ムラカに戻る(マラッカ海峡) マレーシア
3月某日
午前中、ドゥマイのコンフォートホテルの先にある大きなフェリーチケット屋(Indomal Express,Malaysia Expressという看板のあるところ)に行き、ムラカ行き午後2時発のフェリーチケットを買う。チケット代15万ルピアとポートタックス1万ルピア。船はIndomal Express。フェリーは10時と2時。
12時にチケット屋の前からミニバス(無料)でジェティ(桟橋)へ。5、6分の距離。ジェティの待合室で待つ。ドゥマイの港は、港というより、税関とジェティがあるだけという感じ。イミグレは広い。
帰りのイミグレには、行きの時に見たすごい美人役人はいなかった。
午後2時の定時前に出航。客が全員乗ったのが確認できたからだろうか。
海が少し荒れていて、船のゆれが以前よりひどい。ここ2、3日ドゥマイでも強い風が吹いていた。不吉な「マラッカ海峡の旅」である。とはいっても、今回も何もなく、海賊も出ずに終わるのだが。客は今度もまばらだが、行きよりは少し多い。
2時間ちょっとでムラカに着く。フェリーの中のビデオで、日本のホラー映画(「着信あり」だと思う)の韓国語吹き替えを字幕でやっていた。字幕は中国語とマレー語。最初、韓国のパクリ映画かと思ったが、口の動きとせりふが合っていないし、着信音が「着信あり」だった。どうせ字幕でやるのならどうして日本語のオリジナルをやってくれないのかと思った。
ムラカの税関はけっこう仕事をしていた。一応かばんを開けさせられた。ちょっと見て終わりだったが。
行きに泊まったジェティから歩いて5分くらいのところにあるHotel Mesra Mutiaraに再びチェックイン。一応エアコン・ホットシャワー付50リンギ。料金表は60リンギ。
前来たときにいたスカーフをした18歳の可愛らしいマレー人の女の子はいなくなり、英語のまったく通じないおばさんと、英語は話すがぶっきらぼうでむさーい感じのいつも寝ていて不機嫌そうに出てくるマレー兄ちゃんしかいなかった。こんなことなら、向かいのきれいなホテルに泊まればよかったと思った。
ムラカに来たら涼しかった。
早速、Mesraの下のインドレストランで、ローティ・チャナイとテー・タリクの軽食。インド人らしいインド人を見るのも久しぶり。
最初はいんちき臭く感じていた薬くさいテー・タリクも懐かしい味になった。
どうしてインド人は、マレーシアにはたくさんいるのに、スマトラにはあまりいないのだろう。スマトラの小汚さやリクシャのしつこさのほうが「インド的」に思われるのだが、インド人らしいインド人はスマトラではあまり見なかった。逆に、こぎれいなマレーシアに多い。
マレーシアは実に清潔で快適だと思った。
スマトラではBusと書いてあったが、マレーシアはBas。
ムラカの町を歩いていると、Shirah's Guest Houseという宿があり、「ようこそ」という日本語の表示もでてたので、ちょっと覗いてみる。
カオサン風の寝るだけの窓なしの部屋で16リンギ。自宅応接間風のラウンジには若い毛唐がくつろいでいて主人たちと話していた。
毛唐に例外なく、異人種の侵入者をなめまわすように見、不躾なぎらぎらした目でにらみつけてくる。こういうのを英語でglareというのだそうである。あるアメリカ人が、なぜ白人はglareするのか説明してくれたことがある。彼によればguiltyと感じているからだそうである。しかし私は、そんな立派なものかどうか疑問である。
日本でも一泊6000円くらいのビジネスホテルをネットで探して泊まると、下のフロント周辺に毛唐がたむろしていて(なぜか彼らは、何もないところなのに無意味にタムロしたがるのである)、割り込んできた「アジア人ツーリスト」をすごい目でにらみつけてくることがある。
彼らにとってアジア旅行は擬似「植民地争奪戦」なのである。アジア人がスタッフとしてそこにいる限りは平気だが、同じツーリストの身分で割り込んでくるのが我慢ならないか、あるいは、理解できないのである。
一見擬似的ゲームのように見えながら、実は、白人ツーリズムこそ、白人たちが世界の隅々にまで「個人的に」乗り込んで行き、それぞれの地の文化や地域住民個々人の精神まで白人の文化と価値によって支配統合し管理しようとする、現代のソフトだがより悪質な植民地主義であるからにほかならない。
白人が主観的には「個人的に」やっていると思いこんでいる白人ツーリズムこそ、白人価値の宣教活動にほかならないのであり、彼らは現代的白人植民地主義のミッショナリーなのである。
宿の主人はインド系の混じった感じで愛想がよかったが、見ただけで礼を言って出てきた。そのあたりは、この価格帯のゲストハウスも何件かあるが、毛唐の多い一帯だった。彼らが好みそうなこじゃれたカフェやレストランが立ち並んでいる。
そのあたりがこの町の中心部のようだった。ジェティに近い私の宿のある辺りは寂れた一帯だった。ひなびたところで、設備はいい加減で料金は割高な、ローカルツーリスト向けの宿に泊まる。それもいいと思う。というよりこれが私の旅のスタイルになりつつある。毛唐の「アジアごっこ」「貧乏ごっこ」「『野蛮』ごっこ」のマネッコをしても意味がないという真理が、頭で理解されただけでなく、実践においても領得されつつあるということだろう。
Mesraの部屋にはエアコンのほかテレビもある。ローカル客向けの宿なのでこういうところがより重要になる。その分料金は、泊るだけの宿よりは当然高くなる。
マレーシアでは日本はJepunだが、インドネシアではJepangだった。gをちゃんと発音していた。
日本の政治ニュースは、マレーシアのテレビのほうがインドネシアより多く流されている感じがする。橋本元首相が中国の政治家に会いぺこぺこ頭を下げている姿が実に醜く映し出されていた。ああいう卑屈なそぶりをする人を外国であまり見ないような気がする。
マレーシアのインド人はタミル系が多いということだが、シャイな人が多いように思う。初対面の頃は仏頂面をしていて、怒っているのかと思うが、何度か顔をあわせているうちに、他の民族にはみられない(もちろん北インドではありえないだろう)ようなかんじで、やさしく接してくれる人が多い。インドレストランでも顔なじみになると、とくに話しかけてくるわけでもないし、何をしてくれるわけでもないが、本当にやさしい雰囲気で迎えてくれるようになる。
翌日。
ミニ・マーケットと呼ばれる新しいコンプレックスには毛唐が多い。アジア女連れのオヤジもいる。ミニマーケットのスターバックスは薄くてまずいうえに、スターバックスの味もしない。
クアラルンプールに向かう。Mesraはツーリストバスチケットのアレンジもしない。
長距離バスターミナルは離れていて、タクシーを雇うと15リンギ位する。バスターミナルまでのローカルバスは、MAHKOTAホテルの前に来る。
ローカルバスがなかなか来ないので、近くの駐車場の番人のおじさんに聞くと、何の利害もないのに本当に親切に教えてくれた。ローカルバスも外観は観光バスのようなので(たぶんお古)ツーリストバスだと思ってやり過ごしていた。
ローカルバスに15分くらい乗ってムラカの長距離バスターミナルに着く。かなり郊外にある。新しくて清潔で広く冷房も入っていて大きい。デパートのようなインフォメーションカウンターもある。
バスターミナルはDomesticとInterstateに分かれていて、KL行きはInterstate。
「トランスナショナル」のカウンターでチケットを買うために並んでいると、後ろから中国人のおばさんが英語で話しかけてきた。「ここはKL行きか」「お前はどこから来た」「私の娘も日本にいる」などとポンポンしゃべったかと思うと、平然と私を追い越して前に割り込み先にチケットを買って行ってしまった。中国人というのはこういうことをごく普通のことと思っているのだろう。
2時間ほどでKLプドゥラヤバスステーションに着く。
____________
マレーシアでは英語を話す人は本当に良く話す。シングリッシュとかではないきれいな英語を話す人も多い。しかし、英語を話さない人はほとんど話さないし、とくに話そうともしない。それでも、話しかけると親切に応対してくれることが多い。I don't speak English.とかいいながら、こちらの英語を聞いて意味を汲もうとしてくれる。
KLに向かうバスの中で、ほとんど初めて強烈なシングリッシュらしきものを聞いた。携帯で話している男の声だが、中国語以外の何者でもない発音発声だった。しかし、ときどきbeforeとか英語らしきものが混じる。よくよく聞いてみるとどうやら英語で話しているらしかった。
| 固定リンク


最近のコメント