【写真】メダン スマトラ島 インドネシア
白人のいる風景 メダン MARCH 2006 MEDAN(土人売春婦連れ毛唐写真)
メダンの夜。
廃墟。
警官。やたら貫禄がある。この写真を撮ったら右の警官が敏感に気づいて寄ってきた。写真を見せておべんちゃらを言ったら放免された。
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白人のいる風景 メダン MARCH 2006 MEDAN(土人売春婦連れ毛唐写真)
メダンの夜。
廃墟。
警官。やたら貫禄がある。この写真を撮ったら右の警官が敏感に気づいて寄ってきた。写真を見せておべんちゃらを言ったら放免された。
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メダンは、殺伐とした町という印象だった。タイ国境に近いマレーシアのペナンからの便が便利ということからか、プカンバルではほとんど見なかった白人も結構いた。それも、くずの中のくず、擦り切れてぼろぼろのような毛唐が多かった。
メダン空港の国際線乗り場近くのレストランで 。飯の食い方から一見してタイ女とわかるレンタルワイフを連れたジジイ。
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↓バックパッカー風の身なりをさせたアジア女を連れ歩くのは若い毛唐に多い。
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白人にぜんぜん似ていない「児童」を連れ歩く白人男。
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ユキ・シンパン・ラヤのボーリング場で。タイ売春婦を連れた「終わってる」連中。
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3月某日。メダン。
8時ごろホテル・スマトラをチェックアウト。ちょうどそのとき若い毛唐が二人チェックインするところだった。ちょうど良かった。
来た道をそのまま戻っていく。ホテルからメダン空港までは近い。タクシーで2万ルピア。10時50分発のシュリーヴィジャヤ航空でプカンバルに向かう。ほぼ時間通りに離陸。シュリーヴィジャヤはロールパンと葉っぱに包んだ餅米と水が出る。
空港でものを買ったら「カムシャ」と言われた。客家の「ありがとう」は「感謝」らしい。客家は雰囲気が日本人に似ているので、客家と間違えられたのかもしれない。
フラヤホテルの同じ部屋にチェックイン。プカンバルの空港からエアポートタクシーに乗ったら4万ルピアもとられた。メーターだが、ちょっと高い。
27万ルピアのエグゼプティブルームに前回22万で泊まったことをチェックしてもらい。22万にしてもらった。
フラヤホテルに一組だけ来る「ジャカルタポスト」を見ると、欧米資本による鉱物資源や森林資源の収奪に対するインドネシア国民の抵抗運動が大きく取り上げられている。インドネシア国民の反欧米感情は日本人が考えるより強いのかもしれない。
深夜の散歩は長年の趣味だが、プカンバルの深夜は物騒である。メダンよりも危ない感じ。大通りを歩いているだけで、頭がおかしいのか正気なのかわからないようなのがからんできたりする。メダンの深夜は表通りを歩く限りは危険を感じなかった。
結局、今回私が見たスマトラで一番安全に感じたのはバンダ・アチェだった。一番清潔でもある。街で寝ている人もいなかった。
メダンでは警察や警備員をよく見たが、プカンバルでは見当たらない。道端に刃物のようなものをもって仁王立ちしている男がいたりする。こちらをにらみつけて通りがかるときに何か言ってくる。もちろん大きく迂回して歩く。
翌日。
行きのときに尽力してくれたフラヤホテル付設旅行代理店の男は今日も来ていない。
マスジッドの隣のレストランの兄ちゃんが、白い帽子をかぶりタータンチェックのロンジをはいてマスジッドから帰ってきた。金曜日だった。ロンジはすぐに変えてズボン姿になった。
市バスに乗る。大きいバスは1000ルピアだったり2000だったり。ミニバスは2000。ただしミニバスは行き先を指定すると(とくにホテルだったりすると)タクシー並み(20倍ぐらい)の金額を言ってくる。英語はまったく通じない。「バスステーション」も通じない。いろいろ乗り換えているうちにホテルの近くに来たので降りる。
メダンはスマトラ・ウタラ州(アチェはナングローアチェ)。北朝鮮は、「コレア・ウタラ」。ネパールでは「ウッタル・コリア」だった。どちらも梵語起源の言葉のよう。
ホテルの近所の時計屋で、Q&Qの腕時計を買う。208リブー(20万8千ルピア)のを、180リブーまで負けてもらった。マレーシア時間に合わせてもらう。しかし、この時計はGMT(ロンドン時間)をあわせてから「ホーム」を決めなければならない。マレーシア時間にあわせてくれと言ったら、店のかわいい女の子が基準時間をマレーシア時間に合わせてしまったのでGTMがマレーシア時間になってしまい、他の都市の時間が全部おかしくなってしまった。あとで全部やり直す。「ホンコン」のところを「KULに書き換えて「ホーム」に指定する。この時計の仕組みを理解するのに何時間かかかった。
店で女の子に時計を合わせてもらっている間、このかわいい女の子の小さい体に似ずふっくらと「ティンバル果のように盛りあがった」おっぱいと、柔らかそうな腰のあたりを、今すぐこの場所でまさぐり、なでまわし、なぶりまわしたい、という強烈な衝動に襲われた。しかし、私は猛然とその悪に立ち向かい、ついに勝利を収めたのである。それ以来私はこの時計屋のある場所を「ジャヤカルタ」と呼んでいる。
昼間、ミニバスを乗り換えながらうろうろしていたとき、あるミニバスで運転手と車掌とが喧嘩を始めた。殴り合いにまではならなかったが、助手席に座った車掌がなぜか突然シャツを脱ぎ捨て、上半身裸になって怒っていた。シャツはまたすぐに着た。5000ルピア札をダッシュボードにたたきつけたりいろいろ変わった行動をしていた。ここの人たちは、怒るとシャツを脱ぐのだろうか。
途中で乗ってきたおばさんが喧嘩を見てしかめっ面をしていたが、その顔のほうが私は喧嘩よりも怖かった。気持ち悪いおばさんだった。インドネシアのおばさんは実に恐ろしい顔をしていることがある。あのかわいい女の子も年を食うとあんなふうになるのか・・・・なんてことは考えても仕方のないことなのだろう。
昼、「ケン」という中国人の種族の人のみせで鶏肉ビーフンを食べた。行きにも入ったことのある店。この人によれば「カムシャ」は「ホッケン」語だそうである。「ケン」では、ありがとうは「トーチャ」というそうだ。「ケン」とは何か。よくわからない。客家みたいにやわらかい雰囲気の人だった。奥さんは華やかな明るい感じのインドネシア人。
三日目。
大通りの向かいにある立派なモールにはじめて入る。その一角は新しいスーパーかデパートのようなコンプレックスが立ち並んでいる。そのひとつでようやく、甘くないコーヒーを飲める店を見つける。Plaza SenapelanのRestaurant Plazaにエスプレッソがある。味は結構良い。California Fried Chickenはブラックコーヒーがない。
今日は土曜のせいか中国人客らしい連中が大挙してホテルに来ている。フラヤホテルは中国人経営だとか。しかし、部屋にいるかぎりそれほどうるさくはない。私は、プカンバルのような「何もない町」がけっこう好きだ。
四日目。
フラヤホテルを出て左に行き、最初の角を左に曲がって3軒目にある小さなレストランは、チキン(ハラール)がとてもうまい。コーヒーもドリップで入れてくれてわりとうまい。コーヒー3000ルピア。
昨夜もけっこううるさかったが、今夜になってホテル中がディスコになったような大騒ぎになった。中国人の団体が入ったらしい。エグゼクティブのほうはまだましだが、スタンダードのほうは完全にパーティになっている。
五日目。
朝。フラヤホテル付設代理店でドゥマイ行きミニバスを予約。バス代今度は75000ルピア、一時半チェックアウト。ロビーで待つ。ドゥマイ行きのバスは10時と2時。30分ほど遅れる。
今度は満員の6人乗りミニバン。乗客は中国人みたいなのが多い。来たときほどではないが、激しい運転だった。
途中、道端の家に突っ込んだままになっているタンクローリーや横転しているトラックなどを見た。来たときより長く、4時間ほどかかる。
午後7時ごろ前と同じCity Hotelにチェックイン。デラックスルーム19万ルピア。たいしてデラックスではない。スーペリアルーム17万のほうがよかったが、コネクティングルームだったのでやめた(隣の人間が宴会をやる可能性がある)。
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3月某日。
アダムエアでバンダ・アチェからメダンへ。
メダンの空港でタクシーに乗り、ひとまず、ガルーダプラザやガルーダチトラなどのホテルの集まっているところまで行く。35000ルピア。
ガルーダ・チトラはスタッフが高級ぶって気取っているだけで部屋は良くない。それに廊下に昼真っから売春婦がつめているような感じだった。客で来てるのかもしれないが。きれいな売春婦ならまだしも、スマトラは・・・。スタンダードはフルだというので、エグゼクティブやデラックスを見たが、ただ広いだけでしけた感じ。
ガルーダ・プラザは、応対も洗練されて良い感じだったが、高い。近くのホテルを回ってみるが、満室が多かった。
結局、ガルーダ・チトラの隣のホテル・スマトラの20万5千ルピアの部屋に入る。通りに面しているが清潔感はある。スマトラのスタッフも愛想は良い。
メダンの町はややバンコク的。要するに何でもありそうな都会。
ホテルの近くのマスジッドラヤの通りを隔てて向かいにあるYuki Simpan Rayaの地下で久しぶりにインターネットを見つける。一台だけ日本語ができる機械がある。ただ接続は非常に遅い。時々電気が落ちるが、ログは残る。先払い式で、時間が来ると自動的に接続が切れる方式なので、時間を考えてやらなければならない。
バンダ・アチェ市内にも「インターネット」を掲げる店は2軒あったが、一軒は営業しておらずもう一軒は日本語がなかった。
インターネット屋では、タイ式の、あるいはそれよりさらにくたびれた感じの中年半ズボン白人がしゃべくりながらうろついていた。毛唐の生態はどこに行っても面白いくらい同じである。
このユキ・シンパン・ラヤの地下で、児童を連れた白人男を見かける。児童は色黒でインドネシア人に見える。白人にはまったく似たところがない。写真を撮っておいた。
白人がアジア人児童を連れているのを見かけたら、すかさずカメラを向けるべし。「ストロボ発光禁止」に設定し、パンフォーカスかマニュアルフォーカスにするとシャッターが速く、逃さない。
メダンのホテルで、テレビで日本式の漫才をやっているのを見た。男女のペアで、着物をだらしなく着たでぶな女が「私の名前は・・・です」という日本語ではじめる。意味はわからないが、日本の漫才のような掛け合いで、けっこう面白そうなノリだった。意味がわからなくても自然に笑えてくる感じがある。
メダンはなんとも危なっかしい雰囲気の町で汚い。バンダ・アチェとは天と地の差がある。リクシャ(ベチャ)がやたらと声をかけてくる。さすがにタイのように「レディー・レディー」とは言わないが、インドネシア語で同じことを言っているのかもしれない。「トランスポート」なんて高級な単語で呼びかけてくるのもいた。
メダンのコーヒーはぜんぜんダメ。粉っぽいと言うより、粉そのもの。ローカルコーヒーはコピ・パナス2000ルピアくらいだが、豆をひいた粉をインスタントコーヒーのようにコップにぶち込むやり方がほとんど。
「ユキ」の一階のマクドナルドのコーヒーはまずまず。マクドナルドのコーヒーは国によって味が変わる。ここのもスマトラの味で、粉っぽい感じもあるが、かなり良いと思った。3300ルピア。屋台とそれほど変わらない。屋台によってはこれ以上ぼるところもある。
夜のメダンは、アチェよりも蒸し暑い。季節が下っているからだろうか。バンダアチェは昼間はどっかりと暑かったが、夜は涼しかった。
翌日。
スマトラの食堂の料理置き場にはなぜか昼間から蝋燭をともしているところがある。何かのおまじないなのだろうか。
スマトラホテルは、毎日冷えた小さな洋梨とりんごとみかんがもらえる。ただ洋梨の皮をむくナイフを貸してくれないのでそのまま食べる。
「ユキ」のマクドナルドに入って何も頼まず、ただ座っているだけの日焼けした毛唐を見た。嵌り過ぎだが、「タイ国旗」付のTシャツを着ている。やっぱりタイはファラン(白人)の聖地。
リクシャの運ちゃんがたむろしているような、どぶの上に板を張った屋台の店でナシゴレンを試みたが、食えるものではなかった。味が濃すぎる。肉体労働者向けの味か?
夕方同じ店で、白米と魚などを食べる。魚はおいしかった。
三日目。
ホテルを延長。ホテル・スマトラの部屋は大通りに面しているが、4回なので夜は割と静か。客も家族連れなどが多く、今のところ白人は見ない。
昨日と同じ屋台でコーヒーを飲んでいると、英語を話す男がよって来た。カタコトの日本語も話す(オンナとか下品な言葉ばかり)。近くのゲストハウスで働いているとかで、ホテル代はいくらだとか、トバ湖へは行くかとか、あれこれしつこく聞く。ゲストハウスには日本人客も来ているようなことを言っていた。
カメラマンだったかジャーナリストだったかライターだったかよく覚えていないが、なんかそんな仕事の人がそのゲストハウスに張り付いているとかで、聞くだけでそこには近寄りたくなくなるような話だった。
「ゲストハウスは嫌いで、ホテルが好きだ、トバ湖へは行かない」と答えておいたが、本当はトバ湖には行きたい。しかし、アチェで熱を出してから体調が良くない。まだ熱っぽい。
前にDumaiの同じホテルにいた売春婦の友達が、トバ湖に行かなければスマトラに来た意味がない、と言ってた。
「ユキ」の地下のインターネットは日本語ができる台が一台しかないので、そこがふさがっているときは待たされる。
私が使っている間、一人旅らしい、さえない、でぶっとした若い日本人の女が待っていた。暗くてどうしようもない感じの女だった。2時間先払いしたので、ちょっと代わってやるというわけにもいかない。
私が終わって台を代わったときにお愛想のつもりでちょっと話しかけてみた。返ってきた返事は丁寧な日本語だったが、人間の言葉になっていないという感じ。
怒っているとか気に入らないとか表現してくれたらまだよかったが、表情にも言葉にも感情がまったくなく、最初からコミュニケーション不能と言う感じだった。
その後も一度、彼女がユキ・ラヤの中を歩いているのを見かけた。歩く姿がたまらなく醜い。猫背で両足を引きずるように歩く。身体のどこがゆがんでいてあんな歩き方にになるのか、不思議なくらいだった。やっぱり、「修身」のような教育が必要だと思った。
四日目。
毎日どんよりした曇り。
近所の旅行代理店を回り、飛行機について聞く。
メダンからは、パレンバンへはジャカルタ経由の飛行機しかない。パダンへは朝7時発のが一便だけ。プカンバルへは7時と10時50分のが2便ある。
ガルーダ・プラザ・ホテルの隣のDhaksinaホテルの下にある代理店、Delta Wisataがよかった。ピリピリした感じだったが、いろいろと教えてくれて、料金の問い合わせなどもちゃんとしてくれる。言ってくる料金も安い。明日で、7時のが36万ルピア、10時50分のが45万ルピア。
ガルーダ・チトラのほうにある代理店はダメ。毎日刻々と変わる料金の問い合わせもしてくれない。何も見ないで43万という数字だけ出してきた。パダンへは飛んでいないとも言う。
ユキ・ラヤのマクドナルドはしょっちゅうコーヒーが売り切れになっている。5分かそこらでいれられるのだが、売り切れだと言って断られる。いれてくれ、と頼むと夜でなければ淹れてくれる。
スマトラの人は、日本人とよく似たしぐさをすることがあると思った。ハイという感じで笑顔を浮かべてうなずくように小さく2,3度頭を下げる人が時々いる。今の日本人よりは柔らかい感じ。こういう挨拶は、タイはもちろん、マレーシアでもデパート以外ではあまり見なかった。インド系の人がにこっとして頭をかしげるしぐさ(頭をかしげて肯定の意味を表す)は、全インド世界共通のようだが。
スマトラはあまり白人ずれしていないせいか、けっこう英語ができる人でも、まるで日本人のように「自分は英語ができないから」と謙遜する人が多い。本当にできない人ももちろん多い。できないくせに「日本人よりはできる」と思い込んでいる人はタイやネパールなど白人ずれしたところに多い。ただ、ネパールの場合、本当にまったく英語ができない日本人ツーリストが多いから仕方がないのかもしれない。
自分は英語ができないと言う日本人は、本当にできないのだろうか?中学英語程度の知識を動員する力があれば「英語ができる」といえるのではないか?タイ語、ネパール語・・・などの言語を少し話せる日本人が、自分はその言葉が話せると自慢するのに、それと同レベルの英語ができても、たいていの人は「英語はできない」と言う。
五日目。
いつものどぶ板レストランに行くと、妙に色っぽい感じのおばさんが寄ってきて、ニヤニヤしながら「You like ボンボン?」と聞いてきた。
あなたはインドネシア人かと聞くと、そうだと言う。「ボンボン」はタイ語だとばかり思っていたが・・・・
ホテルのテレビで見るインドネシアのドラマは、障害者ものや乞食のような貧しい子どもの話などが多い。これはタイ人の趣味とは対極的。言葉はわからないが、障害者やかわいそうな子供が主人公格で出てくるドラマが多いように見える。(ドラマの終わりに、イスラム法学者のような人?の説法がついているらしいのもあったように思う)
特に障害者者が多い。目の不自由な人が主人公格で出てくるドラマが複数あり、毎日のようにやっている。イスラム色の強いドラマにこのようなのが多いように見える(スカーフをつけた女性が多く出演する)。
六日目。
ホテル・スマトラの水道の水は妙に甘い。飲料水として部屋に持ってくる水はまずい。水道の水を飲みたい誘惑に駆られる。レストランで水道水をそのままコップに入れて出してきたので飲んでみた。
Dhaksina Hotelの下のDelta Wisataという代理店でプカンバル行き航空券を買う。明日のは売り切れなので、明後日10時50分のチケットを買う。38万ルピア。プカンバルから来たときよりは10万ルピアも高いが、これ以上安くならないと言う。プカンバルのフラヤホテルの代理店は尽力してくれたのだろう。
結局来た道をそのまま戻っていくことにした。
以前どこかで会った自称バックパッカーの達人という人が、「旅のコツは、来た道を戻らず、円を描くように移動することだよ。キミ」と教えてくれたものであるが、私は、同じ道をそのまま戻ることが結構好きである。
私は記憶力が悪いので、同じところに何度も行かないとすぐに忘れてしまう。それに、同じところにちょっと間をおいてまた行ってみると、必ずその場所の第一印象は裏切られる。
Delta Wisataの岸田今日子似のおばさんは今日もピリピリしながらつっけんどんに、しかしよく説明してくれた。ここから空港まではタクシーで15分ほど。1時間半前までに空港に行くこと・・・・。
夜、インターネット屋に、土人系のインドネシア女を連れた毛唐(たぶんオランダ人)がいた。
「ユキ」一階のマクドナルドは、マクドナルドだがローカル食が強いせいか毛唐はあまり来ない。ご飯や地元料理も出るようで、ライスとおかずを手で食べている人もいる。
七日目。
インドレストラン(それほどインド的ではないしインド人もいないが、カレーソースはある)で、アチェ出身と言うおばさんが英語で話しかけてきた。片言だが一生懸命英語で話す。表情は非常に明るく、アチェブランドを堂々と掲げている感じだった。援助景気のせいか、英語を話すことがカネになると言うことがわかったらしい。
津波の後、シンガポール人がたくさん来て「親友」になったという。携帯メールのやりとりをしているとかで、わざわざ見せてくれる。シンガポール人と日本人は顔が似ているといっていたが、日本人は津波では友達にならなかったという。彼女の幼い娘が津波の「トラウマ」で声が出にくくなっているとか。母親のほうは元気百倍に見えるが・・・・
ようやく気づいたことだが、ホテルの部屋にある小さな絨毯はお祈り用のもので、足をぬぐうものではない。私はこれを足ふきにしていた。
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*「人種差別」に関する考え方 | 1.タイ国王戴冠60周年行事 | 2.ココログ写真検閲 | A-1.白人はなぜ白人か | A-2."Discrimination"、BBCの日本批判 | A-3.白人が増えることの脅威 | A-4.本来的な意味の「人種差別」について | A-5.「NYタイムズ日本たたき顕著」 | A-6.「白人コンプレックス」論 | a.インド | a.インドネシア | a.オーストラリア | a.カンボジア | a.タイ | a.タイ北部 | a.タイ深南部 | a.チベット | a.ネパール | a.マレーシア | a.ミャンマー | a.ラオス | p.すべての写真 | p.ソルクーンブ写真 | p.白人のいる風景 | s-cmbd.シエムレアプ | s-cmbd.ポイペト | s-dst.スンガイコロク | s-dst.タクバイ=プンカラン・クボール | s-dst.ナラティワト | s-dst.パタニ(パッタニ) | s-dst.ヤラー | s-id.インドラマユ | s-id.クニンガン | s-id.ジャカルタ | s-id.スバン | s-id.チアトル | s-id.チアミス | s-id.チパナス | s-id.チルボン | s-id.ドゥマイ | s-id.バンダ・アチェ | s-id.バンドゥン | s-id.パマヌカン | s-id.プカンバル | s-id.メダン | s-id.レンバン | s-mm.コートーン | s-mm.タジ | s-mm.タチレク | s-mm.タートン(ミャンマー) | s-mm.チャイントーン | s-mm.トーンジー | s-mm.バゴ | s-mm.ピンマナ | s-mm.マンダレー | s-mm.ミチナ | s-mm.メイティラ | s-mm.モンラ | s-mm.モーラムヤン | s-mm.ヤンゴン | s-mm.ロイムウェ | s-my.アロースター | s-my.イポー | s-my.クアラルンプール | s-my.クアラ・トレンガヌ | s-my.クアンタン | s-my.クタム島 | s-my.クラン | s-my.コタバル | s-my.シャーアラーム | s-my.スレンバン | s-my.バタワース | s-my.マレー鉄道 | s-my.ムラカ | s-np.イラム | s-np.カトマンドゥ | s-np.グファポカリ | s-np.ジャナクプル | s-np.ジリキムティ | s-np.ソルクーンブ | s-np.ダラン | s-np.チャインプル | s-np.チョウキ | s-np.ナラヤンガート | s-np.バサンタプル | s-np.バルパック | s-np.ヒレ | s-th.アランヤプラテート | s-th.イサーン | s-th.サラブリ | s-th.スラタニ | s-th.スーリン | s-th.チェンマイ | s-th.チェンライ | s-th.チュンポン | s-th.チョンジョム | s-th.ノンカイ | s-th.ハジャイ | s-th.バンコク | s-th.プラサート | s-th.プラチュアップ・キリ・カン | s-th.メーサイ | s-th.ラノン | s-th.ロッブリ | s.ビーチ | t.「オリエンタル」ホテル | t.「ミラー財団」 | t.「土人」とは何か。「土人」に関するテーゼ | t.「失踪白人女性症候群」 | t.「白人コンプレックス」論 | t.インド洋津波 | t.ゴーギャン | t.ジェマアイスラミア(JI) | t.タイ人の白人崇拝と人種差別 | t.タイ北部・山岳少数民族 | t.タイ王室ネタおよび『不敬罪』 | t.タイ航空(TG) | t.ミャンマー・エアウェイズ(MA) | t.リンク | t.三つ穴コンセントの対処法 | t.人種差別ネタおよび白人ネタ | t.児童買春(子供買春) | t.売買春・レンタルワイフ関係 | t.旅先のネット屋での日本語IMEの入れ方 | 「BBCニュース」 | 「アーリア人」ネタ | 「靖国問題」 | インテリジェント・デザイン論 | ウェブログ・ココログ関連 | ニュース | パソコン・インターネット | ブログ記者の取材源秘匿権 | ムハンマド風刺画事件 | 司法・憲法 | 心と体 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 欧米の『日本たたき』 | 皇室および天皇制 | 経済・政治・国際 | 読書
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