s-id.プカンバル

2006年4月 8日 (土)

プカンバルに戻る(スマトラ島) インドネシア

3月某日。メダン

8時ごろホテル・スマトラをチェックアウト。ちょうどそのとき若い毛唐が二人チェックインするところだった。ちょうど良かった。

来た道をそのまま戻っていく。ホテルからメダン空港までは近い。タクシーで2万ルピア。10時50分発のシュリーヴィジャヤ航空でプカンバルに向かう。ほぼ時間通りに離陸。シュリーヴィジャヤはロールパンと葉っぱに包んだ餅米と水が出る。

空港でものを買ったら「カムシャ」と言われた。客家の「ありがとう」は「感謝」らしい。客家は雰囲気が日本人に似ているので、客家と間違えられたのかもしれない。

フラヤホテルの同じ部屋にチェックイン。プカンバルの空港からエアポートタクシーに乗ったら4万ルピアもとられた。メーターだが、ちょっと高い。

27万ルピアのエグゼプティブルームに前回22万で泊まったことをチェックしてもらい。22万にしてもらった。

フラヤホテルに一組だけ来る「ジャカルタポスト」を見ると、欧米資本による鉱物資源や森林資源の収奪に対するインドネシア国民の抵抗運動が大きく取り上げられている。インドネシア国民の反欧米感情は日本人が考えるより強いのかもしれない。

深夜の散歩は長年の趣味だが、プカンバルの深夜は物騒である。メダンよりも危ない感じ。大通りを歩いているだけで、頭がおかしいのか正気なのかわからないようなのがからんできたりする。メダンの深夜は表通りを歩く限りは危険を感じなかった。

結局、今回私が見たスマトラで一番安全に感じたのはバンダ・アチェだった。一番清潔でもある。街で寝ている人もいなかった。

メダンでは警察や警備員をよく見たが、プカンバルでは見当たらない。道端に刃物のようなものをもって仁王立ちしている男がいたりする。こちらをにらみつけて通りがかるときに何か言ってくる。もちろん大きく迂回して歩く。

翌日。

行きのときに尽力してくれたフラヤホテル付設旅行代理店の男は今日も来ていない。

マスジッドの隣のレストランの兄ちゃんが、白い帽子をかぶりタータンチェックのロンジをはいてマスジッドから帰ってきた。金曜日だった。ロンジはすぐに変えてズボン姿になった。

市バスに乗る。大きいバスは1000ルピアだったり2000だったり。ミニバスは2000。ただしミニバスは行き先を指定すると(とくにホテルだったりすると)タクシー並み(20倍ぐらい)の金額を言ってくる。英語はまったく通じない。「バスステーション」も通じない。いろいろ乗り換えているうちにホテルの近くに来たので降りる。

メダンはスマトラ・ウタラ州(アチェはナングローアチェ)。北朝鮮は、「コレア・ウタラ」。ネパールでは「ウッタル・コリア」だった。どちらも梵語起源の言葉のよう。

ホテルの近所の時計屋で、Q&Qの腕時計を買う。208リブー(20万8千ルピア)のを、180リブーまで負けてもらった。マレーシア時間に合わせてもらう。しかし、この時計はGMT(ロンドン時間)をあわせてから「ホーム」を決めなければならない。マレーシア時間にあわせてくれと言ったら、店のかわいい女の子が基準時間をマレーシア時間に合わせてしまったのでGTMがマレーシア時間になってしまい、他の都市の時間が全部おかしくなってしまった。あとで全部やり直す。「ホンコン」のところを「KULに書き換えて「ホーム」に指定する。この時計の仕組みを理解するのに何時間かかかった。

店で女の子に時計を合わせてもらっている間、このかわいい女の子の小さい体に似ずふっくらと「ティンバル果のように盛りあがった」おっぱいと、柔らかそうな腰のあたりを、今すぐこの場所でまさぐり、なでまわし、なぶりまわしたい、という強烈な衝動に襲われた。しかし、私は猛然とその悪に立ち向かい、ついに勝利を収めたのである。それ以来私はこの時計屋のある場所を「ジャヤカルタ」と呼んでいる。

昼間、ミニバスを乗り換えながらうろうろしていたとき、あるミニバスで運転手と車掌とが喧嘩を始めた。殴り合いにまではならなかったが、助手席に座った車掌がなぜか突然シャツを脱ぎ捨て、上半身裸になって怒っていた。シャツはまたすぐに着た。5000ルピア札をダッシュボードにたたきつけたりいろいろ変わった行動をしていた。ここの人たちは、怒るとシャツを脱ぐのだろうか。

途中で乗ってきたおばさんが喧嘩を見てしかめっ面をしていたが、その顔のほうが私は喧嘩よりも怖かった。気持ち悪いおばさんだった。インドネシアのおばさんは実に恐ろしい顔をしていることがある。あのかわいい女の子も年を食うとあんなふうになるのか・・・・なんてことは考えても仕方のないことなのだろう。

昼、「ケン」という中国人の種族の人のみせで鶏肉ビーフンを食べた。行きにも入ったことのある店。この人によれば「カムシャ」は「ホッケン」語だそうである。「ケン」では、ありがとうは「トーチャ」というそうだ。「ケン」とは何か。よくわからない。客家みたいにやわらかい雰囲気の人だった。奥さんは華やかな明るい感じのインドネシア人。

三日目。

大通りの向かいにある立派なモールにはじめて入る。その一角は新しいスーパーかデパートのようなコンプレックスが立ち並んでいる。そのひとつでようやく、甘くないコーヒーを飲める店を見つける。Plaza SenapelanのRestaurant Plazaにエスプレッソがある。味は結構良い。California Fried Chickenはブラックコーヒーがない。

今日は土曜のせいか中国人客らしい連中が大挙してホテルに来ている。フラヤホテルは中国人経営だとか。しかし、部屋にいるかぎりそれほどうるさくはない。私は、プカンバルのような「何もない町」がけっこう好きだ。

四日目。

フラヤホテルを出て左に行き、最初の角を左に曲がって3軒目にある小さなレストランは、チキン(ハラール)がとてもうまい。コーヒーもドリップで入れてくれてわりとうまい。コーヒー3000ルピア。

昨夜もけっこううるさかったが、今夜になってホテル中がディスコになったような大騒ぎになった。中国人の団体が入ったらしい。エグゼクティブのほうはまだましだが、スタンダードのほうは完全にパーティになっている。

五日目。

朝。フラヤホテル付設代理店でドゥマイ行きミニバスを予約。バス代今度は75000ルピア、一時半チェックアウト。ロビーで待つ。ドゥマイ行きのバスは10時と2時。30分ほど遅れる。

今度は満員の6人乗りミニバン。乗客は中国人みたいなのが多い。来たときほどではないが、激しい運転だった。

途中、道端の家に突っ込んだままになっているタンクローリーや横転しているトラックなどを見た。来たときより長く、4時間ほどかかる。

午後7時ごろ前と同じCity Hotelにチェックイン。デラックスルーム19万ルピア。たいしてデラックスではない。スーペリアルーム17万のほうがよかったが、コネクティングルームだったのでやめた(隣の人間が宴会をやる可能性がある)。

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2006年4月 4日 (火)

プカンバル(Pekanbaru,スマトラ島) インドネシア

3月某日。

ドゥマイからミニバスでプカンバルに向かう。道は悪くない。運転手は平均100キロくらいのスピードで飛ばし、しかもたいへん個性的な運転をするので多少は揺れるが、つかまっていれば天井に頭をぶつけるほどではない。カンボジアよりずっといいしラオスとは比較にならない。

この運転手の兄ちゃん、無理な追い越しをしようとして対向車線に出て、対向車と正面衝突しそうになることが何度もあった。正面衝突を避けてもとの車線に戻ろうとするときにトラックやタンクローリーに追突しそうになる。追突ぎりぎりまでスピードを落とそうとしない。

途中のドゥリで食事休憩。ドゥリを過ぎるとさらに田舎になり、道も多少悪くなる。モスクもあるが、キリスト教会も目立ってくる。貧しい辺ぴな地域につけ込んだキリスト教ミッショナリーの「文明化」工作・欧化洗脳工作。貧しい人々やマイノリティをターゲットにして「文明とは何か」を教え込む。

貧しさ、悲惨、犠牲などをテコに「義」を確立して宣教し、白人の支配を正当化しようとするのはキリスト教ミッショナリーの昔からの手法である。

ドゥマイのシティホテルで聞いた「フラヤホテル」にチェックイン。スタンダードルーム一泊22万ルピアくらい。エアコンも動かず、トイレも故障。2回部屋を変えてもらい、エグゼクティブルーム(本来27万ルピアぐらい)にスタンダード料金で泊る。レセプションの対応は悪くない。

フラヤホテルはここでは3星ホテルらしい。その外に中級ホテルで「アノウ」というのがあると聞いた。

プカンバルからバンダアチェに飛ぶ飛行機があると聞く。ただし、これはメダンで乗り換えての話だった。

プカンバルはさらに大都会で、テースースーが5000ルピアもする。

翌日。

夜は静かだったので、連泊することにする。ホテルの前は中央分離帯のある大通り。付近は交通が立て込んでいて、リクシャはいない。

食堂のテーブルの上にあるボウルの水は手を洗うためのもの。手を洗えと指図されることも。

スマトラでもミャンマーでよく見るような長細いいあげパンを見る(KLでもたまに見る)。コーヒーなどを受け皿にたらした飲むことがあるのもミャンマーに似ている。熱いコーヒーがガラスコップいっぱいに出てくるので最初は持つこともできない。受け皿にあふれているのが普通。

紅茶などを受け皿に垂らして冷まして飲むのは、本来イギリスの習慣だったらしい。インドを植民地にし、インド人の真似をしてミルクティーを飲み始めたが、白人は猫舌なので熱いお茶が飲めない。それで受け皿を考案しそこに垂らして冷まして飲むことを思いついたのだという。ミャンマーではコンデンスミルクいっぱいの甘いミルクティーを受け皿に垂らし、そこにさらに土瓶ででてくる中国茶を入れて味を調節して飲むこともある。そういう風にやれと指図されたこともある。

フラヤホテルの前の大通りに沿って右にしばらく行った所に何件か並んでいる質素な木造のローカルレストランは、コピ・パナス(熱いコーヒー。砂糖だけのコーヒー)が2000ルピア。

ただし、ドリップを使っていないか穴が開いていると思われる。スマトラではコーヒー豆をひいた粉をインスタントコーヒーのようにコップに直接入れてお湯を注ぐだけというコーヒーを何杯飲んだかわからない。これもすぐに慣れるが、たまにちゃんとドリップを使ったコーヒーを飲むと高級なものを飲んだ感じがする。

そのレストランは明朗会計だった。ただし、ここは、店とは無関係に(?)たいへんローカルな売春婦がたむろする場所でもあった。質素だが見通しもよく明るい場所に昼真っから売春婦がたむろする。といっても、いかにも売春婦然としているような国際的売春婦ではなく、普段着やパジャマ姿などで客のように座っているだけ。

最初はそういう店だと思わずに入った。満席だったのでインドネシア人のおじさんと相席した。そのおじさんがすぐに話しかけてきて、自分は警察官だという。よく見ると、ジャンパーの下にちゃんと制服を着ている。身分証まで見せてくれた。ほとんど同時にどこからとも泣く女の子たちがよってくる。その警察官のおじさんがその中の一人をさして「この子はどうだ、いい子だろ、自分のホテルに連れて行ってもいいしそこのホテルでオーケーだ」とか推薦してくれる。その子は若かったが、顔にいっぱい痘痕ができていて、梅毒でももってそうな感じだった。

そのオジサンは美人局とかでなく本当にただの客だったようだ。その後も何度かその店でコーヒーを飲んだが、一度しか見なかった。

コーヒーショップのおばさんは感じの良い人で、女の子をどうしろとかはいわない。そういうそぶりも見せないが、コーヒーを飲みに行くたびに女の子たちが蜂の巣をつついたようになって、まあ面白かった。

買わないとわかると、コーヒー一杯おごってくれとか、こっちがどんなに仏頂面をしていてもなにかと働きかけてくる。インドネシア語でさかんに話しかけてくるが意味がわからない。私は「地球の歩き方・マレーシア」のマレー語会話のところを切り取って持っているだけ。ほとんど見たこともない。数字の読み方はインドネシアでは必須だが、後はブラパ、クマナ、ダリマナ、アパ、くらい。

意味が通じないとわかると、ある女の子は、アルファベットで書けばわかるはずだと思い込んだようで、私のボールペンをとって自分の手のひらにローマ字でインドネシア語を書いて見せるが、知らないのだからわかりようがない。

女の子たちがアコウーaku、マウーmauというのを何度となく聞いた。この「マウー」という言い方がなんとも餓鬼っぽくてどうしようもない感じ。

その「レストラン」からフラヤホテルのほうにすこし戻ったところに、夕方から屋台の立ち並ぶ横丁があり、そこを入っていくと左手にマスジッドがある。マスジッドの傍らにPalembanなんたらと書いてあるこぎれいなローカルレストランがあり、チキンがうまい。よく血を抜いてあって、白身がたっぷり。注文してから揚げる(たいていのレストランは作り置きが普通)。ここはもちろん、前述のコーヒーショップとはまったく性格の異なる場所である。
  

今のところプカンバルで白人を見ていない。フラヤホテルでも。しかし、もしここに白人が2,3人でも来たらどうなるだろうか。

あのような売春婦駐在の「オープンカフェ」型レストランに白人が2,3人来て、ここは安全で「フレンドリー」だという情報が流れたらどうなるだろうか。

すぐに「アジアバカンス」白人オヤジどもが20人・30人と押し寄せて来る。白人は白人のいるところに集まるからだ。そしてコロニー作りをはじめる。そうして作り上げた租界の中で、白人どもはまっぴるまっから地元の女を傅かせビールやコークを飲み始めるだろう。

地元の通行人を、動物園の動物でも見るように彼らのギトギトした目で観察したりしながらたむろするようになる。そういう空間ができてしまうと、この町の性格はまったく違ったものになるだろう。

すなわち、地元の商業システムも変わってくる。白人は白人のための場所では英語が通じるのが当然だと考えるから、ぜひとも英語が必要になる。英語を話せる売春婦が要請される。

それと同時に、急増した白人客の需要を充たすため、近郊の貧しい娘たちがリクルートされツーリスト向け売春婦が「創出」される。つまり白人ツーリズムのシステムが出来上がる。

このような流れがいったん出来上がると、売春婦はかえって供給過剰になる。貧しい娘はいくらでもいるし、システムは公認された。あとは決心だけである。友達もやり始めた・・・

白人客が急増したとしても潜在売春婦はもっと多い。代わりはいくらでも見つけられるよということになると、当然売春価格は下落する。今はショート20万、25万、30万ルピアなどと調子のいい事を言っているが、タイ並みに10ドル前後に下落するかもしれない。

売春婦がより良い稼ぎを得るためには、英語が要件となる。タイでも良くあるように、英語を覚えるために、ほとんど無料・実費だけで白人と同棲したり一緒に旅をしたりする者もでてくるだろう(「白人は英語ができる」という頭はアジア共通)。どうせ売春婦になってしまうのなら、そうしたほうが家にいるよりホテルやアパートに泊まれて白人の行くレストランで食事ができて、家にいるよりいい生活ができるかもしれない。

白人の集まる売春的施設は確立し、白人の好む音楽が流され、英・仏・カナダ・豪・独などの国旗が飾られる。こうしてその場所は地元民の近寄りがたい場所になるのだが、同時並行的にローカルの売春文化も進行する。

まず、地元民の倫理意識が変容崩壊する。というのは、このような場所をひごろから目にしながら、従来からの倫理規範意識を保持することは困難であり、あえてそうしようとするならばたいへんな苦痛を伴うことになるからだ。

規範は必ずしも充たされるわけではないからこそ規範なのだが、それが目の前で踏みにじられている状況で、個人的にあくまでそれを保持するということはたいへんな苦痛である。

このような次第で、白人が2,3人来てあのコーヒーショップに目をつけるだけで、タイ型白人買春文化がこの地域にも確立することになり、それを核とするタイ型白人ツーリズムが定着し、ローカル文化破壊の基地となる(イスラム勢力からの反撃の要素は今は度外視している)。

それと同時に、児童買春もひそかに深く進行するだろう。

そして次にやってくるのは「アジアの女性と子供を救え」とばかりに、実は「アジアの野蛮」と闘い(キリスト教白人)「文明」を宣教するミッショナリーたる、白人人権団体だったりNPOだったりするのである。

 
時間は、マレーシアが香港時間、スマトラがバンコク時間のようである。

ポルノ禁止法案がさかんに議論されている。フラヤホテルで見た「ジャカルタポスト」では、カトリック神父と称する人などが、インドネシアの文化の多様性やエロティックかどうかの主観性などを理由に法案反対の論陣を張っていた。

しかし、「規範」は「事実」ではない。法律が文字通りに実現するわけでもない。貧しい国ではよほど厳しい倫理的なタガをはめておかないと、必ず白人ツーリズムのエジキにされてしまう。

外人に娘を売ることがシステムとして定着してしまってからでは遅いのである。それは後戻りのできない文化破壊、倫理規範の破壊、とり返しのつかない精神破壊を招来する。

三日目。

昨夜もほぼ静かだったのでさらに連泊することにした。

食堂でプカンバルの地元紙(インドネシア語)をめくってみる。風俗広告らしきものが載っていて、女の子の写真と、18+、24jam、そして電話番号、No sex, sara politikと書いてあるのとNo politik,sara dan sexと書いてあるのと2種類あるようだ。Telepasi Hipnosisとか書いてある占い師か霊能力者の広告らしきものも。

ホテル付属のトラベルエージェンシーで明日の飛行機を予約する。

プカンバルからバンダ・アチェへの直行便はない。メダンでトランジットのみ。プカンバルからメダンまで、シュリーヴィジャヤ航空でその時点で45万ルピアぐらい。時間が遅くなればどんどん安くなるから今買わずに待てといわれる。わりと良心的。ホテル付属代理店にしかできないサービス。

メダンからバンダ・アチェへはライオン航空のビジネスクラスしかないという。近所の旅行代理店で聞いたときはこのラインは明日の便はもう売り切れているといわれた。

近くの別の旅行代理店のほうも東南アジアの旅行代理店とは思えないほど親切で、値段を聞くだけなのに長く電話をかけて丁寧に応対してくれた。色白の胸のむっちりしたすこし日本風のきれいな姉ちゃん。

きれいなお姉ちゃんのいるところで買いたいのは人情だが、ホテル付属の代理店は本当に時間が経つにつれて値段が安くなり、1時半ごろには30万ルピアまで下がった。買うことに決めて、30万ルピアのデポジットを払う。さらに下がるかもしれないから、マネージしておくと言ってくれる。チケットは明朝受け渡し。

メダンからバンダ・アチェへのフライトはここでブッキングだけして、メダンで支払うことにしてもらった。ここで支払ってしまうと、万一シュリーヴィジャヤ機が遅れたり欠航してライオン機に乗れなかったときにどうなるか不安だったから。

マスジッドのある通りをさらにいったところにある、どこも同じようなローカルレストランで、アヤム(チキン)を注文したら、ビーフンのスープに鶏肉を少し切って入れたスープが出てきた。そのほかにライスも注文したのでまるでラーメンライスになってしまった。

鶏肉はハラールの白い肉だったが、その店は中国人の店だった。しかし、その中国人は感じのいい人で、ぼりもしなかった。コーヒー、ナシ(ライス)、アヤム入りビーフンで9000ルピア。いつも食べているところは、コーヒー、ナシ、アヤム、生野菜で15000ルピアくらい。

この人は中国人らしくなかった。「ケイ」という種族で、上海の出自だとか。

プカンバルは何もない町。観光的な要素はまったくない。私はこういう町がけっこう好きだ。ただ、こういうところはホテルが高く質も低くなる傾向があると思う。

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