a.マレーシア

2008年1月30日 (水)

マレーシアを出る

マレーシアはいろいろな意味でタイよりは良い国である。しかし、「タイより良い」ということは「最悪ではない」という程度の意味でしかない。

マレーシアにはタイのようなセックスツーリズムはないが、セックスツーリストたちはタイからはみ出して来る。タイのようにあからさまに人種差別・白人崇拝を売り物にすることはないが、「普通の白人崇拝」はもちろんある。

タイが「白人に見せるための人種差別」を売りものにしている国だとすれば、マレーシアはキレイゴト好きな白人、偽善好きのイギリス紳士などに見せるために、一見人種差別がないように装っているだけの国ともいえる。白人の目のないところではハッキリと人種差別をするし、かなりひどいこともしている。(たとえばインド系やネパール人の扱い)。

1月14日、バンダラヤのいつものインド系旅行代理店「MSスター&トラベル」に行くが、滞在期限が切れる30日までのカトマンドゥ行きチケットは売り切れていた。

仕方がないのでブキビンタンに向かう。ハントゥア(Hang Tuah)でLRTからモノレールに乗り換えるとき、モノレールのホームで暴力毛唐と遭遇。もう少しで大怪我をするところだった。警察はもちろん駅員すらいない。誰も止めるものもなく、なされるままである。毛唐がその気になればKLの電車の駅ではレイプすら可能だろう。

Hang Tuahからモノレールでブキビンタン、スンガイ・ワン・プラザへ。「安全旅遊」でカトマンドゥ行きチケットを申し込む。カードで支払う。

カトマンドゥ片道1100リンギ(カード支払い+33リンギ)。言い値で払う。バンダラヤの店の言い値は1050リンギだった。

今(1月30日)カトマンドゥの毛唐だらけの店でこれを書いている。

隣に日本人の若い女が来た。ネパール人の男のヒモがピッタリくっついている。

こういう日本人女「セックスツーリスト」がネパールに(限らず)多いことは憂うべきことである。

男のセックスツーリストは金を払うから、形式的にも売春である。しかし女のセックスツーリストは形式は恋愛にすることが常に(若い女なら、よほどの事情がない限り)可能である。つまり若い女性はそれだけである種の「位置エネルギー」を持ってしまっているという事実がある。「エントロピー」といってもいいのかどうか。最初から高いところにある石を低いところに転がすのは簡単である。だから若い女性セックスツーリストはカネの代わりにその「位置エネルギー」を使って買春しているのである。

そういう理屈以前に女が簡単に股を開くということは、どんな理由があっても、その国および国民の評価を低めるものである。

ところでその女が使っていたPCはその前に使っていた毛唐がPCの調子が悪いと言って他に移った直後のだった。しかもネパール人店員はその日本人女にそのPCを指図したのである。案の定というべきか、女は10分ぐらいで出て行った。ほとんどページが開けなかったようである。

ここはタメルのカトマンドゥゲストハウスの近く。このあたりはネパールの中でももっとも人心の荒廃したところではないかと思う。白人ツーリズムの中枢だからだ。ただしネットはネパールの割には速い。値段は二倍。ココログ管理画面を操作するにはここが良い。

ネパールは今しょっちゅう停電。一日に電気が来る時間が10時間ぐらいなのだろうか。もちろんネットは遅い。

1月22日。ブキビンタンの安全旅遊に行きようやくチケットを受け取る。出発は29日午前7時35分。深夜の電車で空港に行き空港で夜明かしすることになる。

航空券を見ると「ロイヤル・ネパール」は早々と名前を変えてNepal Airlinesになっていた。

11月28日。午後10時半過ぎ、定宿に荷物を預けて出る。預けている荷物はどんどん大きくなっていく。KLセントラル11時過ぎ発のKLIAエクスプレスに乗る。

静かで冷房の聞いた車内で気持ちよく本を読んでいると、突然耳元で毛唐客ががなりたててきた。大声でExcuse me.Do you have a pen?とどなりかけてくる。お前は幼児英会話の先生か。読書の気分ぶち壊しである。もちろんNo!と言う。すると何も言わずに引き下がる。

その男は若造ではなかった。妻らしい白人女を連れていた。いったい世の中に自分がペンを使いたいからといって、静かに読書している人間の耳元でいきなりペン持ってるかと大声でがなる者がいるだろうか。そしてNoといわれると無言で引き下がるだけである。Sorryの一言もない。ペンなんか人に貸すのは嫌なものである。ましてや毛唐。

相手が有色人種の場合、自分が人の邪魔をしたなどという意識は毛唐にはまるでない。

白人の平均的道徳水準である。そうでなければ自分の理屈を嘘と知りながらアフガンやイラクに殴り込み、全部バレたあとも恬として恥じずまだ善行をしているような顔を続けていたり、20世紀になってからもアボリジニを「ハンティング」と称していまカンガルーを殺しているように楽しんで殺したり、つい1970年代まで黒人国民に参政権を事実上認めていなかったのに他国の民主主義や人権状況を批判したりランキング評価したりといった恥知らずなことはできないだろう。

「白人は危険な野蛮人である」。

この認識を早く十分に広める必要がある。取り返しのつかないことにならないように。ボケボケしていると日本人がアボリジニの運命をたどる可能性も十分にあるのだ。

深夜のKLIAは薄暗いがごく普通の様子だった。RNのチェックインはAカウンター。そのあたりに一見してネパール人とわかる人たちが集まってベンチに座っていた。黒川紀章が設計したこのピカピカの空港にはちょっと場違い感のあるスポットではあった。その一人に話しかけてみる。ネパールのネパール人のようなエネルギーはまったく感じられず疲れきって脱力している感じだった。

KLIAの物価は成田より高いと思う。ファストフード店のセルフサービスのコーヒーが9リンギもする。

Aカウンター周辺は一晩中ネパール人だらけ。私もその辺で夜明かしをする。バウン(ブラーマン)のような連中はあまり見かけない。チェトリがちょっといるかどうかという感じ。明らかにボテ(モンゴロイド系)という感じの人も少ない。私の印象では被差別カーストによくある顔立ちの人が多いように思った。

チェックインも手間取る。並ばせてから延々と待たされる。昼の便ではあまり経験しないこと。とくに日本行きなどでは経験しない。

そこに並んでいるのはほとんどネパール人である。マレーシア人がネパール人をいかに見下しているかということを、一つ一つの手続きの端々に実感する。

マレーシア航空のチェックイン係もイミグレ役人もどちらも女だったが大変感じが悪かった。

マレーシア航空のチェックイン係が私に「何しに行く」とか「働きに行くのか」などと見当はずれなことを聞いてくる。まったく余計なことである。「リターンチケットは持っているか」と聞くので「私はネパールには何度もワンウェイチケットで行っている。それにそれはお前のビジネスじゃないだろ。ネパールのビジネスだろ」と言うとようやく黙った。

マレーシアイミグレはさらに悪かった。いきなり、マレーシアで働いているのか、長い滞在だ、ホテルに泊まっていたのかなどと聞く。そういうことをグチャグチャ言うのなら、最初から90日間のパーミットを出さなければいい。

もしそう思うなら逮捕しろ、お前らマレー土人みたいな貧乏人じゃないんだよ、といってやればよかったのだが、機転が利かなかった。

どちらも白人客に対しては絶対にしない態度であることは言うまでもない。

彼らマレーシア入管役人もタイイミグレ役人と同じで、不法就労の後進国人から賄賂をせびり取っているのである。そのことは後でネパール人から聞いた事実である。その習性がネパール人の群れに混じった日本人の前でも出てしまったということだ。そしてここに晒されることになる。マレーシアは一見キレイそうに見せている汚い国。ただキレイそうに見せていることを私は相応に評価したいと思う。

飛行機の搭乗口ではさらにひどいものを目撃した。ネパール人がまるで犯罪者のように両手を上げさせられてしつこく身体検査されていた。私が飛行機を待つ間しゃべっていた貧相な男だった。

次が私の番だった。

トゥドゥンをしたチビデブのマレー豚女役人が非常に無礼な態度で、いきなり私の腕や胸を左手でバタバタ叩いてきた。このマレー女役人は私をネパール人だと思ったのだろう。私が消えかかっているような待機線を一歩ほど越えたからといっていきなり叩いてきたのである。まるで犬でも扱うような態度だった。

マレー人は「言語」というものになじみがないらしい。人間よりもオランウータンに近い動物なのだろうか。

周りはみんなネパール人だったのでこのマレー豚女に「ジャウ!ダリット」と大きな声で言ってやったら面白かったかもしれない。「触るな。お前の手は汚い」くらいは言うべきだった。

その後、私の前のネパール人をしつこく身体検査していた男の役人は私のパスポートに気づいたらしく、身体に触れもせずに顔パスで私を通した。

土人を図に乗らせるほど愚かなことはない。

日本の伝統的な(戦前以来の)「対土人政策」は根本的に誤っていた。

土人に対しては、「線引き」をハッキリさせることのほうが重要だったのだ。日本人は最高位のカーストであって彼らは下位カーストであるという洗脳をすべきだった。

そういう秩序は土人には容易に受け入れられるのである。逆に、土人は対等平等な関係、対等なルールは理解できない。土人は図に乗るかひれ伏すかのどちらかしか選択を持たない。だから土人はあくまでひれ伏させておくのが正しい。

マレーシア人にとっては今でもイギリスが近代化と発展の模範であり続けている。イギリスに支配されたことは幸いだった、その遺産を大切にしなければいけないと、官報のような御用新聞が平気で書いている国である。

今回の搭乗は今までになく不愉快なものだった。白人客がその辺におらず、つまり「白人の目」がなかったために、マレー人の東南アジア人共通の嫌らしい人種主義が表に出てきたという形だろう。

白人の前でわかるように白人を上げて喜ばせる、というのがタイ式である。つまり白人の最低の本音と欲望に正面から応えるというのがタイの流儀である。

これに対して、マレーシアが意識しているのはキレイゴト白人、偽善白人たちなので、白人の目のあるところでは「人種平等」のフリもするのがマレー人でありマレーシアである。

イギリス人がキレイゴトに訴えられて喜ぶ連中だったからだろう。つまりご主人様が飛び切りの偽善白人だったからである。

白人の目のないところでやってることはタイと変わらない。

マレーシア時間8時半ごろ離陸。

乗客はほとんどネパール人。スチュワーデスももちろんネパール人。いつものようにアーリア系のスッチーはサリーの制服を着て、モンゴロイド系のスッチーはチベットエプロンのついたワンピースの制服を着ている。

隣に座っていたネパール人(タクリ)と少し話をする。3年ぶりに帰るネパールだと言っていた。マレーシアの中国の企業で3年間不法就労していたということ。不法就労のための手続き(?)はすべて中国の会社が手配してくれたという。逮捕されて強制送還されたわけではない。予定通りの満期帰国ということだった。役人公認の不法就労である。帰る前に役人に罰金を3000リンギも払ったという。10万円強である。

この飛行機いっぱいのネパール人の大部分が、あるいはほとんどが、こういう形で公認の不法就労をしていて、無能なニセムスリムのマレー人役人が汚い金で豚のように太っているという構図である。

私は日本で不法就労していたことのあるネパール人やミャンマー人と話したこともあるが、彼らが共通して言っていたことは、日本の警察や役人が親切だったということと、役人が不法就労者から賄賂を取らないのに驚いたということだった。

私が知っているあるミャンマー人は日本で不法就労していて強制送還された。日本を出るまでは良かったが、トランジットで立ち寄ったバンコク、ドンムアンのタイ役人から「日本での不法就労」を口実に3万円の賄賂を要求されたという。結局1万円払って見逃してもらったということだった。

しかし、これはタイによる日本の主権侵害ではないか?また日本当局もこのミャンマー人安全にミャンマーまで送り届けるべきだったと思う。

ネパール航空はなかなかいい感じだ。疲れたネパール人でいっぱいだったが穏やかな雰囲気だった。

飛行機が着陸態勢に入って揺れていても歩き回る人、トイレに立つ人があとをたたず、スッチーもとめようとしない。スッチーの一人は乗客となにやらネパール語で話し込んでいたり。ネパール人乗客は無心に景色に見入っている。曇っていて山は見えなかった。

マレーシア時間午後2時ごろカトマンドゥ着。

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2008年1月26日 (土)

マレーシア人の衛生観念

一週間ぐらい前、時々利用するインドレストランでチャパティを食べていたときのこと。私はマレーシアではだいたいチャパティかナンが主食で、ご飯はあまり食べない(マレーシアの米はうまくない。インドネシアの米はうまい)。

そのレストランは店の中が衝立で二つに仕切られていて、衝立の奥の方のテーブルに白人のカップルの客がいた。

この辺のインド人の標準から見ても特に色黒のタミルムスリムの男がニコニコしてその白人客たちに給仕していた。おかずを取るのはセルフサービスが普通の店だが、彼らはいろんな皿をウェイターに持ってこさせていた。

そのタミルムスリムの男はいそいそとその客たちにアテンドしていたが、ひとつ野菜の皿を持ってくるときに衝立のこちら側でちょっと躓いて少し大きめの野菜を一切れ床に落としてしまった。汚い床である。

驚いたことにその男は床に落ちた野菜をすぐに拾い上げ、反射的に自分のズボンの腿の辺りでぬぐって、そのまま元の皿に戻した。そして何食わぬ顔で白人カップルに出していた。「ちょっとしくじったけど普通のことをやっている」という感じだった。

衝立が間にあったので客たちからはその様子は見えなかったと思う。

わざわざズボンでぬぐったのだから、悪気はなかったのだろう。そうすることできれいになるという観念があったのだと思う。

この男のズボンと床とどちらがきれいだったかについていえば、その床はマレーシアレベルでも相当汚い床だったので、何もしないで皿に戻すよりは確かにズボンでぬぐって皿に戻したほうが良かったとはいえる。

しかし、床に落ちた野菜は皿に戻さないで捨てるか掃いて捨てるのが一番良かったと思う。足が長くて体も分厚くてのろのろ動いていても誰もつぶさない大きなゴキブリが這っているような床である。あの店は夜は溝鼠が駆け回っていると思う。
 

何にしろ「人それぞれです」というのは常に妥当する真理で、誰も否定することはできない。しかしそれは、何もいってはいけないといっているのとあまり変わらない。

なにより国による違いは大きい。

人種民族によって違いがあることも確かだろう。

中国人が「汚な好き」なのはよく言われるが、マレーシアの華人が中国大陸本土の人間ほど汚な好きのようには見えない。といってももちろん日本人並みにきれい好きとは言いがたい。チベットはすごかった。招待所のトイレの壁にぬぐいつけた指の跡がいっぱい・・・・しかしあそこまで行くと低温と乾燥と酸素不足であまり汚くも感じない。

イスラムの教えは清潔を重視するというが、それは「前提」があってのこと。宗教のどんな教えも「待機説法」だと思った方がいいと思う。つまり「喩えを用いて語る」のにはいつも「理由」があるということ。

もっともイスラム教はマレー人のために生まれた宗教ではないので、マレー人を想定してはいない。しかしマレー人がイスラム教の清潔の教えに則っているかどうかにも疑問がある。

そして、インド人。浄と不浄の観念はヒンドゥの重要な要素であろう。ただそれは浄と不浄を厳しく峻別するということであって、相対的に浄とされた部分が客観的に見て、というかもっと世俗的に見て、「清潔」かどうか、つまり黴菌が少ないかどうか、ということとは関係がない。しかもカーストにおいてその存在自体が決定的に不浄とされてしまっている者は、自分の生活の中に浄の部分を求める理由さえ失っているかもしれない。
  

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2008年1月25日 (金)

ダボス会議でマレーシア首相「イスラムと近代化」(苦笑)

品性(がない)、教養(がない)、知性(がない)、どの言葉を使って「それ」を表現すべきか迷うようなことを、東南アジアではしばしば経験すると思う。タイヲタになっちゃってるような人でなければ賛成してくれるのではないか(マレーヲタでも同じだが)。

下手に「知性がない」などと言おうものなら、俺はイギリスの(アメリカの、あるいは両方の)こんな有名な大学を出て学位をとった。お前なんかより英語もぜんぜんぺらぺらだとか言われてしまうだけなので手に負えなかったりするのである。

品性や教養は欧米の「伝統ある立派なキャンパス」でのみ培われるものと信じて疑わない欧米人も少なくないようだ。アメリカ東部出身のちゃんとした大学出た姉ちゃんと話していたとき、何かのはずみに勉強はどこでもできるんじゃないですかとか言ったら、皮肉に笑われて学問にはアイビーリーグのような「キャンパスの環境」が必要なんだいわれてしまったことがある。そんなこともわかってないのかというあからさまに見下した態度をされたので、そんなことを口走ってしまった自分がなんだか「夜学に通う植字工」にでもなったような気がして惨めったらしい気分になった。しかしああいう基準から言うと日本に一流大学はほとんどないということになってしまう。「環境」には広い贅沢なキャンパスだけでなく大学の歴史と伝統と人脈も含まれるだろう。欧米でなきゃはなから成り立たちようがない「環境」、という特権である。

東南アジアレベルのエリートならなおさら即物的で、そういう伝統あるキャンパスで作った「教養ある」白人の「友人たち」がたくさんいること、彼らと因習的な会話ができることが直ちに教養や品性そのもの、ということになる。

つまりいかにそれらしく振舞いそれらしいことをしゃべるか、それらしい文章を作り上げるかということである。それらしくマネすることでせいいっぱいだから、何か新しいものが出てくる余地はもちろんない。

思いつきだけど、アリストテレスの「形而上学」の翻訳を町の本屋で買える国が世界に何ヵ国ぐらいあるだろうか(岩波文庫のアレを読んで何か理解できる人がいるのかどうか私はよくわからないが、そういうことは問わないことにして)。カントの「純粋理性批判」の自国語翻訳が出ている国が何ヵ国あるだろう。プルーストの長い小説の全訳が出ている国は・・・・。世の中には持ってるだけで価値がある本もあるんだろうと思う。ちょっと読んでみて頭を抱えて、わからない、なんだろうこれ、さっぱりわからん、こんなことあれこれ言っている人がいるんだ、と思うだけでも、何も知らずに終わるよりはいいということもあるような気がする。しかし、そういうのを外国語で読んでしまうとまた、何もわかってなくてもわかったような気になったりすることがある。外国語で読んだ、単語の意味と構文がわかっている、つまり外国語の文章の意味がわかった、→内容がわかった、という錯覚に案外陥りがちなものである。英語屋に馬鹿が多いというのもこういうところに原因の一つがあるのではないかと思う。ドイツ語なんかもちょっと勉強すると論文読む分には日本語よりも読めるぞとか思ってしまうことがあるだろう。
  

本題に戻ると、アブドゥラ首相はヨーロッパに出て行くといつも、キリスト教とイスラム教との共通性(旧約聖書を共有し唯一の神を信仰する)を唱えて「イスラム世界と西側世界とが共存して進歩発展していくことができる」ことを強調する。要するに半分自画自賛のようなおべんちゃらを言って、白人に媚を売りつつ自分たちも欧米白人「のようなもの」なんですよ、と強調する。

彼らが欧米向けにこういう演説をぶつときには、日本なんか世界に存在しないかのようである。日本なんかほとんど居場所がないような世界像を開陳して白人に媚を売る。

今度のダボス会議でも、キリスト教とイスラム教とは「二つの偉大な文明」である、と持ち上げていた。

私はよくはわからないが、しかし、マレーシアって、あるいはマレー人って、ムスリムの世界において、世界に向けて「イスラム」を代表してものを言って良いような格式の高い地位にいるのか?ちょっと素朴な疑問を感じる。

ヨーロッパだって一概に「キリスト教世界」と決め付けられることも迷惑だったりするのではないか。イスラム教徒から「旧約聖書」や「唯一神論」を理由に「一緒でしょ」と擦り寄られるのにはますます困惑するのではないかという気がする。アメリカの福音派ならどうかわからないが。アブドゥラ首相が期待するほど宗教的な人がヨーロッパに多いわけでもないだろうし、信心深い人でも自分が信仰しているのは「形をイメージしてもいけない唯一絶対の神」ではなくて、像にもなっていてはっきりイメージできるイエスやマリアだと思う人が多いのではないだろうか。

この声明で一番こっけいなのは、「イスラムは近代化と両立する」という例として「高いビルがいっぱい立ってます」という話を出しているところ。「ブルジ・ドゥバイ」は世界一高いビルで、KLのツインタワーは世界一高いツインタワーだ、それがイスラムの近代性の証左であるかのように言う。

ブルジ・ドゥバイを建てたのが誰か知りませんが、ツインタワーはマレーシア人が建てたんじゃないでしょうが。

第一、ビルは高けりゃいいってもんじゃないんだし。マレーシアなんか地震がないから耐震構造も必要がない。マンションなんかも日本人の目から見るとスカスカで今にも倒れそうな怖いような高層ビルばかり。

カネがあればビルは建つわけで、高いビルが建ってますってことは、地震がない国ですということとカネもってますということの証明でしかない。カネもってりゃ近代的だと信じてるのがこのイスラム国の首相ってことですね。知性も教養もない者に怖いものなし。

でも「後進国の猿は叩かない」というのが白人紳士の暗黙の了解事項なので(猿の癖に生意気に経済大国になったりしたら叩きまくるが)、マレーシアは陰で笑われているだけですんでいるようだ。

http://www.kln.gov.my/?m_id=15&hid=597

4.         No faith, least of all Islam, is against progress and modernization. Indeed, the teachings of Islam are especially attuned to modernization. Muslims are explicitly enjoined to pursue knowledge, which is the bedrock upon which all progress and development is built.    In Islam, work is deemed a form of worship.

5.         Modernity is indeed evident in the Muslim world for all those who wish to see.   The world’s tallest building is now taking shape in a Muslim city.   It is the Burj Dubai. The Petronas Twin Towers are the tallest twin towers in the world.   They too stand in a Muslim city. The largest Muslim country, Indonesia, is a democracy. Muslim women have been presidents and prime ministers.

>In Islam, work is deemed a form of worship.

そのわりにマレー人は働きませんね。In Japan,ならわかるんだけど。

ひとつだけマレー人の評価できるところは、トゥドゥンと伝統衣装を守っていることだろう。パンジャブ発祥のクルタ・スルワールなどと同じく、民族衣装がたまたま日常着にも適していたからだろう。
 

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2008年1月23日 (水)

オランダとオーストラリア

東南アジアでの買春といえばドイツ人だと思うかもしれない。その通りではあるのだが、オランダ人もひどい。比較的数が少ないので目だっていないだけ。というか、オランダ人ってドイツ人の亜種みたいなもの。とくに児童性愛に情熱を燃やす。

買春と児童性愛に関しては、オーストラリア人も負けていない。

東南アジアで普通に見ていていちばん耐え難い白人といえば、やっぱりオーストラリア人とオランダ人。

参考記事、

オランダのペドフィリアたちが徒党を組んでぺド合法化を目指す政党を立ち上げようとしている

東南アジアにおけるオーストラリア人の生態実例

その他多数。

そして「白人至上主義」を率直に吐露する点でもこの二国民は共通しているようだ。

この世界で「白人」の地位が危うくなったら真っ先に切り捨てられるけっぷちにいる連中だからだろうか。

当然の帰結として、「翻訳された白人至上主義」運動である反捕鯨運動にも熱心になる。
 

<調査捕鯨>グリーンピース妨害でオランダに要請 外務省

1月23日18時22分配信 毎日新聞

 外務省は23日、日本の調査捕鯨船が環境保護団体「グリーンピース」から燃料補給の際妨害を受けたことについて、同団体が乗り組んだ船の旗国、オランダ に対し「許しがたい違法行為」として、再発防止の措置を講じるよう申し入れた。児玉和夫外務報道官が会見で明らかにした。

 調査捕鯨船に対する妨害行為は、反捕鯨団体「シー・シェパード」に次ぐもので、拘束されたメンバー2人のうち1人はオーストラリア人。高村正彦外相は 22日、オーストラリアのクリーン貿易相との会談で「国内法に基づく適切な対応」を要請しており、今月31日に来日する同国のスミス外相との会談でも議題 となる見通しだ。【上野央絵】

 
1年ほど前、クアラルンプールの都心ジャラン・アンパンの「マレーシア・ツーリスト・センター」の中にある警察(ツーリストポリスではないがそのような仕事をしているところ)に用事があって出向いていたときのこと。

そのときにかち合ったオランダ人はひどかった。40過ぎと見える汚く日焼けしたガタイの大きな白人男。妻と小さな子供を連れていた。

男たちはツーリストセンターの警察署にどたどた入ってきて、ベンチに座って待っている私たちアジア系の客たちの方に目をむけ、アゴを使ってで「ドケ!」とやってきた。

「お前らどけ、俺たちが座るんだ」というはっきりした意思表示だった。

有色人種なら当然召使か使用人、自分たちに奉仕すべき立場の者に決まっている、という確信に基づく行為である。

それが受け入れられないことが不思議なような顔をしていた。

さらにそのとき窓口で相談をしていた人が終わると、彼らは待っているわれわれを差し置いてすぐに窓口に向かっていった。妻の方も当然のように窓口に進む。

私が声をかけて引き止めたが、マレーシア警察はそのまま白人たちを先に受け付けようとしていた。

私はあとで彼らに向かってハッキリと「われわれも同じツーリストだし、ここはお前ら白人の植民地じゃない」と言ったが、オランダ人男もその妻もポカンとしてわけがわからないという表情だった。

ヨーロッパには、アジアは形式的には独立させてやっているが、いまも白人の植民地であるという強い信念を持った者が少なからずいると思う。オランダ人のように教養のない連中がそれを素直に表現しているということだろう。
 

(このあとはマレーシアの話になる)  

なぜそのとき私がその警察にいたかについては、ちょっと込み入った話であり、また私が特定される可能性があるのであまり書きたくないが、その何日か前に私は、KLCC内でサウジアラビア人に絡まれていた。絡んだといっても口げんかの類だが、アラブ人の方から絡んできたので、じゃあ一緒に警察に行こうかということになった。ところがKLCCの警備員と警察官は最初から一方的にアラブ人の方を被害者扱いし、私を加害者扱いして私だけ地下の万引き容疑者待機所のようなところに連れて行った。その間アラブ人の言い分を聞いていたのだろう。「地下牢」で、KLCC内で捕まったインド人のスリや万引きと一緒に長く待たされた。インド人のスリが被害者の男の靴に額をつけて謝罪して許してもらっていたり・・・、そんな場所だった。ジャラン・アンパンのマレーシアツーリストセンターの警察署についてからも、マレーシア警察はアラブ人の話を優先的に聞く(ほとんど英語が話せないような奴だった)。アラブ人の主張のみを最初から正しいものとして扱い、私の主張にはまともに耳を傾けようとしないで一貫して私を「犯人」(そのアラブ人とのトラブルに責任のある者)として扱ったのである。。それでもポリスレポートを出すことはできた。私は警察のパソコンに自分で英語のレポートを打ち込み、「警察が私の話を聞こうとしなかった」ということも書き込んでそれを印字してもらい、サインして正式に警察に提出した。。ところが、あとになってわかったことだが、マレーシア警察は印字する前にちょっと形式的な訂正をすると言って私のレポートに手を入れていた。「警察は私の言い分に耳を傾けようとしなかった」と私が書いたところを改竄してまったく逆の意味に変えていた。要するに否定詞を消していた。婦人警官はパソコン画面を見せて私に確認させこれで良いかと聞く。私はそんな改竄をするとは思いもしなかったし自分で書いたものなのでほとんど見ないで良いと言い、印字させてサインしてしまった。。コピーを受け取ってから改竄に気づく。私は大いに抗議して訂正しろと言ったがマレーシア警察は受け付けない。サインしたじゃないかと開き直る。私がねばっていると警察はどうしてもというならもうひとつ別のポリスレポートを出せというので、もう一通、改竄の件も含めたレポートを書いて出すことにした。そんなつまらない問題で何日かにわたってごたごたをしていたのである。

契約書などに気づかれないようにちょっと手を入れて改竄するというのはマレーシア人の常套手段なので気をつけなければならない。もとはアングロサクソンのお家芸だったのだが、マレーシア人もご主人様から教わってきたらしい。つまり警察もその辺の詐欺商店と同じことをやっているということである。

なおマレーシアでは被害届などを提出するというときの「提出する」は"lodge"を使うことが多い。
  

マレーシアは第一印象としては、タイに比べて「白人崇拝」が少ないように見える。

しかしそれは、タイのような、「嫉妬とへつらいと付け込みと八つ当たり」という特異の精神文化に基づく伝統芸のような白人崇拝と日本人差別や、あるいは白人ツーリストへの「ホスピタリティ」の表現としての大げさな白人客優遇=有色人種客差別はない、ということにすぎない。

冷静に客観的に見ると、もしかしたらマレーシアのほうが今なおハッキリと白人植民地といえるかもしれないと最近は思うことが多くなってきた。

現実にイギリスの植民地に甘んじていたという歴史は重い。しかしマレーシア人はそれを「重い」こととさえあまり感じていないように見える。この国に来る白人も、セックスツーリストは少ないが「植民地バカンス」意識は相当強い。

白人がご主人様でなければアラブ人がご主人様である。マレー人が他民族に従属しないで独立した自分の国を建てていくということは、素質上無理があるように見える。
  

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2008年1月20日 (日)

商店の入り口を占領する白人ツーリストたち KL マレーシア

日本もすでにこういうふうになってるだろうか。
商品を買うでもなく、店の入り口に座り込んで動かない白人の群れ。
もちろん店も苦情など言わない。

マレーシアの人がなんであんなに白人に従順で白人のわがままを許しているのか、最近よくわかった。

(タイはそれが最初からの国柄であり国策だからだが、マレーシアは一応イスラム国家で西側の白人に媚びることを国策にしているわけではないと思っていた)。

現実に危険だからだ。

大部分の白人は動物的な衝動で暴力を振るう。気に入らないことがあると無抵抗な者に対して直ちに先制攻撃をかけてくる。アジアではローカル(有色人種)に対してそれが当然許されると信じている。白人を刺激したらまず最初の一撃は覚悟しなければならない。

そして警察は必要なところにはいない。仮に呼んで来たとしてもローカルを助けてくれることは絶対にない。つまり警察は白人がらみのときには有色人種は助けない。仮に司法の場にまで持ちこめたとしても同じことだろう。一方で、白人の暴力に抵抗して白人に怪我をさせたとしたら、刑務所に行くのは必ず有色人種のほうである。

マレーシア警察のやり方だと、被害にあった有色人種(非白人、非アラブ)の方が常に犯人扱いされるだろう。実際、日本人とアラブ人がトラブルになったとき、マレーシア警察は一方的にアラブ人の主張のみを聞き、日本人のみを警察の地下牢のようなところに連れて行く。相手が白人ならなおさらである。

日本もこれ以上「安い国」になればこういう光景が日本全国でどんどん日常的になっていく。日本に住んでいる日本人のほとんどは、白人の本当のずうずうしさと「怖さ」を知らないと思う。日本警察もすでに白人には手が出せない。

店の入り口を占領する白人ツーリスト KL
店の入り口を占領する白人ツーリスト KL

在日白人が日本を「人権」批判したがるのは、日本は「アジアの癖に」まだこういうヤンチャがやりにくいところがあり、白人の特権が十分認められていないと感じているからであろう。
在日白人、帰化白人がいろいろな口実で日本批判をしている目的は、日本を白人がこういうことをやり放題できる国にし、日本人のだれもが「私たちは白人より劣っている種族です」と認め、白人が通れば当然のように頭を下げて道をあける、白人資本にタイのように特権を認める、娯楽産業、セックス産業はタイのようにまず第一に白人のためのものとする、そのようなことを心から実践して日本人が白人の優越性を心から受け入れ、日本人に白人に歯向かう気持ちを一切捨てさせようため、日本をそういう国にし日本人を白人の奴隷民族にするためである。

白人と闘うための一構想:
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2008/01/post_25ae.html
 

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2008年1月19日 (土)

ブキ・ビンタン(Bukit Bintang)はタイのようなところ KL マレーシア

このブログのアクセス解析の「検索ワード フレーズ」には、いつもちょっと人には見せられないような言葉が並んでいる。

こういうのを見ると本当に吐き気がするのだが、タイなどを扱っているブログはどこも同じだろう。

マレーシアに関していえば「クアラルンプール 置屋」「マレーシア 風俗情報」などという検索ワードでこのブログに来る人が跡を絶たない。さすがに「マレーシア 幼女」という馬鹿はいないようだ。

このブログのアクセスの一割以上はセックスツーリズム情報目的だろう。

仕方がないのでそういう人の需要にも応えておくことにした。

まずマレーシアはイスラム国である。イスラム法(シャリア)自体はムスリムにしか適用されないとはいえ、世俗主義イスラム国家としての国の法律はすべての人種民族、外国人にも適用される。

どんなに世俗主義的なイスラム国家でも売春や性風俗営業(日本では合法な「本番なし」風俗を含めて)を合法としている国はないと思う。

マレーシアでは売春は違法である。

だから、セックス目的のツーリストはタイに行け、というのが正しい。マレーシアに来るべきではない。

しかしタイでのセックス滞在中にビザ期限が切れたり、タイのノービザ滞在規制など影響でマレーシアに入り、クアラルンプールにまで来てしまい(それらしいゴロツキ毛唐がいまこの町に溢れている)、ここでもどうしてもセックスツーリズムを楽しみたいという基地外は、KLのブキ・ビンタンBukit Bintangに行けばなんとかなるだろう。

ブキ・ビンタンには売春マッサージが軒を並べている。

私は入ったことがないのでどれくらいが売春宿でどれくらいが普通のマッサージ屋なのか、あるいは混合なのか、タイでよくあるように普通のマッサージの後に「セックスマッサージ如何」と聞いてくるシステムなのか、あるいはタイで時々あるように真面目なマッサージ中に女が抱きついてきたり乳房を押し付けてきたり足の付け根を揉みつつことさら陰部を刺激してきたりするシステムなのか、詳しいことは知らない。

しかし、前を通ると呼び込みが真昼間から「ジキジキジキジキ」と声をかけてくるのでジキジキなのだろう。タイでいうボンボンである。タイほど細かい芸はないのかもしれない。

「ジキジキジキジキ」と大声をかけられるよりは耳元で「ボンボン・マイ?」とささやかれた方がマシなので、この方面の文化はやはりタイが上ということだろう。

マレーシアでは人種宗教国籍を問わず売買春は違法のはずである。

そしてブキ・ビンタンで売春が行われていることは誰もが知っていることである。

官報的新聞さえ「ブキ・ビンタンはバンコクのパッポンのようになりつつある」と書いていた。ホテルのバーがまたひどいらしい。

しかしブキ・ビンタンの売春が取り締まられる様子はないようなので、非合法ながらここはマレーシア警察公認の売春地帯ということだ。

マレーシアの警察はマレー人ばかり。

つまりムスリムが「パッポンのような」売春地帯を公認しているということになる。

ブキ・ビンタンにはそのほかにもタイを思い出す要素がある。

見ていると、呼び込みの女が白人通行人にしか声をかけないレストランのような店がある。

スターバックスのマレー人店員は、店に入ってくる客が白人か有色人種かによってはっきりと違った反応をする。

白人客には明るい笑顔で英語の挨拶をし、有色人客(マレー人でも中国人でも)には無言、むっつりしていたり見下すようなニヤケタ表情で対応していたり。タイでは普通のことだがマレーシアではこういうことはそれほど多くない。もっとも彼らはタイ人のように「意図」「嫌らしい悪意」をもってそうしているわけではないのかもしれない。いずれにせよ「状況」に反応して動き「気分」の力に忠実に流されていくというのが「ブミプトラ」(土人)にふさわしいものなのだろう。

ブキ・ビンタンは白人も多い。ふんぞり返り方もタイと同じ。

ビザの関係でマレーシアに来てしまったがタイが恋しくてたまらないというタイヲタがタイを思い出して慰めを得るには、ブキ・ビンタンは良い場所かもしれない。
 

ブミプトラ(土人)な人たちというのは、「原則」というものをもつことができない。普遍性とか規範ということの意味も理解できない。規範はなく、いつも個別的で特殊な指定があるだけである。

マレー人は熱心なムスリムだというが、実態はオカルト、呪術に満ち溢れているだろう。bomohとかいう呪術師は良い商売である。

ブミプトラ(土人)な人たちは普遍的なものが理解できないから、「お客さんはみな平等に扱って、公平に応対しなければいけません」と仮に言い聞かせたとしてもその「意味」が理解できない。「どのお客さんにそうすればいいの?」という没論理的な質問が返ってきたとしてもまったく不思議ではない。そう言われた人の前ではそう振る舞い、別のことを言う人が優勢なときはその人にごく自然に従う。

このような性格を「素朴でゆったりしていて近代化で汚されていなくて素晴らしい」とか本気で思い続けることができるタイプの人は、ブミプトラ的な人たち、ブミプトラ体質の国がたまらなく好きになるかもしれない。(誰でも最初の一瞬はそうかもと思うことがあるかもしれないがそう思い続けることはマトモな人には難しいと思う)。タイでもマレーシアでもインドネシアでも、同じことである。
 

マレーシアの政治家が「ブキ・ビンタンを銀座のような町にする」と言っているそうだが、タイ人が「カオサンはタイの原宿だ」と言っていたのに優るとも劣らない寝言である。
 

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2008年1月18日 (金)

オーストラリア白人がコソ泥で逮捕される 同宿地元民のノキア携帯を盗み ペナン マレーシア

逮捕された男。マレーシア紙New Straits Times18Jan2008より。 

Imgp3650

毛唐に襲われたときカメラを向けたら殴られてレンズに傷がついてしまった)。

claim trialとはよく使う表現で要するに「裁判にかけられる」ということ。(被疑者が権利として公判を請求する、裁判を受ける権利を主張するという意味だろう)。

GEORGE TOWN:  An Australian businessman yesterday claimed trial to stealing a Nokia handphone belonging to a man at a budget hotel here.(オーストラリアの「ビジネスマン」は環境保護に熱心なせいかbudget hotel〔きたねえ安宿〕に泊まるようである)
Lee Anthony Knaggsi, 35, of Yatala, Australia, was charged with stealing Anuar Sani Othman's handphone at room No 28, Federal Hotel, Jalan Penang, about 3.50am on Jan 14.以下略、

もちろんオーストラリア人が罪を認めるはずもない。「ホテルで女に薬を盛られて数時間意識がなかった」などと言い訳している。

Defence Lawyer.....told magistrate... that his client had lost consciousness for several hours after he was drugged by a girl in the hotel.

女を買ったのも麻薬をやっていたのも事実だろうが、だから携帯を盗まなかったとはいえないだろう。

1万リンギの保釈金と保証人で保釈。

ペナンは麻薬に酔った毛唐が安宿に売春婦を連れ込むまるでタイのようなところのようだ。

マレーシアがイスラム国?笑えるね。
礼拝室がいつもトイレの隣にあるのはナゼ?あんな臭いところでお祈りか?
 

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2008年1月17日 (木)

マレーシア警察の身体検査

今朝いつもの中国系コーヒーショップでコーヒーを飲んでいたときのこと。

コーヒーといっても中国系の店とインド系やマレー系の店とでは出てくるものがまったく違う。インド系やマレー系の店の砂糖入りコーヒー、コピ・オはジョッキのような大き目のグラスに薄めのコーヒーを入れ砂糖をドバッと入れたもので、毎朝飲んでいたら肥満、成人病の道まっしぐらと思われるようなものである。中国系コーヒーショップのは普通の陶器のカップに入った濃い目のコーヒー。砂糖かコンデンスミルクを入れるのが普通。ブラックで飲むにはどちらも不味すぎる。

で、突然、私服のマレー人が2、3人入ってきた。

そして、色黒のインド系男と、店員の中で一番貧相な私の顔見知りの中国系男の身体検査を始めた。

私の椅子の背を突き飛ばしながら入ってきたマレー人の私服は、客のいる店の中にこの二人をさらし者にして、長々としつこい身体検査を始める。

インド系の男のほうが早めに終わった。中国系の貧相な店員は両手を上げたポーズをとらされたままパンツが見えるまでしつこくすべて調べられている。おそらく性器もチェックされただろう。たいへんな屈辱的な様子だった。

この貧相な中国系店員を私は長く知っているが、おとなしい男で人と話しているところを見たこともほとんどない。たぶんバイト(忙しいときに手伝いをする代わりに駄賃をもらい暇つぶしもさせてもらっているような非正規店員)なのだろう。仕事のないときは中国語の新聞を読んでいるだけである。

この男のポケットをしつこく調べて、この無能マレーシア警察は、麻薬のパケットでも出てくるとでも思ったのだろうか。そんな捜査ならネタをあげてからするものだろう。

人種的な嫌がらせ、牽制に過ぎないのだろう。しかしそれなら、さっとやってすぐに引き上げるべきだろう。あるいはタイ警察のように確実に何かゆすり取れる口実をあらかじめ用意してから行くべきである。

長々と身体検査をすればするほど、結局は手ぶらで帰っていくマレーシア警察の無能ぶり、捜査能力の欠如を世間に向けて宣伝しているようなものである。

コーヒーショップにいるのはマレーシア人には限らない。

念のためあとで店員たちに聞いてみたが、たんなるチェック、つまりランダムチェックに過ぎないということだった。

たんなるランダムチェックであれだけ犯罪者扱いされるのである。その根拠は、彼らがインド系、中国系だったということと、ここが中国系の喫茶店だったということだけ。

白人が公然と一方的な暴力行為をほしいままにしているのをまったく放置しながら、こういう弱いところに突っ込んで日ごろの憂さを晴らすのがマレー警察のやり方らしい。

これはわれわれに関係のないことではない。中国人がやられることは日本人もやられるのだと思わなければならない。

なぜなら、彼らが憂さばらしの標的を選んでいる基準は人種なのであり、もっといえば「見た目」に過ぎないからだ。

それもわれわれの眼による見た目ではなく、中国人も朝鮮人も日本人も同じようにしか見えない連中の「見た目」なのだ。

この現実を否定し、「中国人は嫌われているから、朝鮮人は嫌われているから、・・・けど日本人は好かれてるから大丈夫・・・」などというのは白痴なネトウヨ、2ch海外旅行板「健全タイ旅行スレ」的タイヲタウヨ妄想の典型といわなければならない。

マレーシアは多人種多民族性によってごまかしているが、もちろん本質はマレー人主役の国家である。

しかしマレーシアが本当にマレー人国家だったら、どんなに野蛮な恐怖国家になっていただろうかと思う。

東南アジアの中国人を弁護するつもりもないが、シンガポールのリークアンユーがこの地域で中国人はマレー人・インドネシア人によって抑圧されていると言っていた気持ちが少しわかるような気がする。

まあ早い話、「土人」はどこまで行っても土人。「やっぱり土人だった」ってこと。

マレー人はイスラム主義に徹していったほうがいいだろうと思う。他に彼らに縁のある文明はないのだから。

イスラム教自体は尊敬すべき文明である。

今スペインでマレーシアのアブドラ首相が「アンダルシアのノスタルジー」を持ち出して毛唐に媚びながらイスラムと西洋の和解がどうとか説教垂れているようだが、西洋から見ても中東から見ても猿にしか見えないだろう。

マレー人は、世界の舞台でイスラム教の説教をする立場じゃなくて、「コーランをお勉強させていただきます」って立場じゃないのか?

イスラムと植民地遺産の西洋文明を両天秤にかけて都合よく使い分けようなんてことは、土人の器では無理であろう。

私の狭い見聞だが、マレー人は非常に鈍い。はっきり言ってトロイ。一見普通に働いていて英語が話せても、接してみると理解力判断力は精神遅滞者としか思えない者が散見される。こういうことは個人差というより文明の力の問題であり、一朝一夕には変わらないだろうと思う。
 

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2008年1月14日 (月)

毛唐に襲われる 突き飛ばされ蹴られ 白昼クアラルンプルの電車のホームで

今日のは本当に怖かった。アジア女連れの2メートル以上もある見るからにケダモノだったが、こちらが写真を撮って怒らせたとかではない。

こっちが駅のホームの電車の扉の乗る人用の位置(KLでもちゃんと決まっている)に立っていたら、大きなビデオカメラを抱えたこの男が「ここで(女を)撮るからどけ」みたいに俺を腕で押しのけてきた。

黙って押しのけられているわけにもいかないから拒否すると、たちまちすごい剣幕になり、完全にケダモノだね、肘で突き飛ばしちょうど来ていた電車に蹴りこまれた。俺がようやくカメラを取り出したのはその後。電車が来てなかったら高圧電流の流れているというレールの上にに突き落とされたかも。

クアラルンプールの電車の駅で毛唐に絡まれるのはこれでもう2回目。東南アジアでも毛唐の直接の暴力を受けたのはポイペトとクアラルンプールだけ。その意味では、KLは危ない白人の多い都市といえるのかもしれない。まだ白人植民地だと信じて来てるようなのも少なくないのだろう。

奴隷のように振舞っていれば安全なのだろうが。

今日のなんか、誰もいないようなホームで突っかかってきた。

毛唐は必ず先制攻撃をかけてくる。そしてそれを正当化する理屈を後から探してくる。これが白人のやり方だ。白人の現在の地位を作ったのはすべて暴力である。

KLの電車には鉄道警察はおろか駅員もろくにいない。白昼暴力を振るうことを少しも悪いと思っていない連中=白人はなんでもやり放題である。

電車に蹴りこまれた後ようやくカメラを取り出して少しだけビデオを撮ったので(最初撮ろうとしたときはカメラごと突き飛ばされたので正面画像は撮れなかった)、Niftyビデオ共有に今あげているところ。あがったらこちらにも貼る。

皆さんも国の内外で素行の悪い白人を見過ごすだけでなく、その振る舞いを動画や写真に撮りネット上にアップして共有していくようにすると良いと思います

そういう一つ一つの積み重ねで、日本人の多くがいまだ抱いている愚かな白人幻想を打ち砕き、まず日本人の意識を変えることができるかもしれないし、それがまず第一に重要なことだと思います。ケダモノに人間になりなさいといってもすぐにはなれないだろうから。

この男だが、自分がこの直前にやったことなどまったく意に介さず、自分のビデオ撮影(アジア女モデル撮影)に夢中の様子の場面。

白人に殴られ蹴られる クアラルンプール
白人に殴られ蹴られる クアラルンプール

KLの電車は白人が非常に危険なところ。マレーシア人もインドネシア人もインド人もアラブ人も怖くない。

まあ、今日の毛唐も本気で蹴ってはいなかったと思うけどね。あの巨体で本気で蹴りいれられたらいまごろ病院にいるよ。しかしファイティンポーズでのしかかってこられれたときにはもうだめかと思った。

この毛唐、チケット売り場で「チケット」を「ティカッツ」みたいに発音していたが(俺の頭越しに注文出していた)、どこの国かはわからないが、オランダ人でなければオーストラリア人と思うのは先入観ですかね。

マレーシアは日本人リタイヤ滞在に期待しているようですが、白昼都心の駅(ここはHang Tuah)で不良白人が有色人種客に絡み突き飛ばし蹴りを入れていても警察官どころか駅員も来ないというのでは、日本人は安心して滞在できないですね。

タイはクズ毛唐自体はいたるところにいるが、本当に危ない毛唐が密集しているところは大体わかるのでそういうところに近づかなければ毛唐からの襲撃を避けることはできるかもしれない(タイ人、タイ警察からの攻撃は避けられないが)。

しかしマレーシアの場合は、こぎれいでカタギな場所にこういう本当に危ない毛唐をのさばらせているということ。

危ないといわれているチャイナタウンやプドゥラヤ近辺を歩いていて危険な目にあったことはない。

以前毛唐に突き飛ばされた駅も、Dang WangiかBukit Nanasだったと思う。つまり、乗換駅。重要な駅だと思うが、駅員は見当たらず人目が少なく、獰猛な毛唐は構内でやり放題になる。
 

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2008年1月 1日 (火)

クアラルンプル正月花火

クアラルンプルの正月は別に祭りということはないです。町を歩いてもいつもの顔ぶれがいつもの場所でいつも通りに仕事している。中国系はよく働くなあと思うが。中国系が祝う正月は旧正月。マレー系インド系にとっては、どうなんだろう、日本で言えば「体育の日」で学校はお休みというのとあまり変わらないのかも。

新正月を宗教的な気分で祝って特別な行事を行うのは日本独特の習慣なのかもしれない。

この動画を撮ったのは一番最後のほうなので煙が多くてあまりさえないです。(日本の花火は煙が出ないのとかあったと思うけど)。しかし何より日本は安全第一。大きな川も無い大都会ののど真ん中でこんな低空花火をするのは日本では考えられないのでは?花火の場所はムルデカ広場だったらしい。乱れうち、斜めうち、低空横とびなど、見所も一杯あったが、「そうだビデオに撮っておこう」と思い立ったのはいいところを見終わってからのことで撮り損なってしまった。ビルの谷間に夜の鳥が飛び交い、煙が立ち込めて、市街戦の趣?

KLカウントダウン花火 市街戦の趣?
KLカウントダウン花火 市街戦の趣?

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2007年12月30日 (日)

一首できました


てめえ左手で渡すなこの野郎

てめえの左手は汚ねえだろうが

と思ふことしばしばあり

ジット手を見る

ちょっと不定形になったかな。歌会始に出すのはやめとこう。

年の暮れは寒そうにして上野へ行き、アメ横の喧騒を斜に構えてなにげにジット手を見たり、なんてのもいいと思うが、ここはクアラルンプル。冷房入れて寝てます。

チョウキットに行っても特にどうということはないし、KLセントラル駅前なんぞいかにもいかにもでこういうところはタイが上かななんて思ったりもするがどっちみち啄木的風情などは全然なし。プドゥラヤバス停は上野駅的な場所とはいえるが、傍らに人無きが若き毛唐パッカーがぞろぞろ・・・・。

KLってところはとびきり退屈な町。それでも人間は、東南アジアではかなりましなほう。東南アジアのどこかに住むとしたらやっぱりKLかもしれない。

穢れを払い落として来年は日本にも世界にも良いことばかりあると良いですが、なかなかそういうわけにはいかないのでしょうね。

 

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2007年12月16日 (日)

リタイア滞在カナダ人のおべんちゃらコラム 「なぜべんちゃらを書き続けるのか」 マレーシア紙

マレーシアはこのところ、インド人問題、ヒンドゥ寺院問題で一部白人世界からの批判も招いている。インド人団体HINDRAFは、エリザベス女王とインド政府に直訴し、どちらにも相手にされなかったが、アメリカ政府が人権批判をしているようである。

これに対してマレーシア政府は毅然とした態度で、イラクでの米兵の乱行やキューバのCIA収容所問題などを引き合いに出して反論している。日本にはできない外交である。

こういうときには在住白人にべんちゃらをいってほしいというマレーシア人の気持ちもわからなくはない。

今日の英字紙ニューストレーツタイムスに、同紙によくべんちゃらコラムを書いている在馬カナダ人の、何故いつもいいことばっかり書いているのかを弁明する趣旨のコラムが掲載されていた。

ちょっと日本人にも無関係なことではない内容だと思ったので紹介したい。

マレーシアヲタ白人のおべんちゃらコラムを掲載し続けて悦に入っているというのも恥ずかしい「土人」のサガだと言えるだろうが、日本のように、マスコミが日本をこっぴどく批判してくれる外人をわざわざ探し回り、外人の日本批判発言をことさら引き出してそれを回覧しあって喜びあう、という歪んだサガよりは健全だろう。

そのような日本人の自虐的な態度は、批判者の目にも傲慢な態度と映るのではないかと私は思う。こいつら人を舐めているのではないかという印象を与えて批判者の批判をさらに昂じさせるかもしれない。

批判されたときはそれがどんな批判であれ、「自分の立場から」せいいっぱいの反論を尽くすというのが本当に「謙虚」な態度なのだろう。私がそのような謙虚さを持っているなどというわけもないが、そういう態度が理想であることは確かだろう。

日本を代表する人々やマスメディアはそのような「謙虚」さをもつべきだと思う。

ここで「自分の立場」というのは任意に選択できる思想的な立場にかぎらない。

むしろ「宿命」すらも含まれる。

「自分が日本人に生まれたこと」、「自分が日本国民であること」からだけでも、日本や日本人に対するどんな批判にも、できる限りの反論をすべき「立場」が課せられているのである。

それを怠るのみならず外部からの批判にただ迎合する態度をとる者は、世界のどこに行っても軽蔑されるだけだろう。適当に「可愛がられる」のが関の山である。

ある人種(race)・民族(race)・宗教のコミュニティ(言語、宗教、文化、人種=遺伝的容貌、の)に生まれたという「宿命」の重さ。このことはマレーシアのような国に滞在していると当然のように感じられるようになる。

「マレー人になる」中国系はいる。ムスリムとの結婚などでイスラム教に改宗する場合。しかしこれは「親との縁を切る」ことを意味する。中国人の系譜も捨て彼らが最も重視している祖先の祭祀にも一切参加せず、マレー人のコミュニティの中で生きるのである。

宿命を含む「立場」のこのような厳しさを否定する「あいまいリベラル左派」の日本人が非常に多いが、彼らはただ個人的に当面の苦労を回避して楽をしたいだけである。

彼らは自分自身のそのようなふざけた態度によって当然受けるべき軽蔑さえも、誰か他の日本人または日本国に担わせようとしている卑しい百姓である。
 

Malaysia looks pretty good to outsiders
(こういう時のoutsiderは白人に限っての話というのはタイもマレーシアもどこでも同じ)

David Lavoie

  Lately I've run into a number of people, both Malaysian and expat, who recognised my name and commented that they often read my column. That is quite gratifying.

  But many have made an interesting observation: that I am always so positive about Malaysia and Malaysians. "Why," asked one gentleman with whom I shared a drink in a popular Taman Tun pub recently,"do you do that?"

   It's a fair question and I guess there are a number of layers to the answer.

   The bottom layer is that I am a guest in this country and Malaysians are my hosts. Only the very rudest of guests would criticise an essentially gracious host in a public forum. I try never to be a rude guest.(この基準からいうと日本にいる外人はthe very rudest of guestsばかりのようである)。

  Secondly, I am a columnist, not an investigative reporter. I write about things I see and feel and think.. It's really not my job to reveral things about Malaysia which could be improve.

  Oh, I know they are there. I read the papers and see the news about scandals, corruption and inefficiencies like everyone else. But it's up to Malaysians to clean their own house.

  I don't think it's appropriate for me, or other expats for that manner, to comment too publicly about the odd patch of dirt on the floor.

  Thirdly, the truth is I really do love this country, and I love living here for a part of each year. Why would I not? The country is visually beautiful, culturally diverse and endlessly fascinating to me.(中略)

続きを読む "リタイア滞在カナダ人のおべんちゃらコラム 「なぜべんちゃらを書き続けるのか」 マレーシア紙"

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2007年11月26日 (月)

インド人のデモ クアラルンプル

社会に対する関心が薄いせいか、ひきこもっているせいか、昨日の騒乱にも気付かなかった。

場所はジャラン・アンパンとかBatu Caveヒンドゥ廟とかだったらしい。

たしかに、昨日はこのあたりでも街の雰囲気が荒れているような気がした。日曜日だからかと思ったが、いつも行くインドレストラン(インドレストランにしてはソフトな接客をする)に昼も夜も制服警官のグループがたまっていた。

2週間前の野党のデモとは違い昨日のは大荒れだったとか。

投石が行われ警官に負傷者が出たと報じられている。デモ側の負傷者は不明だが、実弾発砲はなかったようだ。Batu Caveでは「モロトフ・カクテル」も投げられてバスが燃えたとか。

デモを主催したのはHindraf(Hindu Rights Action Force)という団体。主な要求は、具体的にはイギリスから金をもらいたいということのよう。

この150年間、イギリスがインド人を労働力としてマレーシアに連れてきたせいで、インド人はマレーシアではマイノリティとして苦労しなければならなくなった。その補償をしてほしいという「お願い」をエリザベス女王陛下に直訴したいということ。それで、British High Commissionに向けてラリーしようとしたらしい。それがアンパンの辺にあるのだろう。日本大使館もその辺にある。

マレーシアではスルタンよりも女王陛下のほうがやっぱり格上のようで、先日のスルタンへの直訴は受け取ってもらえたが、女王陛下への直訴はマレー人警察に阻止されたようである。

インド人はイギリスに「補償」は求めているようだが、「謝罪」までは求めない。だから立派だというのでは全くない。私はむしろ逆だと思う。

マレーシアのインド人はあくまで女王陛下の慈悲心に信頼し、女王陛下のお慈悲にすがりたい、というスタンスでペティションを提出しようとしたのである。

Imgp3596

The Queen of England the symbol fo Justice, we still have hope on you.とある。

つまり、おらたちはマレー人の政府なんかより、もっと上の白人のイギリスの女王陛下の権威に服してるんだぜ、というニュアンスである。

私はマレー人を弁護するつもりは全くないが(彼らも基本的には同じなので)、これはいかにもアジア土人的な情けない心性の発露ではないか?

日本のネットウヨ的な発想では、「インド人は謝罪を求めたり恨み言を行ったりしないから立派だ、それに比べてトクアは・・・」、というところだろう。

しかしトクアにしても、相手が日本だから謝罪を求めたりいつまでも恨み言を言ったりしているのであって、相手が白人だったらいまごろこれとおなじように「お慈悲」を求めているだろう。

現にトクアは、日本にされたことを白人たちに言いつけることで白人に日本を叱ってもらい、それによって日本に対して相対的に優位に立とうというスタンスを貫いているのである。

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2007年11月24日 (土)

キムタク ブキ・ビンタンで クアラルンプル

東南アジアではキムタクはあまり受けないだろうと思っていた。

東南アジアではあの手の顔は珍しくないし、なにより「色が白いこと」が男女を問わず美形の条件とされる。男でも浅黒い肌はそれだけでマイナスらしい。

 

色さえ白ければあとはさほどどうこうということはないかのようだ。目の大きな人間、顔の小さな人間はありふれているので、日本ほどそれに飛びつくということはない。

しかしブキッ・ビンタンにキムタクの広告写真があった。

Imgp3591_2

  

「色白崇拝」は上流階級におもねり貧乏人を蔑視する土着の感性の表現ともいえると思う。東南アジアの金持ちは外で汗を流して働くことをもっとも賤しむ。

外で働く仕事は賤しまれることに比例して賃料も安い。外で働かなければならない人間は当然色黒になる。

タイ人の場合は、召使(家内奴隷)をコキ使いながら自分は昼間からダラッと寝転がって何か飲み食いしているような生活が立派だと思っている者が多い。

タイなら中国系タイ人、中国系、白人混血、マレーシアなら中国系や中東系混血などに金持ちが多いのだろう。また上流階級は当然のように少しでも「色の白い」者を配偶者に迎えようとする。

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2007年11月20日 (火)

パーム油タンカーを襲うグリーンピース船

白人NGOは80年代からパーム油を標的にして攻撃してきたが、当時の理由はパーム油が身体に悪いということだったようである。

ところがその後の科学的な研究によりパーム油が身体に悪くないということがわかると、彼らは理由を変えていった。

現在の理由は、パーム椰子栽培が森林を破壊し生態系やオランウータンの棲息を脅かすという理由である。

彼らにとっては有色人種の人間よりもオランウータンの棲息のほうが大切なのである。

アジアの黄猿ももっとしおらしく棲息していたらオランウータンなみに白人に大切にしてもらえただろうか、というと、そうとも限らない。

黄猿はオランウータンと違い数が多すぎるし、なにより喋るから。

白人NGOのターゲットにされているのはなぜかマレーシアとインドネシア。

タイもパーム油を生産しているが白人の攻撃を受けることはない。

彼らの主目的は、彼らが都合よく変えるこれらの理由にあるのではなさそうである。

とにかくマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーションを弾圧したいということだろう。

白人にとってはアジアの国が豊かになること自体が気にいらない。

アジアは貧しく後れていた方が本当は白人には都合が良い。そのほうが収奪しやすいからである。

例えば、貧しい国だから女が安く買える、幼女も買える、 というのと同じことで、貧しい状態に維持しておいた方が一番取りたいところを簡単に収奪しやすいのである。

もしもマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーション主が当然のように白人だったら、白人のこんな運動は最初から起きていないだろう。

Imgp3582
(右の黄色い旗がグリーンピースのテロ船。左がパーム油タンカー。グリーンピースが「敵」と定めた船舶に対していかに危険な妨害行為をするか良くわかる。彼らがどんなテロ行為を行っても攻撃を受けるほうは撃沈することも拿捕することもできない。彼らのテロ行為を支えているのが全白人マスコミだからである。ぶつかって彼らを沈めたら「環境破壊者がNGO船舶を攻撃した」といわれるだろう。もし日本船舶がそれをやったなら日本の猿がKamikaze攻撃で環境保護活動家を殺そうとしたと言われるだろう。〔BBCが日本の捕鯨を報じる見出しはkillである。huntでさえない。日本の捕鯨記事はkillで満たされる。狐のときはhuntだろう。「日本人がクジラを殺しに出発した。日本人は南極海に来るべきでない。・・・」そもそも白人がヨーロッパから出なければよかったのだ〕。彼らの卑劣さは、彼らは決して死なないし非難されることもないことをわかっていながらやっているところにある。この点で、グリーンピースよりはアルカイダのほうが道義的にはよほど上等だといわなければならない。)

 
世界で石油資源の流通を支配する白人が、白人の支配に属さないエネルギー資源を支配する有色人種の出現をいかに恐れていることか、それが「マレーシアとインドネシア」を標的としタイやフィリピンはスルー、という彼らの態度に表れているように思う。

白人の「力をもった有色人種への恐怖」、その恐怖心はほとんど生理的なものだが、それは彼らの歴史的悪業に由来し、人種的無意識とでも言うべき通路を通って表出されているように思われる。

白人は中国に対しては何かにつけてアマアマだと思うが、それは中国が白人にとって有利なマーケットだからというよりむしろ、中国がエネルギー資源には乏しく、どれだけ発展しても結局は白人が支配している石油と食料に依存する国で、究極的に白人の脅威にはなり得ないということがわかっているからではないだろうか。

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(写真はマレーシア紙New Straits Timesより)
 

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2007年11月18日 (日)

中国人学校に4年通ったのち国立学校で5Aをとったムスリムインド人の少女 マレーシア

東南アジアで異人種間といえば、いがみ合っているかそうでなければ強いほうに諂っているか、というふうに思い込みがちである。イスラム教徒は孤立して他と対立しいがみ合い、色が黒ければ色白民族・階級から虫けらのように扱われ・・・というふうに。しかし必ずしもそういう関係ばかりでもないようだ。(なおこの「イスラム教徒が孤立している」という思い込みは、タイを中心にしか東南アジアを見られない人によくあるタイヲタ的な東南アジア観であって、実際は東南アジアの人口の約40パーセントがムスリム)。

この子の名前はSyahmi Iman Khan、12歳。見てのとおり、名前からもわかるとおり、イスラム教徒のインド人。マレーシア人。

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(本日付New Sunday Timesより)
 
彼女は中国人学校に4年間通ったあと入学した国立の学校でこのたび5Aをスコアした。マンダリン(北京語)、英語、マレーシア語(公用マレー語)を流暢に話す。英語が一番苦手なのか、本人は英語はBを予想していたが予期に反してAが取れたとか。

彼女の両親は(どういう動機かわからないが)4人子供たちをみんな中国人学校に通わせている。  

タミル系インド人にもムスリムはいるがこの記事にはタミル語の話はまったく出てこないので、彼女はきっとタミル系ではないのだろう。

マスジッドインディアあたりでは色白のムスリムインド人が偉そうにしている。

彼女の家族にはマレーシアのインド系社会に居心地が悪い理由があるのかもしれない。

しかし、自分の肌の色にかかわらず、自分の居場所、属すべき共同体、付き合う人々、を選ぶ自由があるということはいいことだ。

日本式「国際化」主義のように、精神的な「同化」を尊び、さらには混血による遺伝子同化さえ賞賛し、なんでもまぜこぜにしようとするやりかたは、結局は均質化による全体主義を招くだけだろう。それは、現に支配する「強者」の支配をさらに強めることでしかない。

白人による徹底的なレイプが行われ、人種改造がなされた中南米では社会の貧富の差、階級の差が、「白人の血の濃さの差」としてほぼ忠実に表れているという。

つまり、「白人の血の濃さ」が階級差に直接反映される。下層に行くほど白人の血が薄くなり、上層にいくほど白人の血が濃くなる。そして貴族的な支配階級はほぼ純白人ということになる。最上層はスペインやイタリアの上流階級と同じくもはやラテン系とさえ言えないのかもしれない。

異人種間の混血の危険性、特に「白人」との混血の危険性を忘れてはいけないと思う。

混血と「国際化」とは関係がない(「日本国際化主義」はその程度のものなのだろうが)。

それはむしろ複数主義に反し、少数派、貧者、弱者をさらに抑圧する結果になる可能性が高いと思う。

ミャンマーに散在するネパール人は、大東亜戦争時イギリスがビルマ戦線動員し日本軍と闘った英軍グルカ連隊の兵士の子孫である。

しかし、彼らは地元の人間と婚姻することはあまりしないようである(地元の人と混血している人もいたが上級カースト出身ではないようだった)。

私がチャイントーンでであったネパール人家族はチェトリ(≒クシャトリア)で、爺さんが戦争でチャイントーンに来て定着したそうだが、嫁さんはネパールから呼び寄せたということだった。その後もネパール人としか結婚していないという。若い兄ちゃんたちも、ネパール人としか結婚しないと言っていた。おそらく同じカーストとしか結婚しないという意味だろう。

伝統を守って暮らしている世界中の多くの人たちにとって、血脈は「宗教」に近いものだと思う。

イスラム教は普遍的な世界宗教だが、イスラム教徒は近親婚を好むことが多い。(マレー人はゆるい方かもしれない。クランタン州の田舎のおっさんに「マレー人の娘を紹介するから結婚しろ。ムスリムじゃない?改宗すればいい」とか言われたことがある)。

外国語を覚えることは結構なことだろうが、乱交は国際主義ではない。

「異人種との乱交は国を滅ぼす」ということを日本人はいまさらながらよく頭に入れておかなければならない。

イスラム教が男はクリスチャンやユダヤ人の女と結婚してよいが女はイスラム教徒の男としか結婚してはならないとしている意味もよく玩味したほうが良い。同胞の女を異邦人に売ってはいけないということだと思う。

複数主義としての世界化にとっていちばん重要なことは、やはり「棲み分け」だと思う。

そして、いま現に世界中でさかんにこの「棲み分け」を踏みにじり、複数主義に挑戦しているのが「白人」の勢力である

日本女が外国語を学習するときは、北京語、英語、マレー語ぺらぺらのこのムスリムインド人少女の顔と身なりを思い出すといいかもしれない。
 

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2007年11月16日 (金)

KLモノレール クアラルンプル

おのぼりさん、というか百姓丸出しでやってみた。

ブキッ・ナナス駅からブキッ・ビンタンへ。

ジェットコースターみたいで楽しいんですが。

このビデオは音がうるさいです。

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2007年11月14日 (水)

ディーパヴァリの日のヒンドゥ寺院 クアラルンプル

@Niftyビデオ共有というのができたので、手元にあった動画を試しにアップロードしてみた。

使っているデジカメはペンタックスの一番小さいやつ。このデジカメで動画が撮れるなんて最近まで意識したこともなかったが、Youtubeなどを見るようになって興味を持ち始めた。もちろん試験的段階。

手ぶれしまくりで、そのうえカメラの動きが素人撮りエロ動画のようにいやらしくさまよっている。

門の左右にある椰子はお祭りの日だけの飾り。

@Niftyビデオ共有の削除基準はいろいろ試してみないとわからないだろうと思う。

Youtubeでも「沢尻エリカの舞台挨拶」がしつこく削除されていたと思う。

「白人のいる風景」問題でニフティが私に言って来た「登場人物すべてのココログ掲載許可がなければならない」という基準を適用していては、こういう素人動画サービスはほとんど成り立たっていかないのではないかと思う。

上の動画も寺院に出入りする人にとっては一種の盗撮動画のようなものかもしれない。もちろん顔の映っている通行人一人一人の撮影許可があるはずもない。

今日の技術ではチラッと映っている顔から相当正確な肖像写真を再構成することも、その気になれば可能なようである。

しかしこれを不可とすれば、旅行で撮った動画などはほとんどネットにあげてはならぬということになる。

Youtubeでも本来の趣旨は自分を表現しましょうということなのだろうが、実際はそういう動画のほうが少ないだろう。自分を撮っている動画で他人が見て面白いというのがむしろ少ないと思う。

 
特殊な場所に行ったら、特殊な「風景」をビデオに撮って、ビデオ共有やYoutubeにアプロードしてからブログにあげる、というのがいいかも。

上げたところで動画が削除されていなければ、それはすでに社会的に共有され一般に公開されている情報だということである。ブログはそれを転載しただけである。

公開されている動画の転載を理由にそのブログ全体を閉鎖するというようなことは、ブログ提供会社に一片の理性があるならしないだろう。そんなメールでも来たらさらにお笑いの種が増えるということになる。

問題は、動画は下手クソが際立ってさらに見苦しくなるということ。
 

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2007年11月12日 (月)

土曜日のデモ

10日土曜日、クアラルンプールでかなり大規模なデモがあった。

デモ隊はマスジッド・ジャメに集まってムルデカ広場に向かい、私は行き当たらなかったが、催涙弾が飛び放水車が出動するかなり派手なものだったとか。マスジッド・インディア周辺のインド人商店が催涙ガスの被害を受けて店じまいを余儀なくされた。

新聞によればこの10年来最大規模のデモだったとか。10000人くらいが動員されたらしい。(AFPの報道では30000人規模のデモ)。

デモを呼びかけたのは複数の野党で、中国人政党からイスラム政党のPasまで含まれているよう。

新聞の写真を見る限りデモ参加者は色黒のマレー人ばかりに見える。

機動隊がかなり上手に鎮圧したようである。つまり死者は出さなかった。催涙銃の水平撃ちぐらいはしただろうが、実弾は撃たなかったようである。実弾を撃っていたら欧米メディアが大騒ぎしただろうが、特にそういう報道はない

早くもウィキペディアに記事が出ている。

http://en.wikipedia.org/wiki/2007_Bersih_Rally

 
デモ参加者がなぜか揃いの「黄色いシャツ」を着てイスタナ・ヌガラに押しかけ国王に直訴したというのが気になる。

黄色いシャツを着て国王に直訴、ってのはどこかの国のようだ。

たまたま黄色いシャツを着ていたデモに関係ない人も警察にしょっ引かれることがあったとか。

しかし警察はデモ隊がイスタナ・ヌガラに直訴状を提出することは認めたらしい。国王はその日(機転を利かせて?)クアラ・トレンガヌを訪れていて不在だった。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/times/2007/11/post_c9e8.html
 

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2007年11月 7日 (水)

明日はディーパヴァリDeepavali マレーシア

暦がいろいろあるようなので他の国ではどうかわかりませんが、マレーシアでは明日がディーパヴァリ。公休日でもある。

どこかでお祭り騒ぎがあるのかと聞いて見たが、私が聞いた限りでは派手なものはないということ。みなそれぞれの家庭で、家族や親族友人たちと祝うものらしい。白人キリスト教徒のハロウィーン騒ぎや、日本のセックス記念日(=クリスマス)などとは意味が違うようである。
ヒンドゥ寺院あたりに白人ツーリストが押しかけて騒ごうとするのかもしれない。彼らとて白い目で見られてまったく相手にされなければそれ以上のことはできない。マスジッドインディアのマーケットに行くのは見当はずれだろう。

ディーパヴァリはインド人のお祭り。ヒンドゥ教徒とジャイナ教徒が祝うもので、その意味や起源は立場によっても違い、いろいろのようである。

マレーシア政府はこのディーパヴァリを国民のお祭りとしてもちあげている。

インド人にかぎらずマレーシア人全体で祝いましょう、というような大本営発表の記事が新聞のトップに載る。

イスラム教徒(マレー人)主導の政府がヒンドゥ教のお祭りを推奨していることになる。公休日になっていて学校も休みになる。

ネット屋の中国人の女主人も、今夜はディーパヴァリのお祝いのためにクアンタンKuantanの友人のところまで車で駆けつけるのだという。

その友人がインド人とは思えないので(なんとなくだが、彼女はマレー語はよく話しマレー人とはよくしゃべるがインド人と親しく話しているのを見たことがない)、中国人同士でディーパヴァリを祝うのかもしれない。ヒンドゥ教が中国化することもよくある(帝釈天=インドラ神etc.)。

 

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2007年11月 3日 (土)

KLへ

3ヵ月ぶりにマレーシアへ。
2日。日暮里11時半ごろ発の京成スカイライナーにようやく間に合う。
日暮里駅で急な下痢になる。もう少しでスカイライナーに乗り遅れるところだった。
東南アジアにいても近頃めったに下痢などならないのに、なんの前ぶれもなく不思議。久しぶりに外国へ行くというので身体が緊張したのかもしれない。
出発1時間前のチェックインだったが問題なかった。
チェックインの時、毛唐女が一匹堂々と列に割り込んで来たので声をかけて追い払う。が、もし大勢だったらどうしようもなかっただろう。
出発ロビーの喫茶店て゛売っていたミネラルウォーターは150円。それほど高くはない。KLIAなど小さいボトルで15リンギもする水を平気で売る。500円近い。
喫茶店の接客も含めてこういうところのサービスはやはり日本が良い。
その店で中国人らしいおばさんがなぜか列を譲ってくれた。注文を迷っていたのかもしれない。
飛行機は定時に出る。
日本発KL行きのマレーシア航空機では、シートベルトは毛布の上からしてわかるようにしろとか、手荷物は上の棚か前の席の下に入れて足周りに置くなとか、そういうくどいアナウンスはなかった。KL発だとそれがある。もちろん日本発のタイ航空のようにトイレでタバコを吸うなとしつこくアナウンスするようなことはない。
3ヵ月日本にいるうちに、すっかり気分が日本モードになった。気分を引き締めて外国モードにし、貴重品や必要なものがどこにはいっているかいつもわかっているようにしなければならない。英語しゃべりモードにもしなければならない。
愛すべき初音ミクの「ハジメテノオト」に、時がたって、荷物が増えて、要するに世界が色あせてきても、それでも失いたくないものは私に預けてね、というような歌詞があったと思うが、同じ場所に長くいるといらない荷物が増えて、部屋の中で大事な物をなくしたり何が大事かという優先順位の意識が薄れるのは確かである。
KLの常宿に大きな荷物が預けてある。長くいるうちに荷物が大きくなった。
毎日移動を繰り返すようなキツイ生活なら荷物はそれほど大きくならず、大事なものが何でどこにあるか常に意識して、貴重品と命だけは落とさないように抱え込んで持っているだろう。
もっとも初音ミクの歌の意味はこんな現実的なガサツなことではなく、もっとデリケートなことで、何年もずっと自分の部屋にいて一見ほとんど変わらないように見える人の極めて繊細な内面の微妙な変化を意味しているのかも知れない。
MHには日本人の女性乗務員が3人乗っているた。男のクルーは土人系(マレー人)ばかり。男たちはタイ人ほどではないが客によって接客態度やら笑顔やらをころころ変えているのが見えた。白人や若い女性には笑顔、それ以外には仏頂面。茶色い髪の男のところで最高にヘラヘラしているのが見えた。すぐ前の席に座っていたマレー人客にも仏頂面だった。
どこの航空機でも男性客室乗務員はそういうのが多い。大の男が飛行機の飯くばりでは自分の仕事に誇りが持てず、クラス意識の中で自分の位置を確認するしかないということか。エコノミーのアジア人客なんかよりは天下のMHで飯くばりしている自分の方が上なんだと。ただ、タイ航空では上のクラス席に行くほど白人上げがさらにひどくなるということ。
マレーシア時間19時50分KL着。
いつもの宿のいつもの部屋に入る。
預けておいた荷物は3ヵ月前のままちゃんと保管してくれていた。
日本で白痴のように暮らした3ヵ月だった。テレビがあるせいかネットのせいか、旅先にいる時の方が同じ本を何度も熟読したりして知的な生活を送っていたといえる。
今の宿にいるとただのミネラルウォーターがとてもおいしい。モバイル

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2007年9月25日 (火)

宇宙でもイスラム礼拝 マレーシア初の宇宙飛行士

ハラール宇宙食くらいは国の音頭で開発したらよかったのに。宇宙食用ローティチャナイとか。

宇宙での礼拝もメッカのカアバ神殿の方を向いてするのか。結局地球の方を向くことになってしまうが、大宇宙空間で超越神に礼拝するのに地球の方を向いてするというのも変なような。

マレーシアのアブドラ首相は24日、10月10日にロシアのソユーズ宇 宙船に搭乗するマレーシア初の宇宙飛行士に、イスラム教徒のシーク・ムスザファル・シュコールさん(35)が決まったと発表。同国イスラム開発局はこのほ ど、宇宙での礼拝の仕方などを定めたガイドラインを明らかにした。

 それによると、最初の数日はラマダン(断食月)中だが断食は免除。「座れない場合は横になる」などの方法で1日5回の礼拝は義務付けられる。宇宙食がイスラム教で許されるものかどうか分からない場合は「飢えをしのぐだけ食べる」などと、柔軟な見解を示している。

 シークさんは1万1000人の中から選ばれ、宇宙滞在は10日間ほどの予定。(共同)

(2007/09/24 21:59)

http://www.sankei.co.jp/kokusai/world/070924/wld070924014.htm

 

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2007年8月26日 (日)

マレーシア最高裁判事、英国式コモンローCommon Law廃止を主張

コモンローとか慣習法とか言われるとわかったような気分になるが、イギリスはどんな法制度なんでしょうと思って概説書らしいタイトルの本を一冊買ってきて読んでみて何か理解できる日本人はめったにいないと思う。イギリス法を理解するというのは、英語のイディオムを「理解する」というようなものではないか。

「コモンロー」が支配してるんだ、慣習法の国なんだと思っていると、「エクイティ」(衡平法)というのが突然出てきて全部ひっくり返してしまうこともあるようで。しかしなぜそこでエクイティが出てくるのか、誰もが理解できるように論理的に説明することはできないようだし、説明する気もないのだろう。

「コモンロー」はイギリスに由来するというより、あくまでもイギリス人またはアングロサクソンのための法ということだと思う。わかりにくいものなので、アングロサクソン以外の民族が継受するのにふさわしいものではないと思われる。

法が一部の人以外にわかりにくいというだけでも、十分「植民地の害毒」といえる。マレーシアのように世界に国を開こうとしている国にとっては、法制度が特殊で日本を含むローマ法系の国の人にほとんど理解できないということだけでもマイナスだと思う。

2007/8/26 (08:03)| インドシナ

【マレーシア】マレーシア連邦最高裁のアーマド・ファイルス判事がこのほど、裁判過程で英国式のコモンローを廃し、イスラム法を採用すべきと主張し、議論を呼んでいる。

 英国植民地から独立したマレーシアでは、慣習法重視のコモンローが長年にわたり適用されてきた。これについて、同判事は今月21日、「マレーシアは独立50周年を迎え、もはや英国のコモンローは必要ない」と述べた。

 政府もイスラム法の地位向上には賛成の立場だが、敏感な問題だけに発言は慎重だ。アブドラ・ジン首相府相(宗教問題担当)は「イスラム法振興に関する提案は大いに歓迎するが、段階的に進めなければならない」と述べ、検討作業を慎重に進めるべきとの考えを示した。

 ただ、政界内部にはマレーシアの法制度が英国に由来するとしても、「植民地の害毒とは言えない」(華人系政党幹部)などとして、反対意見も根強い。

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2007年8月17日 (金)

アブドラ首相は「汚職文化を奨励」、マハティール氏が批判

2007/8/16 (16:13)| インドシナ

【マレーシア】マレーシアのマハティール前首相は15日、非政府組織が行政首都プトラジャヤで開いた集会で、汚職疑惑が相次ぐアブドラ政権について、「汚職文化を奨励し、汚い手段で次期総選挙を勝とうとしている」と厳しく批判した。

 マハティール前首相は「わいろを受け取った有権者、特にマレー系の有権者は、公然と汚職政府を選んでいる」と異例のトーンで苦言を呈した。

 マハティール前首相は統一マレー国民組織(UMNO)の中央代表選挙に地元クダ州クバンパス選挙区から出馬したが落選している。これを引き合いに 出し、「私に忠誠を尽くした人でさえ200リンギで買収されている。次期総選挙でも多額の資金で買収が行われ、有権者も票を売り渡すことになるだろう。政 権党がそうやって勝利すれば、われわれは公然と汚職政府に統治されることになる。国は最後には滅ぶのではないか」と懸念を表明した。

http://www.newsclip.be/news/2007816_014658.html

     
私はマハティール時代にマレーシアに行ったことがないので当時がどんな雰囲気だったかはわからないが、昨年あたりの御用新聞のマハティールたたきは結構ひどかった。

New Straits Timesという官報のような英字紙は、(若い - 想像 -)マレー人記者を動員して評論を書かせ、マハティール氏の20年前の「親日演説」の「歴史観」を痛烈に批判することでマハティール氏の人格をこき下ろすという試みさえした。(Ranita Husseinの論説)。

マハティール氏が20年前の演説で日本軍がアジアをアングロアメリカの支配から解放したかのように言ったのは「歴史のメインストリーム」から外れているという批判である。

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2007年8月11日 (土)

マレーシア国歌にラップ版、痛烈批判に政府激怒

言論の自由がほとんど無いようなマレーシアだが、タイよりは多少マシなようだ。

   
【マレーシア】8月31日に独立50周年を迎えるマレーシアで、国歌「ヌガラク(わが国)」の改作騒動が波紋を広げている。

 問題作を発表したのは、ジョホール州ムアル出身の華人で、台湾銘伝大学メディア学部に留学中の黄明志さん(24)。国歌の歌詞と政府のブミプトラ政策(マレー系と先住民の優遇政策)などを皮肉る福建語交じりの中国語歌詞によるラップ調だ。自らが出演したビデオクリップは、先月から動画サイト「ユーチューブ」などを通じ広がった。

 例えば歌詞の内容はこうだ。

 「警官はペンを持っていても、滅多なことで切符は切らないよ。喉が渇いているから、お茶が飲みたいだけさ。砂糖を入れればほら、彼らもにっこり」

 「毎朝5時にモーニングコール(モスクの礼拝呼び掛け)で起こされるよ。数カ所から同時に聴こえてきて、ラブソングのデュエットみたい。ときにはR&Bにも聴こえるよ。声はニワトリみたいだけど、ニワトリより早起きさ」

 「政府がブミプトラだけ面倒見てるなんて批判するなよ。公平な待遇が受けられないとか言うなよ。かえって華人が苦労をいとわないことが証明できるじゃないか」

 「政府職員はもっとすごいよ。何をするにもゆっくりでいいんだ。長蛇の列でもお構いなしさ。菓子を取り出し食い始める。汚い言葉でののしっても問題なし。だって、警備員も夢の中さ」

 マレーシアのライス・ヤティム文化・芸術・文化遺産相は9日、マレー語紙ハリアンメトロの取材に対し、「(黄さんが)反省し謝罪しなければ、国家反逆者だ。独立記念日後に警察に告発する」と警告し、国内治安省に関連資料を提出したことを明らかにした。

 当の黄さんは「作品に批判の意味合いはなく、宗教を侮辱したり、民族主義を扇動する語句もないし、国歌の意味を歪めることを意図したものでもない」と意に介さない様子。これだけ風当たりが強い状況では、しばらく里帰りはお預けとなりそうだ。

 マレーシアの野党各党は、痛烈な政府批判を繰り広げる黄さんをむしろ支援。マレー系野党の人民正義党までもが黄さんに入党を呼び掛けた。

 人民正義党の青年団長は、「ラップ版国歌は卑俗な単語と不適切な表現が出てくるが、抑圧された若者の思いを代弁しており、公平で公正な国家政策を望む内容だ」と支援を惜しまない姿勢を示した。
http://www.newsclip.be/news/2007811_014544.html

               
これらしい。http://www.youtube.com/watch?v=cE9nPk5y0g8

警察官が喉が渇いて甘いお茶を飲みたがるのは糖尿病だからだろう。マレーシアの男子トイレには蟻がたかっていることがある。

そういうのはいいとしても、こういう文句は悪趣味だと思う。

「毎朝5時にモーニングコール(モスクの礼拝呼び掛け)で起こされるよ。数カ所から同時に聴こえてきて、ラブソングのデュエットみたい。ときにはR&Bにも聴こえるよ。声はニワトリみたいだけど、ニワトリより早起きさ」

決められた時間に礼拝することがムスリムの宗教生活の基本的な要素だとすれば、その営みを茶化すようなことは他人の信仰を茶化すことと同義だろう。

         
ところで、「タイ国王様マンセー」で(君が代はろくに歌ったこともないくせに)タイ国歌が流れると嬉々として直立不動の姿勢をとるタイヲタ諸君はこういうニュースをどう読むだろうか。

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2007年8月10日 (金)

独立記念日が近づき街に白人が増えてくる

8月5日。

白人には、われわれが感じることのあるような相対的な、「うしろめたさ」の感覚はないようだ。

8月31日の独立記念日を控えて白人ツーリストがどっと増えてきた。イギリス人もたくさんいるだろう。

彼らはマレーシアに文明を教えてやったことを誇り、まだ教え足りないことや彼らが学びたがっていることがあれば気前よく教えてやろうという気分でいて、また、そういう心構えをアピールをすることこそ文明を学びたがっている旧植民地土民たちに歓迎され感謝もされるに違いない、という揺ぎない確信を抱いているように見える。

それはマレーシアにかぎらない。厳密に「旧植民地」である必要もないし、自国の植民地であった国である必要もない。彼らのアジアおよびアジア人に対する姿勢の根幹にはその確信があると思う。

「マレーシアが白人の植民地支配から脱却し独立を果たした記念だから白人も少しはシオラシい気持ちでいてそのように振舞うのでないか」という想像をするならば、それはまったく日本人の日本的な想像といわなければならないだろう。白人にはそういう発想はない。

マレーシアであれタイであれどこであれ、「ツーリストを歓迎します」といって白人に向けて呼び込みをすれば、白人はああ歓迎されているのだ、われわれが訪問してやるのを心待ちにしているのだと思うだけである。

そして彼らがこの国に来るのも権利であれば、この国で彼ら流に振舞うのも自然権であると当然のように考える。

そこで見る有色人種はすべてツーリスト(=白人)の観察のために供された「ローカル住民」であり、また、そうでなければならない。

なぜならそれが呼び込みのときの約束だったからだ。有色人種に自分たちと同じ立場のツーリストがいるなどとは夢にも思わない。いるかもしれないという知識を得たとしてもそれは納得のいかないことである。それは約束が違う。

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2007年8月 9日 (木)

マレーシアに来る外国人留学生

私が出会うのは黒人ばかりである。ネット屋で会う連中。みんなペーパーワークのバイトをしていて、身分を聞くと「学生」と答える。そのネット屋は一時間3リンギのこじんまりした清潔なところ。

安いネット屋は一時間2リンギのところもあるが、コピーをとったりファックスのやり取りをしたりという事務作業がやりにくい。ゲームやってるガキやそれ以上に煩い白人バックパッカーが我が物顔でうろつきまわって彼らのバイトにはふさわしくない。

アフリカ人が多いが中米の黒人もいる。概して気むずかしい人が多い。

中には(変に)気さくな人もいる。車を持っていて、マレー女と結婚している。ムスリムなのだろう。ネパール人もいつもそうだが、必ず日本にも行ってみたいという話になる。

行ってみたいのは良いし、行くのもいいだろうけど、私に何ができるというのか。日本人の連れが日本大使館に一緒に行って口を利けばビザが取りやすいとでも思っているのだろうか。

日本大使館などというところは日本人が行っても英語でしゃべらないと入れてもらえないところである。(ただし在ミャンマー日本大使館は格別で、ミャンマー人守衛さえ立派な日本語を話した)。

銀行員の夫を持つネット屋の華人の女主人でさえ、日本に行きたいからそのときは面倒見てくれなんて真顔で言う。飯をおごってもらったときだったので、いいですよと答えておいたが。旦那はHSBCに勤めている、結構な身分である。

先日、新聞の教育欄でいろいろな国からマレーシアに来ている留学生が発言していた。

官報のような新聞なので、発言内容はすべてべんちゃらだが、同じくべんちゃらでもどんなふうにべんちゃらなのかは、その学生の出身国というより「人種」によってかなり違っていた。

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2007年8月 8日 (水)

マレーシア独立(ムルデカ)50周年

8月はじめの朝、いつもはむっすりしている宿の中国人オヤジが、うれしそうな顔で私に「お前は8月31日までここにいられるだろ?」と聞いてきた。

何のことかと思ったが、ニコニコして今年の8月31日は「ムルデカ」50周年のお祝いだと言う。

最初は宿がふさがるから出て行けということかと思ったが、そうではなくて、「いてほしい」と言ってくれてるようだった。このオヤジがこんなことを言うのははじめてだ。

残念ながら私は前日に8月6日の日本行きのチケットを買っていた。往復チケットだが一ヶ月以内にマレーシアに戻ることはないだろう。

残念ながら6日に日本に帰るというと、中国人オヤジは前にもましてむっつりとした顔に戻って2,3日不機嫌そうだった。

マレーシアは8月31日で「ムルデカ」50周年。

マレー半島の英領マラヤ連邦がイギリスから独立してからということ。

その後、シンガポールとボルネオのサバ、サラワクが加盟してマレーシアが成立するが、シンガポールは後に追い出される。

(シンガポールがいるとマレー人より中国系の人口のほうが多くなるため、とされるが、当時のトゥンク・アブドル・ラーマン首相よりもマレー語で育ったリー・クアン・ユーのほうがマレー語での議会演説がうまく人を魅了するカリスマがあったため、という話も)。

マレーシア国旗がアメリカ合衆国国旗にデザインがそっくりなのは、マレーシアも合衆国同様にイギリス植民地から独立した連邦国家だ、という意識がマレーシア人に強いからだろう。イギリスが旧宗主国だったことにマレーシアのアイデンティティを感じていることは確かだと思う。

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2007年8月 7日 (火)

東京往復航空券の購入

7月30日。

いつものようにプトラLRTバンダラヤBandarayaの旅行代理店MS Star Travelに行き、日本往復チケットを買う。

今回なぜかオープンチケットは買えなくなっていた。長い期間の往復券でもフィックスのみ。

代理店の話ではマレーシア航空の方針で、代理店もそれにしたがっているのだということだった。

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2007年7月30日 (月)

【マレーシア航空の】"MAS has the best cabin staff"【スッチーは最高?】

今日のマレーシア紙New Straits Timesによれば、マレーシア航空のキャビンクルーが2007年度の「World's Best Cabin Staff」賞を獲得したという。この賞はロンドンのSkytrax Researchという調査機関によって行われた全世界的な調査によるものだという。

なお2006年度はタイ航空が受賞したということである。

全世界的な調査といってもロンドンの調査会社が行うもので調査対象は白人中心だろうから、タイ航空がこの賞を取ることは不思議ではない。

エコノミークラスの椅子の座り心地の調査ではないから、TGが毎年受賞しても不思議ではない。白人客に媚びへつらうということが比較的少ないと思われるマレーシア航空がこの賞を取れたことが不思議なくらい。

タイ航空の「白人至上主義接客」、わざとらしい「微笑み」サービス、チェンマイの売春婦を連想させる花売り娘サービスは、いよいよ白人からも見限られるようになったのか?・・・・というわけでもないのだろうが。

マレーシア航空はロンドンからランカウイへの直行便を飛ばしているので、そこでのサービスに秘密があるのかもしれない。

マレーシア航空幹部のIdris JalaというDatukは次のように述べている。

"Our crew treat our customers as guests in our own home.They are natural, spontaneous and willing to demonstrate the best of Malaysian hospitality."

"treat our customers as guests in our own home"はタイ航空でも言いそうなことだが、Thai hospitalityとMalaysian hospitalityとでは原理原則が多少違うのかもしれない。natural, spontaneousというあたりがポイントか。

しかし、私の感想をいえばマレーシア航空のクルーよりは全日空のクルーのほうがホスピタリティは上だと思う。あたりまえのことだが。

MASと全日空の共同運航便に乗ってみると感じることだが、日本人クルーとマレーシア人クルーとではやはり立ち居振る舞いやさりげない気配りなどがまったく違うと思う。人間の密度が違う、、、といったら身びいきかもしれないが、そんな風に感じる。

ただどんなところでも、暖かくてよく気がつく接客というのは疲れているときなどかえって精神的な負担になることもある。

私はエアインディア、ロイヤルネパールなどの無差別ぶっきらぼう接客も結構好きである。

エアインディアの上位カーストのスッチーは、床に落ちたスプーンを客に拾わせるということである。ブラーマン(Brahmin)が地べたに手を触れるなどということはできないという理由らしい。

そのほかでは、ミャンマーのフラッグキャリア、ミャンマーエアウェイズ(MA)のクルーの接客がすばらしかった。

無駄な笑顔などまったくないが、本当に客のことを考えて目配りしながら働いているということがわかる。(そうでもしないといろんな不都合が出てくる飛行機だからだが)。

マレーシア航空
http://www.mas-japan.co.jp/
http://www.malaysiaairlines.com/default.aspx
       

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2007年7月16日 (月)

クアラルンプルへ

朝のNHK海外放送で柏崎の地震を知る。しばらく見ていたかったが今日は飛行機に乗らなければならない。

シエムレアプのホテル「アンコールST」を10時頃チェックアウト。ホテルのバイクで空港まで送ってもらう。15分くらいで着く。プノンペン経由のマレーシア航空機でKLに向かう。

空港に早く着きすぎて何もない空港で時間をつぶさなければならなかった。高いコーヒーを2杯も飲む。出発2時間前とか3時間前に空港に来なさいというのは、空港で時間をつぶしてカネを落としなさいという意味だろうかなどと考える。

意外に毛唐が多い。11時半ごろ発のクアラルンプル行きAir Asiaのチェックインキューは半分くらい毛唐のように見えた。こんなにKLに行くのだろうか。タイの入国がうるさくなって、ほとんど何の障害もなく入国できるマレーシアの人気が高くなってきたのか・・・・。土人女連れ毛唐もいる。あるいは、途中のプノンペンで降りるのかもしれない。

マレーシア航空のチェックインでは、とても日本人に見えないような汚く日焼けした、背が低いという以上に「体の小さい」卑屈な感じの若い日本人男を見た。カップルで来ていた。私のすぐ前に並んでいたのだが、本当に日焼けしていて小さいのでパスポートが目に入るまでは日本人だとは気がつかなかった。男のほうは黒く焼けた魚のような顔立ちをしていた。こういう顔立ちが最近多いように感じる。あごを突き出し目をきょろきょろさせて口をいつも少しあけている感じである。連れの女のほうは別の列に並んでいた。早いほうでまとめようという算段だろう。女もよく日焼けしていたが、とても日本人離れした雰囲気で、トゥドゥンをしていない色黒のマレー女という感じだった。堂々としていて歩き方も姿勢も「アジア女」という感じである。どちらも普通の日本語で話していた。女はひょっとすると日本語が非常によくできる外国人かもしれないと思った。男のほうは小さい上に本当に卑屈な姿勢で、チェックインの番が回って来るとカウンターに向かって猫背でもぐもぐと何かしている。後ろから見ると学食で安いカレーを食べている貧乏学生のように見える。女は外見は土人女そのものだが姿勢がいい。(日本人だったとしたら)日本女には珍しく、かわいくしようとかきれいにしようとかいう小細工がなく、かわいくもなくきれいでもないのに堂々としている。

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2007年5月15日 (火)

ハジャイHaadyai(ハートヤイHatyai) 07年4月

4月4日。アロースターAlor Starのバスターミナル前のモーテルを出て、食事をし、10時半ごろバスターミナルに出る。しかし国境の町、ブキ・カユ・ヒタムBukit Kayu Hitam行きのバスはない。Changlun(Changloon)までバスで行って後はタクシーだという。

チャングルン行きのバスは11時15分発だという。

1時間ぐらいでチャングルンに着。タイ式のクズ毛唐オヤジを一人見る。マレーシアのイミグレまでタクシーで10リンギ。結構な距離だった。

マレーシアのイミグレでもパスポートをわりと細かくチェックしていた。しかし、タイ人はほぼ自動的にスタンプをもらっていてノーチェックに近い。このあたりは2重国籍の者も多く、テロリストはそういう人間を使って国境をまたぐ作戦をするのではないかと思うが、なぜかタイ国民は自由に通していた。

タイ側(サダオ)のイミグレはさらにしつこく何度もパスポートをひっくり返して見ていた。イミグレの窓口に座っている役人が旅行者の過去の旅行履歴をあれこれ詮索すると何かわかることでもあるのだろうか。コンピューターも使っているのでタイへの過去の入国履歴やオーバーステイ経験の有無、タイ国内での犯罪・違法行為の有無などは一目でわかるはずである。ビデオも録画していて、自分の動画が派手に見えている。

入国カードの行き先にはハジャイとだけ書いておいた。案の定ホテル名を聞かれるが、わからない、決まっていないと答える。渋い顔をしていた。マレーシアならともかく、タイで、ある町の宿が満室になるようなことはないだろう。以前アランヤプラテートのイミグレでバンコクのホテル名を書いたら、女の役人にこれはどこのホテルだ、こんなホテルは知らないとか、かえっていちゃもんをつけられたことがある。

今度ハジャイに入るときは「サクラホテルと」か、ちょっと高くてしかも不健全そうなところの名前を書いておこうかと思う。タイ役人はそういうツーリストを歓迎するのだろう。

入国カードには、新しく「年収」をドル建てで書かせる欄ができていた。こういう恥ずかしいものはマレーシアでもインドネシアでも見ない。

そんなに貧乏ツーリストが嫌なら宿泊施設の最低料金でも設定すればいい。マレーシアでは事実上そうなっているのではないだろうか。マレーシアは食べるものや日用品などはさほど高くないが宿は高い。つまり労働力の再生産に必要な費用はタイとさほど変わらないくらい安いのに宿代だけは高い。しかも、宿が高いといっても底辺が高いのであって、中高級ホテルは割安である。タイよりサービスはよくて値段は安い。あくまで推測だが、マレーシアは、貧乏ツーリスト、レンタルワイフツーリスト連れ、放浪ツーリストなどを除けるために宿代の最低基準を取り決めているのではないかと思う。もしそうだとしたら賢いやり方である。

また、少数民族や貧困層のタダ働きに近い奴隷労働に依存する体質を改め、生活水準を底上げすれば、宿などの使用人の給料も今よりは上げなければならず、宿代も高くなり、必然的に旅行者の必要な出費は大きくなる。そうなれば貧乏人や自堕落型・逃避型・淫蕩型ツーリストは来なくなり、旅行先としてのタイのイメージもよくなり、結局はタイも得をするだろう。

ともあれ、何とか通過。

タイ領内に入ってもここではメーサイあたりで見るような派手な国旗や国王肖像画は見ない。まだムスリムの地域である。

ハジャイに近づくにつれて、国旗や国王肖像画が増えてくる。それでもメーサイほどではない。

タイ側は土地は痩せているのか手入れが悪いのか、マレーシアに比べて緑が薄く、荒れた風景が目立つようになる。同じやしの木でも葉っぱに力がない。

午後2時ごろタクシーが駅前に着く。運ちゃんはマレー系ムスリムだが、マレー語はあまり通じない。気さくな人だった。リンギでの支払いにも応じてくれた。

ハジャイの町の人は全体に親切な人が多い。夜たむろしている北のほうから来たらしい色白の売春婦はタイそのものだが。

ツーリストらしい者も少ない。

鉄道駅に近い「Montienホテルハジャイ」にチェックイン。400バーツ。あとで気づいたことだが、ここはエアコンが固定式。つけるか消すかしかできず、温度調節もできない。また、いったん電源を切るとスタッフを呼ばないともう一度つけられない仕組みになっている。Montienホテル自体は良くないがフロントはとても感じがよく親切に英語で町の案内をしてくれる。

インターネット屋の場所を教えてもらう。タイの場合たいてい日本語IMEはコントロールパネルの設定だけで入れることができる。それにもちょっとコツがあり、以前マレーシアで、すでに東アジア言語が入っている機械で、できないできないといっている人がいた。

ネット屋にも毛唐はほとんどこなかったが、一度だけどうしようもなく横着な毛唐オヤジが2人押し入ってきた。大声を上げて入ってきたがただ道を聞いただけのようだった。しかし、人にものを聞く態度ではなかった。ネット屋のタイ人スタッフを奴隷のように扱う。タイ人のほうが奴隷のように立ち回っていただけともいえるが、白人とタイ人との間にはそういう関係がもう出来上がってしまっているのだろう。

夜ホテルに戻ってからモンティエンのエアコンが固定式であることに気づき「ホテル新世界New World」に移る。450バーツ。結局2重払いになったが、そういうことはあまり気にならなくなってきた。

4月5日。

今ハジャイの町ではめったに毛唐を見ないが、安ゲストハウス(たとえばキャセイゲストハウスなど)を覗くと毛唐がうじゃうじゃ固まっている。

ハジャイでもムスリムの食堂にはテータリクやローティチャナイ(甘くないのも)がある。

ハジャイでもタイ人(タイ族)は、その固有の性格の悪さを十分表現している。といってもチェンマイ、チェンライほどではない。ムスリムの経営する食堂はマレー語も通じるし、いい感じだが、タイ族の屋台は非常に非常に感じの悪いところがある。テータリクの表示を出しているからムスリムかもしれないと思って油断すると、どうしようもなく生粋のタイ族だったりする。そういうところは不本意ながらカネのためにマレー系のメニューを出しているのでますます陰険になるようだ。

タイ人とくに仏教徒タイ族は、シンガポールはもちろん、近年発展著しくしかもなぜかタイ族よりは色白の人が多かったりするマレーシアにも強いコンプレックスを持っているだろうから、マレー系のメニューを注文するとマレーシア人またはシンガポール人ツーリストだと思われて、とくにタイ人の陰湿な嫉妬の情念を浴びることになるのかもしれない。マレーシアのマレー人には白い人も黒い人もいるが、黒い人でもタイ人の色黒さとはちょっと色合いが違う。色黒タイ人はモンMon系やクメール系の血が混じっているからだろう。バンコク周辺や「ブリ」のつく町出身の人には本当に黒い人が多く、しかもとってもアルカイックなインド人風容姿だったりする。しかしまた、タミル系インド人とも違う。あくまでアルカイックなクメール彫刻的な容姿。彼らは2000年位前にインド南東部の地域からミャンマー中南部、タイ中部、カンボジアにかけて移住し分布した人々の子孫だといわれる。もっとも、以前マレーシアの新聞で読んだことだが、タイは200年位前にも当時の「セックスツーリズム」のリゾートとして繁盛したことがあったそうで、そのときの主な客はインド人だったのだとか。そういうところからも混血があるのかもしれない。

とにかく、あらためてタイ人の陰険振りに接した。これはマレーシアのそっけなさ、無味乾燥さとはまったく違うものである。もっとねっとりと襞に入り込んでくるのだが、しかも陰険なのである。

ちょっと思い巡らせる頭があればすぐにわかるようなことを、軽く合図しても絶対に通じない。インドネシアならもちろんマレーシアでも人種を問わずすぐに察するようなことをちょっと合図したり一言で言ったりしても、タイ族には通じない。タイ族の場合は意地でも通じさせまいとしているようにも見える。

わからないふりをして(か、本当に共感能力が欠如している白痴なのか)「何ですか」と改まったようにつっけんどんに聞いてくる。チェンマイならここで最悪のシカメッツラと「ハアア?」がつくところである。

もちろん愛想の良いタイ族もいる。その場合は過度にニコニコして媚びてくることになる。ハジャイはチェンマイ、チェンライのような救いのない感じの悪さはないし、「ハアア?+シカメッツラ」のタイ式作法はまだ浸透していないようだ。ハジャイはまだ救われている。

英語もわりと通じるが、タイ語以外受け付けようとしないものもいる。チェンマイから出稼ぎに来ていたタイマッサージの女がそうだった。

ひさしぶりにタイマッサージを受けてみると筋肉が硬くなっていることを実感する。実は私は以前(健全)タイマッサージのマニアで、チェンマイではタイマッサージの教室に通ったりしたこともある。

よく考えてみれば、マッサージは受けるのが良いのであって、自分でするのは苦痛なだけなのだが、当時はそのシステムに何か「奥深いもの」でもあるような幻想に取り付かれていたのである。

最初タイに来たころは、私もタイ初心者の例に漏れず、「仏教国、微笑みの国」という誤った幻想を抱いていた。

と同時に、タイマッサージについても、ハタヨガや気功に並ぶようなまじめなものだと思い込んでいた。しばらく後になって「マッサージ師」に突然抱きつかれるまでは、タイマッサージが一種の風俗であると思っていなかったのである。しかし、そう思わせないでおいて実際はそういう状況にもっていくというのがタイ式の戦術なのだろう。

タイマッサージはヨガのチャクラやナディの教説と中国の経絡の教説を折衷したようなあいまいでいい加減なものだが、どんなマッサージもそうであるように、技術とセンスのあるマッサージ師にやってもらうと確かに気持ちも良いし身体も快適になる。

ヨガや仙道では、流派を折衷するとか、基本的な考え方の違うものを足して2で割る、というようなことは厳しく忌避するのが普通だと思う。だから、これらを本格的にやっている人から見たら、タイマッサージみたいなものは噴飯ものだろう。

また、上座仏教の僧侶が考案したという由来自体もいかがわしい。

上座仏教は、その本来の教えから言えば、僧がマッサージをしたりするようなことは絶対に受け入れないはずだし、されたりすることも受け入れないはずだと思う。

ヨガの「シャクティ」の考え方からすると、タイマッサージで内股や足の付け根を丹念にもまれて、ちょっとむふふないやらしい気分になることが「生命エネルギー」を刺激してプラーナの流れを良くすることになるというような理屈も、無理に考えれば考えられないことはないのかもしれない。しかしマッサージ師が突然抱きついてしまっては終わりだろう。

深夜になるとネット屋にクズ毛唐が来る。

6日。

ホテルNew World(新世界)の通りにあるネット屋に入ってみたら毛唐だらけだった。

ここでは2chの入り口2ch.netがまったく開けない。入り口のエロ広告のせいかもしれない。

マレーシアでは2chなど見なかったが、タイに入ったら見てみたくなったのはどうしたわけか。

それにしても、毛唐は懲りない。その横着ぶりはマレーシアの比ではない。ただし、マレーシアではまじめな雰囲気のところで横着をするので目立つことになる。

この辺ももうちょっとTロをしてくれたほうがいい。

(2007/04/06)

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クアラルンプルからアロースター(Alor Star)へ 07年4月

午後8時にKLの宿に大きな荷物を預けてチェックアウト。

プドゥラヤバスターミナルまで歩いて行き、イポーIpohに行くというバスに乗る。

バス代14リンギ。8時半発。

バスの中で眠っているうちにイポーを通り過ぎてしまった。乗客が入れ替わってしまっている。入ってきたインド系の客に聞くとLumutという西海岸沿いの町に向かっているらしい。

バスはイポーからどんどん離れていくので、途中ちょっと店の集まっているところで降りる。食事をし、食堂の人にバス停の場所を聞く。

すぐ近くにバス停はあったが、ローカルバスはいつ来るかわからない。

15分くらい待つと赤いローカルバスが来た。イポーと書いてある。バス停の近くに技術大学がある。そこの学生らしい女の子がバスが来る少し前にやってきて一緒に乗る。携帯電話に1個だけ家の鍵らしい鍵をぶら下げている。携帯ストラップの代わりに家の鍵。

イポーまでバス代3リンギ。

2時ごろようやくイポーに着く。イポーは、地図にはコタバル並みの大都市のように記されている。しかし、見た限り本当に何にもないところだった(コタバルに何かあるというわけでもないが)。

まだ早い時間なので、アロースターAlor Starに向かうことにする。イポーのバスターミナルで聞くとアロースターへの直行バスはなく、メダンコピ(そう聞き取れた)というところまでローカルバスで行って乗り換えなければならないという。

メダンコピの場所はローカルバスの車掌のおばさんが教えてくれた。ここが長距離バスステーションらしく、大きなバスターミナルがある。

アロースター行きのバスがあるかと聞くと、次のバスは午後8時だという。バタワースButterworth行きのバスは午後3時半。

KLの宿のオヤジが言っていたように素直にハジャイまでの直行バスに乗ったほうが楽で安かった。

3時半のトランスナショナルのバスでバタワースButterworthに向かう。国籍不明の変な名前の町である。

5時20分ごろバタワース着。

バタワースは大きな町で、バスから海が見える。ペナンへ行くフェリーターミナルも。ここはペナン州のようだ。

バスターミナルでアロースターへ行く赤いバスがすぐに見つかった。

マレーシア時間は早いので(ボルネオも含めた平均で決めているらしい)7時頃まで明るい。

バタワースからアロースターまでは短い距離なのにバス代7.5リンギもする。

アロースターへ行く途中には製油所らしいプラントもあり、煙突から炎が吹き出るのが見える。

午後7時頃アロースターAlorStar着。

まだ明るい。ここもまた大きくてきれいな感じの町。

バスステーション前の「モーテル」のひとつに入る。30リンギ窓なし、エアコン、水シャワー・トイレ付。これでもちょっと負けてもらった。最初の言い値は40リンギ。

近くにインターネットが2件あるがどちらも日本語はだめ(一方は表示もまったくだめ)。

(2007/04/04)

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2007年3月29日 (木)

フランシス・フクヤマの反日評論 「ドイツと違い、日本は責任を果たしていない」(マレーシア紙New Straits Times 3/29, Project Syndicate)

ハッキリいって、日系人という連中はチャンコロ以下の白人の茶坊主であり、わが国はこいつらに対するあらゆる優遇、優待をキャンセルすべきだと思う。

むしろ連中がその土地の中国人韓国人に食い尽くされ、あらゆる日系アイデンティティを捨てて滅び去ることが、日本国および日本国民の利益である。

日系米人、日系ブラジル人等に対する幻想を日本のメディアは垂れ流していたと思うが(2chにもそんなスレッドがあったが)、彼らはわれわれにとって害悪でしかないこと確認する必要がある。

今日3月29日のマレーシア紙New Straits Timesに載ったこの記事のネタ元はProject Syndicateとなっているが、どういう意味かよくわからない。

この男は「関東軍」のことをKwantung Armyなどと書いている。中身は完全にチャンコロなんだろうが、外地で日本国籍もなければチャンコロにとってはモンゴルやウィグルと同じ野蛮人である。

内容を要約すると、

●靖国問題の要点はA級戦犯ではなく、遊就館であり、とにかくその歴史観が話にならない。それが複数の見解の一つであるならかまわないが、日本にはオールタナティブの歴史観が存在しない

日本政府は遊就館が私営であることの陰に隠れてその歴史観を否定しないできた。したがって、ドイツと異なり、日本は決して自己の責任に取り組んだことがない

(この男は日本の社会が自分が属するヤクザ的日系社会(=童話系多し)と同じようなものだと思い込んでいるようである。)

●自分は1990年代初めに「歴史の終わり」で日本の右翼に受け入れられたが、要するにそれが不本意である(ようだ)。一緒に仕事をした上智大学のWatanabe Soichi(と書いてある)は、ホロコースト否定者のような者で、右翼である。

(何でいまさらわざわざそんなことの念を押すのかよくわからないが、とにかく日本と一緒に攻撃対象になりたくないという、日系のチャンコロ以下な卑しさがよく現れているところである。)

●このように、日本は危険な方向に流れているのでアメリカは注意しなければならない。冷戦時代にアメリカは日本の憲法9条改正を支援してきた。しかしこれからは危険である。アメリカ軍の極東における地位は米軍が日本の防衛権を代替しているというところを中心にしており、日本の「一方的な」憲法改正9条は、その背景にあるナショナリズムからみると日本を全アジアから孤立させることになりかねない(つまりは日本がイランや北朝鮮のようなアメリカにとって危険な国家になりうるということだろう)

●ブッシュ大統領は、日本によるイラク支援のために日本に強く出られなかったが、日本がイラクを撤退した以上、率直に安倍にものを言うべきである。

だいたいこんな感じである。

日系であれなんであれ、アメリカの「知日派」に幻想を抱くようなことが日本の国益にとって危険なものであることを再三確認する必要がある。

日本の国益というのはトヨタが海外でうまく儲けるようなことではない。成長がなく、経済が停滞したままでも何とか食っていけることは失われた10年(17年?)のうちにむしろ実証された。

日本のような独自文明の国家にとっての国益とは、国家のアイデンティティと尊厳とを守り抜くこと以外にないと思う。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

☆読者からネタ元を教えてもらいました(いつもありがとうございます)。

Project Syndicateのサイトとフクヤマの元記事のリンクです。
http://www.project-syndicate.org/about_us/who_we_are
http://www.project-syndicate.org/commentary/fukuyama2
面白いことに、いろいろな言語の翻訳が用意されていますが、チェコ語、アラビア語まであるのは驚かされます。

ご存知かもしれませんが、フクヤマはネオコンご意見番として有名になった人です。アメリカのネオコン対リベラルのような思想については、意見をいえるほど詳しくないので、Wkipediaのページのリンクを下にのせときます。
http://en.wikipedia.org/wiki/Francis_Fukuyama

しかし、日系とは言えフクヤマが日本に言及したというのは過去に記憶がありません。なぜこの時期にそんな慣れないことをするのか?慰安婦騒ぎの中でこんな手垢の付いた日本観を日系の政治ご意見番にさせるのは茶番にしか見えません。

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2007年3月26日 (月)

絶句 マレーシアKL中華街で炉利・・・・!

これはひどすぎる。

まさかいくらなんでもと思い、しばらくそこに突っ立って見ていた。しかし、見てのとおりまわりは空席だらけ。この2人が偶々相席する理由は見当たらない。

女の子の「保護者」らしい人もこの男のほかには見当たらない。

テーブルの上に何もないのが変だが、白人はマクドナルドでも店員に注文を出して自分の席まで持ってこさせることがある(自分の国のマクドナルドでどうやってるかは知らないが)。このときレジ前にいた客は地元の若い女の子グループだけ。この少女の保護者らしい者は本当に見当たらなかった。

この2人は同席しているにもかかわらず、終始気まずそうだった。どう見ても実の娘には見えないだろう。

「養女」か?もしそうならそれもまたある「典型」を示し、問題を含むのだが・・・・。

白人による幼女援交事件が頻発している東南アジアで、ここまで疑わしい振る舞いをする以上、「無実」の立証責任はこの男のほうにあるだろう。

私はこの狭い店に入ってきて注文もせずしばらくそこにたって写真を撮り観察していたが、それを見ていたマクドナルド店員も私をとがめるような顔はせず、むしろ納得したような表情でこちらを見ていた。私の意図を理解しているように見えた。(レジはすぐ左にある。)

女の子のプライバシーについては悩むところだが、これは密室の盗撮ではない。マレーシアの首都クアラルンプールのど真ん中のマクドナルドで公然と行われていることなのである。

女の子のまなざしや所在なさそうなしぐさも見てもらわなければこの状況のリアリティはつかめないと思い、あえて公開することにした。

【写真】

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-116.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2007/03/kl.html

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2007年3月18日 (日)

中曽根 - Kiyomi Tsujimoto - Yoshiaki Yoshimi - Japan Times - 朝青龍

今日のマレーシア紙New Straits Timesの国際面にはJapan TimesとThe Japan Timesとからの転載記事が2つ(Theがついてるのとついてないの2種類あるようだw)。

慰安婦記事は、「中曽根の戦時brothel(売春宿)についての回想録に沈黙する日本」という見出し。

キヨミ・ツジモトという衆議院議員と、中央大学教授ヨシミ・ヨシアキがでてくる。

この記事によれば、ヨシアキ・ヨシミはa leading expert on the forced sexだそうで、「強制的なセックスの専門家」らしい。で、ヨシアキは、中曽根の体験は軍が売春宿の設立と運営に直接に関与していた証拠であると言っているらしい。

「中曽根の回想録」というのは、1978年に出版された「終わりなき海軍」という本に収録されている文章だそうで、そのなかで中曽根は、「兵隊が女性を襲い始めたりギャンブルに耽り始めたりしたので、私は大変骨を折って慰安所を設立したのである」と回想しているそうである。

当時本人は自慢話のつもりで書いていたのだろう。

こいつは晩節を汚しまくった最悪の国賊だね。大げさな靖国参拝にしても百害あって一利なかった。

元内務省の役人が何が「昭和15年のよう」だ?

戦前インテリの「マルクス主義コンプレックス」が、くたばるころになって糞左翼・リベラルの装いをまとって噴出してくるという現象があるようである。

後藤田にしてもそう。

そろそろうちもウォシュレットにしましょうかという具合で、出世のために鬼畜米英を叫んでいたあのころを板に穴を開けただけの汲み取り便所とともに回想し、ハイカラ文化としてのリベラルがうちにも来るのを歓迎するのであろうか。

こいつら国賊老人たちは、戦争では最初から安全なところを保障されていた連中で、戦時中から日本が適当に負けてくれることだけを考えていたのである。

しかも上が戦犯になったり死んだりしてくれるので、生き残れば労せずして出世の機会も巡ってくる。

「転向の研究」という分野があるようだが、これまで問題にされてきたのはほとんど「左から右への転向」であろう。

しかし、「右から左への汚い転向」というのも研究する必要があるのではないだろうか。

近代日本人の精神には確かにこういう醜悪なものを生み出す卑しい側面があったのは事実であり、その点についての十分な「自己批判」は必要である。

戦前の左から右への転向に特徴的なのは、左にいたのが中間に転向するとか、沈黙するというのでなく、強要されているわけでもないのに必要以上に右に行き、ファシズムイデオロギーの構築に情熱を燃やしたりするところにあったといわれる。

同じようなことが右から左への転向にもあるのかもしれない。

最初に左だったり右だったりしたときの「信念」自体が、ある意味衆愚的で情動的なものだったからこそ、このようなエキセントリックな転向が可能になるのではないかとは、ひとまず想像される。

思うに、「転向」は見えないところにもあり、必ずしも時間的な経緯には限らないのではないだろうか。

もともと非常に差別主義的な心的傾向を持った人間が「平等主義」を叫び、自分の代わりに「日本人」の差別意識を糾弾したり、もともと非常に権威主義的あるいは権力主義的な傾向を持った者が異常な情熱で反権威・反権力を叫ぶ、ということはあるだろう。

これは、時間的に転向したのではなく、その者自身今でも差別主義的あるいは権威主義的な傾向を持ち続けているからこそ、それが叫ぶ原動力にもなっているのである。つまりこの「転向」は、「論理的な」転向といえる。

いま日本で左翼をやっている者や、左翼的な言辞を弄する者、人権や平和をたてに日本を糾弾するような者のほとんどは、その思想の中にこのような「転向」を論理的に組み込んでいる者だと思う。

その者の心性が卑しければ卑しいほど、そのエネルギーは転向のばねによってキレイゴトとして表現され、彼自身の卑しさは「日本」などに転嫁されて糾弾されることになる。この「転向」はいま現在も機能しているオルガノンなのである。

これはちょっとした思い付きだが、戦後日本における「右から左への転向」はもっと本格的に研究されていいように思う。

もうひとつ今日のNew Straits TimesにThe Japan Timesから転載されていたのは、朝青龍の取組買収スキャンダル記事。

Sumo wrestlers have been rumoured to have murky connection to organised crime.

だそうである。

この2本がNSTの今日の日本ネタのすべて。

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2007年3月16日 (金)

飽き飽き 連日の慰安婦記事 今日はフィリピン人元慰安婦 Simeona RamilとVirginia VillarmaのAFPへの証言を写真入りで(マレーシア紙NST)

今日も国際面をでかでかと割き、この記事の転載。ただし、多少手を加えて短くしてあるのでAFPの原文ほどえげつなくはない。

AFPの原文には、

Japan has never formally apologized for its sex slavery. (日本は日本の性奴隷制度に一切正式に謝罪したことがない)

というAFP記者の文章(慰安婦の言葉ではない)がでてくるが、さすがにNSTにはその文章までは転載されていない。

しかし、AFP「フランス通信」も、フランスが行った長期にわたり今に続く残虐非道な有色人種虐待・植民地収奪を一切棚に上げておきながら、日本を汚く非難しなければならない強い動機を持っているということは確かだろう。

日本を汚く非難すれば自分たち白人が有色人種に対して行ってきた罪を帳消しにできるという確固たる信念があるようである。

悪循環を断つためには、彼らのこのイデオロギーを正面から批判する必要があると思う。そのような論が日本にはあまりみられないのが残念である。「彼らもやっていた。自分のことをタナにあげて・・・」というだけでは足りない。自分たち白人の重すぎる罪悪を(内的にも外的にも)相対化するためには、日本人の野蛮、日本の犯罪、がぜひとも必要だからこれほどまでに執拗に日本の過去を暴きたがるという点をハッキリさせていく必要があると思う。白人世界はいまそれだけ切羽詰っているともいえる。

http://news.yahoo.com/s/afp/20070315/lf_afp/asiawarcrimesrightswomen_070315031850

MANILA (AFP) - The tears trickle down Virginia Villarma's weathered face as she recalls the day back in 1943 when she lost her youth and her innocence.

Sent out by her aunt to get some food she was attacked by a group of Japanese soldiers on a suburban Manila street and tossed like an animal into the back of a jeep.

Then just 14 years old, she was taken to a barracks in the port area and thrown into a bare room where she was stripped and raped repeatedly by soldiers, three or four at a time.

At first she screamed and tried to fight off her attackers but they punched and kicked her tiny body until she passed out. When Villarma awoke the room was silent but the pain has stayed with her for ever.

"That is when my hell began," the soft-spoken 78-year-old grandmother told AFP as she wrapped and unwrapped a pink handkerchief around her fingers.

Occasionally she would stop and take off her gold rimmed glasses and dab her eyes.

"I want people to know what happened to us back then and why we who are left will never give up until Japan formally apologises to all of us -- living and dead -- for what they did.

"For three months I was abused from morning to night. They were the longest three months of my life."

An allied bombing raid saved Villarma from more abuse and in the confusion she managed to escape but her life had been changed forever....................

Japan would prefer to ignore this part of its war time history but grey haired women like Villarma and her friend Simeona Ramil, 79, also brutalized as a sex slave, will never allow Japan to forget. .....................

The Wednesday rally recently drew several Japanese activists, including Hiroko Tsubokawa.

"We urge the Japanese government to stop adding pain to those grandmothers (comfort women) and solve this issue immediately," she told the crowd.

Japan has never formally apologized for its sex slavery.

「連合軍の空襲によって救われた」と。

連合軍万歳! 広島長崎原爆万歳! 東京大空襲万歳! ソ連参戦万歳! 満州大強姦(Rape of Manchuria)万歳!

と叫ばなければいけませんね。

14歳の少女がおつかいに行く途中に「日本の兵隊」に突然拉致され、監禁されてレイプされ、地獄が始まった・・・・という証言である。

まるで、北朝鮮による日本人拉致の情景に重なる証言である。これを読んだナイーブな人が「日本人に拉致を非難する資格はない」と思うのにちょうどいいような、うまくできた証言だと思う。

しかし、その「日本兵」ほんとうに日本兵だったかどうかの証拠はない。14歳の少女にその男が着ていた制服が正規の軍服かどうか、また日本軍の軍服だったかどうか、その人間たちが日本人だったかどうか、どうやって判断することができるだろう。

これがそうだと決め付けるわけではないが、戦前に朝鮮人がやった非道行為については日本国は(法的責任はすでに取っているが)道義的には一切謝罪するつもりはないと政府としてはっきり声明した方がいいのではないか

なぜなら、南北朝鮮人がいちばん日本の過去を非難している以上、当時朝鮮人が日本人として行った犯罪の負い目まで日本が負う義理はまったくないからである。

今日のマレーシア紙New Straits Times(マレーシアの官報のような新聞である)の大見出し(3/16)。

Comfort women to fight on for Japan's apology

Imgp3103

マレーシアもツーリスト誘致に懸命なようだが、日本からわざわざ行く価値のある国ではない。アジアの汚いところばかり旅行していた人間がほっと息をつきにいくのには便利な国である。

マレーシアはイギリスの植民地であったことが今も唯一の誇りであり国民統合の軸になっているような国だから、表には出さなくても内心の反日感情、というより侮日感情は強い。マレーシア人のインドネシア蔑視などほとんど、「俺たちのボスのほうがお前のボスより偉い」、というところに尽きる。

マレーシアへのリタイア後のロングステイなどはけっして勧められない(タイはもっと勧められない)。やはり、快適な思いをしたければ安物を買ってはいけないということだろう(高いところが必ずしもいいとは限らないが)。

東南アジアでいちばん親日的なのはインドネシアで次は多分ミャンマーだと思う。日本人はこの2つの国にもっと旅行して(行儀よく振る舞い)、日本人ツーリストのためのインフラを作ってしまうのがいいと思う。

それにしてもつくづく疑問に思うのは、私は強姦された強姦された、と叫びたてることによって彼女らになんの得るところがあるのだろうかということ。

満州に侵攻したソ連兵に強姦された日本女性はもっとひどい目にあったが、このようにわめきたてることはない。そのようなことはただの恥でしかないし、治りきらない傷を抉り出すような苦痛であろう。多くの人は生き続けることさえ恥と感じて自決したのである。

日本の形成が弱いと見るや、こういう風に続々とカミングアウトしてきてわめきたてて、自分の顔写真まで平気でさらすばあさんたちの動機は何かと考えてみると、やはり、ひとつの可能性は、たんなる売春婦だった人が強姦被害者に昇格しようとしているということだと考えなければならないだろう。

あまりしつこく喚かれると、こちらも本当のことを言いたくなるものである。

一般に言って、強姦魔というのは女なら誰でも手当たり次第に強姦するわけではない。衝動的犯罪に見える強姦犯でさえ、相手を見て、選んで強姦するものである。

主張されているとおりに(誰がやったかはともかく)慰安婦を調達するための拉致が行われたとしても、調達するほうは相手を選ばず拉致するわけではないだろう。それは仕事なのだから効率が必要である。

あまり抵抗されて自暴自棄になって自傷したり自殺されたりしたらこまるだろう。怪我をすれば慰安婦としても使えなくなる。つまり、「慰安婦の拉致」は(仮にそれがあったとして)「慰安婦として使いやすいような女」を拉致しなければならないのである。調達は仕事なのだから、第一番にどんなタイプを選べば効率よく慰安婦にでき目的を達成できるかということを考慮してターゲットを選び、実行したと考えるのが合理的だろう。

つまり「慰安婦の拉致」がもしあったとしても(誰がやったとしても)、それは、「日本語教師にさせるために日本人を拉致する」場合とはまったくターゲットの選び方が違うものだったはずである。

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2007年3月 6日 (火)

メルボルンの路上でマレーシア人が襲われて死亡 オーストラリア警察は理由を示さず「人種的動機」を否定

土曜日の出来事。

メルボルン南東部Springvaleにあるマクドナルドの近くのを歩いていた中国系マレーシア人(Lim Leong, 45)が襲撃され、頭部に負傷を負い病院に運ばれて翌朝死亡するという事件があった。

警察がマクドナルド周辺の監視カメラを調べ、事件の時に現場周辺で目撃された頭に覆いをした男と赤いフォードの所有者を捜している。

警察は「口論がエスカレートしたというような事情はない。一人の人間が、われわれが見るところ悪意を持って襲われ、死亡したということだけである。」というが、なぜか人種的な動機があったことを否定する。

"Based on information we have gathered, the attack does not seem to be racially motivated but random," a Melbourne police spokesman said.

However, police declined to elaborate why they had ruled out the possibility of the attack being racilly motivated.

「われわれが集めた情報によれば、この襲撃は人種的な動機によるものとは見えず、無作為なものに見える」とメルボルン警察のスポークスマンは述べた。

しかしながら、警察は、なぜ彼らが人種的な動機による襲撃の可能性を除外するのかについての詳細を述べることは拒んだ。

金は取られていなかった。

New Straits Times 3/6

襲撃が「無作為」であることと人種的な動機があることとは少しも矛盾しないと思う。

私も、道を歩いている白人を誰でもいいから片っ端から襲って殺したい衝動に駆られることがある。

世界中どこでも、白人を殺した有色人種はまず逃げられないし、捕まれば重い刑罰と制裁が待っている。しかし有色人種を殺した白人が逃げ切れる可能性は高い。

有色人種国家においても、とくに犯人がアングロサクソンなら国外に逃げ切るにしても捕まるにしてもかなり有利である。白人国家ならなおさらである。「無作為襲撃」であればますます逃げやすくなるだろう。

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2007年3月 4日 (日)

マレーシア副首相兼国防相 5日から日韓訪問

3月4日19時0分配信 時事通信

【クアラルンプール4日時事】マレーシア外務省は4日、ナジブ副首相兼国防相が5日から13日まで日本と韓国を公式訪問すると発表した。同副首相の両国への公式訪問は初めて。
 日本には5日から8日まで滞在し、安倍晋三首相を表敬訪問するほか、麻生太郎外相、久間章生防衛相と会談する予定。また、東京と大阪で経済界の代表らと意見交換する。 

マレーシアは政府の力で報道統制ができる国である。できるだけでなく当然している。

前記事で取り上げたNew Straits Timesも半ば官報のようなもので、政府の御用新聞以外のなにものでもない。

したがってわれわれには、この新聞の反日報道を支持しているのもアブドラ首相やナジブ副首相のマレーシア政府であると看做す権利がある。

安部首相はナジブ副首相との会見で一言ぐらいはこの御用新聞の報道に触れてほしいと思う。あのアメリカでさえ、格下の国の国内問題にこまごまと注文をつける。

マレーシアは小国とはいえ資源豊富な将来性のある国であり、御用新聞の反日報道は日本の国益を損なうものである。

この新聞のこれまでの反日報道(私が最近拾った限りで)については、「アジア英字紙の反日」「New Straits Times」でブログ内検索してみてください。

(「クライン孝子の日記」より)

世界の多くの人々が意識しないで洗脳され、日本は悪、中国は善など
のような似非ヒューマニズムを信じることになる。
常に「ザ・レイプ オブ 南京」のような情報の波状攻撃が行われ
ている。

洗脳の技術として、、何度も、少しづつ異なった方法で
ゆっくりと洗脳すべき偽情報を与えると、対象者は自分が洗脳されて
いるとは自覚できないで事実として信じ込む。
こうした方策=問題を甘く見ないほうがいい

http://www2.diary.ne.jp/user/119209/#1172714290

まったくそのとおりだと思う。そしてそういう洗脳工作は丁寧にひとつずつつぶしていくしかない。政治家がかっこつけている場合ではない。

マレーシアはいまタイの低迷を尻目に急成長中である。

マレーシアに有形無形の利益を供与する以上、日本の国益のために、しつこく、くどくどと、内政にわたってでも注文をつけるべきである。

とにかくここは言論統制できる国なのである。

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マレーシア紙New Sunday Times(New Straits Times日曜版)いわく、「70万人の在日コリアンは大部分、植民地時代に移民したり奴隷にされたりした者の子孫」

今日、マレーシア紙New Sunday Timesが大きく日本での朝鮮人デモを報道。

出所はAgenciesとなっている。大手通信社の記事をそのまま転載したのではないNew Sunday Times(New Straits Times)の独自記事ということだろうか。

Imgp3077

その中の記述の一部。

「約70万人のコリアンが日本に住んでいるが、大部分は植民地支配の時代に移民したか奴隷にされた人々の名残である」

"Some 700,000 Koreans live in Japan, mostly a legacy of those who emigrated or were enslaved during colonial rule."

歴史家によれば、大部分朝鮮、中国出身の20万人の女性が、1930年代40年代に日本軍の置屋(売春宿)で働いた。多くの犠牲者は日本軍に拉致されて無理やり性奴隷にされたと言う」

"Historians say 200,000 women, mostly from Korea and China, served in Japanese military brothels in Asia in the 1930s and 1940s. Many victims say they were kidnapped and forced into sexual slavery by Japanese troops."

「彼(安部首相)の発言は、1992年に明るみに出された日本の文書がしめす証拠に矛盾する。その文書は、歴史家が言うには、軍当局は、請け負い業者とともに活動し、強制的に女性たちを売春宿に斡旋することに直接の役割を果たしたことを示すものである。」

"His statement contradicted evidence in Japanese documents unearthed in 1992 that historians said showed military authorities had a direct role in working with contractors to forcibly procure women for the brothels."

どうやら植民地マレーシアの「歴史家」は一元的で、歴史に関する多様な見解は持てないようである。もともと文明もなく白人が来るまで学問など知らず、よろこんで白人植民地に甘んじてきた気の毒なマレーシア人の知性の限界なのかもしれない。

この新聞New Straits Timesは特別に積極的な「反日新聞」というわけではないと思う。

というより、常に欧米志向の新聞で日本などには無関心、日本に関する記事などは(経済面、新商品紹介面を除き)普段はほとんど載せない。日本などないかのようである。

この新聞を見ている限り、マレーシアは日本よりもヨーロッパの近くにあるかのようである。

そういう新聞でありながら、まれに日本に関する記事を載せるときにはほとんどが「反日的」な記事なのである。戦時中の残虐行為、「従軍慰安婦」、「南京大虐殺」。反日でないのはたまに日本のアニメをへつらう特集が載るくらいである。

だから、この新聞は日本やアメリカの反日新聞のように日本に対する悪意を直接に表現するということはないが、その描き出す「日本」は結果的にきわめて反日的なものになる。

こういう新聞は他の国にも多いのではないか?

しかし何も言わないでいると、ここに書いてある「歴史家の言」が日本に何の関心のない人にまでどんどん広まり定説になっていく。

私は韓国朝鮮ネタやましてや「従軍慰安婦」のような薄汚い話題にはあまり関心がないので、この新聞の記述がデタラメであることは常識的にわかるがどこまでデタラメなのか正確かつ具体的に指摘することは出来ない。「1992年に明るみに出された文書による証拠」というのが何なのかも知らない。

関心のある方はNew Straits Timesまでぜひ(日本語でもかまわないと思う)。http://www.nst.com.my/ email: nstedit@nst.com.my

私の知っていることといえば、ソ連の満州進入時に、多数の朝鮮人や中国人がロシア人と一緒になって日本の若い女性たちを拉致、強姦、輪姦し、監禁強姦虐殺を行ったこと、戦後、内地において、朝鮮人が戦勝国民と称して日本女性を多数強姦し、今も続く略奪をほしいままにしてきたことなどである。

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2007年2月28日 (水)

「彼(アキラ・マキノ)はまだ動いている心臓と子宮を切り裂いた」 マレーシア紙NST=The Times 

マレーシア紙New Straits Times(2/28)が一面をさいてThe Timesから転載した記事の見出しは"He cut up 'still beating hearts' and wombs"。

白人はいまどうしても日本の「悪」が必要らしい。今まで以上に必要な時代になっているのかもしれない。

彼ら自身の巨悪を相対化するためにはやっぱり日本人の悪が必要なのである。中国人の悪ではありふれすぎていてダメらしい。それに中国人が白人に代わって世界の道義的なヘゲモニーを獲得することはまずあり得ない。

白人はいまでも、有能性でも道義性でも白人を凌駕しかねない日本人を最も恐れており、戦勝に乗じて日本民族を絶滅するか完全解体するかしておかなかったことを悔やんでいるようである。

そして白人に媚びるほかに能のない土人記者どもは、それを復唱することが仕事である。

軽薄な日本人たちが歓迎している「ビル・エモット」というイギリス人の本(今後10年日本の新黄金時代とかいう)を立ち読みしたが、やわらかい表現ながら日本は中国にまだ謝罪しなければならないと主張している。しかし、イギリスはアヘン戦争にもその他の残虐行為、非道行為にも謝罪したことはないし、彼にとっては謝罪する必要などありえないようである。それはまず中国人など被害者がそれをが求めていないからだ、と開き直っているのでもあろう。

白人にとって白人の残虐行為は、文明人の野蛮人に対するちょっとしたやりすぎに過ぎない。

土人にとっては、白人の残虐行為はいくらでも許せるが日本人の行為は決して許せない。土人(シナ人を含む)と白人との付き合いは数百年に及ぶ。土人は白人の圧倒的な怖さが身にしみているので、その権威を無条件に認めるのである。

白人も土人も、この枠組みだけは決して変えないし、変える意思もないようである。

日本海軍元衛生兵、アキラ・マキノは、昨年10月はじめて、彼らが戦時中フィリピン・ミンダナオ島のザンボアンガでモロ民族に対した行ったという生体解剖にかんする証言を「日本のある新聞」のインタビューに応じて行ったが、共同通信による2度目のインタビューは、2,3の地方紙を除く日本の主要メディアによって無視された、これはおそらく戦時中の残虐行為に関する話題を発表するのがいやなのだろう、ということである。

このあまり内容のない、「ジャパン・エンパイア」の「悪」をさらに大きく見せるためにのみこの「善人」・アキラ・マキノの内面の葛藤を内省的に描くエッセイ風の長い記事の中には、「悪名高い731部隊」への言及もある。

731部隊が「満州で何千人もの中国人とロシア人の囚人を殺害した」とある。私は詳しくないが、731部隊はそんな大量の囚人(捕虜)を殺害できたのだろうか。

そして「生きて帰った善人の日本兵」のご多分に漏れず、マキノも、自分はもう1942年ごろには日本が負けることはわかっていたので自暴自棄になっていたようなことを述べているようである。

この男自身は「住民虐殺」を勝手にやったのかもしれないが、もしそうだとしたら、さっさと特攻か最前線に行っていたら卑劣な「住民虐殺」などしないできれいに死ねたのに、という悔いは感じないのだろうか。「住民虐殺」をやったあとでも最前線に志願して玉砕するには遅くなかっただろう。

最前線や特攻に志願した人たちは、「住民虐殺」や「残虐行為」などする暇もなく玉砕しただろう。

どうせ死ぬ覚悟で戦地に行っているのだから、本心からやりたくなかったのなら拒否して銃殺されるなり自殺するなりすればよかったのだ。

人間には猫を殺したりして楽しむ面があることも確かである。やってる時は自分も結構楽しかったのだが生きて帰って安穏な生活をしているうちに少しうしろめたい気分になったというだけだろう。

臆病者たちが比較的安全なところで腐っていて、自分固有の卑劣さと残虐行為への衝動から軍規に反した犯罪行為をし、その個人の犯罪をこの記事でマキノ自身が主張しているように「天皇の命令」だったと合理化し、戦後60年もたって反日主義が体制思想になったとみるや、罪を悔いるように見せながら大日本帝国の犯罪だったと外人記者向けにしゃべくるのである

それで自分は気分が楽になって、「悔い改めた正しい人」として外人や朝日にほめられながら天寿をまっとうできるという算段である。

何より卑劣なのは日本軍でも上官でもなく、このアキラ・マキノ「個人」なのである。それをはっきり確認しなければならない。われわれはもっと「個人」をたいせつにしなければいけないので、「個人の責任」を大切にしなければならないだろう。

この件で証言しているのはこの男だけである。自分がやったことは上官の命令だったというが、上官の裏が取れているわけではない。この男が一人で言っているだけだ。つまり、確実にやったといえるのはこの男一人だけである。

アキラ・マキノは、生きているモロ人を縛り上げて、内臓を解体し、これが腎臓でこれが心臓で、という風に新兵に教育したという。グロ趣味だったらしいマキノにそんなものを無理やりに見せられた新兵が迷惑だっただろう。マキノが上官がやったといっていることも証拠がない。マキノが一人で言っているだけだから、全部一人でやったと見られても仕方がないだろう。上官がマキノに無理やりやらせたといっている部分はなおさらである。

生体解剖の被害者のうち二人は若い女性だったという。

生体解剖で虐殺されるような時に性を問題にする意味があるのかどうか、そういう状況で若い女性が何か特権があるのかどうか、私には理解できないが、この記事はことさら「若い女性の子宮」に焦点を当てたいようである。

マキノの証言によれば、二人の女性は18歳と19歳で、われわれはその子宮を開き、若い兵隊たち(15歳、16歳の兵隊が、銃も支給されずに竹やりで従軍していたとマキノは証言している)に見せたのだといいう。新兵たちはセックスについてほとんど知識がなかったので「性教育」だったのだ、とマキノは言う。

深刻な告白をしているわりには面白い冗談を言うものである。メスで子宮を解体して性的関心と関係付けられるのは普通の日本人の感覚ではない。こういうのは普通の日本人の想像力からはでてこない物語である。やはりマキノは、特別な嗜虐趣味の男だったようにみえる。

あるいは、イギリス人記者の性的嗜好に迎合して話を作っているのかもしれない。そういう面はあるのだろう。おそらくイギリス人男は解剖した子宮を見て性的に興奮するのだろう。

あるいは彼らは今でもフィリピンやタイで女を買うときには子宮を解剖したいという衝動に駆られるのだろうか。

とにかくそんな感じの記事である。結局何を言いたいのかはよくわからないが、ショッキングなグロネタを適当にばら撒き、日本軍の残虐性、それが天皇の命令と解されていたことを強調すると同時に、日本の良心勢力たる「悔い改めた日本兵」の苦悩を並べて安っぽくエッセイ風に描き、「いまだ悔い改めない野蛮国家・日本」を浮き彫りにする。

この記事にはまた、「日本刀の試し切り」もやったというマキノの証言がある。

「日本の良心勢力」を支援して日本人を分裂させ、日本民族の活力を弱体化させるというのを基本戦略とするのは、白人も中国人も同じである。

この記事を転載したマレーシア紙New Straits Timesは、一時は3日に一度くらいの割でカンボジアやインドネシアでの白人の児童買春犯罪のニュースをべた記事で載せていたが、最近はほとんど見なくなった。彼らの犯罪が急になくなったのだろうか?

しかし、土人の責務として白人新聞の反日記事を大きく転載することだけはやめられないらしい。彼らが独自に反日記事を企画すると必ずボロが出るので欧米反日記事の転載が便利なようである。

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2007年2月26日 (月)

また白人に突き飛ばされる

こういうことはできるだけ記録しておくことにした。

今日の白人は明らかに悪意を持っていた。

場所はKLCC。背広で身を固めた背の低い黄色い髪の毛唐。

人もまばらな通路を後ろからどたどたと来て、いきなりひじで力いっぱい突き飛ばしておいて「ソーリー!」だと。。

日本にも嫌な毛唐は多いが、こういうことをされたことはないし、ここまではっきりしているのは見たことがない。実はタイも毛唐が多い割にはこのタイプのは少ないように思う(チェンマイナイトマーケットその他で有色人種を人間と思わず突進している「善意」な白人はよく見かけたが・・・・しかしそういう場合「ソーリー」は出ない)。

マレーシアあたりで働かなければならない白人は三流ビジネスマンだろうから、鬱屈もあるのだろうか。

「植民地」に滞在しているという意識も非常に強いようである。

マレーシアは今、国を挙げて観光客誘致の真っ最中。

タイの治安の不安定は毛唐客招来の好機とみてか、デパート店員などがタイ式に(といってもタイほどではないが)白人客にこびている姿を見るようになった。

「ホスピタリティ」といえば、白人を優先し白人に媚びることくらいしか思いつかないのが土人の貧しい想像力、哀しい性である。

いつかアジアの都市に、「白人侵入禁止」の街区ができることを期待したい。

しかも健全で高級な街としてである。

はっきりと「白人入域お断り」の掲示を出し、その理由も「人を突き飛ばす、人の通行を妨げる、大きな声を出し周囲の迷惑を考えない、人をじろじろと見る、アジア人売春婦を連れまわし不快である、などの苦情が多く寄せられているためです」と具体的に書いて掲示しておいたらいいと思う。

「人種差別問題」にでもなって白人メディアに取り上げて騒がれればますます面白い。

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2007年2月 8日 (木)

ジャカルタからクアラルンプルへ 2/3

スカルノハッタ空港は平面的でわかりやすい。国際線はTerminal2。

イミグレまで来て大失敗に気づく。

インドネシアのビザ期限は「30日」。ところがKLの旅行代理店が設定した出発日は、行きが「1月4日」で帰りが「2月3日」。旅行代理店が「1ヵ月」と勘違いしたのか私が「1ヵ月以内でいちばん遅い日」といったのか、そのへんはよく覚えていない。とにかく1月は31日まであるので2月3日は「31日目」になる。

1日のオーバーステイ。イミグレ役人に指摘されてはじめて気づく。リコンファームのときに気づくべきだった。

後ろの事務所に行き20ドルの罰金。これも全部役人の懐に入るのだろう。イミグレ役人はいくら頼んでみても見逃してくれない。ルピアで払うと言うと20万ルピアだというので、そんなことはないだろうと思い、19万ルピアまで負けてもらう。もっと泣いてみてもよかったと悔やまれる。作業自体はすぐに終わる。書類を作るわけでもなく、ただ普通のスタンプを押すだけである。領収書もくれなかった(請求もしなかったが)。パスポートに何か書き込んだりもしない。

インドネシアはオーバーステイにはうるさいらしい。観光ビザは1ヵ月までしか取れないので、帰りの飛行機の出発日には気をつける必要がある。

外国にオーバーステイをするのはこれが初めて。「オーバーステイ」というのはタイ旅行者みたいで好きではない。

さらに、搭乗の時のX線検査で、空港役人に今まで一度もチェックされたことのない日本で買って持ってきた小さなハサミ(刃渡り5センチぐらい)を見咎められてケチをつけられる。チェックインカウンターのところに戻って荷物を全部預けろという。

「お前にやるよ」と言って放りだしたら(ネパールだと役人がすぐにポケットにしまいこむが)役人は当惑していた。

いったんは「やるよ」と言ったが日本製のハサミがちょっと惜しくなったので撤回し、ハサミだけ別にして送ってくれないかと頼んでみた。が、役人はダメだと言い張る。

別に送ることはできるはずだろ、やれよ、と言ってもめていると、ちょうどいい具合に白人客が来て救われた。

こういうことでもめているのを白人客に見られたくなかったのだろう。空港役人の態度が急に変わり、マレーシア航空の女性職員が呼ばれた。

女性職員がそのハサミをまるでデパートの商品のように「マレーシア航空の包み紙」で包み、別にして送るのかと思いきや、そのまま私に手渡した。

結局、「紙で包んだ」だけで「凶器」が安全なものに変わったというわけである。

ただケチをつけるためだけのチェックである。しかし、役人というのは日常のこういう嫌がらせを通じて自分の利権を保持しているのだろう。

他方、周りにいたインドネシア人客たちは、インドネシア人によくあるように、こういう状況を見ると役人(空港職員)の側について他人のことに口を挟んでくる。しきりに私に説教しようとし、ハサミは機内に持ち込んではいけないものであることを教えてくれるのだ。その姿は本当に頭悪そうである。

カッターナイフも入っていたがチェックされなかった。まだ一度もチェックされたことがない。ハサミがたまたま開いていたところがX線に映ったのがまずかったようだ。爪切りもチェックされたことがない。

ライター・乾電池はネパールでしばしばチェックされた。役人が「ライターや乾電池を持っているだろう、持っているはずだ、出せ」と言って迫ってくる。そして渡すとすぐにポケットにしまいこむ。

ただネパールやミャンマーではNo!と大きな声で言い、「てめえは金が欲しいのか、何で日本人にだけそういう言いがかりをつけるんだ」という感じに喚きちらすと、OKOKといって何もなかったことになることもあった(今日もそれにちかいが)。

30分ほど遅れて4時15分ごろ出発。

マレーシア時間午後7時半ごろ(インドネシア6時半)、KLに着。イミグレは今回は混んでいなかった。

5日。KLCC伊勢丹に行きLevi's512を買う。512は日本ではもう作られていないと聞いていた(ちょうど新宿伊勢丹だったが)。

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2007年2月 5日 (月)

インドネシアからマレーシアに来て感じること

インドネシアを1ヶ月旅してマレーシアに戻ってみると、電車内や駅で見かけるマレー語表示の言葉がかなりわかるようになっていた。マレーシアに1年いても本気でマレー語を学ぼうという気持ちにはなかなかならない。むしろ、ちゃんと英語を話さなくちゃと思うばかりである。ところが、インドネシアの英語がほとんど通じないところに1ヶ月いただけでインドネシア語≒マレー語の知識が、私としては意外なほど進捗した。外国語は「ほんとうに必要に迫られること」が習得の秘訣であり、必要に迫られないのにやっている外国語学習はドブにカネを捨てるようなものといわざるをえない(だから、そういう趣味的な外国語学習は独学でやるのがよい。外国語は独学でかなり習得できる。そして学校に行ったり外国に住んだりしても、「完全に習得する」ことは困難であるといわれる)。

インドネシアからマレーシアに来て感じるのは、まず、飯がまずいこと。料理がまずいというより、米自体がまずい。飯を食ってもまずいので、インド料理店でナーンでも食べていたほうがいい。インドネシアでは白米だけ食べていても結構うまかった。

そしてやはり、マレーシアでは、より「タイ的な」ものを感じる。「よりタイに近づいた」ということ。デパートなどの店員が生気なく色白で、生きた人間というよりは人形のようであり、文字通り血が通っていない(貧血気味)に見える。そしてなによりも、インドネシアでは見なかった「白人客に媚態を見せ、差をつける接客」が現れ始める。それに呼応するかのように(私の見た)インドネシアでは概ね小さくなりビビルようにしていた白人たちの態度がでかくなる。

そして、これもまた人形のような、戯画的なマレーシア特有の警備員。マレーシアの警備員は本当にマンガそのものである。

インドネシアのチパナスというところのあるゲストハウスで、宿の主人がインドネシア語でいろいろ話しをしてくれた。ほとんど理解できなかったのだが、インドネシアは「350年間」(tiga ratus lima pluh tahun)、「ブランダ」(オランダ)の植民地であったという事実をはっきり語り、それを悔やむべきこと、彼らの恥辱であると強く感じていることが伺えた。

そして、こういう話には私は警戒するのだが(「嬉しがらせ」である可能性もある)、その人は、インドネシアのMerdeka(ムルデカ=独立)は「ヒロシマ・ナガサキ」によるものであることをはっきりと強調した。ここで「ヒロシマ・ナガサキ」とは、原爆のことというよりも「日本がアメリカと戦争したこと」という意味だろう。

「ヒロシマ・ナガサキ」に関しては、ネパールのバルパックという村で、マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)の戦闘員がアメリカ非難の合言葉としてチョータラに座ってのアジテーションに使っていたことを思い出す。いうまでもなく、その他の有名人も反米主義の一つの合言葉として使っていたことは周知である。

インドネシアは長い植民地時代の屈辱の歴史を払拭することに苦心してきたように見える。つい最近まで中国語(教育)を禁じていたことも、日本のネットウヨが思いつくようなシナ人が嫌いというようなことよりも、オランダが中国人を徴税役人など嫌われる仕事のために誘致して使っており、中国人は植民地支配システムの一環に組み込まれておりその直接的な目に見える象徴でもあったからであろう。

分断して統治する、という原則は聞き飽きた陳腐なものに思われるが、白人はこの原則に忠実であり、しかもその実際について巧みである。これは被支配者を単に目に見える形で分断することだけではなく、アジア人の心の中に分け入り分断することも含まれる。それぞれのアジア人の醜い部分を噴出させる、そしてそれをお互いに見せ合わせ、互いに軽蔑しつつスパイラル的に落ちていくように仕向ける。アジア人同士で醜い面を見合い、軽蔑しあうことによって結局はアジア人としての自尊心も失うことになるのである。ただひたすら反特亜を叫んでいるネットウヨの一部に時に見られる「日本人にはコーカソイドの血も混じっていてチョンコなどとは違うのだ」といった説を援用し自慰にふけっている姿などは、このような白人の思う壺にスッポリと嵌ったものと言わざるを得ない。

このようなことを書くとすぐに「お前はタイを批判してチョンコを批判しないからどうせチョーセン人だろう」というのがでてきて執拗に仕事をしたがるので非常にやりにくいのだが、このようなレベルの議論?のみに終始することがわかっている以上は、匿名掲示板や殴り書き可能なコメント即時表示のブログなどは、内容のある議論や批判を期待できる場所ではもはやなくなっているといわざるを得ない。

実態は、仮に多少「コーカソイド」の血が混じっていようと、アングロサクソンを頂点とする白人の人種秩序の中ではほとんどゼロと同じということである。米国ではヒスパニックがもっとも人種的地位が低い(最近はどうかわからないが)と聞く。白人エスタブリッシュメントからみれば白人と有色人種との混血などは基本的に、「ろくでもないやつが女奴隷に生ませた子かその子孫」にすぎないだろう。白人世界では、「周辺的なコーカソイド」のほうがいっそう賎民視されるようでもある。ユダヤ人、アラブ人は別格としても、「コーカサス系白人」が最も攻撃を受けている場合もある。

中国人が(日本人よりも)特に白人に賎視される場合も、人種的理由と言うよりむしろ、自分たちのアジア植民地支配において広範に中国人を直接の汚れ仕事に利用したことに起因していることのほうが多いように思う。この場合は、自分たち白人が行った汚い支配の「穢れ」の部分を、中国人に転化して合理化しようという機制が働いているのではないかと思う。いずれにしても、白人の人種意識から見れば、ちゃんとした白人でないならばむしろ格式のある純粋の有色人種であったほうがマシである、というぐらいだと思う。

徴税人、これは聖書的な概念でもあるだろう。

マレーシアに来て感じるのは、やはり小さな国でせこい国だと言うことだが、言論はインドネシアよりもむしろ「翼賛的」なのではないかという印象を持つ。英字紙を見る限りでしかないが、マレーシアの一流紙の1面2面あたりにはいつも「首相や大臣がここでこういうお説教をしました。マレーシア人はもっとこうしなければいけません」と言う話を批評抜きでただ垂れ流す記事が載る。

そして、マレーシアは、インドネシアと違って「植民地支配の汚辱」をそれほど強く感じていないように見える。むしろ、大英帝国の植民地であったことを他のアジアに対して誇るかのような態度である。これは最近の白人世界の言論の中にある、「イギリスの植民地支配は自由主義の布教・拡大に貢献したものであり、日本の支配と違い、『良い植民地支配』であった」、という論調と軌を一にするものといえる。

このようなことをいうからと言って、インドネシアのほうがマレーシアよりも良い国だとか、日本にとって重要な国だとか、日本人にとって良いトモダチだとかいうのではない。外国との関係や、外国人との関係は、幼稚園のトモダチ選びとは違う。そういう園児的な発想を一般国民が卒業しないと、政治や外交に携わる偉い人たちも賢くはなれないのではないかと思うのである。インドネシアもマレーシアもくだらないと言えばどちらも同じくくだらないし、くずばっかりと言えばくずばっかりである。(ただし、タイが特別に悪質なのは、最悪であるにもかかわらずよさそうな幻想を上手に垂れ流し、中国仕込みの手法である種の「タイスクール」を日本人の中にも作り出し、すでに綻びている幻想をドグマにまでして批判を許さない堡塁を築いているところであると思う)。日本に匹敵するような立派な国、日本人が譲ってやらなくても本当にトモダチになれるような国・国民はないということである。

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2007年2月 4日 (日)

ネット屋に来る白人 KL 07年1月

白人には、「世界は白人のもの」という揺るがぬ信念がある。

先日、KLのわりと静かで清潔なネット屋に居たとき、白人のカップルが店に入って来た。そんなにガキでもない。30前くらいだろうか。

スタッフがちょうど席をはずしているところだったが、洋梨をかじりながらどたどたと入ってきて、歩きながら洋梨をかじり、その辺をまた歩き回る。前払い式のネット屋なので客が使わないパソコンは閉じられているのだが、歩き回ってパソコンをあれこれ覗き込む。

この極端に白痴的な振る舞いから見て、このカップルはオーストラリア人か、そうでなければオランダ人だと思われる。

スタッフは出かけているのだからどうしようもないのだが、とにかく歩き回ってパソコンを一台一台覗き込んでいく。その間も梨をかじる。梨からはぽとぽとと汁が垂れる。

私の近くに来た女の方に「ファッキュー、帰れ、消えろ!」と言ってみると、この白雌は逆上した。

獰猛なケモノそのものにこちらに向き直り、いま入ってきたばかりで梨をかじって歩き回っていたこの女がパソコンに向かっている私に、「お前が出て行け!」と平気で言うのである。

そのあと店のスタッフのマレー女が戻ってくると、几帳面に「この男がファッキューと言った」などと言いつけしているから笑ってしまう。

スタッフのマレー女は小さな声でぼそぼそと「ファッキューなんていったらだめですよ」とか言っていたので、また可笑しくなった。

この毛唐はfuckに相当切れていたようだが、このマレー女を含め、英語を母語としないものにfuckもくそもない。ぜんぜん平気である。悪いとしたら、英語を広めた者が悪いのである。

グローバリズムは、金融市場を制覇した白人に、世界は白人のものという確信を与えた。

ツーリズムはその文化輸出、言語輸出、さらには遺伝子輸出の機能によって、世界は白人のために用意された舞台であるという意識を、外からも内からも補強していく。

このような観念の際限のない蔓延に、ほんの少しであれ歯止めをかける役割を果たしたのがテロであることは、否定できない事実であろう。

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2007年1月 2日 (火)

新年早々の反日記事=マレーシア紙New Straits Times【アジア英字紙の反日4】

Imgp2949今日1月2日のNew Straits Timesに載った評論。

署名はProject SyndicateのOrville Schell。ドイツ系だろうか。中国専門家でカリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム学部の学部長だと書いてある。

3秒見渡せば内容がわかってしまうような記事なので、要点だけ紹介。しかし、これがアジア英字紙のマシな部分の水準だと思う(シンガポールのThe Straits Timesはもっとキチガイじみた反日のはず)。

日中関係が過去20年悪いのはJapan's reluctance to face its past(過去に向き合うのを嫌がる)のせいだと決め付けるだけ。これはもう英字紙=毛唐の確立した通説である。

まず最初に、読売新聞のナベツネの文章を持ってくる。Who was responsibleとかいう本の序論に書いた文章。その内容の解説が大半。

そのあとおもむろに、But does Yomiuri study go far enough?読売の研究はこれで十分か? と問いかける。たとえば、とわざわざ「南京大虐殺」を名指しして、読売の研究がそれについてちょっとしか触れていないことを批判する。批判というより非難である。(この人は本当に学者なのだろうか)。

さらに極めつけははこうである。原文でお楽しみください。

And, true, no Japanese prime minister has yet fallen to his knees in Nanjing the way chancellor Willy Brandt did on the site of the Warsaw Ghetto, where he apologised for the crimes of Germany by saying :"No people can escape from their history."

(この「学部長」、素性は知らないが、「ドイツ系」じゃなくて「ドイツ人」じゃないのか。)

これは韓国の政治家の発言でもなければ中国人の発言でもないのである。アメリカの白人の発言であることに注意すべきである。

日本の首相が一度も「南京」で、ドイツのブラントがワルシャワでホロコースト犠牲者に対してしたように跪き謝罪していないことが気に入らないという主張である。(学問ってけっこう簡単だね。俺でも出来るかも)。

「南京」はドイツ人がやったホロコーストと等価であるという主張である。

ドイツ人の巨大な人種主義犯罪を、「日本の戦争犯罪」によって相対化したいという情念のみの文章である。

さすがに欧米一流紙に載った文章の転載ではないが(彼らはもう少し洗練されたやり方をするだろう。荒唐無稽な主張をするときには白人ではなくオオニシという日本人を使い、言葉の断片をばら撒き彼らの望む対日イメージを補強するとともに、日本の「良心勢力」はすでに「自白」し白人イデオロギーへの恭順を誓っているにもかかわらず日本にはなお頑固で危険な歴史修正主義勢力が存在している、という単純な図式を浮かび上がらせようとするというのも一流紙NYT-IHT編集者ならではの作戦なのであろう)、こういう毛唐の人種主義的反日情念をありがたく拝受し、垂れ流し、再生産しているのがアジア英字紙であり、アジア言論界、アジア知識人の水準なのである

【反日総括】 小さな「反日」を見逃すな! (反日「破れ窓」理論)

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ここで、靖国問題について少し述べたい。

私は率直に言うと靖国神社にはあまり関心がなかった。それはたんに靖国神社は歴史が浅いと思ったからである。

最近になってようやく、私の靖国神社に対する見方は大きく変わった。

われわれはぜひ自ら靖国神社に参拝しなければならないと思うようになった。自分で参拝しない人が中韓の靖国介入を批判しても、論理的な批判としては成り立つが、現実にあまり説得力はないと思う。

私がそう思うようになったのは、つい先日、中西輝政という先生の「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」(PHP新書)という本をKLCC紀伊国屋で買って読んでからである。(この先生の他の本は小難しいだけで面白みがないダサい感じの本が多いが、この本は例外的に名著のようである)。

戦争で亡くなった人、戦闘に赴いて死んだ人と、生き残った人々およびその子孫であるわれわれとのあいだには、原理的な隔たり、倫理的資格の隔たりがあることを、われわれは肝に銘じなければならない。

はっきりいえば戦争に行き、生きて帰ったという人は、多かれ少なかれ卑怯または臆病な人々である。(註)

あの戦争で死ぬ機会、危険な任務に志願する機会はいくらでもあった。

また、小作人の倅のような人は真っ先に危険なところに送られてみな死んだ。

金持ちの息子、名士や田舎の旧家の息子などは安全なところばかり渡り歩き生き残ることが多かった。私はそういう例を身近に知っている。

そろそろこういう事実をはっきりさせるべき時期である。

自分が生きて帰ってしまったことについて長く罪悪感を抱き続け、それをばねに戦後の復興にまい進した人も多かった。

しかし、何の罪悪感も後ろめたさも感じずむしろ被害者として軍部や旧体制を批判し得意になる者も少なくなかったのである。軍部や戦前の制度を批判する事は何よりも簡単だった時代にである。

要領よく立ち回り、あるいは息を潜めて危険な任務をさけ、ずるく生きて帰った人に限って、物知り顔に戦争を大げさに語り、戦争の代表者のような顔をして、「日本軍の残虐行為」や「軍隊の非情さ」や「大東亜戦争の無意味さ」などについて喚きたて、あるいは賢ぶってシニカルに語るのである。

「自分ははじめから戦争に負けることはわかっていた」「こんな無謀な戦争を始めた軍部が悪い」「自分ははじめから戦争に反対だったがそんなことを言える状況ではなかった」など。

そういう人たちがGHQの下書きした歴史を補強し、戦後長く反日自虐の歴史観の担い手になってきたのである。ナベツネもその一人であろう。

われわれは靖国神社に参拝しなければならない。亡くなった人々と生き残った者およびその子孫とのあいだには原理的な隔たりがある。

この原理的な隔たりを常に自覚し、戦争で死んだ人たちは生き残った人々の代わりに死んだのだということを片時も忘れてはいけない。

そして、われわれのために死んだ人々、すなわち生き残ってわれわれが享受している繁栄を築き上げた人々の代わりに死んだ人々に対して、われわれは当然ながら何よりも感謝の念を捧げなければならない。

靖国問題はたんなる外交問題ではない。たんなる法的論理の問題ではない。国民の多くが靖国神社を参拝し、英霊に(小泉のような役者のセリフとしてではなく)本当に感謝の誠を捧げているのと、これまでのように多くが無関心であるのとでは、首相の参拝の対外的説得力も当然大きく変わってくるだろう。

なお、親愛なる読者のためにあえて注意しておくなら、こういう大切なことをおろそかにしていると、たとえば、自分や家族が原因のわからない慢性病に悩まされたり、交通事故にあったり、飛行機が落ちたり、子供が凶悪犯罪を起こしたり、夫が女子中学生を買って逮捕されたり、子供が大学を出ても定職につかずに引きこもったり、ということが生じる可能性が高くなるということも事実である。私の見るところ、この種の影響は、英霊を軽んじる者本人だけでなくその家族や子孫にも及ぶようである。

(註) 私の親戚には8月16日に特攻に出る予定になっていて、「死に損なった」人もいる。そういう人は別である。そのかわり、帰還してからの苦悩、荒れようはたいへんだったようである。そういう人は決して大東亜戦争を批判したりしない。

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2006年12月28日 (木)

ナイジェリア人ツーリスト

クリスマス休暇のせいか、タイの「ノービザ滞在規制」のせいか、このところ毛唐が異常増殖している。彼らには自分たちがアジアで嫌われているかもしれないという意識の片鱗もない。却って、タイを筆頭として白人を諸手をあげて歓迎し最高にもてなし甘やかす便所国家・地域がアジア各所に存在するために、白人の幻想はやがて信念にまで高められ、さらには制度化されて存続する。

つまり、「いつもそうだ→そうのはずだ→そうでなければならない→これはわれわれの権利だ」という形で、白人への厚遇と白人の横着とは「制度化」されていくのである。

ヒューマニズムの見地から言えば、人間は誰でも真実を知る機会を与えられなければならない。だから白人には、彼らが鼻つまみ者人種であるということを教えてやる必要があるのだが、その任を買って出ようとするものは滅多にいない。現状においては彼らがそれを知る機会はテロルくらいしかないのかもしれない。

この意味で、常に非難されるテロルは、非難されて良いのだし非難されなかったらそれはおかしいことであり非難されるべきなのだが、にもかかわらずそのことによってなおさら、一定の客観的な歴史的役割を担っているという事実も否定できないだろうと思う。だから私はテロルを心から全面否定することはできないのである。

さて、毛唐が急増殖しているKLであるが、毛唐が多いといっても、タイのように白人だらけ毛唐一辺倒になるわけではない。マレーシアは、いろんな人種や宗教の人々が「わりと行きやすい」国であることは確かなようである。

今日インドレストラン「ハミーズ」にいたナイジェリア人家族は、これまで見たことのないような雰囲気を漂わせた人々だった。思わずうっとりと見入ってしまう。

アフリカ人なのかインド人なのかと迷ったが、あとで店員に聞くとナイジェリアから来ているツーリストだ教えられた。

子供以外は民族衣装を着ている。トゥドゥンとは違うスカーフをつけてレースのような布を全身にまとっている。色は浅黒く、顔立ちは黒人のようでもありインド人のようでもある。子供の頭はアフリカ式に結っている。

非常にエキゾチック。その家族の周りには神秘的な雰囲気が立ち込めていた。

ここに住んでいるアフリカ人(ナイジェリア人も多いようである)たちとは全然違う。

サロンのようなスカートをはいて脚をゆったりと開き椅子に座っている姿がしっくりと絵になっていた。

女だけ3人いてその子供たちと一緒だったが、男はいなかった。一人の男の妻たちなのだろうか。みな穏やかな表情で、斜め前のテーブルに座った私を物珍しそうに見ているがそのまなざしもやわらかい。

外国でイタメつけられた経験がまだないように見える。こんな人たちがタイなどに迷い込んだらどんなひどい目にあうだろうかと考えると、戦慄せざるをえない。

もちろん写真は撮らない(撮りたかったがそれをやったら毛唐と同じになってしまう)。

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台湾地震にともなう通信障害

一昨日は何の問題もなかったが、昨日はこの近所(KL中華街、パサルスニ周辺)に数件あるインターネット屋の多くが店を閉めていた。

国内のサイト(たとえばグーグルマレーシア)には普通にアクセスできるが、日本などのサイトへのアクセスは出来ないか、非常に遅かった。

いつも使っている店も昨日午前中は使えていたが、昼ごろ突然日本のサイトにまったくつながらなくなり「サーバーダウン」だといって閉店。

大きいゲームネット屋が遅いながらも営業していたのでそちらに移る。(そこは地元の子供よりもこの時期、タイ流れの傍若無人な毛唐が大量に来て大暴れし非常に不快。しかしバックパッカー用ゲストハウスの一階にある店はもっとひどい)。

閉めているネット屋のなかには、遅すぎて苦情が出るから閉めるというところもあるのかもしれない。

台湾地震で海底ケーブルがダメージを受けたことが原因。新聞によれば復旧には数週間かかりそうだという。日本と東南アジアを直接繋ぐラインは、その海底ケーブルだけ。ヨーロッパやアメリカとの接続もダメージを受けており、東南アジアは孤立した状態になったようである。もっとも、完全に切れてしまったわけではなく回線のいくつかが損傷したということだと思う。

TMNet said the earthquake damaged the APCN2(Asia Pacific Cable Network2) submarine cable between Shantou, China, and Tanshui, Taiwan and between Lantau, Hong Kong, and Chongming, China....(NST)

ということ。

シンガポールも例外ではないはず。結局東南アジアのインフラは全体として脆弱なものなので、投機会社をシンガポールに移転するというのはその点でもリスクがあるような気がする。

ネット空間などといっても、電話回線というきわめて唯物的な脆い物質的条件の上に成り立っているものにすぎないことをあらためて思い知らされる。

電信送金も阻害されたようである。

KDDIは、日本はalternative linesがあるから大丈夫と述べたと言うことである。

インドも多少影響を受けた。

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2006年12月27日 (水)

今日かち合った最悪の毛唐

昨日は日本人ツーリストに対する不満をぐだぐだと書いてしまったが、やはり私に甘いところがあったと反省している。

日本人ツーリストに耐え難い者がいることは確かだが、避けようとすれば避けることができる者ばかりである。かかわりあいになったのは自分の選択であり、自己責任といえる。

しかし、世界中のツーリストエリアにおいて - つまりその土地の住民にならなくても容易に滞在し生活できるような圏域においては - どこに行っても決して避けることができないのが白人であり、白人とのトラブルである。

今日は最悪な毛唐に出くわした。油断もあったといえる。白人が並んでいるところに並んだからだ。これは私のルールから逸脱していた。

しかし、そこは飲食店ではなく、銀行の両替窓口だったので思わず油断してしまったのだ。とはいえマレーシア、メイバンクの両替窓口は、タイの銀行のように後ろに並んでいる毛唐にわざわざ声をかけて先にするようなことはしない。私が毛唐の後ろに並んだのである。

60前後の汚く日焼けした毛唐夫婦がメイバンクの店外両替窓口にへばりついていた。そのすぐ後ろに私が並ぶ。

彼らの両替はすぐに終わったはずだった。ところがこの毛唐夫婦は窓口を離れようとしない。私もしばらくは様子を見ていた。最初は年寄りはこういう仕事は遅いのでやむをえないと思った。

しかし、この毛唐夫婦はいつまでたっても両替窓口を塞いだまま離れようとしない。金を計算したり、財布に仕舞い込んだり、バッグの中を整理したり、夫婦であれこれ言いながらその場所を占拠しているのである。

しかし、何しろ現金を取り扱う場面だからという思いやりで、強いことは言わないことにして辛抱していた。

2,3分待つと、毛唐夫婦が少し両替窓口から左右に離れたようにみえた。離れるというよりも、水にふやけるように膨張したといったほうがいい。毛唐夫婦の間に空間ができて、その間に両替窓口があって後ろから手が届く距離だった。

こいつらの「仕事」が終わっているのは明らかだった。受付の女も次の客を待っている。私は腕を滑らせるように、毛唐夫婦の間に入れて、一万円札を窓口のスリットに差し入れようとした。受付もこっちを見ており、万券をスリットに差し入れればそれで作業は終わりである。

これが戦争の始まりだった。私の、か弱く細く白魚のような腕一本が、彼らの「空間支配意識」「白人空間意識」を激しく害したらしい。私が「彼らの空間」に有色人種の腕を入れたということが、彼らにとってはテロに等しい侵犯だったようである。白人のプライベートビーチに地元の漁民が入り込むよりもさらに悪質な侵害行為だと思ったようである。

私の腕に気づくと、汚く日焼けして細い陰険な青い目をしたこの女はキッと私のほうに向き直り、有無も言わせず肘で向かってきた。小さな中年白人女だが肘で私を突き飛ばすのである。その行為はまさに「攻撃」だった。I' m not finishedなどといいながら、「法と権力」を背景にした実力行使であるという確信がなければできない攻撃を私に加えてきた。

確かに相談事は終わってないかもしれないが、両替窓口の前でしなければならない仕事は終わっているだろう。

その60前後と見える汚い毛唐婆の行為態様が、非常に、きわめて植民地主義的な横柄なもので、「白人の両替作業に乗じて金をくすねに来た土人を棒で押しやって追い払う」というものだったので私も逆上する。

しかし私はさすがに婆に殴りかかるわけには行かない。そしてこういうときには必ず白人はひとつになる。理屈があろうとなかろうと彼らは「野蛮人」に対しては統一戦線を組むのである。旦那のほうも声を荒げて私に向かってきた。「侵害者の排除」である。

私はその場で、知っている限り思いつく限りの悪い言葉をならべたてた。Fuck you !crazy rednecks Go home it's not your colony here Go home to europe! Fuck you Off!......ぜんぜん効かない。

彼らにとっては、土人(=有色人種)は危ないだけなのであり、排除できるかどうかが問題なのであって、そのしゃべることなど最初からどうでもいいのだ。有色人種の主張に聞くべき内容などあるはずもない。

その後も私は大声でFuckやGoをこの毛唐夫婦に向かって連発しながら毛唐夫婦が消えるのを待って、両替を無事に済ませた。

すぐ横には警備員がいたが、何もいわずに見ていた。何の問題もない。両替受付嬢も表情ひとつ変えず「コミッションがいくらになります」といって普通に両替を済ませて終わり。

その後も私の腹は煮え繰り返ったまま、収まらない。

すれ違う毛唐にいちいちFuck you Go home Go to the hellなどをできる限り大きな声で連発する。私は年とともに、キレやすく攻撃的な性格になってきた。タイが何よりの起点だった。

信号待ちをしているときに、さっきのクソ毛唐に似た年配の、やはり汚く日焼けした毛唐夫婦を見つける。

毛唐夫婦の女のほうの耳元に口を寄せて、なるべく正しく明瞭な英語らしい発音でGo home and go to the Hell!と宣告してやる。

「耳元でささやく」、これはヨーロッパを旅する日本人ツーリストが白人たちからよくやられる人種差別的嫌がらせだと聞く。しかし彼ら白人がアジア系外国人の耳元でささやく言葉というのはこんな生易しいものでなく、はるかに悪意漲る洗練された(?)言葉なのだろう。

そしてその夫婦の前に並んで信号を待つ。毛唐の女のほうが私が宣告したことを男のほうに言っているらしい。

赤信号は必ずしも渡ってはいけないというわけではない。お巡りがいても普通に渡るものである。

私が赤信号を渡り始め、中央分離帯に達するころに、後ろから男の大変な怒声が聞こえてきた。振り向かなかったが、後ろから追いかけてくるのがわかる。

男が怒鳴っている言葉がはっきりと聞こえた。"It's Terrorism"云々と世間に大声で「正義」を訴え私を後ろから非難しながら、すごい剣幕で追いかけようとしている。

私はいつもどおりに車をかき分けて赤信号を渡り終え、それ以上ケダモノ毛唐に危害を加えられることなく何とか無事に帰還した。

どうぞどうぞもっと追いかけてきてください。私と同じように車の流れを見ながら高速で走る車の群れを効率的にかいくぐることができるなら。という気持ちで待っていたが、結局この毛唐は追いつけなかったようである。

もっとがんばって追いかけて来てくれてご勝手に車にぶつかってくれてもよかったのに、と少し残念であった。殴ってきてくれてもよかった。そして公道で盛大にぶっ倒れてやってもよかった。

マレーシアにはタイにたくさんいるようなぶっ壊れクズ白人はそれほど多くはいないようだが、逆に毎年「国境なき記者団」が発表する「プレスの自由度」インデックスの最上位に名を連ねるのような国々からダイレクトに来る、天然純粋レイシスト白人は少なくないようである。

彼らはもちろん、「アジア」はすべて白人の植民地かすくなくとも保護下にあるという確信を保持している。

アジアは「文明」が遅れており白人が開化してやらなければならないが、アジア人はみな危険な野蛮人だから、彼らの「支配する空間」を侵害するアジア人は実力で排除する法的な権利を持つ、という確定した不変の観念は、「プレスの自由」の信念とともに、彼らが大切に守り育てている思想なのである。

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ジャカルタ行き航空券の購入 またジャカルタへ

ジャワというところは私はどうしても肌が合わない。好きになれない土地柄である。

清潔で静謐で、やや無機的でやや乾燥していて、ゆったりとしていて一人になれる空間、そんな場所が私は好きである。

ツーリストと性悪シェルパさえいなければ、ソルクーンブはやや寒いが気持ちのよい空間ではあった。ヒレやバサンタプルも場違いな毛唐さえ来なければいいところである。中国人と毛唐さえいなければチベットも良い。

いまKLはよくない。去年を知らないので年度比較はできないが、猛烈に毛唐が増えている。各種の毛唐、オーストラリア人が多いようだが、アメリカ人、北西ヨーロッパのレイシスト、ロシア人、そしてシリア人(東方正教のキリスト教徒も多いようだ)。

タイが外国人の「ノービザ滞在」を3ヶ月内くらいに規制したことの影響もありそうである。

タイのこの新制度では「6カ月の内に3ヶ月」は外国にいなければならないらしい。あいまいな規制であり、いつまで続けられるのかは知らない。早く元通りに開放してやってクズ毛唐を全面的に受け入れ、白人用便所国家タイランドの使命を果たしてもらったほうが周囲の国に滞在しているものにとってはありがたい。

毛唐も多くなりKLもうんざりしてきたが、かといってマレーシアの田舎を旅する気分にもならない。マレーシアの田舎は特に面白いところがないところが良いのだが、特に面白いところがないところにわざわざ出て行くためには強い好奇心のエネルギーが必要である。そういう田舎で毛唐にかち合うようなことがあると、都会でかち合うよりも数倍不快なことになる。それが「健全な」毛唐ツーリストだったとしても、ギラギラとした目で貧しく文明の遅れたアジアの隈隈を覗き込み嘗め回しつつ、入り込めそうなところにはどこにもドタドタ入り込み踏み歩き、アジア人ツーリストを自分の縄張りに入ってきたオスを見るような獰猛な目で睨み付ける。その意味で、女を買わなくても白人ツーリズムはセックスツーリズムなのだ。そういう毛唐に出会うことになる。

そういうわけで、どこか外国に出ることにした。そして、どういうわけかまたインドネシアに行くことになってしまった。本当にインドネシアというところはどうも私の肌に合わないので不思議なことである。

今日27日午後、マスジッドジャメでスターラインに乗りバンダラヤへ。Wisma P.K.N.SにあるM.S.Starトラベルでジャカルタ往復航空券を買う。

マレーシア航空のジャカルタ往復航空券(フィックス)が今回は830RM。これが片道航空券だと850RMになる。片道のほうが往復より高いので、ジャカルタから他に飛ぶ場合でも往復航空券を買ったほうが得ということになる。もとよりこの価格は常に変動する。前回は往復が片道よりもやや高かった。

3ヶ月オープンの往復航空券を買おうとすると1200MR以上になる。

前回相手をしてくれたモデルのようなパンジャブ姉ちゃんは今日は休みらしくいなかった。中国人似のマレー女(トゥドゥンにマレー服)がテキパキとやってくれた。

帰りは2月3日。

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2006年12月26日 (火)

この時期増える日本人中年個人旅行者/礼儀知らずな60歳前後の日本人

私の周りではいま、日本人の年寄りツーリストが急増している感がある。しかも個人旅行らしいのが多い。

場末の比較的わかりにくいところにあるこのネット屋には、普通の時期は日本人などめったに来ないのだが、昨日今日と立て続けに2人日本人年寄りツーリストが来た。(若い日本人ツーリストは毛唐が多い中華街のネット屋でぐだぐだやっていることが多い。毛唐ほど大声を出したり暴れたりはしないが、タイの延長で実に汚い)。

昨日この店に来た日本人はおばあさんだった。

一人でふらっと店に入ってきたが、教育のあるばあさんらしく丁寧な英語でレジに話しかけた。

しかしレジのマレー女は完全に無視。その日本人ばあさんは暫くどうしていいものかというふうにそこに立っていた。

このマレー女は毛唐のクソ婆などが入ってくるとどんなに忙しそうにしていても手を止めて「イエス、サー」で応対し、やんちゃを言ってごねる毛唐にも下にも置かぬ扱いをするのだが、日本人ばあさんに対する態度はあまりにも対照的であった。

しかし私は、経験上、ポット出の日本人ツーリストとかかわると嫌な思いをすることが多いことを知っているので、このときも日本人でないような顔をしてただ観察していた。

この店は前払い式で、スタッフが開けないうちはパソコンはロックされたままになっているので、勝手に機械を選んで使い始めるということは出来ない。

ばあさんは暫くつっ立ったまま時々スタッフのマレー女に話しかけその反応を見ていたが、マレー女はあくまで完全に無視。

あとで聞いた弁明によれば「自分の仕事が忙しかったから」だそうである。

東南アジア人は、何かを始めるとそれ一つのことしか出来ない。同時に2つのことを配慮するということができない。複数の問題を処理しなければならないとなると錯乱してパニックを起こすらしい。だから毛唐に応対するときにはそれまでやっていたことは完全に放り出して子供のようにアテンドするのである。彼ら土人には「わかりやすい優先順位」が必要なのである。

やがて、ばあさんは頼りなさそうに「またあとで来ます」と(英語で)言って出て行き、2度と来なかったようだった。マレー女のほうはそれも含めて一貫して無視。

私はその沙汰を見ていて多少義侠心を刺激された。

私はあとでこの感じの悪いマレー女に抗議した。

どうして「日本人に」ああいう態度を取るんだ、貴様は薄汚いレイシストだ!と執念深く食ってかかった。何でこういうくだらないことにかかわるのかよくわからないのだが。

マレー女はすぐに開き直ってUP TO YOU!I NEVER MIND!などといいやがった。「思いたければ勝手にそう思っておけ、そんなことを言われても私は気にしない」ということだろう。捨て台詞に「マレー人はレイシストだ」と言ったが全然効き目がなかった。

マレーシアにおいて、マレー人が「レイシスト」であることは、マレー人たちにとっては当たり前の前提であり、それを言われても痛くも痒くもないことだったのだ。そんなことは彼らにとって当然の前提で、その前提の上で他の民族と何とかごまかしながらうまくやる、というのがマレーシアの複数主義である。

だから、「そういうことをするお前はレイシストだ」というせりふは、よほど上等な公共の場所で大きな声で言わない限り何の効き目もない。

しかしまた、そのせりふが効き目がある場合にはこちらの身上しだいでは警察沙汰になる可能性もあるだろう。センシティブな発言をするのはマレーシアではご法度である。警察沙汰になってしまったら、マレー人に勝てるのは白人かサウジ人などしかいないに違いない。

これが昨日の話である。

次は今日の話。

先ほど、また別の中年日本人男が一人でふらっと入ってきた。60代前後という感じで、ぽっと出のツーリストらしい。

マレー女は今回は一応この爺さんを日本語の出来るパソコンに案内したが、案の定、中国語のページを開けてこれがジャパニーズだジャパニーズだといっている。

このマレー女は本当に頭が悪い。英語を速くしゃべって得意になっているようなのだが、救いがたく頭が悪い。マレー女のこういう頭の悪さには、なかば悪意が籠っているように感じられる。

私だって、タミル文字とデヴァナガリの区別はつくし、タイ文字とクメール文字の区別もつくのである。

昨日のことがあったので、私は見るに見かねて助け舟を出してやった。

そしてやっぱり後悔した

この日本人中年男の無礼さ。

検索さえ出来ない、グーグルさえ開けないくせに外国のネット屋に入ってきて、スタッフでもない人間に助けてもらえるのが当然だと思っている。

教えてやっても「ありがとう」の一言も言えないのである。

この60代と見える男は最後の最後まで「ありがとう」の一言を言わずに出て行った。子供のときに親から「ありがとうは?」と教わらなかったようである。

こういう中年オヤジにはタイでも出くわしたことがある。

隣の台でYahooJapanが開けない困っている。教えてくださいと言うのではなく、ただひたすらに困った様子を見せているのである。仕方ないので教えてやろうとしても、ありがたそうな顔ひとつせず、しかも何を言っても理解できない。結局一つ一つ全部代わりにやってやらなければならなくなる。しかし、赤の他人に全部やってもらっておきながら、彼らがそのことに感謝するということは絶対にない。そんなそぶりも見せない。むしろこっちが迷惑でもかけているかのような態度である。

50代60代の日本人オヤジたちは、人から助けられても当然の権利ぐらいに思っていて、「ありがとう」の一言が絶対に言えないのである。

60歳前後の日本人爺たちほど礼儀知らずな人種はこの世界にいない。人間としての最低限の挨拶さえ出来ない。毛唐以下の連中である。こいつらを海外に出すな、と言いたい。

これが戦後教育、日教組教育の成果なのである

そしていま、教育基本法改正や憲法改正に向きになって反対しているのもこの連中である。彼らの主張する「自由」や「人権」の現実の内容がどのようなものであるか、想像がつくだろう。

彼らこそ朝日新聞のコアな読者層である

60歳前後のオヤジは日本の癌である。

こいつらを早くお払い箱にし養老院に隔離するか、いびり殺してしまわない限り、日本はなかなかよくならないだろう

その上このオヤジは、加齢臭がたまらなく強かった。ネット屋中が臭くなった。いなくなったあとも嫌な臭いが抜けない。ここは黒人が多い場所だが、彼らは言われているほど臭くない。毛唐も香水が臭いことは多いが、加齢臭を発散させているのには私はあまり出会ったことはない。それぞれに体臭には気をつけているのだろう。自分の臭いに無頓着なのは50過ぎの日本人オヤジだけのようである。

海外生活は難しい。

毛唐に近づけば必ず不愉快な思いをするが、日本人と関わりあいになるのはさらに危険なことがある。

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2006年12月25日 (月)

マクドナルドでコーヒーを買おうとしたら白人が割り込んできた

KLパサルスニのマクドナルドでコーヒーを買おうとして並んでいたら、若い白人がまるで中国人のように私の二人前に割り込んできた。

まるで中国人というのは中国人に失礼だろうか。中国人はいまお勉強中だそうだが、永久にお勉強の機会を得ないのが白人である。

温厚な私もたまらずその半そで半ズボンの汚い白人坊主の肩を財布でつついて、ドントジャンプザキューとか注意したのだが、「なんでだよう」と開き直って向かってきやがった。

すぐにまわりの地元の人が譲って別の列に案内して収めたが、そういう収め方も私は気に入らない。

あきれたので、イッツベターユーゴーバックトゥータイランド!(はあ?)タイランドイズベターフォーユー!タイランドビカムズユーと大きい声で言ったら、何を勘違いしたのか、こっちによってきて、「おーおー、おめえもタイ行ったことある?折れももう2回タイ行ったよ」とか嬉しそうに話しかけられてしまった。

私の言いたかったことはまったく通じずに終わり。その男はそのあとタイについて何か話したそうにしていたが無視。

白人にとってはタイは恥ずかしい渡航先ではないようである。

私はマクドナルドでもセブンイレブンでも白人が並んでいる店には入らない。東南アジアのそういう場面では不愉快な目にあう確率が高いからである。

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日本って「emerging Asian power」なのか

このところ連日反日記事をたれ流しているNew Straits Timesだが、ドジンの本能的日和見感覚からか、たまにぽっと前触れもなく親日的な要素のある評論を載せたりする。今日のインドからの評論もそんな中和剤である。

連日の反日評論とたまに載せるやや日本に好意的な要素を含む評論との間の脈絡などはどうでもいい。

彼らに新聞社としての定見などないし、必要もない。

彼らの綱領は、よく勉強した英語で旧英植民地のレガシーを十分発揮した旧英植民地人たるにふさわしい教育のありそうな評論を書き、イスラム国マレーシアとしての最低限の独立を前提として、白人をおだてる記事を載せていくことだけである。

反日記事は、白人も喜び中国人も喜び、その上日本人は怒らないどころか彼らの仲間内にいる日本人には歓迎する者も多い、便利な穴埋めである。アジアの国際情勢について何か評論らしいことを書きたいときには反日記事を書いておけば間違いないのである。

このように反日記事を垂れ流していく一方で、辛抱強い日本人読者が万一にもキレれてしまわないように、たまにほんのちょっと親日風の記事を載せてバランスもとらなければならない。

一応マレーシアを代表する英字紙である。読者の中には少ないとはいえ普通の日本人もいる。こうやって日本にまでご注進する読者もいる。

しかし、「外国に嫌われること」を何よりも怖れ、アジア人にへつらうことに熱心でそれを倫理とさえ考え、貧乏人や野蛮人のご機嫌を取る態度を好み、さらにはそんな自分の卑屈な態度を恥じもせず、それどころかを「そんな私はリベラルでよい人」と感じて満足する傾向のある日本人たち、そんな態度を取っているうちに自分自身本当に野蛮人好きになってしまいかねない「自我の弱い」日本人たち、を喜ばせるには、このくらいの薬で十分である。

そういうわけで、NSTは今日、連日の反日キャンペーンに対する中和剤としてインド系記者がインドから送る評論を載せた。

「日本とインドとの関係は、冷戦時代はちょっと悪かったが、小泉首相のころからよくなり、安倍首相の時代になってますます希望が持てるようになって来た。

日印関係には難しい問題はなく、一方、日本は経済的に大いにコミットしている中国との関係はあまりよくない。

インドはこの好機を逃さないようにしなければならない。なぜなら次のリーダーはまた「西を向く」かもしれないから。」

というような内容である。

言われつくしていることを並べただけなので特にコメントすることはないのだが、私は2つほど気がついたことがあった。

ひとつは、"The two emerging Asian powers, who have no contentious issues between them,...."という表現。two powersというのはもちろんここではインドと日本のこと。ところがtwo emerging powersだから日本もemerging powerだということになる。

インドがemergingなのはわかるが、日本もemerging(新出現、新興の)なのか?

これを読んで少し変な気がしたが、案外これが客観的な世界の評価なのかもしれない。

少なくともpowers(強国、列強)の一つとしては、日本は「新興国」に過ぎない。日本では日本は大国だというのが普通に通っているが、外から客観的に見ると"the second largest economy"であってpowerではないということだろう。

われわれはどうしても戦後の風潮の中で息をしてきた。

自称右派の人であっても、保守の人でも、文化・教養・伝統・知性を尊重し財力の意味をも知るとしても、政治、軍事、ゲバルトの意義を軽視する傾向を免れることができないのではないかと思う。とくに軍事、ゲバルトの意義についてはみな言及したがらず、あえて言及する者はエキセントリックな議論に走りがちではないだろうか。

私もその幣を免れないのでエキセントリックな提言をあえてすれば、われわれは国策を論じると同時に、個人レベルでまず、軍事、ゲバルトの重要性を見直し真摯に自己を省みなければならないと思う。自分自身の体を鍛え、できれば護身術や武術を身につけておくことが望ましい。勘と運を磨くことも同じく重要である。

イスラエル人のバックパッカーは世界の鼻つまみだが、若者が兵役明けに一年休暇をとって世界を放浪するというのは、国家のためには悪くない習慣である。(ネパールのシャツ屋で200ルピーの言い値に対して(100ルピーに負けさせるのなら理があるが)、イスラエル人は平然と10ルピーとか1ルピーとか言い放つのである)。

もう一つは、日本はいつも西(West)ばかり向いてきた(いる)、という不満の表明である。

これは案外興味深く、アジアに共通した日本に対する根深い不満であり、日本に対する彼らのいわゆる「疑念」のようである。

中国でさえこの感情を共有しているように見える。安倍首相が就任初外遊をアメリカでなく中国にしたことを「アジア重視」として歓迎したことも、「アジアの盟主たる中国」という中華思想からだけではないのではないか?

われわれは案外この点に気づいていないのではないか。

彼らのこの「不満」に理があるかどうかはどうでもいいし、結論から言えば「理」などあるはずもない。

しかし、彼らの「反日の背景」の一つにこの不可思議な情念があるというところは見落としてはいけないのではないかと思う。

私などから見ると、(東南)アジアの連中のほうがよっぽど白人の茶坊主で、野蛮人生活をするか西を向くかしかしていないように見えるのだが、彼らの情念の中には、「日本はアジアの癖に西ばっかり向いている」というのがあるようだ。「お兄ちゃんの癖に遊んでくれない」というダダにも近いが、アジアにかなり広範に共有されているところの「反日の背景」のように見受けられる。

確かに西ばっかり向くのはよくないことである。

最終的にわれわれは毛唐とうまくいくわけがない。彼らは千数百年戦争と殺戮に明け暮れて、そのような歴史の中で遺伝的にも半ば人工的に自己を形成してきた特殊な体質を持つ人間集団である。

そのような遺伝的人間集団とほかの遺伝的人間集団とが平和的に共存できる道理がないのである。外交は彼らとは決定的に相容れないということを自覚した上でのトレードでなければならない。

元駐タイ大使に代表されるような「親米保守」なんてのは百害あって一利なしだと思う。

アジアは一つ」ではないが「白人は一つ」である。戦闘に適するように牧畜技術によって交配されて形成された血縁集団である。

日本民族が一つ」であると同程度に白人は一つである。遺伝的にも言語的にも文化的にも、白人種は、日本民族がその内部に有する程度の多様性しかもたない。

そして彼らは、その破壊的な人種的特徴が弱められた世代になるまでは、人類の多様で豊かな生存にとって、隔離を要する人種なのである。

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2006年12月24日 (日)

天皇誕生日の記事(Star)

マレーシア紙New Straits Times(およびNew Sunday Times、いずれもNST)は、天皇誕生日の記事などベタ記事ひとつない。

NSTはイギリス王室ネタだとくだらないゴシップまで延々とページを割く(マレーシアは半分くらいイギリスの植民地のままにしてもらっていたほうが良いような気がする。タイは全部アメリカの直轄にしてもらう方がいい。パッタニだけ自治権を認めるというのがいいだろう)。

しかし、今日たまたま買ったもうひとつの英字紙"Star"は、天皇陛下の記者会見の内容をロイターのテキストとAFPの写真でわりと大きく報じていた。主として戦争犠牲者の追悼について(ようするに靖国関係)。

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下はエリザベス女王(どうでもいい記事だが)。

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なお、このStarを見てはじめて、平沢勝栄代議士がKuantanに来ていたことを知った。

New Straits Times(New Sunday Times)という新聞は意識的に日本に関する情報を削り、悪いイメージだけを伝えることに苦心しているように見える。今日もまた、「日曜日の反日シリーズ」で、「The Japaneseの残虐行為」をインド系老人が証言するという特集を載せた。

彼らに言わせっぱなしというのは面白くない。

日本人としても、もはや八紘一宇とか「アジアは一つ」なんて義理はどこにもない。

実際「アジアは一つ」はますます危険思想だと思う。アジアは決して一つではないし、世界には互いに到底相容れない複数の文明が並存している。

むしろ、どちらかといえば「白人はひとつ」なのだ(その性格は、奴隷所有者、植民者、世界支配をミッションとする者、という点で共通である)。そしてその他は非常に多様なのである。

究極の敵として「白人」を持つ、という点においてのみ、非白人世界は共通の、しかしクリティカルな条件をもつ

だから今からでも遅くない。日本は、日本兵の軍服を着て実際に手を下して「残虐行為」をした者がいるのならその者を正確に特定し、氏名もはっきりさせて、彼らの大部分が朝鮮人であったことを実証したほうがいいのではないか?

靖国神社から追い出すべきなのはA級戦犯ではなくてその連中のほうだろう。

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StarのほうがNSTより反日的ではなく日本に関する記事が多い。さらに、Starの英語のほうがplainである。

しかし残念なことに私はNSTの方が読みやすい。難しい抽象的な単語が並べられているが、それはたんなる文飾であって思想内容は底が知れているので単語の意味をいちいち知らなくても大意は把握できる。要するに受験英語だけで英語を覚えた者にはなじみやすい文章が多い。

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2006年12月23日 (土)

【アジア英字紙の反日 その3】 日本軍は歯向かう者の首を斬り、ポールの先につけて見せしめに道にさらした(マレーシア紙New Straits Times, Ranita Husseinの評論)   ↑これはお前らの趣味だろうが

Imgp2908Imgp2929_1 今日のマレーシア紙ニューストレーツタイムスRanita Husseinの評論(拡大、可読)。

日本は「白人支配からのアジアの解放」を掲げたはずだが、この記事が「白人」という言葉を注意深く避けている点が象徴的である。"the shackles of the Anglo-American yoke"など。

頭のない(首を切られたという意味ではなく、脳味噌がないという意味)マレー人「インテリ」の書くものなので、ソースが当てにならないだけでなく、思想内容はほぼ皆無、白人先生に見てもらうための「英作文」-よく出来ました-に過ぎない。

首を切って道にさらすぐらいは、東南アジアの土人系人種にとっては、実はさほど刺激的な話でもない。タイ人もそうだが、彼らの地元紙の写真をちょっと見てみれば、彼らがどんなに残虐グロ好きであるかがわかるだろう。中途半端な辛さでは満足できないのである。超辛でないと辛いことにも気づかない。

このネタもおよそ土人の白日夢や噂話が「歴史の事実」に昇格した程度のものであろう。

ともあれ、この記事の趣旨は「歴史」を知らない若者たちに「日本軍の残虐ぶり」の歴史を忘れないように呼びかけるというもの。

なぜ忘れてはいけないのか、どう覚えておくのか、覚えておくとどういうメリットがあるのか、というような掘り下げた考えはほとんどない。

マハティール前首相の「ルックイースト」を批判するなかで、「イーストのネガティブな面も見なければいけない」というのだが、マレーシアが日本並みに白人と戦争できる国になる可能性はゼロなので、日本の過去のネガティブな面を自国の教訓にするということに積極的な意味はない。

「これからも白人に歯向かってはいけないのだ」「豊かになっても白人にはますます従順でなければならない」「だからつねに日本より欧米、日本人より白人を優先しなければならない」という以外の具体的な意味はこの評論からは出てこないだろう。

土人」の直感として、2020年に「先進国」入りを目指すマレーシアは、(白人世界と最前線で渡り合わなければならない日本のような国になれるはずがないので)韓国レベルにならなれるかもしれない、というのがあるのだろう。彼らにとっては韓国も十分「先進国」である。

東南アジアの後進小国であるマレーシアが、「韓国並みの先進国」になるにはどうすればいいか、と彼らは考える。

韓国のやっていることを見習えばいいのではないか?

では、韓国はなぜ成功したのだろう。韓国が最も重視していることは何か?

そうだ!きっと韓国の成功の秘密は「反日」に違いない。という土人の猿頭の結論に達する。

ここまでの論理はタイ人の反日についても同じである。日本人のタイヲタウヨが「韓国人はタイ人に嫌われている」といって喜んでいるのは、この意味でもまったくピントハズレなことである。

そうでなくても国内の民族問題に悩み国民統合に苦心するマレーシアにとって、外部に「敵」をもつことは有益である。ただし本当に怖い敵を持つことは土人には出来ない

いくら叩いても怒らず、脅威にならず、叩けば金までくれる日本は、これ以上ないほど都合の良い外部の「敵」である。

それにしてもなぜわざわざ、晒し首の逸話をこの無内容な短い評論にのなかに掲げなければならないのかだが、、、

ひとつは先にも述べたとおり、彼らにとってはこの「チリ」はわれわれが感じるほど辛くはないからである。

もうひとつは、彼らは「自分たちがいちばん恨んでいるのは日本人であって白人を恨んではいない、自分たちは決して白人の敵にはならない」ということをグローバル化の前提として白人世界に念押ししておく必要からである。

まずもって、来年のVisit Malyasia Yearに備えて、このことを白人世界に宣布しておくことにはマレーシアへの白人ツーリズム振興に実益がある。

さらに、土人特有の嗅覚で、残虐な行為の被害者」であるということは歴史的特権であるということに気づいている。

マレー人記者としては、中国人だけに「日本の被害者」であることの特権を独占されたくないという強い衝動がある

これらが「国民統合」の要請とあいまって、ここ一連の「マレー人の被害」報道の背景に存在するだろう。

この評論の重要なところは、マハティール前首相の「ルックイースト」政策に伴う20年前の(親日的)演説をいまさら手厳しく批判していることであると思う。

言葉遣いが強いわけではないが、今なおカリスマであり多くの信奉者を持つマハティール氏の絶頂期の発言をa curious statementと切り捨てることは、ここではかなりの挑戦であると見ることが出来るだろう。

マハティール氏の20年前の演説とは、

"The success of the Japanese army in the early days of the Pacific War finally broke the spell cast by the Europeans regarding their invincibility(無敵). East Asians were able to see that their European overlords could be defeated. Their yearning for independence gained strength."

というものである。

これに対するこのマレー人記者の批判は、

"It was, to say the least, a curious statement, which glossed(繕う、美化する) over the historical mainstream."

という中学生課題感想文(よく出来ました)的なものであり、この評論は「批評」と呼ぶには程遠いもの。

とにかく、15年後に先進国入りを目指すマレーシアとしては白人がしつらえたグローバリズムの波にぜひとも乗らなければならないのであり、そのためには白人が決めた「歴史のメインストリーム」をぜひとも暗記学習復唱しなければならないのである。

マハティール氏と、その側近から首相になった小役人アブドラ現首相との間の、泥沼のいがみ合いの背景にも、歴史観・アジア観の違いがあるのかもしれない

このマレー人記者の評論は、現首相アブドラに媚び、いまだ勢力を温存するマハティールを「日本とともに」叩きのめす(その日本はそれでも怒らないし金をくれるし投資もしてくれるから安心である)という、御用新聞の使命も十分果たしているといえる。

つまりマレーシアはマハティール体制からアブドラ体制に移行するとともに、意識的な「反日」に大きく舵を切ろうとしているといえるかもしれない

私の勘だが、マレーシアで、知的な連中に限って言えば、(といっても本当の意味で「知的」な人間といえる者は東南アジアにはいないので、「教育のある人間」という意味だが)、マレー系よりは中国系の連中のほうが、いろんな意味でマトモなのが多いように感じる。

これはタイでも同じではないだろうか(もっともタイの中国系はタイ化が激しいようだが)。

マレー人に学問は無理だろう。これはタイ人と同じである。

学問というのは個人でやっているように見えても、実はその人の背景にある文明の力の果たしている役割が大きいと思う。

「土人は自然の中にいるので繊細な感性を持つのではないか」、と日本人は考えがちだがこれはまったくの見当違いである。日本人によくある思い込みである。過酷な自然の中にいて繊細な感性を育てられたのは、日本列島の住民の特殊性と言って良いほどである。

実に、土人ほど鈍感なものはない。このことを見失うと痛い目にあうと思う。

そしてよく覚えておかなければならないことは、アジアの諸民族は、発展の過程で必ず反日になるということ。彼らにとって「反日」はアジア新興国・準先進国の証である。

彼らがたとえムスリムであっても、彼らの社会観、他者観は相対的である。彼らの風土に根ざした人間関係に唯一絶対の神が入り込むことは難しそうである。つまり、より身近な者との間の比較と嫉妬とが彼らの燃料である

理念で高みを目指すのではなく、情念で近くにいる者の足を引っ張ることのほうに、彼らのエネルギーは費やされるのである。

中国韓国が反日だ、だから東南アジアに目を向けてみた、という具合に、「仏教国」幻想でタイに投資し、タイ人の嫉妬反日と怠惰ぶりにうんざりして、今度はマレーシアに投資し、インドネシアに投資し、、、、というのはナイーブな日本人のやりそうな失敗ではないだろうか。

東南アジアの土人というのは、喩えて言えば、反抗期を経ていない子供のようなものである。自我をもって親とぶつかったことのない子供にとって、親はひたすら怖い、絶対的な存在である。この場合彼らの親は白人である。

あるいは、反抗期に自我を確立しきれずに引きこもり、家庭教師の先生だけをよりどころにしているような子供。この家庭教師は親よりも学歴が高く、子供に適当におだてたことを言ってくれる。耳に快い理念や人道に関する話も教えてくれる。この子供はその家庭教師の話を暗誦し、彼の威を借りて親にたてつく。家庭教師の入れ知恵を自分で考えたことのように親に向かって復唱し、兄弟の前でしゃべりたてて得意になる。

タイ人にしろマレー人にしろおそらくインドネシア人にしろ、およそ土人というのは成人ではないし、成人になる意思もない。土人の神は「力」である。

彼らは自分が困ると努力をする前に大いに保護と援助を訴える。おねだり、物乞いは土人の文化である。が、彼らを援助してやろうと手を出す者は大きなリスクを覚悟しなければならない

保護され援助されながらも、彼らは常に、保護者たちのなかで一番強いのは誰かを観察する。一番強いものに取り入って、他の保護者の上に立てないまでも、それを見下す態度を取ろうとする

そのようにして嫉妬と羨望の念を紛らわせることは土人にとってきわめて重要な生活条件なのである。ここは見落としがちな重要なところである。日本人は嫉妬に関してきわめて淡白な国民であることを自覚したほうがいいと思う。

もし日本で、民族間の扱いの違いなどを、「平等原理に反する差別」という理念的な問題とするのではなく、その代わりに「嫉妬」という形で政治問題にするとしたら、左右を問わず、日本ではちょっと恥ずかしい沙汰だろう。

しかし彼ら土人の間ではそうではない。

土人の尊敬を獲得できるのは嫉妬の相対性を超えた圧倒的な力だけなのである。

そのような形で尊敬を獲得することを潔しとしないのなら、間違っても土人に何かを期待することのないように自らの心に命ずるしかないだろう。

だからわれわれは彼らに安易に援助を申し出てはいけない。共同事業も同じである。

むかしどおりに白人の保護を受け入れたほうがいいのではないの?」

白人のほうが偉いでしょ?尊敬してるでしょ?奴隷になるにしてもボスが白人のほうが威張れるでしょ?」

と粘り強く勧奨すべきなのである

「白人に支配されていたことが不幸だったという実感がない、日本の占領は許しがたいがそれまでずっと白人のご主人様の奴隷だったことはそう悪かったと思わない、今ではむしろ誇りにさえ感じる」(マレー人)。

「アジア全体が白人の従属の下に置かれていても自分たちさえ自由でいい生活が出来ていれば何の問題も感じない、一族の体面を保つためには隣国の土地を勝手に白人に割譲してもいいし、娘を女奴隷に売ってもいい」(タイ人)。

土人とはこういう連中なのである。

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2006年12月22日 (金)

タイ人のマレーシア国内への自由入境(2キロ圏内)が来年から禁止に

現在タイ人(タイ国民)は国境から2キロ以内に限り、何の書類もなしで入国できるが、来年1月1日からこの制度が廃止になることになった。車で入国する場合は、その車がマレーシアの規制を満たしていなければならない。内務省次官が昨日、議会のロビーで発表。

この決定は、12月2日に、タイ人車両密輸業者と思われる車がクダーのBukit Kayu Hitamのイミグレーションを突破してマレーシア人係官に大怪我をさせた事件を受けたものと見られる。。。。。。

タイは、タイ人が家内奴隷のように酷使するミャンマー人労働者のメーサイへの日帰り入国にも高い金額を徴収しているので、この決定はまったく妥当なものである。

なお、タイ深南部分離運動の活動家はイミグレを通らないでもマレーシアに入る方法があるだろうから、その問題とは関係がないと思う。

また、タイのクーデタとも関係はないようである。しかし、こういうことはなんの関係もなさそうに見えてどこかでつながっているということもあるのではないだろうか。タイに対して今まで言いにくかったことがクーデタの弱みを持ったゆえに言いやすくなり、断固たる措置をとりやすくなるということもあるだろう。

日本の報道では19日のタイ株価暴落はクーデタとは何の関係もなく、すぐに回復して無問題のように報じているようである。しかし、他の国の人がそのように見ているとは限らない。ロイター通信は次のように伝えているようである。

ABN AMRO cut its investment rating on Thailand to "underweight" and questioned how the economy was being run in the aftermath of the coup - Thailand's 18th in 74years.

タイ人投資家、実業家の中にも、クーデタ政権の経済運営の無能を批判する声があるようである。

Imgp2904
NST12/22

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2006年12月18日 (月)

【アジア英字紙の反日-反日世界の「真理」の作られ方】IHTノリミツ・オオニシの署名記事(「やらせ質問」)を無署名で転載するNST

教育基本法改正に関するタウンミーティングで政府が金を払って「やらせ質問者」を動員した事実があるのかどうか、私は知りませんが、ふだん日本に関する情報をほとんど伝えない外国メディアが、それを事実として強調して伝えるなら、それはたんなる事実以上の「真実」、「真相」、いわば「原理」として定着してしまうというのは見やすい成り行きである。その記事を見た人は、日本はそういう国で、日本の政治は全部、政府が愚衆を買収したり洗脳たりして動かされているんだな、と理解するだろう。

①反日感情または嫌日感情のある人、であればなおさらで、②日本を文明的に見下す材料を探している人(「白人でない日本人に白人顧問なしで民主主義など運営できるはずがない」と思いたい人たち、主に白人)にとってはさらに快く迎え入れられる「原理」である。

マレーシア紙New Straits Timesに今日転載されたインタナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)の記事。
http://www.iht.com/articles/2006/12/15/news/japan.php

転載記事にはノリミツの署名はなく、すべて「事実」として記事になっている。

「やらせ質問」に関する部分が特に光っており、この問題に関する唯一の重大事実のように見える。

IHT記事から
。。。The government secretly paid people to attend the meetings and to ask prearranged questions or make supportive statements about the government's policy agenda, including the revision of the education law.。。。
http://www.iht.com/articles/2006/12/15/news/japan.php

IHT記事を転載した今日のNSTの記事Imgp2872

それにしてもこういう「情宣活動」に人生をかけているらしいノリミツ・オオニシという人は、何が目的なんだろう。

「いくらがんばっても白人にはなれないんですよ。」

整形しても無理。ちょっと肌の色が濃いだけでもなかなか仲間に入れてもらえない。白くないコーカソイドはさらに嫌悪される。日本人以上に血統にこだわる者が多い。

白人がいつも反日侮日材料を捜し歩いているのは、彼らの人種主義的な動機からにほかならない。

他方、いまのアジア人が反日を振り回すのは、まずは当面の実利からだが、根本的には白人の意を体したものであり、ゆえにそれは(彼ら自身がどれだけ気づいているかは別として)白人に媚びる因習的アジア人の「媚び方」の一形式なのであり、感情的には、互いに白人の下にいるべき者」同士の相対関係における嫉妬からでもある。

いずれにしても、「反日主義」イデオロギーの根本にある客観的な動因は、白人の人種主義、白人至上主義、であることを見落としてはいけない。


アジア英字紙の反日:

アジア英字紙の反日

【アジア英字紙の反日 その3】 日本軍は歯向かう者の首を斬り、ポールの先につけて見せしめに道にさらした(マレーシア紙New Straits Times, Ranita Husseinの評論)   ↑これはお前らの趣味だろうが

新年早々の反日記事=マレーシア紙New Straits Times【アジア英字紙の反日4】

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2006年12月15日 (金)

マレーシアに麻薬を持ち込んだタイ女に8年の刑【コタバル マレーシア】

昨日高等裁判所は、タイ女Cheerusmi Ma-Ae(29)に8年の懲役を言い渡した。女は麻薬所持の二つの罪を認めていた。

この女と夫は、昨年、麻薬を車でクランタン州に持ちこんだところをランタウパンジャン近くの検問所でマレーシアの麻薬警察につかまったものである。(ランタウパンジャンはコタバルに近い国境の町。スンガイコロクの反対側)。

彼女は昨年6月9が午前3時に83.95グラムのメタアンフェタミン(ヤーバーというやつのことか)をチャバン・ウパ・サラーム検問所のところで所持していたことを認め、さらに同じとき2.11グラムのヘロインを所持していたことも認めた。

夫が警察に引っぱられたとき、彼女はパニクって、自分の服の下から麻薬のパケを2つ取り出し、「これは私のじゃない」と主張したという。

いかにもタイ女らしい反応で面白いですね。

Cheerusmi Ma-Aeという本名はIDカードに書いてあるだけで周りの人も親しい友達も誰も知らないかもしれない(友人達もニックネーム〔ダオとかケーオとかピームとかダーとか・・・・〕 しか知らないということが多い)。。だからこうやって顔を隠しておけばタイに戻って普通に生活できるのだろう。

Imgp2864
New Straits Times 12/15

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2006年12月12日 (火)

警察による手入れ (マレーシアの外国人取締り)

昨日このネット屋に警察の手入れがあった模様。その時ここにいた黒人客は全員連行されたようである。

昨晩この店のボスの中国人姉ちゃんと(生き残った?)黒人客2,3人とがなにやらひそひそと会話をしていた。警察がらみの話のようだったので、あとでちょっと聞いてみたら昼間摘発があったという。

(マレーシアネタで私が「中国人」と書くのは「華人系マレーシア人」のことである。しかし自分のことを「チャイニーズ」というのでその通りに日本語に訳した。「メインランドチャイニーズ」のことは「中共中国人」と書くことにする。

中国は中国以外では「シナ」と呼ばれる〔またはその類似語で呼ばれる〕のが普通だが、私は残念ながら中国を「シナ」と呼ぶ教育を受けなかったので、あえて「シナ人」というのは特別な意識を伴うことになり変なこだわりがあるようで半島臭くなるので避ける。中国人を罵倒したいときは「チャンコロ」と書くことにする。ところで、「インド」はインド系の世界では「バラットBharat」と呼ぶのが普通のようである。)

姉ちゃんによれば、彼らはアフリカのいろいろな国出身で(ナイジェリアとか)、学生ビザで来て「ペーパーワーク」の仕事をしており、そのためにこのネット屋を利用しているということ。英語が達者な連中なのでペーパーワークのバイトが出来るようである。

一昨日は奇妙なほど黒人の姿を見ないと思った。昨日の朝は黒人が何人か来ていた。摘発はそのあとに行われた。黒人にとってはハズレだったようだ。

ちかごろ警察官をよく見るなとは思っていた。

彼らが突然連行されて私は尋問も受けることがないのは、彼らが黒人だからである。

いまここは「スクールホリデイ」、学期の変わり目でもあるらしい。昨日はスランゴール州の祝日で、街はたいへんな人出だった。

新聞によればこの一週間ほど、警察による大規模な外国人取締りの「オペレーション」が行われているようである。

今日の新聞によれば、スバン・ジャヤでは、インド国民の大学生が、有効なパスポートとビザを持っているにもかかわらず警察に検挙され5日間も拘禁されるという事件があった。昨日解放されたようだが、警察は何のコメントもしないようである。

黒人系あるいはインド系の日本国民がマレーシアに来るのは危険である。(タイはもっと危険だが)。

不良外国人の取り締まり自体に異議はないが、本当に不良なヤツなのかどうかの見極めが大切であると思う。色が黒い外国人だからといって不良とは限らない。

警察は不良欧米白人の取り締まりはちゃんとしているのだろうか。まったくもって疑問である。不良サウジアラビア人、不良シリア人、不良レバノン人の取り締まりはしているのだろうか。きわめて疑問である。

この辺にいるケチで臆病なアフリカ黒人をしょっぴくより、当局はまずもって、不良白人を摘発すべきなのだ。彼らは、アジアでは、公然と法を犯し人を害しても、さらに開き直る連中だからである。

「対テロ戦争」は、「肌の色によって公然と法的な扱いを変える」口実を各国当局に与えたようにみえる

このことは白人諸国のホンネを表に浮き立たせたという意味で、必ずしも悪いこととはいえない。

この世界では人間は「人種」や肌の色によって与えられる法的な地位も異なる、という「現実」をまず直視する必要がある。この現実を批判するのはその次の作業である。

日本は異例なほど人種差別(とくに黒い肌差別)の少ない国だが、日本では差別を受けない人でも、同じ日本のパスポートをもっていても、肌が黒かったり容姿が黒人やインド人や東南アジア人のようであるならば、海外に出たときの扱われかたは異なるだろう。法的な扱いすら異なるのである。

このような事実を省みれば、人種」について語ること自体をタブーにしている現在の日本の言論環境がいかに偏ったものであるかがわかると思う。「人種」をめぐるこの世界のリアリティを見ないことが「人種差別しない」ことなのではない。

タイをトップランナーとする東南アジアの人種差別主義・有色人種差別について、われわれが大きな声を上げて批判していくということは、意義のある行為であると私は信じる。

現実問題として白人の人種意識を批判によって変えることは難しい。これには1000年の歴史がある。あるいはアーリア人移動以来かもしれない。白人諸国は、自壊する以外に変わりようがない。だから、まず、弱いところから潰していくのである。

複数の相手と喧嘩をするときには、自分が与し易そうなのをピックアップしてほかの連中がドンビキするくらい徹底的に袋にして歯を折り血を見せることが有効であるといわれている。

つまり、この批判は、「懲罰」へと繋ぐべき批判なのである。

懲罰とは他に示すということである。アメリカのような超強国でも弱い相手としか戦争しない。そして徹底的に血を見せて他に示すのである。

だからまずタイを徹底的に叩き潰し、他へ繋げていくのが、世界の人種差別を減らすために有効なのである。タイが叩かれるということは、マレーシアが立派だということではなく、「マレーシアも安泰ではない」ということでなければならない。

東南アジア人にとって重要なのは、批判されたときの「言いわけ」があるということである。

「人種差別批判」が激しくなれば、それを回避する「言いわけ」を作らなければならない。「言いわけ」を作るためには、少しは白人にも厳しくしなければならないということになる。

「言いわけ」としてだったとしても、彼らが少しは白人を摘発してみせるということになるとすれば、これだけでも大きな進歩である。アジアで不良白人がちゃんと処分されるようになるなら、アジアをナメきった白人世界にも多少は影響があるだろう。

なお、マレーシアの一般市民は人種差別は少ないほうだと思う。このネット屋でもボスの中国人姉ちゃんは黒人客のしょうもないワガママや駄々を辛抱強く聞き無駄話にも付き合っている。(私がたまに駄々をこねてもほとんど相手にしてくれないが)。使用人のマレー女はさらに神経を使っている。

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公共の場所でのマナーは白人が最悪である。

黒人よりも中国人よりもさらに悪い。他者を一切顧慮せず、批判されても開き直る。

どんなに良質な白人でさえ、「自己のマナー」に従う以上のことはしない。

私は文章を書くことが嫌いとはいえないのだが、(まあここで言っても意味のないことだが)たいへん苦手である。

「帰るべき朝鮮がない」と嘆いていた大作家がいたが、私は「帰すべき母語がない」と感じることがある。

私は生粋の日本人であり、(KLあたりの連中の異言語適応能力を目の当たりにすると)日本語以外はまったく出来ないといっていい。

それにもかかわらず日本語を書くときは、ちょっとした文章を書くときでも数学の問題を解いているような感じになる。左脳が弱いのか、言葉自体が苦手である。

だから、ちょっとした文章を作るときにも頭をフル回転させなければならない。

ネット屋でそういう作業をしているときに隣で大声で騒ぐやつがいると、癇癪を抑えることができない。

私はうるさいやつには、白人にも黒人にも中国人にも、平等に癇癪を起こす。

癇癪を起こすと、黒人や中国人には逆に食って掛かって来る者もいる。しかしその方がまだマシである。こちらを尊重して反応しているということである。

やっぱり最悪なのは毛唐である。声を小さくしろというとニヤニヤとしてちょっとこちらを見、まったく意に介さない。そしてまったく同じ調子で大声でしゃべり続け、「祭り」を続ける。カネも払っていないくせにネット屋を自分たちのサロンのようにしてアジア人客に迷惑をかけているのに平気である。そして、こちらが出て行こうとするとまたニヤニヤして"See you"などとナメきった態度を見せる。こんなふうに腐りきってるやつはもうkoroすしかないだろう。そうではないか?

こんなひどいのは黒人にも中国人にもいない。しかし白人にはざらにいるのである。

世の中には、「死ななきゃ治らない馬鹿」「殺してやらなければわからない連中」というのが存在するのではないか?というのが、私の年来の疑問である。

私はこれらのことをいまのところ否定しきれない。だから私は、「テロに絶対反対」という立場にはなかなか立てないのである。

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2006年12月11日 (月)

ジャカルタからクアラルンプルへ

11/29

ジャカルタのホテルAiaパサルバルをチェックアウト。スカルノ=ハッタ空港へ。

ホテルの前に客を乗せてきた「ブルーバードグループ」のタクシーを拾う。ブルーバードのタクシーはフロントガラスにBlue Bird Groupと書いてある。

中級以下のホテルにタクシーを頼んでもあまりいいことはないと思う。

有料道路の金の払い方が変な方式だった。入るときに4500ルピア、出るときに2500ルピア払うところがあった。入るときに運転手がお金を要求し、1万ルピア札を渡したら釣銭を返そうとしないのであわててしっかりもぎ取った。出るときの分と言う意味らしかったが・・・・タイでは有料道路の支払いのときにお金をごまかされることがあった。

出るときに払う金額は三種類書いてあったので、そのなかで一番安い2500Rpを出してみると当たっていた。

このタクシーは停車をするとすぐにメーターを止めた。

空港へのチェックインは出発1時間半前からだった。

スカルノ=ハッタ空港のカフェはとても大衆的。メニューはインドネシアの普通の食堂と変わらなかった。ミーバッソを食べる。ただし、当然、値段は高い。

残念だったのは、館内放送の"Perhatian"の発音がスマトラとぜんぜん違っていたこと。メダンの空港のほうがぜんぜん良かった。

スカルノ=ハッタの"Perhatian"は、ちょっと英語みたいな気取って口ごもったような発音で聞き取りにくい。

スマトラの空港の"Perhatian"は、歌うような調子で「プラハティア、プラハティア」と屈託なく2回繰り返すのだ。これを聞くとうっとりする。

国際空港はやはり毛唐が多い。多いといってもマレーシアよりはずっと少ないし、タイの100分の1ぐらいである。

マレーシアやインドネシアにいる毛唐は、タイにいる連中ほどクズではないかもしれないし旅行ずれしていないかもしれないが、却って天然の人種差別主義者であることが多い。要するに本当に植民地に来ているという感覚。

空港内のスターバックスで背広をきちっと来た毛唐がサンドイッチをガツガツほおばっているさまは、まさに一個の背広を着たケダモノがそこにいるようである。

スカルノ=ハッタのイミグレを出るときも、飛行機にチェックインするときも何の問題もなかった。インドやネパールは出るときにもったいぶる。

機内食は往きのときよりは軽かった。客席も往きより心持広く快適だった。同じマレーシア航空。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のイミグレには外国人が大量にいて、1時間くらい列で待たされた。大部分はアラブ系と中国系。バングラかミャンマーのインド系みたいな感じの人もいた。

列では中共の若い女のグループにはさまれていた。同じ中国人といっても、マレーシアの中国人とはまったく違う。中共中国人はからだ全体に埃っぽい雰囲気が立ち込めている。順番に待っているのだから別に早くなるわけでもないのにちょっとでも人を追い越そうとする。常に空間を詰めていないと間に滑り込もうとする。

インドネシアから来たが、このときはマレーシアの税関検査はまったくなかった。チェックポイントも見なかった。

以前KLIAから日本に帰ったときには、「ランダムチェック」だと言ってアジア系だけX線チェックしていた。スマトラのドゥマイからマラッカ海峡を渡ってマレーシアに入国したときにはかばんを少し開けさせられた。

午後9時ごろようやくKLパサル・スニ(Pasar Seni)に着く。いつもここなのがあれなのだが。

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2006年12月10日 (日)

アジア英字紙の反日

アジア英字紙はたいてい「反日」である。

たいてい現地在住の白人が編集に加わり、記事も書く。

アジア在住の白人たちが日本および日本人に対してどういう屈折した卑しい感情を持っているかは、日本でも知られてきているところだろう。

そしてアジア人スタッフの多くも、英語を母語として教育を受けた者が多い。日本のように日本語を母語とする「バイリンガル」が英語の仕事をしているのではない。

およそ彼らの母語は、現代日本語のような高機能な言語ではない。その言語による過去の翻訳量も少ない。

したがって彼らが古今東西の知識に近づくためには、まず英語を第一言語とし母語のように使いこなせるようにする教育を受けるところからはじめなければならない。そういう気の毒な現実もある。この現実は英語教育に冷淡な国々(インドネシアやタイ)でも変わりはない。

言葉というのは、ある言語を学びすぎるとどうしても他の言語が弱くなるという。つまり英語を第一言語として主に使うことによって、いやおうなく本来の母語を失っていく。

彼らは顔は黒くても中は真っ白であり言語文化的なアイデンティティは西洋なのだが、顔が白人でなければどこへ行ってもただのアジア人、東南アジア人としてしか扱ってもらえない

彼らは、顔が黒いほどに中身も屈折せざるをえない。

そのうえ当然ながら、彼らの言語社会を主宰する白人には一生頭が上がらない。

白人に頭が上がらないだけに、心はさらに屈折する。

そのはけ口をどこかに探さなければならない。

このあたりの気の毒な心理は、心やさしい日本人なら思いやることが出来るだろう。

以前、日本のテレビの朝の討論番組を見ていたら、首相になる前の安倍氏に対して日本共産党の国会議員が、「インドネシアの一流英字紙(ジャカルタポストか)も(歴史問題で)日本を批判している。日本を批判しているのは(安倍氏の言うように)中国などだけではない」などと批判していたが、滑稽といわざるを得ない。

「ジャカルタポストがこう書いているからインドネシア人はそう思っている」、というのは「ジャパンタイムスがこう書いているからこれが日本の世論である」というのより、さらに見当はずれなことである。

インドネシアには英語をちょっとでも読めるような人は非常に少ない。日本の田舎の日教組先生が朝日新聞を欠かさずに読み相槌を打っているように、ジャカルタポストを毎日読み相槌を打っているという人はさらに少ない。インドネシアの巨大な人口比から考えればほとんどいないといっていい。

ジャカルタポストは、一般のインドネシア人が読むために作っているのではなくて、白人やごく一部のインテリのための「備品」なのである。ちょっといいホテルには一応置いておかなければならないが、一部しかないのにほとんど誰も読んでいないことが多い。

さらにアジア英字紙の「論説欄」の半分くらいはたんにNYTやIHTやタイムスの評論を転載しているだけである。

マレーシアのニュー・ストレーツ・タイムス(NST)の場合でいうと、転載評論(毛唐紙お下がり評論)が半分くらいで、そのほかの論説の多くは、白人、中国系、インド系の記者が書いている。(NSTの中国系評論記者はわりとマトモである。同紙インド系記者のはくだらない。シェークスピアなどを引用してそれらしい形をつけると教養があるように見えると思い込んでいるだけのようなやつ。マレー人の女記者はさらに頭が悪い。「私は外人の友達がいっぱいいて・・・・」女)。他のアジア諸国の英字紙でも、白人が評論記者をしていないところは少ないだろう。

NSTもたまに、NYTのノリミツ・オオニシの評論を転載することがある。それが例によって反日評論であれば、「マレーシアの新聞も日本批判の評論を載せている」と言うことは出来るのである。しかし、NSTがいくらノリミツの反日評論を転載したからといって、それをもって「マレーシア国民が日本を批判している」というのは無理である。上述の共産党の論法はこの程度の子供だましにすぎない。

しかし、

マレーシア紙New Sunday Times(New Straits Timesの日曜版)は今日、2種類の反日特集を打った

ひとつはマレーシア住民の戦争証言という形の記事で、名前から推測してマレー人らしき記者の署名があるものであり、もうひとつ、はご主人様であった白人ジャーナリストが日本による攻撃の戦渦の中で取った写真をもとにした記事。

どちらにも、自分たちの新聞はなぜこのような特集を打つのか、自分たちは誰に何を訴えたいのか、マレーシアをどうしたいと思っているのか、といった記事の趣旨はどこにも書かれていない。

たんにだらだらっと反日情報を垂れ流すというだけの記事である。

このような行動の背景には次のような彼らなりの事情があるのだろう。

独立50周年を祝うということは、どうしてもイギリス(=白人)に対する否定的なニュアンスを醸さざるを得ない。

しかし、長年植民地土人として生きた彼らとしては白人は理屈抜きに偉大で恐ろしいものであり、今なお力を持っており、これからの経済発展のためにも決して敵には出来ない相手である。

だからこそ彼らは、こういう時期にぜひとも「反日」を垂れ流して、白人の機嫌を取り、自分たちが昔も今も将来も決して白人の敵にはならないことを強調しておかなければならない

しかも「反日」はタダなのだ。タダで白人を喜ばせることが出来るのが「反日」の便利なところである。

タイのディスコのDJが"Kill Jap!"を連発して叫ぶだけで、白人客は大いに喜ぶのである。東南アジアは白人を標準以上に反日にする魔力を持つ

そのうえ、「反日」をいくら垂れ流しても、戦争に負けた日本人は怒らないということを土人たちはよく知っている

土人にとっては「力」は聖なるものである。だから白人を崇めるのだ。

日本のビジネスマンはどの国でも土人に媚びて、日本を売りながら商売をしている。どの国でも、もう日本に帰れなくなったような連中は、反日をむしろ喜び、帰化すればさらに反日になるだろう。アメリカ日系人のように。

思うに、土人たちが「日本人の蛮行」(今日のNew Sunday Timesの記事など、ArmyとかSoldierとかは書かずThe Japaneseがこういう蛮行をしたと書く)を繰り返し垂れ流すことを好む以上、彼らは「そういう日本人」を期待しているのだと受け取る権利がわれわれにはある。

このような土人たちには彼らの「期待通りの日本人」を見せてやるのがふさわしい同時に、土人に媚びる売国日本人には懲罰を加える必要があるだろう。

躾けと懲罰は、個別に、集中的に行うことが肝要である。

私はひとまずタイバーツとトヨタを売ることにした。(タイバーツはどうせ要らないし)。

「反日はタダ」にしてしまった戦後日本人にも大いに責任がある。

遅まきながら「反日」は高くつくことを、東南アジア人たちにも教えてやる必要がある。それはひるがえって中韓への教訓にもなるだろう。

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2006年12月 9日 (土)

圧倒的に強くなるしかない【日本】

中途半端に強く豊かな者が一番嫉妬を買い、集中的にたたかれるものである。

中途半端に残虐な者が一番憎まれる。

われわれは一貫して残虐または冷酷非道でなければならない。

そしてたまにちょっとやさしさや寛容さを見せてやるのである。決して心から打ち解けてはいけないのはいうまでもない。

目下の者に甘えるのは百姓である。

自然の恵みによって怠惰な生活を続けてこられた者たち、すなわち「自然の祝福」に依拠してきた者たちの精神は、女と同じである。女は「父性」に弱い。どんな「リベラル」な糞教育を受けていても少女たちのこの傾向は変わらないことを私は知っている。その上に勉強を重ねどんな言葉で糊塗してもこの本質は変わらない。

しかし、ひごろから冷酷非道であり続けるためには大変な体力と胆力が必要である

だからこそ、「圧倒的に強く」ならなければならない

マレーシアの英字紙New Sunday Timesは明日、マレーシア独立50周年記念特集をかねて、大規模な反日特集を組む予定である。

「日本兵に口から大量の水を注がれて拷問された・・・・・・」

「日本兵が家を回って少女を要求した・・・・・」

などという「3年間の日本軍の支配」に関する「証言」が大々的に掲載される予定である。

何度言ってもいいが、500年にわたる白人のアジア収奪、アジア人奴隷化の一環としての、イギリスの150年にわたる植民地支配について、イギリス人(白人)に対しては彼らは何の道義的非難も行わない。それは自然災害のように受け止めるだけである。

これはアジア民衆に共通する卑しい事大主義および白人崇拝主義だが、中国共産党などはそういう民衆の卑しい意識(+中華思想)を引っ張り出してきて、「現実に人民がイギリスには悪い感情を持たず、日本には悪い感情を持っているのだから仕方がない」などと開き直っているである。

500年かけて奪われたものを3,4年で取り返そうとしたのは、確かに無理があったのだろう。しかし、あれはあれでよかった

9.11テロが、何も獲得しないように見えて実は多くのものを獲得したように(私はそう信じる)、日本の戦いの「象徴性」は決して消えることがない。

日本の主張がアジアに正当に受け入れられるためには、今日のアジア(ことに東南アジア)から白人の勢力、白人の文化的支配、白人のプレゼンスを排除してしまわなければならないということが、日本でほとんど理解されていないことが残念である

東南アジア人にとって、「日本の反論」を少しでも受け入れるということは、身近にいる強くて傲慢でプライドが高く言葉も支配している白人に対する反逆、すなわち、彼らが決して頭が上がらない白人に楯突くこと、を意味する

また、アジアの反日という以前に、東南アジアは白人を強烈に「反日」にするのである。これは、白人と東南アジアとの関係の歴史に絡む、白人のほとんど本能に近いの感性である。

日本人が降伏後、ロシア兵や三国人さらにはアメリカ兵にされた非道な仕打ちは、マレー人が日本兵にされたことなど比較にならないひどいものであった。

しかし、日本の高級紙はそのようのことをセンセーショナルに特集し騒ぎ立てたことはない。もちろん左翼だからであろう。

しかしそれ以前に、日本人には「恥」の意識があったからだと思う。

高級紙はブログではない。その国の民度の鏡である。

日本人は恥を知っていたから何とかここまで来ることができた。

アジア人であって「恥」を知らなければ、「15年後に先進国の仲間入り」など夢のまた夢、寝言でしかない。

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2006年12月 7日 (木)

基地外タイヲタ日本人がMalaysiaのKelantan(クランタン)州のことを「グランタン州」と表記している件について

こいつは日本のことも「イープン」とか書くんでしょうか。
いや、そう書くべきだろう。
http://thaina.seesaa.net/article/29018176.html

こいつは「バンコク都」はもとより、「タイ国王陛下の思し召しにより」なんて気持ちの悪い日本語を平気で書くやつだが、それでは飽き足らず、タイ以外の国の地名までもタイ語で書かなければ気がすまないらしい。

しかし、ネットを見ているのは日本人タイヲタばかりとは限らない。

Perhatian!

http://thaina.seesaa.net/article/29018176.html

This Japanese is spelling it in Japanese alphabet like "Gelantan" for "Kelantan", that means he does regard Kelantan as a part of Thailand, that is, as private property of that horrible asshole Thai King Bhumibol!!!



私はクランタンに何か利害関係があるわけではないが、クランタンはタイと違って良いところだと思っている。マレーシアで私が最もレスペクトしている土地である。

コタバル近郊に行けば、地元の人に、「マレーシアは好きか」ではなく「クランタンは好きか?」と聞かれる。

静かなホスピタリティで迎えてくれる。

タイ人のように、嫌われるようなことばかりしておきながら「タイは好きか」を連発する腐った雑巾のような連中とは、まったく異質な人々の土地である

クランタンはタイではない。

地元発音も「クランタン」である。

GとKとの発音の区別がつけられないのは、タイ族と韓国人。「マンゴ」と日本語のアレとの区別がつけられないのもタイ女と韓国女。

I sincerely support coming independence of Patani Darussalam!

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2006年12月 4日 (月)

「バイリンガル」

私が今いるネット屋は、白人はあまり来ない。日本人が来ることはまずない。ツーリストには見つけにくい場所にある比較的静かで清潔なところ。テーブルの上には観葉植物が置いてあったりして雰囲気は悪くない。日本語IMEが入っているパソコンがいくつかある。

なぜ、「レイプツーリスト」たる(すなわちどこでも覗き込み踏み込んで暴き立て蹂躙することをツーリズムと心得る)白人ツーリストが滅多にここに来ないかというと、ここはアフリカ系黒人定住者の溜まり場に近く黒人客が多いからだと思う。もしここに黒人客がいなかったら、こんな快適なところはすぐに白人ツーリストが連れ立って大量に来るようになり、毛唐が大騒ぎする白人空間になってしまうだろうと思う。

ともあれ、このネット屋はマレー人のショーモナイ若い女と、ちょっと前はかなりの美人だったかもしれない(今でも美人といえるがちょっと日本の感性からははずれている)中国系の姉ちゃん(黒人客たちはシスターとかママとか読んでいる)が番をしている。

彼女とは今日はじめて会話らしい会話をした。最初は感じの悪いチャンコロ女だなと思ったが、しだいにマレー女のほうよりは多少ましだということがわかってきた。

この中国系の女性がいろんな言語を瞬時に切り替えながら電話で話しているのを聞いていると、どういう頭をしているんだろうかとやっぱり思ってしまう。日本人が(あらゆる)言葉を話すときに使う脳味噌とは違う脳で言葉を処理している感じである。

英語・マレー語・マンダリンの3語ができるのはここでは(中国系は)普通である(中国語〔方言〕を話すインド人もかなりいる)。

彼女はこれらの言語のほかにほかに、彼女の母語である福建語、KLの中国人の多くが母語とする広東語、夫の言語である客家語などが話せるという。いったい何ヶ国語話せるのかわからないくらい。

しかし一方で、私には、こういうバイリンガル、トリリンガル、マルチリンガルが、ある種の「神経衰弱」を作り出しているようにも思われる。

KLには人種を問わず(アジアの水準で見ると)「神経衰弱」気味の人が多いように見える。もちろんそうでない人も多い。その辺の人に道を聞くとたいてい親切に教えてくれるが、ただ、ちょっと何か質問しただけで過敏に反応する人も多い。批判されているとか、何か要求されている(たとえばお金の計算に異議があるとか)というふうにとって構えて来る人も多いようにみえる。これは中国系だけでなくマレー人も同じ。

早い話が、ネパールやミャンマーで人と話すときのような、のんびりしたどうでもいいような話し合いはここではほとんどノリがあわず不可能。

バイリンガル(マルチリンガル)教育は、言葉を「用件」だけにするように思う。

たしかに、自分が何を言いたいのかをわかりやすく言う、ということが(特に外国語では)重要ではあるのだろう。しかし「ただの話」というものもある。

つまり、「マルチリンガル」的言語教育はその人のすべての言語を外国語化してしまうように思われる。

マルチリンガル的教育は、その人の言語を外国語化することによって。キリキリとしたゆとりのない人間を作りだすように思われる。外国語には母語のような語感も、言葉にまつわる経験や因縁もないから、言いたいことをなんでもズバズバといえるだろう。

しかし、本来なら言いにくいようなことを頭からズバズバと何でもかんでも言えてしまう社会というのは、豊かな社会とはいいがたいように思う。そのような社会は、言葉や人間関係の豊かさよりよりも「用件」が優先する社会である。そこのような社会の内部から創造性など生まれようがないように思う。

一時ほどではないと思うが、いまだに日本にはバイリンガル、マルチリンガルへの憧れが根強いようである。毛唐と知り合うだけの外国語学校が儲かっているのがその証拠。そんなものに「憧れる」こと自体、いかにもいかにも田舎者風で恥ずかしいことなのはあらためて言うまでもない。

「憧れ」自体が「弱いカード」であるということを日本人はもう少し自覚したほうがいいのではないか?こちらのほうが重要なことである。

「外国語ができることへの憧れ」みたいなのを人(外国人)に見せてしまっては、マルチリンガルな海千山千に足元を見られ続け、手玉に取られ続けるだけだろう。

というのは「憧れ」というのは「弱い感情」、つまり「取引」に際して「弱み」になる感情だからである。

だから「憧れ」のような「弱い感情」は、敵の前では隠すことが必要である

そうしなければすぐに敵につけ込まれることになる。外国人、異文化人は、(どこの世界でも)基本的には敵である。

このような心の訓練の方が、英会話教育などよりよほど「国際化教育」として必要なものだと思う。

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KLIAのカフェ

11/2 KLIAからジャカルタへ。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のカフェは最悪。KLIAエクスプレスの発着する「第一ターミナル」(?)の方。

まず、ミネラルウォーターを持ってこなかったのが失敗だった。

2件あるカフェの一方でミネラルウォーターをくれというと、私の目の前でキッタナイ冷蔵庫をあけ、ラベルも貼ってないどこのものとも知れないような小さな小さな瓶を引っ張り出して14リンギだという。

500円近い。普通は500cc入りで1リンギとか。もちろん態度が客よりデカイのは言うまでもない。もちろん買わなかった。

その隣のカフェ。ここが最悪だった。

ここはミネラルウォーター5リンギ(普通は1リンギ程度のもの)。空港としてはこんなところかもしれないと思ったので買う。

そしてコーヒーを飲んだのだが、接客がこんなにひどいところはマレーシアでは初めて経験した。

ウェイターはマレー人のようだったが、「ブミプトラ」の特権でこういうところの仕事につき、クズになっているやつの典型だろうか。最初から客を不愉快にするためにやっているとしか思えないような態度。

そしてタイ人のようにふるまう。

私の注文をとっている最中に、汚い半ズボン白人オヤジが道を聞きに入って来た。するとこちらの用をすぐに放り出し、はじめてみる笑顔を作ってへらへらと応対する。この白人は道を聞いただけで何も飲み食いせずにすぐに出て行った。

ここでは金を払う有色人種の客より、道を聞きに来るだけ白人のほうが大切なようである。

私にはその後も終始一貫むすっとした応対をし、サンキューのひとことも言わない。客を不愉快にさせることを目的にしているような接客だった。

マレーシアでこういう土人猿を見たのはこのときがはじめて。タイでは毎日のようにみたが。

私はバックパッカーのような薄汚い格好はしないので、中国系マレーシア人だと思われたのかもしれない。

そうだとするとやはり、リー・クアン・ユー氏が言っているように、マレーシアでは中国系はマレー系によってシステマティカリーにマージナライズされているといえるのかもしれない。

もしマレーシアがマレー人だけの国で、イスラム教もなかったら、タイとまったく同じ土人売春国家・白人用便所国家になっていただろう。

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2006年12月 3日 (日)

KL(中華街周辺)の床屋

KL、KLといっても、私のKLは、パサルスニとマスジッドジャメとKLCCくらいである。怪我をしたり病気になったときはクリンチのPantaiホスピタルなどに行く。ほとんどPutra LRTの上だけの生活。

もともと沈没体質の人間なので、あれこれ見たいという好奇心がない。今いるところが居心地がよければ、すぐ近くに名所があるといわれてもわざわざ見に行くのがめんどくさい。ほんらい私は旅行向きの人間とはいえない。

良く言えば(すごく良く言えば)「リゾートホテル滞在型」の旅行者といえる。

で、クアラルンプル中華街近辺の床屋だが、中国系とインド系がある。

もし床屋に行くなら、インド系をお勧めします。中国系床屋は剃刀を変えないが、インド系の床屋は使い捨ての剃刀を使い、目の前で刃を変えてくれる。

宿の中国人のオヤジもインド系の床屋を勧めていた。値段もインド系のほうがリーズナブル。

インド系の床屋はたいてい1階にありガラス扉で中が全部見える。中国系床屋は2階にあって閉鎖空間。

たしかに中国系の床屋はきれいな姉ちゃんがいて頭を洗ってくれたりしますが、見た目はきれいな指でもつめを立ててごしごし洗ったり、細かいところはやはり雑。一回しか行ったことがないので断言は出来ないが、お色気サービスはない。

高校生のころによく行った私の町の床屋は、ピンクの白衣を着た色っぽいねーちゃんが、胸をかすかに押しあてるようにして洗髪してくれたものである。しばらくして廃業になり、警察の手入れがあったのではと噂にもなった。

このような隠微なお色気サービスは嬉しいものだが(高校生のときのことなので私の性的嗜好にかんして決定的なものになったかもしれない)、マレーシアの田舎町にあるような露骨な売春バーが横に付属した床屋なんてのは興ざめである。

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ジャカルタ行き航空券の購入 クアラルンプル

10/31 バンダラヤ駅(Bandaraya、スターラインでマスジッドジャメから一駅)近くのM.S.Starトラベルに行き、2日のジャカルタ行きチケットを買う。

M.S.Star Travelは、StarLRTのBandaraya駅を出て大通り沿い右方向に見えるWisma PKNSというコンプレックスの1階にある。

往復チケットを強く勧められる。(以前チケットを買うのに利用していたブキ・ビンタンのスンガイワンプラザにある安全旅遊〔Safety Travel〕は、どこに行くにでも片道航空券を喜んで売ってくれた)。

マレーシア航空のジャカルタ往復チケットは890リンギ、片道チケットでも850リンギくらいということなので、往復を買っておく。

TG(タイ航空)を勧められたが断った

この代理店にいるマレー系の女の子は、「白痴」のような反応しかしない人が多い。

受付の女性がずらっと横に並んでいて(いろいろな意味で玉石混淆)、どの人を選ぶかは客の勝手というシステムである。

マレー系の受付のところに行ってしまうとろくに話しも通じず、恐ろしくとろい仕事に付き合わされることになりかねない。

パンジャブ系だという、モデルのようなスタイルで端正な顔立ちの女の子が、わりとテキパキと親切に応対してくれた。(ムスリムではないと思う。トゥドゥンはもちろんしていないし、ヒンドゥ式の鼻ピアスをつけていた)。しかし電話が入ると仕事が中断し、電話がまた長い。

支払いはマレーシアリンギ。リンギが足りなかったので、近くのUnited Oversea Bankという銀行で両替する。時間はかかったがレートはよかった。一万円が314リンギほど。市中の両替屋だと(この時期)303リンギくらいだった(今もそのくらいだが)。

この代理店で、見せてもらった料金表では、(KL発)

カトマンドゥ(ロイヤルネパール航空)  片道  920リンギ  (往復だと1500リンギくらいだったと記憶する)

シエムレアプ(カンボジア)         往復  1300リンギ  片道800リンギ

など。 カトマンドゥ行きはTGならさらに安い。

途中、いかにも傲慢そうな白いアラブ系のオヤジが乗り込んできて、他の客の横から割り込もうとしていた。どの女の子にも完全に無視されていて、しばらくして何もせずに黙って出て行った。容姿だけでなく目つきや立ち居振る舞いまで毛唐そっくりだった。

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2006年12月 1日 (金)

英語を第二公用語にするとどういうことがおきるか

日本で英語を第二公用語にすると具体的にどういうことになるだろうか。

役所や公共機関の文書等はすべて日本語と英語の2種類を用意しなければならなくなる。

公共機関は、当然(外国人にであれ、日本語を話したくない日本人にであれ)英語で対応できなければならなくなる。

この結果、外国人ツーリストが日本の隅々まで旅行し滞在するようになる

ここで日本の隅々まで行き滞在する外国人ツーリストとは、おもに白人ツーリストである。アジアのどの国でも、農山村の辺鄙な隅々までどたどたとおしかけ、ノゾキ歩きたがるのは白人ツーリストだからである。(註1)

日本はつまらない国だから、外国人(実際この場合は白人)ツーリストが来ないのだ、と主張する人がいるようだが、それは違う。(註2)

白人はどんなつまらないところでもとにかく踏み荒らしてみたい、という人たちであり、見たことのない場所をのぞき見隠されているものをあばきたてること自体に喜びを感じて旅をする人たちである。見たことのないもの、(西洋世界に)隠されているものであればなんでもいいのである。彼らが行かない国は、テロや疫病で危険な国と英語が通じない国である。

白人ツーリストが日本の隅々まで来るようになれば、ツーリストのトラブルに専門的に対応するツーリストポリスが各地に設置されることになるだろう。

私が今滞在しているマレーシアのツーリストポリスの窓口にはたいてい婦人警官がいて、外国人がトラブルを持ち込むと、まず窓口で話を聞きそのままレポートにする。いつどこでいくら入った財布をすられた、とか、どんな風体の男にひったくられた、というような苦情を聞きながら、そのままその場でパソコンに打ち込んでいく。もちろんすべて英語である。

マレーシアの婦人警官は、英会話には不自由を感じていないようである。日本女がNOVAに2年通い肉便器を1年やったくらいには話せるだろうし聞き取ることもできるようである(日本女の場合は、こんなふうに3年間勉強しても大げさなアメリカ風の発音以外はほとんど何も覚えられなかったということが多そうである)。

しかし書くほうは苦手のようで、日本人なら中学生でもしないような綴りの間違いをする。

レポートの作成画面はツーリストに見せるようになっている。最後にプリントアウトして確認させサインをさせる。

そのため、英語国民が苦情を持ち込んでいるときなど、白人ツーリストにひんぱんに綴りの間違いを指摘されて、マレーシアの婦人警官がもじもじと恥ずかしそうにしていることもある。(註3)

挙句の果てには、私が書きますからといわれて、警察のパソコンをツーリストが自分で打ち込み始めることもある(実は私も自分で打たせてもらったことがあるが)。

※私がツーリストポリスに行ったのは、盗難にあったためではない。ちょっとしたイザコザのようなことである。私は海外で盗難にあったことは一度もない(ヨーロッパにでも行ったらたぶんすぐに盗まれるんだろうけど)。

しかし、ツーリズム振興のためとはいえ、役所が、英語が下手だからという理由で外国人に役所のパソコンをいじらせるようになってしまっては、この国が英米の下位にあることを確認しているようなものである。

マレー人の母語はマレー語であって英語ではないから、英語国人より英語ができないのは当然のことである。しかし、英語が公用語になっている以上、役人が英語を話せなかったり聞き取れなかったり書けなかったりすることは、あってはならないこと、少なくとも恥ずかしいことということになる。

しかし、外国語はやっぱり外国語である。

要するに、英語を公用語としている以上、マレーシアはどこまで行っても英米・豪(糞)などの下風に立たなければならないということであろう。

彼らは英語によって、英米・豪(糞)・加人および英語習得の容易な(変なイギリス人より上手かもしれない)ドイツ(糞)・オランダ(糞)・北欧諸国(糞)の国民にたいする、文化的劣位を確認させられ続けなければならない。

言葉というのは重要な支配の道具である。英語という同じ土俵に上がってしまったばっかりに、必然的に、その道具を譲り渡さざるを得なくなった。英語を引き入れたことによって、英米・豪(糞)等にはどこまで行っても頭の上がらない国という自己規定をしてしまったのである。

日本が英語を第二公用語として採用するならば、日本全国津々浦々の公共施設でこれと同じ場面が展開されることになるだろう。

マレー人の婦人警官にはイスラムという対抗原理があるからまだ救いがあるが、日本はどうなるだろうか。

日本人がこれ以上、英語に深入りすることは必ず同様の問題を惹起し、危険である。

(註1) 道端に女の子のパンツがいっぱい干してあるようなのどかな村に、西洋式生活を全部入れた巨大なバックパックを背負っておしかけ、欧米直輸入のギラギラした眼差しで、女の子が水浴びしている姿やおばさんが昼寝している姿をノゾキ歩くというのが、白人ツーリズムである。

これが白人の「政治的に正しい」ツーリズムとされている。ロンリープラネットによれば、アジアで白人ツーリストがこれをやれば「人権監視」になるそうである。

(註2) 大量の白人ツーリストが訪れるアジアの国々や場所はたいてい日本よりつまらないようなところである。しかしそういう場所でも白人はとにかく行ってみることに価値をみいだす。どこに行ってもどうせコカコーラやビールを飲むのだし、白人が来るところはすぐに白人用のオープンカフェまがいのものができる。白人がやることはどこに行っても同じこと、彼らの頭の中にあるアジアバカンスの形式を演じるだけなので、その場所がつまらないところであってもかまわない。白人にこびてくれる接客者が多少いさえすればいいのである。

地元の人が、普通はちょっと恥ずかしくて他人(同国人)に見せないようなことがらでも、外国人には(好意もあるが、どうせ他人だから=逆の「旅の恥は掻き捨て」で)見せてくれるということがある。そういうところに際限なくどんどん付け込んでいき、しまいにはそれをシステムにしまうのが白人ツーリズムである。

村に乗り込んでコカコーラを要求するだけでなく、当然のように民家にまで土足でどたどたと入り込んでゲストハウスのようなつもりで大騒ぎしながら泊まる。少女や若い娘や若妻でもいれば舐めるように全身を見回し観察する。こういうことがら全部をパッケージにしてしまうのが白人ツーリズムである。パッケージといってもパッケージツアーではない、もっと大きなシステムにしてしまうので、小さなパッケージツアーにしなくてもいいのである。パッケージツアーはその集団の中だけがツーリストの世界だが、システムとしての白人ツーリズムは、白人が通る道、白人が利用する店、白人が利用する施設、等、その土地にあるものをツーリズムの世界に組み込んでしまう。

たとえばラオスのような国は、特に何があるという国でもなく、少し前は、外国人に踏み荒らされておらず人々も環境もただ「のんびりしている」、というところが第一の魅力であったはずである。「のんびりしている」ことがその土地の魅力であるならば、のんびりしたい人がのんびりとした旅をするのが良いはずであるが、現実には、何をしに来たのかと思うような大量の若くてうるさく傲慢な白人が殺到し、そこでもタイの白人空間と同じような振る舞いを展開し、西洋生活に多少の「エスニックな風味」を加えた程度のスタイルで生活しようとし、タイとまったく同じ接客を要求する。

この「エスニック風味」には「植民地のレガシー」も含まれる。結局ルアンパバンには、オープンカフェで「空間を支配する」ことに何よりの喜びを感じる大量の白人ツーリスト向けにちょっとフランス植民地風味のカフェが立ち並び、やっていることは白人がカオサンでやっていることと同じになり、町自体の雰囲気がタイのどこにでもある「白人空間」とあまり変わらなくなっていく。それでも白人は十分満足なのである。

白人が人口密度の比較的低い場所に殺到することも注意する必要がある。白人ツーリズムの目的はつねに、征服感なのである。未知のものを暴き出し、未知の領域を踏破し、その空間に白人が滞在できるシステムを設置したという、征服および空間の支配の感覚こそ白人ツーリズムがあくことなく求め続けているものである。

(註3) マレーシアの接客の場面で、アメリカ人らしい女が「わたしが正しい英語を教えてあげましょう。これが正しい英語です」という勢いで、「非常に正しい」アメリカ英語をまくし立てマレーシア人に押し付けている光景を見ることがある。本人は良いことをしてあげているつもりなのかもしれない。(白人でも現地英語にあわせて相手にわかるように話す人も(マレーシアに限らず)いる)。

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2006年11月28日 (火)

「国境なき記者団」Index その4 オランダ4位

東南アジアでオランダ人を探していけば、オランダ人がいかに低劣で品性下劣な国民であるかは容易にわかることである。

ただ、その国民の品性の下劣さと「プレスの自由」度とが関係あるのかどうか、品性下劣な国民でも十分な「プレスの自由」を保持しうるかどうかは、確かに別の問題といえるであろう。この問題を本当に考えるためには、「プレス」とは人間にとって何なのか、とくに人間の「徳性」とどういう関係があるのかを考えなければならないし、プレスが「自由度」を増すことが、プレスの性質をどう変化させるのかについても考えなければならない。

しかし、「国境なき記者団」らも当然の前提と考えていると思われるように、プレスが「自由度」を増すことが、「プレス」の質を高め、ひいては(さまざまな経路を経て)その国民ないし「市民」、いずれにせよ「人間」の幸福を増進させ、そして人間が「幸福」であることは単に主観的な快感を得ることに限らず、当人がより高い「徳性」を得ることでもある、という前提に立つならば、その国の「プレス自由度」とその国民の「徳性」とがまったく無関係というわけにはいかなくなるはずである。

「プレスの自由」を純粋に手続き的にのみ評価するならば(できるならば)、現実のオランダ人が下劣であることとオランダのプレス自由度とは無関係といえるかもしれない。しかし「国境なき記者団」がそうしているように、「プレス自由度」の評価に際してプレスの思想内容をも考慮する以上は、これらはまったく無関係とはいえないであろう。

「日本のナショナリズム台頭」という評価が、該「記者団」による日本の「プレス自由度」を大きく引き下げたように、「記者団」はプレスが発する思想内容自体のみならず、その国民の「思潮」や思想傾向までも考慮に入れて「自由度」を評価しているのであるから、これはなおさらのことである。

このような「記者団」基準によれば、ある国民が国民精神として「寛容」性を失うならば、「プレス自由度」も引き下げられるであろう。寛容は人間としての徳性である。

したがって同じく人間としての徳である「他者への配慮」や「謙虚さ」や「礼節」を失っている場合にも、「記者団」基準に従うならば、そのような事態を惹起しあるいは容認している「プレス」の「自由度」は大いに疑われなければならないはずである。しかし、「記者団」インデックスはそうはなっていないようである。

私が数ヶ月前、マレーシアのツーリストポリスのロビーに座って順番を待っていたときのこと、首が真っ赤に焼けて半ズボンをはいた注意散漫な感じの一組の若いオランダ人の家族連れがどかどかと踏み込んできた。オランダ人であることはその後の会話などからすぐに知ることができた。

窓口横のソファーには私とおそらく中国系マレーシア人らが座っていたのだが、このオランダ人家族連れはその場に入ってくるなり、私たちの方をにらみつけ、犬か乞食でも追い払うような手振をして、シッシッと追い払い自分たちがそのソファーに座ろうとしたのである。私が「われわれも待っているのだ」といってもなお納得がいかないようで不満そうにたたずんでいた。もちろんソーリーの一言もあろうはずがない。

さらに先客の用事が済み私の順番が来ると、オランダ人は当然のように先に窓口に割り込もうとする。

マレーシアの役所はタイに比べれば露骨な白人優先は少ないが、それでも白人にはアマアマである。私が何も言わなければ彼らを当然のように受け付けるところだった。

私は「あんたは白人だけがツーリストだと思っているのか」とか「レイシスト!」とか、礼儀の正しすぎる抗議をして彼を止めたのだが、オランダの輝かしい「プレスの自由度」のせいか、彼らにはそういう込み入った理屈は理解できないようで、まったく反応せず、ただやや躊躇して引き下がったという体であった。

子供もつれている家族である。しかもはるばる「外国」(彼らにとってはいまも何でもできる植民地に過ぎないかもしれないが)に来てまでこの振る舞いである。

本国でどんな仕事をしているのかわからないが、妻のほうも同じく無反応、というより野蛮人がなんかごねているという風情である。

彼らが子供にどんなことを教えているかも想像がつくだろう。オランダは将来にわたって「絶望」である。アムステルダムのセックス産業で「記者団」らに大いに自由を売り込み、そのブランドイメージで食っていくのがいいところだろう。

さすがにマレーシアの役人はタイ猿とは違い、後ろにいる白人をわざわざ呼んでまで先に受け付けるという猿芸はしなかった。

実に、「国民」というものは言論によって形成されるものである。オランダの誉れ高き「自由なプレス」は、このような輝かしいオランダ国民を創出している。

家族連れではるばるマレーシアまで来るのだから、本国でまったくの「土方」というわけでもないのだろう。

日本人なら、現に座っている人間を立たせて自分が座ろうとすること自体、どのような状況であれ非常識と考えるのが普通である。

しかしオランダ人にとってはそうではない。

このオランダ人たちは、私も同じ立場のツーリストであるということを知ってからも、自らの振る舞いを謝る気配もなく、恥じる様子はさらになかった。有色人種が何か文句を言っているようだが自分たちには関係がない、どこ吹く風、という様子であった。

つまり、オランダ人にとっては、<有色人種が白人に座を譲る>ということは当然のことであって、礼節以前の「ルール」なのである。

オランダ人とはこういう国民なのだ。

そして、彼らのこういう意識、すなわち血肉化した白人至上主義の意識、を再生産し継承させているのは、まずもってオランダの教育であろうが、その教育を批評すべきは報道でありプレスであるのだから、つまるところ、オランダの白人至上主義を支えているのはオランダの誉れ高き「自由なプレス」にほかならないということになるだろう

このような「血肉化」した白人至上主義が、批判されたこともなければ批判される余地もないというのがオランダの「プレス」だということである。すなわち徹頭徹尾白人至上主義に裏打ちされたもの、それがオランダの「プレス」の性格だということである。

そして、このような国オランダの「プレスの自由」を4位に祭り上げ顕彰している「国境なき記者団」もまた、彼らが「自由度」を言論の「内容」や思潮をも考慮して評価していることを告白している以上、同じくこの血肉化した白人至上主義をオランダ人とともに共有しその本性とする白人組織であるというほかはない

日本の「ナショナリズム」の台頭を憂慮する「国境なき記者団」だが、オランダ人の「骨の髄までしみこんだ白人至上主義」については、当然のように容認していることは確かである。これは彼らにとって、「プレスの自由」以前のいうまでもない「大原則」なのである。人間と猿との違いと同じわかりきった前提、猿は所有権を享受しうるかというのと同レベルの話なのであろう。

それにしても、「国境なき」と称する団体が「国別」ランキングを発表するというのも変な話である。そこで国の制度以外の「国民」意識(「ナショナリズムの台頭」など)を勘案するというのもますます矛盾したことのように思われる。

そして前にも書いたように、「プレスの自由」度が乱高下するということ自体が、ウソの証拠なのである。

情報の自由は、それが本物であるならば、さらなる自由を要求する性質を持つと考えられる。その社会の情報が多様で豊かなものになっているならば、それを制限することは権力をもってしても難しいと思われる。

そして今の日本のプレス環境において、「プレスの自由」をもっとも熱心に求めているのは、この白人至上主義「記者団」らが危険思想視している日本の「ナショナリズム」の陣営にほかならないと思われる。早い話が、日本のメディアで既得権を持っているのは概ね左翼なのだから。

前記事:

「国境なき記者団」Indexについて その3
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/10/httpwwwrsforg.html

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2006年10月31日 (火)

毛唐はローカルな店に入って来るな!

昼時、満席のシーク教徒のレストランで延々とトランプを続ける白人。

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-68.html

他の人たちは(私も含めて)相席させられたり他のテーブルに追い立てられたりして食事している。味は良い店。この毛唐は私が入ってから出るまでただただトランプだけをしていた。

ところで、マレーシアでは公然とトランプをすることは許されているのだろうか。ネパールではトランプをしているだけで警察に捕まる。

インド料理店といっても、マレーシアではインド色はまちまちである。インド系がやっているところでもマレー風インド料理になっているところも多い。たまに本場風の味のところもある。テータリクというよりはチャイに近いお茶を出すとか、「ダヒ」(ヨーグルト)がおいてあるところ。インド色の薄いところでは「ダヒ」「ドヒ」が通じないことも多いが、ダヒをおいている店では、普通に「ダヒ」といえば一発で通じる。

マスジッドインディアの前にあるこのシーク教徒の店では、明治ブルガリアヨーグルトそっくりの味のダヒが食べられる。

宗教や民族によっても違いがあると思われるが、マレーシアのインド料理は(中国人がやっていないかぎり)ハラールであることには変わりないようである。

中華街には中国人が中国食堂丸出しの店に「インド料理」の看板を出しているところもある。「ナン」さえ知らない。こういうところは豚肉、豚皮のてんぷら、豚の血のプリンなどもカレーに入れかねない。

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2006年10月26日 (木)

これはマズイのでは?

マレーシアに草加の勢力がかなりあることは知っていた。とくに中国系に。

コタバルでも、中国人と思えないウェットな雰囲気をかもし出して、「あなたは日本人か、自分は草加だ、ナンミョウホウレンゲキョウ」とか言って近づいてくる若者に会った。漢文のお経も日本語読み。

「宗教に入っている人」特有のネッチョリ感が日本と同じでなんとも気持ちが悪かった。

「世界宗教」を目指す草加のアジアでのマーケットは、非ムスリムの中国系が中心になる。これが公明党の外交的な立場をも決めているのだろう。

中国語が読めないので内容はわからないが、ガンジーと並べるのはあんまりだと思う。

星洲日報首都圏版「大都会」

Imgp2674

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2006年10月24日 (火)

今日と明日はHari Raya マレーシア

昨日がラマダン最終日、今日と明日がハリ・ラヤ。ラマダン明けのお祝い。

家を開放して親族や友人や近所の人が訪問しあい、それぞれの家庭が作るご馳走(小さな村では重複しないようにするらしい)を食べ、子供たちにはお小遣いをやる。

もちろんそれは建前、KLでまわりを見る限り(中国系が多いせいか)戸を閉め切っている家が多い。

日本にも(昔は)年始参りというものがあった。それと似た感覚なのだろうか。

下の新聞記事に写っている女性は、タイ深南部のパタニ(パッタニ)出身でマレーシアのタイレストラン(タイ南部の料理を出す)で働いている。 ハリ・ラヤにはパタニに帰るという。彼女の村には仏教徒も多いが、ハリ・ラヤには彼らも家に迎えて仲良くしていることを強調している。

Imgp2646

(マレーシア紙New Straits Timesより)

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今日のMasjid Jamek

Imgp2653

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2006年10月20日 (金)

「白人専用の場所」をもっともっと作ってほしい

どの国にも白人しか入れない場所があると思うが、そのこと自体は悪いことではない。

それぞれの人種、民族、宗教的・文化的な集団が、自分たちだけでリラックスできる場所を持つということは、昔からずっと行われてきたことである。文化の継承という意味もあり、すべての人間の権利とさえ言える。

危険なのは、最近の白人諸国のリーダーの発言に見られるように、(キリスト教白人から見て)「特殊」の文化あるいは「普遍的でない」文化を持つこと自体にたいする嫌悪を公言し、「普遍的な現代の価値」つまり西洋白人キリスト教徒の価値を強要しようとする動きであると思う(これこれ)。

私の見るところ、(キリスト教)白人は、どこに行ってもこのような働きかけをやめようとしない人種のようである。白人の本能とも見えるこの「啓蒙」の衝動は、おそらくキリスト教の宣教主義を基礎とし、十字軍の遺伝子を継承したものなのだろう。

彼らは帝国主義時代に作っていた「白人コロニー」を否定する代わりに、今日では「グローバリズム」の名の下に、異人種の異教的な空間、エスニックな空間にためらわず飛び込んでいき、そこでも自己の「普遍的原理」を展開しようとする。

彼らが定式化した市場原理(「市場」自体は世界中どこにも昔からある)と帝国主義の遺産である共通言語である英語および英語によって伝えられる生活様式、美意識、価値観が「普遍的である」という思想を武器に、彼らは異教的空間の「特殊性」を踏みにじり、解体させ、彼らのシステムの中で消費できる流動性ある「資源」に変えていく。物質のみならず、文化や精神までもこのやり方で搾取するのである。

彼らは普遍性だけではなく「倫理的優位性」をもよりどころにして乗り込んできているのであるから、われわれはこの際、彼らに正面から「お願い」するほかないのかもしれない。

どうか分を知ってほしい。つまり、白人世界の原理は大変優れているかもしれないが、普遍的とは限らないことを認めるところまで譲歩してほしい、と。

そのかわりレストランでも公共施設でも、「白人専用の場所」、白人しか入れない場所を、アジアのいたるところにもっともっと作ってほしい

そして、白人はなるべくその空間にとどまるようにしてほしい。白人はその空間内では十分に満足できる待遇を受けられるようにし、それ以外の場所には出てこないようにしてほしい。

白人と有色人種」という区別は、白人自身が数百年かけてこの世界に打ち立ててきた、すでに客観的に存在する枠組である

彼ら白人は(自称リベラルに多いが)、このような区別自体を抽象的に批判することが多い。しかしそのような批判は却って、白人文明の普遍化に帰するほかはなく、今日の世界においては結局は白人を利するものでしかない。このような批判は多くの場合、(「白人」という区別を立てて)白人を批判する有色人種側の言論に対して、「それは(白人に対する)人種差別である」という反批判として表明される。

この本についてのアマゾンのカスタマーレビューも、幼稚なものだがその手の批判に属する(「白人(グローバル)スタンダード」という新たなる侵略 )。しかし言論を評価するときは、そのような言論によって現実に一番利益を受けることになるのは誰かというところに注目することが大事だろう。

「白人と有色人種」という区別を立てること自体を批判する者たちは、この区別を現実に強いてきた白人の歴史的行為を根底的に批判することは決してないのである。なぜなら、論理的には、「白人」という区別を立てること自体を禁じているのだから「白人の歴史的犯罪行為」という論自体が成り立たないからであり、本質的には、白人が現在、世界の隅々で白人ゆえに享受している多くの特権は今なお、この「歴史的犯罪行為」の土台の上に直接築かれているものだからである

この区別は現代の白人諸個人が好むと好まざるとにかかわらず、否応なく機能せざるを得ない。それはあたかも客観法則のように、アジアの白人がいる場所では、自動的に機能するのである。その機能の様態や程度はさまざまである。タイでは白人優先は王室崇拝の次に来る国是といえる。しかし、それ以外のアジアの国でも多かれ少なかれ白人と有色人種との扱いは異なる。

アジアの国々では白人がそこにいるだけで有色人種にとっては不快なことがあるのである。それには理由がある。

アジアのローカルな空間に白人が一人入って来るだけで、その場の空気は一変することが多い。2,3人の白人が常駐することで、その場所が完全に白人最優先の場所になってしまうことも決して珍しくない。

レストランでも旅行代理店でも公共施設でも、白人客と有色人種客とが同時にいれば、ホスト側は多かれ少なかれ必ず白人客を上客として扱うだろう。

このこと自体、有色人種客にとって屈辱であるが、ホスト側の人々もアジア人であるということから、2重の屈辱を感じることになる。つまり、アジア人客にとっては、アジア人ホストが醜く白人に媚びる行為を目の当たりにすることによって、アジア人がこの世界において白人に劣る2級市民と評価されているということを確認させられる屈辱が加わるのである。

このような意識の枠組は、残念ながらアジアに深く定着している。一朝一夕に人々の意識が変わるわけではない。かといってこのような状況を放置すれば、白人主導のグローバリズムの勢いに乗ってこの意識はさらに拡大再生産されることになるだろう。

この流れを少しでも抑制するために、アジア各地に白人専用の場所を増やしてほしい。そして白人には自己の「特殊性」を受け入れるところまで妥協してほしいと思う。「白人は優れているが、特殊である」ということを受け入れてほしいのである。

それは白人にとっても必ずしも困難なことではないはずである。彼らも本来は白人だけの空間を好む。それは良い。しかし同時に彼らは、「グローバリズム」や「平等」主義を盾に、もっともローカルな空間にも殴り込みをかけることを好む。そして、その場所にも白人流儀の「普遍的原理」がまかり通ることを要求する。これはヴァンダリズムというほかはない。一方、彼らは同時にその場所で白人に対する「特別の尊敬」が払われることも必ず要求する。これは身勝手というものである。

東南アジアの公共の場所で椅子に座っていたとき、白人のグループや家族連れがやってきて、真剣な顔で「退け」と指図されるということは、タイでもマレーシアでも何度か経験している。

先日ちょっとトラブルがあって警察にレポートを提出したときのこと、ロビーの長いすに私と中国系のマレーシア人たちが座っていると、日に焼けたクズなオランダ人の家族連れがどたどたと入ってきていきり立った顔でわれわれをにらみつけ、「どけ」と手で払うようなジェスチャーをしてわれわれに席を譲らせようとした。その後もこのオランダ人は当然のように列に割り込み、自分の苦情が先に受け付けられるのが当然だという態度であった。オランダ人のマナーは本当に中国人以下である。

彼ら白人にとっては白人以外は「白人に奉仕するための人間」としか見えないのである。

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この写真の中心に写っている後ろ姿の若い白人は、この中国食堂(コーヒーショップ)にいきなり入ってきてトイレだけ借りて平然と出て行った。店の中国人オヤジは奇声を上げて彼を歓迎しトイレに案内したのである。
Imgp2617





面白そうな本がいっぱい。

白人とは何か?―ホワイトネス・スタディーズ入門

侵略の世界史―この500年、白人は世界で何をしてきたか

「白人(グローバル)スタンダード」という新たなる侵略
   

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2006年10月18日 (水)

今日のHaze 10/18 クアラルンプル

新聞に載っているようなスモッグのすごさがはっきりわかる写真がなかなか撮れないが、今日あたりかなりひどかった。100メートルくらい先がややかすんでいる感じ。おもてに長くいると確かにのどをやられる。

インドネシアのスマトラ島とカリマンタン(ボルネオ)の野焼きが原因。KLあたりのHazeはスマトラ島から吹いてくるもの。

パサル・スニ駅のプラットフォームから。  Imgp2605

パンタイ・メディカル・センター(クリンチ)に行ったとき。(側溝に落ちたときの傷が治りきらず、まだ足の腫れが引かない。)Imgp2607

Imgp2613

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2006年10月14日 (土)

金銭をせびるタイ人托鉢僧(=ニセ坊主)は逮捕されることになりました。 警察が言明 ペナン

Imgp2593 「托鉢僧」たちによるハラスメントに対する公衆からの苦情の増加を受け、警察はドーネーションを集めてうろついている「僧侶」たちを逮捕することになりました。

州警察長官Christopher Wan Soo Kee氏は、当地の仏教僧の長でさえ、警察に対し本当の僧侶は現金を乞うことを許されていないという事実を警告していると述べています。

長官は、現金をせびってうろつく坊主たちは、事実上、他人の同情を食い物にしている詐欺師であり、警察官らには彼らを逮捕するように指示してあると述べました。

マレーシア紙New Straits Times10/14より

マレーシア国内で「金せびり行脚」をしている、黄色い僧衣を着た坊主や白い僧衣の尼僧のほとんどはタイ人だと思って間違いないだろう。

たまにスリランカの偉い坊さんがマレーシアに来ることもあるが、夜の盛り場で金せびりをするためではないと思う。

クアラルンプルの夕方の中国食堂のテーブルにまでカネをせびりに来て、タイ語で「ニッノイ」と言ってなかなか離れようとしない尼僧たち・・・・・

夜更けの盛り場をうろつきまわり白人ツーリスト集団を顧客として彼らのオリエンタリズムに媚びを売り歩く坊主たち・・・・・

彼らもきっとタイ本国ではれっきとした僧侶や尼僧なのだろう。

つまりは、タイ仏教僧のほとんどは「詐欺師」であり、「タイ仏教」自体がニセ坊主集団、僧服を着た詐欺集団ということになるのだと思う。

関連記事:

タイ人僧がマレーシア国内で15歳の少女をレイプし裁判にかけられる

タイ仏教の堕落   

など

なお、タイ仏教はタイ王室と不可分の関係にある。タイ王室はこのたびのクーデタ首謀の一味でもある。

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2006年10月12日 (木)

「ニクソン式の和解」Frank Ching氏(New Straits Times)

「ニクソン式の和解」という考え方が学問の世界にあるのかどうか私は勉強をしないので知らないが、マレーシア紙New Straits TimesのFrank Ching氏(中国系)は、安倍氏が就任するずっと前(数ヶ月前)から、右派で対中強硬派と見られている安倍氏が政権についたほうが日中関係はうまくいくだろうということを示唆していて、その根拠としてニクソン大統領の例を挙げていた。

「安倍はウルトラ・ナショナリストで、・・・大変強硬派として日本で知られていて、東京裁判さえ認めることを拒否した。しかし、まさにそれゆえに、安倍は中国との"Nixon-style rapprochement"を求めるのに理想的な位置にいるという考え(思惑)が(以前から)あった」(今日のNST)という。

外国にはこういう考え方もあったらしいが、日本のマスコミで世の中にこういう考えがあることを報じているところはあったのだろうか。

つまりこういうことだと思う。親中派と思われている首相が中国に大きな譲歩をしたとしても、中国指導者はさほど喜ばないし、外交的な効果もない。それは予期されたことである。むしろ、「親中派」首相が少しでも中国の意に反する態度をとったような場合には、中国指導者は面子をつぶされたことに怒り、「裏切り」とも「謀反」とも捉えて非難するだろう。しかし、反中強硬派で「右翼」と目されている首相が中国に対してほんのちょびっとでも譲歩した場合には、中国指導者は大喜びする。国内向けにも大いに面子が立つからである。

中国の外交は常に内治と表裏一体と言って良いのではないだろうか。朝貢外交は中国の持ち出しが多く、中国が朝貢国を収奪するということはあまりなかった。それでも中国支配者はそれによって利益を得た。それは、周辺諸勢力が安定していてしかも中国皇帝に帰順しているという体制を維持することが、中原の一番おいしいところをしっかり確保するために必要だったからだろう。

このChingという人はわりとバランスのいい優等生的な評論を書く人だと思うが、日本のことも毛唐記者などに比べると正確に調べていると思う。

「A級戦犯」のA級の意味も知っているらしいし、靖国問題に言及するときは、靖国神社が「戦争犯罪人」だけを祀っているところだと読者が誤解しないように、「その他の日本の戦死者といっしょ」に祀っていることをいちいち念押ししているあたり、良心的だと思う。

昨日同じNSTに評論を載せていたW.Scott Thompsonという毛唐なんか、

「北朝鮮の核実験で大騒ぎするのはよくない。それは日本に口実を与えるだけだ。」

つまり、日本に口実を与えるのが一番よくない、の一点張りだった。

北朝鮮の核実験なんかまったく危険でなく日本のほうが危険なのだといわんばかりの基地外反日白人記者である。

Ching氏は、「安倍氏は靖国神社に参拝するかも参拝したかも言わないといっており、これはもし参拝するなら内密に参拝するということを意味するように見えるが、秘密裏に参拝することは現実には無理なので、結局参拝しないのではないか」と予測している。

残念ながら、この予測も当たってしまいそうである。何か超常的な方法を使わない限り。

Ching氏は、この評論で尖閣諸島の問題に触れたときに次のような表現をしている。これは私にはちょっと新鮮な感じがする。

In addition to differences over history, Japan and China also have other problems, such as ownership of the Senkaku Islands, known to the Chinese as the Diaoyus,......

NSTの他の記事でJapanがChinaより先に来ることはあまりない。日本の話題とはいえSenkakuという日本語発音を主にしている。韓国人だったら、仮に尖閣の話でもこういう表現はしないだろう。

ところで、今朝、食堂に女子学生が残していった中国語紙「星洲日報」を見ると、一面に「安倍夫人」という写真つきの見出しがあり、中を見るとなんだかアイドルのような扱いで取り上げられていた(と思う。中国語が読めないので内容はわからない)。

「安倍夫人昭恵」が「不育」を「胆言」したとか、「雅子妃」に「同情」しているというような文字が並んでいた。

マレーシアの中国語は北京式に近くてとっつきにくい。インドネシアの「印度尼西亜日報」の中国語は、「戦前の漢字」そのもの。見ていると意味がわかるような気がした。

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2006年10月10日 (火)

本日の毛唐 10/10 ラマダン中のKLで

ラマダン中であろうが葬式中であろうが、アジアに来る毛唐と、毛唐が引き連れてくるタイ土人売春婦にとっては関係のないことである。

食う、酒を浴びる、セックスする、寝る、糞をして水を流さない(なぜか毛唐は水洗の共同トイレで糞をしたあと流さずに平気で出てくることが多い。毛唐社会には水洗便所がないらしい)、身体を洗わない。これが白人ツーリストのすべてである。

(写真)
http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-42.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2006/10/1010.html

私はここのところあまり毛唐を見なかった。

ラマダン中でもあり、インドネシアから吹いてくるHazeもひどい。酒を飲むところも少なく、手ごろな女をつかまえるところもなく、薬もやれないマレーシアは、特にこの時期、毛唐にとってあまり面白くないところなのかと思っていた。

しかし、今日は毛唐をやたら多く見た。

白人は来るとなると集団でどっとやってくる

「個人主義」というプラカードを掲げて、あらゆる非白人を敵として踏みにじり、疫病を撒き散らしながら行軍する「武装したパックツアー」こそ白人市民社会の正体である。

「白人ツーリズム」こそ、白人市民社会の要約であり、現代の植民地主義の目に見える発現形態に他ならない。

デンマークのような人種主義国家に守られながら、世界中に配信されることを意識しつつ公然とマホメットの戯画を描くような行為によって、自分が「闘っている」かのように錯覚し、偉くなったように思い込んで快感に浸り、さらに酒を浴びバーでつかまえたばかりのタイ売春婦にI love youと囁きながら抱く(Ye-s,Ye-s,Ha,Ha,Ha,Ha,Ye--ssというのも多いが)、というのが毛唐の流儀である。

白人の「人権」主義、「ヒューマニズム」、「自由」とは、弱い相手に向かって、あるいは相手が抵抗できない状況で、立派な啖呵を大げさに切って見せ、非白人文化をを踏みにじり、破壊する快感に浸るということに他ならない。

「バンダリズム」こそ、白人の「自由」と「人権」の名実共なる故郷なのである。

中国系でさえ、ムスリムの前で飽食することを遠慮するこのマレーシアで、刺青をしたタイ土人売春婦をつれて道端に座り込み、イギタナクむさぼり食うのが毛唐。

白人ツーリストはやたらにジベタに座りたがる

乞食以外はめったに地べたに座らないここKLで、どうして毛唐は地べたに座りたがるのか。ちょっと不思議である。

毛唐の文化は地べたに座る文化だったのか?

おそらく、アジアで地べたに座っている毛唐は、地べたに座るのが「東洋的」だと思っているのだろう。

そして、彼らの思い込んだ「東洋」を親しげに見下す視点で、彼らは、彼らの思い込む「東洋」人の真似をして見せるのである。こういうことはタイで顕著である。これも毛唐ツーリズムに現れた毛唐のオリエンタリズムの一端なのである。

私は地べたに座っている毛唐は気づかずにつまずいたフリをして蹴飛ばすことにしている。

日本に来るカネさえないクズ白人=ほとんどの白人、にとっては、タイこそ東洋であり、タイさえ見てその便利さと限界と劣等性とをつかんでしまえば、彼らは東洋を理解したと思いこめるのである。

このあたりに、土人売春国家にして買春白人支援国家のチャンピオンであるタイを問題にすることの思想的な意味があるのだと思う。

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側溝に落ちる 10/8

昨夜、側溝のドブの中に落ちて怪我をするという事故があった。昨日はひどい日だった。

ヒンドゥ教徒街を見たあと道に迷い、大通りの暗い路肩の草地をきょろきょろしながら歩いていたら側溝の小さな口に片足がすっぽり入り転倒した。そのときにコンクリートに脛をぶつけて出血。汚い水の中に右足をすっぽり浸してしまった。

後進諸国のあちらこちらで、これは危ないなと思いながらいつも見ていた部分的に口の開いた側溝に、自分が落ち込むとは思わなかった。

傷口は小さいが、血が止まらない。

傷の周りを絞ると血が噴き出してピュっと飛び散りだらだらと流れる。かなりの量の出血があり、すぐに靴下が真っ赤になった。昨日はたまたま一張羅のスニーカーを履いていて、スニーカーにもちが飛び散り赤く染まる。

血がなかなか黒くならずいつまでもきれいな赤い色をしている。

汚いドブ水に傷が浸かったことで私は大いにあせった。これはすぐに病院にいかなければならない。しかしもう午後の8時を過ぎている。

あたりかまわず人に声をかけて病院をさがすが、興味本位にはやし立てる餓鬼どもにとっくに閉まっているクリニックを教えられたりして時間を浪費する。

最初はLRTの駅の救急の人にデットールで消毒してもらう。その後タクシーを止めてもらい、どこでもいいから開いている病院に連れて行ってくれという。周りの人たちは傷くらいで病院にいこうとすることを奇異に思っているようだった。

KLセントラル近くから10リンギで国立の「クアラルンプール病院」に連れて行かれる。ここで応急措置を受ける。出血はまだ続いている。外には出ていなくても中で出血して溜まっているようで、傷の横を押すとピュっと噴出す。それをやって見せると救急員があわててやめろやめろと言う。気持ち悪がっているようだった。

アクシデントか事件なのかということをしつこく聞かれる。他に怪我はないのかとも。喧嘩でもしたと思ったのだろうか。会うひとごとに何度も同じことを聞かれ、同じ説明をしなければならない。みんなドブのことをdrainと言っていた。ditchというのはあまり通じないようだった。

私はまず、水で傷を洗いたかった。しかし、彼らにはそういう観念はないようだった。

救急病棟のフロントに詰めている救急員が簡単に消毒液で傷を拭いて、ガーゼをはり、破傷風予防の注射を打ってくれる。

次に中国人の医者に面会するが、ほとんど傷は見ず処方箋を書くだけだった。傷を縫う処置を受けることに同意してサインをする。

そのあと、処置室に連れて行かれベッドに寝かされる。外科医のような格好をしているが医者ではない「技術者」という人が、ひっきりなしにしゃべりながら処置をする。

「何十年か昔に日本人がマレーシアに来た」というネタを持ち出してくるので私はイラついて、「その話は嫌いだ」と強く言ったが、私の言う意味が通じないのかきょとんとしていた。

アジアの国で日本の歴史問題をことさら持ち出す人間は、このネタを出せば日本人は「謙虚」になるということを知っているからそうするのである。「親日反日」は関係ない。たんに外国人ツーリストの腹を探る駆け引きの方法のひとつに過ぎない。ネパールにもそういうやつはいた。こういう話が出たら、内容的な反論など一切せず、「その話は嫌いだ」とはっきり言った方がいい。そうするとこのネタにはもう効き目がないと悟って何も言わなくなることが多い。日本が残虐行為をしたとか侵略したというネタをわざわざ出してくる人間に対しては、「自分はそうは思わない。あんたはそれを自分で見たのか」と断固とした態度で開き直ったほうがいい。これは真実はどうかの問題ではなく、ただの駆け引きである。彼らとしては、このネタで日本人の弱みを押さえればそのあとのいろいろな交渉が有利になるという腹がある。彼らが本当に、日本人に「負い目」があると思っていて、しかも相手を個人として思いやる気持ちがあるとしたら、むしろそういう話題をあえて避けるのが自然な人間同士の関係だろう。したがって、私人であるわれわれにそういうネタをわざわざ振ってくるような外国人は、その事実の真偽や、彼らのもつ考え方とは無関係に、そういうこと以前に、こちらを軽視しているのであり、一人の人間として尊重していないのである。

血がいつまでも止まらずたくさん出るので、傷口は小さいが深いようだった。私は傷の中がまだ汚れているのではないかと不安だった。一度水でよく洗いたかったが、シャワーを貸してくれと頼んでもダメだった。

傷のところだけをガーゼで簡単に拭き、局部麻酔の注射をしてあっという間に傷を縫ってしまう。

そして驚いたことに、ガーゼも膏薬も張らず、そのまま汚れたズボンを履いて帰らせられた。抗生物質と痛み止めをくれる。糸は後で抜かなければならない普通の糸。

処置と薬は無料だが、外国人は「登録料」が50リンギも取られる。

傷口を縫ったあとも出血が続いているようで、傷の周りが腫れ上がってくる。右脛が左脛に比べてひどく太くなっている。

タクシーでホテルに戻りシャワーを浴びる。傷は縫ってしまったので洗ってももう遅い。それでもまだ傷の周りを押さえると血が流れ出す。破傷風の予防注射をしたとはいえ、汚いドブ水(たぶん糞水)に浸かったので不安でたまらない。

今日はかなりへばっていたが、夕方から私立のパンタイ・メディカル・センター(Pantai Medical Centre)に行く。Pantai Medical Centreは地名はBangsarだが、最寄り駅はPutraLRTのKerinchi(クリンチ)のようである。救急病棟は常に開いている。何かのときはまず救急病棟(Emergency Department)から

ここも待たされることはない。スタッフに昨日の処置の話をすると、国立病院には行かないほうがいいと言われた。ここでも医者は診るだけで、Nurseの札をつけた男の看護士が実際の処置をする。

昨日の処置を覆すということはなかった。私としてはこの糸を一度はずして中をチェックしてもらいたかった。脛を強く打ったので頼んでレントゲンをとってもらう。レントゲンの現像は意外に時間がかかった。ネパールの病院のほうが早かった。骨には特に異常はなかった。

腫れを止める薬と炎症止めを出してくれる。最初は抗生物質を出さないというので、頼んでもらっておいた。全部で250リンギくらいになった。

側溝

ドブ

          

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2006年10月 7日 (土)

タイ仏教の堕落

特権主義的な小乗仏教(上座仏教)が、事大主義的なタイの社会で特権を与えられ、国家権力(王室)とも結びつくとなれば、腐敗堕落は必然だろう。

タイの僧侶は、堂々と占いを営業して金を稼ぐ(このようなことは上座仏教の許すことではないはずである)。

寺院内に売春婦を住まわせ営業させていてタイ国内でさえ新聞沙汰になったこともある。この時も、売春婦に対する慈善であるかのように開き直ったのである。

タイ僧が迷惑なのは、近隣諸国にも出かけていってまるで本国にいるように振る舞い、悪事を働くことである。

つい先日もマレーシアでタイ人僧が15歳の少女をレイプするという事件が報道された。

タイ人僧のバス停などでの割り込みもよく見かける。彼らは外国でもタイにいるときと同じように優遇されるのが当たり前だと思い込んでいるようである。

托鉢をしながらも、タイ語以外は話そうとしないタイ人僧が目立つ。

白人に対してはどこまでも奴隷になれるタイ人だが、アジア世界はタイ中心に回っていると錯覚しているようである。

クアラルンプルでも白人ツーリストの多い(そしてムスリム勢力の弱い)中華街では、毎夜飲んだくれた白人ツーリストらの間を、タイ人「托鉢僧」が物乞いに回っている。

本来仏教僧は朝しか托鉢してはいけないものである。上座仏教層は午後は食事をしてはいけない。瞑想に専念するのが基本である。

夜更けに呑んだくれのツーリストの間を回ってカネを集めているタイ人は、「僧服詐欺」といわれても仕方がないだろう。

しかし、その僧服に公の権威と特権を与えているのはタイ国家でありタイ社会である。

つまり、タイ仏教そのものが、僧服詐欺集団にほかならないのである。

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マレーシアのメード

マレーシアでは、メードを雇うことはありふれたことのことようである。とくに金持ちでなくても普通にメードを雇う。共働きで働いている家庭などはメードを雇うのがごく当然のことらしい。

なお、マレーシアのメードは「メード服」は着ていないと思う。

言葉が通じることもあってか、メードといえばインドネシア人という感じだが、トラブルも多いらしく、しょっちゅう新聞ネタになっているなる。

新聞ネタになると言っても、日本人が想像しそうな淫靡でスキャンダラスなものではない。たいていは雇う側の立場に立った記事で、インドネシア人メードや紹介業者に対して批判的なものである。雇う側に対する批判は、シンガポールや台湾に比べてマレーシアのボスは安い賃金を要求しすぎるということくらい。

住み込みのインドネシア人メード料は、安くて月450リンギくらい(1万3千円くらいか)だそうだが、カンボジア人のメードになると550リンギくらいからになるそうである。

カンボジア人のメードのほうがインドネシア人より仕事ができて、正直で、逃散もせず、病気もなく、良いよ、ただし少し高いけど・・・・という記事が昨日大きく載っていた。

ここで病気というのは(性病のことでなく)TBつまり結核のこと。

インドネシア人メードは結核を持っていることが少なくないらしい。結核持ちのメードが子供をあやすなどというのはおぞましい光景である。

料金は勤務期間によっても変わる。3ヵ月以内に逃げ出すメードが多いのか、最初の3ヵ月は賃金が安く、長期になるとだんだん高くなるような賃金体系が多いようである。

「チェンジ無料」が原則のようだが、トラブルがあってチェンジを要求しても応じない業者も多いとか。

カンボジア人メードは英語もある程度はでき、メードとしての訓練も受けているというので、カンボジアでは優秀な労働者に属する人々ということになると思う。

安い賃金で出稼ぎに来るインドネシア人メードはインドネシア語しかできず、電化製品の動かし方もわからないことが多い。掃除の仕方やテーブルの拭き方など基本的な生活習慣もできていないことが多いという。


メード

メード服

インドネシア

カンボジア

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2006年9月29日 (金)

またカバンを買う/本日の毛唐・土人

またカバンを買ってしまった。KLCCの伊勢丹でデイパックをひとつ。250リンギくらいだった。

今回日本を出るとき、バッグを二つ持って出た。私は、重い荷物を入れるバックパックのほかにサブザックをひとつ持って行き、パスポートやおカネはほとんど入れて普段から持ち歩くという流儀。

(つまり、貴重品の分散所持はせず宿にも預けない=これをなくしたらもう終わりという覚悟=注意力を分散させないようにする=危なそうなところに近づくときは「カネやパスポートよりも命が大事だから」と自分に言い聞かせる)。

その普段持ち歩くサブザックが悩みの種である。

旅行を始めたころはショルダーバッグを襷がけにしていた。が、しょっちゅう身につけていると臭くなる(ような気がする)。見た目もいかにもツーリストという感じがしてださい。というような理由で、2,3年前からデイパックに変えた。

ショルダーバッグのほうがひったくられやすいという説もある。通りがかりのバイクに無理やりひったくられそうになり引きずりまわされて怪我をした事例もあるとか。

私はデイパックに貴重品を全部入れ、金目の物は何も入っていないように無造作に扱い、ぜんぜん気にしていないふりをしてレストランやコーヒーショップの隣の席にぞんざいに置いたりする。実際は大事なもの全部入っているのだが。

今回日本を出るときに、今まで使っていた一昨年KLで買ったサブザックをやめて、それを使い始めるまで使っていたサブザックを復帰させた。

なんかいつも使っているうちに臭くなったような気がしたからである。

復帰させたほうは日本で買ったもので、女性用のような生地でぺらぺらだがけっこう高かった。どちらかといえば実用よりもファッション重視のもの。

ところが再び使ってみると、これが使いにくい。なぜか肩からずり落ちやすい。小さすぎて物が入らない。物の出し入れがしにくい。地の肌触りが気に入らない・・・・。

それで結局、また新しいのを買うことになってしまった。そのためにKLCCへ出かける。

今回はスニーカーも持ってきたので、サンダルをスニーカーに履き替え、西友で買った3,000円弱の長袖シャツを着て、おしゃれして行く。

当地の気候には薄めの長袖シャツ一枚というのが一番良いかもしれない。冷房が効いている場所も多いし、電車などで汗ばんだ腕が触れ合うのは気持ちの悪いものである。また、男女を問わず肌を露出している毛唐ツーリストを見ると、とても無作法に感じるので、むやみに肌をさらさないほうがいいと思う。

模様替えしたパサルスニ駅 

ちょっと模様替えしただけで初めてのところに来たような感じがして、私は方向感覚を失う。

Imgp2431


白人のいる風景

本日の毛唐/本日の土人

ラマダン中は外道な毛唐もすこしはおとなしくしているだろうと思ったのだが、甘かった。KLCCで、あいかわらずタイ売春婦丸出し女を引き連れた毛唐を見る。

これ→http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-39.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/

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タイ人僧がマレーシア国内で15歳の少女をレイプし裁判にかけられる

タイ人はアジアはどこもタイと同じでOKと信じているのでこういうことになるのだと思う。

タイ人僧は、タイ坊主は(アジアなら)どこに行ってもタイでと同じ特権を享受できると信じているようだ。

タイ人に決定的に欠けているのは自己批判の能力。特に自己の文化に対する自己批判は政治的にも不可能のようである。

「ファランがこういうから仕方がない」という形式の自己規制はよくあるが、その場合でも「タイの伝統的な寛大さから」みたいな理屈で合理化していて、自己批判という形には絶対にしないようである。

マレーシアの新聞NEW STRAITS TIMES(9/29)によれば、昨日、タイ人僧が15歳の少Imgp2426_2女をレイプした二つの罪で治安判事裁判所に連行された。

Phra Subin Kantheeya(つかまった坊主の名前)、36歳は、 Jalan Ara 7/1A、Bandar Sri Damansara、住宅番号18の家で、8月12日と8月26日との午前1時から5時までの間に被害者を2度にわたってレイプした廉で、公判を請求した(裁判にかけられた)。

副検事Hana Hadinah S. Mohd Ghazaliは、被告人が外国人であり、証人たちを妨害するかもしれないという理由で、保釈に反対した。

弁護人R. Tirukumaranは裁判所に、被告人が警察に自首していたという理由で、裁判所に保釈を迫った。

いわく、

「被告人は自国に帰っていたが捜査に協力するためにマレーシアに戻ってきた」

「彼がマレーシアに来たのはある寺での祈りを執り行なうためである」

裁判官Nurmala Salimは保釈を認めず、審理日程を8月25日と26日と決めた。

Thai Monk in the dock for rape

A Thai monk was yesterdy hauled to the Sessions Court to face two charges of raping a 15-year-old girl.

Phra Subin Kantheeya, 36, claimed trial to raping his victim twice at house No. 18, Jalan Ara 7/1A, Bandar Sri Damansara here between 1am and 5am on Aug 12 and Aug 26.

Deputy public prosecutor Hana Hadinah S. Mohd Ghazali objected to bail because the accused was a foreigner and might disturb the witnesses.

Counsel R. Tirukumaran urged the court to grant his client bail as he had surrendered to the police.

"The accused had returned to his country but came back to Malaysia to facilitate investigations."

"He came to our country to perform prayers at a temple,"he said.

Judge Nurmala Salim denied bail and fixed April 25 and 26 for trial.

保釈なんてとんでもない。タイ坊主をどこまでも増長させるだけ。被告人が外国人(タイ人)だから証人を不安にさせる(被害者を脅す)かもしれない、という検察官の懸念はまったく相当である。

氷山の一角に過ぎないが、タイ王室と不可分の関係にある「タイ仏教」の実態を窺わせるニュースである。

マレーシアにカネ稼ぎに来ている勘違いタイ坊主は横柄でほんとにうざい。

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2006年9月28日 (木)

クアラルンプルへ (ラマダン中)

日本往復チケットの帰路でKLに向かう。

チケットは1ヶ月のフィックスで、帰り(KL行き)の日程もいちおう決まっているが、リコンファームは必要(だと思う)。1週間前に東京のマレーシア航空支店に電話して確定させる。

午前7時13分日暮里発の京成スカイライナーで成田空港第2ビル(第2ターミナル)へ。1時間ほどで空港に着き、スムーズにチェックイン。

マレーシア航空機に乗る。日本人乗務員はさすがに全日空だけあって(?)ちゃんとしているが、マレーシア人スッチー(女性客質乗務員のこと)はつっけんどん。その差があまりにも対照的なので、同じ制服を着ていてもまったく違う世界の人間が一緒に働いているという印象を受ける。

それでも全体的に見て、タイ航空よりはまし(TGの男のクルーは特にひどい)。タイの差別接客にうんざりすると、つっけんどんで無愛想のほうがまだよく感じるようになる。

タイの人種差別接客は「花粉アレルギー」のようなもの。

最初のうちは、そんなものかなとかそういう国なんだろうと思ってそれほど気にしないでいられるが、自分の中で一定の容量を超えると、微量でも過敏な拒否反応を引き起こすようになる。

タイ式にうんざりして、マレーシア人のつっけんどんのほうがいいと思っていたが、日本から来るとやっぱり違和感がある。

日本人クルーとマレーシア人クルーとの波長が合っていない感じだった。どうみても、醸し出している雰囲気が違う。

マレーシア人クルーはインド系に近いの感じの人(もろインド人ではなかった)とマレー系のような人。しかし、民族衣装の制服も日本人スッチーのほうが似合っていた。

スッチー(女性客質乗務員)の制服は、マレー人のバティク衣装とチャイナドレスを折衷したようなデザイン。マレー人女性の着るクルタには普通はついていないスタンドカラーが中国風だと思った。

私の感じだが、マレーシア人スッチーは日本人スッチーをよく思っていないかもしれないという印象を受けた。

ANAとの共同運航便といっても、基本はマレーシア航空である。日本人スッチーだけが一生懸命にサービスを引っ張り上げている感じを受ける。声の出し方ひとつでも、そこに表れる心の使い方は違うと思う。

私は、日本の街で見かける日本人女性には、近頃ほとんど魅力を感じない。跡見女子大の元気な白人先生のような気分にさせられることがない。しかし、スッチーだけは日本人が好きなんだということがわかった。

飛行機はマレーシア時間午後4時半ごろ(日本時間5時半ごろ)クアラルンプルに着く。KLIA(クアラルンプル国際空港)からKLIAエクスプレスでKLセントラル駅まで行き、PUTRA-LRT(電車)に乗り換えてパサルスニへ。

ラマダン中のせいか、行きつけの中国人コーヒーショップも閑散としていた(コーヒーは一般に中国人の店のほうが味が濃く、あらかじめ混ぜてしまわないので甘さを調節できてよい。コンデンスミルクや砂糖はカップの底に沈んでいる)。この店の客はマレー人やインド人も多い。日暮れ前なのでムスリムはまだラマダン中のはず。

パサルスニ駅に近いレストラン・ハミーズ(Restoran Hameed's)は、ムスリムインド人の店だが、日暮れ前から開いていた。

この店は、何ヶ月もかけて徐々に安くなる。つまり、何ヶ月か通っているとちょっとづつ安くなる。

セルフサービスで盛り付けて勝手に食べ始めると、会計係の店員がテーブルの脇に来て盛った現物を見ながら値段を計算し、レシート(紙切れ)を皿の縁に挟んでいく。帰る時に自分でキャッシャーにその紙を持って行って支払いをするというシステム。

かつては4.5リンギだったこともあるものを同じ量盛っているのに今夜はたった3リンギ。ご飯にチキンカレーのチキン無し(スープだけ)と野菜一種類とテータリク。

いつも仏頂面で話さない会計係が、どこに行っていたと聞く。日本だというと嬉しそうにしてくれた。すぐに、日本の総理大臣が新しくなったね、と楽しそうに言ってくれた。

NEW STRAITS TIMESにはよく「日本軍が占領中にインド系を弾圧した」というネタが載るが、一般のインド系マレーシア人の日本に対するイメージは必ずしも悪くないと思う。新聞がそういうネタを載せるのは日本という敵を出汁にしてマレーシアの国民統合を図ろうという意図なのかもしれない。しかし、華人系にしてもマレーシア人が一番癪に触っているのは日本でもイギリスでもなく、豊かな隣人で「裏切り者」のシンガポールだろう。シンガポールのThe Straits Timesが反日を煽れば煽るほど、マレーシアは別の道を行こうという気持ちになるかもしれない。New Straits Timesはもとは同じ新聞。

ショッピングセンターも昼間は閉まっている(パサル・スニ駅近く。右がプラザワリサン)

追記:これはたんに早い時間だったので閉まっていただけだった。プラザワリサンはラマダン中も通常通り10時過ぎに開く。

Imgp2428

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2006年9月15日 (金)

今年のラマダン

今年のラマダンは、9月23日から10月23日まで。

10月24日がラマダン明けだそうです。

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2006年9月 6日 (水)

吉兆! ニシキヘビが妊娠したヒツジを丸呑み クアンタン マレーシア

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New Straits Times(マレーシア紙)

MORE THAN IT COULD CHEW...: This python seems to have bitten off, or in this case swallowed whole, more than it can chew. Having attacked and swallowed a pregnant ewe in Kampung Jabor, Kuantan at 8am yesterday, the six-metre reptile weighing 90kg was too laden to even move, making it easy for firemen to capture it. In a desperate bid to escape, the snake expelled the carcass of the ewe after it was brought back to the Gebeng fire station. However, it could not escape as it had been tied down. Picture 1 shows the 'full' python, the python regurgitating the ewe (2), and the carcass of the ewe after it was expelled (3). — NST pictures by Azmaidi Abidin.

動けなくなって消防に御用となった6メートルのニシキヘビ。

上から反時計回りに、①飲み込んで動けなくなった姿、②吐き出しているところ、③無事放出して秋の空のように清清しいさま。

(ロイターの写真)

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予備
http://melaka-journal.blogspot.com/2006/09/blog-post_06.html

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2006年8月31日 (木)

東京

8月30日マレーシア時間午前11時発のマレーシア航空で成田へ。

生真面目に3時間前に空港に行ってみたがちょっと早かった。「ランダムチェック」なるものがあった、引っかかってるのは私のほか出稼ぎ風のアジア人旅行者ばかり。

ふらふらして出発ロビーに戻ると日本人だらけ。夏休みをこちらで過ごしたらしい学生がいっぱい居た。ビーチサンダルで飛行機に乗る女の子もちらほら。脛から上はわりとこざっぱりしているのだが。とはいえ私もテ―ヴァのサンダル。彼女たちは私の知らないマレーシア(ランカウイとか)を楽しんできたのだろう。

KLIA(クアラルンプル国際空港)は、東南アジアでは今のところ私の一番好きな場所かもしれない。新しくてなかなかキレイなところである。

KL中華街からは、パサルスニ駅から旧「プトラLRT」(現在はKelana Jaya Lineというらしい。ちなみに「スターLRT」は現在Sri Petaling Line)でKLセントラル駅へ行き、「KLIAエキスプレス」に乗るのが穏当な手段。プトラでNilaiまで行きバスに乗るとかの方法もあるが、タイ沈没組ならともかくマレーシアに来て飛行機に1000円ケチるのもあまり意味がないと思う。

そのKLIAエクスプレス(「京成スカイライナー」みたいなもの)のなかで最後の最後にこんなのを見せられる。

http://img130.imagevenue.com/img.php?image=54844_IMGP2390_122_530lo.JPG

http://img136.imagevenue.com/img.php?image=55213_IMGP2391_122_432lo.JPG

http://img131.imagevenue.com/img.php?image=55240_IMGP2392_122_316lo.JPG

http://img7.imagevenue.com/img.php?image=55258_IMGP2394_122_514lo.JPG

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最近マレーシアの新聞ではKLIAでの出発の遅延が話題になっていたが、飛行機はほぼ時間通りに出発する。マレーシア航空と全日空との共同運航便。

乗客の半分くらいは日本人のようだった。そのほか、インド系がわりと目立ち、マレー語の新聞を読んでいる客、髭のアラブ人客も居た。

エコノミーにスッチー(女性客室乗務員のことをいう)は4人。3人は日本人で、そのうちの2人はここ久しく見たことのない美人だった。

ところが、私の席のあたりには3人もいる日本人スッチーはぜんぜん回ってこない。来るのはマレー人スッチーだけ。しかも食事のときくらいしかこないので水も頼めない。マレー人によくあるガサガサ肌のねーちゃんだった。

マレーシアにしてもタイにしても、女性の肌がどうしてひどくやられているのか。食い物のせいなのか、食品の規制がゆるくて合成物質をたくさんとっているからかなど、いろいろ原因を考えてみたが、やっぱりいちばん大きいのは四季がないことではないかと思う。つまり年中似たような気温なので、同じストレスが肌にも年中加わっていることになる。

日本時間7時過ぎに成田に着く。8時ごろの京成スカイライナーで日暮里へ。

今回、東京の印象は良かった。電車などの独特の臭い(長年の酔っ払いとゲロの臭いが鉄に染み込んだような臭い)がちょっと残念ではある。マレーシアの都心や電車など歴史のない場所にはこういう臭いはない。

しかし何よりもやはり、きれいで便利な場所なのに白人がいないところがあること。これは東南アジアではほとんど考えられないことだと思う。東南アジアでは(シンガポールについては行ったことがないので知らないが)、きれいな場所、便利な場所では、程度の差はあれまずもって白人が一等の客である。便利でこぎれいな場所なのに白人を見かけないということはまずない。

東京はとても静かな都会だった。私鉄の最寄駅から10分以上歩く私の住所に近づくと、文字通り耳を圧する静寂にうろたえるほどである。私がこれまで旅で歩いた場所では体験したことのない感覚である。チベットにもネパールの山の中にもこの感覚はない。便利なところはどこもうるさくガサガサしていて人心も落ち着きがなくたいてい毛唐がのさばっている、静かなところは不便で危険である、というのが多くの国では普通ではないだろうか。

半年ぶりに自分の町に帰って、以前と同じ店が営業していて同じ店員が同じように働いていることにちょっと感動を覚える。タイではもちろん、マレーシアでも人の移動、店の廃業はもっと頻繁である。一ヶ月ほかを回って戻ってみたら自分のお気に入りの店や心安い店員が消えていてがっかりするということがよくあった。家の近くのコンビニに入ると昔からいるおばさんがまだいる。この人は10年も前からここにいて、苦手なのだ。テレビをつけると半年前と同じ芸能人が顔を並べていていた。

いつも逃げ出すような構えで日本を出るので、帰ってきたあとはいろいろと大変である。

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2006/08/blog-post.html

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2006年8月28日 (月)

ソドミズム

私が今泊まっているKL中華街の中国系安ホテル「楽安酒店」は、形式はほぼタイの旅社とほぼ同じだが、清潔で一応門限もある(毛唐は平気で破って宿の人間をたたき起こすが)。この辺では比較的健全な宿である。エアコンホットシャワー付きで一泊50リンギとマレーシアの宿としては値段もお得。

その「楽安酒店」下の中国コーヒーショップで。朝、タイ人風のなよなよした男を連れた、目つきのギラギラしたタイファランそのものの男。タイで覚えたらしく箸を器用に使う。昨夜はこの宿に泊まったようだ。

検閲により画像2枚削除

翌朝もまたいた。やっぱり「楽安」に二人で泊まったようだ。この毛唐は目つきがひどく悪い。私が写真を撮ったからではなく、最初に入ってきたときからだった。

日本でもそうだが、グループで固まっている白人ツーリストは自分たちの領域に侵入するアジア系ツーリストを敵意のこもった目でにらみ付けることがよくある。こいつもその目つきでしつこくにらみつけてくる。私がローカルでないことを敏感に察知したようである。ある人は白人のこの「にらみつけ」について、彼らがguiltyと感じているからそういう目つきになるのだと説明したが、この説明にはあまり説得力はないと思う。

検閲により画像2枚削除

未検閲記事:http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-18.html

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2006年8月27日 (日)

さてどうしたものか KL発日本往復チケット

ブログは日記を公開するものだ、と説明される。しかし、一人でも二人でも読者がいる以上、完全な自分との対話である日記と同じというわけではない。

何もかもさらけ出すわけにはいかないし、自分以外の読者を想定する以上、あるフィクションのキャラクターを設定しなければならないだろう。

実際、ブログを作るのが一番難しいのは始めたころだと思う。読者数も少なく、その志向も想定しがたい。

逆に、記事が多くなってくれば自ずと筆者のキャラクターが作られてくるものでもある。

また、不特定多数の人々に向けて書くことはたやすいが、一度でもメールのやり取りをした特定少数の人々に対して書くことは難しい。

私は今、どういうキャラクターを設定し、どういう文体で書けばいいのかさえよくわからなくなった。

今までと同じようなアジビラ文体で書くというわけにもいかない。それはまるで、看守しか聞いていない独房でアジ演説をするようなものである。

いま隣のPCで土人丸出し女がドイツ人のような禿げ毛唐とテレビ電話を始めたところ。

クアラルンプルは2週間位前から蒸し暑くなり2、3日前までは毎日のように激しい雷雨があった。

一昨日日本行きのチケットを予約しに行った。クアラルンプルでチケットを買うところはガイドブックにもあまり載っていないのではないだろうか。

以前はブキ・ビンタンのスンガイワンプラザ2階にある「安全旅遊」という旅行代理店で買っていたが、今回、ジャラン・シランの「ヒマラヤンレストラン」というネパール人向けレストランのチベット人オヤジにもっと安いところを教えてもらった。

LRTスターラインのBandaraya駅から道なりに歩いてすぐ近くにあるWisma PKNSというビル1階(グラウンドフロア)の"M.S.Star Travel"という代理店。

「安全旅遊」は、マレーシア航空で日本往復(1ヶ月フィックス)2800リンギ(今1リンギ30円くらい)だったが、「MSスタートラベル」は2700リンギ弱。まあそのくらいの差ではある。前回「安全旅有」で買えた1年オープンチケットは「スター」では買えなかった。

いまタイ航空は確かに安い。必死である。日本往復2200リンギくらい。しかし、タイ航空には乗りたくない。

以上は私自身のための覚書。

2,3年海外でぶらぶらしているうちに、自分がどこをどう回ってきたのか、去年の今頃どこにいたのかとか2年前はどこにいたのか、ネパールに行ったのはいつといつだったのか、さっぱり思い出せなくなって困ったことがある。手帳を見てもぐちゃぐちゃでいつどこに移動したのか一見してわからない。

「日付のある紙片」は滞在先で書ける見やすい日記としてはじめたものだった。

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2006年8月20日 (日)

本日の毛唐 20 AUG 06 KL Malaysia

本日の毛唐/本日の土人

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2006年8月18日 (金)

「ニノイ・ナ・カー」in KL!夕方托鉢に来るタイ人尼僧。 タイ人托鉢僧と売春婦を消してほしい

夕方托鉢に来るタイ人僧は「偽坊主」である。決してカネを恵んではいけない。

上座仏教(小乗仏教)では、早朝、朝飯前に托鉢に回るのが基本。

僧が托鉢で得た食物はその日のうちに消費するのが本来の姿。蓄えをしてはいけない。午後は食事もしてはいけない。だから夕方托鉢するなど本来ありえない。

遅い時間〔時ならぬ時間〕の托鉢はスッタニパータかダンマパダで釈迦牟尼自身が諌めていたと記憶する。

午後はそもそも出歩くべきではない。「やたらうろつきまわるな」とも書いてあるはず。

ところがそれにもかかわらず、三宝と善逝のあらゆる教えを踏みにじり、黄色い糞掃衣をまとったタイ人仏教僧が、マレーシアの首都ここクアラルンプルのど真ん中で、毎日のように、夕暮れ時にカネをせびりにやってくる

夕方から深夜にかけて中華街をうろつきまわり、非ムスリムのアジア人と見ると、ひとが日本語や英語を読んでいる鼻先に鉢を突きつけてうるさく声をかけカネの無心をする。

白衣の尼僧もしつこく来る。

人の読書を中断させて、しかも、このマレーシアの首都で「ニノイ・ナ・カー」だと。頭がおかしいのだろうか。

このとき私がコーヒー屋で読んでたのは英字紙で、タイ語じゃない。ここはタイじゃない。私はタイ人顔じゃない。色も黒くない。

穢れた手で触れられたような気持ちになった。

タイ土人はどこに行っても自分中心に世界が回っていると思っている。

白人には頭が上がらないから、白人の溜まり場を遠巻きにして媚びるように控え、お恵みを待つ。

毛嫌いしているムスリムには近づかない。

しかし、それ以外の世界では自分たちがいつも中心にいると信じている。

私はいつも「私はムスリムだ」と言って追い返している。

タイ人売春婦タイ人乞食坊主・尼僧は、東南アジアの精神汚染の元凶である。

タイ人坊主は、ネパールやインドの(インチキ)サドゥーとはまったく違う。小乗タイ坊主には、ヒンドゥーのサドゥーたちのような愛嬌もしなやかさも謙虚さもない。(同じインチキレベルを比較してもである)。

というのは、サドゥーたちは、たとえフィクションであっても、何も持たないこと、無一物であること、執着を持たないこと、などを直接の拠りどころとし自らの立場としているのであり、したがって、自分は「ただの乞食」との社会的な区別はないことをむしろ身上とするものであって、現実に、ひどく罵られて追い返されることも珍しくない。(釈迦の時代もそうであったことがスッタニパータの記述からもうかがえる)。

これに対して、タイ坊主たちは国家権力とも結びついた上座仏教教団の社会的「権威」を背景に、喜捨しないことに対するアジア民衆の後ろめたさや迷信的な感情に直接つけこみながら、カネをゆすりとっている。彼らにとっては、拒否されないことが当然のことであり、彼らがタイ世界にいる限り罵られることなど想像もできず、(因果に関する)宗教的な思想からというよりも、むしろ、自分たちの社会的立場のもつ世俗的な「力」ゆえに、敬意をもって遇されるのが当然であると考えているのである。

大げさな話でなく、タイ人だけは日本に入国させてはいけないと私は信じる。

彼らは重大な犯罪を犯さないかもしれないし、政治的な反日運動に加担しないかも知れない。

しかし、彼らタイ人は、彼らががどこへ行っても周囲に撒き散らしている穢れた「タイ精神」(=土人売春婦精神、外国でも平気でタイ語で割り込んで来られる乞食坊主精神)によって、見えない形で日本の風土を汚染し、精神の土台を侵食するに違いない。

この「タイ精神」は、HIVのように有効な抗体ができにくく、しかも精神生活の免疫力である「マトモな感性」を根底から、しかも静かに破壊していくのである。だからなおさら危険なのだ。

きつい言葉のように見えるかもしれないが、実際はそうでもない。なぜなら、日本人からこんなことを言われてもぜんぜん悔しくないというのがタイ精神の本領だからである。

「白人がこんなにボクたちをかわいがってくれてる」「白人はタイが一番好きだ」という事実を示すことによって、あらゆる有色人種に対抗できると本気で思っているのがタイ人である。

もしもタイ人が「精神汚染を撒き散らす土人」と軽蔑されたくないと思うのなら(そう思わないから救いがないのだが)、まず以下の三つのものを、目立つところからだけでも一掃してみればいい。

①土人売春文化(白昼堂々たる売春婦レンタルワイフ文化、貧乏でもないのに永久に「オンリー」をやっている白人占領文化)。

②危険極まりない街中の野良犬

隣国にまで出稼ぎに行き、夕方カネをせびりに来る上座仏教坊主。あろうことか「占い」で金を稼ぐ上座仏教坊主。昼過ぎてから物を食う上座仏教坊主。コカコーラの2リットル入りペットボトルを列車の中でラッパ飲みする上座仏教坊主。売春婦を寺に住まわせる坊主。これら上座仏教僧の世俗的諸特権および政治への口出し。

タイ人はすでに結構な金持ちなのだから、その意思さえあれば一掃できるものばかりである。

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2006年8月16日 (水)

本日の毛唐 16 AUG 06 KL Malaysia

クアラルンプルPasar Seni駅前のRestoran Hameed'sで。この数ヶ月毎日2食、インド料理屋のカレーを食べて飽きない私だが、こういうのがいると本当に飯がまずくなる。

汚い土人女をどこにでも持ち込むゴロツキ毛唐。

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女も容赦する必要はない。自らすすんで毛唐の女奴隷になり、土人売春文化(=戦勝白人文化)の害毒をイスラム国にまで撒き散らしているのである。

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2006年8月11日 (金)

超自然的なものの展覧会(The Exhibition of the Ghosts, Genies and Coffins) スルタン・シャー・アラーム博物館 マレーシア

ブログで紹介しようと思って写真を撮ったまま忘れていた記事。マレーシア紙NEW STRAITS TIMES、7月6日。日本ではまず報道されない重大な内容を含む記事です。

7月4日から、マレーシア、スランゴール州シャー・アラームShah Alamの”The Sultan Alam Shah Musium”で現在開催されている、「幽霊と魔物と棺の展覧会」(”The Exhibition of the Ghosts, Genies and Coffins”)が盛況を博しています。 この展示は10月4日まで開かれます。

一番人気はこの写真にある人魚のような生き物ですが、重要なことはこの写真に出ている人魚のようなものが、ミイラではなく、まだ生きているということ

この展覧会は開会後、多くの論争を巻き起こしてもいます。贋物だという批判のほかに、「非イスラム的だ」という強い批判があります。贋物とい批判に対しては、アメリカのオーランドとフロリダからの科学者チームによる標本の分析が予定されています。

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(The Exhibition of the Ghosts, Genies and Coffins at the Sultan Alam Shah Musium)

ここに展示されている展示物はすべて、私的な博物館を運営している「宗教教師」であるSufuan Abu Bakarという人の私有物です。「宗教教師」といっても、ただのイスラム法学者ではないようで、sufiと記事にあるので「スーフィー」のようです。(なおイスラム教では、建前上は、プロの「聖職者」つまり神官や僧や神父や牧師というのはいないようで、基本的にはイスラム法の「法学教師」だけです。)

このスフアン・アブ・バカール氏によれば、「すべての展示はX線検査とDNA検査がしてあり、それらには人間の骨と血が含まれていることがわかった」

"All the exhibits from the collections have been X-rayed and sent for DNA testing, and we found they contained human bone and blood..."

ということです。

彼によれば、これらの生き物の多くは人々の邪魔をしていたので捕まえられたものですが、近隣諸国から得たものもあるということ。(近隣諸国のひとつとしてカンボジアがあがっていました。)

"...The sufi master said that many of the toyols(genies) and jenglots were captured because they were disturbing people, while other exhibits were obtained from neighbouring countries."

そして、展示されているこれらの生き物は生きており、ただし、その霊魂は「停止」させられているか、スフアン氏によって物理的に「ロック」されているということ。

"Sufuan said the creatures on display are actually alive but their spirits are held in abeyance or locked in the physical form by him. 'I have the ability to control them.'"

霊魂が停止させられていることと物理的に鍵をかけられて動けなくされているということとの違いが難しいところですが、とにかく彼は、「それらの霊魂をコントロールすることができる」ということです。

つまりこの人は、ただ珍しい生き物のミイラを集めている人ではなく、それらの霊魂をも集めている人、ということになると思います。

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2006年8月 6日 (日)

"Sleeping Dictionary" 再考

前記事:"The Sleeping Dictionary"(セックスする辞書) マレーシアの映画

聞くところによれば、日本語を習得したいと思っている白人男性がまずなすべきことは「日本人のガールフレンドを作ること」というのが、日本語学習を志す白人たちの「教科書的な答え」になっていて、そのとおりに活字にもなっているそうである。

彼らの日本語テキストには「日本語を覚えるために日本人のガールフレンドを作りました」とか「作りましょう」という話題が平然と出てくるのだとか。

白人にとってはいまでも、日本人を含めた「アジア女」は、望めばいつでも自由に手に入るもの、コンビニで買えるものという感覚なのだろう。

その意味で彼らにとってタイの売春婦も日本の英会話学生も変わるところはない。

(違いがあるとすれば、タイでは多少なりともカネがかかるのに対して、日本ではカネが入る、ただし、タイではハゲデブ60過のオヤジでも白人ならOK、日本ではそれはちょっと難しいかもしれない、というぐらい)。

この関係は、当事者の主観的な認識には左右されない「客観的な枠組み」として確立しているものであり、彼らが仮に主観的にまじめであったとしても、この枠組みから外に出ることはできない。

彼らがそれを意識しなかったとしても、世界的には、当然のようにその枠組みの中で人々に扱われる。それは、タイの上品な高級ホテルで白人男性とアジア人妻のカップルが歓迎されないのと同じく自然なことであり、タイの有名高級ホテルで白人客がつねに優先されるのと同じように揺るぎがたい、確立した枠組みである。

もし彼らが果敢に、その枠から「外に出よう」と努力するなら、その「努力」という行為自体によって、あらためて彼らの関係の「特殊性」が再規定されることになるだろう。したがって、世界に広がるこの枠組全体を壊してしまう以外に、個別にこの枠から自由になる方法はないということになる。

昔「セブン・イヤーズ・イン・チベット」という映画があったが、そこでも簡単に手に入ってしまうチベットのローカル女性と白人との「模範的な関係」が表現されていた。そこでは、チベット女性をモノにすることは(よっぽど歪んだ性格の白人でない限り)ちょっと色目を使えばすぐに落ちてくるような容易なことなのだが、珍しい素材としての彼女を磨いて付加価値を付けるのは白人の嗜みである。彼女の文化にすり寄ってみるのも白人の風流な遊びであり、趣味の類である。彼女の携える文化は一見異質そうに見えても、実は白人に容易に「理解可能な」ものばかりである。

白人にとって「異文化との出会い」は「深刻な葛藤」ではありえず、選択肢がひとつ増えたという素朴な喜びにすぎない。そこで彼らが出会うのは決して白人に理解不可能な、アクセス不可能な「他者」ではない。もしそのようなものだったとすれば、それは断固として根こそぎにすべき野蛮だということになる。

「異文化との出会い」とか「異文化コミュニケーション」という気持ち悪い言葉が日本に流布するようになって久しいが、その「出会い」が少しでも「まじめ」なものであるならば、当事者の内面に「深刻な葛藤」を生ずるのが自然だと思う。「異文化」は「厄介なもの」なのである。この認識は、英語だとか英会話だとか言って喜んでいる多くの日本人にも欠けているように思う。

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欧米も日本も大変な暑さだそうですが、ここマレーシアは相変わらず涼しいです。日中、外を出歩いてもあまり汗をかかない。地元の人はジャンパーを着ていることも珍しくない(冷房対策もあるが)。夜は冷房を切って窓を閉めきって寝ても暑くはないし、朝方は少し冷えるくらいです。

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2006年8月 4日 (金)

今日の毛唐 4 AUG 06 KL Malaysia

本日の毛唐/本日の土人。

これを撮った直前こいつらは股間をこすりつける感じでべちょーッときたならしく抱きあっていた(女の腹がぶよぶよな上に男の股間の高さだったので特にそう見えたのかもしれない)。ここでは法律に反する行為である。

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未検閲記事:http://journal-ibrahim.blogspot.com/2006/09/4-aug-06-kl-malaysia_03.html

非ムスリムでも公然ふしだらな行為をすれば警察に捕まることがある。

中国系カップルが引っ張られた例:公共の場所でのキスは違法 マレーシア

白人たちはアジアで土人ゴッコをすることに、「陋習(=ローカル文化)を破る十字軍的英雄主義」を感じているのかもしれない。

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2006年8月 1日 (火)

"The Sleeping Dictionary"(セックスする辞書) マレーシアの映画

なんとも情けない話である。

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イギリスの植民地になった国々は、旧宗主国に対する尊崇の念が自己のアイデンティティの一部になっていることは確かなようだ。(準植民地だったネパールでもそうだし、ミャンマーでもアメリカは嫌われているのにイギリスはそれほどでもない。)

イギリスの場合は「植民地経営」と呼ばれたりするが、日本の場合は必ず「植民地支配」と呼ばれるのは納得がいかないが、長く支配した者の勝ちという教訓だろう。

植民地支配は、十分な実力を背景に容赦なくやること、被支配者を人間と思わないこと(言葉らしいものをしゃべる猿と人間との中間的な存在ぐらいにみなすこと)、被支配者同士を戦わせ争わせること、支配者の言語を複数の被支配者の共通語にすること、そして、とにかく長く支配を維持することが重要であるようだ。

他者をモノとみなすこと、あるいは本当に見下すことは、日本で思われているほど簡単なことではない。これは訓練を要する心の技術であり、少年時代からの教育と修練が必要である。

本題。

"The Sleeping Dictionary"という映画がマレーシアのテレビで放送されるらしい。

ここで"Sleeping Dictionary"というのは、「引かないで眠ったままになっている辞書」のことかと思いきや、そうではなかった。sleepを英和辞典で引くと・・・「((略式))(異性と)寝る((together/with ...)). ▼「性交する」の婉曲(えんきょく)表現」とある。

サラワク(現在マレーシア領のボルネオ島の一部)の"Sleeping Dictionary"とは、イギリス人の植民地役人にあてがわれた、「寝床の辞書代わり」つまり「現地語教材かつ召使を兼ねた性処理用の土人女」のこと。

つまり「イギリス人殖民役人に寝物語で現地語を教える女奴隷という意味である。

そしてこの物語は、高邁な精神を持つイギリス人役人が、あてがわれた土人売春婦とヤってるうちに愛が生まれたという世にもまれなる御伽噺のようである。

また、イギリス人に女をあてがったのは地元の土人側が勝手にしたことで、土人の未開な悪習からそうしただけであって、イギリス側が求めたわけではないという立派な結構にもなっている。

forbidden loveとあるのは、「土人側にはよくても文明国のイギリスからは禁じられた関係だった」という、まことによくできたお話である。

なお、この女の出身母体である土人は、サラワクの非ムスリムのIban族ということになっている。

あるツーリストは「ボルネオはタイの次に白人崇拝がひどかった」といっていたが、マレーシアの「土人売春国家」的な面が、非ムスリム少数民族との関係で噴出するということだろうか。

マレーシアも、ムスリムの少ないボルネオでは白人向け土人売春ツーリズム・レンタルワイフツーリズムを、タイ並みに振興したいのかもしれない。

なお、サラワクは、Brookeという白人のゴロツキが私的に占領して「白人王」(White Raja)を名乗っていたという歴史のある土地でもある。

誰か志のある人が、大川周明の「英国東亜侵略史」でも英訳して七つの海の国々に配布してくれると良いと思う。

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(記事全文 NEW STRAITS TIMES, AUGUST 1, 2006 より)

A tale of forbidden love     By Hizreen Kamal

Set in the 1930s in Malaysia's rainforests, The Sleeping Dictionary tells the story of the tempestuous and forbidden love affair between a young, idealistic Englishman and a beautiful Iban tribeswoman.

When John Truscott (Played by Hugh Dance) takes up a job in the British colonial outpost of Sarawak to "civilise" the Malaysian natives, he is taken aback when he is presented with a native servant Selima (played by Jessica Alba) as his "sleeping dictionary", a local term used for women given to settlers to teach them the local language as well as sleep with them.

Although this unorthodox practice is a readily accepted custome in the local comunity, the pair is monitored closely by Governor Bullard - John's crusty superior - and Bullard's wife Aggie (played by Brenda Blethyn) to ensure that no romantic attachments result from the liaison. 土人側には喜んで受け入れられた習慣だったが、イギリス植民当局は渋い顔をしただと。ただの肉便器辞書女の関係なら良いが、「恋愛」に発展するのはまずいと。)

John and Selima soon fall passionately and openly in love. (普通は同国人の素人娘でも簡単にやれてしまうと急速にさめてしまうのが男の性だと思うが・・・・・確かに、通常の恋愛とはまったく異質の「南国コロニーでの女奴隷遊び」という「特別な分野」に夢中になる白人は今も少なくないようである)

The colonial authorities and the native population soon turn against the lovers, setting off a chain of events that test their resolve to the limit. (ローカルに受け入れられたのは「肉便器関係」だけであって「恋愛」ではなかったと。)

Filmed in Malaysia, the bettersweet love story directed by Guy Jenkin boasts spectacular cinematography, featuring the lush rainforests of Sarawak and rich colours of the exotic 1930s (including architecture and traditional custumes).

The Sleeping Dictionary premieres on Asian television on Aug 27 at 10pm (Cinemax, Astro Channel 41).

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サラワク原住民Iban族の野蛮性を良く表現した映画であるといえる。ぜひとも「野蛮」の存在を確認し、野蛮の中に神秘的な美を見出すとともに、それによって自己を確認したい白人にとっては垂涎の物語であるということになるのだろう。(「野蛮」の問題については、「白人はなぜ白人か」で説明)

はっきりいって、こういう白人に媚びた土人オリエンタリズムは迷惑である。

これを見た毛唐は「ああ、アジアはやっぱりそういうところか。そうかそうか」と納得して喜ぶだろう。サラワクへの土人買春白人ツーリストが増えることは間違いない。

「非ムスリムのアジア・土人のアジアは、白人にとって都合のいい便利な所だ」という白人ツーリズム振興目的の宣伝は、ムスリムのマレー人のプライドは一向に傷つけない。ネイティブ(土人)でない移民系にも関係ない。だからマレーシアでこういう映画が抵抗なくまかり通ることになるのだろう。

なにより"The Sleeping Dictionary"というタイトルが下品というほかない。

いっそのこと日本も「肉便器」というタイトルの映画を作って、「アジア女にカネ使うなんて、よっぽどもてない不細工な白人なんだろうね」というキャンペーンをはってみたらどうだろう。

"Sleeping Dictionary" 再考
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/08/sleeping_dictio_51bf.html

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2006年7月31日 (月)

今日の毛唐 31 JUL 06 KL, Malaysia

本日の毛唐。ほんとにxUxU好きなのかも。

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2006年7月30日 (日)

マハティール前首相の唐辛子スプレー事件

マハティール前首相には東京にお気に入りのパン屋があり、このたびランカウイにベーカリーを開くことになったというニュースは日本でも報じられたと思う。

しかし、前首相がコタバルの空港(プンカラン・チュパのスルタン・イスマイル・プトラ空港)で何者かによって唐辛子スプレーを噴霧されるという重大事件について、日本でまったく報道がないのは残念である。

現在マレーシアでは、この事件について警察がネット監視中とのことである。

あるホームページがマハティール前首相に危害を加えたのは特殊警察であるというネタを流したのだという。

マハティール前首相とアブドラ・アーマド現首相との間に、われわれにはよくわからない情念がらみの諍いがあることもあって、唐辛子スプレー事件が政治問題になることに当局は神経を尖らせているようである。

唐辛子スプレー事件の真相は謎であるが、公式発表によれば、マハティール前首相も所属する与党「Umno」内部にマハティール氏を熱狂的に信奉する二つのグループがあり、事件当日、コタバルに到着したマハティール氏を「どちらのグループがエスコートするか」でいがみ合いになり、マハティール氏の(物理的)取り合いになっていたところ、一方のグループのリーダーである53歳のビジネスマン(容疑者の名前はマレーシアの新聞では伏せられるようである)が、他方のグループのリーダー、イブラヒーム・アリ氏に向けて隠し持っていた唐辛子スプレーを吹きかけ、すぐ隣にいたマハティール氏にもかかってしまった、ということだそうである。

マハティール前首相は、台湾の李登輝前総統と並んで、尊敬すべきアジアのリーダーだった。

私の記憶に間違いがなければ、マハティール首相は「欧米」というにとどまらず「白人」を敵視するかなり過激な発言をしていた。

アジアで「白人」が敵であると明言したのは、マハティール首相以外では、JI(ジュマア・イスラミヤ)、そして大日本帝国くらいしかないのではないだろうか。

マハティール氏は見た目も良くて、タイの政治家など1000年かけても絶対言えないようなことをさらっと言ってのける。白馬にまたがって颯爽と現れた東南アジア解放のプリンスというイメージがあった。

しかし、こちらに来て最近報じられるニュースを読むと、よくわからないことも多いが、大変人間臭いドロドロとした話があり、ちょっと幻滅という感じもする。

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2006年7月26日 (水)

三つ穴コンセントの対処法

次のようなコンセントには困難が伴う。

このタイプのコンセントは普段閉じている。だから、他の国で使えるプラグを下の穴二つに押し込もうとしても入らない。Imgp1957 上の穴・第三の目・が開いたときのみに(何かを差し込まれたときにのみ)下の二つの穴も開くという仕組みになっている。実際に電気が来ているのは下の穴二つだけのようである。

マレーシアでは、マーケットで次のような器具を買ってきてはめることが多いようである。 この器具を発明した人は、この発明でベンチャービジネスを起こして大変有名になったそうである。松下幸之助の二股ソケットに勝るとも劣らない発明といえよう。
Imgp0562_1Imgp0564

したがって、タイなどで使う240用のプラグをマレーシアで使うときには次のようになる。
Imgp0566








しかし、このようにしてもできる。
Imgp1967 要するに、上の穴は入るものなら何でも良いようである。







日本の量販店には次のような優れものも売っている。どの様式にも対応できるというもの。Imgp0567









分解すると、
Imgp1955 Imgp1960

上の左側の写真の白い足が上の穴に入るようになっている。
Imgp1956 Imgp1958

下にも入れて出来上がり。
Imgp1959_1 Imgp1961

USBプラグで充電するものを使う場合。次のようなのを日本で買う。日本の量販店の小僧は、「海外でもパソコンで充電できるからこんなものはいらない」などと寝ぼけたことをいってた。
Imgp1962

Imgp1963 Imgp1965

もちろん、これらの器具は変圧器ではないから、本体が240ボルトに対応できる製品でなければならない。

上に写っている携帯用音楽再生装置iriverは100ボルト専用なので200ボルトの国では充電できないはずであるが、私の買ったのはたまたま電気に強かったようである。

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今日の毛唐 26 JUL 06 KL, MALAYSIA

本日の毛唐/本日の土人。屋台で買ったパックを持ち歩いて食いながら歩く女。

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2006年7月24日 (月)

【写真】シャー・アラーム  スランゴール州 マレーシア

シャー・アラーム(Shah Alam)  マレーシア

シャー・アラームはスランゴール州の州都。見るものはマスジッドだけのモダーンな町。

町の様子。
Imgp0535 Imgp0536

Imgp0543 Imgp0557

マスジッド

世界一高いミナレットだという。

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2006年7月23日 (日)

ローカルネット屋に土人女を抱え込んで入ってきたゴロツキ毛唐【Fuck off!Rednecks!KL,Malaysia】

シャツの前をはだけて土人抱え込みでネット屋に乗り込んでくる毛唐。クアラルンプルの中華街で。

このネット屋は地元の子供たちがよく遊びに来るところ。毛唐がよくやるように、二人でパソコン一台占領すること自体ここでは珍しい。

こういう奴があまり来ないからこの店を利用していたのだが・・・・・

毛唐がアジアの公の場所でこの種の振る舞いを堂々とする以上、写真を撮られて即時にネットで流されても当然である、というのがこのブログの立場である。したがって当ブログは、このようなケースに関しては、他人の写真を撮ることについての道義的な批判は一切受け付けない。

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http://img13.imagevenue.com/img.php?image=98341_IMGP2240_122_354lo.jpg

http://img23.imagevenue.com/img.php?image=98990_IMGP2241_122_512lo.jpg

中国系マレーシア人カップルがKLCCの公園でキスをすると逮捕されるのに、子供たちがゲームを楽しむネット屋に、シャツをはだけて胸を見せたゴロツキ毛唐オヤジが売春婦を抱きかかえて乗り込んでくるような振る舞いが放任されているというのは、実に解せないことである。

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上の写真を撮ってから移動した先の白人ネット屋で、またまた土人売春婦連れスキンヘッド毛唐に遭遇。なぜ売春婦と断定して良いのかについては、このブログで再三書いてきた通り。KLも中華街は腐敗している。

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2006年7月20日 (木)

公共の場所でのキスは違法 マレーシア

マレーシアのCity Hall magistrate's court という裁判所は昨日、Eastern values do not encourage hugging and kissing in public place....such behaviour was against one of the principles of the Rukunegara which advocated good behaviour and morality.というような判断を下した。Rukunegaraというのが何なのかは不明。

事件は、非ムスリムの中国系マレーシア人学生カップルが、KLCCの公園でキスをしていたところ、「シティホール」の役人に見つかったらしく、呼び出しを受けたというもので、中国人学生側は、賄賂を拒否したのでそういう処分を受けたのだと主張。

弁護人は、はしたない振る舞いをしたムスリムのカップルにかぎって宗教省がそのような召喚を命ずることができるだけだと主張したが、裁判所は、Their behaviour was not acceptable based on Eastern values and a principle of the Rukunegara,,, と判断。

Eastern valueというのが何なのかが、いうまでもなくきわめてあいまいだし、東洋的価値?をムスリムのマレー人に勝手に決められてしまうことも、非ムスリムの中国系としては納得できないところだろう。

イギリス植民者の価値を西洋的価値として、そのに対する反定立として東洋的価値を規定しているのだとしたら、そのような「東洋」観はある意味で西洋的価値の反射に過ぎず、一種のオリエンタリズムであって、本質的に植民地主義的なものということになると思う。

どうしても「東洋的価値」を主張したいなら、東洋で唯一文化的にも経済的にも西洋列強に伍するところまで発展した国は日本だけなのだから、日本的価値をこそ「東洋」を代表する価値とみなすのが当然のように思う。

イスラム主義がどこまでがんばれるか見守る必要はあるが、最近のイスラム勢力の反白人反西洋運動は世界的に停滞しているように見える。バリのころがピークだったようである。

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KLCCの公園

中国人カップルのキスよりも東南アジアにおけるこういう毛唐の存在のほうがはるかに東洋的価値を破壊しているという事実を認められない限り、東南アジア人も近代日本の偉業の価値を正当に認めるにはいたらないだろうと思われる。

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白人のいる風景 FEBRUARY 2006 KL

マレーシア国内での売春は禁じられていると思うのだが、外国人が外国で継続的契約をしたレンタルワイフ(売春婦)を持ち込むことを放任しているのは奇異である。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のパスポートコントロールに並ぶ列で。タイ売春婦丸出しの女を連れてマレーシアに堂々入国する毛唐。

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フィリピン人風に見える女。

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禿げ白人オヤジと若い女。

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プトラLRT(電車)内で。盛大にフラッシュをたいてしまった。

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KLCCで。売春婦と毛唐。

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中華街のローカルレストランにも入り込む。売春婦につかまってしまった毛唐オヤジという感じ。

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白人ツーリストの群れ。パサルスニの近く。

白人ツーリスト向けゲストハウスの玄関にあるカフェ。

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マスジッド・ジャメ近くのマクドナルドで。タイ女風の顔立ちの女を連れたリュックサックオヤジ。

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顔が気に入ったので撮らせてもらった。

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↓この男は身なりも食ってるものもファランそのものだが、ちょっと独特の雰囲気があった。以前どこかで会ったような記憶がある。メーサイだったか・・・・。長く一人旅をしている雰囲気が立ち込めていた。

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中国系の女と。

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KLCC構内で公然売春婦といちゃつく毛唐。これがイスラム国家。

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KLCCのカフェ(スターバックス)で。

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パサル・スニ

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ごろつき丸出し。

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フィリピン人風の若い女を連れたジジイ。

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マクドナルドで。

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中華街の夜。ホテルの前で売春婦と交渉する若い毛唐。カメラを向けると男が女から逃げ、通り過ぎるとまた近づく、というのを繰り返した。

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中華街の白人の群れ集まっているところ。マレーシア人には相手にされないタイ坊主が白人ツーリストに媚びて乞食にやってくるのがしばしば見られる。これらの坊主は、ツーリストにしか托鉢しないようだ。上座仏教の僧と称しながら、朝ではなく、夜中に托鉢する。タイ仏教の腐敗ぶりをよく示している(本来、仏教僧は朝しか托鉢しない。食事も午前中だけ)。

群れ集まっている白人は、同じ場所にいてもお互いに知らないもの同士であることが普通のようだ。しゃべりもしないでじっとしていることも多い。ただ白人だからという理由で動物的に群れになっている。

左の写真で黄色い法衣を着ているのがタイ人仏教層。夜遅くうろつき、ツーリストから金を集めている。

次の写真の中に映っている日本人女が一番滑稽である。隣の毛唐にしなだれかかっているように見えるが、たんにアンニュイを気取っているだけで、単独行の女であった。

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ここで群れになっている白人たちは、白人のまだそれほど多くないこの町で「白人だけの空間」を作りそのなかで「リラックス」したいからこそ、見知らぬ白人同士であってもこうやって群れているのである。つまり、ここは、ウェイターや従僕、女奴隷以外の有色人種には割り込んでほしくない空間なのだ。

その空間に有色人種が対等な客として割り込むこと自体、白人にとっては基本的に不愉快なのである。アジア女が女一人でそのなかに飛び込むなら、今夜の客を探している売春婦でしかない。

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本人は白人ツーリストたちの中に一人でいることで、自分が「外国で一人で行動できる」日本人であることを確認し、周囲にアピールしているつもりなのかもしれないが、白人から見たらただのアジア人売春婦の一種としか見られないだろう。(あるいは「これが有名な日本の肉便器なのか」と思われるかもしれない。)いずれにしてもまるで滑稽な光景。

この店の近くにも、白人客がまったくおらず、同じような料理をむしろ安く食べられる食堂はいくらもあるのである。

白人は「白人のための空間」を作るために群れになる。この空間に入りこんでよい有色人種は、ウェイターなどの従僕と、白人の所有物である奴隷・女奴隷だけである。あえてその中に飛び込むことは自らそのような地位を引き受けることを意味する。

白人の連れている奴隷や従僕(売春婦を含む)に限り有色人種であってもこの空間に入ることが許される。このことは白人世界の伝統なのであり、KLでも東京でもどこでも見られるものである。

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足。KLCCで。

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【写真】タイ売春婦風の女を連れ歩く巨体毛唐

KLCCで。

えげつない売春婦丸出しだったが、撮ってみたら結構上品な絵になってしまった。女にいい服を着せているからだろうか。

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2006年7月19日 (水)

夜外に出てみると・・・・・KL中華街

私はネパールで「夜間戒厳令」(curfew)を経験したことがある。なかなか良いものだった。

制限された自由の中でこそ、われわれはいろいろな可能性に気づき、さまざまな「機微」を感じとる機会を得るのである。

私は夜はあまり外出しない。外出しても「深入り」はしない。

しかし久しぶりに夜10時過ぎのKL中華街に出てみて、改めて白人ツーリズムのえげつなさを再確認した。

いうまでもなくこの写真どはなまやさしいもので、ちょっと奥に入ればもっとえげつなくもおぞましい動物的な光景が展開される。

「野蛮なアジア」に怖いもの見たさに来たが「難を避けて」群れになっている白人たちと、彼らに媚を売る現地土人という図式は、東南アジアでは程度の差はあれ普遍的なものである。

白人が好むタイプのオープンカフェ形式の食堂で(バービアの代わり)。よくいるゴロツキ白人の格好だが、本当に嫌なものはなかなか写真に撮れないようである。カメラを向けられるのはまだましなほう。

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夜は売春婦もたむろしている。これは気持ち悪すぎて撮るチャンスがなかった。

インド系のようにも見えるが、インド系(非ムスリム)にみせたマレー人のようなのもいる。かなり堂々とやっている。

夜いたような売春婦が朝もすこし残って?いる。

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マレーシアは、自国をもっと「自由」な国にして、「ツーリスト」をひきつけたいと考えているようである。

しかし実は、「自由」が経済発展の前提条件であるというのは妄想である。

本当に「自由」な国が経済的にも発展したというためしはない。かなり発展して力をつけてから、ある程度の自由を許容するようになるというのが通例だと思う。

「ツーリスト」が喜ぶような「自由」についていえば、タイはマレーシアより「自由」だし、フィリピンも「自由」であろう。インドネシアもイスラム教徒が多いわりに「自由」なようである。

シンガポールもマレーシアも、タイやフィリピンやインドネシアより「不自由」な国のはずである。しかし、タイやフィリピンはいつまでたってもシンガポールやマレーシアを追い抜くことはできないだろう。

今の日本は野放図に「自由」な国にみえるが、国力の基礎を作る段階では「自由」ではなかった。現在の日本の野放図な自由もまた、おもに日本人の直接の用に供されるためのものであって、ゴロツキ外人がドタドタと入ってきて野放図に振舞うためのものとは、今のところはまだいえないだろう。

東南アジアの後進諸国に比べれば、日本ではいまでも、がさつな外人が日本人の領域までドタドタと乗り込んできて好き勝手なことをする自由は、事実上、かなり制限されているはずである。だからこそかろうじて国がもっているのである。

「国際化」とか、外人をどんどん入れて自由に振舞わせろというような言論がまかり通るようになったころから、日本経済も停滞し始めたように思うが、どうだろうか。

昨日は昼間KLCCに行き、高い日本書を何冊か買って清潔なカフェで読み、かなりいい気分だった。しかし夜、表に出てしまい、私の容態は急変した。

夜遅くまで開いているネットカフェに立ち寄ると、その受付は白人ディスコの門衛のような態度である。内部はさらに白人ツーリズムが猖獗を極め、海兵隊なのかオーストラリアの百姓なのかすごい男がわめきながら走り回っていた。

私はこの「ツーリスト」向けネットカフェの連中の「タイ式」の態度が以前から気に入らなかった。今夜はとくにそこの小僧が「タイ式」態度を極めていて胸糞悪かったので、パソコンを一つ壊してやろうと思った。ファイヤウォールをオフにしてやろうと思ったがすでにオフになっていた。つぎに「プログラムの追加と削除」を見てアンチウィルスソフトを探したが見つからなかった。それでも動いているようである。適当な重要そうなファイルを削除する。次に隣のパソコンに移り、ウィルスソフトを削除する。

私は、陰湿で、悪い人間である。

今のところテロに手を出さないのは、ひとえに「度胸がないから」に過ぎない。しかし、もし癌とかエイズとかになって絶望したら、パタヤかプーケットの白人の固まっているところで一発やらないという理由はあまりない。ただ、爆竹の黒色火薬を集めてうまくいくかどうかが問題である。自分だけ片輪になって後進国の刑務所に入れられ、周りの毛唐はかすり傷だけというのではあまりにも情けないからである。

一方、中華街のローカルなネット屋はゲームに夢中の生徒たちでいっぱい。白人もたまに来るが小さくなっていて、あまり長居もしない。それぞれの場所があるということだろう。中国系の子供が多いがインド系の生徒も来る。中国系の生徒があげる素っ頓狂な奇声は実に奇異である。パッタニのタイ人のガキのほうが行儀良く遊んでいた。

うるさいが毛唐の修羅場よりは幾分ましということでよく利用する。

インド系のでかい生徒がゲームに夢中な様子。
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それぞれの場所があるといえば、「ワリサンプラザ」の上のほうの階にあるネット屋は、いつもアフリカ系の黒人でいっぱい。私はそこも時々利用する。

なかなか清潔で快適なところなのだが、スタッフのマレー人の女の子がここでは黒人以外の外国人にハッキリと不親切。黒人とマレー人女性以外の客に対しては無視に近い応対で、しゃべる必要があるときでもけんか腰なしゃべり方。

彼女はタイ人が白人に接するような態度で黒人客にニコニコ接し、無駄話にもながながと付き合うが、私がパソコンのことで何か聞いたり頼んだりしても頭からつっけんどんで、まったく相手にしてくれない。

ここはアフリカ黒人のための場所なのだった。

それぞれの人種・民族・エスニックグループが、自分のための場所を持つことは正しいし、持つべきである。

マレーシアは、人種に関しては今のところまあまあ公平な国だといえるだろう。

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2006年7月17日 (月)

KLCC JULY 2006 KUALA LUMPUR

KLCC(KUALA LUMPUR CITY CENTRE)は私の好きなところである。ここにいると、自分の国にいるという感じがする。

こんなところにいるくらいなら日本にいればいいじゃないかというかもしれないが、そうでもない。

ここは全体的には後進国の首都の顔として、特別人工的にこぎれいにした、わりと狭くて人ごみもさほどではない快適な空間。おそらく日本のどんなこぎれいなコンプレックスよりも無機的で、人間の体温を感じさせない場所ではないかと思う。人工的にココナッツのようなバニラのような匂いが振りまかれている(ベーカリーの発する匂いなのかもしれない)。

いつも同じような服装をしているので、少し自分の身なりみすぼらしく感じることもある。おのぼりさん丸出しで写真を取り捲る。

ただし店の品揃えはたいしたことがない。伊勢丹も規模が小さくスーパーのよう。値段もほかより高いのだろうが、あちこち歩き回るのが面倒なので地場で買えない買い物はなるべくここで済ませる。

3階のNotebook shopというところで、ウィンドウズXPプロフェッショナルのCDを買った。599リンギ(2万円位か)。高いのか安いのかさっぱりわからない。

ソフトだけでは売れないようなことを言って、マウスをつけてくれた。

アラブ系カップル

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若いアラブ女性のなかには、この世離れしたおそろしく綺麗な人もいるが、2、3年もすると息がつまるほどの迫力の人になりそうである。

白人のいる風景

ノーコメント

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西欧白人とはちょっと違うタイプに見える白色人種もよく見かける。

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この癪に障る野郎はちょっといい女を連れていた。

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こっちは土人丸出し(写真は綺麗に写りすぎ)。

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帰りに撮ったマスジッド・ジャメ
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2006年7月16日 (日)

破損したパスポートの再発行を求めるマレーシア男性が急増中【travelled to a "sin" city】

犬や子供にパスポートをいたずらされて破られたり、誤ってズボンに入れたまま洗濯してしまったりしたという理由でパスポートの再発行を求めるマレーシア男性がイミグレーションに列をなしているのだそうである。

2004年は13,297件、2005年は16,968件、今年はこれまでで7,508件。

彼らが再発給を求める本当の理由は、パスポートに押されたスタンプにあるようだ。

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NEW SUNDAY TIMES   JULY 16, 2006

The men stand in line holding their mutilated passports.

When their turn comes, they sheepishly tell the immigration officers their children did it or the dog grabbed it from the table and ripped it apart.

A wry smile crosses the face of the officer as they have come across numerous passports that have been torn to bits, dunked in water or partially burnt.

These officers know that those imoportant travel documents have been mutilated by wives or girlfriends of the passport owners.

And all because the documents showed the men had recently travelled to a "sin" city.

The philandering men's trip to Haadyai and other cities without the knowledge of the wife or girlfriend and those who are careless with their passports are keeping the Immigration Department  busy.......

どうやら原因は、パスポートの所有者である男性が、最近彼女に内緒で「罪深い町」を訪れてしまったことがスタンプから明らかだからということのようである。

罪深い町とは、ハジャイなどだが、ハジャイはタイなので、ようするにパスポートにタイ国のスタンプがあること自体が、妻やガールフレンドにばれてはまずいことだということになる。

しかし、面白いのは、男性がばれないうちにパスポートを処分して再発給してもらおうという話ではないということである。妻やガールフレンドにばれてから再発給を求めているようだ。

彼のパスポートにタイのスタンプを見つけた彼女や妻が、怒り狂ってかどうか、とにかくそれだけの理由でパスポートを破いてしまったり、そのページをはさみで切り取ってしまったりするようである。

マレーシア女性としては、あの青いスタンプを見るのも汚らわしいというところであろうか。

旦那が現実にナニをしたかということより、それを示唆するスタンプがあることのほうが許せないようである。

自分の旦那や恋人のパスポートにタイ国のスタンプがあるというだけで、マレーシア女性としての恥であり、一家の名折れですらあるということなのだろうか。

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アラブ人ツーリスト【KL】

夏が近づいたせいかどうか(いつも夏だが)、クアラルンプル中華街でも春はあまり見なかったアラブ人ツーリストをよく見かけるようになった。サウジアラビアからの人だろうか。

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最近読んだマレーシアの英字紙の評論は、サウジアラビア人が好んでマレーシアを訪れることをほとんど手放しで自画自賛していた。

多くのサウジアラビアツーリストがマレーシアの「自由」を満喫するためにマレーシアを訪れているというのである。そして彼らがいかにマレーシアの自由をうらやましがっているかを強調する。名前だけマレー人風で顔は中国人そのものの女性記者の評論。

しかし、ただ自由を満喫したいだけなら、マレーシアでなければならない理由はないことはみなさんご存知のとおり。

風紀の規制のないフシダラな自由を満喫したいなら、マレーシアよりタイに行ったほうがいい。タイもサウジアラビアツーリストを受け入れている。実際多くのサウジアラビア人がタイに行っているようである。風紀に関してはタイのほうが圧倒的に「自由」だし、安い。

それでもタイよりもマレーシアを選ぶサウジアラビア人が多いのは、「自由」とは別の理由からだろう。

やっぱり、マレーシアが「イスラム国」であること、ムスリムのアラブ人と欧米白人とでは互いに相容れないところがあり白人ツーリストが圧倒的な地位を占めるタイにはアラブ人の居場所が少ないこと、などの理由があるのだろうと察せられる。

英字紙の評論は、サウジアラビアも「よい方向」に変わりつつあることをナイーブに喜んでいるようだった。そして、マレーシアの「自由」を称揚するとともに、マレーシア内部にある「自由」を喜ばない保守勢力への警戒をあらわにしていた。

しかし、もしもサウジアラビアがマレーシア並みに「自由」な国になってしまったら、アラブの金持ち女性たちにとってのマレーシアのツーリズム目的地としての魅力はほとんどなくなるだろう。その記者にはそういうことに関する想像力が不足しているように思えた。

サウジアラビアが風紀に厳しいおかげで、マレーシアのアラブ人ツーリズムが成り立っているのである。

また、マレーシアがクズ白人が殺到するほど「自由」すぎず、売春婦が大手を振って歩き回るような国でないからこそ、カネのあるアラブ人女性や金を落とすアラブ人家族連れがマレーシアを好んで訪れるのである。

もしもイスラム教のタガをはずしてしまったら、マレーシアだってクズ白人が地元売春婦を連れ歩き真昼間からオープンカフェで乳をもんだりする国にならないという理由は全くないのである。

まだまだ後進国であり、タイの隣にある東南アジアの国が、ちょっとでもタガを緩めればすぐにそういう方向に流れることは目に見えている。

マレーシアがもしそんな国になったなら、金持ちサウジのカネを落とす家族連れは近づかなくなるだろう。

重要なのは、自分の国をそういう国にしたいかどうかである。

私は、マレーシアにとっての国益は「自由な国」であることよりも、「東アジアを代表するイスラム国」であり続けることだと思う。

好むと好まざるとにかかわらず、イスラムに対する世界の人々の関心は高まるばかりである。近場でイスラム教国の雰囲気をちょっと味わってみたいという日本人も増えていると思う。

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2006年7月15日 (土)

白人のいる風景 JULY, 2006 KUALA LUMPUR

KL×便×展覧会。近頃のデジカメは本当に性能がいいですね。(本展に関する苦情は訴状で。)

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これは私が現在いる場所。

ゲーム主体のネット屋で、中国人の餓鬼が中国語で大騒ぎしているのだが、この毛唐の大声がそれ以上に部屋中に響き渡るのに恐れ入る。

ローカルなネット屋には毛唐は寄り付かない傾向があることを奇貨として、毛唐を避けてじっくり思索にでもふけろうかと思ってやって来たのだが・・・・・どこまでも侵食を楽しむのが毛唐である。

この美しい女性は、中国系マレーシア人なんでしょうかね。

翌朝8時。

すがすがしい気分で新聞でも読もうと思って来たらまたまたおおはずれ。

こういう汚い売春婦はイスラム国家にはふさわしくないのではないかと思うのですが、マレーシアの政治家の考えはどうなんでしょう。売春を禁じたいなら、売春婦を連れた白人の入国も禁止にしないと意味がないと思う。国内で契約する売春を取り締まり、海外で継続的契約をした売春婦を連れ歩くことを取り締まらないというのは変な話。

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なかなかきれいな写真が撮れないが、女の口のあたりが鼻より先に突き出しているところがタイ式土人売春婦によくある特徴。

何度も書いたように、「売春とは限らないじゃないか」という抗弁はマレーシアも含め東南アジアではまったく無効。連れの女を売春婦に見られたくなかったら、女にそれらしい格好をさせ、自分もそれらしい格好をしてそれらしく振舞うべき。(ここが日本なら無料奉仕かもしれないし女のほうが買っているかもしれないといえるが=×便器)

タイの白人などは、バーの女との契約を競い合ったりする。なかには売春婦の取り合いでバービアで喧嘩を始めるやつもいる。彼らから見てイカシている売春婦を連れ歩くことはむしろ自慢なのである。彼らは、いかにも売春婦という感じの女をそのまま得意げに連れ歩く。

タイでは、わざわざ身寄りのない娘を探してきて結婚する白人男も少なくない。そんな娘はたいてい売春婦。タイに定住するのが主目的だろうが、身寄りのない娘なら親族にたかられる虞がないという考えかららしい。もっとも、たかってくるのが親族だけとも限らないが。

私は以前、ある白人に、どうして白人男性はあんなに醜い女をいつも連れ歩きたがるのだろうか、と真面目に聞いてみたことがある。

というのは、中年を過ぎたような白人男性が売春婦丸出しの女を連れて歩いていることが多すぎるので、私にはどうしてもその動機が理解できなかったからである。

彼らは毎日セックスしたい年齢でもないだろうし、まして誰とでもいいから毎日セックスしたいという歳ではない。金をかけてまで醜い女を連れ歩く意味がどこにあるのか、バーで客をとっていた売春婦と同じ空間で生活するだけでも気持ち悪くないのか、という素朴な疑問である。

その人はわりと誠実な人で、真面目に答えてくれた。彼によれば、彼らが連れ歩く売春婦は「スーツケースのプラグのようなもの」だそうである。プラグとは「詰め物」という意味。スーツケースの荷物が動き回らないように隙間に詰めるものということである。

なお「土人」という言葉を私は誹謗の言葉として使っているのではない。これは客観的な性質なのである。タイ社会は、自己の中にある「土人」性を十分に自覚している。「土人」を制度化し、「土人搾取」のシステムを内包しているのがタイの社会なのである。これは「土人」とそうでない人がいるという意味ではない。そうではなくて、上流色白タイ族であっても、自分自身も白人の前ではいつでも「土人」として最低に卑屈に振舞えるように、それ以上に、タイ社会の中の「弱い部分」を自分以下の「土人」として徹底的に卑下し搾取し、外国人に奴隷として容易に売り払える体制のことである。この意味でタイこそはアジアの「土人売春国家体制」の大元であり震源地たる「便所国家」なのであって、KLで見るようなものはまったくその「ひこばえ」に過ぎない。(私はその震源地を見る気力をもうなくしたので、KLあたりにいてひこばえを見ているのである)

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2006年7月13日 (木)

クアラルンプール 7月

「クアラルンプール」をマレー人やインドネシア人が発音するのを聞くと、「コロンボ」に聞こえることがある。

トレンガヌからクアンタンへ行くバスに乗り合わせたインドネシア人のおじさん(背が高くてハンサムだった)がしきりにコロンボコロンボというので、そういう町があるのかなあと思って聞いていたらKLのことのようだった。

7月13日。

午前10時半ごろクアンタンShahzan Innをチェックアウト。11時半ごろバス停に行く。

「トランスナショナル」のバスはちょうど出たところ。1時間おきに出て、次は12時半。

いろいろな会社のバスがあり、KL行きも常に客引きをしている。しかしよく使うトランスナショナルに乗ることにする。KLまで16,8リンギ。

2時間走ってちょうど2時半にトイレ休憩。

大量の白人を乗せたほかの会社のバスが止まっている。白人の貸切かと思ったが、中国人風も乗っている。トランスナショナルのバスより汚くて安そうなバス。汚くて態度の大きなタイ式の半ズボン毛唐爺など。

3時半ごろになって突然、高く聳えるペトロナスツインタワーが見えてきた。遠くから見ると本当に高くて、今にも倒れそうである。

それが見え始める少し前に、グア・ムサンの山のような岩山のある峠を越えた。峠を越えたらすぐにツインタワーが見えてきた感じだった。そこからがクラン・バレー(Klan Valley)なのだろう。

3時40分ごろになるとKLの通天閣が見えてきた。すぐに見覚えのある一帯に入っていく。そこまでは早かったが、市内に入るとやや渋滞した。

プドゥラヤ・バスステーションの辺りが一番渋滞がひどかったので、プドゥラヤの手前で長距離バスの旅はお開きということになり、全員おろされた。クアンタンのチケット売り場の人はKLまで4時間といっていたが、それより少し早くついた。

いつもチャイナタウンでは芸がないし、中華街は毛唐が多いので、インド人街に泊まってみようと思い、マスジッドインディアまで行く。

前に目星をつけておいたジャラン・マスジッドインディアの「パレスホテル」をのぞいてみたが、いい部屋は満室で窓なしで120リンギという部屋しかなかった。他の安宿も見てみるが、高い割には汚い(65リンギくらいでエアコンはあるがホットシャワーはない、など)。

結局、パサルスニに戻り、以前と同じ楽安酒店へ。50リンギでこの清潔さ、静かさはマレーシアでは珍しいと思う。以前と同じ静かな部屋が空いていた

夏休みなのか、KLは白人ツーリストが多くなっている。といってもバンコクやチェンマイほどひどくはない。しかし、インターネット屋は修羅場のようだった。

14日。

2,3年前にネパールのNabil Bankで出してもらったアメックスのTCを両替する。この近所の普通の両替屋はTCを受け取らないことが多い。漢字でサインしてあるからだめだと言うところも以前あった。

まず、パサルスニから一番近いバンコク銀行に行く。内装も時代遅れの田舎の銀行という感じだったが(もちろんNabilほどすごくはない)、行員の態度はさらにいい加減。

最初に顔をあわせたタイ人風のおばさんがまずタイ式のしかめっ面で応対。「TC」の意味がわからなかったかららしい。

実際仕事を受け付けたのはトゥドゥンをしたマレー人の姉ちゃんだったが、ノロノロタラタラやっていて、とにかく遅い。こういうのはふざけているように見える。

1000リンギ相当までしか両替できないということで、300ドルしか両替できなかった。

両替レートは1ドル3,617リンギ。

このバンコクバンクにはタイ国王の肖像写真が飾られてあった。職員の大半がマレー系で同じマレーシア人であるのに他の銀行に比べてノロノロタラタラと仕事をしているのは、タイ文化の影響下にあるからだろうか。それとも単に3流の銀行だからだろうか。

次に、その近くのMay Bankに行く。ここは応対も親切で仕事もテキパキとしていた。質問にも笑顔でテキパキと答えてくれて、すぐに手続きが進む。日本の銀行よりずっと親切。

私は自分は必ずしもそうではないが、他人から受けることはテキパキとしていることが好きなので、こういう応対は好印象である(私がタイが嫌いな理由のひとつもこの辺にあるかもしれない。)

ここは1000ドルまで両替できるというので1000ドル両替した(Nabil発行のTCを1500ドルも眠らせていた)。今の時期にドルを両替するのは不利かもしれないが、シティバンクでおろすよりは有利なはず。

両替レートは1ドル3,624リンギ。手数料は1000ドル両替して10リンギしかかからなかった。

さらに、残りのTC200ドル分を持ってHSBCへ行く。ここは大銀行。最初にナンバーをとって待つようになっている。それに気づかずいきなり受付へ。田舎者丸出しに見えただろうが、応対したマレー人のねーちゃんは嫌な顔もせず、「ナンバーを取ってください」と言う。田舎者なので一瞬意味がわからず、「どのナンバーですか」と聞くと、ナンバー出し機を指さして教えてくれた。日本の銀行よりは親切。

(昨年日本に帰ったとき(よく外国人に間違えられたが)、東京の区役所でナンバーを取ることを知らずに直接窓口に行って何か聞いたことがあった。窓口の役人に完全にシカトされて一言も口を利いてくれない。そこに居合わせたほかの住民がナンバー取り機のことを取ることを教えてくれたが、職員はナンバーを取らなければいけないことすら教えようとしなかった。そんなことを思い出した。)

そこまでは良かったが、それからがタラタラしていた。待たされる。担当のインド人のおばさんの仕事ものろい。

そして何よりコミッションが高い。200ドルの両替に20リンギもとる。

しかもレートが悪い。1ドル3,616リンギ。

どうやらKLでの両替はMay Bankでするのがよさそうである。

ホテルマンダリンパシフィックの玄関先には、毎朝大量の白人ツーリストが座り込んでいる。

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クアンタン Kuantan パハン州 マレーシア

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7月4日。

クアラ・トレンガヌの「エバーグリーンホテル」を出て、10時ごろバスステーションに行くが、そこから出るクアンタン行きは3時のしかないという。「タンジョン」バスステーションに行けと言われる。

そこで指示されたミニバスに乗り、タンジョン・バスステーションに向かう。ミニバスの終着はタンジョンバスステーションではないので、バスステーションが見えてきたところでブザーを押してバスを止めないと通り過ぎてしまう。

タンジョン・バスステーションには毛唐が4人。見るからにタイ式のヤツもいる。

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存在するだけでローカル文化を破壊する、というのが毛唐の特徴でありミッションでもある。

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バスは10時30分発の予定と聞いたが、1時間遅れた。時計を日本時間にしていたのかと思ったが、そうではなかった。

今日も若い学生風のマレー人の女の子と隣り合わせた。英語は話せたが、むすっとしていてあまりしゃべらなかった。

毛唐は4人とも同じバスに乗った。見知らぬ間柄のようだったが、4人ともバスが出る直前まで外でタバコを吸っている。

昨日のバスには毛唐はいなかった。蚊取線香のせいで咽喉も痛く、今日は何もかもハズレである。

3時間走って2時半ごろ食事休憩。地図で見ると近いようだが、コタバル-クアラ・トレンガヌよりもトレンガヌ-クアンタンのほうが時間がかかる。バス代も12リンギ。コタバル-トレンガヌより少し高い。

毛唐たちは最初はばらばらだったが、食事休憩などですぐにグループになり、クアンタンの少し手前でバスを止めてつるんで降りていった。毛唐好みのリゾートでもあるのだろう。

4時近くクアンタン着。

クアンタンのバスステーションでも汚い毛唐グループを見る。どこまでも侵蝕し破壊せずにはいられないという連中。

荷物を持ったまま、タクシーでまずマスジッドまで行く。タクシー代は6リンギ。これを5リンギに負けさせるのは難しい。南アジアやインドシナならぜひとも2分の1から交渉すべきかもしれないが、この国はそういうことをやるところではないような気がする。

今日はバスターミナルの旅社などには泊まりたくない。

マスジッドの近く、川沿いにあるMega Viewホテルにチェックイン。一泊150リンギ。

高い割りにそれほどでもない宿。浴槽がなく、シャワー室が狭い。扉を閉める音などがよく響く。フロントの愛想だけは良い。

夜、アジア女連れの毛唐オヤジも出入りしていた。

コタバルやクアラ・トレンガヌからクアンタンに来ると、いかがわしい町に来たように感じる。

町に漢字が多くなり、中国系の店が多い。バスステーションの前にはスヌーカーなどの娯楽施設が入ったコンプレックスがある。外から見ただけだが、ディスコやバーもあるのかもしれない。

「女子理髪」という看板がいくつも並んでいる。「情人・女子冷気理髪」などというところも。「情人という名前の冷房の効いた女子向け美容院」という意味だろうか。

入り口に「出租」という手書きの札がかかっているところもある。理髪店舗を貸し出すという意味か、それとも出張理髪?

この町にコタバルより毛唐が少ないのは、ひとえにタイから遠いおかげである。

タイに隣接するクランタン州が宗教保守のPASに支配されていることは幸いであるといわなければならない。

マレーシアの政治家は、マレーシアがタイのようになればなるほど(金を落とす)まともなツーリストはマレーシアに幻滅するだろうということを肝に銘じるべきである。

高級買春オヤジ(?)はタイでの遊びになれているだろうし、マレーシア人にはその商売のスキルはないだろう。マレーシアがタイの真似をすれば、ただ退廃した「南国」の雰囲気を楽しみ自堕落に安宿を渡り歩き沈没するだけの貧乏ツーリストばかりが集まるようになるだろう。

インド系の人もコタバルやトレンガヌより多い。

バスターミナルの近くにきれいで静かな(毛唐が来ない限りの話だが)ネット屋があるが、ウィンドウズXPはなく、日本語IMEは入れられなかった。

昨年泊まったRAYAホテルという安宿のある通りの電気屋の2階にもネット屋がある。ここにはウインドウズXPが入っている台が2、3あり、そのうちの一台だけCDRomなしで日本語IMEをインストールすることができた。

7月5日。

Mega Viewホテルをチェックアウト。川沿いなので湿気が多く、シャツが乾かない。

マスジッドの近くのShahzan Innに移る。Shahzan Innは広場をはさんでマスジッドに隣接している。一泊120リンギ。

Shazan Innのプール トゥドゥンをしたまま泳ぐ女の子
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6日。

Mega ViewもShahzan Innも朝食がつく。

ビュッフェの朝食はたいていまずいので、Mega Viewでは食べなかった。

Shahzanでなんとなく食べてみたら意外にうまかった。この日はナシゴレンだった。ナシゴレンはまずいものだと思っていたが、うまいものもあるようだ。

Shahzanのレセプションやルームサービスのスタッフは態度がまったくなっていない。ドメスティックなホテルなのだろうが、同じくドメスティック(ほとんどマレーシア人客のみ)でも、コタバルのAzamのほうがいい。ハウスキーピングだけはまあまあ。

英語はみなよく通じる。

部屋自体は悪くない。冷房の効きはむらがある。

窓からすぐそこにマスジッドが見えるのが何より。

マレー人の若いグループが同じ階に入ってうるさかったので部屋を変えてもらう。腰にタオルを巻いただけで廊下を歩き回る。内線電話を何回も間違えて掛けてくる。

このことを電話で頼んだだけで、フロントの女はWhyたらと客に向かって喧嘩腰の口調。話にならないのでフロントまで出向いて問答をし、このトゥドゥンをしていないマレー女に他の連中の見ている前で、あなたは客に対する口の利き方をすこし覚えるべきですと強く指導してあげた。

後進国では常にこういうオプションを用意していることが重要であると思う。

後進国」という言葉を「差別用語」のように忌避する日本の現象は奇妙である。「先進国」という言葉は毎日のように使っているのである。「先進」の反対が「後進」である。先進国があるならば後進国がなければならない。

「進歩」の価値を否定するのであろうか。それもいいだろうが、そうならば「進歩」から遅れていることは否定的な評価とはならないはずであり、「後進国」は「失礼な言葉」にはならないはずである。

あるいは「進歩の方向は一つだけではないから後進国と決め付けるのはおかしい」という理屈であろうか。そうであるならば、後進国を「発展途上国」と言い換えたとしても同じことである。これも特定の発展の方向を客観的な進歩の方向と定めた上での評価である。

外国に同化したいという人はどうでも良いが、旅行をする人は時に応じて強い態度をとることが必要である。

この結果、13階の少し良い部屋に移ることができた。

大変静かで、展望も良い。

私はルームサービスなどが靴を脱がずに部屋に入ってくるのが嫌なので、このことも言っておくと次回からは靴を脱ぐようになった。気になったことはなんでも注文をつけたほうがいいということがわかる。

移った部屋の居心地がよかったので一週間以上滞在することになる。

結局、ホテルも得をすることになった。

7月8日。土曜日。

ホテルの近くでナイトマーケットが開かれる。今までは見かけなかった毛唐がうようよ出てきていた。「毛唐フリー」の場所というのは本当に少ないものである。やはり危ない場所に行くしかないのか。

部屋の窓からすぐそこにマスジッドが見える。

目を覚ましてカーテンを開けるとマスジッドが一番に目に入ってくる。毎日、朝から美しい。起き抜けから同じように美しい。夕方になるとまた特に美しくなる。

7月13日。

午前10時半ごろShahzan Innをチェックアウト。11時半ごろバス停に行く。

「トランスナショナル」のバスはちょうど出たところ。1時間おきに出て、次は12時半。

いろいろな会社のバスがあり、KL行きも常に客引きをしている。しかしよく使うトランスナショナルに乗ることにする。KLまで16,8リンギ。

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クアンタンのマスジッド(Masjid Sultan Ahmad Shah 1)

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クアンタンはこのマスジッド以外は特に見るもののない町ではないかと思う。

「女子理髪」なるものが林立しているが、そこでステキな女性とめぐり合えるかどうかはあなた次第ですよとばかりは必ずしも言えない事情があるように察せられる。

「女子理髪」

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(昼の顔)
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これは公業とある。普通の美容院?
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高利貸しのチラシ
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やっぱりマスジッド
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イラクでレイプ「大虐殺」の米兵

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NEW STRAITS TIMES  SATURDAY JULY 8, 2006

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クアラ・トレンガヌ Kuala Terengganu トレンガヌ州 マレーシア

「クアラ・トレンガヌ」は日本語風にカタカナのまま発音したほうがよく通じる。「ト」のあたりを変に外国語風に言おうとすると通じなかったりする。コタバルの人は「ガ」にアクセントをつけていた。

7月3日。

コタバルAzamホテルをチェックアウト。ここは出る時間を待ってくれる。夕方でも可のような感じ。隣のバスターミナルからトランスナショナル1時45分発のクアラ・トレンガヌ行きのバスに乗る。

バスは指定席で、隣はトゥドゥン(ヘッドスカーフ)をつけた19歳のマレー人の女の子だった。

サラワクの大学で獣医学を学び始めたところだとか。財布に同い年のボーイフレンドの写真を入れている。しかし、「当然」、エッチはもちろんキスもなにもしていないのだとか。そういうことは結婚してからするのだそうである。

彼氏も19歳の盛り。すぐ近くにタイとかインドネシアという若者にはパラダイスな国々があるのだから・・・・と冷やかしてみると、そんなことは絶対にない、私は彼を信じているときわめて折り目正しいお答え。

この子は顔はどちらかというと芋ねーちゃんだったが、おっぱいが大きかった。トゥドゥンと地味な服装によっても隠しきれない大きなおっぱいに強い主張があり、気になって仕方がなかった。

彼女はイスラム教にconvert(改宗)することを簡単に口にした。「マレー人の女の子はかわいい子がいっぱいいるけど、僕はムスリムじゃないからなあ」とか冗談を言うと、convertすればいいだけじゃないと言う。

そのうえ、イスラム教はとっても簡単な宗教でアラビア語も簡単だという。
パッタニに行くときに会ったタイのマレー人ムスリムの女の子 とは言うことが対照的だった。

金持ちの娘を4人妻にして、世界中に分散して住んでもらい、みんなに食わせてもらいながら旅を続けるというのは、非常に魅力的なアイデアではある。

この日会った女の子は複数の妻を持つことにはあまり賛成ではないようだった。でもイスラム教では認められているでしょ、というと神妙そうにその通りだという。

複数の妻を持っていいのは、男性に「お金」と「エネルギー」が十分にあることが条件だと言っていた。複数の妻同士は通常は別々のところに住むが、しばしば互いに激しく争闘するのだそうである。

午後5時過ぎにクアラ・トレンガヌに着。

バス停で早速、アジア人女連れ白人を見る。アジア女連れ白人を見るのは久しぶり。

検閲により画像削除

画像未検閲記事:http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-2.html

女にバックパッカーの格好をさせている(マレーシアでは割とよくある形式)が見るからにゴロツキそのもの。

タイでもちょっと若い毛唐男は、雇ったレンタルワイフにバックパッカーのようななりをさせることが多い。

女のほうが大きな荷物を背負っている。実用的な女奴隷というところだろう。金を払っている分働いてもらうのは当然ということなのだろうが。

あんなゴロツキ丸出し毛唐がどうしてマレー半島の東海岸を女と貧乏旅行しなければならないのか理解できないが、やはりどこまでもローカル文化を破壊し蹂躙することそれ自体が毛唐の快感なのだろう。

バス停近くの「エバーグリーンホテル」という中国系安宿に入る。エアコン付、トイレ・シャワー共同、外向き窓ありで40リンギ。

部屋にトイレ・シャワーはないが、水道と流し台はある。

宿の中国人のオヤジにトイレ・シャワーがついてないから安くしてくれないかというと、流し台があるじゃないかと強調していた。

あれはひょっとすると、夜中にトイレに行きたくなったら流し台でしろという意味だろうか。部屋についている流し台で小便するのが中国人の間では普通なのかもしれないとつい思った。

45リンギというところを40リンギまで負けてもらってレシートをくれというと、オヤジはまじまじとこちらを見てあらためてレシートがほしいのかと聞き、いくらのレシートがほしい、60リンギかなどと聞いてくる。

せっかくだから45リンギのをもらっておいた。中国人丸出しだったが悪い感じの人ではなかった。

バスターミナルを出て最初に見つけたエバーグリーンに入ってしまったが、もう少しだけ歩けばもう少し上等で手ごろなホテルが何軒もあった。

クアラ・トレンガヌは、コタバルに劣らぬ大都会に見えたが、静かな町である。

夕方6時も過ぎるとレストランはどんどん閉まってしまう。バスターミナル内にあるレストランが比較的遅くまでやっていて、メニューも多い。あちこち探してみたが、ほかのところにはナシ・アヤム(ご飯とチキン)はなかった。

バスターミナルのレストランのナシ・アヤムはスープも含めて上等、値段も3リンギと高くない。

エバーグリーンホテルの正面のカフェだけは深夜までやっていて中国系が集まっている。

一応中華街があるがほんのちょっとだけ。門だけは立派。肉骨茶などの看板がある。ここの中国人はそんなにキリキリした感じではない。

エバーグリーンの部屋に昼間っから蚊が2,3匹いたので、蚊取り線香(Fumakila)を4つ5つ同時に焚いた。

部屋には洗濯物干し用の針金が張ってあった。新聞紙を裂いてこよりを作り、短く折った蚊取り線香を蚊取り線香に結いつけて針金からぶら下げる。

こうすることで線香台無しで複数の蚊取り線香を同時に焚くことができる。短時間に高濃度の蚊取線香の煙を部屋に充満させることで部屋の中の虫類を駆逐するという方法。

経験的に見てわりと効果がある方法だが、パッタニのMy Gardensホテルでやって英語のまったく話せないボーイから文句を言われた(現に蚊がいるじゃないかと反論すると蚊取りスプレーを貸してくれた)。

これをやるときは、あたりまえのことだが、焚いている間は必ず部屋の外に出ていなければならない。

この日、煙の中をしばらく部屋の中にいたら咽喉をひどくやられてしまった。その影響がその後10日以上も続く。

クアラ・トレンガヌは一泊だけ。翌日クアンタンに向かう。しかし、もっと居てもいい町だったような気がする。静かな町で人間も穏やかだった。

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クアラ・トレンガヌの「中華街」の門

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2006年6月30日 (金)

コピ・オのグラスがバーストした!

「爆発」数分後の写真 (コタバルの某所で)

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昨夜、前記事を投稿した後ネット屋を出てまだ開いているローカルレストランに入った。

コタバルの夜は早い。大部分のレストランは夕方6時を過ぎるとしまってしまう。

「バンダル・ラヤ・イスラム」だそうで、未婚の女の子と二人きりで部屋にいるだけでも宗教警察が乗り込んでくるという噂のあるクランタン州の州都・コタバルは、折り目正しい町である。金曜日の今日は華人系以外のレストランはどこも閉まっている。

しかし、タイに近いので地味な町のわりにはタイ崩れの傲慢な毛唐旅行者が目立つのが難点。それでもレンタルワイフ連れはあまり見かけない。

昨日の「仕事」はつらかった。

なぜなら、ネット屋に毛唐が多かったから。毛唐は用もないのに長居する。用が済んでもすぐに消えないのが毛唐の特徴である。

そしてうるさい。必ず何か「アピール」している。

僕のお気に入りのトゥドゥンをしっかりつけた受付のかわいいワルダちゃん(仮名)にちょっかいを出し、かわいいワルダちゃんがキャッキャ言っている。

ワルダちゃんが悪いのではない。毛唐はどうしてもそういうとこまで引っ張っていこうとするのである。

もちろん、いくら毛唐でもこの「コタバル・バンダル・ラヤ・イスラム」で、トゥドゥンをしっかりつけたマレーねーちゃんを難破しようというわけではないだろう。

要は、自分たちがここで「特別な客」であること、自分たちのその場所における「優位性」を、女にキャッキャ言わせることで自分も確認し、周囲にも確認させたいのである。

また、確認せずにはいられない。これが白人のアジアにおける基本行動であり、業である。

こういうことをしないではいられないのはどこかに不安があるからだろうし、後ろめたさがあるからかもしれない。毛唐の因業なのだが、しかし、それが毛唐というものである。

そういうわけで、前記事を書いている間、ワルダちゃんのほうが気になってぜんぜん集中できなかった。

集中できないので消耗し、疲れ果ててネット屋を出る。

ネット屋の近くにひとつだけある遅くまで開いているローカルレストランのテーブルに着き、やれやれという感じでコピ・オ(砂糖を入りで出てくるミルクなしコーヒー)を注文する。

コピ・オが出てきた。

コタバルのローカルレストランで毛唐を見たことはまだない。これは唯一の救いである。

一口口をつけて、グラスをテーブルの上に置く。

グラスから手を離して2、3秒たったとき、何の前触れもなく「パン」という大きな音を立ててコピ・オが破裂した。ガラス片がはじけとぶ。コーヒーが飛び散り、腰から下コーヒーだらけ。

本当に突然の出来事で何が起きたかわからなかった。爆弾かと思うような大きな音とともに破裂。原因は不明だが、コーヒーの熱ではじけたようである。

しかし、飲んでいる最中に爆発しなくてよかった。 さいわい怪我はなかった。

マレーシアでも、華人系の店を除き、熱い飲み物もガラスコップで出てくることが多い。このグラスは小さなビールジョッキのような形の取っ手のついたかなり分厚いもの。

ネパールではもっと熱々のチヤ(ミルクティー)が、泡の混じったような青っぽい安物グラスで出てくることがよくある。グラスに入った熱いチヤを何十杯飲んだかわからないが、こんな風にバーストしたことはなかった。グラスが小さいからかもしれない。

下半身コーヒーだらけになってホテルに帰る。

やはりこれはヤラ・ラーマ・ホテルの爆発現場の写真を撮ったタタリだろうか。

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2006年6月29日 (木)

"It's China turn to move on Tokyo ties."(中国が何かする番だ)マレーシア紙の論評

華人記者(Frank Chingという人)の評論ですが、かなり公平な立場から書かれていると思う(NEW STRAITS TIMESは決して「親日新聞」ではないと思う)。

「アジアはみんな・・・・と思っている」「日本はアジアで孤立している・・・・」とかいわないほうがいいと思う。

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NEW STRAITS TIMES(マレーシアの英字紙) JUNE29,2006

...The resumption of the loans(日本の対中借款再開) is a sign that Japan wants improve relations. But Beijing clearly considers this insufficient. Chinese spokesmen continue to call on Japan to "take sincere and concrete actions for the improvement and development of China-Japan relations". Presumably, this means a public declaration that Prime Minister Junichiro Koizumi will stop visiting the Yasukuni Shrine, where Japan's war dead, including Class A war criminals, are enshrined.

などと経過説明があってから、中国側がトップ会談を拒否していることについて、

Japan has made clear that it is willing to meet with China at any place, at any time. In the eyes of the international community it is China that is dragging its feet.

そして、4段目。

"After all, the negative image that Chinese people have of Japan is to a large extent a reflection of Chinese communist propaganda over the years that emphasised the party's role in resisting Japanese aggression in the 1930s and1940s.

At the same time, Beijing has given Japan little credit for its large-scale economic aid to China for more than a quarter of a century. Because the controlled press has not published this information, the vast majority of Chinese remain ignorant of the help Japan has extended to China, especially when the country was on the verge of bankrupsy as it emerged from the Cultural Revolution......"

どうです?これ。

結局のところ、中国の人々の日本についてのネガティブなイメージは、大部分、1930年代と1940年代の日本の攻撃に抵抗した共産党の役割を強調する、中国共産党の長年にわたるプロパガンダの反映である。

同時に、北京は、日本の中国への4半世紀にわたる大規模な経済援助にほとんど感謝を表明してこなかった。統制されたマスコミがこの情報を公表してこなかったために、中国人の大多数は日本が中国に与えた援助、とくに文化大革命から脱して国が破産に瀕していたときの援助、について知らないままである。

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アジアの英字紙はだいたいオウム返しの反日・NYタイムスなどの評論の受け売りというイメージがあったが、このNew Straits Times はかなりまともな新聞のような気がする。

もちろんNYタイムスの「ノリミツ・オオニシ」の評論をそのまま転載することもある。しかし、その場合でもちゃんと署名記事として載せるので、ノリミツの書いたものだということはすぐにわかる。日本の「一流新聞」のように「ニューヨークタイムスはこのように論評した」という書き方をしないだけまし。

こういう論評を載せられるというのは、マレーシアは(中国に対して)かなり言論の自由がある国といえるかもしれない。

マレーシアは、文化面で日本に媚びるということはないが、政治イデオロギー的にはタイなどよりずっと「親日」なのではないかと思う。

タイは、「先進国に媚びる」のが国策であり本業だから、文化面では日本好きのようなふりをし日本のくだらないテレビドラマを吹き替えたりしているが、国家イデオロギーとしては、基本的に反日・侮日の小中華主義だと思う。

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ただ、私はネットの一部に時に見られるような、「親日国」を探し回るような愚かで卑屈な傾向が良いとは思わない。

その必要があり「理」があるなら、断然「孤立」を選ぶべきであり、その覚悟と準備もしておくべきである。

どこの国も「自国第一」であり、そうあるべきだ、ということを忘れてはいけないと思う。

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(もっと見やすい写真)

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2006年6月27日 (火)

"Japanese fed up with apologizing"マレーシア紙の記事の見出し

マレーシア紙に日本に関する記事が載ることは、経済面の「新商品紹介」以外にはそれほど多くないように思う。日本の政治関係の記事は基本的に中国・韓国よりの立場からのものがく、NYタイムスなど欧米紙の批評をそのまま受け売りしているだけという感じの記事が多い。

マレーシアの政治はマレー人優遇だが、経済を牛耳っているのは華人である。マレーシアの華人というのはかなり「濃い」中国人で、はっきり言っていやな感じ。中国大陸との関係も深そう。

新聞社やジャーナリズムも華人の影響力が強いと思われる。

AP通信配信のこの小さな記事も内容はステレオタイプなもので、靖国神社の固有名も出さす”a Tokyo war shrine”などと呼んでいる。

しかしこのタイトルのつけ方には多少の「変化」が感じられるのではないか?

日本人は謝罪にうんざりしている。おなかいっぱい」

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NEW STRAITS TIMES, June 26, 2006

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2006年6月26日 (月)

スンガイ・コロク Sungai Kolok

ヤラからスンガイコロクへ。スンガイコロク行きのミニバスはヤラ駅の向かいから出る。120バーツもする。11時40分発のミニバスの切符を買う。

少し遅れて出発。9人乗りのミニバスに乗客5人だったのでわりと快適な旅。

検問などはなかった。

3時20分頃スンガイコロクのボーダー近くにつく。居眠りしているうちに町を通り越していた。

モトサイでスンガイコロクの街に戻り、町一番というMarinaホテルにチェックイン。一泊585バーツというが、デポジットを2000バーツも取る。

最初はパスポートを預けるように言われたがそれは断った。パスポートを預ければデポジットはなかったのかもしれないが、こんなところのホテルのフロントに預けるより自分で持っていた方が安心できる。

部屋のテレビには去年泊まった宿ではただで見られたエロビデオがない。何か損をしたような気持ちがする。

どこのホテルの前にもでかいタイ国旗と黄色の国王旗が大袈裟にぶら下げられている。

Marinaホテルのフロントは英語も通じて親切だが、客は感じの悪い×ャン×ロ・タイばかり。

それでも部屋の天井にはKibratの方向を示す矢印が張りつけてある。これを見るのも久しぶり。

ネット屋のおやじの話だと、Marinaホテルは2度爆発があったそうである。

去年私が泊まったValentineホテル(エロビデオがただで見れた)もセキュリティが良くないという。

お勧めはGentineホテルということだった。

スンガイコロクの町は国境の町らしいマーケットがあり、食事も便利である。マレーシア式の食事もだいたいOK(テー・タリクは無理だろうが)。

町の雰囲気もそう特別ではない。今回はやはりヤラのほうが殺伐としていた。

夜になると昼にはよく見えなかったこの町の正体が見えてくる。

Marinaホテルの周りには売春バービアや売春ディスコが堂々と軒を並べて営業している。

何人かの白人男がタイ式に土人女をはべらせて空間を押さえている。

警察・軍隊もいたるところにいる。街を厳重に監視し警備している。

売春バービアが堂々と営業しているのは放っておいて、客がバーの女を連れて帰る「高級」ホテルを厳重に警備している

売春を警備しているのだ。

タイ警察・軍隊は、土人売春国家たるタイランドの「土人売春国家体制」を警備しているにほかならない。

私にはこれは順序が違うのではないかと思われる。

当局がこの堂々たる売春営業を取り締まって売春バービアも売春ディスコもなくなれば、この場所でのテロは一般住民への説得力を幾分か失って収束せざるをえないのではないかとも思われる。

タイ国家がどれだけ本気にテロを抑えたいと思っているかは疑問である。深南部テロで死ぬのは売春婦と下っ端の役人だけであろう。

24日。

昼ごろ外に出ると毛唐のグループがぞろぞろ歩いている。

ナラティワトやパッタニではほとんど見かけなかった毛唐が、タイ式に半そで半ズボンでのし歩く。若いのもおやじも。女もいる。

昨日のネット屋には韓国人らしいのがいた。スンガイコロクで見ないのは日本人だけか?

ネット屋に行くと昨日は見なかった若い毛唐が二人来ていた。昨日は地元の生徒しか来ていなかった。

部屋中に響き渡る声で大声でしゃべり、電話をかけヒヒヒと大声で笑う。タイ売春婦にかけているような電話もあった。

自分の機械の調子が悪いといって地元の女の子がやっているところに行き機械を代われと言う。それは断られたか無視されたようだ。

マレーシアのネット屋に来る毛唐よりやはり一段下等になるように見える。ここにいる毛唐はみんなタイ滞在延長のためにスタンプを押しに来ただけだろう。

昨日は気づかなかったが、Marinaホテルの近くに“Lady Home”という英語看板を大きく掲げた「マッサージ」屋がある。家庭内暴力被害者のシェルターだろうか。

テロリストはもっとスンガイコロクを狙うべきだと思った。

毛唐が来なくなればそれだけでも世の中はかなりよくなる。

Marinaホテル近くの売春バービア遠景 (ほかにもいっぱい)

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美容室で

美容室 は普通の(?)女の子と普通に仲良く(?)なれるところ。

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この人はチェンライ出身で父親は中国人だとか。私には懐かしい顔立ち。おそらく、母親はアカ族ではないかと推測する。タイの地の果てコロク川まで「戦火」の中をはるばるやってきて・・・・。

同じ美容室で

検閲により画像1枚削除

こちらは別口。ラインが違うのか、すでに臨戦体制にはいっているのか。
毛唐が好んで連れ歩くタイプの容姿ではあるといえる。しかし、白人が連れ歩いているアジア人レンタルワイフの平均水準に比べるとかなり美しい。
なお、この人はこの時点で毛唐のレンタルワイフではなかった。

25日。

Marinaホテルをチェックアウト。歩いてボーダーに向かう。

どうせ20バーツなのでモトサイ(バイタク)を使ったほうがいいが、途中のネット屋によるために歩いた。

イミグレーションの手続きを済ませて、ランタウ・パンジャンへ。タイ側はもったいぶってパスポートはしげしげと見る。

マレーシアに出るとふわっと空間が広くなる感じがする。空間が明るい。

早速バス停近くでテー・タリクを飲む。ボーダーを越えただけで、タイではマレー系にも意味が通じなかったテータリクが飲めるようになる。タチレクに出ただけでラペイエが飲めるようになるのと同じ。

チキンカレーがおいしい。チキンの味が同じくハラールでもまったく違う。

スンガイコロクではマレーシアリンギが使えたが、ランタウパンジャンではイミグレ近くの店でもタイバーツは受け取ってくれない。

公衆トイレ(有料)番のおばさんがタイバーツも受け付けていたので、手持ちのバーツコインをリンギ(セン)コインに両替してもらう。おばさんのコインが足りず「手数料」を取られた。

1時間半ほど待って3時半ごろようやくコタバル行きのバスが来る。

バスはパシル・マス(Pasir Mas)を経由して、1時間ほどでコタバル市内に入る。

夕方5時近く、Azamホテルにチェックイン。90リンギ。一部屋空いていた。

2日間はいられるが、その後は予約でふさがっている。一応「アレンジ」を頼んでおく。

スンガイコロクの小さなネット屋は今日若い毛唐(ドイツ人など)がいっぱい来て大声で暴れまわっていた。

コタバルに来てネット屋に入る。

地元の人は、パキスタン丸出しの若者であっても小さな声でひそひそと話す。

ところがまた、毛唐女が2,3人入ってくる。

入るなり大声で「ハーイうんたら」といい、自分たちがどこでもタイ同様に大歓迎されているものだと思い込んでいるようだ。

そして、このわりと大きな部屋の隅から隅までがんがんに響き渡る声でしゃべる。

画像未検閲記事:
http://ibrahim.blog.shinobi.jp/Entry/22/

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2006年5月29日 (月)

サルシSarsi マレーシア

Sarsiはマレーシアの炭酸飲料。

私にとってはコークやペプシなんかよりずっとおいしいものである。

日本でも飲めるいわゆる「ルートビール」と基本的には同じもののようだが、辞書によればルートビールの定義はもっと広いらしい。

rot ber
ルートビア各種の草根類の汁を原料とする炭酸飲料.
http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=root%20beer&stype=1&dtype=1&dname=1ss

シンガポールやフィリピンにも「サルシ」という同名同種の炭酸飲料はあるようである。

アメリカ以外のルートビア (1)
http://homepage1.nifty.com/fumo/root03.html

サルシの特徴はSarsaparillaという薬草の根を原料としていること。他の「ルートビール」もたいていはこの薬草を使っていると思われる。

酒を飲まない私は、マレーシアに行ったら飲むものはテー・タリクと「サルシ」とコピである。どこに行ってもコークを飲んでいる白人を大いに軽蔑する。

コーヒーはアラブで発展したが、コーヒーがはやったことはイスラム教で酒が禁じられたことと関係があるようである。

コーヒーの原産地はエチオピアで、イエメンの商人により商品化され国際的に流通するようになったのだという。
http://www2.pf-x.net/~informant/yemen/coffeeorigin.htm

人間はどうしても、生きるために必ずしも必要でない刺激的な「飲み物」「薬」を好むところがあるようだ。

日本では禅僧がお茶をはやらせた。座禅のときの眠気覚ましにと説明されるが、カフェインで眠気を取らなければ座っていられないというのでは、瞑想のプロとしてはあまりにもお粗末である。

毎日座っていて座ることに慣れてくれば、座ることによって(禅が「瞑想」という言葉を嫌うとしても自然に「瞑想状態」に入り)却って頭はスッキリするので(これは私のような凡夫でもちょっと続けてやれば体験できる)、小僧でもないかぎり座り続けるためにカフェインが必要ということはないと思う。

やはり、禅僧のお茶は「ちょっとした楽しみ」だったのだろう。

人間には、精神に作用する煎じ薬のようなものを好むところがある。生命維持には必要のない刺激物を、なにかの儀式のように喫することを習慣にしたがるという性向があるように思う。

私が初めてSarsaparillaを体験したのは、恥ずかしいことに、アメリカのキリスト教カルト「モルモン教」のピクニックで飲んだ「ルートビール」だった。高校時代に友達に誘われて行ったのである。

モルモン教は酒だけでなく炭酸飲料も禁止していて、コカコーラを飲むことができないということだった。アメリカ人ミッショナリーたちはその代わりに炭酸なしの「ルートビール」を飲んでいた。

ドライアイスで冷やしたモルモン教徒の「ルートビール」は強くて薬臭かったが、当時の私にも美味かった。

モルモン教ミッショナリーは、「土人にへつらう文明人」のようにわれわれに接するレイシスト丸出しの連中だった。

神は自らの姿に似せて「人=白人」を作った。肌の色が黒いのは罰だみたいな事を言ってたような記憶が・・・・。

コークは飲まなかったが、アメリカ式の生活様式や言語を広めることが「宣教」と不可分であるという強い信念を持ってるようだった。

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2006年5月27日 (土)

スクールホリデイ マレーシア

今年は5月28日からスクールホリデイだということ。2週間続く。

こういう予備知識はマレーシア旅行では重要なのだが、ラマダンくらいしか気にしていなかった。

泊まっていたホテルを追い出される。周りのちゃんとしたホテル(白人がほとんど泊まらない値段高めの宿)を探しても部屋がない。

やむを得ず、バックパッカー用の安宿に部屋を探す。どこも汚い白人だらけ。

どこに行っても彼らは醜い上半身をさらけ出さないではいられない。有色人種旅行者が同じ場所に来るだけで不快感を露骨に示す白人がいるのは、どこも同じ。

ホテルは勿論、ゲストハウスのスタッフも、タイ人とは違って人種差別などしないが、ロビーでクズ白人のお相手をしないで有色人種客の応対をしているだけでも白人客は気に入らないらしい。

他人が話しているのに横から口を突っ込んでくる。これが「西洋のマナー」なのだ。

コタバルのゲストハウスの番人には「ファラン」という言葉が通じるものがいる。

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安宿に泊まって

Azamホテルとスリヤホテルの間にある「KBバックパッカーズロッジ」という汚い宿の20リンギの部屋に泊まる。シャワートイレ共同・ホットシャワーあり。中途半端に不潔で、虫がいる。

以前はこういう宿ばかり渡り歩いていても平気だったが、近頃は安宿は嫌である。

哀しいことに、ここでなんとも薄汚い若い日本人女性バックパッカーを見かける。汚く日焼けしていて、肌を露出すればするほど醜悪である。コタバルあたりのマレーシア女性は色白美人も少なくない。この日本人女性は、どのマレーシア女性よりも汚く見える。ダラッと安宿に泊まっているこの薄汚い女の子が日本人女の代表なのか・・・・

こんな無用心な宿に泊まる女性は、レイプされることも平気なのだろうか。それともそういう乱交も旅の醍醐味のうちなのだろうか。あるいは、白人女のように大声を上げてガイドブックを振り回し格闘する覚悟があるというのか。

シャワールームは上がまる空きで、覗き込めるだけでなく、すぐに乗り越えて密室内で何でもできるだろう。部屋の内鍵もネジで止めた小さい閂に過ぎない。

新聞を見るとマレーシアも手荒なレイプ犯罪はよくあるようである。特にタイ国境近辺(ランタウバンジャンなど)とジョホルバルの犯罪が報じられているのを見る。クランタン州のような土地柄ではタイやシンガポールなどに遊びに行けない若い男はけっこう大変かもしれない・・・・

何年か前にタイで会った日本人女性旅行者は、24歳くらいの太った子だったが、レイプに具えてコンドームを持ち歩いていると言っていた。レイプされそうになったら「させてあげるからコンドームだけはつけて」とお願いするつもりだという。本当かどうか・たぶん本当だろうが、その太った女の子は「まだバージン」だということだった。おぞましい話である。

しかし、レイプ犯がそんなお願いを聞いてくれるだろうか。レイプというのは、相手の意に反してするところに興趣があるのだろうし、レイプに着手し、すでに暴力のモードに入った男がそんな懇願を聞くべき利益も動機も見出せない。

白人ツーリストは多いが、白人女の一人旅というのは意外に少ないように思う。大都会や白人ツーリストがいっぱいいる「白人基地」ですこし見かけるくらいで、単独で田舎回りなどしている女性旅行者は日本人ばかりである。

タイで会ったある白人男は、「日本人女は一人でどこへでも行く」といってあきれていた(ヤルのはタイ女より簡単だとも言っていたが、タイ女はどうしてもカネが絡むからだろう)。

彼女らが友達も連れ立たない一人旅にこだわり、そのうえ汚い白人のスクツ(巣窟=昔はソウクツと読んだがちかごろはスクツとも読むのだとか)のような無用心な安宿にことさら飛び込みたがるのはなぜだろうか。

白人は普通、お互いに西洋人というだけでも連帯意識を持ち(白人同士、あるいは、キリスト教徒同士)交流しあうのを自然のことと考えているようで、異国で出会う同国人ならなおさら仲良くするのが当然だと思うようである。彼らから見ると、若い日本人旅行者同士が互いに交わらずよそよそしくしているのが奇異に見えるとも聞く。

「日本人旅行者が単独行を好む理由は何か。」「日本人旅行者が互いによそよそしくしている動機は何か。」

こういう問題のほうが、「日本人は群れたがる」という聞き飽きた指摘よりは考えてみる価値があり、面白いと思う。

「私は『群れ』あってる普通の日本人とは違うんだ」というアピールなのかもしれない。

どの国民も民族も実は十分に「群れ」ているし、とくに白人は「人種的に」コロニーを作って群れたがるのだが、日本の進歩主義的言論界では、日本人が「群れる」ということには特別の色付けが与えられている。日本人が「群れる」のは特別恥ずべき「日本的な」ことであり、危険なことでさえあると本気で思いこんでいる人がいまだに少なくないようである。

あるいは、「私は旅なれしていてポット出のツーリストとは違う」という気持ちかもしれないし、「私は欧米経験が豊富でアジアなんかにいる日本人とは違う」という気持ちからかもしれないし、本当に日本人同胞が嫌いなのかもしれない。

あるいは、日本人は、日本列島という土地、風土を離れるとほんとうに共通の基盤を失ってしまうのかもしれない。

聞いたような話だが、日本人が「律法」を伴うような宗教を共有していないからかもしれない。確かにイスラム教徒同士は国や民族が違っても連帯感を持って協力しあうようである。(シーア派のイラン人もマレーシアに来ていて、すぐにマレーシア人と仲良くなる。マレーシア人のほうがだまされて麻薬の運び屋にしたてられるという事件もおきている。)

集団主義(やみくもに集団で行動すること・それを他人に強いること)と友愛(同胞と仲良くすること)との区別がつけられず、理性的に他人と協調することができない人が多いのかもしれない。もとより、それが日本特有だというのではないが、たとえばいまあげた友愛とか同胞とか協調という言葉を聞いただけでただちに盲目的集団行動を連想して嫌悪する人はわが同胞には多そうである。(同胞というのはキリスト教徒が好む言葉のようである。)

もっと単純に、われわれはほとんど日本列島で活動してきたので「海外にいるときは仮の姿」と思っているからかもしれない。「仮の姿」を日本人同士でさらしたくはない、さらに言えば、掻き捨てようとしている旅の恥を同じ日本人にすくいとられたくないということかもしれない。

このようなことをいうからといって、
「日本人は『個』が確立されていないから、群れることと協同することとの区別ができないのだ。結局、日本人には利己主義はあっても個人主義はなく、日本にはいまだ市民社会は確立されていない」
などというような妄想理論に話を引っ張っていくつもりはさらさらないのである。

私も単独行主義者のような旅行をしているし、人と一緒に旅行するのは好きではない。しかしそれは、「個我」とも「個人主義」とも「近代市民」とも「市民社会」ともまったく関係ない(ましてや「地球市民」とはさらさら縁がない)。

単独行を好む日本人旅行者が増えているとすれば、日本の文化や日本人の感性に一人旅を好むようなところがもともとあって、それが機会を得ていま表に出てきていると考えるほうが自然だと思う。

しかし自分で選んだ一人旅である以上「自己責任」の感覚は絶対に必要である。

旅先で、醜くだらしない日本人の女の子にかち合ってしまうと、自分が恥ずかしいような気になり、ことさら無視して「気がつかないフリ」をしたくなるのは事実である。(相手も私に対して同じように感じているかもしれないということはここではどうでもいいことである。)

この感情を「共同体意識」が特別強すぎるからだと決め付け責めることはできない。外国では、日本人は日本人として同視されひとくくりに扱われるのは珍しいことではない。

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2006年5月26日 (金)

マレーシア女性 

マレーシアの女性が「美しい」かどうかを論じるためには、その前にまず(人間の容姿の)美の理念型に関する困難な問題を処理しなければならない。

この問題を私は重大な、むしろ政治的な意味を持つ問題だと日ごろから考えているので、男性であれ女性であれ、容姿の美しさについて安易に言上げすることをためらうのである。

つまり、肉体を持った人間の美(容姿の美)の「理想型」というものは、先験的に人間の感性に具わった制約なのかどうかとか、われわれの(社会的な)美意識はどのようにして形成されてきているのか、それが政治経済的な関係とどういう関係を持つかとか、素人が一から考えるには難しすぎる問題をまず処理しなければならないはずである。

一部のアメリカ人にはこのようなテーマに関する問題意識がいくらかあったように聞いたが、最近は下火になったのかあまり問題にならないようである。ハリウッド映画は相変わらずあのとおりであるし、白人がイエスを演じることには何の異論もないようである。

参考記事: 「白人コンプレックス」論  美意識は先天的か

それをしないで容姿の美について安易に語ることは、われわれのいわば「映画のイドラ」をさらに固定し複製することになりかねない。

そこで極力、美醜の問題に触れないでマレーシア女性について語りたいと思う。ここでは、中国系、インド系マレーシア女性を除外し、イスラム教徒のマレー女性に限定する。

マレーシア女性とくにマレー人女性については、日本ではあまり語られていないように思う。日本人はマレー人女性にはあまり関心がないと思う。

それは、ひとつには、マレー女性が、外国人旅行者や駐在員等にとって安易な(即日交際を含めた)「交際」相手ではありえないからだろう。結婚相手としても簡単ではない。マレー人に棄教させるわけにはいかないから、男のほうがイスラム教に改宗しなければならないはずである。マレー人男性はたいてい割礼しているようなのでこれも必要になる。

マレー人とは何かについては、先ごろマレーシアのマハティール前首相が「東南アジアにルーツを持つものはみんなマレー」というような発言をしたのが報じられている。この定義でいくとフィリピン人もマレーになるし、台湾先住民やひょっとすると沖縄人もマレーということになりかねない。しかし、マレー人がひとつの人種あるいは血縁的な種族であったりするわけではないようである。「マレー語を母語とする東南アジア人で自分をマレー人だと思っている人」というのがマレーの一応の定義になると思う。

マレー人の肌は白いか黒いか。日本人は東南アジアの人間だから黒いだろうと思いがちだが、実際はそうでもない。沖縄に色白の人がいるのと同じように、根っからのマレー人にも色白の人もいるし色黒の人もいるようである。タイのモン系・クメール系の人たちよりは一般的にいってマレー人のほうが色白が多いように見える。(よく、タイの色黒の人を「マレー系」だといっている人がいるが、必ずしも正確ではないと思う。ミャンマー南部、タイ中部東部、カンボジアのモン系・クメール系は紀元前後にインド東部から移動したドラビダ系の諸民族といわれており、マレー人とは無関係である。)

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しかし私はやはりここで、マレー女性の美および美しいマレー女性について語りたい。

現代日本の女性美の基準にてらすと、かなり美しい人が多いように思われる。

日本でめかしこんだら相当の美人とみなされるような女性が、トゥドゥン(ヘッドスカーフ)をしっかりつけて伝統衣装にすっぽり身に包み、自分を特別美しいとも思っていないように地味にふるまっているので、さらに目を奪われる。

そして、ここでぜひ言及しておかなければならないことは、私がそんなマレー人女性にモテモテだということである。

これは大変当惑することである。

もっとも、私はどこに行ってもたいていモテモテなので、モテること自体に慣れていないわけではない。ただ、トゥドゥンをしっかりつけてバティクの伝統衣装にしっかり身を包んだピチピチの若い女の子に、茶色い大きな瞳で見つめられ、顔をあわせるたびにせつない表情で「ユーソーハンサム」と言われていると、どう反応したらいいものか困ってしまう。

伝統衣装に包んでいるとはいえ、20歳前後の娘の豊かな肉叢がしのばれる。

自分はそんなにハンサムなのかと思って鏡をのぞいて見ると、ビーチで汚く焼けてむくんだ薄汚い日本人丸出しの顔にしか私には見えないのだが、それをどうとるかは、見る人の自由である。

こういうことは、タイやネパールでもしょっちゅうあった。

私が女の子にモテモテであるということをこのブログを見る人は信じないだろうが、私はブログに書くようなことを口に出して喋ったりはしないのである。

ただ、タイの場合は少し困難な事情が伴いがちであった。

とても情熱的なタイ女性たちが切実な思いを私に寄せてくれて、私もそれを十分尊重してお付き合いしていたわけであるが、どういうわけか一定の時間がたつと、不思議なことに、彼女がお金に困る事情が生じて私が助けなければならないという状況が現れてくるというパターンが多かった。

そういうことがあると、彼女の純粋な気持ちには疑いがないし、それを十分尊重しようとは思っていても、私自身の心が汚れているせいか、なんとなく腑に落ちない気持ちが起きて、二人の間に心理的な壁ができてしまうのである。

助けてあげることによってその壁が取り去られるかと思いきや、援助すればするほどなぜか壁が高くなってくるような気がしたのである。

もちろん、彼女がお金に困っていることと、彼女が切実な思いを私に寄せてくれていることとはまったく別の問題であることはいうまでもない。

彼女が私を心から愛しているという事実(A)と、彼女がいまお金に困っていて誰かの援助を必要としているという事実(B)とは、どの部分をとっても互いに排斥しあうところはなく、矛盾なく並存しうるということは、賢明な読者は容易に了解するであろう。

これがタイ女性の場合である。

一方、美しいマレーシア女性と私の間にある壁はまず、彼女の美しさを際立たせているところのトゥドゥンと、同じくイスラム教ということになるのだろう。

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2006年5月20日 (土)

バチョクBachok、コタ・バル、クランタン州、マレーシア

バチョクBachokは、コタバルの近く。ローカルバスで一時間ほど。コタバルの大きいバスターミナルから11番、2B番などのバスで行ける。

ムラウィ・ビーチ Pantai Melawi

バチョクから10キロ近く離れたところにあるリゾート。わりと良いところ。バチョクでバスを乗り換え、またはタクシーで。どのビーチも週末はローカル客で混み合う。

(日記)

5月16日。

コタバルのAzamホテルをチェックアウト。バスステーションで11番のバスに乗る。バスは一時間ほどでバチョクのバスターミナルに着く。

ムラウィビーチまでタクシーで3リンギ(地元客は2リンギ。さらに週末だと10リンギ吹きかけてきて、運転手同士で価格カルテルを作って下げさせないようにすることもある)。

「リゾート」までだと5リンギだというので、とりあえず3リンギでムラウィビーチの一番近いところまで行ってタクシーを降りる。

海岸は美しく、波も高い。独立式のシャレーを探すが見当たらない。1時間以上、荷物を全部背負ったまま炎天下を探し歩いて、"Sri Melawi Chalet"というところに独立式のシャレーを見つける。あたりにはスカーフのマレー式制服を着た女子学生(大学生のように見える)がたくさんきている。

外国人ツーリストらしきものは見当たらない。

ようやく探し当てた独立式シャレーだったが、鍵が壊れていてダメ。

同じ"Sri Melawi Chalet"の中の、海に面した2軒長屋式コンクリートの部屋に泊まることにする。エアコンはないが暑くはない。ドアをあけると椰子の木2,3本を隔ててすぐそこに海があり、波打際まで100メートルほどしか離れていない。50リンギ。

なんとこのリゾートは夕食の食えるレストランが一軒もない。朝食にライスとチキンカレーが食べられる茶屋が一軒あるが、飯を炊くのは朝だけで、11時ごろには売り切れになる。別の茶屋で夜9時ごろからローティチャナイをやっている。この村の茶屋はこの2軒だけで、いつでもライスがあるちゃんとした食堂に行くには30分ぐらい歩かなければならない。

そのわりにシャレー(長屋式が多い)はたくさんある。平日のせいか、滞在客の姿は見えない。いっぱいきていた女子学生たちも帰ってしまった。茶屋の兄ちゃんの話だと、ここに来る客はみんな自炊をするのだとか。

海岸には丈の高い椰子の木が多い。椰子の実が落ちている。椰子の間を歩いていると、いつ上から椰子の実が落ちてくるかとひやひやする。部屋にいるとき椰子の実が落ちる音を聞いた。恐ろしい音がして衝撃である。

夕方波打ち際で、子供たちが乗馬の練習をしていた。小さい子供は子馬に乗っている。

激しい夕立があり、夜になっても沖のほうに稲妻が見える。海岸に面した部屋なので、夜中でも気が向いたときすぐに浜に出ることが出来る。人っ子一人いない。Not a soul was to be seen.という例文を思い出した。全く成長がないものである。若いうちにもっと勉強しておかないとダメだ。

波の音がこんなに騒々しいものだとは知らなかった。

夜11時ごろ部屋の鍵が完全に壊れていることに気づく。内側からロックすることも出来ない。人が少ないとはいえ、バイクのガキが通ったりするので安全とはいえない。カギが壊れていることを知っている者がいないとも限らない。

オーナーの自宅まで行き外から声をかける。まだ電気のついている部屋にいた息子が出てくる。寝ていたオヤジを起こしてもらい、部屋を隣に変えてもらう。当然のように一悶着ある。このオヤジはこのときはじめて会った人。チェックインのときに応対した女主人は出てこない。

この浜はあまり海臭くない。砂浜に貝殻はあまりなく、海草は全くない。人影のない、深夜の波打ち際に立つ。薄曇りの月夜はかなり見通しがきく。風が冷たいのでセーターを着る(セーターやジャージは東南アジア旅行で必要なもの=小汚い貧乏旅行以外)。裸足で波打ち際を歩くと空気より海水のほうが暖かい。

水平線の上に遠雷がしつこく光り続けている。雷のような音で波同士がもみ合っている。雷の音なのか波の音なのか本当は良くわからないが、規則的な音ではない。大きな生命がそこにあるという感じがする。簡単に納得など出来ないといっているようである。

沖から黒い波が盛り上がってくるのを見ると、得体の知れぬケダモノが海から襲いかかってくるような気がして本当に少し怖くなる。

17日。

午前十時過ぎに表に出てみたら、隣の浜に中学生みたいな集団がいっぱい来ていて、男女に分かれて座っている。わりと行儀良くしている。女の子はみんなスカーフつき。遠足か?

この村には2軒しかない茶屋。一方はコピ・オ50銭もう一方はなんと40銭。

夕方50銭のほうの茶屋に行く。誰もいないようなので、どうせ昼寝してるのだろうと思って奥をのぞく。ばあさんが、あの照る照る坊主みたいな白いトゥドゥンをすっぽり被ってベッドに座り瞑想のようなことをしていた。瞑想のような姿勢だったがお祈りのようだった。

夕方、部屋の前の寝椅子(タイのビーチでも毛唐が好んで寝転ぶやつ)でうたた寝していたら、ひどく物狂おしい気持ちになった。古文に出てくる物狂おしさとはこんな感じなのだろうかなどと思ったりした。

この浜の波は不規則に出来て不器用に砕けていく。私の記憶にある太平洋の波とはまったく違っている。黒潮の引き起こす波は、もっと正統的で折り目正しいものであったように思う。しかし、この不規則な波もまた自然の一部、というより自然そのものであることは否定のしようがない。それでも私はどうしてもそのことを素直に受け入れることが出来ない。

自然の中で完全な一瞬に出会ったとしたら、その一瞬はすべての経験に取って代わりうるものだろう。それによってすべての経験が報われ赦されるといえるのだろうか。

そのような一瞬を持った者は、もう何も言いわけをする必要がない。何も語る必要がないだろう。野心をもつ理由もない。語る必要のない人は、語る言葉も持たず、表現に関心も持たないだろう。

浜辺で網の手入れをしている漁師。彼がそのような一瞬を持たなかったとは誰も断言できない。手の届きそうで届かないことに苛立つ者が、多くを語り、あれこれ思いめぐらすのである。しかし、思いめぐらしたからといって核心に届くわけではない。本当にモノにした者は語る動機をもたず、そのような場所に立とうとも思わないだろう。(ブログなど作っているのはモノにしていない良い証拠だといえる。)

18日。

今日も朝から生徒たちが先生に連れられてビーチに来ている。ガキは好きではない。

オフィスに近い木造の大型シャレーに移る。

11時ごろ茶屋に行くと飯はもう終わっていた。ここが終わると飯を食うところはもうこの村にはなくなる。9時ごろからもう一つの茶屋でローティチャナイをやるだけ。しかし、私はあまり困らない。パンとミルクティーと水だけでも何とかやって行けることは行ける。

パンはいろいろ売っている。ブミプトラパンのようなのとか、変な餡の入ったのとか、腐っているようで腐っていないクリーム入りのとか。

しかし、やることもないので、常時飯の食えるレストランまで30分くらいの道のりを歩く。魚カレーのみだったが、やっぱり美味かった。

歩いて帰る途中、車で通りかかったシャレーの女主人に声をかけられる。コタバルまで行くので乗って行かないかと勧められる。面倒そうなのでいったん断ったが、強く勧めるので乗ることにする。

このおばさんは快活で、立派なわかりやすい英語をよくしゃべる人だが、信用のおけない人である。なぜ信用のおけない人かといわれても困るが、ツーリズムによくいるあるタイプにはまっていて、私はそのタイプを信用しないからというほかはない。

立派な英語で色々話をし始め、自分自身が旅行好きであちこち行くことを話したまではよかったが、やっぱり毛唐との付き合いを自慢し始めた。常連の毛唐客(オランダ人)と昨年ボルネオ旅行をした話などをしきりに得意げに話していた。

今は白人客は見当たらないが常連の毛唐がいるということは毛唐もこのひっそりとしたビーチに結構来ているということになる。

毛唐にはタイという「聖地」があって特権も与えられているのだから、タイで満足しているべきではないだろうか。静かなところにまで出てこないでほしいとあらためて思った。

このおばさんにボルネオの宗教について聞いてみた。おばさんは得意げに、ムスリムとクリスチアンと「無宗教」がいるという。「無宗教」なのは「ビコーズ、彼らがオラン・アスリ(マレーシアの山岳先住諸民族)だからだ」と揚々と語った言ったあと、しまったという感じで口をつぐんでしまった。まずいことをいてしまったと思ったのだろう。気まずい沈黙が訪れた。

英語が上手なように見せたがる人は「ビコーズ」を連発することが多いように思う。コーの発音も大切であるようだ(東部出身のあるアメリカ人の「ビコーズ」ははっきりと「ビカーズ」に聞こえた。また、それを誇示しているようだった)。確かにアメリカ人はビコーズを頻繁に使うようだが、それは英語の問題というよりも、物事にはなんでも合理的な理由がなければならないという西洋思想の強迫観念から来ているのではないだろうか。

どうでもいいことだけど、私はどうしても「ビコーズ」が言葉として好きになれない。だから、「ビコーズ」を連発する人、揚々と「コー」を発音する人も好きになれない。私は、英語的には変かも知れないが、しゃべるときにはthatやwhenでごまかすか、日本語式に理由を先にもってきてandでつないだりして、ビコーズを避けることが多い。それはたんに「ビコーズ」が嫌いだからである。

おばさんが、「無宗教なのは彼らがオラン・アスリだから」と言ったあと、「しまった」という感じで沈黙してしまったのには理由があると私は思う。彼らにとって「宗教」とはアブラハム系の3宗教のことであって、それ以外のものは宗教ではなく、「啓典の民」(旧約聖書を共有する人たち)以外の者は「無宗教」なのだろう。この基準で言えば日本人も無宗教ということになる。そして、「無宗教」であるということは彼らにとっては「野蛮人」と同義なのだろう。

ここで連想するのはネパール人のこと。上位カーストのアーリア系ネパール人たちは、「われわれは同じ(優秀な)アーリア人だ」(「アーリアン」という言葉は欧米ではそれを口にするだけで問題になるだろうが、ネパールでは田舎の人も普通に使っていた)と言って、ドイツ人を中心とする白人たちと互いに媚びあって喜んでいるようであるが、それと同じように、白人にへつらうムスリムたちも「同じ唯一神を信仰している啓典の民だ」といって白人キリスト教徒たちと一緒に媚び合っているのかも知れない。このおばさんはスカーフをしているが、娘たちにはさせていない。

このおばさんはやたらインドネシアを馬鹿にしたようなことを言い、インドネシアは貧しい国で危険だが、タイは豊かだからさほど危なくないようなことを言っていた。まるで、白人の言うことをそのまま復唱しているだけのようだが、同じ系統の言葉を話すイスラム教徒の多い「格下」の国として、インドネシアを蔑視しているようにも見えた。しかし、物価から言えばインドネシアよりタイのほうが安いと思うし、インドネシアのほうがタイより貧しい国だとはいえないだろう。

豊かそうに見えるタイの方が物価が安いのは、ひどく貧しい人はタイの方が多く、そのような貧困層が身分的に固定しているからである。彼らの奴隷的低賃金と不安定で不明朗な社会的地位(特に少数民族と「合法」外国人就労者)が、金のあるタイ人の豊かさを支え、バカパッカーの貧乏ゴッコや白人ツーリストの横着三昧を支えているのである。

わたしはなんとなく、イスラム過激派が白人キリスト教徒に対してよりもむしろ、親欧米的なイスラム教徒に対して、よりいっそうの激しい怒りを向けることの理由が、少し理解できたような気がした。私の国際理解はこれでまた一段と進捗したといえよう。

途中で女中と旦那を拾って、運転が旦那に変わる。旦那の経営するコタバルの会社に用があるらしい。

コタバルに着いてなんとか解放してもらう。このおばさんたちに付き合うのは面倒くさい。インターネット屋に行ってブログに記事を書いたりする。自分で戻れるからもう大丈夫です、と何度行っても聞いてくれない。コタバルにいるから帰るときには電話をするようにと携帯番号を渡される。これでまた、時間を気にしなければならなくなった。

おばさんの常連客の毛唐たちもこんな付き合いを我慢しているのだろうか。それとも彼らはこういう付き合いが好きなのだろうか。彼らは私以上にあれこれ誘われて忙しい思いをしたはずである。

2時間ほどコタバルのネット屋で過ごす。言われたとおりに公衆電話から携帯にかけるが、ひどい雑音で使い物にならない。数日前まで泊まっていたAzamホテルのフロントに行き、顔見知りの女の子にフロントから電話を掛けてもらう。30分ほどAzamのロビーで待たされる。そのあとも買い物に付き合わされる。外はひどい嵐になるが、この人たちは雨の中を出歩くのが平気らしい。誰も傘を持っていない。スーパーの前で私に一緒に来るかと聞く。土砂降りのなかを数メートルも歩きたくないので断り、車の中で待つ。こういうつきあいの時間が一番ばかばかしい。車に乗って国道を走り大型スーパーに行くようなことは、どこの国でやっても同じである。

けっこうたいへんな一日だった。どこでもそうだが、現地人とだらだら付き合うのは避けたほうがいい。それは旅行の楽しみではない。どの国でも、そうまともな人間がひょこひょこと外国人と付き合いたがるわけがない。人種民族を問わず、やたら外国人に興味をもつというのは、おそらく人間の卑しい部類に属する感情なのではないだろうか。いずれにせよ、旅行者としては、こういうツーリズムの人間ではない地元の人たちとごく浅く付き合いながらいろいろ観察しているのがいちばんであろう。

19日。

さっそくもとのシャレーに戻る。こちらの方がまだ幾分静かだし、やはり海が目の前というのは魅力である。

週末が近づいて人が増えてきた。朝から泳いでいるのもいる。一昨日私も泳いだが、波が強くてちょっと怖かった。怖くて沖には行く気になれない。

イラマ・ビーチ Pantai Irama

炎天下をスリ・ムラウィからバチョクまで歩く。もっと短い距離かと思ったが、10キロぐらいあった。バチョクまではタクシーもない。観光地図に載っているイラマビーチを見ておきたかったからだ。もし良さそうだったらそっちに移ろうかと思っていた。

パンタイ・イラマはバチョクのバスターミナルのすぐそば。花やしきのようなノリの遊園地のようなものがある。回転木馬や空中をぐるぐる回るやつなどがあり悪趣味な絵がペンキで書き立てられている。全体にくすんだ懐かしい雰囲気。昔、田舎のデパートの屋上にはこういう感じの施設があったりした。ローカル客が楽しむ場所のようだ。長屋式のシャレーのようなものもあるにはあるが、「リゾート」という雰囲気ではない。

ムラウィに帰るタクシーは金曜のせいか10リンギなどとぼってくるので、バスを使うことにする。ムラウィ行きのバスはなかなか来ない。

コタバル行きのバスは多いので、コタバルに行くことにする。パスポートは持っているのでコタバルに泊まることにした。金曜なのでスリ・ムラウィも満室になり、コタバルのホテルのほうが静かになりそうだから、そのほうが快適かもしれない。

コタ・バル

Azamホテルは今日も明日も満室。

隣のスリヤホテルのデラックスルームにチェックイン。112リンギを100リンギに負けてもらうが、Azamの90リンギの部屋より古くて汚く狭い。デラックスといっても少しもデラックスではない。

フロントの姉ちゃんに、スリ・ムラウィ・シャレーの女主人に電話してくれるように頼む。2晩コタバルに滞在することにし、シャレーはそのままキープしておいてもらうように頼んでもらう。自分で話すと「なんで」ということになり、面倒なので、フロントの姉ちゃんに丸投げした。部屋代は2重に払うことになったが、そんなに大きな額でもない。

エアコン・ホットシャワー・テレビはある。コタバルのホテルはタイのテレビが映る。今日は金曜なのでiTVで日本のドラマの吹き替えをやっているはず。国仲涼子の出てくるやつ。なんとかチューニングしようとしたがなぜかiTVだけはほとんど映らない。ほかの局は何局も映っている。

20日。

通りを隔ててAzamホテルの真向かいにあるBunga Rayaというゲストハウスの45リンギの部屋に移る。エアコン、トイレ・シャワー付き。ただしコールドシャワー。

清潔だが、部屋の壁はベニヤのような薄い板。タイプからして毛唐がたくさん来そうな宿ではある。しかし、やや割高なせいかあれた雰囲気はない。兄ちゃんも感じがいい。もう少し安いところはファラン丸出しの毛唐だらけ。そういうところは番人もタイ人のようにアジア人ツーリストなど完全に無視していたりする。

来週末のためにAzamを予約しようとしたがすでに「フル」だといわれる。(ただ、ここは後で直前に行ったらなぜか部屋があいていた。ブッキングの仕方がへたくそなのだろうか。ホテルは普通オーバーブッキングすると聞いていたが。)

ちなみに、タイのゲストハウスで「フル」だといわれるときは、お門違いのところに入り込んだ可能性もある。白人専門とか、イスラエル人宿とか、オランダ人宿とか、いろいろあるようだ。田舎のフランス人宿に迷い込んだことがあるが、3月の一番暑いときでがらがらだったせいか泊めてくれた。売春婦あがりらしき女主人とファランハーフのつんとした娘がいてメニューはみんなフランス語というところだった。

21日。

Bunga Raya「別棟」は、私以外誰も泊まっていなかったようで、夜も静か。別棟(よく見ると別の名前の看板が出してある)にいくつも部屋があり、こぎれいなロビーがあるが、そこには"Please Silence"(まま)という張り紙がしてある。ホテル事情の悪いコタバルで土曜日の晩もがら空きというのは、客も自分にふさわしい宿を選ぶということだろうか。しかし、たまたま毛唐が押し寄せて来ていなかっただけかもしれない。

バチョク ムラウィ・ビーチ(スリ・ムラウィ・シャレー)

午前9時過ぎチェックアウト、ネット屋で少し暇をつぶしてから、バチョク行きのバスに乗る。バチョク行きのバスはバスターミナルの少し離れたところから出るので聞き回らないとわかりにくい。

バチョクからは23番のバスでムラウィビーチの近くまで。そこから一時間近く歩いてスリ・ムラウィ・シャレーに戻る。

部屋はそのままキープされてあった。女主人は相変わらず調子よく、食事に誘ったりするが、とてもこの人たちと飯を食う気にはならない。何を考えているのかわからない。マレー語でしゃべっているときの語調から推測すると、ずいぶん回りに威張りちらしている人という感じである。このあたりの大地主なのだろう。

ひどく蒸し暑い。

22日。

天候が優れないせいか、気分も優れない。

午後、茶屋へ行くと、小さな女の子2人がじいさんの指導でコーランの詠唱の練習をしていた。覗いてみると、アラビア語の原典をちゃんと読んでいた。こういう学習は本当に大切なものである。戦後の日本の教育では否定されてきたものだ。はっきり言ってテキストは何でも良い。

人間は「白紙」の状態では何も考えることが出来ない。実はモノを見ることすら出来ないのである。目から入った光をある像に統合するのは脳の働きである。先験的な制約や型というものがどれほどあるのかはわからないが、いずれにしても、われわれは最初に頭に叩き込んだ物事を土台にして、それを批判したり延長したりしながら、自分自身の思想を形成していくのだろう。

「批判」からモノを始めることは決して出来ない。最初になければならないのは「措定」というものである。何も持たない者は何も批判することが出来ない。

したがって、どんな本でもいいから子供のときに叩き込まれる「基本書」を持つことはそれだけで価値がある。子供のときに教育勅語を暗記させられるということは、当人の知性涵養のためにも、批判力養成のためにも、自由な思考力のためにも価値があり有効であったのである。戦前の知識人と戦後の知識人の創造性や思考の自由さを比較してみればわかるのではないだろうか。戦後の日本が「思想家」と呼べる人を持っただろうか(大江健三郎とか言わないでほしいところである)。自分は自由なつもりでも全く真似事しか出来なくなってしまったのが戦後の知識人ではないだろうか。最初から白紙のままで何でも好きなことを考えなさいといって放り出されるだけなので、批判力などとうてい身につけることが出来ない。最後に残った措定である自己の存在を否定して自殺するか、外界の存在を否定してとりあえず何でも反対の自虐的反体制に走るかしかない。「打ち砕くべきクビキ」すら持たせてもらえなかったのがわれわれである。

この問題はこういう憂国的な話ばかりでもない。もっと実用的なことがある。司法試験に超短期で合格したある人は、勉強を始める前に一ヶ月くらい前に東京の街を歩き回ることに専念するという方法を取ったという。勉強は一切せず、ひたすら都内を歩き回り電車の駅や街の風景やこまごまとしたものを頭に叩き込む。頭の中に具体的な地図を作り上げる。そして、あとはその一つ一つの要素に処理すべき概念や要件効果などをつないでいくのだという。

私は、これは記憶だけの問題ではないと思う。われわれの思考力や想像力の基礎には必ず何らかの地図があると思う。われわれは何らかの原初的な地図を土台にしてそれを取っ掛かりに雑多な表象を概念にまとめ上げて分類整理したり論理操作したりするのだろう。日常生活もそのようにして営まれている。そのようなプロセスにおいて地図の上にさらに地図が生じ、積み重なってより豊かな表象を喚起する。

幼い時に理屈抜きでコーランを暗唱した人には、コーランが強力な地図を提供する。

この地図は、要素が多いほうが多くの概念を関係させられるから有効だが、論理的に首尾一貫している必要は全くない。むしろ理屈が通っていないほうがいい。理路整然と首尾一貫したものは、容易に抽象的な概念に要約されてしまい、土台として役に立つ地図ではなくなってしまうからである。

つまり、矛盾だらけでよくわけのわからないものを理屈抜きで暗記して頭に叩き込んでおくことが、かえって豊かな想像力や思考力の土台を作るのだと思う。

この意味で、コーランや聖書や、意味のわからない漢籍などを子供に暗唱させることはますます有効である。これらの書物はたいていは面白くなく、わかりにくいものだからである。

23日。

夕、日が沈んでからまた泳ぐ。夜は珍しく星がよく見えた。

24日。

茶屋でコピを飲んでいるとき、毛唐が2人荷物を積んだ自転車で通っていった。地図を見ながらうろうろしている。この村で毛唐を見るのは初めてだ。どこまでも浸蝕し汚染しなければ気がすまないhivのような連中。毛唐がいるだけですべてが根底から汚染される。

この意見に同意しない人は、まずタイ王国(藁)に行って、素直な目でそこにいる毛唐たちの生態を観察してもらいたい。麻痺しない程度に。

夕方、大量のマレー人の学生グループが同じ長屋式シャレーに入って大騒ぎになる。毛唐が2、3人来るよりはましだが、静かな場所を求めてここにきている自分としては、もうここにいる意味はない。

金持ちの「プライベートビーチ」というのはいかにもイヤらしいように聞こえるが、そういうのを持ちたい気持ちになるのはわからなくもない。人がいないときはこの海岸をほとんど私一人で独占して、この自然を存分に満喫し、暗くなってから全裸で泳いだりもしていた。いったんそういう状況の味を覚えると、あとでほかの客が入ってきたときに自分の領分が侵されたように感じてしまうのだ。

夕方チェックアウトする、今日の分の宿代はもちろん戻らない。

予想通りだが、女主人がうるさい。このおばさんはどうでもいいことをしゃべりすぎる。私の勝手で出て行くだけで、マレー人の学生グループが入ったことに文句をつけているわけではないのに、盛んに言い訳をしようとし、それが終わると、あなたの自由意志だからなんたらかんたらとぐちゃぐちゃ言っている。最初から自由意志に決まっている。

多くの場合、後進国の人間は、英語を覚えると言い訳ばかりうまくなる。言い訳をするために英語を勉強しているようなものだ。その結果「ビコーズ」を連発する。言い訳をする必要もないときに散々言い訳を聞かされると逆に腹が立ってくる。このような言い訳英語の人たちは、英語を使って外国の知識を仕入れ、それを応用し、改良して、新しいものを作り、新しい価値を生み出そうというような考えからはほど遠い。

女主人の娘が、車でバチョクのバスターミナルまで送ってくれる。

バスの窓から看護学生のグループが見えた。白いズボンとシャツの上に、マレー人は白いトゥドゥンだが、インド系の女の子は世界共通の看護婦の帽子をしていた。

コタバルに着き、念のためにAzamホテルに部屋があるかどうか聞いてみると、窓なしの部屋だけがあった。先週聞いたときは予約が入ってフルだといっていた金曜日もあいていた。

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2006年5月12日 (金)

「アジア」とは

「そんなことを言っているとアジアの中で孤立しますよ」とか「アジアの人々」とか「アジアのかわいそうな子供たち」(ちょっと古いけど)とか、「アジアの人たちの気持ちを考えて」「アジアの人たちは日本がやったことを忘れていない」などとしばしば語られる。

こういうときの「アジア」とは何か。

私は今、マレーシアのコタバルという町にいる。この町は、日本軍が英領マレーに「侵攻」したときに最初に上陸したところだという。

日本軍はこの町から破竹の進軍を始めて、マレー半島を南下し、最後はシンガポールを陥落させて、シナ人住民を「大虐殺」したというのが、日本の学校で教えている「物語」である。

日本軍が上陸したのだから、コタバルの町でも「大虐殺」をし、女を強姦しまくったに違いない、と反射的に考える、というのが私自身が学校で学んだ発想法である。

私が「レイプ」ということがらについて学んだのは、このような「歴史教育」においてだった。中学生くらいのときに「南京大虐殺」について教わった。たいへんドキドキし、怒りと欲望とが交差しながら同時に突き上げてくるようなショッキングな経験だった。

私はそういう因縁のある町を訪れるときはどうしても構えてしまう。

しかしながら、現実にコタバルに来てみると、ここの人々は日本人の私にとっても親切にしてくれる。もちろん、日本人と知りながらである。日本人を恨んでいる様子はまったく見えない。ここは本当に、隣のタイなんかよりずっと親日的な雰囲気があると思う。少なくともマレー人はそんな感じである。

どうやら、日本軍はコタバルでは「大虐殺」や強姦はしなかったようである。

私の見るところ、マレー人の娘なんかに変な手出しをしたら、即刻親兄弟に殺されてしまいそうである。日本軍がもしここで強姦なんかしていたら、恨みとかハンとかじゃすまなかっただろう。

なぜ私がこんなに「強姦」にこだわるかというと、私は子供のころから学校や「朝日新聞」や「世界」などで、日本軍=銃剣で強姦、というイメージを叩き込まれて、長い間それを信じていたという事実があるからである。

私にとって「アジア」とは、長い間「日本兵、銃剣、強姦、慰安婦狩り、泣き叫ぶ無辜の民、犯した娘の写真を撮って喜ぶ日本兵」たちの修羅場のことだった。中学生くらいからそんなことを教え込まれたので、それがトラウマのようになり、性について屈折したイメージを持つようになってしまったかもしれない。

私は「アジアの女性たちを銃剣で狩り出し強姦した」日本兵に強い怒りを抱き、それを断罪する発言をしながらも、ひそかにそのような性のあり方を知り当時は誰にもいえない強い興奮を覚えた。

わかりやすく言ってしまえば、もし性欲を完全に解放してもいいのなら、私としてはぜひとも日本兵の軍服を着て銃剣を突きつけて処女をレイプするようなプレーをしてみたい、そこまでするのが本能に忠実な人間の姿に違いない、という妄想を抱くようになった、と思っていただいてかまわない。

私と同じ教育を受けたものがみんな私のようになってしまったわけではないが、そういうトラウマを抱えるようになったものもなかにはいると思われる。

私は「三光作戦」や「百人斬り」なんてのを信じていた。強い罪の意識と同時に、ひそかな興奮を覚え、誰にも言えない欲望を抱えるようになり、その欲望がまた「罪」を再確認させ、自分が日本人であることを恥じ、「日本」および「天皇」にたいする呪詛の言葉を当たりかまわず投げつけるようなことをもした。

私は、日本は一日も早く滅んだほうがいい国家なのだと10代のころ本気で思っていた。

で、「アジア」とは何か。

日本人が「アジアの人々」とか「アジアで孤立しないために」などというときの「アジア」は、「東北アジア(中国、朝鮮)と東南アジア」だが、その東南アジアからは「インド」と「イスラム」の要素が除かれるようである。

要するに、和辻哲郎の「風土」の分類の「モンスーン」の範囲に入るような文明と言うことになるのだろう。「イスラム」は砂漠の文明だからここでの「アジア」ではない、「インド」もアーリア人の文明は牧場か砂漠かの文明に属し、日本の属する「アジア」ではないということになる。

このような枠組みを暗黙の了解にして「アジア」を語る人がいまでも多いのではないだろうか。

和辻の「風土」は本当はこのような客観的存在の分類ではなく、「人間学」的了解であって、結局は、彼がその風土においてどのように自己を了解しうるかという形で循環する自己認識の形式のようであるが、そうだとしても、否そうであるならなおいっそう、われわれがここで「アジア」として概括したものはおよそ和辻が「モンスーン」として了解するものに重なるものだと考える。

ちなみに榊原英資とかのアジア主義の「アジア」からイスラムやインドの要素が外されるのも、その「アジア」が実は彼自身の「人間学」的な自己了解の形式に過ぎないからである。

これに対して、大川周明という人の「アジア」観はずいぶん違うようである。大川周明といえば、学校で習った知識では、戦前の右翼思想家で「アジア主義者」、北一輝、頭山満、井上日召などと並んで(受験的に並んで)名前が出てきたような「悪いやつ」というイメージしかなかった。

大川周明は最初インド哲学を専攻し、その後、イスラム教を熱心に研究するようになり、満鉄の研究機関や回教圏研究所に関与し、「意識と本質」の大学者・井筒俊彦のイスラム研究を支援した。井筒俊彦は日本でより海外で評価の高い大学者で、すごーく(普通の人の1000倍くらい)頭の良い人だが、大川と関与したせいか戦後の日本での評価はいまいちぱっとしないようである。大川が戦前に集めた大量のイスラム研究の資料はGHQに接収されていまでも行方がわからなくなっているという。戦前までの日本のイスラム研究の業績は、学者の頭の中に残ったもの以外全部アメリカに乗っ取られてしまったということになる。

大東亜共栄圏の建設による白人支配からのアジア解放を夢見たアジア主義者の大川周明が、これほど熱心にイスラム教を研究したのはただのムスリム対策のためだろうか?

そうではなく、むしろ、彼はイスラム教やイスラム文化の中に、西洋白人文明に対抗しうる「アジア」を見出したのではないだろうか。この辺は、大川周明の本を一冊も読んでいない私としては単なる憶測である。

井筒俊彦の「意識と本質」は、存在の深層に入っていく修法(瞑想法)についてもかなり具体的に論じている本であるが、イスラム教やその神秘思想にも多くのページが割かれていて、その副題は「精神的東洋を索めて」である。

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2006年5月 7日 (日)

コタ・バル Kota Bharu クランタン州 マレーシア

バスステーション付近に安宿が多い。去年泊まった宿は見つからなかった。

バスステーションに近い、Azam Hotelというところにはいる。一泊90リンギ。エアコンホットシャワーつき。

Azam Hotelはフロントに若いムスリムの女の子が何人もいて、ニコニコ愛想がいい。

しかし、こういうところに限って夜になるとブスっとしたオヤジが番をするものである。昼間の気持ちで帰ってくるとがっくりするが、しかしそれはやむをえない。

ところがこのホテルはかなり遅くまで若い女の子が番をしていた。

とはいっても、タイの田舎のホテルのように、フロントの仕事をしている女の子を自分の部屋に連れ込んでどうこうするようなことができないことは言うまでもない。そんな習慣の方がどうにかしている。

ホテルの前でさっそく毛唐見る。久しぶりに見る毛唐。スリ・トゥージューで10日間毛唐から「自由」だった。

外から毛唐ババアが人をにらみつけてくる。

やっぱり大東亜戦争は必要だった。

その近くの安宿を覗くと毛唐がロビーにたむろしている。

Azam Hotelに並行するとおりにはネット屋が何軒かある。日本語がかけないところが多い。コタバルでも、人はわりと親切なので、頼むとできる人はダウンロードしてくれることもある。よくわからないが機械によって失敗することもある。

ネット屋にはタイから来た白人も来る。言うまでもなく最高に無作法で、サルマタのままのような格好で来る白人男もいる。甲高いアメリカ英語を建物いっぱいに響かせていきなりHow muchから始める白人女。

コタバルはクランタン州だが、タイに近い都会なので、風紀も悪くなる。街角ではポルノの密売人が白昼堂々荷を解いて商談している。

Azamの近くにTourist Kioskという小屋があり、Backpackers Room in the Hotelsというのを紹介している。25MRからということ。こういうのはタイツーリズムの延長という感じがする。タイ式の汚い毛唐をクランタン州にも導入したいのだろうか。

去年安宿に泊まったときは白人など見なかったが、ここも増えているようである。

夜、セブンイレブンでアジア女連れの白人を見た。クランタン州でこんなのを見るのは初めてだ。

売春宿が禁止されているところで、売春婦を堂々と連れ歩くことが認められるのは奇異である。

コタバルのテータリクは値段の割りに量は少なく味は悪い。コタバルのレストランはしょぼい。スリ・トゥージュー・リゾートのほうが味も値段もよかった。

コタバルにはリクシャ(べチャBeca)もある。

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パンタイ・チャハヤ・ブラン(ビーチ) Pantai Cahaya Bulan(P.C.B beach), スム・アピSemut Api

コタバルからパンタイ・チャハヤ・ブラン(スム・アピ)への行き方。

コタバルのSuria HotelやAzam Hotelの方から見て、長距離バスステーションを越え、その向こうにある真新しいマーケット(岡山県カサオカ市とコタバルが共同で立てたちいさな『時計塔』のある公園のようなところ)の中を通り抜け、さらにBuluh Kubuを超えたところにある小さなローカルバスターミナルで10番のバスに乗る。

バスの運転手にパンタイ・チャハヤ・ブランと言っておき、ビーチの前まできたらブザーを押す。ブザーを押さないと戻ってきてしまう。4,50分で着く。

平日のせいか、閑散としているが、リゾート(シャレーが並ぶ)のほかにゲストハウスも何軒かある。リゾートは海のすぐ近く。スリ・トゥージュー・ビーチより広々とした海岸ではある。今日は人が少ないが、スリ・トゥージューよりはメジャーな雰囲気が漂っている感じ。こちらの方が水は澄んできれい。砂が多い浜で、あたりは砂だらけ。

クランタン州で最も古いビーチリゾートだと書いてある。

海もきれいだし、椰子の木も茂っていて、環境はとてもよさそうなところ。しかし、なぜか心をそそられない。俗っぽい感じがする(ビーチはそもそも俗っぽいが)。

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2006年5月 6日 (土)

スリ・トゥージュー・ビーチ クランタン州 マレーシア Pantai Seri Tujuh, Kelantan

一日目。

マレー鉄道トゥンパッTumpatの駅からタクシー5リンギで、スリ・トゥージュー・ビーチ(Pantai Seri Tujuh)の公営リゾートに着く。付近には個人経営の宿もある。

「スリ・トゥージュー・ビーチ・リゾート」は立派な門のある公営リゾート。客はほとんどマレーシア人でマレー人が多いように見える。平日は客は少なく閑散としている。

公営リゾートのエアコン付シャレーに入る。定価一泊75リンギのところを平日ということで65リンギに負けてもらう。

ビーチといっても日本の太平洋岸の海水浴場のような遠浅の浜があるわけでない。

海の生臭い匂いがするのは、海だから仕方がない。

海に近いシャレーに入ったので、歩いて5分で浜に出られる。海岸に出てみると思ったより遠浅だった。砂もある(それほど細かくはない)。

平日昼間のビーチには人っ子一人いない!これはすばらしいこと。

せっかくなのでパンツ一丁になり、少し泳いでみる。水は生ぬるく、濁っているが、汚いという感じはしない。油も浮いていない。

どこまで歩いても、水かさが深くならない。海水はとても辛かった。

ビーチに毛唐がいないということは本当に良いことである。このビーチには毛唐が一人もいない。

白人はなぜか、特にビーチに来ると、その人種主義的本性をあらわにする。クロヌラビーチの事件に象徴的なように、「白人だけの場所」あるいは「売春婦と従僕以外は白人のみ」という環境を作りたがる。「ビーチは白人のもの」という意識が、植民地主義時代以来の彼らの文化的伝統になっているようだ。

ここには今のところ毛唐も売春婦もいない(売春婦がいないのは当然だが)。それにしてもここは暑い。

ここからいちばん近いタイ国境は、Pengkalan Kubor(プンカラン・クボール、プカラ・コボー)で、表通りから43番のバス。

コタバル行きのバスは27番。(しかし、バスは少ないし、飛ばしていて止まってくれないこともある。)

タイ国境はここから3キロしか離れていないという。

夜の砂浜は明かりひとつなく、人っ子一人いない。この海は日本のほうに続いている、などと感傷に浸ることもできる。

深夜1時近くリゾート内のまだ開いているレストランで、「フマキラー」はないかと聞く。「モスキートーコイル」とかいうより、フマキラーとかバイゴンとか商品名を言うほうが通りやすい。2軒目の人が、すぐにバイクでどこかに買いにやらせてくれた。そして実費しか取らなかった。

蚊はあまりいないが、蟻は多い。

二日目。

未明4時ごろ、リラックスしすぎたのか、変な夢を見て怪我をした。

俺の部屋の中を白い車が通っていく。変だなと思ってみると、部屋の真ん中に隣の部屋の奴の車の通り道ができている。隣との間の壁に車の出入り口があるのに気づかなかった。

出入り口はちょうど車が通れるくらいの大きさで、白いペンキを塗ったコンクリートともプラスチックともつかない枠があり、枠には溝がついていて上から鉄扉でも下ろせるような形になっている。

その出入り口から隣の部屋のほうに自分の書類などがはみ出していたのであわてて回収する。

車の男は2人で、ひとりはまだ子供のようで、大きいほうの若い男はニヤけた奴だった。

そこで、そんな出入り口は閉めるようにと、大きいほうの男を捕まえて説教したが、その若造が生意気に反抗するので、両手を捕まえて思い切りケリを入れてやった。

気がつくとベッドの横のコンクリートの壁に本当に思い切りケリを入れていて、泣きたくなるくらいに痛い。右足のつま先にケガ。親指の爪が黒くなってぐらぐらしている。足の指三本の甲から出血。指の付け根の関節も痛めていて、痛くて歩けない。

ケリを入れたりする前には、それが現実なのか夢なのかよく考えなければいけないと思った。現実ならいいが、夢の中だとあぶない。ひどい怪我をするかもしれない。バンドエイドを持っていてよかった。

夢を見ているときは、脳が活発に働いている一方で身体は休んでいると聞いていたが、身体もちゃんと夢のとおりに動くことがあるようだ。

私は生来温和な性格でケンカなどしたこともないのに、眠っていながらケリが入れられるとは思わなかった。

このあと一週間足を引きずることになる。今も痛い。

リゾートの滞在を延長するが明日は予約が詰まっているという。週末は一週間前から予約が入っているようだ。足が痛くてまともに歩けないが、どこかに移らなければならない。

このリゾートに予約なしに来るなら、平日のみということになる。

大通り沿いのリゾートの門のすぐ隣に宿を見つけ、明日入る約束をする。口約束。「シャレー」といっているが、タイなどにもよくあるような長屋式のコンクリートのゲストハウス。

プンカラン・クボール(Pengkalan Kubor)からタクバイ(Tak Bai)

せっかく近くに国境があるのでちょっと越えてみることにした。国境を越えてもマレー人の町だろうし、国境の町というのはどこでもそれなりの魅力がある。みんなのそわそわした気持ち、期待感、文化の隔絶間などが国境の町の独特の雰囲気を作るのだろう。

大通りからタクシーでプンカラン・クボールPengkalan Kubor(プカラ・コボーみたいに発音している)のイミグレのところまで行く。カメラを持ってくるのを忘れたので、引き返し、もう一度で直す。片道5リンギ(4リンギまでは負けてくれる)。

タイ側の町はタクバイTak Bai

プンカラン・クボールのイミグレはマレー語表示のみ。簡単に手続きを済ませ、はしけで川(河口)を渡る。はしけは1リンギ。

タイ側に上陸するとすぐに市場がある。閉鎖されたイミグレはなく、このまま入国手続きをしないで国内に入っていくことも物理的には可能(バスなどで必ず警察のチェックがあるだろうが)。

市場を通り抜けて、少しはなれたところにあるイミグレオフィスまで出向く。このときはまだ、この町の名前を知らなかったので、タイのイミグレ役人に聞いた。

タクバイのイミグレはごく簡素なものだが(ピブーン・マンサハンとかと同じような)、顔を写すカメラと光で指紋を読み取る機械がおいてある。

多くのマレー系の人々(国籍はわからない)が行列していて、その機械に指を押し付けられている人もいる。全員ではない。タイだからどうせ「見た目」で決めているのだろう。タイ側では待たされた。

しかし、全体としてタイにしては控えめなボーダーだと思った。タイ国旗もそれほど目立たない。

メーサイのように「タイ王国」の権威を全面に押し出した感じではない。この地域でそんなことをしたら本当に多数派住民の反感を買うだろうし、こちらのほうが豊かな人が多いからかもしれない。というより、メーサイが背後に、より深刻な矛盾、より苛酷な抑圧を抱えているからこそ、ああいう派手な演出をして、毎日国歌を流して忙しく働いている人々を立ち止まらさせたりしなければならないのだろう。

この町の会話はマレー語が基本。

タクバイの市場のごちゃごちゃした雰囲気はタイそのものだが、マレー語の表示が目立つ。アラビア語も。

国境を越えただけで、急に、貧しい国に飛び込んだという感じがする。

レストランでは、「コピ・オ」は何とか通じるが、「テー・タリク」は通じない。「テー」は何とか通じるが発音条件がより厳しくなるようだ。マレーシアのような泡立たせたテータリクはなく、「テー・スースー」になる。「テー・スースー」は通じた。

言葉が通じなくても、マレー人の女の子は、タイ人のように「ハアー?」とはやらず、しかめっつらもせず、ニコニコしている。

タクバイからいちばん近い大きな町はナラティワトで、30キロくらい離れている。地図で見るとスンガイ・コロクも同じくらいの距離に見えるが、町の人に聞いても役人に聞いてもナラティワトが近いという。

一時間ちょっとぶらぶらして、飯を食い、コピやテーを飲んだりしてから帰る。帰るとき、ムスリム女性のガイドを連れた毛唐女が一人上陸してくるのにかち合った。

タイ出国のときのイミグレ役人は気持ちの悪い典型的なタイ男だった。恫喝するような口調でWhere you stay?と聞く。その後も、ネチッとした感じで何度も私の名前を読み、「ジャパン、ジャパン、、、」とネチネチいつまでも言っていた。

あの変な屈託に満ち満ちたタイ土人のネチネチ感は、タイを経験した(タイヲタ以外の)人ならピンと来るのではないかと思う。

タイに悪いことはいろいろあるが、タイにどれだけ耐えられるかを最終的に決めるのは、あの粘液感にどこまで耐えられる人間かということではないかと私は思う。

タイに滞在していてマレーシアに出てデイリターンでもするものと思っているようだった。「スリ・トゥー・ジューだ」と答えたが、意味が理解できないか、その名前も知らないかのどちらかのようだった。マレーシアに滞在して、タイにデイリターンというのも楽しいものだと思った。

マレーシアのイミグレは実務的で、何ヶ月滞在するかと聞くので、1ヶ月くらいと答えると、何ヶ月欲しいのかと聞きなおされたので、3ヶ月にしてもらった。エンバークメントカードは機械で作ってくれる。

パスポートのどこにスタンプを押して欲しいのかも聞いてくれた(これはよく国境を越える人にとっては結構重要な問題)。

タイ役人は、他の国が整然とスタンプを押してスペースを節約してくれているにもかかわらず、残り少ないページのど真ん中にバチっと押したりする(そうすることで「タイ王国」の威光を表現しているつもりなのか、単に頭が回らないだけなのかどうかはわからないが)。

タイは、罰当たりにも、日本国のスタンプにかぶさるように汚い青いスタンプを押してくることさえある。そのくせ、タイのスタンプが重なり合うことは異常に嫌う。

マレーシアはマレーシアスタンプが重なり合うことをいとわず、スペースを節約するような押し方をしてくれる。インドネシアは入国印のほぼ真上に重ねて出国印を押してくれた。タイ人の屈折した感情がスタンプの押し方にも表れているように見える。

あとでタイのイミグレが押したスタンプを見ると、入国期日の年度が2005になっている。滞在期限の年度は2006。よく見ると、2005の方は手書きで6に訂正している。出国のスタンプも2005を押した上で手書きで訂正している。

タクシー5リンギでスリ・トゥージューに帰る(4リンギでも可)。

タクバイの市場で完熟マンゴを4個買った。たった1.5リンギ(15バーツ)。「シップハー・バーツ」(15バーツ)というタイ語はまったくわからないフリをした。

「サットゥ・リンギ・リマプロー・セン」というのを聞き取ろうとしたが、クアラルンプールなどとは発音が違うようで、ちょっと難しかった。

彼らもマレー人なので、私がタイ語がわからなくても嫌な顔はしない。

マンゴはシャレーに持ち帰って、手で皮をむいてがつがつと食べる。エアコンに結び付けてちょっと冷やすとよい。よいマンゴだった。

タクバイの市場では、ライフルを抱えた兵隊がパトロールしていた。

コタバルからいちばん近いタイへの入り口はこのプンカラン・クボールということになる。タクバイからいちばん近い都市はナラティワト。ナラティワトから近いのはパッタニ。パッタニに近いのはヤラー。ここまでは健全な地域である(昨年一月ごろ)。ハジャイまで行くと売春婦連れの毛唐もいる。それでも北タイよりはずっとまともな地域。

夕方、ビーチに出る。地元の子供たちや家族連れが水浴びをしている。子供たちの歓声も波の音に消されて静か。本当に、海を見て立っているだけで気持ちがよい。海は嫌いだと思っていたが、必ずしもそうではなかった。

毛唐のいないビーチは、静かな「浜」に戻る。

KLCCのコーヒーショップなら、毛唐が「多いか少ないか」で雰囲気が変わるが、ビーチの場合には、「いるかいないか」、毛唐が存在するかしないかによって、その性質が根本から変わってしまう。

明日(週末)は釣り客がたくさん来るという。今日も中国系の女子学生らしいグループを見た。中国系の客がたくさん来ると、それはそれですごいことになるのかもしれない。

夜は7時過ぎまで明るいのに、朝は7時ちかくまで暗い。これはマレーシア時間のせいだろう。マレー半島だけから見ると、時間がちょっと早すぎる。マレー半島だけなら、タイより1時間早くする意味はない。チベットでは夜9時ごろまで明るかった記憶がある。北京時間を使わされていた。

「バカンス」という言葉にふさわしい、本当に何もしない生活。ただ、自分で痛めた足の養生に努めなければならない。

人も少ないリゾートでのんびりとすごしていると、ふだん表に出ないイメージや感情が湧き出してくることもある。ただ、精神分析が言うような性的なものはまったく表に出ない。

湾(河口)に面したリゾート内のオープンレストランで食事をしていると猫がたくさん寄ってくる。

チキンの骨を投げてやる。するといつも大きくて強い猫が取ってしまう。

弱い猫や若い猫はテーブルから落ちるパンくずにもなかなかありつけない。

少しはなれたところにいたやせた小さな猫のまえに、肉や軟骨のついた大き目のチキンの関節を投げてやった。その小さな猫は、その関節としばらく格闘しているが、不器用なのか力がないのか、食べきることができない。猫のくせにと思うほど、もどかしいほど力がない。

ちょっと目を離したあと、もう一度猫の様子を見てみると、変なことになっていた。

その小さな猫が自分の顔を前足でしきりに拭いている。猫が顔を拭くことはよくあるが、普通の拭き方ではない。しきりに拭き続けてやめようとしない。ふらふらとさまようように歩きながら、一心に顔を拭きつづけている。

目を移すと、骨を投げてやったところには大きな猫が鎮座して、私が小猫のために投げた関節を悠々と咀嚼している。

この大猫が小猫を襲って骨を横取りしたのだ。

私はカチンと来たので、この横着な大猫の無駄に太った横腹に、渾身のケリを入れてやろうかと本気で思ったが、周りのマレー人の目があるのでやめた。狂った日本人が猫を虐待しているとしか見えないだろうから。

やせた小猫はまだつらそうに顔をなで続けている。この痛みはどれだけ続くのだろう。猫の短い一生から見て、その長さはどれだけのものか。小猫はしばらくしてどこかに消えてしまった。

私が下手な情け心をおこして骨を投げてやったばかりに、この小猫は災難にあった。飢えよりもつらい痛みを受けることになった。

しかし、こういうことはいつものことである。これがこの世の中のルールなのだろう。

結局はみんな死ぬのだが、そこ