a.タイ深南部

2008年1月 1日 (火)

【タイ】スンガイコロクで同時爆弾テロ5発 有名ホテルのディスコ、駐車場など

31日の午前5時ごろ、クランタン国境のタイ領の町スンガイコロクで5つの爆弾が別々に爆発し、58人ほどの重軽傷者がでたという。

(タイ警察が発表するこういう人数は常に変動し、最後まで確定しないのではないかと思わせるものがある。確かに、タイという奴隷文化の国では、生きても死んでもどうでもいい人間というのが多いのかもしれない。マレーシアの英字紙New Straits Timesによれば2人のマレーシア人のほか56人のタイ人が負傷したということ)。

爆弾はRiviera Hotelで3つ、Marina Hotelで2つ爆発し、その他にGenting Hotelのディスコ外で不発弾が一つ見つかった。

Riviera Hotelでは、ディスコのスピーカーに2つ仕掛けられていたほか、ホテルの外に停車してあったバイクで1つ爆発、Marinaホテルではディスコと駐車場で1つずつ爆発し駐車場では車が何台か破損した。

Marina Hotelは私も泊まったことがある。周りにこぎれいな売春婦斡旋バービアがひしめいていた。ここで拾った女をホテルに持ち帰るのである。

Genting Hotelは警備が厳重なので安全だと地元の人は言っていた。。

自分の過去ログから。
 

夜になると昼にはよく見えなかったこの町の正体が見えてくる。

Marinaホテルの周りには売春バービアや売春ディスコが堂々と軒を並べて営業している。

何人かの白人男がタイ式に土人女をはべらせて空間を押さえている。

警察・軍隊もいたるところにいる。街を厳重に監視し警備している。

売春バービアが堂々と営業しているのは放っておいて、客がバーの女を連れて帰る「高級」ホテルを厳重に警備している

売春を警備しているのだ。

タイ警察・軍隊は、土人売春国家たるタイランドの「土人売春国家体制」を警備しているにほかならない。

私にはこれは順序が違うのではないかと思われる。

当局がこの堂々たる売春営業を取り締まって売春バービアも売春ディスコもなくなれば、この場所でのテロは一般住民への説得力を幾分か失って収束せざるをえないのではないかとも思われる。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/06/
_sungai_kolok_454f.html

 
マレーシア人が2人負傷して病院に運ばれたが、彼らの名前はNorlenaさんとChe Yusofさんとしか発表されていない。どちらもマレー人だろう。一人は女性。

マレーシアのムスリム、とくに男性にとってタイは憧れの国。たぎる血潮でワルイコトしに行く国である。豚を食ってでもワルイコトしたいというという衝動に駆られることがないとは言えない。

タイに行ってきたことはもちろん妻には秘密である。妻にはシンガポールかインドネシアに行くと言い、とるものもとりあえずハジャイに直行するのだ。しかし妻のほうもバカではないので、「出張」のあとには夫のパスポートのスタンプをチェックしようとする。

そういうわけで(タイ)「出張」直後にパスポートを「紛失」するマレー人が急増しているという報道もあった。

事件の話に戻ると、タイ警察は直ちに、23歳から29歳までの8人の容疑者を逮捕した。自白もしているという。逮捕された容疑者の大部分は犯罪歴があるというから、仕事は簡単である。

テロ犯人がこんなに簡単に捕まるものなら事前になぜ阻止できなかったのか、ということになる。この逮捕自体もも疑わしいものである。

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2007年6月 2日 (土)

タイ当局、南部3県で携帯遮断=イスラム教徒の抗議・暴動、激化で

6月2日19時0分配信 時事通信

 【バンコク2日時事】タイ治安当局は2日までに、同国南部で激しさを増すイスラム教徒による軍への抗議活動や暴動を沈静化するため、南部3県で住民が携帯電話を使用できないようにした。遮断期間は5日程度を予定しているという。
 南部パタニ県では5月31日、イスラム教徒らが軍に対する大規模な抗議集会をモスクで開催。「軍がイスラム教徒襲撃に関与している」と主張し、南部からの軍の撤退と隣接するヤラ県の一部に発令されている夜間外出禁止令の解除を求めた。
 治安当局は同日からパタニ、ヤラ両県で、今月1日からはナラティワート県で、それぞれ携帯電話を使えないようにした。 

北部に縁のあるタクシン前首相は、北部には手厚く(といってもタイ族のみだが)南部問題には冷淡といわれていた。クーデタ後は深南部問題も好転するのではないかという観測もあったと思うが、事態はまったく逆のほうに向かっているようである。

国王戴冠60年式典後のタイ族民族主義の高揚、翼賛運動の異常な高揚、仏教国教化運動、などがマレー系のイスラム教徒には疎外感を与えている面もあるのかもしれないが、政府側も居丈高になっているのだろう。北部山岳地域で少数民族に対して普通に行われているように、深南部農村でも政府レンジャー部隊による住民虐殺やレイプが絶えないようである。銃撃や爆弾もどの事件をどっち側が仕組んだのかよくわからない状態。

すでにXデー後が展望されているのかもしれない。

実際、この分だと国王崩御後の内乱は避けられないような感じがするので、深南部に旅行するなら今のうちかもしれません

パッタニ、ナラティワト、いいところです。

静かで、海があって、人間は穏やかで、毛唐がいなくて・・・・。

タイ深南部のマレー語は「ジャーウィー語」といわれるが、これは「ジャワ語」という意味なんだとか。

(もとより、この良さはリスクをとってのリターンであるということはお忘れなく。リスクがなくて安いところは世界中どこでも毛唐だらけになる、売春婦とシカメッツラと人種差別の修羅場になるのが必然です)。

そういえば今回のタイ旅行では、以前はしょっちゅう見た強烈なタイ式シカメッツラを見ていない。南部とサラブリとスーリン、プラサトしか回ってないからだろうか。

やっぱりあれは主に北部、チェンマイ、チェンライなど白人密集地域の流行だったのかもしれない。

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2007年5月15日 (火)

ハジャイHaadyai(ハートヤイHatyai) 07年4月

4月4日。アロースターAlor Starのバスターミナル前のモーテルを出て、食事をし、10時半ごろバスターミナルに出る。しかし国境の町、ブキ・カユ・ヒタムBukit Kayu Hitam行きのバスはない。Changlun(Changloon)までバスで行って後はタクシーだという。

チャングルン行きのバスは11時15分発だという。

1時間ぐらいでチャングルンに着。タイ式のクズ毛唐オヤジを一人見る。マレーシアのイミグレまでタクシーで10リンギ。結構な距離だった。

マレーシアのイミグレでもパスポートをわりと細かくチェックしていた。しかし、タイ人はほぼ自動的にスタンプをもらっていてノーチェックに近い。このあたりは2重国籍の者も多く、テロリストはそういう人間を使って国境をまたぐ作戦をするのではないかと思うが、なぜかタイ国民は自由に通していた。

タイ側(サダオ)のイミグレはさらにしつこく何度もパスポートをひっくり返して見ていた。イミグレの窓口に座っている役人が旅行者の過去の旅行履歴をあれこれ詮索すると何かわかることでもあるのだろうか。コンピューターも使っているのでタイへの過去の入国履歴やオーバーステイ経験の有無、タイ国内での犯罪・違法行為の有無などは一目でわかるはずである。ビデオも録画していて、自分の動画が派手に見えている。

入国カードの行き先にはハジャイとだけ書いておいた。案の定ホテル名を聞かれるが、わからない、決まっていないと答える。渋い顔をしていた。マレーシアならともかく、タイで、ある町の宿が満室になるようなことはないだろう。以前アランヤプラテートのイミグレでバンコクのホテル名を書いたら、女の役人にこれはどこのホテルだ、こんなホテルは知らないとか、かえっていちゃもんをつけられたことがある。

今度ハジャイに入るときは「サクラホテルと」か、ちょっと高くてしかも不健全そうなところの名前を書いておこうかと思う。タイ役人はそういうツーリストを歓迎するのだろう。

入国カードには、新しく「年収」をドル建てで書かせる欄ができていた。こういう恥ずかしいものはマレーシアでもインドネシアでも見ない。

そんなに貧乏ツーリストが嫌なら宿泊施設の最低料金でも設定すればいい。マレーシアでは事実上そうなっているのではないだろうか。マレーシアは食べるものや日用品などはさほど高くないが宿は高い。つまり労働力の再生産に必要な費用はタイとさほど変わらないくらい安いのに宿代だけは高い。しかも、宿が高いといっても底辺が高いのであって、中高級ホテルは割安である。タイよりサービスはよくて値段は安い。あくまで推測だが、マレーシアは、貧乏ツーリスト、レンタルワイフツーリスト連れ、放浪ツーリストなどを除けるために宿代の最低基準を取り決めているのではないかと思う。もしそうだとしたら賢いやり方である。

また、少数民族や貧困層のタダ働きに近い奴隷労働に依存する体質を改め、生活水準を底上げすれば、宿などの使用人の給料も今よりは上げなければならず、宿代も高くなり、必然的に旅行者の必要な出費は大きくなる。そうなれば貧乏人や自堕落型・逃避型・淫蕩型ツーリストは来なくなり、旅行先としてのタイのイメージもよくなり、結局はタイも得をするだろう。

ともあれ、何とか通過。

タイ領内に入ってもここではメーサイあたりで見るような派手な国旗や国王肖像画は見ない。まだムスリムの地域である。

ハジャイに近づくにつれて、国旗や国王肖像画が増えてくる。それでもメーサイほどではない。

タイ側は土地は痩せているのか手入れが悪いのか、マレーシアに比べて緑が薄く、荒れた風景が目立つようになる。同じやしの木でも葉っぱに力がない。

午後2時ごろタクシーが駅前に着く。運ちゃんはマレー系ムスリムだが、マレー語はあまり通じない。気さくな人だった。リンギでの支払いにも応じてくれた。

ハジャイの町の人は全体に親切な人が多い。夜たむろしている北のほうから来たらしい色白の売春婦はタイそのものだが。

ツーリストらしい者も少ない。

鉄道駅に近い「Montienホテルハジャイ」にチェックイン。400バーツ。あとで気づいたことだが、ここはエアコンが固定式。つけるか消すかしかできず、温度調節もできない。また、いったん電源を切るとスタッフを呼ばないともう一度つけられない仕組みになっている。Montienホテル自体は良くないがフロントはとても感じがよく親切に英語で町の案内をしてくれる。

インターネット屋の場所を教えてもらう。タイの場合たいてい日本語IMEはコントロールパネルの設定だけで入れることができる。それにもちょっとコツがあり、以前マレーシアで、すでに東アジア言語が入っている機械で、できないできないといっている人がいた。

ネット屋にも毛唐はほとんどこなかったが、一度だけどうしようもなく横着な毛唐オヤジが2人押し入ってきた。大声を上げて入ってきたがただ道を聞いただけのようだった。しかし、人にものを聞く態度ではなかった。ネット屋のタイ人スタッフを奴隷のように扱う。タイ人のほうが奴隷のように立ち回っていただけともいえるが、白人とタイ人との間にはそういう関係がもう出来上がってしまっているのだろう。

夜ホテルに戻ってからモンティエンのエアコンが固定式であることに気づき「ホテル新世界New World」に移る。450バーツ。結局2重払いになったが、そういうことはあまり気にならなくなってきた。

4月5日。

今ハジャイの町ではめったに毛唐を見ないが、安ゲストハウス(たとえばキャセイゲストハウスなど)を覗くと毛唐がうじゃうじゃ固まっている。

ハジャイでもムスリムの食堂にはテータリクやローティチャナイ(甘くないのも)がある。

ハジャイでもタイ人(タイ族)は、その固有の性格の悪さを十分表現している。といってもチェンマイ、チェンライほどではない。ムスリムの経営する食堂はマレー語も通じるし、いい感じだが、タイ族の屋台は非常に非常に感じの悪いところがある。テータリクの表示を出しているからムスリムかもしれないと思って油断すると、どうしようもなく生粋のタイ族だったりする。そういうところは不本意ながらカネのためにマレー系のメニューを出しているのでますます陰険になるようだ。

タイ人とくに仏教徒タイ族は、シンガポールはもちろん、近年発展著しくしかもなぜかタイ族よりは色白の人が多かったりするマレーシアにも強いコンプレックスを持っているだろうから、マレー系のメニューを注文するとマレーシア人またはシンガポール人ツーリストだと思われて、とくにタイ人の陰湿な嫉妬の情念を浴びることになるのかもしれない。マレーシアのマレー人には白い人も黒い人もいるが、黒い人でもタイ人の色黒さとはちょっと色合いが違う。色黒タイ人はモンMon系やクメール系の血が混じっているからだろう。バンコク周辺や「ブリ」のつく町出身の人には本当に黒い人が多く、しかもとってもアルカイックなインド人風容姿だったりする。しかしまた、タミル系インド人とも違う。あくまでアルカイックなクメール彫刻的な容姿。彼らは2000年位前にインド南東部の地域からミャンマー中南部、タイ中部、カンボジアにかけて移住し分布した人々の子孫だといわれる。もっとも、以前マレーシアの新聞で読んだことだが、タイは200年位前にも当時の「セックスツーリズム」のリゾートとして繁盛したことがあったそうで、そのときの主な客はインド人だったのだとか。そういうところからも混血があるのかもしれない。

とにかく、あらためてタイ人の陰険振りに接した。これはマレーシアのそっけなさ、無味乾燥さとはまったく違うものである。もっとねっとりと襞に入り込んでくるのだが、しかも陰険なのである。

ちょっと思い巡らせる頭があればすぐにわかるようなことを、軽く合図しても絶対に通じない。インドネシアならもちろんマレーシアでも人種を問わずすぐに察するようなことをちょっと合図したり一言で言ったりしても、タイ族には通じない。タイ族の場合は意地でも通じさせまいとしているようにも見える。

わからないふりをして(か、本当に共感能力が欠如している白痴なのか)「何ですか」と改まったようにつっけんどんに聞いてくる。チェンマイならここで最悪のシカメッツラと「ハアア?」がつくところである。

もちろん愛想の良いタイ族もいる。その場合は過度にニコニコして媚びてくることになる。ハジャイはチェンマイ、チェンライのような救いのない感じの悪さはないし、「ハアア?+シカメッツラ」のタイ式作法はまだ浸透していないようだ。ハジャイはまだ救われている。

英語もわりと通じるが、タイ語以外受け付けようとしないものもいる。チェンマイから出稼ぎに来ていたタイマッサージの女がそうだった。

ひさしぶりにタイマッサージを受けてみると筋肉が硬くなっていることを実感する。実は私は以前(健全)タイマッサージのマニアで、チェンマイではタイマッサージの教室に通ったりしたこともある。

よく考えてみれば、マッサージは受けるのが良いのであって、自分でするのは苦痛なだけなのだが、当時はそのシステムに何か「奥深いもの」でもあるような幻想に取り付かれていたのである。

最初タイに来たころは、私もタイ初心者の例に漏れず、「仏教国、微笑みの国」という誤った幻想を抱いていた。

と同時に、タイマッサージについても、ハタヨガや気功に並ぶようなまじめなものだと思い込んでいた。しばらく後になって「マッサージ師」に突然抱きつかれるまでは、タイマッサージが一種の風俗であると思っていなかったのである。しかし、そう思わせないでおいて実際はそういう状況にもっていくというのがタイ式の戦術なのだろう。

タイマッサージはヨガのチャクラやナディの教説と中国の経絡の教説を折衷したようなあいまいでいい加減なものだが、どんなマッサージもそうであるように、技術とセンスのあるマッサージ師にやってもらうと確かに気持ちも良いし身体も快適になる。

ヨガや仙道では、流派を折衷するとか、基本的な考え方の違うものを足して2で割る、というようなことは厳しく忌避するのが普通だと思う。だから、これらを本格的にやっている人から見たら、タイマッサージみたいなものは噴飯ものだろう。

また、上座仏教の僧侶が考案したという由来自体もいかがわしい。

上座仏教は、その本来の教えから言えば、僧がマッサージをしたりするようなことは絶対に受け入れないはずだし、されたりすることも受け入れないはずだと思う。

ヨガの「シャクティ」の考え方からすると、タイマッサージで内股や足の付け根を丹念にもまれて、ちょっとむふふないやらしい気分になることが「生命エネルギー」を刺激してプラーナの流れを良くすることになるというような理屈も、無理に考えれば考えられないことはないのかもしれない。しかしマッサージ師が突然抱きついてしまっては終わりだろう。

深夜になるとネット屋にクズ毛唐が来る。

6日。

ホテルNew World(新世界)の通りにあるネット屋に入ってみたら毛唐だらけだった。

ここでは2chの入り口2ch.netがまったく開けない。入り口のエロ広告のせいかもしれない。

マレーシアでは2chなど見なかったが、タイに入ったら見てみたくなったのはどうしたわけか。

それにしても、毛唐は懲りない。その横着ぶりはマレーシアの比ではない。ただし、マレーシアではまじめな雰囲気のところで横着をするので目立つことになる。

この辺ももうちょっとTロをしてくれたほうがいい。

(2007/04/06)

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2007年3月21日 (水)

タイ深南部の仏教徒ミリシア(民兵)の黒幕はタイ王妃シリキット

このところタイ深南部情勢は深刻になる一方で、イスラム学校が教われて子供が殺される事件などイスラム教徒が襲われる事件が頻発している。これらのムスリム襲撃事件は軍による直接の襲撃の可能性もあるが、仏教徒民兵による犯行の可能性もあるようだ。(タイ政府は当然のようにイスラム過激派の謀略だと主張)。

そして深南部の仏教徒ミリシアの背後には、南部北部を問わず慈善事業を装った異民族の「タイ化」事業に情熱を注ぐあの醜悪な王妃シリキットSirikitの存在があるということである。

今日の新聞から、

  Surayud acknowledged that daily violence in the provinces of Yala, Narathiwat and Pattani - an independent sultanate until annexed by Bangkok a century ago - had intensified since he came to power.

  However, he rejected th notion that a rise in mainly Buddhist self-defence militias, some of which have backing from Queen Sirikit, could lead to out-and-out ethnic civil war. -- Reuters  (New Straits Times 3/21)

すでに十分out-and-out ethnic civil warになっていると思うが。

最近起きた残虐な事件から。

タイ南部 イスラム学校襲撃10人死傷            

3月19日8時0分配信 産経新聞

  イスラム武装勢力によるテロが続くタイ南部のソンクラ県で17日夜、イスラム教徒の子供が通う寄宿制学校が爆弾や銃撃による襲撃を受け、現地からの報道によると10代の生徒3人が殺害され、別の生徒7人が負傷した。タイ当局は南部の分離・独立を求める武装組織による犯行だとしているが、一部の地元住民らは当局が仕組んだとして、政府系学校の近くの建物に放火した。(バンコク 岩田智雄)

※ いまこのネット屋にタイ語をしゃべるオヤジが来ている。ネットをしながら携帯を使い大声でタイ語をしゃべる。

声が大きい、なれなれしい、うるさい、ネット屋のスタッフを自分の下僕のように使いたがる。スタッフが他の客の面倒を見ているのが気に入らないらしく不機嫌になってごねる。大きな所作でうろつきまわる。下品。など、タイ人の特徴がよく表れていて、大変気持ちが悪い。アフリカ系黒人客のほうがもう少し行儀が良い。

タイ人は有色人種を相手にしている限り自分たちが最高だと思っており、自分たちが周辺諸国民から最も嫌われ、マレーシアでは嫌われるとともに見下されている三等国民、後進国民であるという自覚はまったくないらしい。

これはちょうど「外国はタイばかり」というタイヲタ日本人ツーリストが、周りからはもちろん普通の日本人ツーリストからも鼻つまみされているのを自覚できていないこととパラレルである。マレーシアで見かける日本人ツーリストでも、タイから出てきた人間は一見してそれとわかる。タイから来たんでしょ、と聞いてみると必ず的中する。クアラルンプルに直接来る日本人やシンガポール経由できた人たちとは、同じツーリストでも人種が違うかと思うほど。

なお、マレーシアでは、タイという国はセックスをしに行くところ、普段できない悪いことをしにいくところ、という位置づけである。タイのハジャイのことは新聞にも"sin city"と書かれる。マレー系の既婚男性のなかには、タイの入国スタンプがあるのを恥じて自分のパスポートを焼いてしまう者もいる(異常に嫉妬深いマレー女のかみさんにタイに行ったことがばれるのが怖いからだが)。

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2007年3月 3日 (土)

【初めての犯行声明】 イスラム過激派、先月のタイ南部連続テロで犯行声明

3月2日21時33分配信 読売新聞

 【バンコク=田原徳容】タイ南部で先月18、19日に発生した50件以上の連続テロで、「パッターニ・イスラム国家戦士」を名乗るグループの犯行声明文が2日、南部で見つかった。

 テロが本格化した2004年1月以降、タイのイスラム過激派が犯行声明を出したのは初めて。

 声明文はマレー語で書かれており、テロで死傷者が出たヤラ、ソンクラー両県でばらまかれていた。

 A4サイズの紙に「パッターニ独立のために戦うことが、ここに暮らすマレー人の義務。18日の行為は我々が遂行した」と書かれ、タイ人仏教徒に対し、「この地を去らない限り平和は来ない」との警告も記されていた。

最終更新:3月2日21時33分

読売新聞
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マレーシア紙New Straits Timesによれば、昨日、ナラティワト地区のRa Ngaというところで、分離主義者の隠れ家を60人の治安部隊と兵隊が急襲し、30分に及ぶ銃撃戦により8人の反乱分子の戦闘員を殺害したということ。

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2007年2月23日 (金)

タイ王妃シリキットの側近の車両がタイ深南部で銃撃を受け窓ガラスがめちゃめちゃに壊される

水曜日の出来事。

権力を伴う直属の偽善福祉財団を所有し北部山岳地域においても少数民族の強制移動・土地収奪などを敢行していることで知られるタイ王妃、シリキットSirikit(写真:http://www.afpbb.com/article/1140421)の側近で、その財団トップでもある女性が、6台の車両を連ねてタイ深南部を走行中に反乱軍の銃撃を受け、からくも命拾いしたということです。左眉に軽い切り傷を負ったということです。

この攻撃は、ゴム倉庫への放火事件の2,3時間後におきました。ゴムはこの地域の重要産業であります。

狙われたのはシリキット王妃の側近(「親友」)のWiriya Chawakulという女性で、3台の警察車両と軍車両を含む6台の車両を連ねてバンで乗って移動中、反乱軍が特に活発に活動しているいわゆる「レッドゾーン」に入ったときに一斉射撃を受けたということです。

彼女は、粉々に砕けた窓ガラスの隣に座っていたということですが、銃撃を受ける前から身を伏せていたということです。

正確な場所はわかりません。

また、どうしてそういう危険な場所をわざわざ軍車両警察車両を連ねて挑発的に行進し、銃撃を誘ったのかもわかりません。

この人はその後チャンネル9というテレビに出て、落ち着き振りをひけらかしたり軽傷を見せびらかしたりしたそうです。

(NST-AFPより)

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大学内のムスリム学生グループを監視【バンコク、タイ政府】

タイ国防大臣は昨日、ムスリム反乱分子はテロをバンコクにも拡大するかもしれないと警告しました。

軍幹部Boonrawd Somtatは、タイ深南部の反乱分子はバンコクの複数の大学に浸透しており、今回のような攻撃の発射台に利用されうるとし、「反乱者たちがバンコクに攻撃を拡大することはありうる。さまざまな大学で彼らが学生の制服に身を隠して活動していることをわれわれはすでに知っているからだ。」と述べました。

特殊警察は以前から、彼らがバンコクにおけるムスリム学生グループを監視していると述べていました。

Boonrawdは、重要な仏教祝日であるMakha Bucha(3月3日)の間、最高の警戒をするようにバンコクの軍に命じたと述べました。

(NST2/23-AFPより)

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2007年2月22日 (木)

【タイ深南部】ヤラでゴム倉庫が放火される、銃撃も続発 2/21

【写真】http://www.afpbb.com/article/1355596

放火されたゴム倉庫はタイ南部最大のものだったそうである。

日本にも輸出されている。

日曜日の同時テロの後も銃撃が続発しているという。マレーシア紙NSTより。

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2007年2月21日 (水)

カラオケクラブ(売春施設=営業中)を厳重警備する軍と警察 ヤラ 【タイ深南部テロ】

今回のテロの直接の背景には、クーデタ後の政治的な混乱の中で、軍、警察、役人が自分の地位を確保することに奔走していたことや、もっと直接的には、軍幹部将校たちが追放されたタクシンの脅威をむやみに恐れて、無線や電話の盗聴機材を南部からバンコクへと移していたことなどがあるということです。

New Straits Times(AP picture)

カラオケクラブ(売春施設=営業中:女の子の写真あり)を厳重警備する兵士と警察官

Imgp3052

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2007年2月20日 (火)

べトン、スンガイ・コロクもやられる。ソンクラーを含むはじめての4県同時攻撃【タイ深南部・日曜日の爆弾テロ】

マレーシア紙NSTによれば、

9人死亡、70人けが。

ヤラ、ナラティワト、パタニ、ソンクラーの4県が同時に襲撃されたのは始めて。

外人観光客の多いべトン、スンガイ・コロクも襲撃された。

ベトンは毛唐も溜まっている。スンガイコロクは、白人ツーリストはスタンプを捺しに来るくらいだが、主に風紀に厳しいマレーシア・クランタン州の男性のためのストレス解消施設がたち並ぶ。ここでもバーにいる女の子はタイ北部出身の出稼ぎが多い。山岳少数民族らしい少女も見かける。タイ深南部は北部や東北部に比べれば必ずしも貧しい地域とはいえない。

ターゲットは、ホテルカラオケ(ホテルに付属していることが多い。タイで「カラオケ」というのは売春施設の一種)、バー(同じく売春施設といってよい。タイのすべてのバー、バービア、は可能的な売春施設。ときに女が客を選ぶとか擬似恋愛の演出によってあたかも売春でないかのように偽装し店の大々的な売春営業を合理化する。北部には白人所有の売春バーも多い)、学校(教師は仏教徒タイ族)、ガソリンスタンド発電所など。

旧正月を祝う外国人観光客(マレーシア人、中国系など)、中国系タイ人が集まる場所をも標的にしている。

タイ軍トップはさらなるテロの可能性を警告。

ソンクラーはこれまでは分離主義過激派の活動範囲外とみなされていたが、今回は他の3地域と連携した攻撃があった模様。

デジタル時計発火式の3キロから5キログラムの爆発物が使用された。爆弾のほか、各地で銃撃、放火も。

New Straits Times(AFP picture)

救助されるバーの女(ヤラー)

Imgp3050

[下]路上に不発弾(未爆発弾)を発見し、爆発を恐れて横たわるタイ兵士たち。横になったまま無線連絡している。

Imgp3051

タイ南部で連続テロ50件超、9人死亡

2月19日21時35分配信 読売新聞

 【バンコク=田原徳容】タイ警察によると、分離独立を求めるイスラム過激派のテロが多発しているタイ最南部4県で、18日夜から19日にかけ、爆破や放火、銃撃が連続50件以上発生し、少なくとも9人が死亡、50人以上が負傷した。

 昨年9月のクーデター以降では、一度のテロとしては最多の犠牲者。

 暫定政権は、タクシン前政権の強硬策を見直し、過激派に対し対話路線に転じたが、成果は出ていない。

 各県中心部でカラオケバーやガソリンスタンド、ホテルなどで仕掛けられた爆弾が相次いで爆発。パッターニ県では発電所が爆破され、県内全域が数時間停電した。ナラティワート県では学校10数校が放火されたほか、ヤラ県では陸軍幹部宅が襲われ、幹部が死亡した。 

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2007年2月19日 (月)

タイ南部の30カ所で連続爆発、放火、襲撃 7人死亡

2007年02月19日11時56分

 イスラム過激派によるとみられるテロが続くタイ南部で18日夜から19日朝にかけて、4県の約30カ所で爆発や放火、襲撃が相次ぎ、少なくとも7人が死亡、50人以上が負傷した。政府は前政権の強硬路線を見直し、対話を呼びかけることで事態の打開を模索しているが、テロが収まる兆しはない。

 警察当局によると、ヤラー県やナラティワート県などではホテルやカラオケ店、給油所などで爆発があり、4人が死亡した。パタニ県では変電所などが爆破されて停電が起き、3人が路上で射殺された。各地で学校への放火も相次いだ。

http://www.asahi.com/international/update/0219/004.html

北部を地盤とし北部農村に利益誘導するかわりに南部問題には冷淡だった(人もずいぶん殺した)タクシンが失脚し、(自称)ムスリム(といってもタイ族)のソンティがクーデタを起こしたことで、タイ深南部情勢は好転するかのように言われていたが、現実はそんなに甘いものではなかったようである。

マレーシアの報道では最近マレーシア政府が何度かタイ政府に対し、深南部のマレー系ムスリム指導者とタイ政府との間の仲介を申し出ていたようが、タイ政府は面子にかけて応じないようである。

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2006年12月11日 (月)

クルセモスク(Masjid Kruse)に献金しよう

日本の株はダメダメだが、インド株が膨らんでいた。

ただ旅行だけしているうちにけっこう儲けてしまった。覗いていたら余計なことをして損をしていたかもしれない。

こんどパッタニ(Pattani)に行ったら、クルセモスク(Masjid Kruse、Masjid Kresek)に1000万円くらい献金しようかと思う。

みんな良い人たちなので。

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2006年10月25日 (水)

「北欧調停のアチェ型和平を タイ南部独立派が期待」

マレーシアは紛争地域と国境を接した隣国でありイスラム国でもあるから、中立的とはいえずこの紛争の調停には向かないとしても、なぜ「北欧の国」だといいのか

北欧の国というが、デンマークも北欧の国でありタチの悪い人種主義国家といえるのだが。

「金髪碧眼」に言われることにはおとなしく従う気分になるということだろうか。

「土人」とは、白人が有色人種を見る歴史的な見方を、まずもって見られる側として次にはあくまでそれに従属する形で見る側として、内面化してしまった者のことである。(したがって、日本の「過去の歴史」と「土人」性とは関係がない)。

白人との関係で、有色人種の世界で他の有色人種に比べて上位の者とされたい、白人に愛されたい、白人が有色人種支配のために課したシステムの優等生になりたい、という動機が内面に刷り込まれて本能のようになっている者のこと。

PULO(パタニ統一解放機構)のリーダーはすでに長い間(たしか)スウェーデンに亡命していると思う。

しかしPULOやBersatuとタイ政府との和解が成立したとしても、いまタイ深南部で頻発している爆発や銃撃がおさまるかどうかは疑問である。彼らに当事者能力があるのかどうか。

PULOやBersatuが海外から現在タイ深南部で起きている事件をコントロールしているといえるのか?

もしそうでないとすると、彼らといくら交渉しても南部問題は収まらないということになる。

長期にわたって白人国に亡命していられるような連中は、運動で飯を食えている連中である。まあ結構な生活をしているといえるだろう。そのような自己の地位を保全するためには当事者能力があるようにふるまう必要も出てくるのかもしれない。

[記事]

【シンガポール24日共同】タイ南部独立紛争で、分離独立派のマレー人(イスラム教徒)武装組織の1つ、パタニ統一解放機構(PULO)が、インドネシア・アチェ独立紛争和平のような北欧の国による調停を望んでいることが24日、分かった。PULOの外交責任者で国外指導部に属するカストゥリ・マフコタ氏が共同通信に明らかにした。

 タイ暫定政権のスラユット首相も21日、インドネシアのユドヨノ大統領との会談でアチェ和平を参考にする意向を表明しており、北欧の調停が紛争当事者間で検討されている可能性がある。

 カストゥリ氏は和平に向け、タイ側と非公式に接触したことを確認。隣国マレーシアによる和平調停が困難な場合、「調停者としてスカンディナビア(北欧)諸国以上によい国はない。われわれの(紛争の)ような事例を取り扱った経験がある」と述べた。

 アチェ紛争ではアハティサーリ前フィンランド大統領が和平を調停、2005年8月に合意文書が調印された。

 一方でカストゥリ氏は、非公式協議でタイ側が「祖国パタニ(タイ南部)の自由戦士たちに武器を手放すよう促し、われわれに恩赦を与えるという態度だった」と批判。「マレー人の権利と民族性」の擁護が今後の協議の重要課題だとし、マレー人の民族自決権の尊重を求める考えを示した。(共同通信)

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2006年10月24日 (火)

今日と明日はHari Raya マレーシア

昨日がラマダン最終日、今日と明日がハリ・ラヤ。ラマダン明けのお祝い。

家を開放して親族や友人や近所の人が訪問しあい、それぞれの家庭が作るご馳走(小さな村では重複しないようにするらしい)を食べ、子供たちにはお小遣いをやる。

もちろんそれは建前、KLでまわりを見る限り(中国系が多いせいか)戸を閉め切っている家が多い。

日本にも(昔は)年始参りというものがあった。それと似た感覚なのだろうか。

下の新聞記事に写っている女性は、タイ深南部のパタニ(パッタニ)出身でマレーシアのタイレストラン(タイ南部の料理を出す)で働いている。 ハリ・ラヤにはパタニに帰るという。彼女の村には仏教徒も多いが、ハリ・ラヤには彼らも家に迎えて仲良くしていることを強調している。

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(マレーシア紙New Straits Timesより)

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今日のMasjid Jamek

Imgp2653

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2006年10月 9日 (月)

「南部ナラティワット、仏教の祭の終わりに村人が感謝の気持ち - タイ」 (AFP記事タイトル)

白人メディアはあいも変わらず「タイ幻想」を垂れ流す。

白人にとっては「アジアの民主主義のリーダー」(アメリカ政府)であるタイ。

軍事クーデタをおこしてもアメリカさえまともな批判をしない。

「アジアの国はすべてタイのような国になるべき」なのだ。

これが白人の願いである。

何度も書いてきたことなのでここでは繰り返さないが、読者層の違うと思われるAFP記事専用ブログに(煽り気味に)書いておいた。

白人に都合の良い「仏教国」タイ

http://www.actiblog.com/melakajournal/17297

   

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一昨日、側溝に落ちて怪我をした。

ドブにちゃんと蓋をしないのなら、まったく蓋をしないでおいてほしいものである。

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2006年10月 6日 (金)

タイ深南部の停戦会談 11月上旬の予定

タイ当局者が匿名で明かしたところによれば、深南部地域(ヤラ、パタニ、ナラティワト)のタイからの分離独立を求める2つの団体の中心的指導者たちが、クーデタ新政権に休戦交渉を申し込んだということです。マレーシア紙New Straits Timesの報道。

交渉は組閣約一ヵ月後、11月上旬にシンガポールのような中立国で予定されているということです。

パタニ統一解放機構(Pulo)と、その傘下団体として作られて1994年に分裂したBersatuの中核的な指導者たちが、マレーシアにいる長老的人物たちを介して、タイ当局に休戦会談を申し込んだと、そのタイ当局者は述べているということです。

一方、分離独立派の中には、タクシン前首相を、人道に対する罪で国際司法裁判所の裁判にかけることを要求している人もいます。タクシンがハーグで裁判にかけられなければこの地方の問題は収まりがつかないと主張するスウェーデン亡命中の活動家もいます。

もっとも、PuloもBersatuも深南部でのテロ攻撃の責任を認めているわけではありません。専門家も、犯罪組織や腐敗した役人が大きな役割を果たしていると分析しています。

深南部地域は、約100年前にタイに併合されるまで、独立したマレー人スルタン国家でした。

なお、イスラム分離主義者たちが自発的にクーデタ当局にコンタクトを取ったことの背景には、クーデタ首謀者のソンティ自身がイスラム教徒であるということがあるようです。

ただ、私の見るところ、タイ族のムスリムは深南部やマレー半島東北部のマレー人ムスリムに比べたらかなりいい加減なもので、改宗していない仏教徒と平気で結婚していたりする例があります。

2004年10月25日の「タクバイ暴動」(ナラティワト)

Imgp2509

タクバイ

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2006年9月17日 (日)

ハジャイで大規模連続爆弾テロ【タイ】

いよいよハジャイまで北上してきたということなのか。あるいは別の組織なのか。

これまでタイ深南部で頻発していた携帯電話などを使う零細な狙い撃ち的テロ活動とは異なり、ハジャイの繁華街における大規模な無差別テロのようである。死傷者数も多い。

タイ南部最大都市で連続爆弾テロ、5人死亡か

【タイ】テレビ報道によると、16日午後9時ごろ、南部最大の都市ハジャイで連続爆弾テロがあり、中国人を含む4-5人が死亡、60-70人が負傷したもようだ。

 爆発があったのは、ディスカウントストアのビッグCスーパーセンター、高級ホテルの「リーガーデン」、パブなど市内の6カ所。

 タイ深南部の独立を掲げるイスラム過激派組織「ムジャヒディン・イスラム・パタニー運動」の設立記念日が9月16日に当たることから、治安当局は警戒を呼びかけていたが、これまでほとんどテロのなかったハジャイが標的になったことで、警備の隙を突かれた格好。テロの「北上」で、首都バンコクの治安についても深刻な懸念が生じる見通しだ。

ハート・ヤイ中心部六カ所で連続爆破、少なくとも5人が死亡(「タイの地元新聞を読む」)

16日21時過ぎ頃、南部の商業・観光の中心都市として知られるソンクラー県ハート・ヤイ郡中心部でショッピングセンターや娯楽施設が密集した場所を狙った連続爆破事件が少なくとも六カ所で発生し、初期報道段階で少なくとも5人が死亡し、外国人旅行者を含む多数の負傷者がでているようです。

 また、一部報道によると、死亡者にはカナダ人男性1人が含まれているようです。

 爆発が発生したのは、ショッピングセンターのオーディヤン・ショッピング・モール(Odion Shopping Mall)、リーガーデン・ホテル及び併設のショッピングモール、ショッピングセンターのビッグC、ショッピングセンターのダイアナー内にある映画館の四ヶ所の他、娯楽施設が密集したチャーオ・ワン交差点及びタンマヌーンウィティ通り上でも爆発が確認されているようです。

 尚、報道によってはオーディアン二ヶ所及びリーガーデン、ダイアナー、ビッグCそれぞれ一ヶ所の合計五ヶ所と報じるものもあり、17日0時過ぎ現在情報が錯綜しています。

  爆発物の多くがバイクに仕掛けられた物が使用されたと見られているようです。

 事件が発生した16日は、ムヂャヒディン・パッターニーが創設された日とされ、当局側は兼ねてから創設日を記念した破壊行動がハート・ヤイ郡内で計画されている恐れがあるとして警戒を強化していました。

参考
http://thaina.seesaa.net/article/23663190.html

Haadyai, a "sin" city: 破損したパスポートの再発行を求めるマレーシア男性が急増中

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2006年6月26日 (月)

スンガイ・コロク Sungai Kolok

ヤラからスンガイコロクへ。スンガイコロク行きのミニバスはヤラ駅の向かいから出る。120バーツもする。11時40分発のミニバスの切符を買う。

少し遅れて出発。9人乗りのミニバスに乗客5人だったのでわりと快適な旅。

検問などはなかった。

3時20分頃スンガイコロクのボーダー近くにつく。居眠りしているうちに町を通り越していた。

モトサイでスンガイコロクの街に戻り、町一番というMarinaホテルにチェックイン。一泊585バーツというが、デポジットを2000バーツも取る。

最初はパスポートを預けるように言われたがそれは断った。パスポートを預ければデポジットはなかったのかもしれないが、こんなところのホテルのフロントに預けるより自分で持っていた方が安心できる。

部屋のテレビには去年泊まった宿ではただで見られたエロビデオがない。何か損をしたような気持ちがする。

どこのホテルの前にもでかいタイ国旗と黄色の国王旗が大袈裟にぶら下げられている。

Marinaホテルのフロントは英語も通じて親切だが、客は感じの悪い×ャン×ロ・タイばかり。

それでも部屋の天井にはKibratの方向を示す矢印が張りつけてある。これを見るのも久しぶり。

ネット屋のおやじの話だと、Marinaホテルは2度爆発があったそうである。

去年私が泊まったValentineホテル(エロビデオがただで見れた)もセキュリティが良くないという。

お勧めはGentineホテルということだった。

スンガイコロクの町は国境の町らしいマーケットがあり、食事も便利である。マレーシア式の食事もだいたいOK(テー・タリクは無理だろうが)。

町の雰囲気もそう特別ではない。今回はやはりヤラのほうが殺伐としていた。

夜になると昼にはよく見えなかったこの町の正体が見えてくる。

Marinaホテルの周りには売春バービアや売春ディスコが堂々と軒を並べて営業している。

何人かの白人男がタイ式に土人女をはべらせて空間を押さえている。

警察・軍隊もいたるところにいる。街を厳重に監視し警備している。

売春バービアが堂々と営業しているのは放っておいて、客がバーの女を連れて帰る「高級」ホテルを厳重に警備している

売春を警備しているのだ。

タイ警察・軍隊は、土人売春国家たるタイランドの「土人売春国家体制」を警備しているにほかならない。

私にはこれは順序が違うのではないかと思われる。

当局がこの堂々たる売春営業を取り締まって売春バービアも売春ディスコもなくなれば、この場所でのテロは一般住民への説得力を幾分か失って収束せざるをえないのではないかとも思われる。

タイ国家がどれだけ本気にテロを抑えたいと思っているかは疑問である。深南部テロで死ぬのは売春婦と下っ端の役人だけであろう。

24日。

昼ごろ外に出ると毛唐のグループがぞろぞろ歩いている。

ナラティワトやパッタニではほとんど見かけなかった毛唐が、タイ式に半そで半ズボンでのし歩く。若いのもおやじも。女もいる。

昨日のネット屋には韓国人らしいのがいた。スンガイコロクで見ないのは日本人だけか?

ネット屋に行くと昨日は見なかった若い毛唐が二人来ていた。昨日は地元の生徒しか来ていなかった。

部屋中に響き渡る声で大声でしゃべり、電話をかけヒヒヒと大声で笑う。タイ売春婦にかけているような電話もあった。

自分の機械の調子が悪いといって地元の女の子がやっているところに行き機械を代われと言う。それは断られたか無視されたようだ。

マレーシアのネット屋に来る毛唐よりやはり一段下等になるように見える。ここにいる毛唐はみんなタイ滞在延長のためにスタンプを押しに来ただけだろう。

昨日は気づかなかったが、Marinaホテルの近くに“Lady Home”という英語看板を大きく掲げた「マッサージ」屋がある。家庭内暴力被害者のシェルターだろうか。

テロリストはもっとスンガイコロクを狙うべきだと思った。

毛唐が来なくなればそれだけでも世の中はかなりよくなる。

Marinaホテル近くの売春バービア遠景 (ほかにもいっぱい)

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美容室で

美容室 は普通の(?)女の子と普通に仲良く(?)なれるところ。

検閲により画像2枚削除

この人はチェンライ出身で父親は中国人だとか。私には懐かしい顔立ち。おそらく、母親はアカ族ではないかと推測する。タイの地の果てコロク川まで「戦火」の中をはるばるやってきて・・・・。

同じ美容室で

検閲により画像1枚削除

こちらは別口。ラインが違うのか、すでに臨戦体制にはいっているのか。
毛唐が好んで連れ歩くタイプの容姿ではあるといえる。しかし、白人が連れ歩いているアジア人レンタルワイフの平均水準に比べるとかなり美しい。
なお、この人はこの時点で毛唐のレンタルワイフではなかった。

25日。

Marinaホテルをチェックアウト。歩いてボーダーに向かう。

どうせ20バーツなのでモトサイ(バイタク)を使ったほうがいいが、途中のネット屋によるために歩いた。

イミグレーションの手続きを済ませて、ランタウ・パンジャンへ。タイ側はもったいぶってパスポートはしげしげと見る。

マレーシアに出るとふわっと空間が広くなる感じがする。空間が明るい。

早速バス停近くでテー・タリクを飲む。ボーダーを越えただけで、タイではマレー系にも意味が通じなかったテータリクが飲めるようになる。タチレクに出ただけでラペイエが飲めるようになるのと同じ。

チキンカレーがおいしい。チキンの味が同じくハラールでもまったく違う。

スンガイコロクではマレーシアリンギが使えたが、ランタウパンジャンではイミグレ近くの店でもタイバーツは受け取ってくれない。

公衆トイレ(有料)番のおばさんがタイバーツも受け付けていたので、手持ちのバーツコインをリンギ(セン)コインに両替してもらう。おばさんのコインが足りず「手数料」を取られた。

1時間半ほど待って3時半ごろようやくコタバル行きのバスが来る。

バスはパシル・マス(Pasir Mas)を経由して、1時間ほどでコタバル市内に入る。

夕方5時近く、Azamホテルにチェックイン。90リンギ。一部屋空いていた。

2日間はいられるが、その後は予約でふさがっている。一応「アレンジ」を頼んでおく。

スンガイコロクの小さなネット屋は今日若い毛唐(ドイツ人など)がいっぱい来て大声で暴れまわっていた。

コタバルに来てネット屋に入る。

地元の人は、パキスタン丸出しの若者であっても小さな声でひそひそと話す。

ところがまた、毛唐女が2,3人入ってくる。

入るなり大声で「ハーイうんたら」といい、自分たちがどこでもタイ同様に大歓迎されているものだと思い込んでいるようだ。

そして、このわりと大きな部屋の隅から隅までがんがんに響き渡る声でしゃべる。

画像未検閲記事:
http://ibrahim.blog.shinobi.jp/Entry/22/

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2006年6月25日 (日)

ヤラ Yala

パソコンにタイ語が入っている場合でも、日本語がかぶせられず、WindowsXPのCDが必要な場合がある。「東アジア言語」のインストールがされていない場合。

今いるヤラのネット屋の別の機械はタイ語とアラビア語が入っていたが、「東アジア言語」のインストールはされていなかった。

WindowsXPのCDを貸してくれるところは少ない。外国人のまったく来ないところで「日本語を使いたい」と言うと面倒くさがってノーノーと追い返されることも少なくない。

機械を変えてくれとだけ言って別のパソコンで試してみるのがいいかもしれない。

旅先のインターネット屋での日本語IMEの入れ方

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6月21日。

正午ごろパタニホテルMy Gardensをチェックアウト。モトサイ(バイタク)で川向こうのバスターミナルへ行く。ヤラに向かう。

モトサイの運転手には「バス」の一言も通じない。タイ族らしい男で、タイ語以外一切受け付けない。相手が言おうとしている意味もとろうとせず、頭もまったく働かせず、ただすっとぼけたように「パイ ナイ」(どこ行く?)と繰り返すだけ。

「バス」なんて言葉は、ネパールの山奥でも通じる。何度言っても「バス」が通じない国は少ないのではないだろうか。

「バス」という言葉が通じないという人は、バスを見たことない辺境の人かタイ人かのどちらかである。ましてやバイタクの運転手。

タイ人以外の運転手なら客がどこに行きたいと思っているか少しは考えようとする。

この町には「バス」がないからバスという言葉を知らないのか(乗り物はナラティワトから来た時に乗ったバンだけなのか)、と思ったが、実はちゃんと「バス」はあり、一応のバスターミナルもある。

運転手がなめてかかっているようだったので、高圧的に「とにかく行け」と怒鳴りつけて迫ると、なぜかちゃんと意味が通じて結局バスターミナルに連れて行った。

タイ人を相手にするときはある程度コワモテを使うことも必要であると思う。接客業のタイ人がなめた態度をしているときには、一度だけ人前でびしっと怒鳴りつけてやるとがらっと態度が変わることがある。

ガイドブックなどにはタイ人は体面を気にするので人前で叱ってはいけないと書いてあるかも知れないが、要するに、人前で叱られて恥をかきたくないという気持ちが強いということである。

相手の弱みを適度につくことも必要である。

結局彼らが要領を得ないのは、ぐにゃぐにゃした態度をして時間を稼いでいるうちに相手の足元が見えるかもしれないし、なにか予期しない利益が転がり込んでくるかもしれないくらいに考えているだけのことが多い。

パッタニからヤラへは一時間もかからない。時々兵隊が立って、いつでも道をせき止めて検問できる体制を作っているところはあるが、検問はない。

北部のように警察がバスの中まで乗り込んできて乗客一人一人の人相風体をチェックし、周辺国人や山岳民族らしき顔立ちの者にはIDカードを提示させ期限が切れていたりしたら警官が個人的にカネを脅し取り身体を要求する、というようなことはこちらではあまりやっていないようだ。

ヤラはかなり繁華な大都会である。パッタニよりにぎやかで雑然としている。立派な鉄道駅がある。

バスから目にとまった「ヤラ・ラーマ・ホテル」にチェックイン。エアコン・TV付380バーツ。

つい先日(17日、このホテルのカラオケで爆発があり、カラオケ嬢(売春婦)が一人死んだ。すぐ近くの別の旅社は満室だった。やはり、爆発の影響だろうか。

深南部で爆破・銃撃、元県議長ら2人死亡

17日21:30過ぎ頃、ヤッラー県県都内中心部にあるヤッラーラーマー・ホテル内のカラオケ店で爆発が発生し、初期報道段階で女性1人が死亡し2人が負傷を負うという事件が発生しました

しかし、ホテル周辺は緊張感もなく、警備もまったくない。何事もなかったかのようである。

要人を狙ったらしいテロがあったくらいだから、もう少し高級ホテルかとおもったら、リーズナブルな宿である。

テロリストに狙われるようなタイの要人も安いところにとまるようだ。しかし清潔で、安全ならまあまあの宿といえる。

カラオケはフロントのすぐ近く。爆発の跡がまだ生々しい。

爆発で吹っ飛んだ瓦礫が残っている。フロントの売春婦のように厚化粧で時々変な笑顔を浮かべる姉ちゃんが、他人事のように見てごらんと指図してくれた。

ヤラ・ラーマ・ホテルのカラオケ店

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この姉ちゃんというかおばさんは、マレーシア人だといっていた。マレーシア人がタイに来て働くというのも変だ。しかし、マレー語を話すし、英語もわりと通じる。バハサ・マレー・ボレ・チャカプとか言っていた。

それ以外の女は顔からしてタイ族まるだしで、まったくやる気のないようなのばかり。

すぐそこで爆発があったから戦慄しているという様子もまったくない。フロントに座って一心に化粧している。

部屋は6階で景色がよい。

鉄道駅はラーマ・ホテルから歩いて5分。

ラーマホテルの近くのイスラム系のレストランでコピ・オが飲めた。味も普通。

しかし、その店の主人の男がツーリズム関係の人間らしく、しつこく英語であれこれ聞いてきてうるさかった。

「なぜこんなところへ来たのか」みたいなことを言う。どうしてこういうことを聞くのだろう。パッタニでもナラティワトでも、ここは危ないといったのはパッタニの警察官だけだった。

「ツーリストならべトンへいくべきだ」とか差し出口を言う。

いっそのこと「まともな人間ならタイに来るべきではない」と言ってほしかった。

なんでも、べトンには「韓国人やロシア人のツーリストがたくさんステイしている」そうである。なおさらそんなところはお断り。なんで×ョン×やロスケの溜まり場にわざわざ行かなければならないのか。

べトンは、マレーシアのクダーに隣接している。イスラム色が弱くタイ色が強いところだと思われる。クダーはタイの属国だった。

ラーマホテルのテレビはいろんなチャンネルが映る。Bloombergも映る。FoxやBBCワールドもある。

午後3時過ぎ、ラーマホテル付設の床屋に行く。爆発のあったカラオケの隣の別棟。

37歳の女主人は年より若く見える。ここ一週間客がなく、今日は初めての客だといっていた。カット150バーツ。(チェンマイにはカット35バーツというところもあったが、タイ人と一緒に行った場合である。)

彼女はよく英語を話す。プーケットで働いていたことがあるという。そのときも床屋だとは言っていた。

以前はタイ族ムスリムの男と結婚していて子供も二人いるという。

しかし、その夫がまったく働かず、彼女に食わさせておいて、若い二人目の妻を迎えた上に女遊びばかりするので、愛想が尽きて別れたということだった。タイではよくある話である。

その元夫はタイ族なのかマレーなのかと念押しして確認したが、マレーではなくタイ族だということだった。

夫はタイ人ムスリムだったが、彼女はあくまでタイ人仏教徒だという。彼女は改宗もせず仏教徒のまま結婚していたというからいい加減なものである。

ムスリム男性は、ムスリム以外では同じく「啓典の民」のキリスト教徒とユダヤ教徒の女性と結婚できると聞いているが、仏教徒女性と結婚はできないはずである。

タイ人には働かず女に食わせてもらう男が多いと言っていた。

変になれなれしい態度なので、別方向の商売かとも思ったが、ただ単純になれなれしい人だったようである。

この女性も「シントー」(神道)を知っていた。

この後どこへ行くのかと聞くので、マレーシアに戻るというと驚いたような顔をした。イスラム国になぜ行きたがるのかわからないという顔だった。そして「宗教は何か」と聞くので「シントー」だと答えると「ああ、シントー」という感じで納得していた。

困ったらなんでもしてあげると言うので、マスジッドを見に行きたいからバイクで乗せていってくれないかと頼んでみた。

最初は、マスジッドのほうはイスラム地区なので自分は怖いけどどうしても行きたいなら乗せてあげると言っていた。

プーケットはファランが多くていいところだったみたいなことを言うので、自分はファランが嫌いだとハッキリ言うと、少し距離ができた。

「タイフードは好きか」と聞いてくる。

こういう質問をこれまで何度聞いただろう。「タイは好きか」「タイ飯は好きか」・・・・何を期待して、あるいは恐れて、こういうことを聞くのだろう。日本のテレビが日本に来る外タレに「日本の女性はいかがですか」と必ずインタビューするのと似ている。

「時々ならいいが、毎日は嫌だ」と答える。

すると彼女も、日本食はテリヤキ以外はだめだと言う。日本食のことなんか何も知らないのだが。

「自分はマレーシア料理やインド料理が好きだ」というと、インド料理はペナンに遊びに行ったときに食べたことがあるが不味かったという。タイ人は食い物についてとくに排他的で独善的である。

この女性は今まで何度となく同じ質問を外国人にしてきたのだろう。そのたびにベーリーナイスとかファランのおべんちゃらを聞いてきたのかもしれない。

この問答でハッキリと距離ができた。そのせいもあってか、マスジッドに行くのはやっぱり嫌だということになった。自分は「タイ(人)」なのでムスリム地区に行くのは危ないという。

マスジッドへの道順を教えてもらう。

駅の逆の方向にあるマスジッド(セントラル・モスク)はなかなかモダンな立派なマスジッドだった。

タイ族にとってはともかく、外国人にとってムスリム地区は別に怖くはない。途中に兵隊が立っていたが、こっちのほうが怖い。

軍隊はマスジッド周辺のムスリム地区に目立つが、ラーマ・ホテル周辺のタイ人地区には軍隊も警察もいない。この辺がよくわからない。

暴動でも恐れているのだろうか。

テロはタイ人地区や退廃娯楽施設のあるところで起きることが多いのだから、ムスリム地区に兵隊を立たせておいてもテロの予防にはならないだろう。たんにムスリム住民を威圧するだけである。

ヤラは都会だが、パッタニにはいっぱいあったインターネット屋は見当たらない。マスジッドの近くにだけある。来ている客もムスリムの学生で、タイ族のようにゲームに興じているのではない。お勉強関係である。

パタニにインターネット屋が多かったのは、大学がある関係かもしれない。しかし、客はゲーム目的のタイ族のガキが多かった。

マスジッド周辺のイスラム色はヤラのほうがパッタニよりも濃い。白づくめのおじさんたちが店に集まっているところをよくみる。女性もきちんとスカーフをしている人が多い。黒づくめも少なくない。

今日も激しい夕立があった。

爆発のあったカラオケ屋に隣接する、ホテル付属のタイマッサージに行く。久しぶりのタイマッサージ。

2時間200バーツは悪くないが、ちょっと気持ち悪い感じのおばさんばかり。

確かに上手である。が、すぐにエロサービスに持っていこうとする。脚の付け根のぎりぎりのところばかりしつこくマッサージする。もちろん局部にも触れないわけには行かない。

これでちょっとでも勃起しようものなら、「ほら立った。ここもマッサージするか?」という話になる。

若い娘ならともかく40過ぎのおばさんに抜いてもらいたくはない。このさき死ぬまでに何回抜けるかわからない貴重なものである。

そういうそぶりはまったく見せないようにしていたが、それでも最後にココもマッサージするかと言ってくる。

タイ族をのさばらせているとこういう醜悪なのが際限なく増えるだけだから、テロられてもやむを得ない。

マッサージが終わるとすぐにむこうからチップをくれという。

やらないわけではないが、何も特別なことはしてもらっていないので20バーツ差し出すと、とたんに起こった声を出してオーと吼えた。まったく人間離れしたけだものの声、メス犬だ。犬にしては太すぎるのでやっぱりメス豚か。

タイ語は動物の声に似ている。

20バーツ札が気に入らないというのであれば、40バーツはますます気に入らないだろう。チップはいらないということである。チップは一銭もやらなかった。

私から見ると、この女は欲を出して20バーツもらいそこなっただけに見えるが、タイ人の考えていることはわからない。20バーツ受け取るよりも何も受け取らないほうがいいのだろう。

これと同じことは以前タイの各地をで何度か経験した。

特に、エロサービスをしそこなったおばさんがこういう反応をすることが多い。おばさんのエロサービスがいくらか知らないが、それと同じ金額をむしりとろうとするようである。

サービスの対価としてカネをもらうという意識はなく、何もしなくてもカネをもらう権利があると思い込んでいるように見える。

 
夜、少し気持ちが悪い。気分がざわざわして、あまり安眠できない。Bloombergをつけっぱなしにして寝る。

テロが怖いのではない。すぐそこでちょっと前に人が死んだところにいるのが、やはり気持ちが悪い。人はいたるところで毎日死んでいるのだが。

自分は臆病すぎて人を殺せないかもしれない。こんなことではダメだ。これは弱さである。人を殺さなければならない状況はいくらでもあるはずだ。

そうでなくても、大義のために人を殺せない程度の人間に世の中を変えることはできないだろう。そして、それがちゃんとできる人が義の人と呼ばれうるのであろう。臆病で人も殺せない程度の人間が何を言っても力はない。自分も人も殺せるようにならなければならない。

22日。

ヤラは、市街に兵隊や軍隊が目立つ。やはり、全体の雰囲気は殺伐とした感じである。パッタニのようにのんびりとはしていない。

昨日最初に入った店を探すが、どうしても見つからない

夕食を食べた店は昼になっても閉まっている。

大通りを隔ててマスジッドの向かいにあるネット屋から帰る時に、白ずくめのムスリム青年たちに話し掛けられた。

話しているとすぐに宗教は何かと聞かれた。

白い服もくたびれていてあまり上等な連中には見えなかったので、神道などといってもわからないだろうと思い、“Japanese”とか適当に言ってごまかすと(私は宗教を聞かれたときにJapanese religionとか言ってごまかすことがある)、相手の方からすぐに「シントー!」と言ってきたので驚いた。

「シントー」はイスラム世界でわりと知られているようだ。

「特に宗教はない」という日本人は、タイやネパールなどに行って宗教はなにかと聞かれると、向こうにあわせて「仏教」と答えてしまうことが多いのではないだろうか。

そういう人は「シントー」と答えておいた方がいいかもしれない。日本的な「無宗教」こそ神道の一つの現代的特徴なのかもしれないからだ。

もちろん、タイ深南部でムスリムに宗教を聞かれたときは、仏教と答えない方が仲良くなれると思う。

午後8時ごろ、線路を渡ってタイ人地区に戻ると店はもうどこも閉まっていた。仕方が無いのでもう一度イスラム地区に戻り、ローティ・チャナイなどを食べる。コピ・オもまだある。

帰りに駅の近くを歩いていると、私服のような大柄なバイクの男に声をかけられ、どこへ行くと最初はタイ語で次に英語で聞かれたが、Who are you!と怒鳴りつけて終わり。俺はお前をだだのチンピラと見なしているという意味である。すぐに行ってしまった。

今夜は昨夜に比べて、ホテル周辺の警備員の見回りが厳重だった。夕方頃、ベンツが車寄せについて、ボーイがヘコへコ駆け寄って恭しくドアを開けていたから、誰かまたVIPが(この安宿に)来たのかもしれない。

23日。

この辺のマレー語ではリマ(5)のことをリモとかモコとか言うようだ。

ラーマホテルはやはり安宿だけあって音がよく響く。客は少ないが、朝の掃除の音がけたたましく、また、深夜に廊下を歩く者の足音がどしんどしんと響く。兵隊でもいるのだろうか、すごい足音だった。

スンガイコロクに向かう。

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上の写真のダウンロードをやったあとデジカメを見ると、メモリーに入っていた写真のほとんどが消えていた!

シャーアラームのマスジッドの写真も、マレー鉄道も、コタバル周辺のビーチも、タクバイの写真も、パッタニの美しいマスジッドも、ヤラのモダンなマスジッドの写真も全部消えてなくなっていた。やっぱりよくわからないことをやるべきではなかった。上の写真のテロで死んだ売春婦の(註)タタリという線もないわけではない。もう一度深南部を回って写真を取り直してこなければならなくなった。

(註)その後の報道により死亡したのは男性客と訂正。

(消え残った写真より)

ヤラ・ラーマ・ホテル

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ヤラ・ラーマ・ホテルのカラオケ店(外観) 窓ガラスは壊れなかったようだ。

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2006年6月23日 (金)

パタニ Patani (パッタニ Pattani)

6月某日。ナラティワトのタンヨンTanyongホテルのフロントにパッタニ行きのミニバス手配を頼む。

時計をマレーシア時間のままにしていた(タイより一時間早い)。

そのため遅すぎると思いこみ、ホテルのボーイに催促してバス停までモトサイ(バイタク)で送らせる。

バスチケットは80バーツ。12時頃発。

バス停で、すばらしい英語を話すムスリムの女の子に出会い親切にしてもらった。通訳をしてもらい、コカコーラをおごってもらった。

女の子が自分のために買って飲みかけたミネラルウォーターもくれた。これは何でくれたのかわからない。

若い女の子に飲み物をおごってもらったのは、ネパールのゴルカの山の中で小生意気なバウン(ブラーマン)の娘にコーラなどを恵んでもらって以来である。

このムスリム女性は23歳で、ナラティワトに実家がありパッタニの大学で英語の先生をしているといっていた。23歳で大学の先生というのもよくわからないが、ユニバーシティといってもいろいろなのだろう。

たいへん文法的なちゃんとした発音の英語を小さな声で丁寧に話してくれる。とても謙虚な人だった。

彼女もアラビア語は「当然」読めるという。子供のころから教わっているからそれが普通なのだと。しかし話すのはあまりできないとも言っていた。それでもすごいことである。

彼女は、マレー語、タイ語、英語、アラビア語の4ヶ国語が読めて、アラビア語以外の3ヶ国語は不自由なく話せるわけである。

ムスリムと異教徒との結婚の話になった。ムスリムの棄教はご法度なので、異教徒のほうがイスラム教に改宗しなければならないが、改宗は「シリアスリーでシンシアリーな」ものでなければならないと言う。

パッタニの観光についてもあれこれ教えてくれるので、夕飯でもご一緒しませんかと提案した。しかしとても堅い人でぜんぜんだめだった。バスを降りるときに、手を出しても握手もしてくれない。気持ち悪がられたのかもしれない。

この子が勧めてくれて、バス運転手にも指示してくれたホテルMy Gardensにチェックイン。550バーツで結構な部屋。特にうるさくもない。

パッタニの町も平穏で緊張感はない。わりと大都会である。

パッタニに来るとイスラム色・マレー色はさらに薄くなる。ナラティワトではかろうじて飲めたコピ・オもテー・タリクも見当たらない。これらの言葉の通じる人も少ない。スカーフをしている女性も少なくなる。

コピもテーもチヤもチャイもラペイエもない生活をよく続けられるものだ。やはり、タイの生活には何か重要な精神的な要素が欠けている。四六時中だらだら食って酒を飲むだけ。

朝食はミルクティーだけにして固形物は食べないというのが健康に一番良いと私は信じている。一日に一度くらいは空腹感を持つことが大切である。

タイ族マーケットはイスラム色は意識的に排除されている感じがする。ブタを食わされそうだ。ムスリムの食堂とはっきりわかるところがあまりない。

私はムスリムではないしムスリムになる予定もないが、近頃は血なまぐさい肉やブタ肉は食べる気がしない。ブタの血の塊やブタの皮のテンプラなんてもってのほかである。

パッタニの夜はタイそのもの。タイ的な腐敗臭があちこちから噴出してきている感じだ。

時計塔の近くには黒いガラス戸のバーも並んでいる。夜になると色白の女たちが戸口にたむろする。売春バーのようだ。ちょっと聞いてみる。多くの女が北部出身らしかった。ウッタラディットから来ているとか言っていた。こっちのほうが稼ぎがいいのだろう。

やはりパッタニやナラティワトはタイから独立してイスラム国家になったほうがいいと思う。汚物入れはバンコク、チェンマイ、パタヤ、プーケットくらいで十分である。

深夜のパッタニの町も緊張感はまったくない。昼は多少警官も見るが夜は見当たらなくなる。毛唐がなぜこの町に来ないのかわからないくらいである。

爆弾などより、夜は野犬が怖い。北部の犬よりはずっとおとなしいが、通り過ぎたあと後ろからひそかに付きまとおうとするのはいかにもタイの犬らしい。チェンマイだと、本当に後ろから噛み付いてくるから危険である。

パッタニに来て思い返す。

ナラティワトのタンヨンホテルのフロントの姉ちゃんは、ムスリムではないようだったが、マレーシア人のように親切な人だった。何か頼むとすぐに自分で動いてくれて、いろいろ世話を焼いてくれた。

タイ人らしくない腰の軽い人で、ここに行きたいというとすぐに自分で外に出てモトサイを拾ってくれて運ちゃんに指図もしてくれた。

たいていのタイ人は自分では一切動こうとせず、ニヤけたりシカメッツラをしたりして座っているだけ。動くときもイヤイヤなのをことさら表情に出そうとする。そういう風にするのが立派そうで洗練されているとでも思っているらしい。

翌日。

安いし、うるさくもないのでホテルMy Gardensに連泊することにする。

タイ的なものを予想以上に受け付けなくなっていることを自覚する。いかにもタイ人というのに接するとイヤでたまらない。いかにも中国系というほうがまだましなくらい。

ホテルのフロントは割り込んでくるタイ人客を平気で優先して受付け、そのうえタラタラして長々と待たせる。

これで毛唐がいたら耐えられないだろうが、さいわい今のところパッタニでは白人は一人も見ない。

バイタクでパッタニのモスクを見に行く。立派な美しいマスジッドだった。看板にタイ語さえ入っていなければなおよかった。

パッタニのバイタクは明朗会計。運ちゃんはほとんどマレー系。市内なら一律20バーツ。市外のクル・セ・モスクなどを見に行こうとすると高くなる。50バーツとかいってたのでやめた。

ネット屋はホテルの近くに2軒。ローカルの若者の遊び場なのでみんなゲームをしている。

日本語IMEを自分でApplyしてココログを書く。タイのネット屋はたいていタイ語が入っているので、日本語IMEは入れやすい。WindowsXPのCDromは要らない。

日本語IMEの入れ方は、まずスタートボタンのSettingsなどから「コントロールパネル」を開き、Regional and language optionsというところをクリックする。

タイ語などが入っていればRegional optionsのところに日本語もあるようである。そこをJapaneseに変え、LocationもいちおうJapanに変えて、Applyするだけで日本語ツールバーが出せるようになるようである(Locationの変更は必要ないのかも知れないが、以前マレーシアでなぜかどうしてもうまくいかないときにこれをJapanにしただけでうまくいったことがある)。

タイ語などが入っていない場合は、まずLanguagesのところを開いてInstall files for East Asian languagesのところにポチを入れてApplyするが、このときWindowsXPのCDが必要になるようだ。あとでRegional...のところも変える。マレーシアのネット屋ではXPCDを貸してくれることもあった。

「マレー人のマーケット」があると聞き何とかバイタクで行こうとするが、運ちゃんはマレー人(ムラユ)なのに意味が通じない。そういうはっきりとしたところはないのかもしれない。MyGardens付近はほとんど完全にタイ族の領域になっている。

夕方バイタクでわざわざローティチャナイを食べに行った。

昼間はわりと警官を見る。ホテルのすぐそばの交差点で交通整理をしているのだが、ヤクザそのもの。バイタクの運ちゃんがぺこぺこしながら通り過ぎていく。

テレビのニュースでパッタニの話がいくつかあった。政治家が来たか何か催しがあったようだった。

3日目。

昼間の警備が少し物々しくなってきた。交差点の警官が増えて、検問もランダムにしているように見える。かと思うと、まったく警官がいなくなる時間帯もある。

テレビは国王様マンセー一色。ホッシップなんたらと繰り返し気持ち悪い。

去年ネパールNabilBankの口座から引き出したアメックスのトラベラーチェックを両替してしまおうと思い、近くの「クルンタイバンク」に行ったがダメだった。基本的に両替はしていないらしい。係員はしばらくTCの券面を見ていてやっぱりダメだということになった。たぶん光を当てて真偽を確認する装置がないのだろう。

クルンタイは大衆的な銀行なのだろうか。警備員のようないかにもタイ人という感じの男がまず呼び止める。行員の女性と話していると、この男が「帽子を取れ」という。

私は帽子の下に何も入れていないことを見せてから(毛は生えている)また帽子をかぶった。それでもこの男は帽子を取れとしつこく言ってくるので、相手にしないで無視していた。

マレーシアでもタイでもネパールでも、銀行で帽子を取れといわれたことはない。これが初めてだ。この男はムスリムにもそう言っているのだろうか。

帰り際、この男はわざわざ私を呼び止めて自分の受付テーブルのようなところに呼びつけた。ねちっこく因縁をつけるような目でにらみつけ、"I am take you....hat....."とかわけのわからないことを言ってくる。

「帽子のことでオレがお前を警察に連れて行ってやる」とでも脅していたのだろうか。妄想土人の権威妄想マルダシというほかない。これまた実にタイ人らしい振る舞いである。

それともタイでは銀行の警備員は警察なのだろうか。タクシンも警察官のようだし、イミグレ役人も警察官らしい。

これと比べると、行員の中国系女性職員ははるかにまともだった。「バンコク銀行」に行けと言う。

クルンタイがローカルな大衆的な銀行だとすると、タイ族がマレー人に日ごろどういうふうに振舞っているかも想像される。

バンコクバンクはかなり離れた少し辺鄙なところにあった。バンコクバンクでは帽子を取れとかバカなことは誰も言わない。一応は外国にも支店がある銀行である。

TCのチェックや身元のチェック(パスポートのコピーとサイン)は厳しかった。マレーシアの出国スタンプのコピーまでとり、それにサインをさせる。サインをいくつしたかわからないくらいたくさんした。

両替レートは多分悪い。1ドル38バーツ弱で、そのうえTC一枚につき手数料30バーツ、印紙代3バーツ。

この銀行は大変のんびりしたところで、冷房の効いたロビーで地元の人たちが分けもなくたむろして新聞を読んだりしているのが不思議である。カウンターの向こうには分厚い札束が無造作に置かれたまま行員が席をはずすことも・・・・

ネパールのNabil Bank発行のばらばらのTCだったので少し心配していたが、両替はできた。

昼ごろローティチャナイが食べたくなり、バイタクを雇うが、どこも閉まっている。ローティはどこも朝と夕だけのようだった。

その代わり、マレー人地区の食堂に連れて行ってくれた。マレーシアとほぼ同じチキンカレーが食べられる。しかし、コピ・オはなかったのでテー・スースー。

お勘定もマレー語しかもマレーシアリンギ建てで「ドゥア・リンギ・ラパンプロ・セン」(2リンギ80銭=28バーツ)という言い方だった。すごい。

夕方ちょっと嫌なことがあった。

ドゥリアンを買っていたら、私服警官とかちあった。

警察だろうということは雰囲気ですぐにわかった。普通に見かけるタイの制服警官とは違い、ミャンマーの警察官のように小柄だったが、ミャンマーの刑事のように洗練されてはいなかった。

天下のミャンマーのロンジ履き刑事ほど細心で空恐ろしい雰囲気はない。思ったことをすぐに言ってしまい、考えていることがすぐばれてしまう感じだった。

すぐに粘っこく付きまとおうとするので汚物を払うように振り払う。

こっち嫌がっているのを見て、警察だから安心しろと言ってわざわざ身分証まで見せてきた。こういうところが間抜けな感じである。私が彼のことを、彼らが目の敵にしている多数派住民「ムラユ」だと思っているととったのかもしれない。

国籍、滞在目的、泊まっているホテルなど、あれこれ身元を聞くのはもちろんだが、やたらにこっちの体に触って来る。これが気持ち悪い。体に触ると何かわかることでもあるのだろうか。

そして散々、マレー人と「イスラム」の危険性について親切に教えてくれる。私が日本人だから当然イスラム教とは縁がなく、反イスラムだと思い込んでいるようだ。

日本にもムスリムはいる。「私は日本人だがイスラム教徒だ」と(嘘を)言っていってやったら面白くも気まずいことになっていただろう。

ここに何しに来たということになって警察署に連れて行かれたかもしれない。

「ムラユ」はno job,no work でだらだらしているだけのどうしようもない性悪な連中であるように言い立てる。

そうなのかもしれないが、no job,no workでだらだらしていて危ない連中が多いのはタイ族もまったく同じである。ただタイ族は侵略者の特権を享受しているから働かなくてもいい生活ができているだけのこと。

私は左翼ではないが、こういう特権に守られた連中がマイノリティに対する差別的な発言を平気でするのを聞くとむかつく性分である。

タイのマイノリティは、日本の自称マイノリティのように特権で守られてやたら声がでかく外国の反日主義と通じている連中とは違う。外国に反タイ主義など存在しないのである。白人は酒と女で丸め込まれ、近隣国は弱小で歯向かうことができない。

警官は、深南部三県はツーリストにとって安全な地域ではないから来ないほうがいいともいう。

誰に聞いても市街地は安全だといわれるし、この小さな都市にこれだけ警察がいて治安が保てないと言うのは変な話である。

「いつ出て行くのか、明日行くのか」としつこく聞くので、天皇が帰ったら自分も出て行く、一週間ぐらいは滞在すると答えておいた。

やはり、タイ警察はここで外国人に見られたくないことをやっているのだろう。

タイ族移住による文化的侵略の続くタイ深南部は、漢族移住政策によって文化的に分断されつつあるチベットに似ている。

ぱったににくるときに親切にしてくれたムスリムの女の子が「シリアス」で「シンシア」な改宗でなければならないと言っていたことを改めて思う。彼らはノホホンとムスリムをやっているわけでないと言うことだろう。

彼女のような優等生でちゃんとした知的な職業についている者であっても、ムスリムとしてこの土地にいるかぎりマイノリティであり、当局からは常に犯罪者予備軍として扱われる。ここ以外でもムスリムである以上、それだけで差別され敵を作ることがある。

それを引き受けられるだけの覚悟が必要なのはもちろん、そのような不利益をうめて余りあるほどの利益をイスラムに見出せるのでなければ、真剣に改宗する者とはいえない。

また、そのようないいかげんな者がイスラムコミュニティに入ってくることは、本物のムスリムにとっては迷惑だということだろう。

 
昼間、路肩の草むらの中に銃を構えた迷彩服の兵隊が座っていることっもある。しかしいつもいるわけではない。

マレー人のバイタクを何度も雇ってようやく川向こうのマレー人地区でまともなコピ・オを飲むことができた。かなり質の高いものもある。

ムスリムの中にも(スカーフをしている人でも)、コピ・オという言葉がまったく通じないものもいる。すぐに反応してくれる人もいる。

ホテルマイガーデンズ周辺のマレー人はタイ化していてコピ・オが通じないことが多い。この町のマレー人社会もタイにからめとられて分断しているのかもしれない。

 
東南アジアご訪問を控えての天皇皇后両陛下の会見での発言をネットで読んだ。

天皇陛下はさすがに慎重な方だが、皇后陛下のタイヲタ的な発言に違和感を覚えた。しかし、これも儀式のうちに入るのだろう。

外国人反日記者の悪意ある「愛国心教育」質問を、婉曲的にお諌めになった天皇陛下のお言葉はお見事だったと思う。

彼らはタイの、人の心の隅まで支配する全体主義については何の批判もしないのだ。

しかし私は、タイおよびタイ族、そして彼らが再生産する国際的な「タイ的イデオロギー」は、この世界で人間の尊厳を脅かす危険な現象であることを、改めて強調しておきたい。

 
タイ人には食傷ということがないのだろうか。

9日を過ぎても延々と国王賛美が続く。

黄色を着た連中は獰猛な野獣のような目つきになっている。この町では、決して黄色を着ない人も少なくない。

ホテルMy Gardensは、中華系で従業員はタイ族だが、みな普段どおりの制服を着ていて「黄色」を着ていないのが救いである。

深夜も若い女がフロントにいて制服のまま椅子の上で寝ている。警備員もいるが、異常としか言いようがない。

いまタイ時間深夜2時半過ぎ。パッタニにもこんな時間まで開いているネット屋(ゲーム屋)がある。国王祭り休暇のためか、客も少なくない。

よく見るとパッタニにはインターネット屋が意外に多い。どの店もローカル向きで、ゲーム中心のところもあるが、コピー屋、文具屋といっしょになっているところもある。日本語IMEのかぶせ方を覚えればどこでもすぐに利用できる。

深夜までやっているのはゲーム主体の店だが、どの店も大体は静かである。いまこの町に外国人が来ることはほとんど来ないから、ネット屋に白人が来ることなどはない。したがってじっくり読み物をしたりするのにとても便利な町である。

ネット屋によって、おそらく経営者によるのだろうが、タイ族色が強いところとムスリム色が強いところとがあるように見える。「黄色」一色のところと、「黄色」もたまにはいるがスカーフが目立つところと。これはネット屋に限らず、どの店もそうなのだが。タイ族の店は本当に感じが悪い。

6月11日。

各国王族に続いて天皇陛下が空港に降りる映像がテレビで流れる。ちょっとだけのニュース。日本の天皇の扱いは十分に丁重とはいえない。天皇陛下は頭を下げすぎる。

迎えに来たタイ皇太子は、天皇に対してはあまり頭を下げない。他のところではペコペコしていた。映し方もよくない。天皇がほとんどアップで映らない。

本来なら国王自身がじきじきにお出迎えに来るべきところである。

明け方4時ごろまでネット屋ですごす。4時ごろネット屋を出て近くのローカルなコンビニに入ると、スカーフをちゃんとしたムスリムの女の子がレジをやっていた。愛想がよくいろいろ英語で話しかけてきた。

13日。

ホテルのテレビがどのチャンネルも国王もの一色になっているときに表に出てレストランに入ると、まったく別の物をやっていた。ビデオかもしれない。まともな人はいい加減に飽きてるだろう。

   
市内に終夜営業のコンビニは何軒かあるが、セブンイレブンは一軒だけのようである。時計塔からMy Gardensの反対の方にまっすぐ15分ぐらい歩くと左手にある。品揃えはまちまちである。

セブンイレブンのちょっと手前の左手に、こぎれいな喫茶店がある。深夜までやっていて、早い時間はいつも人でいっぱい。もちろんローカルの人ばかりだが、若いムスリムのカップルなどが目立つ。ハンバーガーのようなものを作って出している。女主人もムスリムで、いつも愛想がよい。

この店はコピやドリップコーヒーはない。ネスカフェだけだが、それがなんと5バーツ。ネパールでもネスカフェはもう少し高いと思われる。しかも、一応ちゃんとした味の中国茶のポットもついてくる。(この辺ではテー・スースー(ミルクティー)やネスカフェにはたいていお茶のポットがついてくるが、ほとんど味がしないのや、テースースーに使うドリップのお茶を2、3滴たらすだけというところも多い。)

ホテルMy Gardensは静かで快適で料金も安く申し分ない。町ものんびりしていて不便そうでいてわりと便利なので、ここは大変居心地がいい。

陰険なタイ族は無視していればいい。ムスリムの人たちの多くはいつも笑顔で挨拶を返してくれる。どこで会った人かこっちが忘れているようなこともある。

いま「黄色」(国王の生まれた月曜日の色)を着ている連中が多い店はタイ族の店。とげとげしく陰険な連中の溜まり場なので避ける。この時期は大変わかりやすい。

タイ深南部に入って2週間。パッタニには10日以上もだらだらしているが、いまのところ治安の悪さを感じたことはないし、危なそうな人間も見かけない。

ケンカふきかけてきそうな目つきをしているのはむしろタイ族の連中である。

毛唐を見たのはいまのところ自転車の女ひとりだけ。

15日。

今日こういう報道があったが、パッタニの町に変化は感じられない。警察も軍隊も見かけない。

Series of bombings hit Thai south

At least 30 bombs have exploded in the south of Thailand, killing at least two person and injuring many others.
They went off almost simultaneously across the three provinces closest to the Malaysian border - an area plagued by a long-running Islamic insurgency.

The homemade bombs exploded early in the morning, just as people were arriving for work.

The largest hit a teashop in Pattani province, killing a local official and wounding many of the customers.

パッタニ市内からは離れたところで起きたのだろう。

それよりも午後の雷がすごかった。一瞬爆弾テロかと思った。

15日の深夜もパッタニ市内は平穏。

深夜まで開いている店でサッカー・ワールドカップに興じている。この店はムスリム経営の清潔で良心的なコーヒーショップで、コピはないがネスカフェがなんと5バーツ。野菜と卵入りローティ・バカル(野菜と卵をはさんだハンバーガー)が13バーツ。(普通、「ローティ・バカル」はたんにトーストのことだったりする。)

タイ族客も多く、深夜には薄汚いオカマのような非常にタイ的な連中もたむろしていた。こういうのを見るとちゃんとしたムスリムは不快だろう。

マイガーデン近くのタイ族マーケットにはイサーン顔のおばさんもいる。モンMon系かもしれないが、いかにも感じの悪いタイ人。ホテルの近くではこの店だけが、コピ(ミルクなしドリップコーヒー)をやっていたが、タイ族マーケットは感じの悪い一帯なので今は近づかない。

タイ政府は、深南部を「タイ化」するために、貧しいがタイへの帰属意識の強いイサーン住民を南部に移住させることを考えているようである。実際にそういう働きかけもしているのだろう。

イサーン住民を深南部に移住させる案【タイ】

16日。

セブンイレブンに近いところでまた新しい喫茶店を見つけた。Ayuという冷房の効いた快適な店。エスプレッソがある。25バーツ。ベーカリーもあり、パンやショートケーキも売っている。見た目はおいしそう。

6月15日はパッタニが「独立宣言」をした記念日だったらしい。どういう種類の独立宣言かまではよくわからない。とにかくそのせいで各地で爆弾事件が同時多発的におきたと説明されているようだ。パッタニ王国はヤラーやナラティワトも版図に納めていた。

ちゃんとスカーフをしたムスリムのおばさんでもたまにマレー語がまったく通じないことがある。今日初めての屋台で、NasiもAyamも通じなかった。隣にいた若いムスリムの女の子が通訳してくれた。

タイ語で「鶏」というのは難儀である。中国語の方言というのがよくわかる単語だが。

Ayamなら世界中のどこの国の人が発音してもたいていはみんなに通じると思われる。マレー語は最初から南洋の国際共通語として出発したようだ。

itvのHot Newsのキャスターの服が黄色のポロシャツから背広に戻っていた。まだ黄色でやっているニュースもある。

17日。

朝からテレビの反日番組。毛唐に日本の戦争を語らせるドキュメンタリー。

ホテルMy Gardensは癖がなく、快適なホテル。長期滞在に向いている。

移動したとしても、ここよりも居心地のいい宿はなかなか見つからないように感じる。これもずっとパッタニにとどまっている理由のひとつ。

   
街中でも警察車両が目立つようになってきた。

夜、ホテルに戻ると警官隊か兵隊を乗せたバンがホテルの敷地内に入っていくところだった。何をしにきたのかはわからない。

ヤラーのホテルのカラオケで爆発があって、カラオケ嬢(売春婦)が死んだらしい。その影響かもしれない。

警察や軍隊が一番ターゲットになりやすいのだから、ホテルに警察が詰めたりするのはテロの危険という点でも迷惑である。

ムスリムから見れば、例外なく豚食い×ャン×ロの経営しているホテルや売春バーがこの地域にあること自体、冒涜であり侵略であろう。

中国人が切り開いた売春穴に、同じく豚食いのタイ族が、ドロッと濃厚なタイ文化とともに、膿のようになだれ込んでくるのである。

そしてでかい国王の写真をぺたぺた貼って偶像崇拝のようなことを強要するのである。弱みを見せていたらやがてメーサイのように毎朝晩タイ国歌を流し、マレー人に起立清聴を強要し、国王への忠誠と仏教と土人売春文化を含むタイ文化の全面受け入れを強要するようになるだろう。

そうなった暁にはこの地域も、土人売春婦を引き連れた世界最低レベルのクズ白人で足の踏み場もないほどになるのは明らかである。

今は静かなビーチからも、表通りのカフェからも、ムスリムローカルは当然のように締め出され、昼間からオープンバーで売春婦の乳をもんだりビールをラッパ飲みしたりする毛唐とそれにかしずくタイ族が大手を振って練り歩くようになる。

タイ文化がこの地を支配すれば、このようになることは確定である。

これが「国王様マンセー」を支えるタイ族の文化であり、タイのモラルなのである。

深南部のマレー系ムスリムがタイ族を憎む理由はほかにもいっぱいあるだろうが、これだけでも十分である。

18日(日曜日)。

多くの店が閉まっている。いきつけのマレー系ガーデンレストランも。

先週の日曜日は、国王狂騒の真っ最中だったが店は開いていたように記憶している。

My Gardensホテルにタイ族の若い男女の集団がチェックインする。黄色を着ているやつも数人いる。

夕方久しぶりにマレー人地区にバイタクで行き、本物のコピ・オを飲みローティ・チャナイを食べる。コピ・オとローティ・チャナイで11バーツ。往復のバイタクにかかるのが40バーツ。

最初タイ族運転手にあたってしまった。マレー系かと思い、以前行ったMasnaローティを知っているかと聞いら、知っているような風にいうのでそのまま乗ったらまったく関係ないバス停に連れて行った。本当はコピもローティも知らなかった。

話にならないのでマレー人マーケット近くで降りて、別のバイタクを拾う。だから、交通費が60バーツになった。

それでも無駄ではなかった。コーヒーが非常にうまかった。

マレー人地区の本物のコピ・オは味がぜんぜん違う。タイコーヒーとはまったくの別物。おそらく豆も淹れ方のコンセプトも違うのだろう。マレーシア側よりも美味く感じたのは久しぶりのコピだったからだろうか。

マレー人地区といっても見た目貧しそうだったり汚かったりするわけではない。近代的な地域であり、大きなマーケットもショッピングセンターもある。ただ、ホテルは見かけない。My Gardensからは離れているのでバイタク(モトサイ)で行かなければならない。

19日。

11時過ぎに起きだして表に出る。

タイ人客を避けてエレベーターを使わず階段を降りると、迷彩服の兵隊が手ぶらであがってくるところだった。ホテルの中で何をするつもりだろう。

ホテルの前の警備員も警察のようなものものしさである。警察なのかもしれない。しかし、いないときにはまったくいない。

今日もムスリムレストランが閉まっていることが多い。マレー人地区でさえマレー食堂を見つけることが難しい。昨日のコピ・オがうまかった食堂は見つけられなかった。

モトサイ(バイタク)運転手がタイ族ばかりになっていて、マレー語が一言も通じない。

国王狂騒以前はホテルの前でモトサイを拾うとたいていマレー人運転手にあたり、マレー語が通じていた。

パッタニの町は前にもまして黄色を着た連中が増えている。

マレー人マーケットでさえ黄色を着てスカーフをつけない女性が目立っている。ムスリムの人たちが店じまいしているから目立つのかもしれないが、この地域ではとくに、いま黄色を着ないとまずいという雰囲気がありそうだ。

日本人タイヲタの中には、「色黒で土人顔のタイ人がマレー系」だと信じているのもいるようだが、見当はずれである。

今日は数回モトサイを拾い、10人位の運転手には話しかけた。みんな真っ黒なごてごてした顔をしていて、マレー語は一言も通じなかった。

「マカナン・イスラム」も「パサル・ムラユ」もまったく通じない。マレーとはまったく縁のないタイ族である。

実はマレー人はそんなに黒くない。コタバルとタイとを比較してみればわかる。この辺でいちばん地黒なのはタイ中部からカンボジアにかけての人たちではないかと思う。モンMon・クメール系の混じったタイ族。顔がごてごてするのも混血ゆえだろう。

マレー人はこのあたりでも、特に女性は色白のうりざね顔が少なくない。

パッタニに来て15日になる。

今夜、パッタニで2人目の白人を見た。今度も女。アジア人女にガイドされている。

薄暗い歩道を前方から歩いてきたが、すぐに白人だとわかった。道を譲り合おうという気配が「まったくない」からである。

これが毛唐のはっきりとした特徴である。アジア人ならよっぽど横着なガキでも前から来る人に対する一定の意識を持っている。

こちらも相手に合わせてまったく道を譲らなかったが、道に余裕があったのでぎりぎりですれ違った。

こちらが道を譲らないとわかると、その毛唐女はテロリストにでも出会ったかのようにキッと引きつった目でにらみつけてきた。いつものパターンである。

20日。

セブンイレブンの近くにあるモダンな喫茶店Ayuでブルーベリーチーズケーキを食べる。40バーツ。

結構おいしかった。日本のものとそれほど変わらないくらい。タイでは最高レベルではないだろうか。

チェンマイの日の丸をデザインした「日本式ケーキ屋」のものよりうまい。

店のおばさんは英語を話す。あなたが作ったのか、と聞くと、そうだと言っていた。本当かどうかはわからない。

パッタニのセブンイレブンは一軒だけだと書いたが、時計塔から歩いていける範囲でのこと。川向こうにもある。

Ayuの店前のテーブルに座っていたムスリムのルンギをはいた青年も英語が話せた。店に誰もおらず明かりも消えていて閉まっているように見えたので、閉まっているのかと英語で聞いたら、教育のありそうな上手な英語で開いている今ちょっといないだけだと答えてくれた。

最近は片言のマレー語しか使わないのに、なぜこのときに限って英語を使ったのかわからない。

テレビでは相変わらず「国王賛美のCM」をしつこく流している。

タイが公式にいうほど国民に敬愛されているのなら、賛美のCMを長々としつこく流す必要はないはずである。

タイ国王の権威も、実は綱渡りをしているようなものなのだろう。

しかも最近のCMの傾向として、毛唐を使うことが増えてきた。毛唐に英語で長々とタイ国王への賛辞を述べさせる。

白人様もこんなに評価しているということを国民に示すのに躍起である。そうまでしないとやはり国王を中心としたイデオロギー的統合が保てないのだということになる。

最近はあまりテレビを見ないので、もっといろいろな恥ずかしい企画をやっているのだろう。

深南部でテロが続くといっても、現在の独立派勢力は、タイ族仏教徒の主導する現人神的国王賛美に、ムスリム住民もが迎合することを容認しているのが現実だと思う。

タイ当局側は、ムスリムも国王を敬愛しているという宣伝を内外に向けてすることで、この地域のタイへの文化的統合を合理化しようとする。

独立勢力は、本気で独立を目指すなら、まず思想な独立をこの地域に確立しなければならない。

ムスリム同胞には現在のような偶像崇拝的な国王賛美を禁じなければならないはずである。

現在タイで行われている国王賛美はそれ自体偶像崇拝的なもので、唯一神に対する信仰とは相容れないのではないかと思う。

しかも国王は宗教的に中立ではなく、法的にも仏教徒であり公式に仏教僧の祝福などを受けるのである。

独立派のイスラム法学者が、ムスリムである以上、仏教徒タイ族のタイ国王賛美に加わってはいけないという宗教令を出すことが最小限必要だと思う。

それが仮にこの地域のイスラム社会に分裂をもたらすとしても、今のままずるずる甘いテロをやっていては独立実現はおぼつかない。

今の状態はこの地域のタイ化を事実上容認するものである。北からのタイ族の入植は進んでいるし売春婦も移植されている。

しかし、もしこの地域のイスラム指導者がムスリム住民に対して、国王の個人崇拝を禁じる、国王写真を含めた一切の偶像を排除せよ、という宗教令を発するならば、それは全世界の熱心なイスラム教徒の関心を集め独立運動への支援を期待することができるだろう。

それによって一時の分裂と流血がもたらされたとしても、得るものの方が大きいはずである。

いや、本当はもっと根本的な行動が必要である。

宗教の立場からいうのではなく、政治的独立のためにぜひ必要な、流血も人身被害も伴わない人道的かつきわめて効果的な「テロル」の手段がある。

街道沿いに掲げられた巨大な国王の写真、役所の前に掲げられた写真、醜悪な王妃の巨大な写真。

これらを同時多発的に早朝にでも爆破するのである。

国王の顔のところが吹き飛ぶように爆弾を仕掛けるのが良いと思う。顔面麻痺の心理治療にも有効だろう。

それが成功したら、次は仏教寺院である。坊主や教師を狙うのではない。

仏像を的確に爆破する。仏像といっても最近作ったばかりのキンキラキンの悪趣味なものばかりで文化的な価値はないから、ためらう必要はない。そもそも仏教も最初期には偶像崇拝を忌避したのである。

これら一連の行動によって、独立派から離れていくムスリム住民が相当数いるとしてもやむをえない。

自分たちは偶像崇拝、個人崇拝を許さない、仏教徒タイ国家から独立しイスラム国家を建設するのだ、という明確なかつ痛烈な意思表示は、全世界に報道されて、それ以上に多くのものをもたらすはずである。世界中の熱心なイスラム教徒の視線と援助をこの地域の独立運動に集めることになる。

これをしない限り、テロで何十人役人を殺しても独立はない。しかし、これをすれば状況は大きく転換する。

パッタニを去ることにした。

多少未練が残るが、コピ・オを飲むのにバイタクを使わなければならないし、タイ族の運転手はまったく要領を得ない。

いつか、独立したパタニ・ダルサラームを見てみたいと思う。

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Pattani(town)  From Wikipedia, the free encyclopedia

The word Pattani is derived from "Patani" in Malay which means farmer. The local dialect of Malay is called Patani Malay or Yawi in Thai (derived from Jawi).

Pattani Province 

History

Historically Pattani was the centre of the semi-independent Malay Pattani kingdom, but paying tribute to the Thai kingdoms of Sukhothai and Ayutthaya. After Ayutthaya fell in 1767 Pattani gained full independence, but under King Rama I it again came under Siam's control. In 1909, it was annexed by Siam as part of Anglo-Siamese Treaty of 1909 negotiated with the British Empire. Both Yala and Narathiwat were originally part of Pattani, but were split off and became provinces of their own.

マレーシア・クランタン州をイギリスに割譲し、パッタニを正式に併合したということか。

クランタン州の人は「クランタン」に大変な誇りを持っているようだが、タイが放棄してくれてよかったというのが歴史の審判という感じがする。つまり、イギリス領になったのがかえってよかったと思う。

現在のクランタン州とパッタニの人々の暮らしぶりの違い、雰囲気の明るさの違い、宗教的文化的なアイデンティティをどちらがより維持できているかを比較してみれば明らかではないかと思う(当然、クランタン州のほうがマレー人のアイデンティティは守られている)。

There exists a separatist movement in Pattani, which after being dormant for many years erupted again in 2004. Grievances cited include long-standing prejudice and oppression of Pattani Muslims by Thai Buddhists, including forcible repression of local language and script, as well as religious practices. As such, the revolutionary movement has increasingly taken on Islamic overtones, but remains largely isolated from global Islamic militancy, with the exception of proposed cooperative ties with neighboring Malays.

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次の町はヤラ

悪書

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2006年6月19日 (月)

【写真】タクバイ Tak Bai

タイ深南部国境の町、タクバイ。

一昨年「タクバイ暴動」というのが報じられたと思う。

タイ当局がムスリム容疑者を何十人もトラックに押し込んで圧死させた事件があった。

今は平穏で、ムスリムの人々の表情は(普通のタイよりずっと)穏やかでニコニコしている。(2006年5月、6月)

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タクバイに関する文章を含む記事:

スリ・トゥージュー・ビーチ クランタン州 マレーシア Pantai Seri Tujuh, Kelantan

ナラティワト Narathiwat

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タクバイのイミグレ

指紋を押させられる人。光で指紋を取る(照合する?)機械がある。

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レストラン

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ナシ・ダン・イカン

これは美味かった。

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カレーを一口食べて旨いと思い、せっかくだから写真を撮っておこうと思い立ってバタバタしたときにご飯をこぼしてしまったのは、悔いの残るところである。それがなければもっと旨そうに映っただろう。

マーケット

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選挙ポスター

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タクバイのマスジッド

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国境の桟橋

マレーシアのイミグレが見える。

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未検閲記事:http://ibrahim.blog.shinobi.jp/Entry/20/

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2006年6月 9日 (金)

タイ深南部の日々

今、このタイ深南部の3県(パッタニヤラーナラティワト)に、どれだけの日本人ツーリストがいるだろうか。

そのように考えると、みんなが来ないところに自分がいることに、ちょっとした得意の気持ちを感じないではない。

といって、盲目にイラクに突入しようというのとはまったく違う。

この地域では、しばしば爆弾事件や銃撃事件が報道されているが、郊外で軍用車や警察車両が襲われたり、爆弾であっても携帯電話などを使った遠隔操作で当局者や怨まれている仏教徒教師らを狙い撃ちすることが多いようである。

住民を巻き込むような無差別テロはないようだ。無差別テロに関しては、以前、マレーシア人の多く出入りするカラオケクラブが狙われたことがあったと記憶しているが、最近はあまりないようである。

テロに巻き込まれる確率がまったくないわけではないが、車にはねられる確率はもちろん、街を歩いていて死ぬ確率もバンコクのほうがはるかに高いのではないかと思われる。

国際的なテロ組織との関係は、噂に過ぎなかったらしい。

私は去年もこの地域を訪れたが、そのときも平穏だった。

ちょっと入ってみて、たとえばタクバイとかスンガイコロクとかに入ってみて、まわりをよく観察し雰囲気を確かめてみれば、どの程度緊張した地域であるかは想像がつくのではないかと思う。

ただし、去年の経験から言えば、スンガイコロクがいちばん殺伐としていた。スンガイコロク=ランタウバンジャン一帯は一般犯罪も多いようである。

去年スンガイコロクで泊まったホテルのテレビでは、エロビデオがただで見られた。そんなことが妙に楽しかったりしたものである。マレーシア、クランタン州からエロに飢えてタイにやって来た男性のためのサービスだろうか。

タイ深南部にはいって一週間、今日になって初めて白人を見た。毛唐女がひとり、野球帽をかぶって自転車に乗っていた。

白人はどこにいっても態度も服装も変わらない。やることも同じである。彼らのAirはどうしようもない。テロられればいいのにと思った。

朝寝坊をしてテレビをつけてみると、国王戴冠60年式典の真っ最中だった。

思いのほかよぼよぼでくたばりそうだった。まともに歩けないようでもある。

顔面麻痺のせいか、顔を引きつらせて、見苦しくきょろきょろして落ち着かない。

糊塗しようとしても糊塗しきれないカルマの報いがいつ身に降りかかるかとびくびくしているように見えないことはない。

もっと現実的に考えて、ひとつの方向を向き一色に染まって熱狂している群衆は、いつ気が変わって反対の方向を向くかわからない。

賢い国王であるならば、そのことを恐れているのかもしれない。

国中が一色に染まって熱狂していることは、それだけでも君主にとっては脅威である。

ちょっと前に政治のことで政治家だったか裁判官だったかに説教していたときの国王は、もっと生き生きしていたように思う。

愚か過ぎる国民の熱狂に付き合っていくのにホトホト疲れ果てていることも事実だろう。

天皇皇后両陛下が賓客の一人として参列なさる予定である。

しかしその報道はほとんどなく、外国からの参列客については白人王族のほうが大きく取り上げられているように思う。

右翼の皆さんはこのことを怒るべきではないか?

天子はつねに八紘一宇の天子であるとすれば、天皇陛下とタイ国王とが対等というだけでもおかしいことではないか?

そういえばサッカーも、日本チームに関してはまったく報道されない。このグループからはブラジルとクロアチアが勝つと決めているようだ。

国王祝典のために休日なのか、ネット屋はタイ族のガキどもが占領して一日中ずっとゲームをやっている。マレー人の子供は路上に座り込んでタバコをふかしたりしているものもいる。

この町でも、店員が黄色を着ているかどうかでタイ族の店かどうかすぐにわかる。そういうところは避ける。ムスリムは普段どおりの服装。

タイ族の店の中には店じまいしたところもある。バンコクに行ったのだろうか。

タイのテレビにあれこれ文句をつけても仕方がないことはわかっているが、どの局も横並びにイタさに満ち溢れている。

痛すぎると思ってチャンネルを変えてみると、どの局も同じ画面を移しているのだが、別に国王が映っていたわけではない。

ベッケンバウアーとFIFAのブラッター会長だった。

ワールドカップのニュースの枠なのだが、ベッケンバウアーやFIFAのブラッター会長に、ドイツワールドカップがタイ国王戴冠60周年に重なることの「めでたさ」について、無理やり言わせているのである。

ワールドカップとタイ国王とは何の関係もない。ベッケンバウアーもブラッター会長も「タイ国王がいかに偉大な大王であるか」wについての知識はないだろう。

だから無理やりこじつけさせられて途中でしどろもどろになってしまう。

これはもう、集団自慰というより、公開オナニーそのものだった。

私の見た中ではこれが、爺さん婆さんでもないのに王宮前広場で泣き崩れているご一同様の映像にもましてイタかった。

日本人も敗戦の勅語を聞いて宮城前で泣いたが、現在のタイ人の「国王マンセー泣き」にくらべたら実につつましい光景であった。

これはやはりファッショFascioというべきではないのか?Fascismでないとしても、少なくとも警戒すべきショーヴィニズムChauvinismだろう。

他国のことだから口を出すべきではない、勝手にさせて置けばいいのだ、というのなら、「ナチス」も「日本ファシズム」もそれ自体非難する理由はなくなる。

タイでも少数民族や宗教的マイノリティは今でも非法的な手段によって殺されているのである。

 
いま深南部のある町の、深夜12時過ぎても開いているネット屋にいる。隣の台では小学生がゲームに狂っている。深南部でも市街地はこのように平穏である。

タイのムスリムにはほとんどタイ化してしまっているものや、もともとマレー系でない中国人顔のもいる。なかには黄色いシャツの上に黒いトゥドゥンをした見当はずれなのもまれにいる。

しかし、ムスリムの心はタイにしてはまだそれほど汚染されていないといえると思う。

より多くの日本人ツーリストが深南部を訪れるとよいと思う。

ゲームに夢中だった子供は1時過ぎに帰っていった。深夜2時近くまでネット屋は開いていた。閉まる時間になって外に出ると、銃を持った兵隊が数人いた。バイクを調べている。

さほど緊張感はない。バイクに爆弾を仕掛ける形のテロがこの地域では時々あるようだ。

インターネット屋での日本語IMEの入れ方

(ただし、私はこの方面の知識はまったくないので、見よう見まねでこうなったというレベルの話である)

タイのネット屋はたいていタイ語が入っているので、日本語IMEは入れやすい。WindowsXPのCDromは要らない。

日本語IMEの入れ方は、まずスタートボタンのSettingsやMy Computerなどから「コントロールパネル」を開き、Regional and language optionsというところをクリックする。

コントロールパネルを開いてPick a cathegoryというのが出る場合には Date,Time,Language and Regional optionsというところをクリックすると、Pick a taskというのが出る。Add other languageをクリックすると、同じRegional and language optionsの鉛色の装置が出る。

鉛色の装置のRegional optionsのところを参照する。タイ語などが入っていればRegional optionsの一覧に日本語も入っているようである。そこをJapaneseに変え、LocationもいちおうJapanに変えて、Applyするだけで日本語ツールバーが出せるようになるようである(Locationの変更は必要ないのかも知れないが、以前マレーシアでなぜかどうしてもうまくいかないときにこれをJapanにしただけでうまくいったことがある)。この場合は、Languagesをさわる必要がない。

タイ語などが入っていない場合は、まずLanguagesのところを開いてInstall files for East Asian languagesのところにポチを入れてApplyするが、このときWindowsXPのCDが必要になるようだ。あとでRegional...のところも変える。マレーシアのネット屋ではXPCDを貸してくれることもあった。

タイ人には食傷ということがないようだ。

9日を過ぎても延々と国王賛美が続く。

現在のタイは国民精神総動員体制である。

テレビによると、いま日本でも「黄色」を着て騒いでいる連中がいるようだ。

韓国に好んで謝罪旅行に行き、レイプされても仕方がないと言っている日本人女もいるそうだから、天皇は嫌いだけどタイ国王様には身も心もお捧げしますという日本人も少なくなかったりするのだろう。

こういう連中は、その時々の時勢に案外敏感で、買いだと思えばどんな権威にでもすがりつき身も心も捧げてマンセーするのである。日本を持ち上げないことが戦後一貫した時流であることもよくわかってやっていること。

しかしなぜかタイのテレビからはこの時期、普段はかなり濃かった日本色がすっかり消えているように見える。

毎週やっていた日本のドラマは放映されず、日本ネタのCMもなぜか見なくなった。

その代わりに、白人をつれてきてタイ国王を賛美させるというサル芝居が目立っている。

今のタイはワールドカップの韓国の「デーハミングック」と同レベルの狂騒である。

15日。

今日この深南部三県で同時の爆弾テロがあったらしい。

インターネットのニュースで知った。

(記事)

タイで連続爆発、9人けが 警察署など10数カ所で

【バンコク15日共同】タイ南部のナラティワット、パタニ、ヤラの3県で15日午前、警察署など10数カ所で爆発があり、地元当局によると計9人が負傷した。南部の分離独立を掲げるイスラム過激派による連続爆弾テロとみられる。
 地元警察などによると、ナラティワット県では埠頭(ふとう)で爆発があり、海上保安当局者5人が負傷。パタニ、ヤラ両県では警察署などが被害に遭い、警官ら4人が負傷した。
 タイでは9日にプミポン国王が在位60年を迎え、12、13両日には祝賀行事が行われた。

(共同通信) - 6月15日14時12分更新

Series of bombings hit Thai south

At least 30 bombs have exploded in the south of Thailand, killing at least two person and injuring many others.......
They went off almost simultaneously across the three provinces.......

The homemade bombs exploded early in the morning, just as people were arriving for work........

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しかし、町はあいかわらず平穏で、いまのところ何の変化も感じられない。

緊張した雰囲気もない。私のいるところでは警察も軍隊も見かけない。

16日。

南部情勢はやや緊迫の度を深めているかもしれない。

15日はパッタニの「独立宣言記念日」だったそうだ。今日は珍しく、大通りの歩道で銃を掲げて番をする兵隊のような男を見た。

しかし、なんだかガードマンのように一人だけで立っていたし、普通のタイ軍兵士のような迷彩服ではなかった。草色無地の服装。銃は立派そうに見えた。

にらみつけてみたら相手も向き直ってこちらを目で追ってきたから、兵隊ではなく警備員が銃を持っていただけかもしれない。訓練された兵隊はそういうことはしないような気がする。警官の制服ではなかった。

国王祭り前まではにぎやかだった深夜の屋台が寂しくなってきた。

最近の情勢と関係があるのだろうか。

自分は今、深南部のど真ん中にいる。確かに、今動くべきなのか、この安全そうな町にとどまるべきなのか、慎重に考える必要はある。

それでもこの時間、1時過ぎにネット屋が開いていて、少年たちがゲームに興じている。

深夜まで開いている店では人が集まってワールドカップのテレビに興じていることが多い。タイ族もムスリムもこれに関してはあまり違いがないようだ。タイは出ないのだが。

あまり見たことのないチームの試合で、点が入ると大変な歓声が上がる。博打だろうか。

18日(日曜日)。

多くの店が閉まっている。行きつけのマレー系食堂も。

先週の日曜日は、国王狂騒の真っ最中だったが店はもっと開いていたように記憶している。

ホテルの周りは警備員の姿が目立つようになった。昨日のカラオケ爆破事件の影響だろうか。カラオケ嬢(売春婦)が一人死んだらしいが。

19日。

ホテルの中をうろつく迷彩服を見た。

ホテル警備も厳重になってきている感じがするが、昨晩タイ族客がたくさん泊まったからだろう。

売春婦のようなナリのタイ人女も客で来ていた。

まずもって、こういう連中が北部中部からやってきて風紀を乱すから、ムスリムが怒るのだろう。

屑な仏教徒タイ族を深南部に送り込み、深南部をタイ族に同化させると言うのはタイ政府の南部政策の基本である。

タイ化すればセックスのタブーもなく、北部から来た姉ちゃんとやり放題、酒も飲み放題といわれれば、そちらになびくマレー系の若者が増えるのもやむをえない。

こういうところをあからさまにつくやり方が汚い。

貧しく言葉も違い「顔が醜い」ために北部中部タイ族に差別されながらも、なおタイ人意識が強いイサーン住民を、深南部に政策的に移住させるという案もあった。

こういうことが国政レベルで本気で議論される国である。これに対しては、イサーン人の方から苦情が出たようである。

今この地域で、マレー人に対する目に見えない弾圧が強まっている可能性がある。

ムスリムレストランが閉まっていることが多い。

モトサイ(バイタク)を拾うとタイ族運転手ばかりで、マレー語が一言も通じない。国王狂騒以前はたいていマレー人運転手にあたり、マレー語が通じていた。

町は前にもまして、これ見よがしに黄色を着た連中であふれている。

この地域ではとくに、いま黄色を着ないとまずいという雰囲気がありそうだ。

日本人タイヲタの中には、「色黒で土人顔のタイ人がマレー系」だと信じているのもいるようだが、見当はずれである。

今日数回モトサイを拾い10人位には話しかけたが、みんな真っ黒なごてごてした顔をしていて、しかもマレー語が一言も通じなかった。

「マカナン・イスラム」とかナシ、アヤムが通じないのだから、マレーとはまったく縁のないタイ族である。

実はマレー人はそんなに黒くない。コタバルとタイとを比較してみればわかる。この辺でいちばん地黒なのはタイ中部からカンボジアにかけての人たちではないかと思う。モンMon・クメール系の混じったタイ族。顔がごてごてするのも混血ゆえだろう。

マレー人はこのあたりでも、特に女性は色白のうりざね顔が少なくない。

夜、深南部に入ってから2人目の毛唐を見た。今度も女。ローカルらしい女にガイドされている。薄暗い歩道を前方から歩いてきたが、すぐにわかった。

道を譲り合おうという気配が「まったくない」から。これが毛唐のはっきりとした特徴である。アジア人ならよっぽど横着なガキでも前から来る人に対する一定の意識を持っている。

こちらも相手に合わせてまったく道を譲らなかったが、道に余裕があったのでぎりぎりですれ違った。こちらが道を譲らないとわかると、毛唐女はテロリストにでも出会ったかのようにキッと引きつった目でにらみつけてきた。

いつものパターンである。

毛唐が面白くないのは、彼らの思考がこのように画一的で自由がなく、みんな同じ枠から出られないからである。

彼らに特権的に付与された狭い幻想の枠の中で玉ころがしをして、自分は「自由」だと思い込んでいるだけである。

その狭い「自由」の枠の中にいて必然的にストレスがたまると、アジアに来て貴族ぶったり横着三昧をしたりすることになる。

しかし彼らにとってのよりどころであり避難所であるのは、どこまで行っても、この幻想の空中楼閣である。

そのような空中の玉突き台を支えているのは、軍事力、経済力、言語的支配や知的財産による支配を含む文化的なヘゲモニーなど。

セブンイレブンの前で、警官が番をしていた(と思った)。セブンイレブンも襲われているようだ。

まあ、コンビニは日本でも襲われるし、宝石屋にトラックで突っ込んで強盗する手口もある。あれをテロと呼べないのは政治的・宗教的な状況が違うからである。

宗教的・政治的な一定の状況があって、ちょっとした手製爆弾や爆竹やタイのほかの地域でもおきているような射撃事件があると、テロ事件として大きく報じられることになる。

セブンイレブンから出てくると、番をしていると思っていた警官はいなくなっていた。こういうことがしょっちゅうある。あるときは大げさに交差点を固めているが、ちょっと時間がたつと警官一人もいなくなる。

大げさに固めるといっても、完全に封鎖して徹底的な検問を敷くというのではない。ただ(おもに腹が)でっかい警官が何人も突っ立って住民や通行者を威嚇して、ときどき車を止めたりしているだけである。

特別の情報に基づいて重点的なチェックをしているというなら、ただなんとなく制服警官を大げさに立たせておくことには意味がない。完全封鎖して全員チェックするかターゲットを私服で完璧に尾行するかどっちかになるだろう。

だから、ある時間帯だけ(昼休み時が多い)制服警官が何人もおおぎょうに道に突っ立ってしばらく威嚇していて1時間もたつと誰もいなくなる、という警備は、テロ退治にはほとんど意味のない仕事だということになると思うが、どうだろうか。

深南部でテロが収まらないのは、爆弾がそれほど立派なものでないのと、当局が本気でどうにかする意思も能力もないからだろう。

爆弾の爆発力と政治的なインプレッションも比例する。本気でこの地域の状況を転換させたいなら、なんとかして爆発力の高度なものを調達し、大規模な事件を起こすことが必要になると思う。

しかし職業的にずっと続けていきたいということなら、日本の極左の「金属弾」のように、手仕事の技術だけ洗練された被害のあまり出ないものをニュースになるようなタイミングで着実に打ち上げていく、というのが一番だろう。

日本だと「ぼっと燃えただけだが時限発火装置が非常に精巧なものであった」とか、そういうことだけでもプロは食っていけるようである。

しかし、出血・グロ好きのタイ人向けなので、すこしは血が流れないとだめなのかもしれない。

20日。

タイ関係のニュースをネットで参照していて、深南部がタイの中で特別危険な地域であるということは決してないという確信を強くした。

若者グループがバービアに向け銃を乱射しオーストラリア人女性1人が死亡

ミャンマー人殺害、運転手巻き添え

チェコ敗北でショック死

タイでは人は死にやすい。よくわからない理由で人が殺されることも特別のことではない。

テレビでは相変わらず「国王賛美のCM」をしつこく流している。

タイが公式にいうほど国民に敬愛されているのなら、賛美のCMを長々としつこく流す必要はないはずである。これは、街のかどかどに展示されている国王や(実に気持ち悪い顔の)王妃の巨大な写真についてもいえるのだが。

しかも最近のCMの傾向として毛唐を使うことが増えてきた。

毛唐に英語で長々とタイ国王への賛辞を述べさせる。白人様もこんなに評価しているということを国民に示さないと、国王を中心としたイデオロギー的統合が保てないのだろうか。

日本大使館員らしい気取った小役人に(親父の癖に英語なまりのような日本語をしゃべる見るからにくだらない感じの小役人だったが)、天皇がいかにタイを気に入っているかを無理やりしゃべらせるという企画もあった。

タイ人は(後進国の連中が日本語をしゃべるときはたいていそうであるように)なかばなめたようなへつらうような日本語だったが、この日本の役人のしゃべり方には天皇に対する敬意など微塵もなく、評論家のように第三者の話をしているという感じだった。

タイ人記者「天皇陛下はもう2回もタイに来ていますが」。日本の役人「国王陛下の戴冠60周年行事ということですから、2回目であろうと3回目であろうと、タイに来ないという選択はない」「皇太子時代に6回も来てるから、タイが好きなんでしょうねえ・・・」といった口調。天皇陛下にたいする敬語もろくに使わない。在タイ日本人など役人も含めてこういうのが多いから、天皇が今度のような扱いを受けて日本人全体が恥辱を受けることになる。

最近はあまりテレビを見ないので、もっといろいろな恥ずかしい企画をやっているのだろう。

深南部でテロが続くといっても、イスラム勢力はこのような現人神的国王賛美にムスリムが迎合することを容認しているのが現実である。

本気で独立を目指すなら、まず思想的に独立しなければならない。ムスリムには現在のような偶像崇拝的な国王賛美を禁じなければならないはずである。

現在タイで行われている国王賛美はそれ自体偶像崇拝的なもので、唯一神に対する信仰とは相容れないのではないかと思う。しかも国王は宗教的に中立ではなく、法的にも仏教徒であり公式に仏教僧の祝福などを受けるのである。

ムスリムである以上、仏教徒タイ族のタイ国王賛美に加わってはいけないというファトワをなぜ出さないのだろう。

それが仮にこの地域のイスラム社会に分裂をもたらしたとしても、今のままずるずるやっていくよりはいい。今の状態はこの地域のタイ化を容認するものである。北からのタイ族の入植は進んでいるし売春婦も移植されている。

この地域のイスラム指導者が、国王の個人崇拝を禁じる、国王写真を含めた一切の偶像を排除せよ、というファトワを発したなら、全世界の熱心なイスラム教徒の関心を集め独立運動への支援を期待することができるだろう。

それによって一時の分裂と流血がもたらされたとしても、得るものの方が大きいはずである。

いやいや、流血も人身被害も伴わない人道的かつきわめて効果的な「テロル」がある。

本気ならこれをやるべきである。これについてはタイを出てから書く。

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関連記事:

ナラティワト Narathiwat

パタニ Patani (パッタニ Pattani) (平行記事)

ヤラ Yala

スンガイ・コロク Sungai Kolok

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食事についてくる生野菜 

Imgp1898

ローカルレストランでは何を食べてもこういう「野菜サラダ」がついてくることが多い。もっと豪華なものもあった(量ももっと多く、たけのこ付きとか)。半分くらいは香草で、棘のある草もある。一見不潔に見えるが、すべて食べてもお腹を壊したことはない。

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2006年6月 4日 (日)

ナラティワト Narathiwat 

インターネットから手に入る情報や新聞記事で見るかぎり、タイ深南部のナラティワトNarathiwatあたりは、毎週のように爆発事件や銃撃が起きたり、大量の死体が発見されたりしていて、大変治安の悪い物騒な一帯という印象を受ける。

しかし、実際に行ってみると、ナラティワトの市街はきわめて平穏である。

ナラティワト近辺では軍隊はもちろん警察もほとんど見かけない。

ナラティワト市内で、深夜1時過ぎに15分ぐらい歩いてコンビニに行ったが、その間も警察官は見なかったし、危険そうな連中にも出会わなかった。

深夜出歩くこと自体はどの町でもあまり推奨できることではないが、ナラティワトの町がバンコクやチェンマイに比べて特別危険ということはないと私は思った。

タイ警察や軍隊が物々しく警備して、住民を監視し虐待しているという意味では、むしろタイ北部のほうが一層ひどいと思う。

タイ深南部で危険なのは田舎のほうだと言われているが、タクバイからナラティワトに至る道筋でも警察や軍隊の臨検はまったくなかったし、物々しい雰囲気はまったくなかった。

田舎で警官などと住民が殺し合いをするのはタイではありふれたことなのではないだろうか。

住民が一方的に殺されているだけならまったくニュースにならないが、住民が抵抗して警官(役人)が怪我をしたりすると「テロ」として大きく報道されるという感じだろう。

地面を掘り返せば、いつどうして死んだのかわからない身元不明死体がざくざく出てきたりするのも、タイではどこでもありうることなのではないのか。

ナラティワトはタイ式の退廃娯楽はほとんどない。クズ白人も見ない。

静かなビーチがあり、のんびりすごすには良いところである。住民の90パーセント以上はムスリムでよく戒律が守られている。タイ族と中国人以外は親切な人が多い。

マレーシア式の食事や飲み物もここではまだ楽しめる。

テロ報道のおかげでまともなツーリストもほとんど来ないようである。

毛唐の踏み荒らした跡を忠実にたどっていき、「私はこれだけ欧米人バックパッカー並みの個人旅行をしてきました」というのが、いまだ日本の個人旅行文化の現実なのかもしれない。しかし日本人ツーリストはこういうところにもっと行っていいのではないかと私は思う。

毛唐の近づかないところに「いいところ」を見つけるほうが面白い。といって、イラクにまで行く必要はない。

ナラティワトのように簡単に行けるのにツーリストが誰も行こうとしないところ、一見して何の娯楽もないようなところに、実は「隠れた味わい」や「ひそかな楽しみ」があったりするものである。

某月某日。コタバルAzamホテルをチェックアウト。

コタバルのバスステーションから2時頃の19番のバスでプンカラン・クボールPenkalang Kuborに向かう。

一時間ほどでP.Kuborのイミグレ前のバス停に着。コピ・オ50銭を飲んだ後、意を決してマレーシアのイミグレを通り(何の問答もなし)、はしけに乗ってタクバイTak Baiへ。

タクバイのイミグレを通過するのは3回目になる。

今回は荷物を持っていたせいか、Put Thai Dai Mai?とか、What do you do in Thailand?とか聞かれる。

タイ語をわからないフリできず思わず反応してしまったのは情けないが、思いっきり下手な発音で「に・の・い」とこたえる。

What do you do...?のほうには、テロ支援と答えるわけにはいかないので、I'll do nothing in your prathet but eating,sleeping and bonbon, dai mai?つまり、通過するだけだと答えておいた。

ナラティワトへのミニバスは、ジェティ(桟橋)のすぐ前から出る。1時間ほど待つ。1時間に1本ずつ出ているようで、ちょうど出たところだった。料金は4リンギ(40バーツ)。ジェティのすぐ前にチケット売り場がある。

ミニバスは新しくて冷房も入っている。しかし、タクバイは暑い。コタバルよりも暑く感じる。

タイ領に入ると森林が少なくなり、荒れ野が目立つようになる。

ナラティワトまで検問も一切なく、タイ北部のように、横柄な警官が車内を覗き込んだり乗客のIDカードをチェックしたりすることもない。警察自体一箇所でしか見なかった。

1,2時間でナラティワトに着く。去年一度訪れているが、すっかり忘れてしまっていた。去年泊まったホテルの場所はもちろん、名前も忘れた。

タイのガイドブックも地図も持っていない。

まちをうろうろして、レストランのムスリムの女の子たちに道を聞いたりしていると、異常に親切な人が現れた。

旅行では、ムスリムとインド系が親切で頼りになる。英語も話せることが多いし、異なる言葉に対するアレルギーが少ない(ムスリムとしてちゃんと教育を受けたムスリムなら(英語がまったくできなくても)幼いときからアラビア語(アル・コーラン)の学習をしているので、「外国語経験」も「異文化体験」も子供のうちからしていることになる)。

ミャンマーでも道に迷うとまずモスクを探して、モスクの周りにいるインド人に道を聞くようにしていた。

この親切なおじさんは英語は一言も理解できなかったが、ただでバイクに乗せてくれて、あちこち回ってくれた。その上、英語の良くできるムスリムの兄ちゃん経営の喫茶店に連れて行ってくれた。

親切にバイクに乗せて回ってくれた上に上等なチキンを2本買って来てくれた。せめて喫茶店での飲みものくらい払おうとしたが、もう払われてしまっていた。

ムスリムのウェートレスがとてもかわいくて、ほんとにいつもニコニコしていた。

英語を話す兄ちゃんはこの喫茶店のオーナーで、以前はビーチで働いていたということだった。自分は「タイ」だと言っていたのでタイ族ムスリムなのかと思っていたが、どうやらマレー人のようだった。ペナンとプーケットで働いていたといっていた。ツーリズムずれしていない、感じのいい兄ちゃんだった。

おじさんお勧めの「ナラティワト・ホテル」という英語看板のない中国人経営の木造の不思議な感じの宿に泊まる。ホテルまでもバイクで送ってくれた。

この「ホテル」は、不思議な感じのところだった。

一泊しかしなかったのでどう不思議だったかうまく言えないところがある。バストイレ共同140バーツ。

この「ホテル」は夜9時に閉鎖される。タイにしては夜が早いナラティワトでもかなり早いほうである。

どうやら2階が外国人ツーリスト専用の空間になっているらしい。その晩2階に泊まっていたのは私だけだった。

ある種の風情のある宿だった。

しかしやはり安宿の常で、ファランが滞在した形跡があった。書架にはドイツの雑誌「シュピーゲル」やオランダ語の本が残されていた。地図を探すが、ガイドブックの地図は切り取られている。

ファランが置き忘れた手帳があって、英語で日記がつけられていた。2,3日前までの日記が残っていた。つい最近ここに毛唐が泊まっていたことがわかり、ぞっとした。

木造で全体にこじんまりしているが、2階に広々とした「サロン」がある。ここで毛唐にしゃべられたらうるさくて大変だが、それ以上に耐えられない「同居感」があるだろう。

そして、1階の部屋にはちょっと不思議な感じの女の子たちが滞在している。非ムスリム・タイ族のようだ。ここに住んでいるのかもしれない。

こんな空間を毛唐と共有することはできない。この宿も安全とは言えない。

ムスリム住民は親切な人が多いが、ナラティワトでも非ムスリムは完全にタイ人である。タイ人特有のシカメッツラもときに見る。北部ほどはひどくない。

タクバイですら、マレーシアではまったく見ないあの「シカメッツラ」を見たから、これはタイ国民の国民文化なのだろうか。しかし、男はしない。女に限られるのはやはり、シカメッツラをするのがきれいだと思い込んでいるからかもしれない。

翌日。

「ナラティワト・ホテル」をチェックアウト。

ビーチに近いほうにあるタンヨン・ホテル(Tanyong)に移る。700バーツの部屋。そのほかに「ヤワラージ」(Yaoraj)という400バーツ前後の旅社もある。

Tanyongの発音は難しい。タイ語独特の粘っこい発音。タンヨンではまず通じない。タニョンでもタンニョンでもだめ。

タンヨンホテルのボーイはタイ人丸出し。ねちねちした感じをにじみ出していて気持ちが悪い。フロントの女はマレーシアの大都会のホテルよりも無愛想。これがタイだ。

部屋自体は70リンギだと思えば設備的には結構な部屋。もちろんエアコン・TV付。

ナラティワトまで来ると、テー・タリクはもちろんコピ・オも少なくなる。タイ文化に汚染され、ネスカフェばかりになる。

コーヒーもお茶も楽しまないタイ人は、やることがないと何かを食い酒を飲み女を抱いて気を紛らわすだけなのだろうか。きわめて即物的で没精神的な趣味である。

お茶もコーヒーもないところには会話も議論もないだろう。物を食いながらではちゃんとした話はできない。ダラーっとして子供が駄々をこねているような言語で何かごねるだけである。

逆に、「喫茶の文化」のある国は議論好きな人が多いと思う。ネパールでもミャンマーでもお茶を飲みながら延々と話している。何を話しているかはどうでもいい問題で、人々が食事とは別に集まり、語り合うために語り合い、議論を楽しむために議論する、ということ自体がひとつの文化なのだが、そういう精神的な要素がタイ人には根底的に欠けているようだ。

マレー系のレストランにはかろうじてコピオがあった。タイ式スープの中に豚の替わりにビーフを入れたものを出す店。

テー・タリクを作ってくれる店もあったが、ここはコピ・オはない。

ここは非ムスリムは1割しかいないそうだ。ある人によれば95パーセントはムスリムだとか。あえてここに住んでいる非ムスリムタイ人はどういう連中なのだろう。警察や軍隊関係者、特権的なタイ族植民者、ナラティワトホテルの経営者のような華人、といったところだろうか。

ムスリム住民に親切で笑顔の人が多いだけに、非ムスリムタイ族が本当に感じの悪い連中に見える。非ムスリムの女は売春婦のように見える(実際そういう必要を満たすためにいるのも多いのかもしれない)。

しかし、ここでもタイ族というのは実に蛮族である。

こちらが英語でものを聞いているのにCan you speak English?だと。鼻で笑うようにぬけぬけと言ってくるが、どうやらそいつの知っている英語がCan you speak English?だけだったようだ。

「今英語で話しているんだ」と言うと今度はシラット開き直って、タイ語で話してくる。こちらが理解できないことを知りながら。そしてまたニタニタと笑う。

タイ族は常に相手の足元を見ようとし、何でもいいから相手の弱みらしいものを探ろうとする。たとえば、自分が1語でも英語を知っていたら、相手は1語も英語知らないものと扱おうとする。相手が有色人種外国人ならとにかくバカにするネタを探す。

こういう反応をする人はマレーシアにはいない。少なくとも私は会ったことがない。下手くそな英語で話しても、こちらが英語がどれだけできるかどうかなんてことは問題にせず、こちらの言おうとする「意味」を取ろうとする。

タイの子供がかわいくないのは髪型のせいだろうか。中途半端に中国系が混じっているせいかどうか、頭の形が良くない上に、変な刈り上げにさせられているのでますます頭が絶壁に見える。チェンライでは、刈り上げにしたうえに辮髪にさせられている子供も見た。

国境を少し越えてマレーシア側のトゥンパッでは子供はとてもかわいかった。もっと自然な髪型にしていたし、日本のマンガに出てくる美少年美少女そっくりの頭の形である。

夜、昨日会った男の喫茶店にモトサイで行く。フロントの姉ちゃんが親切にモトサイを拾ってくれる。

男はペナンとプーケットで仕事をしていたそうだが、ツーリズムずれした感じはなく、タイ人らしくもない。

どうやらマレー人らしい。「タイ人ムスリムだがマレー語も話せる」と言って、あくまでタイ人と言い張っていたのは「タイ国民」と言うことのようだった。

タイ人特有のもったいつけたようなところはなく、タメたようなところもない。フランクに良くしゃべる。

ペナンやプーケットで働いたあと、このナラティワトに帰ってきて結構立派な喫茶店を開いているのだから、堅実な男なのだろう。モダンで明るく清潔な店だった。

マレー語で「ファラン」のことは、「マサレ」と言うのだそうだ。マレー人でなければこんな言葉は知っていないだろう。

一部のファランの中には「ファラン」は「フォーリン」のことで「ガイジン」と同じ意味だといっているものがいるが、このマレー人男は、「ファランとはヨーロピアンのこと」だと断言していた。プーケットで働いていた男がそういうのだからそうなのだろう。

なお「外人」は外国人一般を指すものであって白人に限定される言葉ではない。また日本語の「外人」には差別的なニュアンスはない。

差別的あるいは嫌悪のニュアンスのある言葉としては「毛唐」と言う立派な言葉があることを毛唐は知るべきである。

白人はタイ人に「ファラン」と呼ばれることはまったく気にならず、自らも「ファラン」様だと開き直っているのだが、日本人に正当に「外人」と呼ばれることは気に入らないらしい。

この兄ちゃんは日本人のことも知っているようだった。「日本には3つ宗教がある」とか言っていた。

「お前の宗教は何だ」と聞くので「シントー」だと答えたが、知っているようだった。そうかシントーかトラディショナルな宗教だ、とか言っていた。イスラム教徒に「無宗教」だと答えるのは一番まずいと思われる。

「お前は英語を話すが、普通の日本人は英語は話さない」とも言っていたが、バカにしたような風ではまったくなかった。

私が「たぶん彼らも英語を知ってはいるけど話したくないだけなんだろう」と言うと、「たぶんそうだろう」みたいに納得して相槌を打っていた。

タイには珍しい人だった。私の言ったことは事実である。

タンヨンホテルに付設されているディスコが深夜1時半まで大音響を鳴らす。週末の故か。

フロントにこれはいつまで続くんだと聞くと、深夜1時半までとはっきり答えた。そのとおり、正確に深夜1時半に終わったようである。

それまでの間とても寝ていられないので外を歩く。深夜のナラティワトの街は平穏そのもの。開いている食堂もある。警察官等の姿も見えない。

ホテルに戻ったのが深夜1時半。ちょうどディスコが閉まったところで、客が出てきた。10人もいないくらい。売春婦としか見いえない女たちもいる。

何の目的か、銃を構えた武装警官が数人、ホテルの敷地に入っていた。警官を見たのはこのときだけである。ディスコの客が暴徒化するとでも思うのだろうか。

こういうホテルのディスコなどで爆発事件が起こることはあるかもしれない。しかし、ディスコ営業中はまったく警察の姿を見なかった。ディスコの中にいたのか。

ディスコの客はローカルの客ばかりのよう。

スカーフをしていない女が非ムスリムとは限らないが、このへんではスカーフをしている女としていない女とでは、表情がまったく違うように見える。

スカーフをしていない女は、すでにタイ人そのもので、わけもなくシカメッツラをする。

スカーフをしている人は本当にニコニコしている人が多い。かわいい子でもニコニコしているのだが、スカーフをしていない女はブスの癖にもったいぶったシカメッツラをしがちである。

タイ女のシカメッツラはやはり一種のファッションで、シカメッツラをすると洗練されて見えるように思い込んでいるのだろう。

シカメッツラなど世界中どこに行っても美しいものではないのだが、シカメッツラが美しいと妄想し、そういう思い込みが定着しているところに、タイの文化の「鎖国性」の一端があらわれていると私は思う。

多くのクズ白人やカス日本人などが集まってくるだけに、外に出て外の世界を見なくても世界のことをわかったような気持ちになり、ますます妄想は再生産され、鎖国性を強めていくのだろう。

itvで最近「野ブタをプロデュース」をやっている。くだらない番組ばかり翻訳して日本文化として紹介し、喜んでいるようだ。

まともな日本人で「愛国者」なら、「タイで日本文化やマンガがはやっている」などと喜んでいてはいけないはずである。

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日本では「愛国者」と自称することさえはばかられる。愛国心教育が否定される。

その点では確かにタイ以下である。しかしこれは敗戦の後遺症でありこれが敗戦という事実の重さでもある。

そういうところも、タイ人はよく観察していて、自分たちは日本人の「弱み」を知っていると思っている。つまり彼らは日本をバカにするネタにしているのである。

イサーンの田舎で出会った女子大生が、「日本に軍隊がない」ことを知っていて、それを嘲笑するような言い草をしていた。いうまでもなく、彼らにとって自国の強い軍隊は無条件の誇りである。

タイ人の外国人を嘲笑するネタ探しの情熱は大変なものがある。あれだけ公式に持ち上げられている白人だが、タイ語のわかるある白人の体験によれば、レストランの隣のテーブルでけちょんけちょんにけなされていたことがあったそうである。白人がタイ語がわかるとは思わなかったようだ。

白人でもこのとおり、日本人ならなおさらである。タイ人は「格上」の者を無条件に尊敬するように教育されており、白人は有色外国人より無条件に格上であるとも教育されているからである。

いくら公式場面で日本(人)が持ち上げられても、タイに限っては陰でどんな汚いことを言われているかわからないことに注意すべきである。

焦土と化しても日本が戦争をしたことは正しかった

外交によって戦争を回避するということは、結構豊かになっても自国民の娘を白人のレンタルワイフにどんどん差し出して白人のご機嫌をとることを国策にしているタイのような国に成り下がることを意味しただろう。

当面のメルクマールは、天皇陛下ご訪問に際して、タイ国王がちゃんとドンムアンにお迎えに上がるかどうかであろう。ここに注視する必要がある。

もし迎えにも来ないなら、この外交はまったくの朝貢外交の形になる。タイは小中華帝国なのだということを忘れてはいけない。

しかし、ドンムアンのような薄汚い場所に天皇陛下がランディングなさるとは。それだけでもいい気持ちがしない。

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次の町はパタニ

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2006年5月31日 (水)

深南部の学校でタイ国歌拒否、イスラム旗掲揚

日本の学校で「君が代・日の丸」を拒否することは実に簡単なことで、いろいろな方面からお褒めの言葉をいただける行為でもある。将来の栄光ある進路にもつながるかもしれない。

しかし、一般に、タイでタイ国民が国歌斉唱・清聴を拒否し、国旗を拒否するというのは命がけの行為である。

外国人である日本人さえ、映画館や、毎朝毎夕街中に聞こえるように国歌を流すメーサイの路上での「直立不動で国歌清聴」をあえて拒否するならば、身の危険も覚悟しなくてはならない。

(ただし、私の見た限り、白人ツーリストなら国歌を無視して歩いていてもほぼOK。タイ人は白人には「不敬」に関してもずいぶん寛大である。)

メーサイでは「国歌の時間」になると、大通りの真ん中で警察官がピーと笛を吹き、全人民の屋外での活動を停止させる。

タイ入管(警察)に金を払って入国している合法出稼ぎ者たち、ロンジ姿でタナカをしたビルマ人も、ミャンマー人アカ族も、恒久IDカードがもらえていないタイ人アカ族も、みな直立不動で国歌を清聴しなければならない。

万一これに逆らったら警察に何をされるかわからない。仮に警察が不問にしたとしてもその辺にいるタイ人にひどい目に合わされるだろう。

これはアジア系ツーリストも同じである。初心の旅行者は気づかないからなお危険である。危険で不愉快な目にあわないためには、メーサイでは朝8時と夕方6時は出歩かないことである。

このようなタイにあって、この記事のような事件が堂々とおきているという深南部は、すでに独立状態に入りつつあるとみていいのかもしれない。

タイの国体(国家体制、Constitutionの訳語である)が、(仏教徒である)国王と上座仏教の権威による国民の精神的・文化的統合を命としている以上、この地域はタイ国家の枠組みからはすでに離脱しているといえるだろう。そこはもうタイではないといえる。

  
ところでタイ国歌、はっきり言って西洋音楽ですね。タイ旅行中は耳にするのも嫌だったのだが、コタバルで映るitvで久しぶりに聞いたら懐かしかった。が、2,3度聞いたらやっぱりうざくなった。

マレーシアのテレビでマレーシア国歌らしいものが流れているのを聞いたが、これがまた、タイ国歌そっくりの旋律で、はっきり言ってちょっと哀しいものだった。

ただしこっちのほうはあちこちで聞かされるわけではないし、外国人にまで強制されたりはしない。

マレーシアはイスラム教国という原則はあるが、タイのような強い文化的国家統合の志向は感じられない。

外国人として滞在する限り、長く滞在していてもタイのような「特有の文化的ストレス」は感じない国であると思う。

その意味でマレーシアは外国人にとって住みよい国といえるかもしれない。

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 同県では5月19日、仏教徒の女性教師2人がイスラム教徒住民数十人に監禁・暴行され、1人がこん睡状態に陥る事件が起きた。県内の公立学校は一時休校後、29日までにほぼ全校が授業を再開したが、出勤する教師は少ないという。

 深南部は約100年前にタイに併合された。マレー語圏に属し、宗教はイスラム教が主流。タイからの分離独立運動は1980年代半ばから影をひそめていたが、2001年のタクシン政権発足後、タイ政府関係者を狙った爆弾テロ、銃撃などが相次いでいる。過去5年のテロ関連の死者は2000人近い。

http://www.newsclip.be/news/2006/05/post_547.html

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2006年5月29日 (月)

【タイ】南部国境地帯で300体以上の比較的新しい身元不明の遺体

これは十分「大虐殺」と言えるのでは?

60年以上前のいわゆる「南京事件」に関し、「30万人でも1000人でも大虐殺は大虐殺だ!」と言い張っている人もいるということだし。

確かに、人間はいろいろなことをやってしまうものである。表に出るかどうか、それを訴える人がどれだけいてどれだけ力を持っているかの問題でしかないのかもしれない。

イラクでアメリカ兵が民家に押し入り、英語で命乞いをする一家を惨殺したという最近の報道もひどいものだった。

グライサック氏、南部で500体以上の身元不明遺体が隠されていた事を明らかに

 元上院議員のグライサック・チュンハワン氏(ナコン・ラーチャシーマー県、元上院外事委員会委員長)は27日、国内に於ける人権侵害の最たる例の一つとして、4月に法務省科学捜査研究所臨時所長代行のポンティップ・ローヂャナスナン女史や人権委員会関係者等で構成されたチームがナラーティワート県を初めとする南部国境地帯で300体以上の比較的新しい身元不明の遺体が埋められているのが発見されていた事を明らかにしました

 これは、27日夜都内ルムピニー公園内で開催された民主主義市民連合の定例集会の場で語られたもので、グライサック氏は国連を初めとする国際社会からの批判に晒されている国内の人権状況に懸念を表明した上で、政府に対して当局側による違法連行なりで行方不明になっている3千人前後の南部住民と遺体との関連の調査を要求すると共に、次期国連事務総長の座を目指すスラギアット・サティヤンラタイ氏(暫定副首相)に対して、本気で国連事務総長のポストを目指すのであれば自ら現職を辞し、タイ国内に於ける人権侵害を非難する立場に回るべきであると指摘していました。

 また、グライサック氏によると、これまでにナラーティワート県内だけで300から400の遺体が、またヤッラー県内で約200の遺体が発掘された他、主に国境地帯を中心に埋められた遺体の発見が相次いでいるとのこと

 尚、当局側は28日、南部国境域で発見された身元不明の遺体の多くが、3月にパッターニー県内で発見されたカンボジアやミャンマーからの外国人労働者の他殺体であると釈然としない説明をしているようです。

 一方、ポンティップ女史は28日、身元不明の遺体が発見されたのは4月では無く昨年の7月だったと断った上で、グライサック氏の指摘通りナラーティワート県で数百体、ヤッラー及びパッターニー県内で数十体の身元不明の遺体が発見されていたことは事実であると認めましたが、身元に関しては恐らくミャンマーやカンボジアの漁船乗組員の遺体がタイの海岸に流れ着いたものであろうとの考えを示しましていました。しかし、当局側の見解との相違に関しては今後の職務遂行に影響を与える恐れがあるとしてコメントを拒否していました。

タイの地元新聞を読む」より

ナラティワトの海岸にこんなに大量の死体が流れ着くならコタバルあたりのビーチにも10や20は流れ着かないとおかしいと思うが・・・・。こういう金星人的な発言がまかり通るところがすごい。

それでも南部問題は、タイの中ではまだ救われていると私は思う。イスラム教というよりどころもありイスラム世界とくにマレー世界からの関心も常に注がれる。

これに対して北部の山岳少数民族の境遇はより悲惨であると思う。

タイ人からもタイ政府からもタイ当局の支援を受けた白人キリスト教ミッショナリーからも、いろいろな形で(とくに少女の性的な)搾取を受けているが、宗教的イデオロギー的バックグラウンドを持たないので、国際的な関心を持ってもらえないという気の毒な立場にある。

インドシナの山岳地帯で活躍する白人キリスト教ミッショナリーや白人NGOは、ほんとうに「少女に対する性的いたずら」が好きなようだ。

"Rape of Akha Women in Laos by NCA (Norwegian Church Aid)and ACF Staff" Hits the Press in Norway
Link
The Norwegian press responds to video testimony by the Akha in Laos that NCA and ACF staff raped Akha women in Laos.

We reiterate, in our interview with NCA staff in Vientiane, they told us that "sex is free with the Akha". We find NCA posturing at this time offensive and offensive to the women in Muang Long and the Akha villages in Muang Long who suffered under the brutal hand of NCA during opium eradication procedures and the rapes and the pregnancies forced on Akha women by NCA staff.

Akha Lives Under Threat At Muang Long
Communications reveal that the lives of Akha witnesses who testified that the international NGO's ACF and NCA were raping their women, may now be under threat. We call on the international community from the UN to the EU to immediately ensure that these individuals are protected and that ACF and NCA are held accountable.

Should harm come to witnesses it would be a very grave matter for these NGO's who refused advice on their organizations and then were found out to be abusing Akha women.

http://www.akha.org/index.html

日本でも明治以来、森林の「入会」(いりあい)権をめぐる問題があり、左翼法学者の自己満足的な「闘争」ネタになっていたが、同じ民族だったのでまだよかった。

タイ北部山岳地帯の森林は、山岳少数民族の生存のために必須な「入会森林」であったのだが、王室所有などとされて、自由に利用することも許されず、そのうえ市民権(タイのIDカード)さえ完全に認められないことが多い。「女王のプロジェクト」という名の下に少数民族が排除され、伐採されたりして洪水の原因を作っている。

「女王のプロジェクト」では反対するだけで不敬罪になるだろう。タイではそのような形で少数民族の森林と生活が収奪されているのである。

したがって国連のアナン事務総長がタイ国王の地方政策を賛美しているのは本当に解せないことである。

私は天皇陛下のタイご訪問には一貫して反対である。

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2006年5月10日 (水)

タイ南部で爆発、3人が死亡13人が負傷

パッタニのマーケットで、オートバイに仕掛けられた爆発物が爆発。

タイ深南部での爆弾テロ事件はオートバイに仕掛けるのが多いように見える。

深南部のテロは、一時JI(ジュマア・イスラミヤ)との関係が言われていたが、テロの手法や技術水準から見て、関係はなさそうである。

JIは分裂し弱体化しているとか。イスラム主義のみならず、東南アジアで「反白人」を高々と掲げた希少な運動だったはずだが・・・・

私は個人の正直な感情として、パタヤでもプーケットでもバンコクでもいいから、白人がかたまっているところでJIに一発やってもらいたいと思っていた。

私にとってタイという国は、事実として、そのような感情を昂進させる場所だった。

しかし、そういう感情を持ち続けていることは、必ずしも健全な精神状態とはいえないので、なるべくタイには行かないことに決めた。

それでも、タイの深南部(パッタニ、ヤラ、ナラティワト)だけは良いところだったといえる。

なによりも健全で、静かだった。白人ツーリストがいない。

とくにナラティワトはもう一度訪れてみたい所。

夕暮れのナラティワトのビーチでは、スカーフをした女子学生が一人、波打ち際にすわってずっと沖を見つめていた。

誰も彼女を邪魔しない。

少しはなれたところでは、若者たちがボール蹴りをしている。

もしそこに毛唐が存在したら、絶対にありえない光景である。毛唐の存在だけで、この状況は消失する。陽子と反陽子くらいに毛唐とは共存し得ない状況である。

私は現在タイ深南部国境に近いマレーシアのコタバルにいるので、ナラティワトを観光しようかどうか迷っている。

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[バンコク 10日 ロイター] タイの警察当局によると、同国南部パタニ県のマーケットで10日、オートバイに仕掛けられた爆弾が爆発、女性2人と治安部隊員1人が死亡したほか、付近にいた買物客13人が負傷した。
 死亡した女性はどちらも教師で1人は妊婦だった。
 同警察の関係者はロイターの電話取材で「爆弾は、日用品の調達に来ていた治安部隊の車両の横に止めてあったオートバイに仕掛けられていた」と語った。
 タイ南部では分離独立を求めるイスラム武装勢力による爆弾事件が相次いでいる。

(ロイター) - 5月10日18時50分更新

この教師が仏教徒の公立学校教師だったのかイスラム学校の教師だったのかが明らかでない。

被害者が仏教徒の教師だったとしたら、携帯を使った遠隔操作の狙い撃ちだった可能性もあると思う。政府が、公立学校で仏教徒の教師に、タイ化=仏教化の同化教育をさせているのがイスラム教徒の反発を買っているとも聞く。

もし狙い撃ちだとすると、ツーリストはあまり心配しなくていいということになる

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2006年5月 6日 (土)

スリ・トゥージュー・ビーチ クランタン州 マレーシア Pantai Seri Tujuh, Kelantan

一日目。

マレー鉄道トゥンパッTumpatの駅からタクシー5リンギで、スリ・トゥージュー・ビーチ(Pantai Seri Tujuh)の公営リゾートに着く。付近には個人経営の宿もある。

「スリ・トゥージュー・ビーチ・リゾート」は立派な門のある公営リゾート。客はほとんどマレーシア人でマレー人が多いように見える。平日は客は少なく閑散としている。

公営リゾートのエアコン付シャレーに入る。定価一泊75リンギのところを平日ということで65リンギに負けてもらう。

ビーチといっても日本の太平洋岸の海水浴場のような遠浅の浜があるわけでない。

海の生臭い匂いがするのは、海だから仕方がない。

海に近いシャレーに入ったので、歩いて5分で浜に出られる。海岸に出てみると思ったより遠浅だった。砂もある(それほど細かくはない)。

平日昼間のビーチには人っ子一人いない!これはすばらしいこと。

せっかくなのでパンツ一丁になり、少し泳いでみる。水は生ぬるく、濁っているが、汚いという感じはしない。油も浮いていない。

どこまで歩いても、水かさが深くならない。海水はとても辛かった。

ビーチに毛唐がいないということは本当に良いことである。このビーチには毛唐が一人もいない。

白人はなぜか、特にビーチに来ると、その人種主義的本性をあらわにする。クロヌラビーチの事件に象徴的なように、「白人だけの場所」あるいは「売春婦と従僕以外は白人のみ」という環境を作りたがる。「ビーチは白人のもの」という意識が、植民地主義時代以来の彼らの文化的伝統になっているようだ。

ここには今のところ毛唐も売春婦もいない(売春婦がいないのは当然だが)。それにしてもここは暑い。

ここからいちばん近いタイ国境は、Pengkalan Kubor(プンカラン・クボール、プカラ・コボー)で、表通りから43番のバス。

コタバル行きのバスは27番。(しかし、バスは少ないし、飛ばしていて止まってくれないこともある。)

タイ国境はここから3キロしか離れていないという。

夜の砂浜は明かりひとつなく、人っ子一人いない。この海は日本のほうに続いている、などと感傷に浸ることもできる。

深夜1時近くリゾート内のまだ開いているレストランで、「フマキラー」はないかと聞く。「モスキートーコイル」とかいうより、フマキラーとかバイゴンとか商品名を言うほうが通りやすい。2軒目の人が、すぐにバイクでどこかに買いにやらせてくれた。そして実費しか取らなかった。

蚊はあまりいないが、蟻は多い。

二日目。

未明4時ごろ、リラックスしすぎたのか、変な夢を見て怪我をした。

俺の部屋の中を白い車が通っていく。変だなと思ってみると、部屋の真ん中に隣の部屋の奴の車の通り道ができている。隣との間の壁に車の出入り口があるのに気づかなかった。

出入り口はちょうど車が通れるくらいの大きさで、白いペンキを塗ったコンクリートともプラスチックともつかない枠があり、枠には溝がついていて上から鉄扉でも下ろせるような形になっている。

その出入り口から隣の部屋のほうに自分の書類などがはみ出していたのであわてて回収する。

車の男は2人で、ひとりはまだ子供のようで、大きいほうの若い男はニヤけた奴だった。

そこで、そんな出入り口は閉めるようにと、大きいほうの男を捕まえて説教したが、その若造が生意気に反抗するので、両手を捕まえて思い切りケリを入れてやった。

気がつくとベッドの横のコンクリートの壁に本当に思い切りケリを入れていて、泣きたくなるくらいに痛い。右足のつま先にケガ。親指の爪が黒くなってぐらぐらしている。足の指三本の甲から出血。指の付け根の関節も痛めていて、痛くて歩けない。

ケリを入れたりする前には、それが現実なのか夢なのかよく考えなければいけないと思った。現実ならいいが、夢の中だとあぶない。ひどい怪我をするかもしれない。バンドエイドを持っていてよかった。

夢を見ているときは、脳が活発に働いている一方で身体は休んでいると聞いていたが、身体もちゃんと夢のとおりに動くことがあるようだ。

私は生来温和な性格でケンカなどしたこともないのに、眠っていながらケリが入れられるとは思わなかった。

このあと一週間足を引きずることになる。今も痛い。

リゾートの滞在を延長するが明日は予約が詰まっているという。週末は一週間前から予約が入っているようだ。足が痛くてまともに歩けないが、どこかに移らなければならない。

このリゾートに予約なしに来るなら、平日のみということになる。

大通り沿いのリゾートの門のすぐ隣に宿を見つけ、明日入る約束をする。口約束。「シャレー」といっているが、タイなどにもよくあるような長屋式のコンクリートのゲストハウス。

プンカラン・クボール(Pengkalan Kubor)からタクバイ(Tak Bai)

せっかく近くに国境があるのでちょっと越えてみることにした。国境を越えてもマレー人の町だろうし、国境の町というのはどこでもそれなりの魅力がある。みんなのそわそわした気持ち、期待感、文化の隔絶間などが国境の町の独特の雰囲気を作るのだろう。

大通りからタクシーでプンカラン・クボールPengkalan Kubor(プカラ・コボーみたいに発音している)のイミグレのところまで行く。カメラを持ってくるのを忘れたので、引き返し、もう一度で直す。片道5リンギ(4リンギまでは負けてくれる)。

タイ側の町はタクバイTak Bai

プンカラン・クボールのイミグレはマレー語表示のみ。簡単に手続きを済ませ、はしけで川(河口)を渡る。はしけは1リンギ。

タイ側に上陸するとすぐに市場がある。閉鎖されたイミグレはなく、このまま入国手続きをしないで国内に入っていくことも物理的には可能(バスなどで必ず警察のチェックがあるだろうが)。

市場を通り抜けて、少しはなれたところにあるイミグレオフィスまで出向く。このときはまだ、この町の名前を知らなかったので、タイのイミグレ役人に聞いた。

タクバイのイミグレはごく簡素なものだが(ピブーン・マンサハンとかと同じような)、顔を写すカメラと光で指紋を読み取る機械がおいてある。

多くのマレー系の人々(国籍はわからない)が行列していて、その機械に指を押し付けられている人もいる。全員ではない。タイだからどうせ「見た目」で決めているのだろう。タイ側では待たされた。

しかし、全体としてタイにしては控えめなボーダーだと思った。タイ国旗もそれほど目立たない。

メーサイのように「タイ王国」の権威を全面に押し出した感じではない。この地域でそんなことをしたら本当に多数派住民の反感を買うだろうし、こちらのほうが豊かな人が多いからかもしれない。というより、メーサイが背後に、より深刻な矛盾、より苛酷な抑圧を抱えているからこそ、ああいう派手な演出をして、毎日国歌を流して忙しく働いている人々を立ち止まらさせたりしなければならないのだろう。

この町の会話はマレー語が基本。

タクバイの市場のごちゃごちゃした雰囲気はタイそのものだが、マレー語の表示が目立つ。アラビア語も。

国境を越えただけで、急に、貧しい国に飛び込んだという感じがする。

レストランでは、「コピ・オ」は何とか通じるが、「テー・タリク」は通じない。「テー」は何とか通じるが発音条件がより厳しくなるようだ。マレーシアのような泡立たせたテータリクはなく、「テー・スースー」になる。「テー・スースー」は通じた。

言葉が通じなくても、マレー人の女の子は、タイ人のように「ハアー?」とはやらず、しかめっつらもせず、ニコニコしている。

タクバイからいちばん近い大きな町はナラティワトで、30キロくらい離れている。地図で見るとスンガイ・コロクも同じくらいの距離に見えるが、町の人に聞いても役人に聞いてもナラティワトが近いという。

一時間ちょっとぶらぶらして、飯を食い、コピやテーを飲んだりしてから帰る。帰るとき、ムスリム女性のガイドを連れた毛唐女が一人上陸してくるのにかち合った。

タイ出国のときのイミグレ役人は気持ちの悪い典型的なタイ男だった。恫喝するような口調でWhere you stay?と聞く。その後も、ネチッとした感じで何度も私の名前を読み、「ジャパン、ジャパン、、、」とネチネチいつまでも言っていた。

あの変な屈託に満ち満ちたタイ土人のネチネチ感は、タイを経験した(タイヲタ以外の)人ならピンと来るのではないかと思う。

タイに悪いことはいろいろあるが、タイにどれだけ耐えられるかを最終的に決めるのは、あの粘液感にどこまで耐えられる人間かということではないかと私は思う。

タイに滞在していてマレーシアに出てデイリターンでもするものと思っているようだった。「スリ・トゥー・ジューだ」と答えたが、意味が理解できないか、その名前も知らないかのどちらかのようだった。マレーシアに滞在して、タイにデイリターンというのも楽しいものだと思った。

マレーシアのイミグレは実務的で、何ヶ月滞在するかと聞くので、1ヶ月くらいと答えると、何ヶ月欲しいのかと聞きなおされたので、3ヶ月にしてもらった。エンバークメントカードは機械で作ってくれる。

パスポートのどこにスタンプを押して欲しいのかも聞いてくれた(これはよく国境を越える人にとっては結構重要な問題)。

タイ役人は、他の国が整然とスタンプを押してスペースを節約してくれているにもかかわらず、残り少ないページのど真ん中にバチっと押したりする(そうすることで「タイ王国」の威光を表現しているつもりなのか、単に頭が回らないだけなのかどうかはわからないが)。

タイは、罰当たりにも、日本国のスタンプにかぶさるように汚い青いスタンプを押してくることさえある。そのくせ、タイのスタンプが重なり合うことは異常に嫌う。

マレーシアはマレーシアスタンプが重なり合うことをいとわず、スペースを節約するような押し方をしてくれる。インドネシアは入国印のほぼ真上に重ねて出国印を押してくれた。タイ人の屈折した感情がスタンプの押し方にも表れているように見える。

あとでタイのイミグレが押したスタンプを見ると、入国期日の年度が2005になっている。滞在期限の年度は2006。よく見ると、2005の方は手書きで6に訂正している。出国のスタンプも2005を押した上で手書きで訂正している。

タクシー5リンギでスリ・トゥージューに帰る(4リンギでも可)。

タクバイの市場で完熟マンゴを4個買った。たった1.5リンギ(15バーツ)。「シップハー・バーツ」(15バーツ)というタイ語はまったくわからないフリをした。

「サットゥ・リンギ・リマプロー・セン」というのを聞き取ろうとしたが、クアラルンプールなどとは発音が違うようで、ちょっと難しかった。

彼らもマレー人なので、私がタイ語がわからなくても嫌な顔はしない。

マンゴはシャレーに持ち帰って、手で皮をむいてがつがつと食べる。エアコンに結び付けてちょっと冷やすとよい。よいマンゴだった。

タクバイの市場では、ライフルを抱えた兵隊がパトロールしていた。

コタバルからいちばん近いタイへの入り口はこのプンカラン・クボールということになる。タクバイからいちばん近い都市はナラティワト。ナラティワトから近いのはパッタニ。パッタニに近いのはヤラー。ここまでは健全な地域である(昨年一月ごろ)。ハジャイまで行くと売春婦連れの毛唐もいる。それでも北タイよりはずっとまともな地域。

夕方、ビーチに出る。地元の子供たちや家族連れが水浴びをしている。子供たちの歓声も波の音に消されて静か。本当に、海を見て立っているだけで気持ちがよい。海は嫌いだと思っていたが、必ずしもそうではなかった。

毛唐のいないビーチは、静かな「浜」に戻る。

KLCCのコーヒーショップなら、毛唐が「多いか少ないか」で雰囲気が変わるが、ビーチの場合には、「いるかいないか」、毛唐が存在するかしないかによって、その性質が根本から変わってしまう。

明日(週末)は釣り客がたくさん来るという。今日も中国系の女子学生らしいグループを見た。中国系の客がたくさん来ると、それはそれですごいことになるのかもしれない。

夜は7時過ぎまで明るいのに、朝は7時ちかくまで暗い。これはマレーシア時間のせいだろう。マレー半島だけから見ると、時間がちょっと早すぎる。マレー半島だけなら、タイより1時間早くする意味はない。チベットでは夜9時ごろまで明るかった記憶がある。北京時間を使わされていた。

「バカンス」という言葉にふさわしい、本当に何もしない生活。ただ、自分で痛めた足の養生に努めなければならない。

人も少ないリゾートでのんびりとすごしていると、ふだん表に出ないイメージや感情が湧き出してくることもある。ただ、精神分析が言うような性的なものはまったく表に出ない。

湾(河口)に面したリゾート内のオープンレストランで食事をしていると猫がたくさん寄ってくる。

チキンの骨を投げてやる。するといつも大きくて強い猫が取ってしまう。

弱い猫や若い猫はテーブルから落ちるパンくずにもなかなかありつけない。

少しはなれたところにいたやせた小さな猫のまえに、肉や軟骨のついた大き目のチキンの関節を投げてやった。その小さな猫は、その関節としばらく格闘しているが、不器用なのか力がないのか、食べきることができない。猫のくせにと思うほど、もどかしいほど力がない。

ちょっと目を離したあと、もう一度猫の様子を見てみると、変なことになっていた。

その小さな猫が自分の顔を前足でしきりに拭いている。猫が顔を拭くことはよくあるが、普通の拭き方ではない。しきりに拭き続けてやめようとしない。ふらふらとさまようように歩きながら、一心に顔を拭きつづけている。

目を移すと、骨を投げてやったところには大きな猫が鎮座して、私が小猫のために投げた関節を悠々と咀嚼している。

この大猫が小猫を襲って骨を横取りしたのだ。

私はカチンと来たので、この横着な大猫の無駄に太った横腹に、渾身のケリを入れてやろうかと本気で思ったが、周りのマレー人の目があるのでやめた。狂った日本人が猫を虐待しているとしか見えないだろうから。

やせた小猫はまだつらそうに顔をなで続けている。この痛みはどれだけ続くのだろう。猫の短い一生から見て、その長さはどれだけのものか。小猫はしばらくしてどこかに消えてしまった。

私が下手な情け心をおこして骨を投げてやったばかりに、この小猫は災難にあった。飢えよりもつらい痛みを受けることになった。

しかし、こういうことはいつものことである。これがこの世の中のルールなのだろう。

結局はみんな死ぬのだが、そこに至るまでの境涯はそれぞれに異なる。ある者はいい思いを見る。強いやつはますます強く、威を張るだろう。弱いやつは持っているものも奪われ、さらに痛い思いをさせられて追いやられていく。

強い者はなぜ強くなったのか。強い素質をもち、そのような位置に生まれたからでもあろう。その帰趨を決めるのは、結局は「偶然」としか言えないものである。

三日目。

今日は移らなければならない。足はますます痛く、まともに歩けない。11時ごろ、きのう予約した門の隣の長屋式の「シャレー」に移る。60リンギ。怪我した足を休ませるため、なるべく出歩かないように決心。

通りをはさんでこの宿の向かいにある何でも屋で、パンやマンゴを買う(この「何でも屋」の人たちには本当に親切にしてもらった)。「ブミプトラ」パンというパサパサしたサンドイッチ用のコッペパンがかえってうまかったりする。何でも屋のおばさんは申し訳なくなるほど愛想がいい。外国人ツーリストがめったに来ないからだろうが。

こちらの宿は海から遠くしょぼい感じがするせいか、週末の今日も満室にならない。狭い窓からは一応「湾」(川)がすこし見える。

宿の名前はSaujana Gulf View Resortという大げさなもの。設備は一応そろっているが、公営リゾートのシャレーのような広々さはない。

スリ・トゥージュー・ビーチには、全体として中国色がまったくない。漢字を見ない。インド色もない。純粋にマレー系のリゾートのようだ。

四日目。

出歩かないようにし、足の養生に努める。通りに面したローカルな茶店はコピ・オ50銭。味も悪くない(変化はある)。純粋マレー系の店だが、カレーの味はちゃんとしていた。

向かいの「湾」では網で漁をしている人もいる。

公営の「スリ・トゥージュー・リゾート」のレセプションに行き、前と同じシャレーを予約する。月曜日からしかない。シャレーにはそれぞれマレー語の名前がついている。自分が泊まったシャレーの名前はクネラKenerat。

五日目。

Saujana Gulf Viewの方の宿の主人はケチな感じのマレー人で、最初に来たときには、何日泊まるのかあらかじめ聞いて前払いを要求した。それは断ったが、きのう部屋代を払ったときもあと何日泊まるかと聞いてきた。公営リゾートのほうがあいたらそっちに戻るからというと「あっちはフルだ」と断定する。

六日目。

Saujanaを出て、予約しておいた公営リゾートの前と同じシャレー「Kenerat」に戻る。料金も前と同じで65リンギ。

この「スリ・トゥージュー・ビーチ・リゾート」は、Tumpat Local Councilとかいう地方公共団体らしいところが運営している。

七日目。

エアコンを入れなくても、朝はかなり冷え込む。タオルケット一枚しかない。

足の養生のため滞在をあと3泊延長して予約する。まだ少し引きずる。

リゾートのレセプションのおばさん(お姉さん)も親切で、車で通りかかったときに乗せてくれた。

表通りの何でも屋のおばさんは、よいマンゴを選んでくれたり、新しいパンを選んでくれたりする。

この辺の人は本当によい人が多いように感じる。内陸線(マレー鉄道東海岸線)沿いの人よりも穏やかな感じ。漢字が見当たらないことと平行している。内陸線は漢字が多かった。

リゾートはまたのどかな平日に戻ったが、来週末はもう予約で埋まっている。

夕方3時ごろから再びタクバイTak Baiに向かう。

表通りの何でも屋の前でバスを待つが、バスもタクシーも来ない。何でも屋の主人が見かねてポンコツのバイクでプンカラン・クボールPengkalan Kuborのイミグレの前まで送ってくれた。本当に親切にしてくれる。

手続きを済ませタイに入り、タクバイのジェティの前でバイタク(バイクタクシー)を拾って「タクバイ」の町に言ってみる。どんなところか見ておこうと思っただけ。ボーダーのマーケットのあるところは本来のタクバイの町ではない。

バイタクに「ここがタクバイだ」というところに連れて行ってもらったが、商店が2,3軒あるくらいで何もないところだった。その近くのモスクの写真だけ撮って帰る。結構長い道のりを片道2リンギ。

このマレー人のバイタク運転手に、最初にマレー語で話しかけたらその後ずっとマレー語で話されて困ってしまった。

タクバイのレストランのニコニコしたムスリムの姉ちゃんに「テリマカシー」というと「サマ・サマ」と答える。

スマトラのプカンバルのレストランの姉ちゃんも同じように「サマ・サマ」と答えてくれたのを思い出した。

マレー語・インドネシア語はとても国際的な言葉だと思う。

ただし、タクバイでは「パナス」(ホット)というときの最後のSをほとんど発音しない。これはタイ式の発音なのかもしれない。スマトラでは「パナース」という感じではっきり発音していた。マレーシアでも最後のSは発音すると思う。

タイのスタンプは本日も2005年のまま。

レストランで、私がマレー語で注文していたら、タイ語を話している下品な感じの若者グループの男たちが、「KL(クアラ・ルンプール)だKLだ」と騒ぎ始めた。

その中の一人が私に向かっていきなり、「どこから来た」と英語で聞いてきたので、期待に応えてKLからだと答える。さらに、KLのどこだと聞くので、でまかせに「ジャラン・スルタン」だというと、中国人かと聞く。それはさすがに勘弁してほしいので、日本人だというと、今度は東京かと聞く。

そこで、KLに住んでいる日本人だとウソをついておいた。ここではなんとなく、東京よりKLのほうが格上なように感じたので、ミエを張ってみただけ。

するとその汚らしい感じのタイ男はすかさず、「俺の友達はシンガポールに住んでいる」とか、KLよりさらに格上の町の名前を出してきた。

これはいかにもタイ人らしい反応だと思った。KLの人間はシンガポールに対して複雑な感情を持っているといわれる。そこをついたつもりなのかもしれない。

粘液を固めて作った人間の表面に汚れがついているような、実にタイ人らしい汚らしい男だった。

タクバイのジェティの前にはミニバスもあり、ナラティワトまで4リンギ。

スリ・トゥージュー・リゾートは官製リゾートで、本当に酒は置いてないようである。酒を飲んでいる人を見たことがない。敷地内に立派なイスラム礼拝所がある。

八日目。

昼から雨。雨が多くなってきた。

平日にもかかわらず多くの人がリゾートに来ている。中国語でしゃべっているグループも。

夜、激しい腹痛と下痢。きのうタクバイであれこれ食べすぎたのがよくなかったのか。

ゴキブリを追いかけていたら、横着にも俺のバックパックの中に隠れた。しばらくバックパックをかき回していたら出てきたので、さらに追いかけ、バスルームの足拭きでしとめた。

腹痛と下痢は、クラヴィットとイモジウムを飲んだら1時間ぐらいでおさまった。痛みがひどいときにイモジウムで下痢を止めることがよいのかどうかは問題。

夜になるとリゾート内をひっきりなしにバイクが走り回るようになった。人が増えている。最初は人っ子一人いなかった海岸の方でも、深夜までバイクらしい明かりが動いている。

足は完治には遠く、びっ子を引くような歩き方になる。

九日目。

なかなか本当に静かな穴場というところは少ない。

しかし、このリゾートで、毛唐は一人も見なかった。

深夜に重々しい音の雷雨になる。

十日目。

11時ごろチェックアウト。表通りに出ていつものローカル食堂で食事。

何でも屋のおじさんがお別れに冷えたペプシを一本くれた。この店の人たちは本当に親切だ。

バスは来ないので、タクシーを拾いトゥンパッTumpatのバス停まで行く。4リンギ。

トゥンパッのバス停に来ていたバスに乗り、コタバルへ。2.3リンギ。結構時間がかかる。

タクシーでコタバルまで行くと20リンギだという。コタバルまでは行かないというタクシーもある。

午後1時過ぎ、バスがコタバルのバスステーションに着く。コタバルの町は整然としている。町に見覚えがないが(一年以上前に一度来たことがある)、バスステーション付近はなんとなく記憶にある。

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オランダは日本の敗戦後、インドネシアの再植民地化をはかるが、「国際世論の非難」もあって失敗する。

なぜそのような「国際世論の非難」が起こったのか。それまでは平然と、正当なこととしてやっていたことを、もう一度やり始めようとしただけである。それにオランダは「戦勝国」の一員である。

日本が「白人支配からのアジアの解放」を掲げて戦争をし、その理念に一定の説得力があり、それに同調する人々がインドネシアにも多かったからに他ならない。

このような主張に対して、日本は戦争を始める前から「アジアの解放」を掲げていたわけではないと反論する人が多い。

しかし、戦争を始める前からその理念を掲げる必要がどうしてあるのだろうか。日本は米英の経済封鎖によって、息の根を止められ、米英の期待に応える形で戦争に追いやられていっただけである。そのような経済封鎖は現在北朝鮮に対しても行われていないものである。

戦争は戦争である。革命ではない。問題は、現に行わざるを得ない戦争にどういう意義を見出していくかである。また、日本は、戦前から人種差別反対を国際社会に訴えていたが、それはまったく受け入れられなかった。

大東亜戦争の理念は、アメリカによって追いやられた対米英戦争・対白人戦争の実践の中で、実践的に学び取られ、明確に自覚するに至ったものである。

開戦以前にその理念を掲げていなかったといって大東亜戦争の意義を否定するのはまったく子供じみた観念論でしかない。

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2006年2月 6日 (月)

タイ南部で200校休校 武装勢力の襲撃激化

【バンコク6日共同】タイ南部ヤラ県の200以上の公立学校が、イスラム武装勢力による「教師らへの襲撃激化」を理由に6日から臨時休校した。休校期間は1週間の予定。ヤラ県では最近、教師を狙ったテロで負傷者が出ており、学校関係者の間で不安が高まっていた。
 タイ警察当局によると、同県バンナンサター地区の警察署付近で同日、武装集団が警官らを銃撃、3人が死亡した。南部のイスラム過激派による襲撃とみられ、武装集団は犯行後に逃走した。

(共同通信) - 2月6日21時48分更新

Southern violence leaves three dead

Published on Feb 06 , 2006

At least six suspected militants shot two policemen at a market in Yala province Monday, then gunned down a paramilitary officer who opened fire in retaliation, officials said Monday.

The two policemen, Anon Arware, 23, and Masorbree Jamae, 24, were targetted as they shopped at the market in Yala province, said district police officer Sarawoot Mahardchai.

"The killers were walking with villagers at the market before they started shooting at the policemen," he told AFP.

Paramilitary soldier Makor-ree Maseng, who was also at the scene, engaged the gunmen in a firefight, but the 31-year-old was shot in the head and killed.

"It seems like the attackers especially targeted the policemen," said Sarawoot, adding that three guns were collected from the scene.

Prime Minister Thaksin Shinawatra, who has been criticised for failing to resolve the violence in the south, said Monday that he would go there to evaluate the situation following his current trip to the Chiang Mai.

"When I finish the mission in the north, I will follow (Justice Minister) ChidchaiVanasatidya to the south," he said in response to questions about the market shootings in Yala.

http://nationmultimedia.com/latest/

     
教員処刑予告、首相南部視察へ
 

6日、タクシン首相はチェンマイでの移動閣僚会議が終了した後、南部3県へ視察のために訪れると表明した。ヤラー県では、過激派一味が教員を処刑するとの通達を流したため、ヤラー県にある約250校からなる教員連盟は政府に対し、確かな安全基準を求めていた。現在、ヤラー教員連盟は、教師らが県外に避難するため1週間の授業欠席を決定している。

2006年02月07日18時38分 バンコク週報

     
「タイの地元新聞を読む」より

2006年02月08日

先に一週間一時学校を休校させる方針を決定したヤッラー県の教師組
合は、女性教師10人及び男性教師30人を殺害するとの一味側の脅迫を受
け、新たに無期限で学校を休校させる方針を決定しています。

 尚、先に移動閣議後ヤッラーに向かうと伝えられていたタクシン首相
ですが、最新の情報ではチットチャイ副首相が本日南部に入って視察を
終えた以降に訪問する事になっているようです。

 一方、ヤッラー県県都内中心部で昨日9時過ぎ頃、出勤の為にバイク
で走行中だった42歳の学校教師が児童等の目の前でバイクに乗った二人
組に銃撃され死亡するという事件が発生している他、ナラーティワート
県スンガイ・ゴーロック郡中心部では、警察関係者4人が茶店での飲食
を終え路上に駐車してあった車に乗り込んだところで仕掛けてあった携
帯起爆式の爆発物が爆発するという事件が発生していますが、こちらの
方は物損だけで人的な被害は確認されていないようです。

 チットチャイ副首相及びガンタティー外務大臣は昨日、イエメンの拘
束施設から脱獄したアルカイーダ関係者13人がタイ国内に潜伏中である
と一部で報じられていた事に関して、事実ではないと否定した上で、こ
の13人と南部情勢を結びつけるような報道を慎む要請していました。

 両者によると、万が一に備え関係機関に監視体制の強化は命じている
が、これまで各国間と情報の照会作業を行った結果では、そのような情
報は一切無いとのこと。

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2006年2月 3日 (金)

【タイ】深南部で爆弾テロ、3人死亡

タイ最南部ナラティワート県の2カ所で2日、トラックなどに仕掛けられた爆弾が爆発し、住民ら3人が死亡した。最南部ではイスラム武装勢力によるとみられる爆弾テロや国軍・警察との衝突が続き、04年以降で1000人以上が死亡している。

2006年02月03日00時02分 毎日新聞

関連:

「タイの地元新聞を読む」

2006年02月02日

情報当局は、都内で市民集会が計画されている2月4日に南部国境三県
域で大規模な破壊活動が計画されている恐れがあるとして、関係当局に
警戒態勢の強化を呼びかけています。

 情報当局によると、マレーシア領内に潜伏中の一味約20人が最近になっ
てナラーティワート県ウェーン郡及びソンクラー県サバイヨーイ郡、ヤッ
ラー県ベートン郡に移動し破壊活動に向けた体制を整えており、またこ
の動きに絡んで約100万バーツの不審な資金の流れが確認されていると
のこと。

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なんだかできすぎた話という感じがするが。

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2006年1月19日 (木)

マレーシア政府声明を撤回 130人のムスリム亡命者のタイ送還を否定

マレーシア国営ベルマナ通信は、昨年8月に官憲によるムスリム弾圧の続くタイ南部からマレーシアに逃げてきた130人のムスリム亡命者をタイ側に送還したとした17日の声明を撤回した。

つまりこの報道を撤回。

マレーシア国営ベルナマ通信は17日、テロ事件が続くタイ最南部から昨年9月にマレーシア側に避難していたイスラム系住民130人がタイ側に送還されたと伝えた。避難民の取り扱いを巡っては、タイ政府が「状況を混乱させようとする陰謀の疑いがある」としてマレーシア政府に身柄引き渡しを求め、摩擦を生じていた。

(毎日新聞) - 1月17日18時50分更新

ムスリム亡命者の地位に関しては、マレーシアとタイとの間の緊張の原因になっていた。それは主に、タイ人のムスリムに対する差別意識にもとづく、マレーシアへの言いがかりによる。

タイ政府によって手配されていたメンバーは11月にすでにタイに送還されているにもかかわらず、タイ政府は130人の亡命者の中にゲリラが含まれていると主張していた。マレーシア側はタイのこの主張を根拠がないとしていた。

Malaysia retracts Thai statement

Thai Muslims queue for visas in southern Thailand, near the border with Malaysia, 2 Sept
Malaysia is worried about Thais flooding across the border

Malaysia has retracted a government statement it had sent home 130 Muslims who fled from the ongoing insurgency in southern Thailand last August.

Malaysian officials said first that the group had been sent home last year, but the official Bernama news agency later corrected the report.

Bernama quoted Attorney-General Gani Patail as saying: "I sincerely apologise for the miscommunication".

The status of the group has caused tension between the two nations.

Thailand said some were militants, but Malaysia said it wanted guarantees for their safety before sending them back.

Another member of the group, who was wanted by the Thai authorities, was deported in November.

Emergency rule

Separately, the Thai government has extended its emergency rule in the south by another three months.

The controversial order - which covers the three southern provinces of Yala, Pattani and Narathiwat - is now effective until 20 April.

Under emergency rule, the authorities can detain suspects for up to 30 days without charge, search and arrest people without warrants and tap mobile phones.

More than 1,000 people have died in southern Thailand since the beginning of 2004, in violence thought to be fuelled by disenchantment within the predominantly Muslim community.

The mainly Islamic nation of Malaysia has cultural and religious links with Thailand's south.

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タイ人にはマレーシアコンプレックスもあるようだ。

同じ中華系でも、タイとマレーシアとシンガポールでは格の違いがありそう。
あまり教養のないタイ人に(タイ人のほとんどは教養がないが)、「日本とシンガポールは同じなの」と聞かれたことがある。
(東南アジアでの格の高さではシンガポールが抜群みたい。)

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2006年1月18日 (水)

緊急勅令を3カ月延長 治安悪化のタイ南部

【バンコク17日共同】タイ政府は17日、同国南部3県を対象とした治安維持のための緊急勅令について適用期間をさらに3カ月間延長することを決めた。パタニ、ヤラ、ナラティワットの3県では南部の分離独立を掲げるグループなどによる襲撃が激化、これまでに1000人以上が死亡している。
 緊急勅令は首相に強力な治安維持権限を付与し、治安当局は捜査のための盗聴やメディアの検閲、令状なしでの容疑者拘束が可能。昨年7月に発布され、同10月に3カ月間延長されたが、近く期限が切れることになっていた。

(共同通信) - 1月17日19時15分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060117-00000217-kyodo-int
   

緊急勅令は4月20日に失効する。
タイ当局は、この勅令を三ヶ月ごとに延長できるとしている。この緊急勅令は、昨年7月、国会の承認なしに発布された。(「勅令」だけのことはある)

緊急勅令の下では、令状なしでの容疑者逮捕や電話盗聴のほか、逮捕した容疑者を30日間起訴せずに拘束することができる

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マレーシア、タイに折れる。

<マレーシア>タイからの避難民130人送還

 マレーシア国営ベルナマ通信は17日、テロ事件が続くタイ最南部から昨年9月にマレーシア側に避難していたイスラム系住民130人がタイ側に送還されたと伝えた。避難民の取り扱いを巡っては、タイ政府が「状況を混乱させようとする陰謀の疑いがある」としてマレーシア政府に身柄引き渡しを求め、摩擦を生じていた

(毎日新聞) - 1月17日18時50分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060117-00000087-mai-int

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2006年1月13日 (金)

ムスリム弁護士はタイ官憲に殺された。Thai PM says missing lawyer dead 【タイ】

Nguen Thongsuk is handcuffed and escorted from the criminal court room
A policeman has been jailed for illegally detaining the lawyer

Thailand's prime minister has said a Muslim human rights lawyer who went missing in 2004 may have been killed by government officials.

PM Thaksin Shinawatra also said that an ongoing investigation into Somchai Neelaphaijit's disappearance suggested more than four officials were involved.

A court on Thursday jailed one policeman but acquitted four others for illegally detaining Mr Neelaphaijit.

The lawyer's wife Angkhana and human rights groups denounced the verdict.

Mr Neelaphaijit was last seen at a Bangkok hotel in March 2004, and rights groups fear he was killed because of his criticism of police conduct in the south of the country, where there is an ongoing Muslim insurgency.

Mr Thaksin said that prosecutors would file a new case, possibly as soon as next month.

TROUBLED SOUTH
Home to most of Thailand's 4% Muslim minority
Muslim rebels fought the government up to the mid-80s
Suspected militants have upped attacks this year, targeting Buddhists
Security forces' response criticised by rights groups

He said a special team from the Department of Special Investigation (DSI) was now working on murder charges, based on circumstantial evidence gathered since the original trial began.

"I know that Somchai is dead, and more than four government officials were involved, but witnesses and evidence are still being collected," Mr Thaksin was quoted as telling the French news agency AFP.

None of the suspects at the first trial were tried for murder, only illegal detention and robbery.

Mr Thaksin did not say if the new charges would be filed against the same people as before, or against other government officials.

Southern insurgency

Somchai Neelaphaijit's disappearance and his subsequent trial have put Thailand's treatment of human rights under the spotlight.

Rights groups maintain that the 52-year-old lawyer was kidnapped and killed by police officers, because of his vocal criticism of the Thai security services' handling of the unrest in the south.

The authorities in southern Thailand are battling a long-running insurgency by Islamic separatists, which has led to the deaths of more than 1,000 people in the past two years.

In the months before his disappearance, Mr Neelaphaijit had defended Muslim suspects in connection with violence, and went missing soon after claiming some of his clients had been tortured.

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4608594.stm

~~~~~~~
「タイの地元新聞を読む」より

2004年3月12日に発生したイスラム教弁護士協会のソムチャーイ・ニ
ーラパイヂット氏の失踪事件に絡んで逮捕された警察中佐クラスを含む
5人の警察官に対する判決公判が昨日開かれ、裁判所側はソムチャーイ
弁護士が失踪する直前に車を押し込めているところが目撃されていたン
グゥン・トーンスック警察少佐に対してのみ3年の刑を下し、残りの4人
に対しては、証拠として提出された携帯電話の通話記録だけでは関与を
立証できないとして無罪の判決を下しています。

 この判決に対して、ソムチャーイ弁護士の夫人であるアンカナー女史
側は不当判決であるとして控訴する意向を表明しています。

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2006年1月 7日 (土)

爆弾、銃撃で7人死傷 タイ南部 7日

 【バンコク7日共同】マレーシア国境に近いタイ南部で7日朝、爆弾、銃撃事件が相次ぎ、地元警察によると、兵士2人が死亡、住民ら5人が重軽傷を負った。南部の分離独立を掲げるイスラム武装勢力の犯行とみられる。
 タイ南部ナラティワット県スンガイコロクで7日午前7時(日本時間同9時)ごろ、市中心部の喫茶店で爆弾が爆発、客3人が負傷した。
 またヤラ県ラーマンの市場で同9時ごろ、巡回中の兵士に武装グループが銃を乱射。2人が死亡、2人が重体となった。市場には買い物客ら100人以上がいたが、一般市民にけがはなかった。

(共同通信) - 1月7日14時26分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060107-00000084-kyodo-int

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シンガポールの専門家がバンコクテロを警告

S'pore expert warns of terror in Bangkok

Says attack probable in city before end of year

(Rohan Gunaratna, a security analyst at the Institute of Defence and Strategic Studies (IDSS) in Singapore)

''We believe that the threat of terrorism is growing at a very serious pace, and that it is just a question of time before they attack Bangkok,'' Mr Gunaratna, who heads a terrorism research unit at IDSS, told reporters on the conference's sidelines.

He said the Thai government needs to expand its intelligence network, engage Thailand's Muslim political leadership and work with neighbouring Malaysia to stop the spread of cross-border terrorism.

''If they don't do that, our assessment is that terrorists will attack Bangkok before the end of the year,'' he said.

http://www.bangkokpost.com/News/07Jan2006_news031.php

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「タイの地元新聞を読む」より

2006年01月08日

 年明け早々から再激化の兆しを見せている南部情勢ですが、依然止まることなく昨日9時頃にはヤッラー県ラーマン郡バーロー地区内にある土曜日に開設される定期市場で警察関係者2人がバイクに乗った二人組に射殺されるという事件が発生、またナラーティワート県スンガイ・ゴーロック郡の中心部では茶店付近に仕掛けられていた爆発物が爆発しマレーシア人1人を含む3人が負傷を負うという事件が発生しています。

 尚、ラーマン郡で発生した射殺事件に関しては、初期報道では警察署が襲撃されたとか、射殺された警察関係者が市場の警戒作業にあたっていたと報じていましたが、その後警察側は射殺された2人は警察を抜け出し市場で買い物中に銃撃を受けたと初期報道を訂正する発表を行っています。死亡した2人とも短パン姿だったなど軽装だったようですが、一部報道で銃撃した二人組が死亡した警察関係者が所持していたM79用のランチャーを強奪していったと報じていることから、もしかすると特殊な任務を帯びて市場内にいた可能性も指摘できるかもしれません。(警察関係者2人がいたギフトショップの主が姿をくらましているとの報道もあるようです)

 また、プレーム枢密院院長が訪問中だったパッターニー県県都内では、昨日朝同県ノーンヂック郡内在住の豚用の飼料の配達中だった47歳の男性がバイクに乗った二人組に射殺され、現場に無実の市民を脅迫する文面が記されたビラが置かれるという事件が、また、ノーンヂック郡内では、昼前にバイクで走行中だったミャンマー人労働者一家3人が、バイクに乗った二人組に銃撃され1歳半の幼児を含む3人全員が重傷を負うという事件が発生しています。

 更に、18:30過ぎ頃にはヤッラー県県都内中心部で、タイ国鉄の使用人夫婦が銃撃され負傷し、その10分後には同じく中心部の旧市場付近で銃の乱射事件が発生し5人の市民が負傷を負うという事件が発生しています。

http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html

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タイ政府側が策動してフレームアップしている面もあるはずである。
南部における人権弾圧が国際的に非難され始めているいま、また貧困問題やタクシン問題で内政も行き詰まっているいま、「イスラムテロの被害者タイ」というイメージを欧米にアピールしておくことは、タイ政府にとって何の不利益もない。テロがもともと観光客の来ない深南部三県に閉じ込められているかぎり、観光にもほとんど影響がない。特に常にネットで情報を集めて合理的に行動する白人旅行者の足には影響がない。

なぜミャンマー人が殺されたのかよくわからない。ミャンマー人にはムスリムも多い。殺された人たちがムスリムだったかどうかは明らかではないが、タイ深南部のひっそりとしたムスリム地域にわざわざ出稼ぎに来ているということから、ムスリムだった可能性が高いと私は思う。

もっとも、バイクからの銃撃ということになると一般タイ人によるアジア系外国人に対する無差別殺人の可能性もあるだろう。

私はチェンマイで、通りがかりのバイクのタイ人に火のついたタバコを投げつけられたことがある。

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2006年1月 6日 (金)

タイ深南部における人権弾圧 官憲による恣意的な拘束、拷問

アムネスティが正義の団体だとか言うつもりはまったくないです。
また、「国際アムネスティ」と「アムネスティ日本支部」ともまったく違うものと言っていいと思う。コミンテルンとコミンテルン日本支部との違いよりももっと違うでしょう。

Amnesty criticises Thai crackdown
Thai soldiers on patrol
Troops have been accused on ignoring attacks on civilians

Human rights group Amnesty International has condemned the Thai government's handling of Muslim unrest in the country's south.

Amnesty says authorities have used arbitrary detention, torture and excessive force while trying to deal with the spate of attacks.

They have also criticised government investigations into attacks on Muslim and Buddhist civilians.

But the army commander for the area said security had improved.

The report comes on the second anniversary of the beginning of the unrest in Thailand's mostly-Muslim south, which began with an attack on an army depot in 2004. More than 1000 people have been killed since then.

"With regard to Pattani, Yala, and Narathiwat Provinces, Amnesty International is particularly concerned by the authorities' failure to conduct proper investigations into attacks on both Buddhist and Muslim civilians," the report said.

VIOLENCE-HIT SOUTH
Home to most of Thailand's 4% Muslim minority
Muslim rebels fought the government up to the mid-80s
Suspected militants have upped attacks since 2004, targeting Buddhists
Security forces' response criticised by rights groups

"Scores of villagers of both faiths told the organization that either no investigation was conducted whatsoever, or that a very cursory investigation took place."

The Amnesty report quoted former Thai Prime Minister Anand Panyarachun, the Chairman of the National Reconciliation Commission, as saying in July 2005 that "in 85% of murder cases, the government does not know who the perpetrators were".

The commission was set up last year after the Thai government admitted it had made mistakes in tackling the insurgency.

The report said no adequate protection had been given to villagers. Since the unrest began attacks have been carried out on schoolteachers and Buddhist monks as well as on government officials.

"Violence has increased to an extent where it affects almost all areas of life for local people, both Muslim and Buddhist, restricting their ability to work, travel, trade and receive education," the report said.

But the army commander, General Ongkorn Thongprasom, told the BBC's Thai service that 2005 was far better for human rights than the previous year.

"The human rights situation in the country... improved throughout the year," he said.

タイ軍部は人権改善を自画自賛。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4581494.stm

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2005年12月24日 (土)

タイ南部で自動車に仕掛けられた爆弾が爆発=6人負傷

【ライブドア・ニュース 12月23日】- AFX通信によると、タイ南部のナラーティワートで23日、自動車に仕掛けられた爆弾が爆発し、警察官2人を含む6人が負傷した。タイ政府と現地当局が明らかにした。それによると、警察署から300メートル離れた場所に停車していた日産のセダンに、重さ15キロの爆弾が仕掛けられていたとしている。自動車は盗難車だった。現地当局によると、22日夜、車を警察署の近くに駐車する不審な人物が防犯カメラに写されており、容疑者が特定されたとして、逮捕は迅速に行われるとしている。

ライブドア・ニュース 平林純子記者

2005年12月23日14時39分 Xinhua Finance/ライブドア・ニュース

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1576179/detail

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タイの地元新聞を読む

水害被災地に向かうタクシン首相等を乗せた飛行機が離陸した昨日朝8時頃、ナラーティワート県県都内中心部にある茶店前に駐車してあった乗用車が爆発し、乗用車を全壊させた上、茶店にいた警察官2人、女性2人を含む合計6人が重傷を負うという事件が発生しています。

爆破に使用された爆発物は時限発火式のもので、警察では現場となっや茶店が県警察本部から約50メートル(報道により100メートルとも200メートルとも)と離れておらず、日頃から警察関係者の利用が多かったことから、犯行グループは警察官に危害を加える目的で爆発を発生させたとの見方を示しているようです。

http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html
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SOUTHERN UNREST: Bomb blast greets PM’s visit to South

Published on December 24, 2005

Authorities believe ‘Faisol’ is primary bomb maker in region. Prime Minister Thaksin Shinawatra’s visit to the South yesterday was marred by a bomb blast that injured six people, including two police officers and a school director.

The bomb exploded at about 8am in Muang district, just 200 metres from the local police station, officials said. The 15-kilogram device was planted under a white car parked in front of an auto parts shop opposite the Song Kiratvirojkul teashop.

Pol Colonel Nukul Kraithong, the provincial police superintendent, said Muslim insurgents were probably behind the attack.

He said investigators found that the serial number on the car’s body did not match any car on record. They suspect the militants bought the body in Malaysia and replaced it with a local car.

The explosion damaged five buildings and spread debris in a 40-metre radius. Six people were injured, including two police officers, a school director and the wife of the restaurant owner. All of the injured were being treated at a local hospital yesterday.

Narathiwat Governor Pracha Therat urged officials to arrest a terror suspect named “Faisol”, believed to be the main bomb maker for insurgents in Narathiwat.

“[Faisol] is one of the key bomb makers in Narathiwat. Officials have been trying to arrest him but have not yet been successful. If we don’t arrest him, he will continue to produce and plant bombs,” Pracha said. Surveillance cameras deployed in municipal areas were able to capture the suspected militants who parked the car at around 6am, he said. However, he was not able to give details on the suspects or clarify if Faisol was among them.

This latest attack was perpetrated during a relatively peaceful month in the deep South as residents struggled to recover from the floods. More than 1,000 people have been killed in the region since violence broke out in January last year.

The Nation

Narathiwat
http://nationmultimedia.com/

5つの建物が破壊され破片が半径40メートルに飛び散った。
当局はナラティワトのイスラムテロリストFaisolが背後にいると主張する。
市内に展開されている監視カメラが爆発した車を停めたゲリラたちを捉えていたというが、その中にFaisolがいたかどうかなど詳細は明らかにされていない。

タイ深南部では昨年一月以来1000人以上の人が殺されている。

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2005年12月20日 (火)

洪水被害深刻、南部パッタニ市も冠水、ハジャイで略奪【タイ】

20日、大雨の被害に見舞われている南部パッタニ県では、満潮の影響と、隣のヤラー県からの水が流れ込み、川の水位が危険水位まで上昇。昨晩から洪水が警戒されていたが、20日早朝4時、あふれ出た水がパッタニ市内へ流れ込み始めたため、市では住民へ避難をするよう勧告を出した。また最近続いている洪水のため、パッタニ~ハジャイを結ぶ一本の国道以外、殆どが冠水し交通が遮断されており、周辺の町や村では食料不足の問題も発生し、深刻な状況となっている。

2005年12月20日18時11分 バンコク週報

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1568266/detail

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タイの地元新聞を読む

一族系のショッピングセンターまでもが浸水したチァン・マイの水害の際には、予定をキャンセルして速攻で現地に駆けつけ、陣頭指揮を執っていたくせに、民主党の地盤である南部に対しては、北部より深刻な水害に見舞われているにもかかわらず、速攻で現地に飛んで陣頭指揮を執ろうとしないのは、なんかおかしいんじゃないのと批判されている事に対して、タクシン首相は、公務多忙で時間が取れないし、そもそも水害対策は当局側の任務であると語っていたらしいです。

 どうも津波対策の際に、国民の目に見える部分にこだわって陣頭指揮を執ったにもかかわらず、結局南部ではタイ・ラック・タイが一議席しか獲得できなかったことが今でもトラウマになっているのかもしれません。

http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html

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「タイ・ラック・タイ」=「タイ愛国党」
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南部洪水、ハジャイで略奪相次ぐ

最南部が洪水に襲われた18日、ハジャイではセブンイレブン等のコンビニや倉庫等の略奪が相次ぎ、大きな損害となった。被害にあった店舗の社員は当日、洪水が悪化したため店を閉めるよう指示を受け帰宅していた。目撃者によると、真っ暗で胸まで水位が上がる中、50人位の若者がガラス窓を破り店内を物色していたという。

2005年12月22日19時09分 バンコク週報

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2005年12月23日  タイの地元新聞を読む
 
スコータイ県で開かれた移動閣議の際に、タイ・ラック・タイ党を支持した北部住民の心をつかむぞとばかりに膨大な国民の税金を投下する北部開発計画を高らかに宣言する一方で、深刻な水害に見舞われているタイ・ラック・タイ党を支持しなかった南部に対しては、公務多忙で時間がとれないと言って陣頭指揮を放棄しただけでなく、ch11で予定されていた南部被災者への義捐金受付の番組まで中止させていた事までが明らかになり、各界から非難受けているタクシン首相は昨日になって"仮に依然深刻な状況が続き、また当局側の対応に問題が見られるようであれば"との条件付きで津波慰霊式典出席に先立つ25日に南部を訪問し水害対策の陣頭指揮をとる意向を明らかにしていました。

 尚、アピシット民主党党首は、タクシン首相が被災者支援の為の義捐金受付番組まで中止させた事について、南部住民に寄せる国民の同情心を否定するだけでなく、タイ・ラック・タイ党支持者だけの面倒をみるというタクシン首相の本心が如実に表れたものであると批判していました。
http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html

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2005年12月 1日 (木)

「アルカイダの東南アジア部門」でタイ政府またマレーシアに難癖

アルカイーダの東南アジア部門と名乗る団体が自らのサイト上に、イスラム教徒とイスラムを信仰しない者との戦争が険しさを帯びている中で聖戦の意義が増しつつあるとした上で、アラーを信仰しない者に制裁を加える為にタイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピンの政府、軍部、経済関連施設に攻撃を仕掛けるとマレーシア語で記した「宣戦布告」文書が10月5日付けで掲載されていたことが明らかになっているようです。ただ文書に今まで聞いたことが無い団体名が使用されているなど、脅迫の信憑性に関して疑念を指摘する声も多いようですが、タイの情報当局側は、サイト上に脅迫文書が掲載されたからには、それなりの警戒態勢を取る方針であると語っているようです。

アルカイーダの東南アジア部門と名乗る団体がタイに対する攻撃を警告する文章をサイト上に掲載していたとされている事に関して、陸軍最高司令官のソンティ・ブンヂャラットグリン大将は、既に問題となっているサイトに関して調査を行った結果、単に警告文が掲載されているだけで、警告内容に信憑性は無いとの結論に至っている事を明らかにした上で、むしろこの問題よりマレーシア国内の携帯電話が国境線から4-5Kmの範囲内でタイ国内でも使用可能であることを利用した新たな攻撃に対する対策強化が急務であると発言していました。 尚、スラポン政府報道官は、政府側が警告文の事実関係の調査に乗り出している事を明らかにした上で、今のところ国内安全保障に脅威をもたらす動きは確認されていない事を明らかにしていました。

タイの地元新聞を読む
http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html

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2005年11月27日 (日)

タイで続く警察による拷問 / 他人の携帯を使ったテロの危険性も?当局が警告【タイ深南部】

ソースのはっきりしないタイ「ネーション」紙の記事より。
ネット版で全文大文字で「警告」してる。

携帯を使った爆弾テロを防止するために、タイではプリペイド携帯の登録を義務付けて登録のない携帯を使えないようにする規制を進めているが、他人の携帯を使って爆弾を爆発させることも可能らしい。そこで、知らない人からの電話に返信しないように南部の軍隊の司令部(?具体的には不明)が警告したということ。

BEWARE!! MISS CALL IN THE SOUTHERN MAYBE BOMB
Published on Nov 27 , 2005
PLANS TO REGISTER SIM CARDS MAY HAVE DONE LITTLE TO PREVENT BOMBINGS IN THE FAR SOUTH. OFFICIALS SAY MILITANTS CAN STILL LAUNCH BOMB ATTACKS USING REGISTERED CELL PHONES OF LEGITIMATE USERS.

THE SOUTHERN PROVINCES PEACE BUILDING COMMAND WARNS MOBILE PHONE USERS NEVER TO CALL BACK UNFAMILIAR NUMBERS. THAT'S BECAUSE INSURGENTS HAVE CHANGED THEIR TACTICS. THEY CAN NOW SET OFF BOMBS FROM THE NUMBER OF RANDOM RECEIVERS WHO CALL THEM BACK. CELL PHONE- DETONATED BOMBS ARE A FAVOURITE TACTIC FOR MILITANTS.

IN THE HOPE OF STAMPING OUT BAR BOMBINGS IN THE FAR SOUTH THE GOVERNMENT HAS ORDERED ALL PRE-PAID CELL PHONE OWNERS TO REGISTER THEIR SIM CARDS OTHERWISE THEIR SIGNAL WILL BE CUT OFF.

THE STATE LATER OFFERS A GRACE PERIOD TO THOSE WHO FAIL TO MEET THE DEADLINE. THEY CAN GET THEIR SERVICE BACK ... BY COMPLETING THE PROCESS BEFORE THE END OF THE MONTH. THOSE WHO MISS OUT ON THE OPPORTUNITY AGAIN WILL HAVE THEIR NUMBERS CANCELLED AND SOLD TO OTHERS. SO FAR 90 PER CENT OF SOUTHERNERS HAVE BEEN PUT IN THE SYSTEM. http://nationmultimedia.com/latest/

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(こっちのほうはもう少し確かな事実)

タイ南部では警察がいまなおムスリムの被疑者に対する拷問を続けている。

ムスリムの被疑者を弁護する弁護士は少ない。ソムチャイという弁護士がムスリムを弁護して消えた(消された)事件以来、弁護士はムスリムを弁護して自分の身を危険に晒すのを怖れるようになっている。(突然「消される」という感覚がタイらしくて怖い)

警察側は、自分たちは政府の方針をただ実行しているだけだから、いつも批判の的にされるのは士気にかかわる。それに、南部では毎日警官や役人が殺されており、いつ自分の番になるかわからないのだ、と反論している。(深南部はほとんど戦争状態ですね)

Muslim lawyers say police still using torture
Demand clients' rights respected under law
Ampa Santimatanedol
Muslim lawyers said police continue to use forms of torture, coercion or threats of bodily harm to obtain confessions from suspects, and demanded that their clients' rights are respected under Thai law.

The issue was raised at a seminar on the judicial system and peace building in the three southernmost border provinces at Chulalongkorn University on Friday.

Kijja Aleehislah, a member of the Muslim Lawyers' Association, said few lawyers dared to represent Muslims facing security charges, fearing that their safety would be in jeopardy following the disappearance of Muslim lawyer Somchai Neelapaichit, who is feared dead.

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バンコクポスト11月27日
http://www.bangkokpost.com/News/27Nov2005_news54.php


ただ、ムスリムのテロ被疑者にはまだムスリムの弁護士がいるから救いがあるが、タイ北部の山岳少数民族には弁護する者もほとんどいない。声を出すことも出来ないまま、毎日、軍や警察の暴行・強姦などにさらされ、タイ当局公認のもとで白人ミッショナリーにより児童拉致監禁・性的虐待・洗脳等の被害を受けている。
日本でもタイの山岳少数民族に関する本やサイトは、かわいい女の子の写真とか、興味本位のものがほとんど。かわいい女の子がいることも事実だが、タイ人たちが外国人の目をそらせようとする深刻な問題もあることはあまり知られていない。

Tim Baker Reply, Bethany Baptist Akha Ethnocide, Salem

His email (at bottom) and our reply:

Tim:

I commend you for a very clever email, but I have to say I am way beyond all of that. You have sidestepped the issue to try and make me look at fault, to accuse me of intent I don't have, to free yourself from the morally unacceptable situation you are in.

The wealth that is gathered by missions is chiefly for themselves, no different than the Vatican. We have this carefully documented, children and wealth pulled to the missions, not wealth distributed equally in the villages, not the liberation of the gospel, not standing up for pompous American "human rights" and "family values".

Where are your family values for the Akha? We hear always the American missionaries telling us that like black people, get it, the Akha are involved in drugs, just like the missionaries in all the heroin business for years in Laos. We don't buy that hypocrisy either. The DEA paying the Thais to murder people in cold blood with your money.


This guy, his name is Leeh Huuh, he was my friend, he was murdered about an hour before I got to his house by Thai police paid for with DEA money. Its what your church paid for, every tax payer, but you would take them the "gospel" but not justice?

What you have stated is not why I wrote or what I said. I said nothing of what you do, apart from the fact that OMF uses racially offensive material on their web site, and that Jim Morris (OMF), in your congregation as more than just a benign member, is part of that. This is not part of any great commission, and rather than address that, you change the subject.

You will not see me finding fault with any humanitarian aid that you offer and DELIVER.

I stated very clearly that all of these missions, including ABWE support a policy or removing Akha children from their villages who are not orphans, and seperating them from their culture. Yet they claim they are "orphanages". This by complete definition is ethnocide. No way around it. Complete eradication of Akha culture, we have documented this first hand for many years.

The Akha will allow christian Akha in their villages, the christian Akha will not allow any non christian Akha in their villages, once they gain the upper hand. This is violence. Forced conversions. Your church supports that. You don't speak Akha, you have not a clue what is going on, but suddenly you are telling me that I am finding fault with YOUR freedom to believe what ever God you want or however you want to worship which is not what I have said at all. Suddenly, while people in your congregation describe the Akha in very racist terms, YOU are the victim?

When this becomes known in Salem, that your church supports this, which it will, you will not find many people in the general public who will support what your church, Corbin, Jim Morris, ABWE, Faith Baptist or any others are doing.

Mark my words.

Matthew McDaniel

On 11/26/05, Tim Baker

wrote:

Matthew,

From your last email, extensive research, and comments, it is clearer to me now why you contacted us.

Yes, our church supports missionaries who serve abroad in many nations, bringing the Gospel of Jesus Christ to all peoples of the world. We are, like any person who follows the Bible, committed to obeying Jesus mandate to take the Good News of Jesus' love and forgiveness to "the very ends of the earth." While there, these sent servants (missionaries) give their lives to help others with both their practical and spiritual needs. We sponsor hospitals where there are none. We provide orphanages to children who have lost their parents. We dig wells to provide fresh water to people who have none. We share food, clothing, shelter, and yes, the Bible, with all that we can, because this is what Jesus asked us to do. It is clear now that your criticisms are really an attack on the very help we bring. I will assert that we do not in any way condone genocide, racism, kidnapping, or any other sinful betrayal on mankind. You, however, are mistakenly calling our efforts at serving humanity something they are not; and in this, you are mistaken.

Pastor Tim

blah blah blah.

http://www.akha.org/article559.html

プリペイド式携帯、メーカーの対応に差

 イスラム過激派によるテロ事件が相次ぐ最南部3県で、携帯電話端末を起爆装置に利用した爆弾が頻繁に使用されていることから、政府は現在使用しているプリペイド式(前払い)携帯電話の番号登録を義務付けており、その期限である12月31日まであと僅かとなった。

 基本的に登録は使用者本人がSIMカードと身分証明証を持参して直営代理店などで行うことになるが、現在タイに滞在していない外国人の場合、「1-2コール」(AIS)と「Dプロンプト」(DTAC)は代理人申請を認めている。この場合、SIMカードは不要だが、問題が起きた場合には代理登録者が責任を負うことになる。また、後日、名義を変更することも可能だ。しかし、「ジャスト・トーク」(TAオレンジ)は代理人申請を認めていない。

 なお、12月31日にまでに登録しなかった場合は、1月1日から通話不能となる。1-2コールは30日、Dプロンプトは45日の猶予期間を設け、その後、番号が抹消される。しかし、ジャスト・トークでは番号は抹消されず、登録次第、通話が再開されるとのことだ。

2005年12月23日19時07分 バンコク週報

続きを読む "タイで続く警察による拷問 / 他人の携帯を使ったテロの危険性も?当局が警告【タイ深南部】"

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2005年11月20日 (日)

マハティール元首相、タイを訪問

タイは、深南部問題に関して、「マレーシアがイスラム過激派をかくまっている」と声高に非難していたはずだが、ひっこめたのか。

ちょっと景気のよくなった発展途上国が、格上の隣国に噛み付くという構図。

「一味側の一方的な喧伝によりマレーシア側にあった南部問題に関する多少の誤解をとき」とは都合のいい言い草。噛み付いていたのはもっぱらタイ側だったはず。

中国や韓国が「日本の一部反動勢力」とか「日本の良心勢力」とかいうのになんか似ている。
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Mahathir to meet PM

Published on Nov 19 , 2005

Former Malaysian prime minister Mahathir Mohamad will arrive in Bangkok tomorrow to discuss with Prime Minister Thaksin Shinawatra problems regarding violence in the South.

Mahathir will also hold talks with the chairman of the National Reconciliation Commission, Anand Panyarachun.

Anand, a former prime minister, went to meet Mahathir in Kuala Lumpur in October to exchange views on the continuing violence in the southern provinces.

The relationship between Thailand and Malaysia has been strained by Thai accusations that Malaysia is failing to cooperate in locating suspected Muslim militants who have gone into hiding or have planned attacks from across the border.

Kuala Lumpur has responded by saying that Bangkok should deal with the problem more effectively.

Mahathir has recommended that Thailand allow the southern provinces to rule themselves, an idea Thailand firmly rejects.

Mahathir and his wife Sitti Mohamed Ali will have an audience with His Majesty the King on Tuesday before returning to Malaysia.

The Nation
http://202.60.196.117/breaking/read.php?lang=en&newsid=95685
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「南部問題に関してマレーシアと理解を共有」

 タクシン首相は昨日放送された国民向け定例政見放送の中で、APEC首脳会議の際にマレーシアのアブドゥラ首相と南部問題及びマレーシアに避難した住民131人に関する問題について話し合う機会を持ち、一味側の一方的な喧伝によりマレーシア側にあった南部問題に関する多少の誤解をとき問題の真相について両者理解を共有する事ができた事を明らかにした。

 また、来週予定されているマハティール元首相の来タイの際に、あらためて南部問題がタイの国内問題であることが確認される見通しになった事を明らかにした。

 尚、マレーシア国内のメディアによると、今回の首脳会談の際にアブドゥラ首相側から南部問題に関して強い懸念が表明された上で、機会の公平性の創世及びイスラムの非暴力の教えを広く地域に伝播させることが問題解決の鍵を握るとの認識が示されたという。

 また、タクシン首相は放送の中で、南部正常化推進計画に則り、一連の不穏な動きの影響を直接受け困窮している住民2,300人及び一般住民20,000人の雇用創世に向けた必要な作業を開始し、また今後宗教一辺倒ではない教育体制の構築と将来の雇用機会創世の為に地域住民が職業訓練や大学課程の教育を受ける機会の創世に取り組む方針であることを明らかにした。

タイの地元新聞を読む
http://homepage3.nifty.com/jean/Papers/index.html

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2005年11月12日 (土)

イサーン住民を深南部に移住させる案【タイ】

東北部(イサーン)住民もタイ族。
自国民自民族をもモノとして扱えるタイの文化の面目躍如といえる。
タイ人にとっては山岳少数民族など人間ではない。彼らはそれを平気で明言する。

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東北部の住民を深南部に移住? (バンコク週報 11日20時11分)
コシン内相補佐が10日、殺傷事件が頻発し、治安が極度に悪化している深南部に東北部の住民の一部を移り住ませる案を明らかにしたが、これには各方面から強い反対意見が出ている。イスラム私学協会のニデー会長は、「他地域から来た人が増えれば、過激派はそれを口実にさらに事件を起こす恐れがある」と指摘した。また、野党・民主党のイサラ副スポークスマンは、「東北の住民は二級市民ではない」と批判し、トンバイ上院議員は、「危険な場所に送り込まれる者の身の安全を考えていない」と述べた。

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イサーンはタイの東北部、低い木がまばらに生えた荒れ野のような土地が広がる。
イサーン人も基本的にはタイ族といえるが、言葉は異なる。イサーンでは大きく分けて三つの言葉が話されている。①イサーン北部のラオ語。②固有のイサーン語。③そしてクメール語。

ラオス人もタイ人と同族。ラオ語とイサーン語はタイ語の方言といえる。イサーン南部には少数のクメールがタイ国民として住んでいる。

イサーン人がタイ族であっても、イサーンは中部や北部から差別された地域。それは貧しいからと、「顔が醜い」から。顔が醜いこと、色が黒いことは、タイ人にとって十分正当な差別の理由なのだ。

標準タイ語(またはチェンマイ語)も満足に話せない貧しいアジア人は、イサーン人であれ、北部山岳少数民族であれ、タイでは「人間ではない」。

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2005年9月20日 (火)

2005年1月2月マレーシア、インド(デリー)

2005年
【コタバル】
1月29日。スンガイコロクのワレンタインValentineホテルをチェックアウト。モトサイでイミグレに行き、難なく国境通過。マレーシアに入り、タクシー220バーツでコタバルへ。マレーシア時間1時半ごろコタバルに着く。タクシー停留所の前のAl-Rana Hotelという汚い宿に入る。エアコン付水シャワーの狭い部屋で35リンギ(350バーツほど)。宿の人の感じは良い。受付の色白の青年はカリマンタンのサバ州の少数民族出身だといっていた。英語もわかりやすい。香港銀行のATMが使えた。
【クアラトレンガヌ】
30日。Al-Ranaをチェックアウト。11時過ぎのバスでクアラトレンガヌに向かう。2時ごろ、クアラトレンガヌ着。ホテルをいくつかあたるがバストイレ付はどこにもない。結局バス停前のSri Tanjungというホテルのシャワーだけ付いたエアコンの部屋に入る。35リンギ。海沿いの長距離バスステーションの前。
【クアンタン】
31日。スリタンジュンをチェックアウト。12時半のバスでクアンタンにむかう。バスは遅れて出る。午後5時ごろクアンタンの長距離バスターミナルに着く。そこから歩いて10分ぐらいのメイバンクに近いRayaホテルというところにチェックイン。シャワーだけ付きトイレ共同のエアコンの汚い部屋。36リンギ。
クアンタンのスルタンアフマドモスクは外から見ただけだが美しい。

【クアラルンプール】
2月1日午後2時のバスでクアンタンを出る。それまでRayaホテルにいさせてもらう。
午後6時ごろクアラルンプールのプドラヤバスステーションの近くに着く。歩いてチャイナタウンに入り、楽安酒店という安旅社風のホテルに入る。50リンギもする。チャイナタウンは物価が高い。白人も多い。東海岸ではほとんど見かけなかったが。
2日。ひきつづき楽安酒店に滞在。高いが居心地は悪くない。KLCCに行く。伊勢丹の紀伊国屋で「歩き方インド」をさがすが、ない。同じSuria4階の紀伊国屋(洋書)でロンリープラネットインドを買う。バカ高い。120リンギくらいする。LRTというのにも初めて乗った。
クアラルンプールの人は概して感じが良いし親切。中年のおばちゃんでもよく英語を話し、道など親切に教えてくれる。
3日。午前中銀行を歩き回る。東京三菱、HSBC(香港銀行)は口座を持っていないと外国送金はできない。口座もツーリストでは作れない。Maybankが外国送金を受け付けてくれた。ただし両替はしてくれない。ドル札で送金を依頼することはできず、リンギのみ受け付ける。いったんHSBCでカードでリンギを引き出しそれを持ってMaybankに行き、送金を依頼する。
そごうを見に行く。伊勢丹よりはやはり大衆的でスーパーのよう。小さいデイパックを一つ買う。120リンギくらい。そごうに行く途中にマスジッドインディアを見たが、なんということはない。インド人街もたいしたことはないが、ミルクティーはさすがに旨かった。チョウキットも見に行ったがなんということもない。モノレールに乗る。
ミルクティーはインド人街が旨いが、コーヒーは楽安の隣の中国人の店が旨い。
4日。午後、プトラLRTのバンサー駅からパンタイまで歩き、パンタイメディカルセンターにたどりつく。パンタイにいちばん近い駅はバンサーの2つ外のKerinchi。
5日。夜8時ごろ、ブキビンタンのスンガイワンプラザに行くが、旅行代理店はもうみんな閉まっていた。スンガイワンプラザは(昔の)中野ブロードウェーのようでぱっとしない。
9日。今日から春節。店は大部分閉まる。インド人街やインド人経営の店は開く。
数日前から旅行代理店をさがしていたがどこも閉まっていた。
春節の休業は来週月曜日まで続く。航空券はどこでも買えない。KLCCからAmpang通りをすこし行ったところにあるMATIC(インフォメーション)は開いていたが、航空券は今はインターネットでしか買えないとのこと。
10日。スンガイワンプラザ3階のインターネットは春節の間も開いている。チャイナタウンのネット屋は閉まり。KLCCの伊勢丹も今日から開く。
11日。アマルテリア・セン「貧困の克服」を読む。紀伊国屋で買った。センはともかく訳者はクソ。アホな英語屋の典型。
14日。スンガイワンプラザの旅行会社が今日から開く。3階の代理店はどこも片道航空券(インド)を売ってくれない。2階の「安全旅遊」がデリー行き片道を売ってくれた。マレーシア航空。1215リンギ。安全旅遊は親切。
20日。楽安酒店の近くの両替屋で1500リンギをインドルピーに換える。16000ルピーにもなった。1リンギ9ルピーくらいだと思ったが。
【デリー】
21日。楽安を午後2時チェックアウトにしてもらう。KTMコミューターでニライへ。バスに乗り換えKLIAへ。田舎。空港はさほど大きくなく、人も多くない。チェックインはスムーズ。マレーシア航空デリー行きはすこし遅れて出る。インド人乗客が多い。サリー姿のおばさんたち。サービスは良くないが、タイ航空よりはマシ。
インド時間午後10時ごろデリー着。空港のプリペイドタクシーでパハルガンジヘ。この立派な窓口を構えたプリペイドタクシーがすべていかがわしい。「インドは初めてか、デリーは初めてか」と必ず聞き、高いコミッションを取れるホテルに連れて行こうとする。その意図がミエミエなのがすごい。パハルガンジの近くで車を降りてからもコミッション狙いのドライバーがつきまとう。Hotel Natrajというところにチェックインしようとしたが、ドライバーがついて入ってくるのでいったん外に出てドライバーをまき茶店でお茶を飲む。4R。ネパールより高くて量は少ない。味も落ちる。Natrajに戻りチェックインする。300Rs。高い。この宿の人はシーク教徒で陰険な感じ。
22日。朝早速Natrajをチェックアウト。そのときフロントの男が3日泊ると言っただろうとバカなイチャモンをつけてきた。そんなことは言った覚えもない。仮に予定として言ったとしても約束したわけではないから意味がない。しかしそんな恫喝で折れてしまう日本人ツーリストが多いということだろうか。
パハルガンジ・メインバザールのArjungゲストハウスの200Rsの部屋に移る。窓はほとんどない。
28日。コノートプレースの近くの旅行代理店でカトマンドゥ行き航空券を買う。コスミックエア5800Rs。かなりぼられた感じもするが面倒くさいのでそのままにした。

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2005年1月ヤラー、パッタニ、ナラティワト、スンガイコロク

2005年
【ヤラー】
1月24日。ハジャイのホテルをチェックアウト。昼過ぎの列車でヤラーに向かう。2時半ごろにヤラーに着。やはり兵隊が目立つ。華安(Hua Ann)旅社の200バーツの部屋にチェックイン。ヤラーはかなりの都会。ハジャイもムスリムが多かったが、ここはほとんどの女性がスカーフをつけている。汽車の窓から見える風景は美しかった。緑の濃さが北の方とはちがう。
【パッタニ】
25日。華安旅社をチェックアウト。ソンテウでパッタニに向かう。30B。イスラム学校の女学生がかわいい。パッタニはヤラーより大都会に見える。大きな町だが、静か。ソンテウを乗りかえてMy Gardenホテルに行く。客でごった返していて、兵隊もフロントのフロアにうろつく。高級感のあるホテル。ファンの部屋にチェックイン。350B。
モトサイでクランモスクを見に行く。「地球の歩き方」には南部一美しいと書いてあるが、そうたいしたことはなかった。モザイクもステンドグラスもない。タイ国旗が目ざわり。
【ナラティワト】
26日。My Gardenホテルをチェックアウト。ミニバスでナラティワトに向かう。3時間ほど走り、午後2時ごろナラティワトに着く。ここもかなり大きな町。Yaowaraj(ヤワラー)という安旅社の190バーツのファンシングルにチェックイン。道路に面していてうるさい。
ヤワラーホテルから20分ぐらい歩いたところにビーチがある。もちろん毛唐などいない。地元の人ばかり。そんなにきれいなビーチでもないし、大きくないが、悪くない。潮の香りはほとんどしない。夕暮れ時スカーフをした女子学生が一人で来て浜辺に座って海を見ていた。男たちはサッカーに興じている。
27日。ヤワラーホテルにもう一泊することにした。
ムクダハンで買った迷彩シャツを着ていたら、ホテルの中国人の主人にこのあたりでは着ないほうがいいと忠告された。
【スンガイコーロク】
28日。9時半のミニバスでスンガイコロクへ。
インターネットもある。Valentineホテルというところにチェックイン。この町はホテルが多い。1リンギ10バーツほどで3000バーツほど両替する。

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