだろうか)。

さらに極めつけははこうである。原文でお楽しみください。

And, true, no Japanese prime minister has yet fallen to his knees in Nanjing the way chancellor Willy Brandt did on the site of the Warsaw Ghetto, where he apologised for the crimes of Germany by saying :"No people can escape from their history."

(この「学部長」、素性は知らないが、「ドイツ系」じゃなくて「ドイツ人」じゃないのか。)

これは韓国の政治家の発言でもなければ中国人の発言でもないのである。アメリカの白人の発言であることに注意すべきである。

日本の首相が一度も「南京」で、ドイツのブラントがワルシャワでホロコースト犠牲者に対してしたように跪き謝罪していないことが気に入らないという主張である。(学問ってけっこう簡単だね。俺でも出来るかも)。

「南京」はドイツ人がやったホロコーストと等価であるという主張である。

ドイツ人の巨大な人種主義犯罪を、「日本の戦争犯罪」によって相対化したいという情念のみの文章である。

さすがに欧米一流紙に載った文章の転載ではないが(彼らはもう少し洗練されたやり方をするだろう。荒唐無稽な主張をするときには白人ではなくオオニシという日本人を使い、言葉の断片をばら撒き彼らの望む対日イメージを補強するとともに、日本の「良心勢力」はすでに「自白」し白人イデオロギーへの恭順を誓っているにもかかわらず日本にはなお頑固で危険な歴史修正主義勢力が存在している、という単純な図式を浮かび上がらせようとするというのも一流紙NYT-IHT編集者ならではの作戦なのであろう)、こういう毛唐の人種主義的反日情念をありがたく拝受し、垂れ流し、再生産しているのがアジア英字紙であり、アジア言論界、アジア知識人の水準なのである

【反日総括】 小さな「反日」を見逃すな! (反日「破れ窓」理論)

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ここで、靖国問題について少し述べたい。

私は率直に言うと靖国神社にはあまり関心がなかった。それはたんに靖国神社は歴史が浅いと思ったからである。

最近になってようやく、私の靖国神社に対する見方は大きく変わった。

われわれはぜひ自ら靖国神社に参拝しなければならないと思うようになった。自分で参拝しない人が中韓の靖国介入を批判しても、論理的な批判としては成り立つが、現実にあまり説得力はないと思う。

私がそう思うようになったのは、つい先日、中西輝政という先生の「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」(PHP新書)という本をKLCC紀伊国屋で買って読んでからである。(この先生の他の本は小難しいだけで面白みがないダサい感じの本が多いが、この本は例外的に名著のようである)。

戦争で亡くなった人、戦闘に赴いて死んだ人と、生き残った人々およびその子孫であるわれわれとのあいだには、原理的な隔たり、倫理的資格の隔たりがあることを、われわれは肝に銘じなければならない。

はっきりいえば戦争に行き、生きて帰ったという人は、多かれ少なかれ卑怯または臆病な人々である。(註)

あの戦争で死ぬ機会、危険な任務に志願する機会はいくらでもあった。

また、小作人の倅のような人は真っ先に危険なところに送られてみな死んだ。

金持ちの息子、名士や田舎の旧家の息子などは安全なところばかり渡り歩き生き残ることが多かった。私はそういう例を身近に知っている。

そろそろこういう事実をはっきりさせるべき時期である。

自分が生きて帰ってしまったことについて長く罪悪感を抱き続け、それをばねに戦後の復興にまい進した人も多かった。

しかし、何の罪悪感も後ろめたさも感じずむしろ被害者として軍部や旧体制を批判し得意になる者も少なくなかったのである。軍部や戦前の制度を批判する事は何よりも簡単だった時代にである。

要領よく立ち回り、あるいは息を潜めて危険な任務をさけ、ずるく生きて帰った人に限って、物知り顔に戦争を大げさに語り、戦争の代表者のような顔をして、「日本軍の残虐行為」や「軍隊の非情さ」や「大東亜戦争の無意味さ」などについて喚きたて、あるいは賢ぶってシニカルに語るのである。

「自分ははじめから戦争に負けることはわかっていた」「こんな無謀な戦争を始めた軍部が悪い」「自分ははじめから戦争に反対だったがそんなことを言える状況ではなかった」など。

そういう人たちがGHQの下書きした歴史を補強し、戦後長く反日自虐の歴史観の担い手になってきたのである。ナベツネもその一人であろう。

われわれは靖国神社に参拝しなければならない。亡くなった人々と生き残った者およびその子孫とのあいだには原理的な隔たりがある。

この原理的な隔たりを常に自覚し、戦争で死んだ人たちは生き残った人々の代わりに死んだのだということを片時も忘れてはいけない。

そして、われわれのために死んだ人々、すなわち生き残ってわれわれが享受している繁栄を築き上げた人々の代わりに死んだ人々に対して、われわれは当然ながら何よりも感謝の念を捧げなければならない。

靖国問題はたんなる外交問題ではない。たんなる法的論理の問題ではない。国民の多くが靖国神社を参拝し、英霊に(小泉のような役者のセリフとしてではなく)本当に感謝の誠を捧げているのと、これまでのように多くが無関心であるのとでは、首相の参拝の対外的説得力も当然大きく変わってくるだろう。

なお、親愛なる読者のためにあえて注意しておくなら、こういう大切なことをおろそかにしていると、たとえば、自分や家族が原因のわからない慢性病に悩まされたり、交通事故にあったり、飛行機が落ちたり、子供が凶悪犯罪を起こしたり、夫が女子中学生を買って逮捕されたり、子供が大学を出ても定職につかずに引きこもったり、ということが生じる可能性が高くなるということも事実である。私の見るところ、この種の影響は、英霊を軽んじる者本人だけでなくその家族や子孫にも及ぶようである。

(註) 私の親戚には8月16日に特攻に出る予定になっていて、「死に損なった」人もいる。そういう人は別である。そのかわり、帰還してからの苦悩、荒れようはたいへんだったようである。そういう人は決して大東亜戦争を批判したりしない。

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2006年12月28日 (木)

ナイジェリア人ツーリスト

クリスマス休暇のせいか、タイの「ノービザ滞在規制」のせいか、このところ毛唐が異常増殖している。彼らには自分たちがアジアで嫌われているかもしれないという意識の片鱗もない。却って、タイを筆頭として白人を諸手をあげて歓迎し最高にもてなし甘やかす便所国家・地域がアジア各所に存在するために、白人の幻想はやがて信念にまで高められ、さらには制度化されて存続する。

つまり、「いつもそうだ→そうのはずだ→そうでなければならない→これはわれわれの権利だ」という形で、白人への厚遇と白人の横着とは「制度化」されていくのである。

ヒューマニズムの見地から言えば、人間は誰でも真実を知る機会を与えられなければならない。だから白人には、彼らが鼻つまみ者人種であるということを教えてやる必要があるのだが、その任を買って出ようとするものは滅多にいない。現状においては彼らがそれを知る機会はテロルくらいしかないのかもしれない。

この意味で、常に非難されるテロルは、非難されて良いのだし非難されなかったらそれはおかしいことであり非難されるべきなのだが、にもかかわらずそのことによってなおさら、一定の客観的な歴史的役割を担っているという事実も否定できないだろうと思う。だから私はテロルを心から全面否定することはできないのである。

さて、毛唐が急増殖しているKLであるが、毛唐が多いといっても、タイのように白人だらけ毛唐一辺倒になるわけではない。マレーシアは、いろんな人種や宗教の人々が「わりと行きやすい」国であることは確かなようである。

今日インドレストラン「ハミーズ」にいたナイジェリア人家族は、これまで見たことのないような雰囲気を漂わせた人々だった。思わずうっとりと見入ってしまう。

アフリカ人なのかインド人なのかと迷ったが、あとで店員に聞くとナイジェリアから来ているツーリストだ教えられた。

子供以外は民族衣装を着ている。トゥドゥンとは違うスカーフをつけてレースのような布を全身にまとっている。色は浅黒く、顔立ちは黒人のようでもありインド人のようでもある。子供の頭はアフリカ式に結っている。

非常にエキゾチック。その家族の周りには神秘的な雰囲気が立ち込めていた。

ここに住んでいるアフリカ人(ナイジェリア人も多いようである)たちとは全然違う。

サロンのようなスカートをはいて脚をゆったりと開き椅子に座っている姿がしっくりと絵になっていた。

女だけ3人いてその子供たちと一緒だったが、男はいなかった。一人の男の妻たちなのだろうか。みな穏やかな表情で、斜め前のテーブルに座った私を物珍しそうに見ているがそのまなざしもやわらかい。

外国でイタメつけられた経験がまだないように見える。こんな人たちがタイなどに迷い込んだらどんなひどい目にあうだろうかと考えると、戦慄せざるをえない。

もちろん写真は撮らない(撮りたかったがそれをやったら毛唐と同じになってしまう)。

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台湾地震にともなう通信障害

一昨日は何の問題もなかったが、昨日はこの近所(KL中華街、パサルスニ周辺)に数件あるインターネット屋の多くが店を閉めていた。

国内のサイト(たとえばグーグルマレーシア)には普通にアクセスできるが、日本などのサイトへのアクセスは出来ないか、非常に遅かった。

いつも使っている店も昨日午前中は使えていたが、昼ごろ突然日本のサイトにまったくつながらなくなり「サーバーダウン」だといって閉店。

大きいゲームネット屋が遅いながらも営業していたのでそちらに移る。(そこは地元の子供よりもこの時期、タイ流れの傍若無人な毛唐が大量に来て大暴れし非常に不快。しかしバックパッカー用ゲストハウスの一階にある店はもっとひどい)。

閉めているネット屋のなかには、遅すぎて苦情が出るから閉めるというところもあるのかもしれない。

台湾地震で海底ケーブルがダメージを受けたことが原因。新聞によれば復旧には数週間かかりそうだという。日本と東南アジアを直接繋ぐラインは、その海底ケーブルだけ。ヨーロッパやアメリカとの接続もダメージを受けており、東南アジアは孤立した状態になったようである。もっとも、完全に切れてしまったわけではなく回線のいくつかが損傷したということだと思う。

TMNet said the earthquake damaged the APCN2(Asia Pacific Cable Network2) submarine cable between Shantou, China, and Tanshui, Taiwan and between Lantau, Hong Kong, and Chongming, China....(NST)

ということ。

シンガポールも例外ではないはず。結局東南アジアのインフラは全体として脆弱なものなので、投機会社をシンガポールに移転するというのはその点でもリスクがあるような気がする。

ネット空間などといっても、電話回線というきわめて唯物的な脆い物質的条件の上に成り立っているものにすぎないことをあらためて思い知らされる。

電信送金も阻害されたようである。

KDDIは、日本はalternative linesがあるから大丈夫と述べたと言うことである。

インドも多少影響を受けた。

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2006年12月27日 (水)

今日かち合った最悪の毛唐

昨日は日本人ツーリストに対する不満をぐだぐだと書いてしまったが、やはり私に甘いところがあったと反省している。

日本人ツーリストに耐え難い者がいることは確かだが、避けようとすれば避けることができる者ばかりである。かかわりあいになったのは自分の選択であり、自己責任といえる。

しかし、世界中のツーリストエリアにおいて - つまりその土地の住民にならなくても容易に滞在し生活できるような圏域においては - どこに行っても決して避けることができないのが白人であり、白人とのトラブルである。

今日は最悪な毛唐に出くわした。油断もあったといえる。白人が並んでいるところに並んだからだ。これは私のルールから逸脱していた。

しかし、そこは飲食店ではなく、銀行の両替窓口だったので思わず油断してしまったのだ。とはいえマレーシア、メイバンクの両替窓口は、タイの銀行のように後ろに並んでいる毛唐にわざわざ声をかけて先にするようなことはしない。私が毛唐の後ろに並んだのである。

60前後の汚く日焼けした毛唐夫婦がメイバンクの店外両替窓口にへばりついていた。そのすぐ後ろに私が並ぶ。

彼らの両替はすぐに終わったはずだった。ところがこの毛唐夫婦は窓口を離れようとしない。私もしばらくは様子を見ていた。最初は年寄りはこういう仕事は遅いのでやむをえないと思った。

しかし、この毛唐夫婦はいつまでたっても両替窓口を塞いだまま離れようとしない。金を計算したり、財布に仕舞い込んだり、バッグの中を整理したり、夫婦であれこれ言いながらその場所を占拠しているのである。

しかし、何しろ現金を取り扱う場面だからという思いやりで、強いことは言わないことにして辛抱していた。

2,3分待つと、毛唐夫婦が少し両替窓口から左右に離れたようにみえた。離れるというよりも、水にふやけるように膨張したといったほうがいい。毛唐夫婦の間に空間ができて、その間に両替窓口があって後ろから手が届く距離だった。

こいつらの「仕事」が終わっているのは明らかだった。受付の女も次の客を待っている。私は腕を滑らせるように、毛唐夫婦の間に入れて、一万円札を窓口のスリットに差し入れようとした。受付もこっちを見ており、万券をスリットに差し入れればそれで作業は終わりである。

これが戦争の始まりだった。私の、か弱く細く白魚のような腕一本が、彼らの「空間支配意識」「白人空間意識」を激しく害したらしい。私が「彼らの空間」に有色人種の腕を入れたということが、彼らにとってはテロに等しい侵犯だったようである。白人のプライベートビーチに地元の漁民が入り込むよりもさらに悪質な侵害行為だと思ったようである。

私の腕に気づくと、汚く日焼けして細い陰険な青い目をしたこの女はキッと私のほうに向き直り、有無も言わせず肘で向かってきた。小さな中年白人女だが肘で私を突き飛ばすのである。その行為はまさに「攻撃」だった。I' m not finishedなどといいながら、「法と権力」を背景にした実力行使であるという確信がなければできない攻撃を私に加えてきた。

確かに相談事は終わってないかもしれないが、両替窓口の前でしなければならない仕事は終わっているだろう。

その60前後と見える汚い毛唐婆の行為態様が、非常に、きわめて植民地主義的な横柄なもので、「白人の両替作業に乗じて金をくすねに来た土人を棒で押しやって追い払う」というものだったので私も逆上する。

しかし私はさすがに婆に殴りかかるわけには行かない。そしてこういうときには必ず白人はひとつになる。理屈があろうとなかろうと彼らは「野蛮人」に対しては統一戦線を組むのである。旦那のほうも声を荒げて私に向かってきた。「侵害者の排除」である。

私はその場で、知っている限り思いつく限りの悪い言葉をならべたてた。Fuck you !crazy rednecks Go home it's not your colony here Go home to europe! Fuck you Off!......ぜんぜん効かない。

彼らにとっては、土人(=有色人種)は危ないだけなのであり、排除できるかどうかが問題なのであって、そのしゃべることなど最初からどうでもいいのだ。有色人種の主張に聞くべき内容などあるはずもない。

その後も私は大声でFuckやGoをこの毛唐夫婦に向かって連発しながら毛唐夫婦が消えるのを待って、両替を無事に済ませた。

すぐ横には警備員がいたが、何もいわずに見ていた。何の問題もない。両替受付嬢も表情ひとつ変えず「コミッションがいくらになります」といって普通に両替を済ませて終わり。

その後も私の腹は煮え繰り返ったまま、収まらない。

すれ違う毛唐にいちいちFuck you Go home Go to the hellなどをできる限り大きな声で連発する。私は年とともに、キレやすく攻撃的な性格になってきた。タイが何よりの起点だった。

信号待ちをしているときに、さっきのクソ毛唐に似た年配の、やはり汚く日焼けした毛唐夫婦を見つける。

毛唐夫婦の女のほうの耳元に口を寄せて、なるべく正しく明瞭な英語らしい発音でGo home and go to the Hell!と宣告してやる。

「耳元でささやく」、これはヨーロッパを旅する日本人ツーリストが白人たちからよくやられる人種差別的嫌がらせだと聞く。しかし彼ら白人がアジア系外国人の耳元でささやく言葉というのはこんな生易しいものでなく、はるかに悪意漲る洗練された(?)言葉なのだろう。

そしてその夫婦の前に並んで信号を待つ。毛唐の女のほうが私が宣告したことを男のほうに言っているらしい。

赤信号は必ずしも渡ってはいけないというわけではない。お巡りがいても普通に渡るものである。

私が赤信号を渡り始め、中央分離帯に達するころに、後ろから男の大変な怒声が聞こえてきた。振り向かなかったが、後ろから追いかけてくるのがわかる。

男が怒鳴っている言葉がはっきりと聞こえた。"It's Terrorism"云々と世間に大声で「正義」を訴え私を後ろから非難しながら、すごい剣幕で追いかけようとしている。

私はいつもどおりに車をかき分けて赤信号を渡り終え、それ以上ケダモノ毛唐に危害を加えられることなく何とか無事に帰還した。

どうぞどうぞもっと追いかけてきてください。私と同じように車の流れを見ながら高速で走る車の群れを効率的にかいくぐることができるなら。という気持ちで待っていたが、結局この毛唐は追いつけなかったようである。

もっとがんばって追いかけて来てくれてご勝手に車にぶつかってくれてもよかったのに、と少し残念であった。殴ってきてくれてもよかった。そして公道で盛大にぶっ倒れてやってもよかった。

マレーシアにはタイにたくさんいるようなぶっ壊れクズ白人はそれほど多くはいないようだが、逆に毎年「国境なき記者団」が発表する「プレスの自由度」インデックスの最上位に名を連ねるのような国々からダイレクトに来る、天然純粋レイシスト白人は少なくないようである。

彼らはもちろん、「アジア」はすべて白人の植民地かすくなくとも保護下にあるという確信を保持している。

アジアは「文明」が遅れており白人が開化してやらなければならないが、アジア人はみな危険な野蛮人だから、彼らの「支配する空間」を侵害するアジア人は実力で排除する法的な権利を持つ、という確定した不変の観念は、「プレスの自由」の信念とともに、彼らが大切に守り育てている思想なのである。

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ジャカルタ行き航空券の購入 またジャカルタへ

ジャワというところは私はどうしても肌が合わない。好きになれない土地柄である。

清潔で静謐で、やや無機的でやや乾燥していて、ゆったりとしていて一人になれる空間、そんな場所が私は好きである。

ツーリストと性悪シェルパさえいなければ、ソルクーンブはやや寒いが気持ちのよい空間ではあった。ヒレやバサンタプルも場違いな毛唐さえ来なければいいところである。中国人と毛唐さえいなければチベットも良い。

いまKLはよくない。去年を知らないので年度比較はできないが、猛烈に毛唐が増えている。各種の毛唐、オーストラリア人が多いようだが、アメリカ人、北西ヨーロッパのレイシスト、ロシア人、そしてシリア人(東方正教のキリスト教徒も多いようだ)。

タイが外国人の「ノービザ滞在」を3ヶ月内くらいに規制したことの影響もありそうである。

タイのこの新制度では「6カ月の内に3ヶ月」は外国にいなければならないらしい。あいまいな規制であり、いつまで続けられるのかは知らない。早く元通りに開放してやってクズ毛唐を全面的に受け入れ、白人用便所国家タイランドの使命を果たしてもらったほうが周囲の国に滞在しているものにとってはありがたい。

毛唐も多くなりKLもうんざりしてきたが、かといってマレーシアの田舎を旅する気分にもならない。マレーシアの田舎は特に面白いところがないところが良いのだが、特に面白いところがないところにわざわざ出て行くためには強い好奇心のエネルギーが必要である。そういう田舎で毛唐にかち合うようなことがあると、都会でかち合うよりも数倍不快なことになる。それが「健全な」毛唐ツーリストだったとしても、ギラギラとした目で貧しく文明の遅れたアジアの隈隈を覗き込み嘗め回しつつ、入り込めそうなところにはどこにもドタドタ入り込み踏み歩き、アジア人ツーリストを自分の縄張りに入ってきたオスを見るような獰猛な目で睨み付ける。その意味で、女を買わなくても白人ツーリズムはセックスツーリズムなのだ。そういう毛唐に出会うことになる。

そういうわけで、どこか外国に出ることにした。そして、どういうわけかまたインドネシアに行くことになってしまった。本当にインドネシアというところはどうも私の肌に合わないので不思議なことである。

今日27日午後、マスジッドジャメでスターラインに乗りバンダラヤへ。Wisma P.K.N.SにあるM.S.Starトラベルでジャカルタ往復航空券を買う。

マレーシア航空のジャカルタ往復航空券(フィックス)が今回は830RM。これが片道航空券だと850RMになる。片道のほうが往復より高いので、ジャカルタから他に飛ぶ場合でも往復航空券を買ったほうが得ということになる。もとよりこの価格は常に変動する。前回は往復が片道よりもやや高かった。

3ヶ月オープンの往復航空券を買おうとすると1200MR以上になる。

前回相手をしてくれたモデルのようなパンジャブ姉ちゃんは今日は休みらしくいなかった。中国人似のマレー女(トゥドゥンにマレー服)がテキパキとやってくれた。

帰りは2月3日。

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2006年12月26日 (火)

この時期増える日本人中年個人旅行者/礼儀知らずな60歳前後の日本人

私の周りではいま、日本人の年寄りツーリストが急増している感がある。しかも個人旅行らしいのが多い。

場末の比較的わかりにくいところにあるこのネット屋には、普通の時期は日本人などめったに来ないのだが、昨日今日と立て続けに2人日本人年寄りツーリストが来た。(若い日本人ツーリストは毛唐が多い中華街のネット屋でぐだぐだやっていることが多い。毛唐ほど大声を出したり暴れたりはしないが、タイの延長で実に汚い)。

昨日この店に来た日本人はおばあさんだった。

一人でふらっと店に入ってきたが、教育のあるばあさんらしく丁寧な英語でレジに話しかけた。

しかしレジのマレー女は完全に無視。その日本人ばあさんは暫くどうしていいものかというふうにそこに立っていた。

このマレー女は毛唐のクソ婆などが入ってくるとどんなに忙しそうにしていても手を止めて「イエス、サー」で応対し、やんちゃを言ってごねる毛唐にも下にも置かぬ扱いをするのだが、日本人ばあさんに対する態度はあまりにも対照的であった。

しかし私は、経験上、ポット出の日本人ツーリストとかかわると嫌な思いをすることが多いことを知っているので、このときも日本人でないような顔をしてただ観察していた。

この店は前払い式で、スタッフが開けないうちはパソコンはロックされたままになっているので、勝手に機械を選んで使い始めるということは出来ない。

ばあさんは暫くつっ立ったまま時々スタッフのマレー女に話しかけその反応を見ていたが、マレー女はあくまで完全に無視。

あとで聞いた弁明によれば「自分の仕事が忙しかったから」だそうである。

東南アジア人は、何かを始めるとそれ一つのことしか出来ない。同時に2つのことを配慮するということができない。複数の問題を処理しなければならないとなると錯乱してパニックを起こすらしい。だから毛唐に応対するときにはそれまでやっていたことは完全に放り出して子供のようにアテンドするのである。彼ら土人には「わかりやすい優先順位」が必要なのである。

やがて、ばあさんは頼りなさそうに「またあとで来ます」と(英語で)言って出て行き、2度と来なかったようだった。マレー女のほうはそれも含めて一貫して無視。

私はその沙汰を見ていて多少義侠心を刺激された。

私はあとでこの感じの悪いマレー女に抗議した。

どうして「日本人に」ああいう態度を取るんだ、貴様は薄汚いレイシストだ!と執念深く食ってかかった。何でこういうくだらないことにかかわるのかよくわからないのだが。

マレー女はすぐに開き直ってUP TO YOU!I NEVER MIND!などといいやがった。「思いたければ勝手にそう思っておけ、そんなことを言われても私は気にしない」ということだろう。捨て台詞に「マレー人はレイシストだ」と言ったが全然効き目がなかった。

マレーシアにおいて、マレー人が「レイシスト」であることは、マレー人たちにとっては当たり前の前提であり、それを言われても痛くも痒くもないことだったのだ。そんなことは彼らにとって当然の前提で、その前提の上で他の民族と何とかごまかしながらうまくやる、というのがマレーシアの複数主義である。

だから、「そういうことをするお前はレイシストだ」というせりふは、よほど上等な公共の場所で大きな声で言わない限り何の効き目もない。

しかしまた、そのせりふが効き目がある場合にはこちらの身上しだいでは警察沙汰になる可能性もあるだろう。センシティブな発言をするのはマレーシアではご法度である。警察沙汰になってしまったら、マレー人に勝てるのは白人かサウジ人などしかいないに違いない。

これが昨日の話である。

次は今日の話。

先ほど、また別の中年日本人男が一人でふらっと入ってきた。60代前後という感じで、ぽっと出のツーリストらしい。

マレー女は今回は一応この爺さんを日本語の出来るパソコンに案内したが、案の定、中国語のページを開けてこれがジャパニーズだジャパニーズだといっている。

このマレー女は本当に頭が悪い。英語を速くしゃべって得意になっているようなのだが、救いがたく頭が悪い。マレー女のこういう頭の悪さには、なかば悪意が籠っているように感じられる。

私だって、タミル文字とデヴァナガリの区別はつくし、タイ文字とクメール文字の区別もつくのである。

昨日のことがあったので、私は見るに見かねて助け舟を出してやった。

そしてやっぱり後悔した

この日本人中年男の無礼さ。

検索さえ出来ない、グーグルさえ開けないくせに外国のネット屋に入ってきて、スタッフでもない人間に助けてもらえるのが当然だと思っている。

教えてやっても「ありがとう」の一言も言えないのである。

この60代と見える男は最後の最後まで「ありがとう」の一言を言わずに出て行った。子供のときに親から「ありがとうは?」と教わらなかったようである。

こういう中年オヤジにはタイでも出くわしたことがある。

隣の台でYahooJapanが開けない困っている。教えてくださいと言うのではなく、ただひたすらに困った様子を見せているのである。仕方ないので教えてやろうとしても、ありがたそうな顔ひとつせず、しかも何を言っても理解できない。結局一つ一つ全部代わりにやってやらなければならなくなる。しかし、赤の他人に全部やってもらっておきながら、彼らがそのことに感謝するということは絶対にない。そんなそぶりも見せない。むしろこっちが迷惑でもかけているかのような態度である。

50代60代の日本人オヤジたちは、人から助けられても当然の権利ぐらいに思っていて、「ありがとう」の一言が絶対に言えないのである。

60歳前後の日本人爺たちほど礼儀知らずな人種はこの世界にいない。人間としての最低限の挨拶さえ出来ない。毛唐以下の連中である。こいつらを海外に出すな、と言いたい。

これが戦後教育、日教組教育の成果なのである

そしていま、教育基本法改正や憲法改正に向きになって反対しているのもこの連中である。彼らの主張する「自由」や「人権」の現実の内容がどのようなものであるか、想像がつくだろう。

彼らこそ朝日新聞のコアな読者層である

60歳前後のオヤジは日本の癌である。

こいつらを早くお払い箱にし養老院に隔離するか、いびり殺してしまわない限り、日本はなかなかよくならないだろう

その上このオヤジは、加齢臭がたまらなく強かった。ネット屋中が臭くなった。いなくなったあとも嫌な臭いが抜けない。ここは黒人が多い場所だが、彼らは言われているほど臭くない。毛唐も香水が臭いことは多いが、加齢臭を発散させているのには私はあまり出会ったことはない。それぞれに体臭には気をつけているのだろう。自分の臭いに無頓着なのは50過ぎの日本人オヤジだけのようである。

海外生活は難しい。

毛唐に近づけば必ず不愉快な思いをするが、日本人と関わりあいになるのはさらに危険なことがある。

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2006年12月25日 (月)

マクドナルドでコーヒーを買おうとしたら白人が割り込んできた

KLパサルスニのマクドナルドでコーヒーを買おうとして並んでいたら、若い白人がまるで中国人のように私の二人前に割り込んできた。

まるで中国人というのは中国人に失礼だろうか。中国人はいまお勉強中だそうだが、永久にお勉強の機会を得ないのが白人である。

温厚な私もたまらずその半そで半ズボンの汚い白人坊主の肩を財布でつついて、ドントジャンプザキューとか注意したのだが、「なんでだよう」と開き直って向かってきやがった。

すぐにまわりの地元の人が譲って別の列に案内して収めたが、そういう収め方も私は気に入らない。

あきれたので、イッツベターユーゴーバックトゥータイランド!(はあ?)タイランドイズベターフォーユー!タイランドビカムズユーと大きい声で言ったら、何を勘違いしたのか、こっちによってきて、「おーおー、おめえもタイ行ったことある?折れももう2回タイ行ったよ」とか嬉しそうに話しかけられてしまった。

私の言いたかったことはまったく通じずに終わり。その男はそのあとタイについて何か話したそうにしていたが無視。

白人にとってはタイは恥ずかしい渡航先ではないようである。

私はマクドナルドでもセブンイレブンでも白人が並んでいる店には入らない。東南アジアのそういう場面では不愉快な目にあう確率が高いからである。

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日本って「emerging Asian power」なのか

このところ連日反日記事をたれ流しているNew Straits Timesだが、ドジンの本能的日和見感覚からか、たまにぽっと前触れもなく親日的な要素のある評論を載せたりする。今日のインドからの評論もそんな中和剤である。

連日の反日評論とたまに載せるやや日本に好意的な要素を含む評論との間の脈絡などはどうでもいい。

彼らに新聞社としての定見などないし、必要もない。

彼らの綱領は、よく勉強した英語で旧英植民地のレガシーを十分発揮した旧英植民地人たるにふさわしい教育のありそうな評論を書き、イスラム国マレーシアとしての最低限の独立を前提として、白人をおだてる記事を載せていくことだけである。

反日記事は、白人も喜び中国人も喜び、その上日本人は怒らないどころか彼らの仲間内にいる日本人には歓迎する者も多い、便利な穴埋めである。アジアの国際情勢について何か評論らしいことを書きたいときには反日記事を書いておけば間違いないのである。

このように反日記事を垂れ流していく一方で、辛抱強い日本人読者が万一にもキレれてしまわないように、たまにほんのちょっと親日風の記事を載せてバランスもとらなければならない。

一応マレーシアを代表する英字紙である。読者の中には少ないとはいえ普通の日本人もいる。こうやって日本にまでご注進する読者もいる。

しかし、「外国に嫌われること」を何よりも怖れ、アジア人にへつらうことに熱心でそれを倫理とさえ考え、貧乏人や野蛮人のご機嫌を取る態度を好み、さらにはそんな自分の卑屈な態度を恥じもせず、それどころかを「そんな私はリベラルでよい人」と感じて満足する傾向のある日本人たち、そんな態度を取っているうちに自分自身本当に野蛮人好きになってしまいかねない「自我の弱い」日本人たち、を喜ばせるには、このくらいの薬で十分である。

そういうわけで、NSTは今日、連日の反日キャンペーンに対する中和剤としてインド系記者がインドから送る評論を載せた。

「日本とインドとの関係は、冷戦時代はちょっと悪かったが、小泉首相のころからよくなり、安倍首相の時代になってますます希望が持てるようになって来た。

日印関係には難しい問題はなく、一方、日本は経済的に大いにコミットしている中国との関係はあまりよくない。

インドはこの好機を逃さないようにしなければならない。なぜなら次のリーダーはまた「西を向く」かもしれないから。」

というような内容である。

言われつくしていることを並べただけなので特にコメントすることはないのだが、私は2つほど気がついたことがあった。

ひとつは、"The two emerging Asian powers, who have no contentious issues between them,...."という表現。two powersというのはもちろんここではインドと日本のこと。ところがtwo emerging powersだから日本もemerging powerだということになる。

インドがemergingなのはわかるが、日本もemerging(新出現、新興の)なのか?

これを読んで少し変な気がしたが、案外これが客観的な世界の評価なのかもしれない。

少なくともpowers(強国、列強)の一つとしては、日本は「新興国」に過ぎない。日本では日本は大国だというのが普通に通っているが、外から客観的に見ると"the second largest economy"であってpowerではないということだろう。

われわれはどうしても戦後の風潮の中で息をしてきた。

自称右派の人であっても、保守の人でも、文化・教養・伝統・知性を尊重し財力の意味をも知るとしても、政治、軍事、ゲバルトの意義を軽視する傾向を免れることができないのではないかと思う。とくに軍事、ゲバルトの意義についてはみな言及したがらず、あえて言及する者はエキセントリックな議論に走りがちではないだろうか。

私もその幣を免れないのでエキセントリックな提言をあえてすれば、われわれは国策を論じると同時に、個人レベルでまず、軍事、ゲバルトの重要性を見直し真摯に自己を省みなければならないと思う。自分自身の体を鍛え、できれば護身術や武術を身につけておくことが望ましい。勘と運を磨くことも同じく重要である。

イスラエル人のバックパッカーは世界の鼻つまみだが、若者が兵役明けに一年休暇をとって世界を放浪するというのは、国家のためには悪くない習慣である。(ネパールのシャツ屋で200ルピーの言い値に対して(100ルピーに負けさせるのなら理があるが)、イスラエル人は平然と10ルピーとか1ルピーとか言い放つのである)。

もう一つは、日本はいつも西(West)ばかり向いてきた(いる)、という不満の表明である。

これは案外興味深く、アジアに共通した日本に対する根深い不満であり、日本に対する彼らのいわゆる「疑念」のようである。

中国でさえこの感情を共有しているように見える。安倍首相が就任初外遊をアメリカでなく中国にしたことを「アジア重視」として歓迎したことも、「アジアの盟主たる中国」という中華思想からだけではないのではないか?

われわれは案外この点に気づいていないのではないか。

彼らのこの「不満」に理があるかどうかはどうでもいいし、結論から言えば「理」などあるはずもない。

しかし、彼らの「反日の背景」の一つにこの不可思議な情念があるというところは見落としてはいけないのではないかと思う。

私などから見ると、(東南)アジアの連中のほうがよっぽど白人の茶坊主で、野蛮人生活をするか西を向くかしかしていないように見えるのだが、彼らの情念の中には、「日本はアジアの癖に西ばっかり向いている」というのがあるようだ。「お兄ちゃんの癖に遊んでくれない」というダダにも近いが、アジアにかなり広範に共有されているところの「反日の背景」のように見受けられる。

確かに西ばっかり向くのはよくないことである。

最終的にわれわれは毛唐とうまくいくわけがない。彼らは千数百年戦争と殺戮に明け暮れて、そのような歴史の中で遺伝的にも半ば人工的に自己を形成してきた特殊な体質を持つ人間集団である。

そのような遺伝的人間集団とほかの遺伝的人間集団とが平和的に共存できる道理がないのである。外交は彼らとは決定的に相容れないということを自覚した上でのトレードでなければならない。

元駐タイ大使に代表されるような「親米保守」なんてのは百害あって一利なしだと思う。

アジアは一つ」ではないが「白人は一つ」である。戦闘に適するように牧畜技術によって交配されて形成された血縁集団である。

日本民族が一つ」であると同程度に白人は一つである。遺伝的にも言語的にも文化的にも、白人種は、日本民族がその内部に有する程度の多様性しかもたない。

そして彼らは、その破壊的な人種的特徴が弱められた世代になるまでは、人類の多様で豊かな生存にとって、隔離を要する人種なのである。

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2006年12月24日 (日)

天皇誕生日の記事(Star)

マレーシア紙New Straits Times(およびNew Sunday Times、いずれもNST)は、天皇誕生日の記事などベタ記事ひとつない。

NSTはイギリス王室ネタだとくだらないゴシップまで延々とページを割く(マレーシアは半分くらいイギリスの植民地のままにしてもらっていたほうが良いような気がする。タイは全部アメリカの直轄にしてもらう方がいい。パッタニだけ自治権を認めるというのがいいだろう)。

しかし、今日たまたま買ったもうひとつの英字紙"Star"は、天皇陛下の記者会見の内容をロイターのテキストとAFPの写真でわりと大きく報じていた。主として戦争犠牲者の追悼について(ようするに靖国関係)。

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下はエリザベス女王(どうでもいい記事だが)。

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なお、このStarを見てはじめて、平沢勝栄代議士がKuantanに来ていたことを知った。

New Straits Times(New Sunday Times)という新聞は意識的に日本に関する情報を削り、悪いイメージだけを伝えることに苦心しているように見える。今日もまた、「日曜日の反日シリーズ」で、「The Japaneseの残虐行為」をインド系老人が証言するという特集を載せた。

彼らに言わせっぱなしというのは面白くない。

日本人としても、もはや八紘一宇とか「アジアは一つ」なんて義理はどこにもない。

実際「アジアは一つ」はますます危険思想だと思う。アジアは決して一つではないし、世界には互いに到底相容れない複数の文明が並存している。

むしろ、どちらかといえば「白人はひとつ」なのだ(その性格は、奴隷所有者、植民者、世界支配をミッションとする者、という点で共通である)。そしてその他は非常に多様なのである。

究極の敵として「白人」を持つ、という点においてのみ、非白人世界は共通の、しかしクリティカルな条件をもつ

だから今からでも遅くない。日本は、日本兵の軍服を着て実際に手を下して「残虐行為」をした者がいるのならその者を正確に特定し、氏名もはっきりさせて、彼らの大部分が朝鮮人であったことを実証したほうがいいのではないか?

靖国神社から追い出すべきなのはA級戦犯ではなくてその連中のほうだろう。

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StarのほうがNSTより反日的ではなく日本に関する記事が多い。さらに、Starの英語のほうがplainである。

しかし残念なことに私はNSTの方が読みやすい。難しい抽象的な単語が並べられているが、それはたんなる文飾であって思想内容は底が知れているので単語の意味をいちいち知らなくても大意は把握できる。要するに受験英語だけで英語を覚えた者にはなじみやすい文章が多い。

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2006年12月23日 (土)

【アジア英字紙の反日 その3】 日本軍は歯向かう者の首を斬り、ポールの先につけて見せしめに道にさらした(マレーシア紙New Straits Times, Ranita Husseinの評論)   ↑これはお前らの趣味だろうが

Imgp2908Imgp2929_1 今日のマレーシア紙ニューストレーツタイムスRanita Husseinの評論(拡大、可読)。

日本は「白人支配からのアジアの解放」を掲げたはずだが、この記事が「白人」という言葉を注意深く避けている点が象徴的である。"the shackles of the Anglo-American yoke"など。

頭のない(首を切られたという意味ではなく、脳味噌がないという意味)マレー人「インテリ」の書くものなので、ソースが当てにならないだけでなく、思想内容はほぼ皆無、白人先生に見てもらうための「英作文」-よく出来ました-に過ぎない。

首を切って道にさらすぐらいは、東南アジアの土人系人種にとっては、実はさほど刺激的な話でもない。タイ人もそうだが、彼らの地元紙の写真をちょっと見てみれば、彼らがどんなに残虐グロ好きであるかがわかるだろう。中途半端な辛さでは満足できないのである。超辛でないと辛いことにも気づかない。

このネタもおよそ土人の白日夢や噂話が「歴史の事実」に昇格した程度のものであろう。

ともあれ、この記事の趣旨は「歴史」を知らない若者たちに「日本軍の残虐ぶり」の歴史を忘れないように呼びかけるというもの。

なぜ忘れてはいけないのか、どう覚えておくのか、覚えておくとどういうメリットがあるのか、というような掘り下げた考えはほとんどない。

マハティール前首相の「ルックイースト」を批判するなかで、「イーストのネガティブな面も見なければいけない」というのだが、マレーシアが日本並みに白人と戦争できる国になる可能性はゼロなので、日本の過去のネガティブな面を自国の教訓にするということに積極的な意味はない。

「これからも白人に歯向かってはいけないのだ」「豊かになっても白人にはますます従順でなければならない」「だからつねに日本より欧米、日本人より白人を優先しなければならない」という以外の具体的な意味はこの評論からは出てこないだろう。

土人」の直感として、2020年に「先進国」入りを目指すマレーシアは、(白人世界と最前線で渡り合わなければならない日本のような国になれるはずがないので)韓国レベルにならなれるかもしれない、というのがあるのだろう。彼らにとっては韓国も十分「先進国」である。

東南アジアの後進小国であるマレーシアが、「韓国並みの先進国」になるにはどうすればいいか、と彼らは考える。

韓国のやっていることを見習えばいいのではないか?

では、韓国はなぜ成功したのだろう。韓国が最も重視していることは何か?

そうだ!きっと韓国の成功の秘密は「反日」に違いない。という土人の猿頭の結論に達する。

ここまでの論理はタイ人の反日についても同じである。日本人のタイヲタウヨが「韓国人はタイ人に嫌われている」といって喜んでいるのは、この意味でもまったくピントハズレなことである。

そうでなくても国内の民族問題に悩み国民統合に苦心するマレーシアにとって、外部に「敵」をもつことは有益である。ただし本当に怖い敵を持つことは土人には出来ない

いくら叩いても怒らず、脅威にならず、叩けば金までくれる日本は、これ以上ないほど都合の良い外部の「敵」である。

それにしてもなぜわざわざ、晒し首の逸話をこの無内容な短い評論にのなかに掲げなければならないのかだが、、、

ひとつは先にも述べたとおり、彼らにとってはこの「チリ」はわれわれが感じるほど辛くはないからである。

もうひとつは、彼らは「自分たちがいちばん恨んでいるのは日本人であって白人を恨んではいない、自分たちは決して白人の敵にはならない」ということをグローバル化の前提として白人世界に念押ししておく必要からである。

まずもって、来年のVisit Malyasia Yearに備えて、このことを白人世界に宣布しておくことにはマレーシアへの白人ツーリズム振興に実益がある。

さらに、土人特有の嗅覚で、残虐な行為の被害者」であるということは歴史的特権であるということに気づいている。

マレー人記者としては、中国人だけに「日本の被害者」であることの特権を独占されたくないという強い衝動がある

これらが「国民統合」の要請とあいまって、ここ一連の「マレー人の被害」報道の背景に存在するだろう。

この評論の重要なところは、マハティール前首相の「ルックイースト」政策に伴う20年前の(親日的)演説をいまさら手厳しく批判していることであると思う。

言葉遣いが強いわけではないが、今なおカリスマであり多くの信奉者を持つマハティール氏の絶頂期の発言をa curious statementと切り捨てることは、ここではかなりの挑戦であると見ることが出来るだろう。

マハティール氏の20年前の演説とは、

"The success of the Japanese army in the early days of the Pacific War finally broke the spell cast by the Europeans regarding their invincibility(無敵). East Asians were able to see that their European overlords could be defeated. Their yearning for independence gained strength."

というものである。

これに対するこのマレー人記者の批判は、

"It was, to say the least, a curious statement, which glossed(繕う、美化する) over the historical mainstream."

という中学生課題感想文(よく出来ました)的なものであり、この評論は「批評」と呼ぶには程遠いもの。

とにかく、15年後に先進国入りを目指すマレーシアとしては白人がしつらえたグローバリズムの波にぜひとも乗らなければならないのであり、そのためには白人が決めた「歴史のメインストリーム」をぜひとも暗記学習復唱しなければならないのである。

マハティール氏と、その側近から首相になった小役人アブドラ現首相との間の、泥沼のいがみ合いの背景にも、歴史観・アジア観の違いがあるのかもしれない

このマレー人記者の評論は、現首相アブドラに媚び、いまだ勢力を温存するマハティールを「日本とともに」叩きのめす(その日本はそれでも怒らないし金をくれるし投資もしてくれるから安心である)という、御用新聞の使命も十分果たしているといえる。

つまりマレーシアはマハティール体制からアブドラ体制に移行するとともに、意識的な「反日」に大きく舵を切ろうとしているといえるかもしれない

私の勘だが、マレーシアで、知的な連中に限って言えば、(といっても本当の意味で「知的」な人間といえる者は東南アジアにはいないので、「教育のある人間」という意味だが)、マレー系よりは中国系の連中のほうが、いろんな意味でマトモなのが多いように感じる。

これはタイでも同じではないだろうか(もっともタイの中国系はタイ化が激しいようだが)。

マレー人に学問は無理だろう。これはタイ人と同じである。

学問というのは個人でやっているように見えても、実はその人の背景にある文明の力の果たしている役割が大きいと思う。

「土人は自然の中にいるので繊細な感性を持つのではないか」、と日本人は考えがちだがこれはまったくの見当違いである。日本人によくある思い込みである。過酷な自然の中にいて繊細な感性を育てられたのは、日本列島の住民の特殊性と言って良いほどである。

実に、土人ほど鈍感なものはない。このことを見失うと痛い目にあうと思う。

そしてよく覚えておかなければならないことは、アジアの諸民族は、発展の過程で必ず反日になるということ。彼らにとって「反日」はアジア新興国・準先進国の証である。

彼らがたとえムスリムであっても、彼らの社会観、他者観は相対的である。彼らの風土に根ざした人間関係に唯一絶対の神が入り込むことは難しそうである。つまり、より身近な者との間の比較と嫉妬とが彼らの燃料である

理念で高みを目指すのではなく、情念で近くにいる者の足を引っ張ることのほうに、彼らのエネルギーは費やされるのである。

中国韓国が反日だ、だから東南アジアに目を向けてみた、という具合に、「仏教国」幻想でタイに投資し、タイ人の嫉妬反日と怠惰ぶりにうんざりして、今度はマレーシアに投資し、インドネシアに投資し、、、、というのはナイーブな日本人のやりそうな失敗ではないだろうか。

東南アジアの土人というのは、喩えて言えば、反抗期を経ていない子供のようなものである。自我をもって親とぶつかったことのない子供にとって、親はひたすら怖い、絶対的な存在である。この場合彼らの親は白人である。

あるいは、反抗期に自我を確立しきれずに引きこもり、家庭教師の先生だけをよりどころにしているような子供。この家庭教師は親よりも学歴が高く、子供に適当におだてたことを言ってくれる。耳に快い理念や人道に関する話も教えてくれる。この子供はその家庭教師の話を暗誦し、彼の威を借りて親にたてつく。家庭教師の入れ知恵を自分で考えたことのように親に向かって復唱し、兄弟の前でしゃべりたてて得意になる。

タイ人にしろマレー人にしろおそらくインドネシア人にしろ、およそ土人というのは成人ではないし、成人になる意思もない。土人の神は「力」である。

彼らは自分が困ると努力をする前に大いに保護と援助を訴える。おねだり、物乞いは土人の文化である。が、彼らを援助してやろうと手を出す者は大きなリスクを覚悟しなければならない

保護され援助されながらも、彼らは常に、保護者たちのなかで一番強いのは誰かを観察する。一番強いものに取り入って、他の保護者の上に立てないまでも、それを見下す態度を取ろうとする

そのようにして嫉妬と羨望の念を紛らわせることは土人にとってきわめて重要な生活条件なのである。ここは見落としがちな重要なところである。日本人は嫉妬に関してきわめて淡白な国民であることを自覚したほうがいいと思う。

もし日本で、民族間の扱いの違いなどを、「平等原理に反する差別」という理念的な問題とするのではなく、その代わりに「嫉妬」という形で政治問題にするとしたら、左右を問わず、日本ではちょっと恥ずかしい沙汰だろう。

しかし彼ら土人の間ではそうではない。

土人の尊敬を獲得できるのは嫉妬の相対性を超えた圧倒的な力だけなのである。

そのような形で尊敬を獲得することを潔しとしないのなら、間違っても土人に何かを期待することのないように自らの心に命ずるしかないだろう。

だからわれわれは彼らに安易に援助を申し出てはいけない。共同事業も同じである。

むかしどおりに白人の保護を受け入れたほうがいいのではないの?」

白人のほうが偉いでしょ?尊敬してるでしょ?奴隷になるにしてもボスが白人のほうが威張れるでしょ?」

と粘り強く勧奨すべきなのである

「白人に支配されていたことが不幸だったという実感がない、日本の占領は許しがたいがそれまでずっと白人のご主人様の奴隷だったことはそう悪かったと思わない、今ではむしろ誇りにさえ感じる」(マレー人)。

「アジア全体が白人の従属の下に置かれていても自分たちさえ自由でいい生活が出来ていれば何の問題も感じない、一族の体面を保つためには隣国の土地を勝手に白人に割譲してもいいし、娘を女奴隷に売ってもいい」(タイ人)。

土人とはこういう連中なのである。

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2006年12月22日 (金)

タイ人のマレーシア国内への自由入境(2キロ圏内)が来年から禁止に

現在タイ人(タイ国民)は国境から2キロ以内に限り、何の書類もなしで入国できるが、来年1月1日からこの制度が廃止になることになった。車で入国する場合は、その車がマレーシアの規制を満たしていなければならない。内務省次官が昨日、議会のロビーで発表。

この決定は、12月2日に、タイ人車両密輸業者と思われる車がクダーのBukit Kayu Hitamのイミグレーションを突破してマレーシア人係官に大怪我をさせた事件を受けたものと見られる。。。。。。

タイは、タイ人が家内奴隷のように酷使するミャンマー人労働者のメーサイへの日帰り入国にも高い金額を徴収しているので、この決定はまったく妥当なものである。

なお、タイ深南部分離運動の活動家はイミグレを通らないでもマレーシアに入る方法があるだろうから、その問題とは関係がないと思う。

また、タイのクーデタとも関係はないようである。しかし、こういうことはなんの関係もなさそうに見えてどこかでつながっているということもあるのではないだろうか。タイに対して今まで言いにくかったことがクーデタの弱みを持ったゆえに言いやすくなり、断固たる措置をとりやすくなるということもあるだろう。

日本の報道では19日のタイ株価暴落はクーデタとは何の関係もなく、すぐに回復して無問題のように報じているようである。しかし、他の国の人がそのように見ているとは限らない。ロイター通信は次のように伝えているようである。

ABN AMRO cut its investment rating on Thailand to "underweight" and questioned how the economy was being run in the aftermath of the coup - Thailand's 18th in 74years.

タイ人投資家、実業家の中にも、クーデタ政権の経済運営の無能を批判する声があるようである。

Imgp2904
NST12/22

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2006年12月18日 (月)

【アジア英字紙の反日-反日世界の「真理」の作られ方】IHTノリミツ・オオニシの署名記事(「やらせ質問」)を無署名で転載するNST

教育基本法改正に関するタウンミーティングで政府が金を払って「やらせ質問者」を動員した事実があるのかどうか、私は知りませんが、ふだん日本に関する情報をほとんど伝えない外国メディアが、それを事実として強調して伝えるなら、それはたんなる事実以上の「真実」、「真相」、いわば「原理」として定着してしまうというのは見やすい成り行きである。その記事を見た人は、日本はそういう国で、日本の政治は全部、政府が愚衆を買収したり洗脳たりして動かされているんだな、と理解するだろう。

①反日感情または嫌日感情のある人、であればなおさらで、②日本を文明的に見下す材料を探している人(「白人でない日本人に白人顧問なしで民主主義など運営できるはずがない」と思いたい人たち、主に白人)にとってはさらに快く迎え入れられる「原理」である。

マレーシア紙New Straits Timesに今日転載されたインタナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)の記事。
http://www.iht.com/articles/2006/12/15/news/japan.php

転載記事にはノリミツの署名はなく、すべて「事実」として記事になっている。

「やらせ質問」に関する部分が特に光っており、この問題に関する唯一の重大事実のように見える。

IHT記事から
。。。The government secretly paid people to attend the meetings and to ask prearranged questions or make supportive statements about the government's policy agenda, including the revision of the education law.。。。
http://www.iht.com/articles/2006/12/15/news/japan.php

IHT記事を転載した今日のNSTの記事Imgp2872

それにしてもこういう「情宣活動」に人生をかけているらしいノリミツ・オオニシという人は、何が目的なんだろう。

「いくらがんばっても白人にはなれないんですよ。」

整形しても無理。ちょっと肌の色が濃いだけでもなかなか仲間に入れてもらえない。白くないコーカソイドはさらに嫌悪される。日本人以上に血統にこだわる者が多い。

白人がいつも反日侮日材料を捜し歩いているのは、彼らの人種主義的な動機からにほかならない。

他方、いまのアジア人が反日を振り回すのは、まずは当面の実利からだが、根本的には白人の意を体したものであり、ゆえにそれは(彼ら自身がどれだけ気づいているかは別として)白人に媚びる因習的アジア人の「媚び方」の一形式なのであり、感情的には、互いに白人の下にいるべき者」同士の相対関係における嫉妬からでもある。

いずれにしても、「反日主義」イデオロギーの根本にある客観的な動因は、白人の人種主義、白人至上主義、であることを見落としてはいけない。


アジア英字紙の反日:

アジア英字紙の反日

【アジア英字紙の反日 その3】 日本軍は歯向かう者の首を斬り、ポールの先につけて見せしめに道にさらした(マレーシア紙New Straits Times, Ranita Husseinの評論)   ↑これはお前らの趣味だろうが

新年早々の反日記事=マレーシア紙New Straits Times【アジア英字紙の反日4】

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2006年12月15日 (金)

マレーシアに麻薬を持ち込んだタイ女に8年の刑【コタバル マレーシア】

昨日高等裁判所は、タイ女Cheerusmi Ma-Ae(29)に8年の懲役を言い渡した。女は麻薬所持の二つの罪を認めていた。

この女と夫は、昨年、麻薬を車でクランタン州に持ちこんだところをランタウパンジャン近くの検問所でマレーシアの麻薬警察につかまったものである。(ランタウパンジャンはコタバルに近い国境の町。スンガイコロクの反対側)。

彼女は昨年6月9が午前3時に83.95グラムのメタアンフェタミン(ヤーバーというやつのことか)をチャバン・ウパ・サラーム検問所のところで所持していたことを認め、さらに同じとき2.11グラムのヘロインを所持していたことも認めた。

夫が警察に引っぱられたとき、彼女はパニクって、自分の服の下から麻薬のパケを2つ取り出し、「これは私のじゃない」と主張したという。

いかにもタイ女らしい反応で面白いですね。

Cheerusmi Ma-Aeという本名はIDカードに書いてあるだけで周りの人も親しい友達も誰も知らないかもしれない(友人達もニックネーム〔ダオとかケーオとかピームとかダーとか・・・・〕 しか知らないということが多い)。。だからこうやって顔を隠しておけばタイに戻って普通に生活できるのだろう。

Imgp2864
New Straits Times 12/15

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2006年12月12日 (火)

警察による手入れ (マレーシアの外国人取締り)

昨日このネット屋に警察の手入れがあった模様。その時ここにいた黒人客は全員連行されたようである。

昨晩この店のボスの中国人姉ちゃんと(生き残った?)黒人客2,3人とがなにやらひそひそと会話をしていた。警察がらみの話のようだったので、あとでちょっと聞いてみたら昼間摘発があったという。

(マレーシアネタで私が「中国人」と書くのは「華人系マレーシア人」のことである。しかし自分のことを「チャイニーズ」というのでその通りに日本語に訳した。「メインランドチャイニーズ」のことは「中共中国人」と書くことにする。

中国は中国以外では「シナ」と呼ばれる〔またはその類似語で呼ばれる〕のが普通だが、私は残念ながら中国を「シナ」と呼ぶ教育を受けなかったので、あえて「シナ人」というのは特別な意識を伴うことになり変なこだわりがあるようで半島臭くなるので避ける。中国人を罵倒したいときは「チャンコロ」と書くことにする。ところで、「インド」はインド系の世界では「バラットBharat」と呼ぶのが普通のようである。)

姉ちゃんによれば、彼らはアフリカのいろいろな国出身で(ナイジェリアとか)、学生ビザで来て「ペーパーワーク」の仕事をしており、そのためにこのネット屋を利用しているということ。英語が達者な連中なのでペーパーワークのバイトが出来るようである。

一昨日は奇妙なほど黒人の姿を見ないと思った。昨日の朝は黒人が何人か来ていた。摘発はそのあとに行われた。黒人にとってはハズレだったようだ。

ちかごろ警察官をよく見るなとは思っていた。

彼らが突然連行されて私は尋問も受けることがないのは、彼らが黒人だからである。

いまここは「スクールホリデイ」、学期の変わり目でもあるらしい。昨日はスランゴール州の祝日で、街はたいへんな人出だった。

新聞によればこの一週間ほど、警察による大規模な外国人取締りの「オペレーション」が行われているようである。

今日の新聞によれば、スバン・ジャヤでは、インド国民の大学生が、有効なパスポートとビザを持っているにもかかわらず警察に検挙され5日間も拘禁されるという事件があった。昨日解放されたようだが、警察は何のコメントもしないようである。

黒人系あるいはインド系の日本国民がマレーシアに来るのは危険である。(タイはもっと危険だが)。

不良外国人の取り締まり自体に異議はないが、本当に不良なヤツなのかどうかの見極めが大切であると思う。色が黒い外国人だからといって不良とは限らない。

警察は不良欧米白人の取り締まりはちゃんとしているのだろうか。まったくもって疑問である。不良サウジアラビア人、不良シリア人、不良レバノン人の取り締まりはしているのだろうか。きわめて疑問である。

この辺にいるケチで臆病なアフリカ黒人をしょっぴくより、当局はまずもって、不良白人を摘発すべきなのだ。彼らは、アジアでは、公然と法を犯し人を害しても、さらに開き直る連中だからである。

「対テロ戦争」は、「肌の色によって公然と法的な扱いを変える」口実を各国当局に与えたようにみえる

このことは白人諸国のホンネを表に浮き立たせたという意味で、必ずしも悪いこととはいえない。

この世界では人間は「人種」や肌の色によって与えられる法的な地位も異なる、という「現実」をまず直視する必要がある。この現実を批判するのはその次の作業である。

日本は異例なほど人種差別(とくに黒い肌差別)の少ない国だが、日本では差別を受けない人でも、同じ日本のパスポートをもっていても、肌が黒かったり容姿が黒人やインド人や東南アジア人のようであるならば、海外に出たときの扱われかたは異なるだろう。法的な扱いすら異なるのである。

このような事実を省みれば、人種」について語ること自体をタブーにしている現在の日本の言論環境がいかに偏ったものであるかがわかると思う。「人種」をめぐるこの世界のリアリティを見ないことが「人種差別しない」ことなのではない。

タイをトップランナーとする東南アジアの人種差別主義・有色人種差別について、われわれが大きな声を上げて批判していくということは、意義のある行為であると私は信じる。

現実問題として白人の人種意識を批判によって変えることは難しい。これには1000年の歴史がある。あるいはアーリア人移動以来かもしれない。白人諸国は、自壊する以外に変わりようがない。だから、まず、弱いところから潰していくのである。

複数の相手と喧嘩をするときには、自分が与し易そうなのをピックアップしてほかの連中がドンビキするくらい徹底的に袋にして歯を折り血を見せることが有効であるといわれている。

つまり、この批判は、「懲罰」へと繋ぐべき批判なのである。

懲罰とは他に示すということである。アメリカのような超強国でも弱い相手としか戦争しない。そして徹底的に血を見せて他に示すのである。

だからまずタイを徹底的に叩き潰し、他へ繋げていくのが、世界の人種差別を減らすために有効なのである。タイが叩かれるということは、マレーシアが立派だということではなく、「マレーシアも安泰ではない」ということでなければならない。

東南アジア人にとって重要なのは、批判されたときの「言いわけ」があるということである。

「人種差別批判」が激しくなれば、それを回避する「言いわけ」を作らなければならない。「言いわけ」を作るためには、少しは白人にも厳しくしなければならないということになる。

「言いわけ」としてだったとしても、彼らが少しは白人を摘発してみせるということになるとすれば、これだけでも大きな進歩である。アジアで不良白人がちゃんと処分されるようになるなら、アジアをナメきった白人世界にも多少は影響があるだろう。

なお、マレーシアの一般市民は人種差別は少ないほうだと思う。このネット屋でもボスの中国人姉ちゃんは黒人客のしょうもないワガママや駄々を辛抱強く聞き無駄話にも付き合っている。(私がたまに駄々をこねてもほとんど相手にしてくれないが)。使用人のマレー女はさらに神経を使っている。

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公共の場所でのマナーは白人が最悪である。

黒人よりも中国人よりもさらに悪い。他者を一切顧慮せず、批判されても開き直る。

どんなに良質な白人でさえ、「自己のマナー」に従う以上のことはしない。

私は文章を書くことが嫌いとはいえないのだが、(まあここで言っても意味のないことだが)たいへん苦手である。

「帰るべき朝鮮がない」と嘆いていた大作家がいたが、私は「帰すべき母語がない」と感じることがある。

私は生粋の日本人であり、(KLあたりの連中の異言語適応能力を目の当たりにすると)日本語以外はまったく出来ないといっていい。

それにもかかわらず日本語を書くときは、ちょっとした文章を書くときでも数学の問題を解いているような感じになる。左脳が弱いのか、言葉自体が苦手である。

だから、ちょっとした文章を作るときにも頭をフル回転させなければならない。

ネット屋でそういう作業をしているときに隣で大声で騒ぐやつがいると、癇癪を抑えることができない。

私はうるさいやつには、白人にも黒人にも中国人にも、平等に癇癪を起こす。

癇癪を起こすと、黒人や中国人には逆に食って掛かって来る者もいる。しかしその方がまだマシである。こちらを尊重して反応しているということである。

やっぱり最悪なのは毛唐である。声を小さくしろというとニヤニヤとしてちょっとこちらを見、まったく意に介さない。そしてまったく同じ調子で大声でしゃべり続け、「祭り」を続ける。カネも払っていないくせにネット屋を自分たちのサロンのようにしてアジア人客に迷惑をかけているのに平気である。そして、こちらが出て行こうとするとまたニヤニヤして"See you"などとナメきった態度を見せる。こんなふうに腐りきってるやつはもうkoroすしかないだろう。そうではないか?

こんなひどいのは黒人にも中国人にもいない。しかし白人にはざらにいるのである。

世の中には、「死ななきゃ治らない馬鹿」「殺してやらなければわからない連中」というのが存在するのではないか?というのが、私の年来の疑問である。

私はこれらのことをいまのところ否定しきれない。だから私は、「テロに絶対反対」という立場にはなかなか立てないのである。

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2006年12月11日 (月)

ジャカルタからクアラルンプルへ

11/29

ジャカルタのホテルAiaパサルバルをチェックアウト。スカルノ=ハッタ空港へ。

ホテルの前に客を乗せてきた「ブルーバードグループ」のタクシーを拾う。ブルーバードのタクシーはフロントガラスにBlue Bird Groupと書いてある。

中級以下のホテルにタクシーを頼んでもあまりいいことはないと思う。

有料道路の金の払い方が変な方式だった。入るときに4500ルピア、出るときに2500ルピア払うところがあった。入るときに運転手がお金を要求し、1万ルピア札を渡したら釣銭を返そうとしないのであわててしっかりもぎ取った。出るときの分と言う意味らしかったが・・・・タイでは有料道路の支払いのときにお金をごまかされることがあった。

出るときに払う金額は三種類書いてあったので、そのなかで一番安い2500Rpを出してみると当たっていた。

このタクシーは停車をするとすぐにメーターを止めた。

空港へのチェックインは出発1時間半前からだった。

スカルノ=ハッタ空港のカフェはとても大衆的。メニューはインドネシアの普通の食堂と変わらなかった。ミーバッソを食べる。ただし、当然、値段は高い。

残念だったのは、館内放送の"Perhatian"の発音がスマトラとぜんぜん違っていたこと。メダンの空港のほうがぜんぜん良かった。

スカルノ=ハッタの"Perhatian"は、ちょっと英語みたいな気取って口ごもったような発音で聞き取りにくい。

スマトラの空港の"Perhatian"は、歌うような調子で「プラハティア、プラハティア」と屈託なく2回繰り返すのだ。これを聞くとうっとりする。

国際空港はやはり毛唐が多い。多いといってもマレーシアよりはずっと少ないし、タイの100分の1ぐらいである。

マレーシアやインドネシアにいる毛唐は、タイにいる連中ほどクズではないかもしれないし旅行ずれしていないかもしれないが、却って天然の人種差別主義者であることが多い。要するに本当に植民地に来ているという感覚。

空港内のスターバックスで背広をきちっと来た毛唐がサンドイッチをガツガツほおばっているさまは、まさに一個の背広を着たケダモノがそこにいるようである。

スカルノ=ハッタのイミグレを出るときも、飛行機にチェックインするときも何の問題もなかった。インドやネパールは出るときにもったいぶる。

機内食は往きのときよりは軽かった。客席も往きより心持広く快適だった。同じマレーシア航空。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のイミグレには外国人が大量にいて、1時間くらい列で待たされた。大部分はアラブ系と中国系。バングラかミャンマーのインド系みたいな感じの人もいた。

列では中共の若い女のグループにはさまれていた。同じ中国人といっても、マレーシアの中国人とはまったく違う。中共中国人はからだ全体に埃っぽい雰囲気が立ち込めている。順番に待っているのだから別に早くなるわけでもないのにちょっとでも人を追い越そうとする。常に空間を詰めていないと間に滑り込もうとする。

インドネシアから来たが、このときはマレーシアの税関検査はまったくなかった。チェックポイントも見なかった。

以前KLIAから日本に帰ったときには、「ランダムチェック」だと言ってアジア系だけX線チェックしていた。スマトラのドゥマイからマラッカ海峡を渡ってマレーシアに入国したときにはかばんを少し開けさせられた。

午後9時ごろようやくKLパサル・スニ(Pasar Seni)に着く。いつもここなのがあれなのだが。

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2006年12月10日 (日)

アジア英字紙の反日

アジア英字紙はたいてい「反日」である。

たいてい現地在住の白人が編集に加わり、記事も書く。

アジア在住の白人たちが日本および日本人に対してどういう屈折した卑しい感情を持っているかは、日本でも知られてきているところだろう。

そしてアジア人スタッフの多くも、英語を母語として教育を受けた者が多い。日本のように日本語を母語とする「バイリンガル」が英語の仕事をしているのではない。

およそ彼らの母語は、現代日本語のような高機能な言語ではない。その言語による過去の翻訳量も少ない。

したがって彼らが古今東西の知識に近づくためには、まず英語を第一言語とし母語のように使いこなせるようにする教育を受けるところからはじめなければならない。そういう気の毒な現実もある。この現実は英語教育に冷淡な国々(インドネシアやタイ)でも変わりはない。

言葉というのは、ある言語を学びすぎるとどうしても他の言語が弱くなるという。つまり英語を第一言語として主に使うことによって、いやおうなく本来の母語を失っていく。

彼らは顔は黒くても中は真っ白であり言語文化的なアイデンティティは西洋なのだが、顔が白人でなければどこへ行ってもただのアジア人、東南アジア人としてしか扱ってもらえない

彼らは、顔が黒いほどに中身も屈折せざるをえない。

そのうえ当然ながら、彼らの言語社会を主宰する白人には一生頭が上がらない。

白人に頭が上がらないだけに、心はさらに屈折する。

そのはけ口をどこかに探さなければならない。

このあたりの気の毒な心理は、心やさしい日本人なら思いやることが出来るだろう。

以前、日本のテレビの朝の討論番組を見ていたら、首相になる前の安倍氏に対して日本共産党の国会議員が、「インドネシアの一流英字紙(ジャカルタポストか)も(歴史問題で)日本を批判している。日本を批判しているのは(安倍氏の言うように)中国などだけではない」などと批判していたが、滑稽といわざるを得ない。

「ジャカルタポストがこう書いているからインドネシア人はそう思っている」、というのは「ジャパンタイムスがこう書いているからこれが日本の世論である」というのより、さらに見当はずれなことである。

インドネシアには英語をちょっとでも読めるような人は非常に少ない。日本の田舎の日教組先生が朝日新聞を欠かさずに読み相槌を打っているように、ジャカルタポストを毎日読み相槌を打っているという人はさらに少ない。インドネシアの巨大な人口比から考えればほとんどいないといっていい。

ジャカルタポストは、一般のインドネシア人が読むために作っているのではなくて、白人やごく一部のインテリのための「備品」なのである。ちょっといいホテルには一応置いておかなければならないが、一部しかないのにほとんど誰も読んでいないことが多い。

さらにアジア英字紙の「論説欄」の半分くらいはたんにNYTやIHTやタイムスの評論を転載しているだけである。

マレーシアのニュー・ストレーツ・タイムス(NST)の場合でいうと、転載評論(毛唐紙お下がり評論)が半分くらいで、そのほかの論説の多くは、白人、中国系、インド系の記者が書いている。(NSTの中国系評論記者はわりとマトモである。同紙インド系記者のはくだらない。シェークスピアなどを引用してそれらしい形をつけると教養があるように見えると思い込んでいるだけのようなやつ。マレー人の女記者はさらに頭が悪い。「私は外人の友達がいっぱいいて・・・・」女)。他のアジア諸国の英字紙でも、白人が評論記者をしていないところは少ないだろう。

NSTもたまに、NYTのノリミツ・オオニシの評論を転載することがある。それが例によって反日評論であれば、「マレーシアの新聞も日本批判の評論を載せている」と言うことは出来るのである。しかし、NSTがいくらノリミツの反日評論を転載したからといって、それをもって「マレーシア国民が日本を批判している」というのは無理である。上述の共産党の論法はこの程度の子供だましにすぎない。

しかし、

マレーシア紙New Sunday Times(New Straits Timesの日曜版)は今日、2種類の反日特集を打った

ひとつはマレーシア住民の戦争証言という形の記事で、名前から推測してマレー人らしき記者の署名があるものであり、もうひとつ、はご主人様であった白人ジャーナリストが日本による攻撃の戦渦の中で取った写真をもとにした記事。

どちらにも、自分たちの新聞はなぜこのような特集を打つのか、自分たちは誰に何を訴えたいのか、マレーシアをどうしたいと思っているのか、といった記事の趣旨はどこにも書かれていない。

たんにだらだらっと反日情報を垂れ流すというだけの記事である。

このような行動の背景には次のような彼らなりの事情があるのだろう。

独立50周年を祝うということは、どうしてもイギリス(=白人)に対する否定的なニュアンスを醸さざるを得ない。

しかし、長年植民地土人として生きた彼らとしては白人は理屈抜きに偉大で恐ろしいものであり、今なお力を持っており、これからの経済発展のためにも決して敵には出来ない相手である。

だからこそ彼らは、こういう時期にぜひとも「反日」を垂れ流して、白人の機嫌を取り、自分たちが昔も今も将来も決して白人の敵にはならないことを強調しておかなければならない

しかも「反日」はタダなのだ。タダで白人を喜ばせることが出来るのが「反日」の便利なところである。

タイのディスコのDJが"Kill Jap!"を連発して叫ぶだけで、白人客は大いに喜ぶのである。東南アジアは白人を標準以上に反日にする魔力を持つ

そのうえ、「反日」をいくら垂れ流しても、戦争に負けた日本人は怒らないということを土人たちはよく知っている

土人にとっては「力」は聖なるものである。だから白人を崇めるのだ。

日本のビジネスマンはどの国でも土人に媚びて、日本を売りながら商売をしている。どの国でも、もう日本に帰れなくなったような連中は、反日をむしろ喜び、帰化すればさらに反日になるだろう。アメリカ日系人のように。

思うに、土人たちが「日本人の蛮行」(今日のNew Sunday Timesの記事など、ArmyとかSoldierとかは書かずThe Japaneseがこういう蛮行をしたと書く)を繰り返し垂れ流すことを好む以上、彼らは「そういう日本人」を期待しているのだと受け取る権利がわれわれにはある。

このような土人たちには彼らの「期待通りの日本人」を見せてやるのがふさわしい同時に、土人に媚びる売国日本人には懲罰を加える必要があるだろう。

躾けと懲罰は、個別に、集中的に行うことが肝要である。

私はひとまずタイバーツとトヨタを売ることにした。(タイバーツはどうせ要らないし)。

「反日はタダ」にしてしまった戦後日本人にも大いに責任がある。

遅まきながら「反日」は高くつくことを、東南アジア人たちにも教えてやる必要がある。それはひるがえって中韓への教訓にもなるだろう。

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2006年12月 9日 (土)

圧倒的に強くなるしかない【日本】

中途半端に強く豊かな者が一番嫉妬を買い、集中的にたたかれるものである。

中途半端に残虐な者が一番憎まれる。

われわれは一貫して残虐または冷酷非道でなければならない。

そしてたまにちょっとやさしさや寛容さを見せてやるのである。決して心から打ち解けてはいけないのはいうまでもない。

目下の者に甘えるのは百姓である。

自然の恵みによって怠惰な生活を続けてこられた者たち、すなわち「自然の祝福」に依拠してきた者たちの精神は、女と同じである。女は「父性」に弱い。どんな「リベラル」な糞教育を受けていても少女たちのこの傾向は変わらないことを私は知っている。その上に勉強を重ねどんな言葉で糊塗してもこの本質は変わらない。

しかし、ひごろから冷酷非道であり続けるためには大変な体力と胆力が必要である

だからこそ、「圧倒的に強く」ならなければならない

マレーシアの英字紙New Sunday Timesは明日、マレーシア独立50周年記念特集をかねて、大規模な反日特集を組む予定である。

「日本兵に口から大量の水を注がれて拷問された・・・・・・」

「日本兵が家を回って少女を要求した・・・・・」

などという「3年間の日本軍の支配」に関する「証言」が大々的に掲載される予定である。

何度言ってもいいが、500年にわたる白人のアジア収奪、アジア人奴隷化の一環としての、イギリスの150年にわたる植民地支配について、イギリス人(白人)に対しては彼らは何の道義的非難も行わない。それは自然災害のように受け止めるだけである。

これはアジア民衆に共通する卑しい事大主義および白人崇拝主義だが、中国共産党などはそういう民衆の卑しい意識(+中華思想)を引っ張り出してきて、「現実に人民がイギリスには悪い感情を持たず、日本には悪い感情を持っているのだから仕方がない」などと開き直っているである。

500年かけて奪われたものを3,4年で取り返そうとしたのは、確かに無理があったのだろう。しかし、あれはあれでよかった

9.11テロが、何も獲得しないように見えて実は多くのものを獲得したように(私はそう信じる)、日本の戦いの「象徴性」は決して消えることがない。

日本の主張がアジアに正当に受け入れられるためには、今日のアジア(ことに東南アジア)から白人の勢力、白人の文化的支配、白人のプレゼンスを排除してしまわなければならないということが、日本でほとんど理解されていないことが残念である

東南アジア人にとって、「日本の反論」を少しでも受け入れるということは、身近にいる強くて傲慢でプライドが高く言葉も支配している白人に対する反逆、すなわち、彼らが決して頭が上がらない白人に楯突くこと、を意味する

また、アジアの反日という以前に、東南アジアは白人を強烈に「反日」にするのである。これは、白人と東南アジアとの関係の歴史に絡む、白人のほとんど本能に近いの感性である。

日本人が降伏後、ロシア兵や三国人さらにはアメリカ兵にされた非道な仕打ちは、マレー人が日本兵にされたことなど比較にならないひどいものであった。

しかし、日本の高級紙はそのようのことをセンセーショナルに特集し騒ぎ立てたことはない。もちろん左翼だからであろう。

しかしそれ以前に、日本人には「恥」の意識があったからだと思う。

高級紙はブログではない。その国の民度の鏡である。

日本人は恥を知っていたから何とかここまで来ることができた。

アジア人であって「恥」を知らなければ、「15年後に先進国の仲間入り」など夢のまた夢、寝言でしかない。

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2006年12月 7日 (木)

基地外タイヲタ日本人がMalaysiaのKelantan(クランタン)州のことを「グランタン州」と表記している件について

こいつは日本のことも「イープン」とか書くんでしょうか。
いや、そう書くべきだろう。
http://thaina.seesaa.net/article/29018176.html

こいつは「バンコク都」はもとより、「タイ国王陛下の思し召しにより」なんて気持ちの悪い日本語を平気で書くやつだが、それでは飽き足らず、タイ以外の国の地名までもタイ語で書かなければ気がすまないらしい。

しかし、ネットを見ているのは日本人タイヲタばかりとは限らない。

Perhatian!

http://thaina.seesaa.net/article/29018176.html

This Japanese is spelling it in Japanese alphabet like "Gelantan" for "Kelantan", that means he does regard Kelantan as a part of Thailand, that is, as private property of that horrible asshole Thai King Bhumibol!!!



私はクランタンに何か利害関係があるわけではないが、クランタンはタイと違って良いところだと思っている。マレーシアで私が最もレスペクトしている土地である。

コタバル近郊に行けば、地元の人に、「マレーシアは好きか」ではなく「クランタンは好きか?」と聞かれる。

静かなホスピタリティで迎えてくれる。

タイ人のように、嫌われるようなことばかりしておきながら「タイは好きか」を連発する腐った雑巾のような連中とは、まったく異質な人々の土地である

クランタンはタイではない。

地元発音も「クランタン」である。

GとKとの発音の区別がつけられないのは、タイ族と韓国人。「マンゴ」と日本語のアレとの区別がつけられないのもタイ女と韓国女。

I sincerely support coming independence of Patani Darussalam!

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2006年12月 4日 (月)

「バイリンガル」

私が今いるネット屋は、白人はあまり来ない。日本人が来ることはまずない。ツーリストには見つけにくい場所にある比較的静かで清潔なところ。テーブルの上には観葉植物が置いてあったりして雰囲気は悪くない。日本語IMEが入っているパソコンがいくつかある。

なぜ、「レイプツーリスト」たる(すなわちどこでも覗き込み踏み込んで暴き立て蹂躙することをツーリズムと心得る)白人ツーリストが滅多にここに来ないかというと、ここはアフリカ系黒人定住者の溜まり場に近く黒人客が多いからだと思う。もしここに黒人客がいなかったら、こんな快適なところはすぐに白人ツーリストが連れ立って大量に来るようになり、毛唐が大騒ぎする白人空間になってしまうだろうと思う。

ともあれ、このネット屋はマレー人のショーモナイ若い女と、ちょっと前はかなりの美人だったかもしれない(今でも美人といえるがちょっと日本の感性からははずれている)中国系の姉ちゃん(黒人客たちはシスターとかママとか読んでいる)が番をしている。

彼女とは今日はじめて会話らしい会話をした。最初は感じの悪いチャンコロ女だなと思ったが、しだいにマレー女のほうよりは多少ましだということがわかってきた。

この中国系の女性がいろんな言語を瞬時に切り替えながら電話で話しているのを聞いていると、どういう頭をしているんだろうかとやっぱり思ってしまう。日本人が(あらゆる)言葉を話すときに使う脳味噌とは違う脳で言葉を処理している感じである。

英語・マレー語・マンダリンの3語ができるのはここでは(中国系は)普通である(中国語〔方言〕を話すインド人もかなりいる)。

彼女はこれらの言語のほかにほかに、彼女の母語である福建語、KLの中国人の多くが母語とする広東語、夫の言語である客家語などが話せるという。いったい何ヶ国語話せるのかわからないくらい。

しかし一方で、私には、こういうバイリンガル、トリリンガル、マルチリンガルが、ある種の「神経衰弱」を作り出しているようにも思われる。

KLには人種を問わず(アジアの水準で見ると)「神経衰弱」気味の人が多いように見える。もちろんそうでない人も多い。その辺の人に道を聞くとたいてい親切に教えてくれるが、ただ、ちょっと何か質問しただけで過敏に反応する人も多い。批判されているとか、何か要求されている(たとえばお金の計算に異議があるとか)というふうにとって構えて来る人も多いようにみえる。これは中国系だけでなくマレー人も同じ。

早い話が、ネパールやミャンマーで人と話すときのような、のんびりしたどうでもいいような話し合いはここではほとんどノリがあわず不可能。

バイリンガル(マルチリンガル)教育は、言葉を「用件」だけにするように思う。

たしかに、自分が何を言いたいのかをわかりやすく言う、ということが(特に外国語では)重要ではあるのだろう。しかし「ただの話」というものもある。

つまり、「マルチリンガル」的言語教育はその人のすべての言語を外国語化してしまうように思われる。

マルチリンガル的教育は、その人の言語を外国語化することによって。キリキリとしたゆとりのない人間を作りだすように思われる。外国語には母語のような語感も、言葉にまつわる経験や因縁もないから、言いたいことをなんでもズバズバといえるだろう。

しかし、本来なら言いにくいようなことを頭からズバズバと何でもかんでも言えてしまう社会というのは、豊かな社会とはいいがたいように思う。そのような社会は、言葉や人間関係の豊かさよりよりも「用件」が優先する社会である。そこのような社会の内部から創造性など生まれようがないように思う。

一時ほどではないと思うが、いまだに日本にはバイリンガル、マルチリンガルへの憧れが根強いようである。毛唐と知り合うだけの外国語学校が儲かっているのがその証拠。そんなものに「憧れる」こと自体、いかにもいかにも田舎者風で恥ずかしいことなのはあらためて言うまでもない。

「憧れ」自体が「弱いカード」であるということを日本人はもう少し自覚したほうがいいのではないか?こちらのほうが重要なことである。

「外国語ができることへの憧れ」みたいなのを人(外国人)に見せてしまっては、マルチリンガルな海千山千に足元を見られ続け、手玉に取られ続けるだけだろう。

というのは「憧れ」というのは「弱い感情」、つまり「取引」に際して「弱み」になる感情だからである。

だから「憧れ」のような「弱い感情」は、敵の前では隠すことが必要である

そうしなければすぐに敵につけ込まれることになる。外国人、異文化人は、(どこの世界でも)基本的には敵である。

このような心の訓練の方が、英会話教育などよりよほど「国際化教育」として必要なものだと思う。

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KLIAのカフェ

11/2 KLIAからジャカルタへ。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のカフェは最悪。KLIAエクスプレスの発着する「第一ターミナル」(?)の方。

まず、ミネラルウォーターを持ってこなかったのが失敗だった。

2件あるカフェの一方でミネラルウォーターをくれというと、私の目の前でキッタナイ冷蔵庫をあけ、ラベルも貼ってないどこのものとも知れないような小さな小さな瓶を引っ張り出して14リンギだという。

500円近い。普通は500cc入りで1リンギとか。もちろん態度が客よりデカイのは言うまでもない。もちろん買わなかった。

その隣のカフェ。ここが最悪だった。

ここはミネラルウォーター5リンギ(普通は1リンギ程度のもの)。空港としてはこんなところかもしれないと思ったので買う。

そしてコーヒーを飲んだのだが、接客がこんなにひどいところはマレーシアでは初めて経験した。

ウェイターはマレー人のようだったが、「ブミプトラ」の特権でこういうところの仕事につき、クズになっているやつの典型だろうか。最初から客を不愉快にするためにやっているとしか思えないような態度。

そしてタイ人のようにふ