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2008年1月30日 (水)

マレーシアを出る

マレーシアはいろいろな意味でタイよりは良い国である。しかし、「タイより良い」ということは「最悪ではない」という程度の意味でしかない。

マレーシアにはタイのようなセックスツーリズムはないが、セックスツーリストたちはタイからはみ出して来る。タイのようにあからさまに人種差別・白人崇拝を売り物にすることはないが、「普通の白人崇拝」はもちろんある。

タイが「白人に見せるための人種差別」を売りものにしている国だとすれば、マレーシアはキレイゴト好きな白人、偽善好きのイギリス紳士などに見せるために、一見人種差別がないように装っているだけの国ともいえる。白人の目のないところではハッキリと人種差別をするし、かなりひどいこともしている。(たとえばインド系やネパール人の扱い)。

1月14日、バンダラヤのいつものインド系旅行代理店「MSスター&トラベル」に行くが、滞在期限が切れる30日までのカトマンドゥ行きチケットは売り切れていた。

仕方がないのでブキビンタンに向かう。ハントゥア(Hang Tuah)でLRTからモノレールに乗り換えるとき、モノレールのホームで暴力毛唐と遭遇。もう少しで大怪我をするところだった。警察はもちろん駅員すらいない。誰も止めるものもなく、なされるままである。毛唐がその気になればKLの電車の駅ではレイプすら可能だろう。

Hang Tuahからモノレールでブキビンタン、スンガイ・ワン・プラザへ。「安全旅遊」でカトマンドゥ行きチケットを申し込む。カードで支払う。

カトマンドゥ片道1100リンギ(カード支払い+33リンギ)。言い値で払う。バンダラヤの店の言い値は1050リンギだった。

今(1月30日)カトマンドゥの毛唐だらけの店でこれを書いている。

隣に日本人の若い女が来た。ネパール人の男のヒモがピッタリくっついている。

こういう日本人女「セックスツーリスト」がネパールに(限らず)多いことは憂うべきことである。

男のセックスツーリストは金を払うから、形式的にも売春である。しかし女のセックスツーリストは形式は恋愛にすることが常に(若い女なら、よほどの事情がない限り)可能である。つまり若い女性はそれだけである種の「位置エネルギー」を持ってしまっているという事実がある。「エントロピー」といってもいいのかどうか。最初から高いところにある石を低いところに転がすのは簡単である。だから若い女性セックスツーリストはカネの代わりにその「位置エネルギー」を使って買春しているのである。

そういう理屈以前に女が簡単に股を開くということは、どんな理由があっても、その国および国民の評価を低めるものである。

ところでその女が使っていたPCはその前に使っていた毛唐がPCの調子が悪いと言って他に移った直後のだった。しかもネパール人店員はその日本人女にそのPCを指図したのである。案の定というべきか、女は10分ぐらいで出て行った。ほとんどページが開けなかったようである。

ここはタメルのカトマンドゥゲストハウスの近く。このあたりはネパールの中でももっとも人心の荒廃したところではないかと思う。白人ツーリズムの中枢だからだ。ただしネットはネパールの割には速い。値段は二倍。ココログ管理画面を操作するにはここが良い。

ネパールは今しょっちゅう停電。一日に電気が来る時間が10時間ぐらいなのだろうか。もちろんネットは遅い。

1月22日。ブキビンタンの安全旅遊に行きようやくチケットを受け取る。出発は29日午前7時35分。深夜の電車で空港に行き空港で夜明かしすることになる。

航空券を見ると「ロイヤル・ネパール」は早々と名前を変えてNepal Airlinesになっていた。

11月28日。午後10時半過ぎ、定宿に荷物を預けて出る。預けている荷物はどんどん大きくなっていく。KLセントラル11時過ぎ発のKLIAエクスプレスに乗る。

静かで冷房の聞いた車内で気持ちよく本を読んでいると、突然耳元で毛唐客ががなりたててきた。大声でExcuse me.Do you have a pen?とどなりかけてくる。お前は幼児英会話の先生か。読書の気分ぶち壊しである。もちろんNo!と言う。すると何も言わずに引き下がる。

その男は若造ではなかった。妻らしい白人女を連れていた。いったい世の中に自分がペンを使いたいからといって、静かに読書している人間の耳元でいきなりペン持ってるかと大声でがなる者がいるだろうか。そしてNoといわれると無言で引き下がるだけである。Sorryの一言もない。ペンなんか人に貸すのは嫌なものである。ましてや毛唐。

相手が有色人種の場合、自分が人の邪魔をしたなどという意識は毛唐にはまるでない。

白人の平均的道徳水準である。そうでなければ自分の理屈を嘘と知りながらアフガンやイラクに殴り込み、全部バレたあとも恬として恥じずまだ善行をしているような顔を続けていたり、20世紀になってからもアボリジニを「ハンティング」と称していまカンガルーを殺しているように楽しんで殺したり、つい1970年代まで黒人国民に参政権を事実上認めていなかったのに他国の民主主義や人権状況を批判したりランキング評価したりといった恥知らずなことはできないだろう。

「白人は危険な野蛮人である」。

この認識を早く十分に広める必要がある。取り返しのつかないことにならないように。ボケボケしていると日本人がアボリジニの運命をたどる可能性も十分にあるのだ。

深夜のKLIAは薄暗いがごく普通の様子だった。RNのチェックインはAカウンター。そのあたりに一見してネパール人とわかる人たちが集まってベンチに座っていた。黒川紀章が設計したこのピカピカの空港にはちょっと場違い感のあるスポットではあった。その一人に話しかけてみる。ネパールのネパール人のようなエネルギーはまったく感じられず疲れきって脱力している感じだった。

KLIAの物価は成田より高いと思う。ファストフード店のセルフサービスのコーヒーが9リンギもする。

Aカウンター周辺は一晩中ネパール人だらけ。私もその辺で夜明かしをする。バウン(ブラーマン)のような連中はあまり見かけない。チェトリがちょっといるかどうかという感じ。明らかにボテ(モンゴロイド系)という感じの人も少ない。私の印象では被差別カーストによくある顔立ちの人が多いように思った。

チェックインも手間取る。並ばせてから延々と待たされる。昼の便ではあまり経験しないこと。とくに日本行きなどでは経験しない。

そこに並んでいるのはほとんどネパール人である。マレーシア人がネパール人をいかに見下しているかということを、一つ一つの手続きの端々に実感する。

マレーシア航空のチェックイン係もイミグレ役人もどちらも女だったが大変感じが悪かった。

マレーシア航空のチェックイン係が私に「何しに行く」とか「働きに行くのか」などと見当はずれなことを聞いてくる。まったく余計なことである。「リターンチケットは持っているか」と聞くので「私はネパールには何度もワンウェイチケットで行っている。それにそれはお前のビジネスじゃないだろ。ネパールのビジネスだろ」と言うとようやく黙った。

マレーシアイミグレはさらに悪かった。いきなり、マレーシアで働いているのか、長い滞在だ、ホテルに泊まっていたのかなどと聞く。そういうことをグチャグチャ言うのなら、最初から90日間のパーミットを出さなければいい。

もしそう思うなら逮捕しろ、お前らマレー土人みたいな貧乏人じゃないんだよ、といってやればよかったのだが、機転が利かなかった。

どちらも白人客に対しては絶対にしない態度であることは言うまでもない。

彼らマレーシア入管役人もタイイミグレ役人と同じで、不法就労の後進国人から賄賂をせびり取っているのである。そのことは後でネパール人から聞いた事実である。その習性がネパール人の群れに混じった日本人の前でも出てしまったということだ。そしてここに晒されることになる。マレーシアは一見キレイそうに見せている汚い国。ただキレイそうに見せていることを私は相応に評価したいと思う。

飛行機の搭乗口ではさらにひどいものを目撃した。ネパール人がまるで犯罪者のように両手を上げさせられてしつこく身体検査されていた。私が飛行機を待つ間しゃべっていた貧相な男だった。

次が私の番だった。

トゥドゥンをしたチビデブのマレー豚女役人が非常に無礼な態度で、いきなり私の腕や胸を左手でバタバタ叩いてきた。このマレー女役人は私をネパール人だと思ったのだろう。私が消えかかっているような待機線を一歩ほど越えたからといっていきなり叩いてきたのである。まるで犬でも扱うような態度だった。

マレー人は「言語」というものになじみがないらしい。人間よりもオランウータンに近い動物なのだろうか。

周りはみんなネパール人だったのでこのマレー豚女に「ジャウ!ダリット」と大きな声で言ってやったら面白かったかもしれない。「触るな。お前の手は汚い」くらいは言うべきだった。

その後、私の前のネパール人をしつこく身体検査していた男の役人は私のパスポートに気づいたらしく、身体に触れもせずに顔パスで私を通した。

土人を図に乗らせるほど愚かなことはない。

日本の伝統的な(戦前以来の)「対土人政策」は根本的に誤っていた。

土人に対しては、「線引き」をハッキリさせることのほうが重要だったのだ。日本人は最高位のカーストであって彼らは下位カーストであるという洗脳をすべきだった。

そういう秩序は土人には容易に受け入れられるのである。逆に、土人は対等平等な関係、対等なルールは理解できない。土人は図に乗るかひれ伏すかのどちらかしか選択を持たない。だから土人はあくまでひれ伏させておくのが正しい。

マレーシア人にとっては今でもイギリスが近代化と発展の模範であり続けている。イギリスに支配されたことは幸いだった、その遺産を大切にしなければいけないと、官報のような御用新聞が平気で書いている国である。

今回の搭乗は今までになく不愉快なものだった。白人客がその辺におらず、つまり「白人の目」がなかったために、マレー人の東南アジア人共通の嫌らしい人種主義が表に出てきたという形だろう。

白人の前でわかるように白人を上げて喜ばせる、というのがタイ式である。つまり白人の最低の本音と欲望に正面から応えるというのがタイの流儀である。

これに対して、マレーシアが意識しているのはキレイゴト白人、偽善白人たちなので、白人の目のあるところでは「人種平等」のフリもするのがマレー人でありマレーシアである。

イギリス人がキレイゴトに訴えられて喜ぶ連中だったからだろう。つまりご主人様が飛び切りの偽善白人だったからである。

白人の目のないところでやってることはタイと変わらない。

マレーシア時間8時半ごろ離陸。

乗客はほとんどネパール人。スチュワーデスももちろんネパール人。いつものようにアーリア系のスッチーはサリーの制服を着て、モンゴロイド系のスッチーはチベットエプロンのついたワンピースの制服を着ている。

隣に座っていたネパール人(タクリ)と少し話をする。3年ぶりに帰るネパールだと言っていた。マレーシアの中国の企業で3年間不法就労していたということ。不法就労のための手続き(?)はすべて中国の会社が手配してくれたという。逮捕されて強制送還されたわけではない。予定通りの満期帰国ということだった。役人公認の不法就労である。帰る前に役人に罰金を3000リンギも払ったという。10万円強である。

この飛行機いっぱいのネパール人の大部分が、あるいはほとんどが、こういう形で公認の不法就労をしていて、無能なニセムスリムのマレー人役人が汚い金で豚のように太っているという構図である。

私は日本で不法就労していたことのあるネパール人やミャンマー人と話したこともあるが、彼らが共通して言っていたことは、日本の警察や役人が親切だったということと、役人が不法就労者から賄賂を取らないのに驚いたということだった。

私が知っているあるミャンマー人は日本で不法就労していて強制送還された。日本を出るまでは良かったが、トランジットで立ち寄ったバンコク、ドンムアンのタイ役人から「日本での不法就労」を口実に3万円の賄賂を要求されたという。結局1万円払って見逃してもらったということだった。

しかし、これはタイによる日本の主権侵害ではないか?また日本当局もこのミャンマー人安全にミャンマーまで送り届けるべきだったと思う。

ネパール航空はなかなかいい感じだ。疲れたネパール人でいっぱいだったが穏やかな雰囲気だった。

飛行機が着陸態勢に入って揺れていても歩き回る人、トイレに立つ人があとをたたず、スッチーもとめようとしない。スッチーの一人は乗客となにやらネパール語で話し込んでいたり。ネパール人乗客は無心に景色に見入っている。曇っていて山は見えなかった。

マレーシア時間午後2時ごろカトマンドゥ着。

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2008年1月26日 (土)

マレーシア人の衛生観念

一週間ぐらい前、時々利用するインドレストランでチャパティを食べていたときのこと。私はマレーシアではだいたいチャパティかナンが主食で、ご飯はあまり食べない(マレーシアの米はうまくない。インドネシアの米はうまい)。

そのレストランは店の中が衝立で二つに仕切られていて、衝立の奥の方のテーブルに白人のカップルの客がいた。

この辺のインド人の標準から見ても特に色黒のタミルムスリムの男がニコニコしてその白人客たちに給仕していた。おかずを取るのはセルフサービスが普通の店だが、彼らはいろんな皿をウェイターに持ってこさせていた。

そのタミルムスリムの男はいそいそとその客たちにアテンドしていたが、ひとつ野菜の皿を持ってくるときに衝立のこちら側でちょっと躓いて少し大きめの野菜を一切れ床に落としてしまった。汚い床である。

驚いたことにその男は床に落ちた野菜をすぐに拾い上げ、反射的に自分のズボンの腿の辺りでぬぐって、そのまま元の皿に戻した。そして何食わぬ顔で白人カップルに出していた。「ちょっとしくじったけど普通のことをやっている」という感じだった。

衝立が間にあったので客たちからはその様子は見えなかったと思う。

わざわざズボンでぬぐったのだから、悪気はなかったのだろう。そうすることできれいになるという観念があったのだと思う。

この男のズボンと床とどちらがきれいだったかについていえば、その床はマレーシアレベルでも相当汚い床だったので、何もしないで皿に戻すよりは確かにズボンでぬぐって皿に戻したほうが良かったとはいえる。

しかし、床に落ちた野菜は皿に戻さないで捨てるか掃いて捨てるのが一番良かったと思う。足が長くて体も分厚くてのろのろ動いていても誰もつぶさない大きなゴキブリが這っているような床である。あの店は夜は溝鼠が駆け回っていると思う。
 

何にしろ「人それぞれです」というのは常に妥当する真理で、誰も否定することはできない。しかしそれは、何もいってはいけないといっているのとあまり変わらない。

なにより国による違いは大きい。

人種民族によって違いがあることも確かだろう。

中国人が「汚な好き」なのはよく言われるが、マレーシアの華人が中国大陸本土の人間ほど汚な好きのようには見えない。といってももちろん日本人並みにきれい好きとは言いがたい。チベットはすごかった。招待所のトイレの壁にぬぐいつけた指の跡がいっぱい・・・・しかしあそこまで行くと低温と乾燥と酸素不足であまり汚くも感じない。

イスラムの教えは清潔を重視するというが、それは「前提」があってのこと。宗教のどんな教えも「待機説法」だと思った方がいいと思う。つまり「喩えを用いて語る」のにはいつも「理由」があるということ。

もっともイスラム教はマレー人のために生まれた宗教ではないので、マレー人を想定してはいない。しかしマレー人がイスラム教の清潔の教えに則っているかどうかにも疑問がある。

そして、インド人。浄と不浄の観念はヒンドゥの重要な要素であろう。ただそれは浄と不浄を厳しく峻別するということであって、相対的に浄とされた部分が客観的に見て、というかもっと世俗的に見て、「清潔」かどうか、つまり黴菌が少ないかどうか、ということとは関係がない。しかもカーストにおいてその存在自体が決定的に不浄とされてしまっている者は、自分の生活の中に浄の部分を求める理由さえ失っているかもしれない。
  

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2008年1月23日 (水)

オランダとオーストラリア

東南アジアでの買春といえばドイツ人だと思うかもしれない。その通りではあるのだが、オランダ人もひどい。比較的数が少ないので目だっていないだけ。というか、オランダ人ってドイツ人の亜種みたいなもの。とくに児童性愛に情熱を燃やす。

買春と児童性愛に関しては、オーストラリア人も負けていない。

東南アジアで普通に見ていていちばん耐え難い白人といえば、やっぱりオーストラリア人とオランダ人。

参考記事、

オランダのペドフィリアたちが徒党を組んでぺド合法化を目指す政党を立ち上げようとしている

東南アジアにおけるオーストラリア人の生態実例

その他多数。

そして「白人至上主義」を率直に吐露する点でもこの二国民は共通しているようだ。

この世界で「白人」の地位が危うくなったら真っ先に切り捨てられるけっぷちにいる連中だからだろうか。

当然の帰結として、「翻訳された白人至上主義」運動である反捕鯨運動にも熱心になる。
 

<調査捕鯨>グリーンピース妨害でオランダに要請 外務省

1月23日18時22分配信 毎日新聞

 外務省は23日、日本の調査捕鯨船が環境保護団体「グリーンピース」から燃料補給の際妨害を受けたことについて、同団体が乗り組んだ船の旗国、オランダ に対し「許しがたい違法行為」として、再発防止の措置を講じるよう申し入れた。児玉和夫外務報道官が会見で明らかにした。

 調査捕鯨船に対する妨害行為は、反捕鯨団体「シー・シェパード」に次ぐもので、拘束されたメンバー2人のうち1人はオーストラリア人。高村正彦外相は 22日、オーストラリアのクリーン貿易相との会談で「国内法に基づく適切な対応」を要請しており、今月31日に来日する同国のスミス外相との会談でも議題 となる見通しだ。【上野央絵】

 
1年ほど前、クアラルンプールの都心ジャラン・アンパンの「マレーシア・ツーリスト・センター」の中にある警察(ツーリストポリスではないがそのような仕事をしているところ)に用事があって出向いていたときのこと。

そのときにかち合ったオランダ人はひどかった。40過ぎと見える汚く日焼けしたガタイの大きな白人男。妻と小さな子供を連れていた。

男たちはツーリストセンターの警察署にどたどた入ってきて、ベンチに座って待っている私たちアジア系の客たちの方に目をむけ、アゴを使ってで「ドケ!」とやってきた。

「お前らどけ、俺たちが座るんだ」というはっきりした意思表示だった。

有色人種なら当然召使か使用人、自分たちに奉仕すべき立場の者に決まっている、という確信に基づく行為である。

それが受け入れられないことが不思議なような顔をしていた。

さらにそのとき窓口で相談をしていた人が終わると、彼らは待っているわれわれを差し置いてすぐに窓口に向かっていった。妻の方も当然のように窓口に進む。

私が声をかけて引き止めたが、マレーシア警察はそのまま白人たちを先に受け付けようとしていた。

私はあとで彼らに向かってハッキリと「われわれも同じツーリストだし、ここはお前ら白人の植民地じゃない」と言ったが、オランダ人男もその妻もポカンとしてわけがわからないという表情だった。

ヨーロッパには、アジアは形式的には独立させてやっているが、いまも白人の植民地であるという強い信念を持った者が少なからずいると思う。オランダ人のように教養のない連中がそれを素直に表現しているということだろう。
 

(このあとはマレーシアの話になる)  

なぜそのとき私がその警察にいたかについては、ちょっと込み入った話であり、また私が特定される可能性があるのであまり書きたくないが、その何日か前に私は、KLCC内でサウジアラビア人に絡まれていた。絡んだといっても口げんかの類だが、アラブ人の方から絡んできたので、じゃあ一緒に警察に行こうかということになった。ところがKLCCの警備員と警察官は最初から一方的にアラブ人の方を被害者扱いし、私を加害者扱いして私だけ地下の万引き容疑者待機所のようなところに連れて行った。その間アラブ人の言い分を聞いていたのだろう。「地下牢」で、KLCC内で捕まったインド人のスリや万引きと一緒に長く待たされた。インド人のスリが被害者の男の靴に額をつけて謝罪して許してもらっていたり・・・、そんな場所だった。ジャラン・アンパンのマレーシアツーリストセンターの警察署についてからも、マレーシア警察はアラブ人の話を優先的に聞く(ほとんど英語が話せないような奴だった)。アラブ人の主張のみを最初から正しいものとして扱い、私の主張にはまともに耳を傾けようとしないで一貫して私を「犯人」(そのアラブ人とのトラブルに責任のある者)として扱ったのである。。それでもポリスレポートを出すことはできた。私は警察のパソコンに自分で英語のレポートを打ち込み、「警察が私の話を聞こうとしなかった」ということも書き込んでそれを印字してもらい、サインして正式に警察に提出した。。ところが、あとになってわかったことだが、マレーシア警察は印字する前にちょっと形式的な訂正をすると言って私のレポートに手を入れていた。「警察は私の言い分に耳を傾けようとしなかった」と私が書いたところを改竄してまったく逆の意味に変えていた。要するに否定詞を消していた。婦人警官はパソコン画面を見せて私に確認させこれで良いかと聞く。私はそんな改竄をするとは思いもしなかったし自分で書いたものなのでほとんど見ないで良いと言い、印字させてサインしてしまった。。コピーを受け取ってから改竄に気づく。私は大いに抗議して訂正しろと言ったがマレーシア警察は受け付けない。サインしたじゃないかと開き直る。私がねばっていると警察はどうしてもというならもうひとつ別のポリスレポートを出せというので、もう一通、改竄の件も含めたレポートを書いて出すことにした。そんなつまらない問題で何日かにわたってごたごたをしていたのである。

契約書などに気づかれないようにちょっと手を入れて改竄するというのはマレーシア人の常套手段なので気をつけなければならない。もとはアングロサクソンのお家芸だったのだが、マレーシア人もご主人様から教わってきたらしい。つまり警察もその辺の詐欺商店と同じことをやっているということである。

なおマレーシアでは被害届などを提出するというときの「提出する」は"lodge"を使うことが多い。
  

マレーシアは第一印象としては、タイに比べて「白人崇拝」が少ないように見える。

しかしそれは、タイのような、「嫉妬とへつらいと付け込みと八つ当たり」という特異の精神文化に基づく伝統芸のような白人崇拝と日本人差別や、あるいは白人ツーリストへの「ホスピタリティ」の表現としての大げさな白人客優遇=有色人種客差別はない、ということにすぎない。

冷静に客観的に見ると、もしかしたらマレーシアのほうが今なおハッキリと白人植民地といえるかもしれないと最近は思うことが多くなってきた。

現実にイギリスの植民地に甘んじていたという歴史は重い。しかしマレーシア人はそれを「重い」こととさえあまり感じていないように見える。この国に来る白人も、セックスツーリストは少ないが「植民地バカンス」意識は相当強い。

白人がご主人様でなければアラブ人がご主人様である。マレー人が他民族に従属しないで独立した自分の国を建てていくということは、素質上無理があるように見える。
  

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2008年1月20日 (日)

商店の入り口を占領する白人ツーリストたち KL マレーシア

日本もすでにこういうふうになってるだろうか。
商品を買うでもなく、店の入り口に座り込んで動かない白人の群れ。
もちろん店も苦情など言わない。

マレーシアの人がなんであんなに白人に従順で白人のわがままを許しているのか、最近よくわかった。

(タイはそれが最初からの国柄であり国策だからだが、マレーシアは一応イスラム国家で西側の白人に媚びることを国策にしているわけではないと思っていた)。

現実に危険だからだ。

大部分の白人は動物的な衝動で暴力を振るう。気に入らないことがあると無抵抗な者に対して直ちに先制攻撃をかけてくる。アジアではローカル(有色人種)に対してそれが当然許されると信じている。白人を刺激したらまず最初の一撃は覚悟しなければならない。

そして警察は必要なところにはいない。仮に呼んで来たとしてもローカルを助けてくれることは絶対にない。つまり警察は白人がらみのときには有色人種は助けない。仮に司法の場にまで持ちこめたとしても同じことだろう。一方で、白人の暴力に抵抗して白人に怪我をさせたとしたら、刑務所に行くのは必ず有色人種のほうである。

マレーシア警察のやり方だと、被害にあった有色人種(非白人、非アラブ)の方が常に犯人扱いされるだろう。実際、日本人とアラブ人がトラブルになったとき、マレーシア警察は一方的にアラブ人の主張のみを聞き、日本人のみを警察の地下牢のようなところに連れて行く。相手が白人ならなおさらである。

日本もこれ以上「安い国」になればこういう光景が日本全国でどんどん日常的になっていく。日本に住んでいる日本人のほとんどは、白人の本当のずうずうしさと「怖さ」を知らないと思う。日本警察もすでに白人には手が出せない。

店の入り口を占領する白人ツーリスト KL
店の入り口を占領する白人ツーリスト KL

在日白人が日本を「人権」批判したがるのは、日本は「アジアの癖に」まだこういうヤンチャがやりにくいところがあり、白人の特権が十分認められていないと感じているからであろう。
在日白人、帰化白人がいろいろな口実で日本批判をしている目的は、日本を白人がこういうことをやり放題できる国にし、日本人のだれもが「私たちは白人より劣っている種族です」と認め、白人が通れば当然のように頭を下げて道をあける、白人資本にタイのように特権を認める、娯楽産業、セックス産業はタイのようにまず第一に白人のためのものとする、そのようなことを心から実践して日本人が白人の優越性を心から受け入れ、日本人に白人に歯向かう気持ちを一切捨てさせようため、日本をそういう国にし日本人を白人の奴隷民族にするためである。

白人と闘うための一構想:
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2008/01/post_25ae.html
 

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2008年1月19日 (土)

ブキ・ビンタン(Bukit Bintang)はタイのようなところ KL マレーシア

このブログのアクセス解析の「検索ワード フレーズ」には、いつもちょっと人には見せられないような言葉が並んでいる。

こういうのを見ると本当に吐き気がするのだが、タイなどを扱っているブログはどこも同じだろう。

マレーシアに関していえば「クアラルンプール 置屋」「マレーシア 風俗情報」などという検索ワードでこのブログに来る人が跡を絶たない。さすがに「マレーシア 幼女」という馬鹿はいないようだ。

このブログのアクセスの一割以上はセックスツーリズム情報目的だろう。

仕方がないのでそういう人の需要にも応えておくことにした。

まずマレーシアはイスラム国である。イスラム法(シャリア)自体はムスリムにしか適用されないとはいえ、世俗主義イスラム国家としての国の法律はすべての人種民族、外国人にも適用される。

どんなに世俗主義的なイスラム国家でも売春や性風俗営業(日本では合法な「本番なし」風俗を含めて)を合法としている国はないと思う。

マレーシアでは売春は違法である。

だから、セックス目的のツーリストはタイに行け、というのが正しい。マレーシアに来るべきではない。

しかしタイでのセックス滞在中にビザ期限が切れたり、タイのノービザ滞在規制など影響でマレーシアに入り、クアラルンプールにまで来てしまい(それらしいゴロツキ毛唐がいまこの町に溢れている)、ここでもどうしてもセックスツーリズムを楽しみたいという基地外は、KLのブキ・ビンタンBukit Bintangに行けばなんとかなるだろう。

ブキ・ビンタンには売春マッサージが軒を並べている。

私は入ったことがないのでどれくらいが売春宿でどれくらいが普通のマッサージ屋なのか、あるいは混合なのか、タイでよくあるように普通のマッサージの後に「セックスマッサージ如何」と聞いてくるシステムなのか、あるいはタイで時々あるように真面目なマッサージ中に女が抱きついてきたり乳房を押し付けてきたり足の付け根を揉みつつことさら陰部を刺激してきたりするシステムなのか、詳しいことは知らない。

しかし、前を通ると呼び込みが真昼間から「ジキジキジキジキ」と声をかけてくるのでジキジキなのだろう。タイでいうボンボンである。タイほど細かい芸はないのかもしれない。

「ジキジキジキジキ」と大声をかけられるよりは耳元で「ボンボン・マイ?」とささやかれた方がマシなので、この方面の文化はやはりタイが上ということだろう。

マレーシアでは人種宗教国籍を問わず売買春は違法のはずである。

そしてブキ・ビンタンで売春が行われていることは誰もが知っていることである。

官報的新聞さえ「ブキ・ビンタンはバンコクのパッポンのようになりつつある」と書いていた。ホテルのバーがまたひどいらしい。

しかしブキ・ビンタンの売春が取り締まられる様子はないようなので、非合法ながらここはマレーシア警察公認の売春地帯ということだ。

マレーシアの警察はマレー人ばかり。

つまりムスリムが「パッポンのような」売春地帯を公認しているということになる。

ブキ・ビンタンにはそのほかにもタイを思い出す要素がある。

見ていると、呼び込みの女が白人通行人にしか声をかけないレストランのような店がある。

スターバックスのマレー人店員は、店に入ってくる客が白人か有色人種かによってはっきりと違った反応をする。

白人客には明るい笑顔で英語の挨拶をし、有色人客(マレー人でも中国人でも)には無言、むっつりしていたり見下すようなニヤケタ表情で対応していたり。タイでは普通のことだがマレーシアではこういうことはそれほど多くない。もっとも彼らはタイ人のように「意図」「嫌らしい悪意」をもってそうしているわけではないのかもしれない。いずれにせよ「状況」に反応して動き「気分」の力に忠実に流されていくというのが「ブミプトラ」(土人)にふさわしいものなのだろう。

ブキ・ビンタンは白人も多い。ふんぞり返り方もタイと同じ。

ビザの関係でマレーシアに来てしまったがタイが恋しくてたまらないというタイヲタがタイを思い出して慰めを得るには、ブキ・ビンタンは良い場所かもしれない。
 

ブミプトラ(土人)な人たちというのは、「原則」というものをもつことができない。普遍性とか規範ということの意味も理解できない。規範はなく、いつも個別的で特殊な指定があるだけである。

マレー人は熱心なムスリムだというが、実態はオカルト、呪術に満ち溢れているだろう。bomohとかいう呪術師は良い商売である。

ブミプトラ(土人)な人たちは普遍的なものが理解できないから、「お客さんはみな平等に扱って、公平に応対しなければいけません」と仮に言い聞かせたとしてもその「意味」が理解できない。「どのお客さんにそうすればいいの?」という没論理的な質問が返ってきたとしてもまったく不思議ではない。そう言われた人の前ではそう振る舞い、別のことを言う人が優勢なときはその人にごく自然に従う。

このような性格を「素朴でゆったりしていて近代化で汚されていなくて素晴らしい」とか本気で思い続けることができるタイプの人は、ブミプトラ的な人たち、ブミプトラ体質の国がたまらなく好きになるかもしれない。(誰でも最初の一瞬はそうかもと思うことがあるかもしれないがそう思い続けることはマトモな人には難しいと思う)。タイでもマレーシアでもインドネシアでも、同じことである。
 

マレーシアの政治家が「ブキ・ビンタンを銀座のような町にする」と言っているそうだが、タイ人が「カオサンはタイの原宿だ」と言っていたのに優るとも劣らない寝言である。
 

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2008年1月17日 (木)

マレーシア警察の身体検査

今朝いつもの中国系コーヒーショップでコーヒーを飲んでいたときのこと。

コーヒーといっても中国系の店とインド系やマレー系の店とでは出てくるものがまったく違う。インド系やマレー系の店の砂糖入りコーヒー、コピ・オはジョッキのような大き目のグラスに薄めのコーヒーを入れ砂糖をドバッと入れたもので、毎朝飲んでいたら肥満、成人病の道まっしぐらと思われるようなものである。中国系コーヒーショップのは普通の陶器のカップに入った濃い目のコーヒー。砂糖かコンデンスミルクを入れるのが普通。ブラックで飲むにはどちらも不味すぎる。

で、突然、私服のマレー人が2、3人入ってきた。

そして、色黒のインド系男と、店員の中で一番貧相な私の顔見知りの中国系男の身体検査を始めた。

私の椅子の背を突き飛ばしながら入ってきたマレー人の私服は、客のいる店の中にこの二人をさらし者にして、長々としつこい身体検査を始める。

インド系の男のほうが早めに終わった。中国系の貧相な店員は両手を上げたポーズをとらされたままパンツが見えるまでしつこくすべて調べられている。おそらく性器もチェックされただろう。たいへんな屈辱的な様子だった。

この貧相な中国系店員を私は長く知っているが、おとなしい男で人と話しているところを見たこともほとんどない。たぶんバイト(忙しいときに手伝いをする代わりに駄賃をもらい暇つぶしもさせてもらっているような非正規店員)なのだろう。仕事のないときは中国語の新聞を読んでいるだけである。

この男のポケットをしつこく調べて、この無能マレーシア警察は、麻薬のパケットでも出てくるとでも思ったのだろうか。そんな捜査ならネタをあげてからするものだろう。

人種的な嫌がらせ、牽制に過ぎないのだろう。しかしそれなら、さっとやってすぐに引き上げるべきだろう。あるいはタイ警察のように確実に何かゆすり取れる口実をあらかじめ用意してから行くべきである。

長々と身体検査をすればするほど、結局は手ぶらで帰っていくマレーシア警察の無能ぶり、捜査能力の欠如を世間に向けて宣伝しているようなものである。

コーヒーショップにいるのはマレーシア人には限らない。

念のためあとで店員たちに聞いてみたが、たんなるチェック、つまりランダムチェックに過ぎないということだった。

たんなるランダムチェックであれだけ犯罪者扱いされるのである。その根拠は、彼らがインド系、中国系だったということと、ここが中国系の喫茶店だったということだけ。

白人が公然と一方的な暴力行為をほしいままにしているのをまったく放置しながら、こういう弱いところに突っ込んで日ごろの憂さを晴らすのがマレー警察のやり方らしい。

これはわれわれに関係のないことではない。中国人がやられることは日本人もやられるのだと思わなければならない。

なぜなら、彼らが憂さばらしの標的を選んでいる基準は人種なのであり、もっといえば「見た目」に過ぎないからだ。

それもわれわれの眼による見た目ではなく、中国人も朝鮮人も日本人も同じようにしか見えない連中の「見た目」なのだ。

この現実を否定し、「中国人は嫌われているから、朝鮮人は嫌われているから、・・・けど日本人は好かれてるから大丈夫・・・」などというのは白痴なネトウヨ、2ch海外旅行板「健全タイ旅行スレ」的タイヲタウヨ妄想の典型といわなければならない。

マレーシアは多人種多民族性によってごまかしているが、もちろん本質はマレー人主役の国家である。

しかしマレーシアが本当にマレー人国家だったら、どんなに野蛮な恐怖国家になっていただろうかと思う。

東南アジアの中国人を弁護するつもりもないが、シンガポールのリークアンユーがこの地域で中国人はマレー人・インドネシア人によって抑圧されていると言っていた気持ちが少しわかるような気がする。

まあ早い話、「土人」はどこまで行っても土人。「やっぱり土人だった」ってこと。

マレー人はイスラム主義に徹していったほうがいいだろうと思う。他に彼らに縁のある文明はないのだから。

イスラム教自体は尊敬すべき文明である。

今スペインでマレーシアのアブドラ首相が「アンダルシアのノスタルジー」を持ち出して毛唐に媚びながらイスラムと西洋の和解がどうとか説教垂れているようだが、西洋から見ても中東から見ても猿にしか見えないだろう。

マレー人は、世界の舞台でイスラム教の説教をする立場じゃなくて、「コーランをお勉強させていただきます」って立場じゃないのか?

イスラムと植民地遺産の西洋文明を両天秤にかけて都合よく使い分けようなんてことは、土人の器では無理であろう。

私の狭い見聞だが、マレー人は非常に鈍い。はっきり言ってトロイ。一見普通に働いていて英語が話せても、接してみると理解力判断力は精神遅滞者としか思えない者が散見される。こういうことは個人差というより文明の力の問題であり、一朝一夕には変わらないだろうと思う。
 

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2008年1月14日 (月)

毛唐に襲われる 突き飛ばされ蹴られ 白昼クアラルンプルの電車のホームで

今日のは本当に怖かった。アジア女連れの2メートル以上もある見るからにケダモノだったが、こちらが写真を撮って怒らせたとかではない。

こっちが駅のホームの電車の扉の乗る人用の位置(KLでもちゃんと決まっている)に立っていたら、大きなビデオカメラを抱えたこの男が「ここで(女を)撮るからどけ」みたいに俺を腕で押しのけてきた。

黙って押しのけられているわけにもいかないから拒否すると、たちまちすごい剣幕になり、完全にケダモノだね、肘で突き飛ばしちょうど来ていた電車に蹴りこまれた。俺がようやくカメラを取り出したのはその後。電車が来てなかったら高圧電流の流れているというレールの上にに突き落とされたかも。

クアラルンプールの電車の駅で毛唐に絡まれるのはこれでもう2回目。東南アジアでも毛唐の直接の暴力を受けたのはポイペトとクアラルンプールだけ。その意味では、KLは危ない白人の多い都市といえるのかもしれない。まだ白人植民地だと信じて来てるようなのも少なくないのだろう。

奴隷のように振舞っていれば安全なのだろうが。

今日のなんか、誰もいないようなホームで突っかかってきた。

毛唐は必ず先制攻撃をかけてくる。そしてそれを正当化する理屈を後から探してくる。これが白人のやり方だ。白人の現在の地位を作ったのはすべて暴力である。

KLの電車には鉄道警察はおろか駅員もろくにいない。白昼暴力を振るうことを少しも悪いと思っていない連中=白人はなんでもやり放題である。

電車に蹴りこまれた後ようやくカメラを取り出して少しだけビデオを撮ったので(最初撮ろうとしたときはカメラごと突き飛ばされたので正面画像は撮れなかった)、Niftyビデオ共有に今あげているところ。あがったらこちらにも貼る。

皆さんも国の内外で素行の悪い白人を見過ごすだけでなく、その振る舞いを動画や写真に撮りネット上にアップして共有していくようにすると良いと思います

そういう一つ一つの積み重ねで、日本人の多くがいまだ抱いている愚かな白人幻想を打ち砕き、まず日本人の意識を変えることができるかもしれないし、それがまず第一に重要なことだと思います。ケダモノに人間になりなさいといってもすぐにはなれないだろうから。

この男だが、自分がこの直前にやったことなどまったく意に介さず、自分のビデオ撮影(アジア女モデル撮影)に夢中の様子の場面。

白人に殴られ蹴られる クアラルンプール
白人に殴られ蹴られる クアラルンプール

KLの電車は白人が非常に危険なところ。マレーシア人もインドネシア人もインド人もアラブ人も怖くない。

まあ、今日の毛唐も本気で蹴ってはいなかったと思うけどね。あの巨体で本気で蹴りいれられたらいまごろ病院にいるよ。しかしファイティンポーズでのしかかってこられれたときにはもうだめかと思った。

この毛唐、チケット売り場で「チケット」を「ティカッツ」みたいに発音していたが(俺の頭越しに注文出していた)、どこの国かはわからないが、オランダ人でなければオーストラリア人と思うのは先入観ですかね。

マレーシアは日本人リタイヤ滞在に期待しているようですが、白昼都心の駅(ここはHang Tuah)で不良白人が有色人種客に絡み突き飛ばし蹴りを入れていても警察官どころか駅員も来ないというのでは、日本人は安心して滞在できないですね。

タイはクズ毛唐自体はいたるところにいるが、本当に危ない毛唐が密集しているところは大体わかるのでそういうところに近づかなければ毛唐からの襲撃を避けることはできるかもしれない(タイ人、タイ警察からの攻撃は避けられないが)。

しかしマレーシアの場合は、こぎれいでカタギな場所にこういう本当に危ない毛唐をのさばらせているということ。

危ないといわれているチャイナタウンやプドゥラヤ近辺を歩いていて危険な目にあったことはない。

以前毛唐に突き飛ばされた駅も、Dang WangiかBukit Nanasだったと思う。つまり、乗換駅。重要な駅だと思うが、駅員は見当たらず人目が少なく、獰猛な毛唐は構内でやり放題になる。
 

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2008年1月 1日 (火)

クアラルンプル正月花火

クアラルンプルの正月は別に祭りということはないです。町を歩いてもいつもの顔ぶれがいつもの場所でいつも通りに仕事している。中国系はよく働くなあと思うが。中国系が祝う正月は旧正月。マレー系インド系にとっては、どうなんだろう、日本で言えば「体育の日」で学校はお休みというのとあまり変わらないのかも。

新正月を宗教的な気分で祝って特別な行事を行うのは日本独特の習慣なのかもしれない。

この動画を撮ったのは一番最後のほうなので煙が多くてあまりさえないです。(日本の花火は煙が出ないのとかあったと思うけど)。しかし何より日本は安全第一。大きな川も無い大都会ののど真ん中でこんな低空花火をするのは日本では考えられないのでは?花火の場所はムルデカ広場だったらしい。乱れうち、斜めうち、低空横とびなど、見所も一杯あったが、「そうだビデオに撮っておこう」と思い立ったのはいいところを見終わってからのことで撮り損なってしまった。ビルの谷間に夜の鳥が飛び交い、煙が立ち込めて、市街戦の趣?

KLカウントダウン花火 市街戦の趣?
KLカウントダウン花火 市街戦の趣?

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2007年12月30日 (日)

一首できました


てめえ左手で渡すなこの野郎

てめえの左手は汚ねえだろうが

と思ふことしばしばあり

ジット手を見る

ちょっと不定形になったかな。歌会始に出すのはやめとこう。

年の暮れは寒そうにして上野へ行き、アメ横の喧騒を斜に構えてなにげにジット手を見たり、なんてのもいいと思うが、ここはクアラルンプル。冷房入れて寝てます。

チョウキットに行っても特にどうということはないし、KLセントラル駅前なんぞいかにもいかにもでこういうところはタイが上かななんて思ったりもするがどっちみち啄木的風情などは全然なし。プドゥラヤバス停は上野駅的な場所とはいえるが、傍らに人無きが若き毛唐パッカーがぞろぞろ・・・・。

KLってところはとびきり退屈な町。それでも人間は、東南アジアではかなりましなほう。東南アジアのどこかに住むとしたらやっぱりKLかもしれない。

穢れを払い落として来年は日本にも世界にも良いことばかりあると良いですが、なかなかそういうわけにはいかないのでしょうね。

 

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2007年11月26日 (月)

インド人のデモ クアラルンプル

社会に対する関心が薄いせいか、ひきこもっているせいか、昨日の騒乱にも気付かなかった。

場所はジャラン・アンパンとかBatu Caveヒンドゥ廟とかだったらしい。

たしかに、昨日はこのあたりでも街の雰囲気が荒れているような気がした。日曜日だからかと思ったが、いつも行くインドレストラン(インドレストランにしてはソフトな接客をする)に昼も夜も制服警官のグループがたまっていた。

2週間前の野党のデモとは違い昨日のは大荒れだったとか。

投石が行われ警官に負傷者が出たと報じられている。デモ側の負傷者は不明だが、実弾発砲はなかったようだ。Batu Caveでは「モロトフ・カクテル」も投げられてバスが燃えたとか。

デモを主催したのはHindraf(Hindu Rights Action Force)という団体。主な要求は、具体的にはイギリスから金をもらいたいということのよう。

この150年間、イギリスがインド人を労働力としてマレーシアに連れてきたせいで、インド人はマレーシアではマイノリティとして苦労しなければならなくなった。その補償をしてほしいという「お願い」をエリザベス女王陛下に直訴したいということ。それで、British High Commissionに向けてラリーしようとしたらしい。それがアンパンの辺にあるのだろう。日本大使館もその辺にある。

マレーシアではスルタンよりも女王陛下のほうがやっぱり格上のようで、先日のスルタンへの直訴は受け取ってもらえたが、女王陛下への直訴はマレー人警察に阻止されたようである。

インド人はイギリスに「補償」は求めているようだが、「謝罪」までは求めない。だから立派だというのでは全くない。私はむしろ逆だと思う。

マレーシアのインド人はあくまで女王陛下の慈悲心に信頼し、女王陛下のお慈悲にすがりたい、というスタンスでペティションを提出しようとしたのである。

Imgp3596

The Queen of England the symbol fo Justice, we still have hope on you.とある。

つまり、おらたちはマレー人の政府なんかより、もっと上の白人のイギリスの女王陛下の権威に服してるんだぜ、というニュアンスである。

私はマレー人を弁護するつもりは全くないが(彼らも基本的には同じなので)、これはいかにもアジア土人的な情けない心性の発露ではないか?

日本のネットウヨ的な発想では、「インド人は謝罪を求めたり恨み言を行ったりしないから立派だ、それに比べてトクアは・・・」、というところだろう。

しかしトクアにしても、相手が日本だから謝罪を求めたりいつまでも恨み言を言ったりしているのであって、相手が白人だったらいまごろこれとおなじように「お慈悲」を求めているだろう。

現にトクアは、日本にされたことを白人たちに言いつけることで白人に日本を叱ってもらい、それによって日本に対して相対的に優位に立とうというスタンスを貫いているのである。

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2007年11月24日 (土)

キムタク ブキ・ビンタンで クアラルンプル

東南アジアではキムタクはあまり受けないだろうと思っていた。

東南アジアではあの手の顔は珍しくないし、なにより「色が白いこと」が男女を問わず美形の条件とされる。男でも浅黒い肌はそれだけでマイナスらしい。

 

色さえ白ければあとはさほどどうこうということはないかのようだ。目の大きな人間、顔の小さな人間はありふれているので、日本ほどそれに飛びつくということはない。

しかしブキッ・ビンタンにキムタクの広告写真があった。

Imgp3591_2

  

「色白崇拝」は上流階級におもねり貧乏人を蔑視する土着の感性の表現ともいえると思う。東南アジアの金持ちは外で汗を流して働くことをもっとも賤しむ。

外で働く仕事は賤しまれることに比例して賃料も安い。外で働かなければならない人間は当然色黒になる。

タイ人の場合は、召使(家内奴隷)をコキ使いながら自分は昼間からダラッと寝転がって何か飲み食いしているような生活が立派だと思っている者が多い。

タイなら中国系タイ人、中国系、白人混血、マレーシアなら中国系や中東系混血などに金持ちが多いのだろう。また上流階級は当然のように少しでも「色の白い」者を配偶者に迎えようとする。

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2007年11月16日 (金)

KLモノレール クアラルンプル

おのぼりさん、というか百姓丸出しでやってみた。

ブキッ・ナナス駅からブキッ・ビンタンへ。

ジェットコースターみたいで楽しいんですが。

このビデオは音がうるさいです。

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2007年11月14日 (水)

ディーパヴァリの日のヒンドゥ寺院 クアラルンプル

@Niftyビデオ共有というのができたので、手元にあった動画を試しにアップロードしてみた。

使っているデジカメはペンタックスの一番小さいやつ。このデジカメで動画が撮れるなんて最近まで意識したこともなかったが、Youtubeなどを見るようになって興味を持ち始めた。もちろん試験的段階。

手ぶれしまくりで、そのうえカメラの動きが素人撮りエロ動画のようにいやらしくさまよっている。

門の左右にある椰子はお祭りの日だけの飾り。

@Niftyビデオ共有の削除基準はいろいろ試してみないとわからないだろうと思う。

Youtubeでも「沢尻エリカの舞台挨拶」がしつこく削除されていたと思う。

「白人のいる風景」問題でニフティが私に言って来た「登場人物すべてのココログ掲載許可がなければならない」という基準を適用していては、こういう素人動画サービスはほとんど成り立たっていかないのではないかと思う。

上の動画も寺院に出入りする人にとっては一種の盗撮動画のようなものかもしれない。もちろん顔の映っている通行人一人一人の撮影許可があるはずもない。

今日の技術ではチラッと映っている顔から相当正確な肖像写真を再構成することも、その気になれば可能なようである。

しかしこれを不可とすれば、旅行で撮った動画などはほとんどネットにあげてはならぬということになる。

Youtubeでも本来の趣旨は自分を表現しましょうということなのだろうが、実際はそういう動画のほうが少ないだろう。自分を撮っている動画で他人が見て面白いというのがむしろ少ないと思う。

 
特殊な場所に行ったら、特殊な「風景」をビデオに撮って、ビデオ共有やYoutubeにアプロードしてからブログにあげる、というのがいいかも。

上げたところで動画が削除されていなければ、それはすでに社会的に共有され一般に公開されている情報だということである。ブログはそれを転載しただけである。

公開されている動画の転載を理由にそのブログ全体を閉鎖するというようなことは、ブログ提供会社に一片の理性があるならしないだろう。そんなメールでも来たらさらにお笑いの種が増えるということになる。

問題は、動画は下手クソが際立ってさらに見苦しくなるということ。
 

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2007年11月12日 (月)

土曜日のデモ

10日土曜日、クアラルンプールでかなり大規模なデモがあった。

デモ隊はマスジッド・ジャメに集まってムルデカ広場に向かい、私は行き当たらなかったが、催涙弾が飛び放水車が出動するかなり派手なものだったとか。マスジッド・インディア周辺のインド人商店が催涙ガスの被害を受けて店じまいを余儀なくされた。

新聞によればこの10年来最大規模のデモだったとか。10000人くらいが動員されたらしい。(AFPの報道では30000人規模のデモ)。

デモを呼びかけたのは複数の野党で、中国人政党からイスラム政党のPasまで含まれているよう。

新聞の写真を見る限りデモ参加者は色黒のマレー人ばかりに見える。

機動隊がかなり上手に鎮圧したようである。つまり死者は出さなかった。催涙銃の水平撃ちぐらいはしただろうが、実弾は撃たなかったようである。実弾を撃っていたら欧米メディアが大騒ぎしただろうが、特にそういう報道はない

早くもウィキペディアに記事が出ている。

http://en.wikipedia.org/wiki/2007_Bersih_Rally

 
デモ参加者がなぜか揃いの「黄色いシャツ」を着てイスタナ・ヌガラに押しかけ国王に直訴したというのが気になる。

黄色いシャツを着て国王に直訴、ってのはどこかの国のようだ。

たまたま黄色いシャツを着ていたデモに関係ない人も警察にしょっ引かれることがあったとか。

しかし警察はデモ隊がイスタナ・ヌガラに直訴状を提出することは認めたらしい。国王はその日(機転を利かせて?)クアラ・トレンガヌを訪れていて不在だった。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/times/2007/11/post_c9e8.html
 

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2007年11月 7日 (水)

明日はディーパヴァリDeepavali マレーシア

暦がいろいろあるようなので他の国ではどうかわかりませんが、マレーシアでは明日がディーパヴァリ。公休日でもある。

どこかでお祭り騒ぎがあるのかと聞いて見たが、私が聞いた限りでは派手なものはないということ。みなそれぞれの家庭で、家族や親族友人たちと祝うものらしい。白人キリスト教徒のハロウィーン騒ぎや、日本のセックス記念日(=クリスマス)などとは意味が違うようである。
ヒンドゥ寺院あたりに白人ツーリストが押しかけて騒ごうとするのかもしれない。彼らとて白い目で見られてまったく相手にされなければそれ以上のことはできない。マスジッドインディアのマーケットに行くのは見当はずれだろう。

ディーパヴァリはインド人のお祭り。ヒンドゥ教徒とジャイナ教徒が祝うもので、その意味や起源は立場によっても違い、いろいろのようである。

マレーシア政府はこのディーパヴァリを国民のお祭りとしてもちあげている。

インド人にかぎらずマレーシア人全体で祝いましょう、というような大本営発表の記事が新聞のトップに載る。

イスラム教徒(マレー人)主導の政府がヒンドゥ教のお祭りを推奨していることになる。公休日になっていて学校も休みになる。

ネット屋の中国人の女主人も、今夜はディーパヴァリのお祝いのためにクアンタンKuantanの友人のところまで車で駆けつけるのだという。

その友人がインド人とは思えないので(なんとなくだが、彼女はマレー語はよく話しマレー人とはよくしゃべるがインド人と親しく話しているのを見たことがない)、中国人同士でディーパヴァリを祝うのかもしれない。ヒンドゥ教が中国化することもよくある(帝釈天=インドラ神etc.)。

 

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2007年11月 3日 (土)

KLへ

3ヵ月ぶりにマレーシアへ。
2日。日暮里11時半ごろ発の京成スカイライナーにようやく間に合う。
日暮里駅で急な下痢になる。もう少しでスカイライナーに乗り遅れるところだった。
東南アジアにいても近頃めったに下痢などならないのに、なんの前ぶれもなく不思議。久しぶりに外国へ行くというので身体が緊張したのかもしれない。
出発1時間前のチェックインだったが問題なかった。
チェックインの時、毛唐女が一匹堂々と列に割り込んで来たので声をかけて追い払う。が、もし大勢だったらどうしようもなかっただろう。
出発ロビーの喫茶店て゛売っていたミネラルウォーターは150円。それほど高くはない。KLIAなど小さいボトルで15リンギもする水を平気で売る。500円近い。
喫茶店の接客も含めてこういうところのサービスはやはり日本が良い。
その店で中国人らしいおばさんがなぜか列を譲ってくれた。注文を迷っていたのかもしれない。
飛行機は定時に出る。
日本発KL行きのマレーシア航空機では、シートベルトは毛布の上からしてわかるようにしろとか、手荷物は上の棚か前の席の下に入れて足周りに置くなとか、そういうくどいアナウンスはなかった。KL発だとそれがある。もちろん日本発のタイ航空のようにトイレでタバコを吸うなとしつこくアナウンスするようなことはない。
3ヵ月日本にいるうちに、すっかり気分が日本モードになった。気分を引き締めて外国モードにし、貴重品や必要なものがどこにはいっているかいつもわかっているようにしなければならない。英語しゃべりモードにもしなければならない。
愛すべき初音ミクの「ハジメテノオト」に、時がたって、荷物が増えて、要するに世界が色あせてきても、それでも失いたくないものは私に預けてね、というような歌詞があったと思うが、同じ場所に長くいるといらない荷物が増えて、部屋の中で大事な物をなくしたり何が大事かという優先順位の意識が薄れるのは確かである。
KLの常宿に大きな荷物が預けてある。長くいるうちに荷物が大きくなった。
毎日移動を繰り返すようなキツイ生活なら荷物はそれほど大きくならず、大事なものが何でどこにあるか常に意識して、貴重品と命だけは落とさないように抱え込んで持っているだろう。
もっとも初音ミクの歌の意味はこんな現実的なガサツなことではなく、もっとデリケートなことで、何年もずっと自分の部屋にいて一見ほとんど変わらないように見える人の極めて繊細な内面の微妙な変化を意味しているのかも知れない。
MHには日本人の女性乗務員が3人乗っているた。男のクルーは土人系(マレー人)ばかり。男たちはタイ人ほどではないが客によって接客態度やら笑顔やらをころころ変えているのが見えた。白人や若い女性には笑顔、それ以外には仏頂面。茶色い髪の男のところで最高にヘラヘラしているのが見えた。すぐ前の席に座っていたマレー人客にも仏頂面だった。
どこの航空機でも男性客室乗務員はそういうのが多い。大の男が飛行機の飯くばりでは自分の仕事に誇りが持てず、クラス意識の中で自分の位置を確認するしかないということか。エコノミーのアジア人客なんかよりは天下のMHで飯くばりしている自分の方が上なんだと。ただ、タイ航空では上のクラス席に行くほど白人上げがさらにひどくなるということ。
マレーシア時間19時50分KL着。
いつもの宿のいつもの部屋に入る。
預けておいた荷物は3ヵ月前のままちゃんと保管してくれていた。
日本で白痴のように暮らした3ヵ月だった。テレビがあるせいかネットのせいか、旅先にいる時の方が同じ本を何度も熟読したりして知的な生活を送っていたといえる。
今の宿にいるとただのミネラルウォーターがとてもおいしい。モバイル

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2007年8月10日 (金)

独立記念日が近づき街に白人が増えてくる

8月5日。

白人には、われわれが感じることのあるような相対的な、「うしろめたさ」の感覚はないようだ。

8月31日の独立記念日を控えて白人ツーリストがどっと増えてきた。イギリス人もたくさんいるだろう。

彼らはマレーシアに文明を教えてやったことを誇り、まだ教え足りないことや彼らが学びたがっていることがあれば気前よく教えてやろうという気分でいて、また、そういう心構えをアピールをすることこそ文明を学びたがっている旧植民地土民たちに歓迎され感謝もされるに違いない、という揺ぎない確信を抱いているように見える。

それはマレーシアにかぎらない。厳密に「旧植民地」である必要もないし、自国の植民地であった国である必要もない。彼らのアジアおよびアジア人に対する姿勢の根幹にはその確信があると思う。

「マレーシアが白人の植民地支配から脱却し独立を果たした記念だから白人も少しはシオラシい気持ちでいてそのように振舞うのでないか」という想像をするならば、それはまったく日本人の日本的な想像といわなければならないだろう。白人にはそういう発想はない。

マレーシアであれタイであれどこであれ、「ツーリストを歓迎します」といって白人に向けて呼び込みをすれば、白人はああ歓迎されているのだ、われわれが訪問してやるのを心待ちにしているのだと思うだけである。

そして彼らがこの国に来るのも権利であれば、この国で彼ら流に振舞うのも自然権であると当然のように考える。

そこで見る有色人種はすべてツーリスト(=白人)の観察のために供された「ローカル住民」であり、また、そうでなければならない。

なぜならそれが呼び込みのときの約束だったからだ。有色人種に自分たちと同じ立場のツーリストがいるなどとは夢にも思わない。いるかもしれないという知識を得たとしてもそれは納得のいかないことである。それは約束が違う。

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2007年7月16日 (月)

クアラルンプルへ

朝のNHK海外放送で柏崎の地震を知る。しばらく見ていたかったが今日は飛行機に乗らなければならない。

シエムレアプのホテル「アンコールST」を10時頃チェックアウト。ホテルのバイクで空港まで送ってもらう。15分くらいで着く。プノンペン経由のマレーシア航空機でKLに向かう。

空港に早く着きすぎて何もない空港で時間をつぶさなければならなかった。高いコーヒーを2杯も飲む。出発2時間前とか3時間前に空港に来なさいというのは、空港で時間をつぶしてカネを落としなさいという意味だろうかなどと考える。

意外に毛唐が多い。11時半ごろ発のクアラルンプル行きAir Asiaのチェックインキューは半分くらい毛唐のように見えた。こんなにKLに行くのだろうか。タイの入国がうるさくなって、ほとんど何の障害もなく入国できるマレーシアの人気が高くなってきたのか・・・・。土人女連れ毛唐もいる。あるいは、途中のプノンペンで降りるのかもしれない。

マレーシア航空のチェックインでは、とても日本人に見えないような汚く日焼けした、背が低いという以上に「体の小さい」卑屈な感じの若い日本人男を見た。カップルで来ていた。私のすぐ前に並んでいたのだが、本当に日焼けしていて小さいのでパスポートが目に入るまでは日本人だとは気がつかなかった。男のほうは黒く焼けた魚のような顔立ちをしていた。こういう顔立ちが最近多いように感じる。あごを突き出し目をきょろきょろさせて口をいつも少しあけている感じである。連れの女のほうは別の列に並んでいた。早いほうでまとめようという算段だろう。女もよく日焼けしていたが、とても日本人離れした雰囲気で、トゥドゥンをしていない色黒のマレー女という感じだった。堂々としていて歩き方も姿勢も「アジア女」という感じである。どちらも普通の日本語で話していた。女はひょっとすると日本語が非常によくできる外国人かもしれないと思った。男のほうは小さい上に本当に卑屈な姿勢で、チェックインの番が回って来るとカウンターに向かって猫背でもぐもぐと何かしている。後ろから見ると学食で安いカレーを食べている貧乏学生のように見える。女は外見は土人女そのものだが姿勢がいい。(日本人だったとしたら)日本女には珍しく、かわいくしようとかきれいにしようとかいう小細工がなく、かわいくもなくきれいでもないのに堂々としている。

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2007年5月15日 (火)

クアラルンプルからアロースター(Alor Star)へ 07年4月

午後8時にKLの宿に大きな荷物を預けてチェックアウト。

プドゥラヤバスターミナルまで歩いて行き、イポーIpohに行くというバスに乗る。

バス代14リンギ。8時半発。

バスの中で眠っているうちにイポーを通り過ぎてしまった。乗客が入れ替わってしまっている。入ってきたインド系の客に聞くとLumutという西海岸沿いの町に向かっているらしい。

バスはイポーからどんどん離れていくので、途中ちょっと店の集まっているところで降りる。食事をし、食堂の人にバス停の場所を聞く。

すぐ近くにバス停はあったが、ローカルバスはいつ来るかわからない。

15分くらい待つと赤いローカルバスが来た。イポーと書いてある。バス停の近くに技術大学がある。そこの学生らしい女の子がバスが来る少し前にやってきて一緒に乗る。携帯電話に1個だけ家の鍵らしい鍵をぶら下げている。携帯ストラップの代わりに家の鍵。

イポーまでバス代3リンギ。

2時ごろようやくイポーに着く。イポーは、地図にはコタバル並みの大都市のように記されている。しかし、見た限り本当に何にもないところだった(コタバルに何かあるというわけでもないが)。

まだ早い時間なので、アロースターAlor Starに向かうことにする。イポーのバスターミナルで聞くとアロースターへの直行バスはなく、メダンコピ(そう聞き取れた)というところまでローカルバスで行って乗り換えなければならないという。

メダンコピの場所はローカルバスの車掌のおばさんが教えてくれた。ここが長距離バスステーションらしく、大きなバスターミナルがある。

アロースター行きのバスがあるかと聞くと、次のバスは午後8時だという。バタワースButterworth行きのバスは午後3時半。

KLの宿のオヤジが言っていたように素直にハジャイまでの直行バスに乗ったほうが楽で安かった。

3時半のトランスナショナルのバスでバタワースButterworthに向かう。国籍不明の変な名前の町である。

5時20分ごろバタワース着。

バタワースは大きな町で、バスから海が見える。ペナンへ行くフェリーターミナルも。ここはペナン州のようだ。

バスターミナルでアロースターへ行く赤いバスがすぐに見つかった。

マレーシア時間は早いので(ボルネオも含めた平均で決めているらしい)7時頃まで明るい。

バタワースからアロースターまでは短い距離なのにバス代7.5リンギもする。

アロースターへ行く途中には製油所らしいプラントもあり、煙突から炎が吹き出るのが見える。

午後7時頃アロースターAlorStar着。

まだ明るい。ここもまた大きくてきれいな感じの町。

バスステーション前の「モーテル」のひとつに入る。30リンギ窓なし、エアコン、水シャワー・トイレ付。これでもちょっと負けてもらった。最初の言い値は40リンギ。

近くにインターネットが2件あるがどちらも日本語はだめ(一方は表示もまったくだめ)。

(2007/04/04)

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2007年3月26日 (月)

絶句 マレーシアKL中華街で炉利・・・・!

これはひどすぎる。

まさかいくらなんでもと思い、しばらくそこに突っ立って見ていた。しかし、見てのとおりまわりは空席だらけ。この2人が偶々相席する理由は見当たらない。

女の子の「保護者」らしい人もこの男のほかには見当たらない。

テーブルの上に何もないのが変だが、白人はマクドナルドでも店員に注文を出して自分の席まで持ってこさせることがある(自分の国のマクドナルドでどうやってるかは知らないが)。このときレジ前にいた客は地元の若い女の子グループだけ。この少女の保護者らしい者は本当に見当たらなかった。

この2人は同席しているにもかかわらず、終始気まずそうだった。どう見ても実の娘には見えないだろう。

「養女」か?もしそうならそれもまたある「典型」を示し、問題を含むのだが・・・・。

白人による幼女援交事件が頻発している東南アジアで、ここまで疑わしい振る舞いをする以上、「無実」の立証責任はこの男のほうにあるだろう。

私はこの狭い店に入ってきて注文もせずしばらくそこにたって写真を撮り観察していたが、それを見ていたマクドナルド店員も私をとがめるような顔はせず、むしろ納得したような表情でこちらを見ていた。私の意図を理解しているように見えた。(レジはすぐ左にある。)

女の子のプライバシーについては悩むところだが、これは密室の盗撮ではない。マレーシアの首都クアラルンプールのど真ん中のマクドナルドで公然と行われていることなのである。

女の子のまなざしや所在なさそうなしぐさも見てもらわなければこの状況のリアリティはつかめないと思い、あえて公開することにした。

【写真】

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-116.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2007/03/kl.html

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2007年2月26日 (月)

また白人に突き飛ばされる

こういうことはできるだけ記録しておくことにした。

今日の白人は明らかに悪意を持っていた。

場所はKLCC。背広で身を固めた背の低い黄色い髪の毛唐。

人もまばらな通路を後ろからどたどたと来て、いきなりひじで力いっぱい突き飛ばしておいて「ソーリー!」だと。。

日本にも嫌な毛唐は多いが、こういうことをされたことはないし、ここまではっきりしているのは見たことがない。実はタイも毛唐が多い割にはこのタイプのは少ないように思う(チェンマイナイトマーケットその他で有色人種を人間と思わず突進している「善意」な白人はよく見かけたが・・・・しかしそういう場合「ソーリー」は出ない)。

マレーシアあたりで働かなければならない白人は三流ビジネスマンだろうから、鬱屈もあるのだろうか。

「植民地」に滞在しているという意識も非常に強いようである。

マレーシアは今、国を挙げて観光客誘致の真っ最中。

タイの治安の不安定は毛唐客招来の好機とみてか、デパート店員などがタイ式に(といってもタイほどではないが)白人客にこびている姿を見るようになった。

「ホスピタリティ」といえば、白人を優先し白人に媚びることくらいしか思いつかないのが土人の貧しい想像力、哀しい性である。

いつかアジアの都市に、「白人侵入禁止」の街区ができることを期待したい。

しかも健全で高級な街としてである。

はっきりと「白人入域お断り」の掲示を出し、その理由も「人を突き飛ばす、人の通行を妨げる、大きな声を出し周囲の迷惑を考えない、人をじろじろと見る、アジア人売春婦を連れまわし不快である、などの苦情が多く寄せられているためです」と具体的に書いて掲示しておいたらいいと思う。

「人種差別問題」にでもなって白人メディアに取り上げて騒がれればますます面白い。

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2007年2月 8日 (木)

ジャカルタからクアラルンプルへ 2/3

スカルノハッタ空港は平面的でわかりやすい。国際線はTerminal2。

イミグレまで来て大失敗に気づく。

インドネシアのビザ期限は「30日」。ところがKLの旅行代理店が設定した出発日は、行きが「1月4日」で帰りが「2月3日」。旅行代理店が「1ヵ月」と勘違いしたのか私が「1ヵ月以内でいちばん遅い日」といったのか、そのへんはよく覚えていない。とにかく1月は31日まであるので2月3日は「31日目」になる。

1日のオーバーステイ。イミグレ役人に指摘されてはじめて気づく。リコンファームのときに気づくべきだった。

後ろの事務所に行き20ドルの罰金。これも全部役人の懐に入るのだろう。イミグレ役人はいくら頼んでみても見逃してくれない。ルピアで払うと言うと20万ルピアだというので、そんなことはないだろうと思い、19万ルピアまで負けてもらう。もっと泣いてみてもよかったと悔やまれる。作業自体はすぐに終わる。書類を作るわけでもなく、ただ普通のスタンプを押すだけである。領収書もくれなかった(請求もしなかったが)。パスポートに何か書き込んだりもしない。

インドネシアはオーバーステイにはうるさいらしい。観光ビザは1ヵ月までしか取れないので、帰りの飛行機の出発日には気をつける必要がある。

外国にオーバーステイをするのはこれが初めて。「オーバーステイ」というのはタイ旅行者みたいで好きではない。

さらに、搭乗の時のX線検査で、空港役人に今まで一度もチェックされたことのない日本で買って持ってきた小さなハサミ(刃渡り5センチぐらい)を見咎められてケチをつけられる。チェックインカウンターのところに戻って荷物を全部預けろという。

「お前にやるよ」と言って放りだしたら(ネパールだと役人がすぐにポケットにしまいこむが)役人は当惑していた。

いったんは「やるよ」と言ったが日本製のハサミがちょっと惜しくなったので撤回し、ハサミだけ別にして送ってくれないかと頼んでみた。が、役人はダメだと言い張る。

別に送ることはできるはずだろ、やれよ、と言ってもめていると、ちょうどいい具合に白人客が来て救われた。

こういうことでもめているのを白人客に見られたくなかったのだろう。空港役人の態度が急に変わり、マレーシア航空の女性職員が呼ばれた。

女性職員がそのハサミをまるでデパートの商品のように「マレーシア航空の包み紙」で包み、別にして送るのかと思いきや、そのまま私に手渡した。

結局、「紙で包んだ」だけで「凶器」が安全なものに変わったというわけである。

ただケチをつけるためだけのチェックである。しかし、役人というのは日常のこういう嫌がらせを通じて自分の利権を保持しているのだろう。

他方、周りにいたインドネシア人客たちは、インドネシア人によくあるように、こういう状況を見ると役人(空港職員)の側について他人のことに口を挟んでくる。しきりに私に説教しようとし、ハサミは機内に持ち込んではいけないものであることを教えてくれるのだ。その姿は本当に頭悪そうである。

カッターナイフも入っていたがチェックされなかった。まだ一度もチェックされたことがない。ハサミがたまたま開いていたところがX線に映ったのがまずかったようだ。爪切りもチェックされたことがない。

ライター・乾電池はネパールでしばしばチェックされた。役人が「ライターや乾電池を持っているだろう、持っているはずだ、出せ」と言って迫ってくる。そして渡すとすぐにポケットにしまいこむ。

ただネパールやミャンマーではNo!と大きな声で言い、「てめえは金が欲しいのか、何で日本人にだけそういう言いがかりをつけるんだ」という感じに喚きちらすと、OKOKといって何もなかったことになることもあった(今日もそれにちかいが)。

30分ほど遅れて4時15分ごろ出発。

マレーシア時間午後7時半ごろ(インドネシア6時半)、KLに着。イミグレは今回は混んでいなかった。

5日。KLCC伊勢丹に行きLevi's512を買う。512は日本ではもう作られていないと聞いていた(ちょうど新宿伊勢丹だったが)。

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2007年2月 4日 (日)

ネット屋に来る白人 KL 07年1月

白人には、「世界は白人のもの」という揺るがぬ信念がある。

先日、KLのわりと静かで清潔なネット屋に居たとき、白人のカップルが店に入って来た。そんなにガキでもない。30前くらいだろうか。

スタッフがちょうど席をはずしているところだったが、洋梨をかじりながらどたどたと入ってきて、歩きながら洋梨をかじり、その辺をまた歩き回る。前払い式のネット屋なので客が使わないパソコンは閉じられているのだが、歩き回ってパソコンをあれこれ覗き込む。

この極端に白痴的な振る舞いから見て、このカップルはオーストラリア人か、そうでなければオランダ人だと思われる。

スタッフは出かけているのだからどうしようもないのだが、とにかく歩き回ってパソコンを一台一台覗き込んでいく。その間も梨をかじる。梨からはぽとぽとと汁が垂れる。

私の近くに来た女の方に「ファッキュー、帰れ、消えろ!」と言ってみると、この白雌は逆上した。

獰猛なケモノそのものにこちらに向き直り、いま入ってきたばかりで梨をかじって歩き回っていたこの女がパソコンに向かっている私に、「お前が出て行け!」と平気で言うのである。

そのあと店のスタッフのマレー女が戻ってくると、几帳面に「この男がファッキューと言った」などと言いつけしているから笑ってしまう。

スタッフのマレー女は小さな声でぼそぼそと「ファッキューなんていったらだめですよ」とか言っていたので、また可笑しくなった。

この毛唐はfuckに相当切れていたようだが、このマレー女を含め、英語を母語としないものにfuckもくそもない。ぜんぜん平気である。悪いとしたら、英語を広めた者が悪いのである。

グローバリズムは、金融市場を制覇した白人に、世界は白人のものという確信を与えた。

ツーリズムはその文化輸出、言語輸出、さらには遺伝子輸出の機能によって、世界は白人のために用意された舞台であるという意識を、外からも内からも補強していく。

このような観念の際限のない蔓延に、ほんの少しであれ歯止めをかける役割を果たしたのがテロであることは、否定できない事実であろう。

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2006年12月28日 (木)

ナイジェリア人ツーリスト

クリスマス休暇のせいか、タイの「ノービザ滞在規制」のせいか、このところ毛唐が異常増殖している。彼らには自分たちがアジアで嫌われているかもしれないという意識の片鱗もない。却って、タイを筆頭として白人を諸手をあげて歓迎し最高にもてなし甘やかす便所国家・地域がアジア各所に存在するために、白人の幻想はやがて信念にまで高められ、さらには制度化されて存続する。

つまり、「いつもそうだ→そうのはずだ→そうでなければならない→これはわれわれの権利だ」という形で、白人への厚遇と白人の横着とは「制度化」されていくのである。

ヒューマニズムの見地から言えば、人間は誰でも真実を知る機会を与えられなければならない。だから白人には、彼らが鼻つまみ者人種であるということを教えてやる必要があるのだが、その任を買って出ようとするものは滅多にいない。現状においては彼らがそれを知る機会はテロルくらいしかないのかもしれない。

この意味で、常に非難されるテロルは、非難されて良いのだし非難されなかったらそれはおかしいことであり非難されるべきなのだが、にもかかわらずそのことによってなおさら、一定の客観的な歴史的役割を担っているという事実も否定できないだろうと思う。だから私はテロルを心から全面否定することはできないのである。

さて、毛唐が急増殖しているKLであるが、毛唐が多いといっても、タイのように白人だらけ毛唐一辺倒になるわけではない。マレーシアは、いろんな人種や宗教の人々が「わりと行きやすい」国であることは確かなようである。

今日インドレストラン「ハミーズ」にいたナイジェリア人家族は、これまで見たことのないような雰囲気を漂わせた人々だった。思わずうっとりと見入ってしまう。

アフリカ人なのかインド人なのかと迷ったが、あとで店員に聞くとナイジェリアから来ているツーリストだ教えられた。

子供以外は民族衣装を着ている。トゥドゥンとは違うスカーフをつけてレースのような布を全身にまとっている。色は浅黒く、顔立ちは黒人のようでもありインド人のようでもある。子供の頭はアフリカ式に結っている。

非常にエキゾチック。その家族の周りには神秘的な雰囲気が立ち込めていた。

ここに住んでいるアフリカ人(ナイジェリア人も多いようである)たちとは全然違う。

サロンのようなスカートをはいて脚をゆったりと開き椅子に座っている姿がしっくりと絵になっていた。

女だけ3人いてその子供たちと一緒だったが、男はいなかった。一人の男の妻たちなのだろうか。みな穏やかな表情で、斜め前のテーブルに座った私を物珍しそうに見ているがそのまなざしもやわらかい。

外国でイタメつけられた経験がまだないように見える。こんな人たちがタイなどに迷い込んだらどんなひどい目にあうだろうかと考えると、戦慄せざるをえない。

もちろん写真は撮らない(撮りたかったがそれをやったら毛唐と同じになってしまう)。

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台湾地震にともなう通信障害

一昨日は何の問題もなかったが、昨日はこの近所(KL中華街、パサルスニ周辺)に数件あるインターネット屋の多くが店を閉めていた。

国内のサイト(たとえばグーグルマレーシア)には普通にアクセスできるが、日本などのサイトへのアクセスは出来ないか、非常に遅かった。

いつも使っている店も昨日午前中は使えていたが、昼ごろ突然日本のサイトにまったくつながらなくなり「サーバーダウン」だといって閉店。

大きいゲームネット屋が遅いながらも営業していたのでそちらに移る。(そこは地元の子供よりもこの時期、タイ流れの傍若無人な毛唐が大量に来て大暴れし非常に不快。しかしバックパッカー用ゲストハウスの一階にある店はもっとひどい)。

閉めているネット屋のなかには、遅すぎて苦情が出るから閉めるというところもあるのかもしれない。

台湾地震で海底ケーブルがダメージを受けたことが原因。新聞によれば復旧には数週間かかりそうだという。日本と東南アジアを直接繋ぐラインは、その海底ケーブルだけ。ヨーロッパやアメリカとの接続もダメージを受けており、東南アジアは孤立した状態になったようである。もっとも、完全に切れてしまったわけではなく回線のいくつかが損傷したということだと思う。

TMNet said the earthquake damaged the APCN2(Asia Pacific Cable Network2) submarine cable between Shantou, China, and Tanshui, Taiwan and between Lantau, Hong Kong, and Chongming, China....(NST)

ということ。

シンガポールも例外ではないはず。結局東南アジアのインフラは全体として脆弱なものなので、投機会社をシンガポールに移転するというのはその点でもリスクがあるような気がする。

ネット空間などといっても、電話回線というきわめて唯物的な脆い物質的条件の上に成り立っているものにすぎないことをあらためて思い知らされる。

電信送金も阻害されたようである。

KDDIは、日本はalternative linesがあるから大丈夫と述べたと言うことである。

インドも多少影響を受けた。

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2006年12月27日 (水)

今日かち合った最悪の毛唐

昨日は日本人ツーリストに対する不満をぐだぐだと書いてしまったが、やはり私に甘いところがあったと反省している。

日本人ツーリストに耐え難い者がいることは確かだが、避けようとすれば避けることができる者ばかりである。かかわりあいになったのは自分の選択であり、自己責任といえる。

しかし、世界中のツーリストエリアにおいて - つまりその土地の住民にならなくても容易に滞在し生活できるような圏域においては - どこに行っても決して避けることができないのが白人であり、白人とのトラブルである。

今日は最悪な毛唐に出くわした。油断もあったといえる。白人が並んでいるところに並んだからだ。これは私のルールから逸脱していた。

しかし、そこは飲食店ではなく、銀行の両替窓口だったので思わず油断してしまったのだ。とはいえマレーシア、メイバンクの両替窓口は、タイの銀行のように後ろに並んでいる毛唐にわざわざ声をかけて先にするようなことはしない。私が毛唐の後ろに並んだのである。

60前後の汚く日焼けした毛唐夫婦がメイバンクの店外両替窓口にへばりついていた。そのすぐ後ろに私が並ぶ。

彼らの両替はすぐに終わったはずだった。ところがこの毛唐夫婦は窓口を離れようとしない。私もしばらくは様子を見ていた。最初は年寄りはこういう仕事は遅いのでやむをえないと思った。

しかし、この毛唐夫婦はいつまでたっても両替窓口を塞いだまま離れようとしない。金を計算したり、財布に仕舞い込んだり、バッグの中を整理したり、夫婦であれこれ言いながらその場所を占拠しているのである。

しかし、何しろ現金を取り扱う場面だからという思いやりで、強いことは言わないことにして辛抱していた。

2,3分待つと、毛唐夫婦が少し両替窓口から左右に離れたようにみえた。離れるというよりも、水にふやけるように膨張したといったほうがいい。毛唐夫婦の間に空間ができて、その間に両替窓口があって後ろから手が届く距離だった。

こいつらの「仕事」が終わっているのは明らかだった。受付の女も次の客を待っている。私は腕を滑らせるように、毛唐夫婦の間に入れて、一万円札を窓口のスリットに差し入れようとした。受付もこっちを見ており、万券をスリットに差し入れればそれで作業は終わりである。

これが戦争の始まりだった。私の、か弱く細く白魚のような腕一本が、彼らの「空間支配意識」「白人空間意識」を激しく害したらしい。私が「彼らの空間」に有色人種の腕を入れたということが、彼らにとってはテロに等しい侵犯だったようである。白人のプライベートビーチに地元の漁民が入り込むよりもさらに悪質な侵害行為だと思ったようである。

私の腕に気づくと、汚く日焼けして細い陰険な青い目をしたこの女はキッと私のほうに向き直り、有無も言わせず肘で向かってきた。小さな中年白人女だが肘で私を突き飛ばすのである。その行為はまさに「攻撃」だった。I' m not finishedなどといいながら、「法と権力」を背景にした実力行使であるという確信がなければできない攻撃を私に加えてきた。

確かに相談事は終わってないかもしれないが、両替窓口の前でしなければならない仕事は終わっているだろう。

その60前後と見える汚い毛唐婆の行為態様が、非常に、きわめて植民地主義的な横柄なもので、「白人の両替作業に乗じて金をくすねに来た土人を棒で押しやって追い払う」というものだったので私も逆上する。

しかし私はさすがに婆に殴りかかるわけには行かない。そしてこういうときには必ず白人はひとつになる。理屈があろうとなかろうと彼らは「野蛮人」に対しては統一戦線を組むのである。旦那のほうも声を荒げて私に向かってきた。「侵害者の排除」である。

私はその場で、知っている限り思いつく限りの悪い言葉をならべたてた。Fuck you !crazy rednecks Go home it's not your colony here Go home to europe! Fuck you Off!......ぜんぜん効かない。

彼らにとっては、土人(=有色人種)は危ないだけなのであり、排除できるかどうかが問題なのであって、そのしゃべることなど最初からどうでもいいのだ。有色人種の主張に聞くべき内容などあるはずもない。

その後も私は大声でFuckやGoをこの毛唐夫婦に向かって連発しながら毛唐夫婦が消えるのを待って、両替を無事に済ませた。

すぐ横には警備員がいたが、何もいわずに見ていた。何の問題もない。両替受付嬢も表情ひとつ変えず「コミッションがいくらになります」といって普通に両替を済ませて終わり。

その後も私の腹は煮え繰り返ったまま、収まらない。

すれ違う毛唐にいちいちFuck you Go home Go to the hellなどをできる限り大きな声で連発する。私は年とともに、キレやすく攻撃的な性格になってきた。タイが何よりの起点だった。

信号待ちをしているときに、さっきのクソ毛唐に似た年配の、やはり汚く日焼けした毛唐夫婦を見つける。

毛唐夫婦の女のほうの耳元に口を寄せて、なるべく正しく明瞭な英語らしい発音でGo home and go to the Hell!と宣告してやる。

「耳元でささやく」、これはヨーロッパを旅する日本人ツーリストが白人たちからよくやられる人種差別的嫌がらせだと聞く。しかし彼ら白人がアジア系外国人の耳元でささやく言葉というのはこんな生易しいものでなく、はるかに悪意漲る洗練された(?)言葉なのだろう。

そしてその夫婦の前に並んで信号を待つ。毛唐の女のほうが私が宣告したことを男のほうに言っているらしい。

赤信号は必ずしも渡ってはいけないというわけではない。お巡りがいても普通に渡るものである。

私が赤信号を渡り始め、中央分離帯に達するころに、後ろから男の大変な怒声が聞こえてきた。振り向かなかったが、後ろから追いかけてくるのがわかる。

男が怒鳴っている言葉がはっきりと聞こえた。"It's Terrorism"云々と世間に大声で「正義」を訴え私を後ろから非難しながら、すごい剣幕で追いかけようとしている。

私はいつもどおりに車をかき分けて赤信号を渡り終え、それ以上ケダモノ毛唐に危害を加えられることなく何とか無事に帰還した。

どうぞどうぞもっと追いかけてきてください。私と同じように車の流れを見ながら高速で走る車の群れを効率的にかいくぐることができるなら。という気持ちで待っていたが、結局この毛唐は追いつけなかったようである。

もっとがんばって追いかけて来てくれてご勝手に車にぶつかってくれてもよかったのに、と少し残念であった。殴ってきてくれてもよかった。そして公道で盛大にぶっ倒れてやってもよかった。

マレーシアにはタイにたくさんいるようなぶっ壊れクズ白人はそれほど多くはいないようだが、逆に毎年「国境なき記者団」が発表する「プレスの自由度」インデックスの最上位に名を連ねるのような国々からダイレクトに来る、天然純粋レイシスト白人は少なくないようである。

彼らはもちろん、「アジア」はすべて白人の植民地かすくなくとも保護下にあるという確信を保持している。

アジアは「文明」が遅れており白人が開化してやらなければならないが、アジア人はみな危険な野蛮人だから、彼らの「支配する空間」を侵害するアジア人は実力で排除する法的な権利を持つ、という確定した不変の観念は、「プレスの自由」の信念とともに、彼らが大切に守り育てている思想なのである。

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ジャカルタ行き航空券の購入 またジャカルタへ

ジャワというところは私はどうしても肌が合わない。好きになれない土地柄である。

清潔で静謐で、やや無機的でやや乾燥していて、ゆったりとしていて一人になれる空間、そんな場所が私は好きである。

ツーリストと性悪シェルパさえいなければ、ソルクーンブはやや寒いが気持ちのよい空間ではあった。ヒレやバサンタプルも場違いな毛唐さえ来なければいいところである。中国人と毛唐さえいなければチベットも良い。

いまKLはよくない。去年を知らないので年度比較はできないが、猛烈に毛唐が増えている。各種の毛唐、オーストラリア人が多いようだが、アメリカ人、北西ヨーロッパのレイシスト、ロシア人、そしてシリア人(東方正教のキリスト教徒も多いようだ)。

タイが外国人の「ノービザ滞在」を3ヶ月内くらいに規制したことの影響もありそうである。

タイのこの新制度では「6カ月の内に3ヶ月」は外国にいなければならないらしい。あいまいな規制であり、いつまで続けられるのかは知らない。早く元通りに開放してやってクズ毛唐を全面的に受け入れ、白人用便所国家タイランドの使命を果たしてもらったほうが周囲の国に滞在しているものにとってはありがたい。

毛唐も多くなりKLもうんざりしてきたが、かといってマレーシアの田舎を旅する気分にもならない。マレーシアの田舎は特に面白いところがないところが良いのだが、特に面白いところがないところにわざわざ出て行くためには強い好奇心のエネルギーが必要である。そういう田舎で毛唐にかち合うようなことがあると、都会でかち合うよりも数倍不快なことになる。それが「健全な」毛唐ツーリストだったとしても、ギラギラとした目で貧しく文明の遅れたアジアの隈隈を覗き込み嘗め回しつつ、入り込めそうなところにはどこにもドタドタ入り込み踏み歩き、アジア人ツーリストを自分の縄張りに入ってきたオスを見るような獰猛な目で睨み付ける。その意味で、女を買わなくても白人ツーリズムはセックスツーリズムなのだ。そういう毛唐に出会うことになる。

そういうわけで、どこか外国に出ることにした。そして、どういうわけかまたインドネシアに行くことになってしまった。本当にインドネシアというところはどうも私の肌に合わないので不思議なことである。

今日27日午後、マスジッドジャメでスターラインに乗りバンダラヤへ。Wisma P.K.N.SにあるM.S.Starトラベルでジャカルタ往復航空券を買う。

マレーシア航空のジャカルタ往復航空券(フィックス)が今回は830RM。これが片道航空券だと850RMになる。片道のほうが往復より高いので、ジャカルタから他に飛ぶ場合でも往復航空券を買ったほうが得ということになる。もとよりこの価格は常に変動する。前回は往復が片道よりもやや高かった。

3ヶ月オープンの往復航空券を買おうとすると1200MR以上になる。

前回相手をしてくれたモデルのようなパンジャブ姉ちゃんは今日は休みらしくいなかった。中国人似のマレー女(トゥドゥンにマレー服)がテキパキとやってくれた。

帰りは2月3日。

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2006年12月26日 (火)

この時期増える日本人中年個人旅行者/礼儀知らずな60歳前後の日本人

私の周りではいま、日本人の年寄りツーリストが急増している感がある。しかも個人旅行らしいのが多い。

場末の比較的わかりにくいところにあるこのネット屋には、普通の時期は日本人などめったに来ないのだが、昨日今日と立て続けに2人日本人年寄りツーリストが来た。(若い日本人ツーリストは毛唐が多い中華街のネット屋でぐだぐだやっていることが多い。毛唐ほど大声を出したり暴れたりはしないが、タイの延長で実に汚い)。

昨日この店に来た日本人はおばあさんだった。

一人でふらっと店に入ってきたが、教育のあるばあさんらしく丁寧な英語でレジに話しかけた。

しかしレジのマレー女は完全に無視。その日本人ばあさんは暫くどうしていいものかというふうにそこに立っていた。

このマレー女は毛唐のクソ婆などが入ってくるとどんなに忙しそうにしていても手を止めて「イエス、サー」で応対し、やんちゃを言ってごねる毛唐にも下にも置かぬ扱いをするのだが、日本人ばあさんに対する態度はあまりにも対照的であった。

しかし私は、経験上、ポット出の日本人ツーリストとかかわると嫌な思いをすることが多いことを知っているので、このときも日本人でないような顔をしてただ観察していた。

この店は前払い式で、スタッフが開けないうちはパソコンはロックされたままになっているので、勝手に機械を選んで使い始めるということは出来ない。

ばあさんは暫くつっ立ったまま時々スタッフのマレー女に話しかけその反応を見ていたが、マレー女はあくまで完全に無視。

あとで聞いた弁明によれば「自分の仕事が忙しかったから」だそうである。

東南アジア人は、何かを始めるとそれ一つのことしか出来ない。同時に2つのことを配慮するということができない。複数の問題を処理しなければならないとなると錯乱してパニックを起こすらしい。だから毛唐に応対するときにはそれまでやっていたことは完全に放り出して子供のようにアテンドするのである。彼ら土人には「わかりやすい優先順位」が必要なのである。

やがて、ばあさんは頼りなさそうに「またあとで来ます」と(英語で)言って出て行き、2度と来なかったようだった。マレー女のほうはそれも含めて一貫して無視。

私はその沙汰を見ていて多少義侠心を刺激された。

私はあとでこの感じの悪いマレー女に抗議した。

どうして「日本人に」ああいう態度を取るんだ、貴様は薄汚いレイシストだ!と執念深く食ってかかった。何でこういうくだらないことにかかわるのかよくわからないのだが。

マレー女はすぐに開き直ってUP TO YOU!I NEVER MIND!などといいやがった。「思いたければ勝手にそう思っておけ、そんなことを言われても私は気にしない」ということだろう。捨て台詞に「マレー人はレイシストだ」と言ったが全然効き目がなかった。

マレーシアにおいて、マレー人が「レイシスト」であることは、マレー人たちにとっては当たり前の前提であり、それを言われても痛くも痒くもないことだったのだ。そんなことは彼らにとって当然の前提で、その前提の上で他の民族と何とかごまかしながらうまくやる、というのがマレーシアの複数主義である。

だから、「そういうことをするお前はレイシストだ」というせりふは、よほど上等な公共の場所で大きな声で言わない限り何の効き目もない。

しかしまた、そのせりふが効き目がある場合にはこちらの身上しだいでは警察沙汰になる可能性もあるだろう。センシティブな発言をするのはマレーシアではご法度である。警察沙汰になってしまったら、マレー人に勝てるのは白人かサウジ人などしかいないに違いない。

これが昨日の話である。

次は今日の話。

先ほど、また別の中年日本人男が一人でふらっと入ってきた。60代前後という感じで、ぽっと出のツーリストらしい。

マレー女は今回は一応この爺さんを日本語の出来るパソコンに案内したが、案の定、中国語のページを開けてこれがジャパニーズだジャパニーズだといっている。

このマレー女は本当に頭が悪い。英語を速くしゃべって得意になっているようなのだが、救いがたく頭が悪い。マレー女のこういう頭の悪さには、なかば悪意が籠っているように感じられる。

私だって、タミル文字とデヴァナガリの区別はつくし、タイ文字とクメール文字の区別もつくのである。

昨日のことがあったので、私は見るに見かねて助け舟を出してやった。

そしてやっぱり後悔した

この日本人中年男の無礼さ。

検索さえ出来ない、グーグルさえ開けないくせに外国のネット屋に入ってきて、スタッフでもない人間に助けてもらえるのが当然だと思っている。

教えてやっても「ありがとう」の一言も言えないのである。

この60代と見える男は最後の最後まで「ありがとう」の一言を言わずに出て行った。子供のときに親から「ありがとうは?」と教わらなかったようである。

こういう中年オヤジにはタイでも出くわしたことがある。

隣の台でYahooJapanが開けない困っている。教えてくださいと言うのではなく、ただひたすらに困った様子を見せているのである。仕方ないので教えてやろうとしても、ありがたそうな顔ひとつせず、しかも何を言っても理解できない。結局一つ一つ全部代わりにやってやらなければならなくなる。しかし、赤の他人に全部やってもらっておきながら、彼らがそのことに感謝するということは絶対にない。そんなそぶりも見せない。むしろこっちが迷惑でもかけているかのような態度である。

50代60代の日本人オヤジたちは、人から助けられても当然の権利ぐらいに思っていて、「ありがとう」の一言が絶対に言えないのである。

60歳前後の日本人爺たちほど礼儀知らずな人種はこの世界にいない。人間としての最低限の挨拶さえ出来ない。毛唐以下の連中である。こいつらを海外に出すな、と言いたい。

これが戦後教育、日教組教育の成果なのである

そしていま、教育基本法改正や憲法改正に向きになって反対しているのもこの連中である。彼らの主張する「自由」や「人権」の現実の内容がどのようなものであるか、想像がつくだろう。

彼らこそ朝日新聞のコアな読者層である

60歳前後のオヤジは日本の癌である。

こいつらを早くお払い箱にし養老院に隔離するか、いびり殺してしまわない限り、日本はなかなかよくならないだろう

その上このオヤジは、加齢臭がたまらなく強かった。ネット屋中が臭くなった。いなくなったあとも嫌な臭いが抜けない。ここは黒人が多い場所だが、彼らは言われているほど臭くない。毛唐も香水が臭いことは多いが、加齢臭を発散させているのには私はあまり出会ったことはない。それぞれに体臭には気をつけているのだろう。自分の臭いに無頓着なのは50過ぎの日本人オヤジだけのようである。

海外生活は難しい。

毛唐に近づけば必ず不愉快な思いをするが、日本人と関わりあいになるのはさらに危険なことがある。

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2006年12月25日 (月)

マクドナルドでコーヒーを買おうとしたら白人が割り込んできた

KLパサルスニのマクドナルドでコーヒーを買おうとして並んでいたら、若い白人がまるで中国人のように私の二人前に割り込んできた。

まるで中国人というのは中国人に失礼だろうか。中国人はいまお勉強中だそうだが、永久にお勉強の機会を得ないのが白人である。

温厚な私もたまらずその半そで半ズボンの汚い白人坊主の肩を財布でつついて、ドントジャンプザキューとか注意したのだが、「なんでだよう」と開き直って向かってきやがった。

すぐにまわりの地元の人が譲って別の列に案内して収めたが、そういう収め方も私は気に入らない。

あきれたので、イッツベターユーゴーバックトゥータイランド!(はあ?)タイランドイズベターフォーユー!タイランドビカムズユーと大きい声で言ったら、何を勘違いしたのか、こっちによってきて、「おーおー、おめえもタイ行ったことある?折れももう2回タイ行ったよ」とか嬉しそうに話しかけられてしまった。

私の言いたかったことはまったく通じずに終わり。その男はそのあとタイについて何か話したそうにしていたが無視。

白人にとってはタイは恥ずかしい渡航先ではないようである。

私はマクドナルドでもセブンイレブンでも白人が並んでいる店には入らない。東南アジアのそういう場面では不愉快な目にあう確率が高いからである。

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2006年12月12日 (火)

警察による手入れ (マレーシアの外国人取締り)

昨日このネット屋に警察の手入れがあった模様。その時ここにいた黒人客は全員連行されたようである。

昨晩この店のボスの中国人姉ちゃんと(生き残った?)黒人客2,3人とがなにやらひそひそと会話をしていた。警察がらみの話のようだったので、あとでちょっと聞いてみたら昼間摘発があったという。

(マレーシアネタで私が「中国人」と書くのは「華人系マレーシア人」のことである。しかし自分のことを「チャイニーズ」というのでその通りに日本語に訳した。「メインランドチャイニーズ」のことは「中共中国人」と書くことにする。

中国は中国以外では「シナ」と呼ばれる〔またはその類似語で呼ばれる〕のが普通だが、私は残念ながら中国を「シナ」と呼ぶ教育を受けなかったので、あえて「シナ人」というのは特別な意識を伴うことになり変なこだわりがあるようで半島臭くなるので避ける。中国人を罵倒したいときは「チャンコロ」と書くことにする。ところで、「インド」はインド系の世界では「バラットBharat」と呼ぶのが普通のようである。)

姉ちゃんによれば、彼らはアフリカのいろいろな国出身で(ナイジェリアとか)、学生ビザで来て「ペーパーワーク」の仕事をしており、そのためにこのネット屋を利用しているということ。英語が達者な連中なのでペーパーワークのバイトが出来るようである。

一昨日は奇妙なほど黒人の姿を見ないと思った。昨日の朝は黒人が何人か来ていた。摘発はそのあとに行われた。黒人にとってはハズレだったようだ。

ちかごろ警察官をよく見るなとは思っていた。

彼らが突然連行されて私は尋問も受けることがないのは、彼らが黒人だからである。

いまここは「スクールホリデイ」、学期の変わり目でもあるらしい。昨日はスランゴール州の祝日で、街はたいへんな人出だった。

新聞によればこの一週間ほど、警察による大規模な外国人取締りの「オペレーション」が行われているようである。

今日の新聞によれば、スバン・ジャヤでは、インド国民の大学生が、有効なパスポートとビザを持っているにもかかわらず警察に検挙され5日間も拘禁されるという事件があった。昨日解放されたようだが、警察は何のコメントもしないようである。

黒人系あるいはインド系の日本国民がマレーシアに来るのは危険である。(タイはもっと危険だが)。

不良外国人の取り締まり自体に異議はないが、本当に不良なヤツなのかどうかの見極めが大切であると思う。色が黒い外国人だからといって不良とは限らない。

警察は不良欧米白人の取り締まりはちゃんとしているのだろうか。まったくもって疑問である。不良サウジアラビア人、不良シリア人、不良レバノン人の取り締まりはしているのだろうか。きわめて疑問である。

この辺にいるケチで臆病なアフリカ黒人をしょっぴくより、当局はまずもって、不良白人を摘発すべきなのだ。彼らは、アジアでは、公然と法を犯し人を害しても、さらに開き直る連中だからである。

「対テロ戦争」は、「肌の色によって公然と法的な扱いを変える」口実を各国当局に与えたようにみえる

このことは白人諸国のホンネを表に浮き立たせたという意味で、必ずしも悪いこととはいえない。

この世界では人間は「人種」や肌の色によって与えられる法的な地位も異なる、という「現実」をまず直視する必要がある。この現実を批判するのはその次の作業である。

日本は異例なほど人種差別(とくに黒い肌差別)の少ない国だが、日本では差別を受けない人でも、同じ日本のパスポートをもっていても、肌が黒かったり容姿が黒人やインド人や東南アジア人のようであるならば、海外に出たときの扱われかたは異なるだろう。法的な扱いすら異なるのである。

このような事実を省みれば、人種」について語ること自体をタブーにしている現在の日本の言論環境がいかに偏ったものであるかがわかると思う。「人種」をめぐるこの世界のリアリティを見ないことが「人種差別しない」ことなのではない。

タイをトップランナーとする東南アジアの人種差別主義・有色人種差別について、われわれが大きな声を上げて批判していくということは、意義のある行為であると私は信じる。

現実問題として白人の人種意識を批判によって変えることは難しい。これには1000年の歴史がある。あるいはアーリア人移動以来かもしれない。白人諸国は、自壊する以外に変わりようがない。だから、まず、弱いところから潰していくのである。

複数の相手と喧嘩をするときには、自分が与し易そうなのをピックアップしてほかの連中がドンビキするくらい徹底的に袋にして歯を折り血を見せることが有効であるといわれている。

つまり、この批判は、「懲罰」へと繋ぐべき批判なのである。

懲罰とは他に示すということである。アメリカのような超強国でも弱い相手としか戦争しない。そして徹底的に血を見せて他に示すのである。

だからまずタイを徹底的に叩き潰し、他へ繋げていくのが、世界の人種差別を減らすために有効なのである。タイが叩かれるということは、マレーシアが立派だということではなく、「マレーシアも安泰ではない」ということでなければならない。

東南アジア人にとって重要なのは、批判されたときの「言いわけ」があるということである。

「人種差別批判」が激しくなれば、それを回避する「言いわけ」を作らなければならない。「言いわけ」を作るためには、少しは白人にも厳しくしなければならないということになる。

「言いわけ」としてだったとしても、彼らが少しは白人を摘発してみせるということになるとすれば、これだけでも大きな進歩である。アジアで不良白人がちゃんと処分されるようになるなら、アジアをナメきった白人世界にも多少は影響があるだろう。

なお、マレーシアの一般市民は人種差別は少ないほうだと思う。このネット屋でもボスの中国人姉ちゃんは黒人客のしょうもないワガママや駄々を辛抱強く聞き無駄話にも付き合っている。(私がたまに駄々をこねてもほとんど相手にしてくれないが)。使用人のマレー女はさらに神経を使っている。

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公共の場所でのマナーは白人が最悪である。

黒人よりも中国人よりもさらに悪い。他者を一切顧慮せず、批判されても開き直る。

どんなに良質な白人でさえ、「自己のマナー」に従う以上のことはしない。

私は文章を書くことが嫌いとはいえないのだが、(まあここで言っても意味のないことだが)たいへん苦手である。

「帰るべき朝鮮がない」と嘆いていた大作家がいたが、私は「帰すべき母語がない」と感じることがある。

私は生粋の日本人であり、(KLあたりの連中の異言語適応能力を目の当たりにすると)日本語以外はまったく出来ないといっていい。

それにもかかわらず日本語を書くときは、ちょっとした文章を書くときでも数学の問題を解いているような感じになる。左脳が弱いのか、言葉自体が苦手である。

だから、ちょっとした文章を作るときにも頭をフル回転させなければならない。

ネット屋でそういう作業をしているときに隣で大声で騒ぐやつがいると、癇癪を抑えることができない。

私はうるさいやつには、白人にも黒人にも中国人にも、平等に癇癪を起こす。

癇癪を起こすと、黒人や中国人には逆に食って掛かって来る者もいる。しかしその方がまだマシである。こちらを尊重して反応しているということである。

やっぱり最悪なのは毛唐である。声を小さくしろというとニヤニヤとしてちょっとこちらを見、まったく意に介さない。そしてまったく同じ調子で大声でしゃべり続け、「祭り」を続ける。カネも払っていないくせにネット屋を自分たちのサロンのようにしてアジア人客に迷惑をかけているのに平気である。そして、こちらが出て行こうとするとまたニヤニヤして"See you"などとナメきった態度を見せる。こんなふうに腐りきってるやつはもうkoroすしかないだろう。そうではないか?

こんなひどいのは黒人にも中国人にもいない。しかし白人にはざらにいるのである。

世の中には、「死ななきゃ治らない馬鹿」「殺してやらなければわからない連中」というのが存在するのではないか?というのが、私の年来の疑問である。

私はこれらのことをいまのところ否定しきれない。だから私は、「テロに絶対反対」という立場にはなかなか立てないのである。

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2006年12月11日 (月)

ジャカルタからクアラルンプルへ

11/29

ジャカルタのホテルAiaパサルバルをチェックアウト。スカルノ=ハッタ空港へ。

ホテルの前に客を乗せてきた「ブルーバードグループ」のタクシーを拾う。ブルーバードのタクシーはフロントガラスにBlue Bird Groupと書いてある。

中級以下のホテルにタクシーを頼んでもあまりいいことはないと思う。

有料道路の金の払い方が変な方式だった。入るときに4500ルピア、出るときに2500ルピア払うところがあった。入るときに運転手がお金を要求し、1万ルピア札を渡したら釣銭を返そうとしないのであわててしっかりもぎ取った。出るときの分と言う意味らしかったが・・・・タイでは有料道路の支払いのときにお金をごまかされることがあった。

出るときに払う金額は三種類書いてあったので、そのなかで一番安い2500Rpを出してみると当たっていた。

このタクシーは停車をするとすぐにメーターを止めた。

空港へのチェックインは出発1時間半前からだった。

スカルノ=ハッタ空港のカフェはとても大衆的。メニューはインドネシアの普通の食堂と変わらなかった。ミーバッソを食べる。ただし、当然、値段は高い。

残念だったのは、館内放送の"Perhatian"の発音がスマトラとぜんぜん違っていたこと。メダンの空港のほうがぜんぜん良かった。

スカルノ=ハッタの"Perhatian"は、ちょっと英語みたいな気取って口ごもったような発音で聞き取りにくい。

スマトラの空港の"Perhatian"は、歌うような調子で「プラハティア、プラハティア」と屈託なく2回繰り返すのだ。これを聞くとうっとりする。

国際空港はやはり毛唐が多い。多いといってもマレーシアよりはずっと少ないし、タイの100分の1ぐらいである。

マレーシアやインドネシアにいる毛唐は、タイにいる連中ほどクズではないかもしれないし旅行ずれしていないかもしれないが、却って天然の人種差別主義者であることが多い。要するに本当に植民地に来ているという感覚。

空港内のスターバックスで背広をきちっと来た毛唐がサンドイッチをガツガツほおばっているさまは、まさに一個の背広を着たケダモノがそこにいるようである。

スカルノ=ハッタのイミグレを出るときも、飛行機にチェックインするときも何の問題もなかった。インドやネパールは出るときにもったいぶる。

機内食は往きのときよりは軽かった。客席も往きより心持広く快適だった。同じマレーシア航空。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のイミグレには外国人が大量にいて、1時間くらい列で待たされた。大部分はアラブ系と中国系。バングラかミャンマーのインド系みたいな感じの人もいた。

列では中共の若い女のグループにはさまれていた。同じ中国人といっても、マレーシアの中国人とはまったく違う。中共中国人はからだ全体に埃っぽい雰囲気が立ち込めている。順番に待っているのだから別に早くなるわけでもないのにちょっとでも人を追い越そうとする。常に空間を詰めていないと間に滑り込もうとする。

インドネシアから来たが、このときはマレーシアの税関検査はまったくなかった。チェックポイントも見なかった。

以前KLIAから日本に帰ったときには、「ランダムチェック」だと言ってアジア系だけX線チェックしていた。スマトラのドゥマイからマラッカ海峡を渡ってマレーシアに入国したときにはかばんを少し開けさせられた。

午後9時ごろようやくKLパサル・スニ(Pasar Seni)に着く。いつもここなのがあれなのだが。

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2006年12月 4日 (月)

「バイリンガル」

私が今いるネット屋は、白人はあまり来ない。日本人が来ることはまずない。ツーリストには見つけにくい場所にある比較的静かで清潔なところ。テーブルの上には観葉植物が置いてあったりして雰囲気は悪くない。日本語IMEが入っているパソコンがいくつかある。

なぜ、「レイプツーリスト」たる(すなわちどこでも覗き込み踏み込んで暴き立て蹂躙することをツーリズムと心得る)白人ツーリストが滅多にここに来ないかというと、ここはアフリカ系黒人定住者の溜まり場に近く黒人客が多いからだと思う。もしここに黒人客がいなかったら、こんな快適なところはすぐに白人ツーリストが連れ立って大量に来るようになり、毛唐が大騒ぎする白人空間になってしまうだろうと思う。

ともあれ、このネット屋はマレー人のショーモナイ若い女と、ちょっと前はかなりの美人だったかもしれない(今でも美人といえるがちょっと日本の感性からははずれている)中国系の姉ちゃん(黒人客たちはシスターとかママとか読んでいる)が番をしている。

彼女とは今日はじめて会話らしい会話をした。最初は感じの悪いチャンコロ女だなと思ったが、しだいにマレー女のほうよりは多少ましだということがわかってきた。

この中国系の女性がいろんな言語を瞬時に切り替えながら電話で話しているのを聞いていると、どういう頭をしているんだろうかとやっぱり思ってしまう。日本人が(あらゆる)言葉を話すときに使う脳味噌とは違う脳で言葉を処理している感じである。

英語・マレー語・マンダリンの3語ができるのはここでは(中国系は)普通である(中国語〔方言〕を話すインド人もかなりいる)。

彼女はこれらの言語のほかにほかに、彼女の母語である福建語、KLの中国人の多くが母語とする広東語、夫の言語である客家語などが話せるという。いったい何ヶ国語話せるのかわからないくらい。

しかし一方で、私には、こういうバイリンガル、トリリンガル、マルチリンガルが、ある種の「神経衰弱」を作り出しているようにも思われる。

KLには人種を問わず(アジアの水準で見ると)「神経衰弱」気味の人が多いように見える。もちろんそうでない人も多い。その辺の人に道を聞くとたいてい親切に教えてくれるが、ただ、ちょっと何か質問しただけで過敏に反応する人も多い。批判されているとか、何か要求されている(たとえばお金の計算に異議があるとか)というふうにとって構えて来る人も多いようにみえる。これは中国系だけでなくマレー人も同じ。

早い話が、ネパールやミャンマーで人と話すときのような、のんびりしたどうでもいいような話し合いはここではほとんどノリがあわず不可能。

バイリンガル(マルチリンガル)教育は、言葉を「用件」だけにするように思う。

たしかに、自分が何を言いたいのかをわかりやすく言う、ということが(特に外国語では)重要ではあるのだろう。しかし「ただの話」というものもある。

つまり、「マルチリンガル」的言語教育はその人のすべての言語を外国語化してしまうように思われる。

マルチリンガル的教育は、その人の言語を外国語化することによって。キリキリとしたゆとりのない人間を作りだすように思われる。外国語には母語のような語感も、言葉にまつわる経験や因縁もないから、言いたいことをなんでもズバズバといえるだろう。

しかし、本来なら言いにくいようなことを頭からズバズバと何でもかんでも言えてしまう社会というのは、豊かな社会とはいいがたいように思う。そのような社会は、言葉や人間関係の豊かさよりよりも「用件」が優先する社会である。そこのような社会の内部から創造性など生まれようがないように思う。

一時ほどではないと思うが、いまだに日本にはバイリンガル、マルチリンガルへの憧れが根強いようである。毛唐と知り合うだけの外国語学校が儲かっているのがその証拠。そんなものに「憧れる」こと自体、いかにもいかにも田舎者風で恥ずかしいことなのはあらためて言うまでもない。

「憧れ」自体が「弱いカード」であるということを日本人はもう少し自覚したほうがいいのではないか?こちらのほうが重要なことである。

「外国語ができることへの憧れ」みたいなのを人(外国人)に見せてしまっては、マルチリンガルな海千山千に足元を見られ続け、手玉に取られ続けるだけだろう。

というのは「憧れ」というのは「弱い感情」、つまり「取引」に際して「弱み」になる感情だからである。

だから「憧れ」のような「弱い感情」は、敵の前では隠すことが必要である

そうしなければすぐに敵につけ込まれることになる。外国人、異文化人は、(どこの世界でも)基本的には敵である。

このような心の訓練の方が、英会話教育などよりよほど「国際化教育」として必要なものだと思う。

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KLIAのカフェ

11/2 KLIAからジャカルタへ。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のカフェは最悪。KLIAエクスプレスの発着する「第一ターミナル」(?)の方。

まず、ミネラルウォーターを持ってこなかったのが失敗だった。

2件あるカフェの一方でミネラルウォーターをくれというと、私の目の前でキッタナイ冷蔵庫をあけ、ラベルも貼ってないどこのものとも知れないような小さな小さな瓶を引っ張り出して14リンギだという。

500円近い。普通は500cc入りで1リンギとか。もちろん態度が客よりデカイのは言うまでもない。もちろん買わなかった。

その隣のカフェ。ここが最悪だった。

ここはミネラルウォーター5リンギ(普通は1リンギ程度のもの)。空港としてはこんなところかもしれないと思ったので買う。

そしてコーヒーを飲んだのだが、接客がこんなにひどいところはマレーシアでは初めて経験した。

ウェイターはマレー人のようだったが、「ブミプトラ」の特権でこういうところの仕事につき、クズになっているやつの典型だろうか。最初から客を不愉快にするためにやっているとしか思えないような態度。

そしてタイ人のようにふるまう。

私の注文をとっている最中に、汚い半ズボン白人オヤジが道を聞きに入って来た。するとこちらの用をすぐに放り出し、はじめてみる笑顔を作ってへらへらと応対する。この白人は道を聞いただけで何も飲み食いせずにすぐに出て行った。

ここでは金を払う有色人種の客より、道を聞きに来るだけ白人のほうが大切なようである。

私にはその後も終始一貫むすっとした応対をし、サンキューのひとことも言わない。客を不愉快にさせることを目的にしているような接客だった。

マレーシアでこういう土人猿を見たのはこのときがはじめて。タイでは毎日のようにみたが。

私はバックパッカーのような薄汚い格好はしないので、中国系マレーシア人だと思われたのかもしれない。

そうだとするとやはり、リー・クアン・ユー氏が言っているように、マレーシアでは中国系はマレー系によってシステマティカリーにマージナライズされているといえるのかもしれない。

もしマレーシアがマレー人だけの国で、イスラム教もなかったら、タイとまったく同じ土人売春国家・白人用便所国家になっていただろう。

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2006年12月 3日 (日)

KL(中華街周辺)の床屋

KL、KLといっても、私のKLは、パサルスニとマスジッドジャメとKLCCくらいである。怪我をしたり病気になったときはクリンチのPantaiホスピタルなどに行く。ほとんどPutra LRTの上だけの生活。

もともと沈没体質の人間なので、あれこれ見たいという好奇心がない。今いるところが居心地がよければ、すぐ近くに名所があるといわれてもわざわざ見に行くのがめんどくさい。ほんらい私は旅行向きの人間とはいえない。

良く言えば(すごく良く言えば)「リゾートホテル滞在型」の旅行者といえる。

で、クアラルンプル中華街近辺の床屋だが、中国系とインド系がある。

もし床屋に行くなら、インド系をお勧めします。中国系床屋は剃刀を変えないが、インド系の床屋は使い捨ての剃刀を使い、目の前で刃を変えてくれる。

宿の中国人のオヤジもインド系の床屋を勧めていた。値段もインド系のほうがリーズナブル。

インド系の床屋はたいてい1階にありガラス扉で中が全部見える。中国系床屋は2階にあって閉鎖空間。

たしかに中国系の床屋はきれいな姉ちゃんがいて頭を洗ってくれたりしますが、見た目はきれいな指でもつめを立ててごしごし洗ったり、細かいところはやはり雑。一回しか行ったことがないので断言は出来ないが、お色気サービスはない。

高校生のころによく行った私の町の床屋は、ピンクの白衣を着た色っぽいねーちゃんが、胸をかすかに押しあてるようにして洗髪してくれたものである。しばらくして廃業になり、警察の手入れがあったのではと噂にもなった。

このような隠微なお色気サービスは嬉しいものだが(高校生のときのことなので私の性的嗜好にかんして決定的なものになったかもしれない)、マレーシアの田舎町にあるような露骨な売春バーが横に付属した床屋なんてのは興ざめである。

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ジャカルタ行き航空券の購入 クアラルンプル

10/31 バンダラヤ駅(Bandaraya、スターラインでマスジッドジャメから一駅)近くのM.S.Starトラベルに行き、2日のジャカルタ行きチケットを買う。

M.S.Star Travelは、StarLRTのBandaraya駅を出て大通り沿い右方向に見えるWisma PKNSというコンプレックスの1階にある。

往復チケットを強く勧められる。(以前チケットを買うのに利用していたブキ・ビンタンのスンガイワンプラザにある安全旅遊〔Safety Travel〕は、どこに行くにでも片道航空券を喜んで売ってくれた)。

マレーシア航空のジャカルタ往復チケットは890リンギ、片道チケットでも850リンギくらいということなので、往復を買っておく。

TG(タイ航空)を勧められたが断った

この代理店にいるマレー系の女の子は、「白痴」のような反応しかしない人が多い。

受付の女性がずらっと横に並んでいて(いろいろな意味で玉石混淆)、どの人を選ぶかは客の勝手というシステムである。

マレー系の受付のところに行ってしまうとろくに話しも通じず、恐ろしくとろい仕事に付き合わされることになりかねない。

パンジャブ系だという、モデルのようなスタイルで端正な顔立ちの女の子が、わりとテキパキと親切に応対してくれた。(ムスリムではないと思う。トゥドゥンはもちろんしていないし、ヒンドゥ式の鼻ピアスをつけていた)。しかし電話が入ると仕事が中断し、電話がまた長い。

支払いはマレーシアリンギ。リンギが足りなかったので、近くのUnited Oversea Bankという銀行で両替する。時間はかかったがレートはよかった。一万円が314リンギほど。市中の両替屋だと(この時期)303リンギくらいだった(今もそのくらいだが)。

この代理店で、見せてもらった料金表では、(KL発)

カトマンドゥ(ロイヤルネパール航空)  片道  920リンギ  (往復だと1500リンギくらいだったと記憶する)

シエムレアプ(カンボジア)         往復  1300リンギ  片道800リンギ

など。 カトマンドゥ行きはTGならさらに安い。

途中、いかにも傲慢そうな白いアラブ系のオヤジが乗り込んできて、他の客の横から割り込もうとしていた。どの女の子にも完全に無視されていて、しばらくして何もせずに黙って出て行った。容姿だけでなく目つきや立ち居振る舞いまで毛唐そっくりだった。

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2006年10月31日 (火)

毛唐はローカルな店に入って来るな!

昼時、満席のシーク教徒のレストランで延々とトランプを続ける白人。

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-68.html

他の人たちは(私も含めて)相席させられたり他のテーブルに追い立てられたりして食事している。味は良い店。この毛唐は私が入ってから出るまでただただトランプだけをしていた。

ところで、マレーシアでは公然とトランプをすることは許されているのだろうか。ネパールではトランプをしているだけで警察に捕まる。

インド料理店といっても、マレーシアではインド色はまちまちである。インド系がやっているところでもマレー風インド料理になっているところも多い。たまに本場風の味のところもある。テータリクというよりはチャイに近いお茶を出すとか、「ダヒ」(ヨーグルト)がおいてあるところ。インド色の薄いところでは「ダヒ」「ドヒ」が通じないことも多いが、ダヒをおいている店では、普通に「ダヒ」といえば一発で通じる。

マスジッドインディアの前にあるこのシーク教徒の店では、明治ブルガリアヨーグルトそっくりの味のダヒが食べられる。

宗教や民族によっても違いがあると思われるが、マレーシアのインド料理は(中国人がやっていないかぎり)ハラールであることには変わりないようである。

中華街には中国人が中国食堂丸出しの店に「インド料理」の看板を出しているところもある。「ナン」さえ知らない。こういうところは豚肉、豚皮のてんぷら、豚の血のプリンなどもカレーに入れかねない。

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2006年10月18日 (水)

今日のHaze 10/18 クアラルンプル

新聞に載っているようなスモッグのすごさがはっきりわかる写真がなかなか撮れないが、今日あたりかなりひどかった。100メートルくらい先がややかすんでいる感じ。おもてに長くいると確かにのどをやられる。

インドネシアのスマトラ島とカリマンタン(ボルネオ)の野焼きが原因。KLあたりのHazeはスマトラ島から吹いてくるもの。

パサル・スニ駅のプラットフォームから。  Imgp2605

パンタイ・メディカル・センター(クリンチ)に行ったとき。(側溝に落ちたときの傷が治りきらず、まだ足の腫れが引かない。)Imgp2607

Imgp2613

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2006年10月10日 (火)

本日の毛唐 10/10 ラマダン中のKLで

ラマダン中であろうが葬式中であろうが、アジアに来る毛唐と、毛唐が引き連れてくるタイ土人売春婦にとっては関係のないことである。

食う、酒を浴びる、セックスする、寝る、糞をして水を流さない(なぜか毛唐は水洗の共同トイレで糞をしたあと流さずに平気で出てくることが多い。毛唐社会には水洗便所がないらしい)、身体を洗わない。これが白人ツーリストのすべてである。

(写真)
http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-42.html

http://journal-ibrahim.blogspot.com/2006/10/1010.html

私はここのところあまり毛唐を見なかった。

ラマダン中でもあり、インドネシアから吹いてくるHazeもひどい。酒を飲むところも少なく、手ごろな女をつかまえるところもなく、薬もやれないマレーシアは、特にこの時期、毛唐にとってあまり面白くないところなのかと思っていた。

しかし、今日は毛唐をやたら多く見た。

白人は来るとなると集団でどっとやってくる

「個人主義」というプラカードを掲げて、あらゆる非白人を敵として踏みにじり、疫病を撒き散らしながら行軍する「武装したパックツアー」こそ白人市民社会の正体である。

「白人ツーリズム」こそ、白人市民社会の要約であり、現代の植民地主義の目に見える発現形態に他ならない。

デンマークのような人種主義国家に守られながら、世界中に配信されることを意識しつつ公然とマホメットの戯画を描くような行為によって、自分が「闘っている」かのように錯覚し、偉くなったように思い込んで快感に浸り、さらに酒を浴びバーでつかまえたばかりのタイ売春婦にI love youと囁きながら抱く(Ye-s,Ye-s,Ha,Ha,Ha,Ha,Ye--ssというのも多いが)、というのが毛唐の流儀である。

白人の「人権」主義、「ヒューマニズム」、「自由」とは、弱い相手に向かって、あるいは相手が抵抗できない状況で、立派な啖呵を大げさに切って見せ、非白人文化をを踏みにじり、破壊する快感に浸るということに他ならない。

「バンダリズム」こそ、白人の「自由」と「人権」の名実共なる故郷なのである。

中国系でさえ、ムスリムの前で飽食することを遠慮するこのマレーシアで、刺青をしたタイ土人売春婦をつれて道端に座り込み、イギタナクむさぼり食うのが毛唐。

白人ツーリストはやたらにジベタに座りたがる

乞食以外はめったに地べたに座らないここKLで、どうして毛唐は地べたに座りたがるのか。ちょっと不思議である。

毛唐の文化は地べたに座る文化だったのか?

おそらく、アジアで地べたに座っている毛唐は、地べたに座るのが「東洋的」だと思っているのだろう。

そして、彼らの思い込んだ「東洋」を親しげに見下す視点で、彼らは、彼らの思い込む「東洋」人の真似をして見せるのである。こういうことはタイで顕著である。これも毛唐ツーリズムに現れた毛唐のオリエンタリズムの一端なのである。

私は地べたに座っている毛唐は気づかずにつまずいたフリをして蹴飛ばすことにしている。

日本に来るカネさえないクズ白人=ほとんどの白人、にとっては、タイこそ東洋であり、タイさえ見てその便利さと限界と劣等性とをつかんでしまえば、彼らは東洋を理解したと思いこめるのである。

このあたりに、土人売春国家にして買春白人支援国家のチャンピオンであるタイを問題にすることの思想的な意味があるのだと思う。

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側溝に落ちる 10/8

昨夜、側溝のドブの中に落ちて怪我をするという事故があった。昨日はひどい日だった。

ヒンドゥ教徒街を見たあと道に迷い、大通りの暗い路肩の草地をきょろきょろしながら歩いていたら側溝の小さな口に片足がすっぽり入り転倒した。そのときにコンクリートに脛をぶつけて出血。汚い水の中に右足をすっぽり浸してしまった。

後進諸国のあちらこちらで、これは危ないなと思いながらいつも見ていた部分的に口の開いた側溝に、自分が落ち込むとは思わなかった。

傷口は小さいが、血が止まらない。

傷の周りを絞ると血が噴き出してピュっと飛び散りだらだらと流れる。かなりの量の出血があり、すぐに靴下が真っ赤になった。昨日はたまたま一張羅のスニーカーを履いていて、スニーカーにもちが飛び散り赤く染まる。

血がなかなか黒くならずいつまでもきれいな赤い色をしている。

汚いドブ水に傷が浸かったことで私は大いにあせった。これはすぐに病院にいかなければならない。しかしもう午後の8時を過ぎている。

あたりかまわず人に声をかけて病院をさがすが、興味本位にはやし立てる餓鬼どもにとっくに閉まっているクリニックを教えられたりして時間を浪費する。

最初はLRTの駅の救急の人にデットールで消毒してもらう。その後タクシーを止めてもらい、どこでもいいから開いている病院に連れて行ってくれという。周りの人たちは傷くらいで病院にいこうとすることを奇異に思っているようだった。

KLセントラル近くから10リンギで国立の「クアラルンプール病院」に連れて行かれる。ここで応急措置を受ける。出血はまだ続いている。外には出ていなくても中で出血して溜まっているようで、傷の横を押すとピュっと噴出す。それをやって見せると救急員があわててやめろやめろと言う。気持ち悪がっているようだった。

アクシデントか事件なのかということをしつこく聞かれる。他に怪我はないのかとも。喧嘩でもしたと思ったのだろうか。会うひとごとに何度も同じことを聞かれ、同じ説明をしなければならない。みんなドブのことをdrainと言っていた。ditchというのはあまり通じないようだった。

私はまず、水で傷を洗いたかった。しかし、彼らにはそういう観念はないようだった。

救急病棟のフロントに詰めている救急員が簡単に消毒液で傷を拭いて、ガーゼをはり、破傷風予防の注射を打ってくれる。

次に中国人の医者に面会するが、ほとんど傷は見ず処方箋を書くだけだった。傷を縫う処置を受けることに同意してサインをする。

そのあと、処置室に連れて行かれベッドに寝かされる。外科医のような格好をしているが医者ではない「技術者」という人が、ひっきりなしにしゃべりながら処置をする。

「何十年か昔に日本人がマレーシアに来た」というネタを持ち出してくるので私はイラついて、「その話は嫌いだ」と強く言ったが、私の言う意味が通じないのかきょとんとしていた。

アジアの国で日本の歴史問題をことさら持ち出す人間は、このネタを出せば日本人は「謙虚」になるということを知っているからそうするのである。「親日反日」は関係ない。たんに外国人ツーリストの腹を探る駆け引きの方法のひとつに過ぎない。ネパールにもそういうやつはいた。こういう話が出たら、内容的な反論など一切せず、「その話は嫌いだ」とはっきり言った方がいい。そうするとこのネタにはもう効き目がないと悟って何も言わなくなることが多い。日本が残虐行為をしたとか侵略したというネタをわざわざ出してくる人間に対しては、「自分はそうは思わない。あんたはそれを自分で見たのか」と断固とした態度で開き直ったほうがいい。これは真実はどうかの問題ではなく、ただの駆け引きである。彼らとしては、このネタで日本人の弱みを押さえればそのあとのいろいろな交渉が有利になるという腹がある。彼らが本当に、日本人に「負い目」があると思っていて、しかも相手を個人として思いやる気持ちがあるとしたら、むしろそういう話題をあえて避けるのが自然な人間同士の関係だろう。したがって、私人であるわれわれにそういうネタをわざわざ振ってくるような外国人は、その事実の真偽や、彼らのもつ考え方とは無関係に、そういうこと以前に、こちらを軽視しているのであり、一人の人間として尊重していないのである。

血がいつまでも止まらずたくさん出るので、傷口は小さいが深いようだった。私は傷の中がまだ汚れているのではないかと不安だった。一度水でよく洗いたかったが、シャワーを貸してくれと頼んでもダメだった。

傷のところだけをガーゼで簡単に拭き、局部麻酔の注射をしてあっという間に傷を縫ってしまう。

そして驚いたことに、ガーゼも膏薬も張らず、そのまま汚れたズボンを履いて帰らせられた。抗生物質と痛み止めをくれる。糸は後で抜かなければならない普通の糸。

処置と薬は無料だが、外国人は「登録料」が50リンギも取られる。

傷口を縫ったあとも出血が続いているようで、傷の周りが腫れ上がってくる。右脛が左脛に比べてひどく太くなっている。

タクシーでホテルに戻りシャワーを浴びる。傷は縫ってしまったので洗ってももう遅い。それでもまだ傷の周りを押さえると血が流れ出す。破傷風の予防注射をしたとはいえ、汚いドブ水(たぶん糞水)に浸かったので不安でたまらない。

今日はかなりへばっていたが、夕方から私立のパンタイ・メディカル・センター(Pantai Medical Centre)に行く。Pantai Medical Centreは地名はBangsarだが、最寄り駅はPutraLRTのKerinchi(クリンチ)のようである。救急病棟は常に開いている。何かのときはまず救急病棟(Emergency Department)から

ここも待たされることはない。スタッフに昨日の処置の話をすると、国立病院には行かないほうがいいと言われた。ここでも医者は診るだけで、Nurseの札をつけた男の看護士が実際の処置をする。

昨日の処置を覆すということはなかった。私としてはこの糸を一度はずして中をチェックしてもらいたかった。脛を強く打ったので頼んでレントゲンをとってもらう。レントゲンの現像は意外に時間がかかった。ネパールの病院のほうが早かった。骨には特に異常はなかった。

腫れを止める薬と炎症止めを出してくれる。最初は抗生物質を出さないというので、頼んでもらっておいた。全部で250リンギくらいになった。

側溝

ドブ

          

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2006年10月 7日 (土)

タイ仏教の堕落

特権主義的な小乗仏教(上座仏教)が、事大主義的なタイの社会で特権を与えられ、国家権力(王室)とも結びつくとなれば、腐敗堕落は必然だろう。

タイの僧侶は、堂々と占いを営業して金を稼ぐ(このようなことは上座仏教の許すことではないはずである)。

寺院内に売春婦を住まわせ営業させていてタイ国内でさえ新聞沙汰になったこともある。この時も、売春婦に対する慈善であるかのように開き直ったのである。

タイ僧が迷惑なのは、近隣諸国にも出かけていってまるで本国にいるように振る舞い、悪事を働くことである。

つい先日もマレーシアでタイ人僧が15歳の少女をレイプするという事件が報道された。

タイ人僧のバス停などでの割り込みもよく見かける。彼らは外国でもタイにいるときと同じように優遇されるのが当たり前だと思い込んでいるようである。

托鉢をしながらも、タイ語以外は話そうとしないタイ人僧が目立つ。

白人に対してはどこまでも奴隷になれるタイ人だが、アジア世界はタイ中心に回っていると錯覚しているようである。

クアラルンプルでも白人ツーリストの多い(そしてムスリム勢力の弱い)中華街では、毎夜飲んだくれた白人ツーリストらの間を、タイ人「托鉢僧」が物乞いに回っている。

本来仏教僧は朝しか托鉢してはいけないものである。上座仏教層は午後は食事をしてはいけない。瞑想に専念するのが基本である。

夜更けに呑んだくれのツーリストの間を回ってカネを集めているタイ人は、「僧服詐欺」といわれても仕方がないだろう。

しかし、その僧服に公の権威と特権を与えているのはタイ国家でありタイ社会である。

つまり、タイ仏教そのものが、僧服詐欺集団にほかならないのである。

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2006年8月31日 (木)

東京

8月30日マレーシア時間午前11時発のマレーシア航空で成田へ。

生真面目に3時間前に空港に行ってみたがちょっと早かった。「ランダムチェック」なるものがあった、引っかかってるのは私のほか出稼ぎ風のアジア人旅行者ばかり。

ふらふらして出発ロビーに戻ると日本人だらけ。夏休みをこちらで過ごしたらしい学生がいっぱい居た。ビーチサンダルで飛行機に乗る女の子もちらほら。脛から上はわりとこざっぱりしているのだが。とはいえ私もテ―ヴァのサンダル。彼女たちは私の知らないマレーシア(ランカウイとか)を楽しんできたのだろう。

KLIA(クアラルンプル国際空港)は、東南アジアでは今のところ私の一番好きな場所かもしれない。新しくてなかなかキレイなところである。

KL中華街からは、パサルスニ駅から旧「プトラLRT」(現在はKelana Jaya Lineというらしい。ちなみに「スターLRT」は現在Sri Petaling Line)でKLセントラル駅へ行き、「KLIAエキスプレス」に乗るのが穏当な手段。プトラでNilaiまで行きバスに乗るとかの方法もあるが、タイ沈没組ならともかくマレーシアに来て飛行機に1000円ケチるのもあまり意味がないと思う。

そのKLIAエクスプレス(「京成スカイライナー」みたいなもの)のなかで最後の最後にこんなのを見せられる。

http://img130.imagevenue.com/img.php?image=54844_IMGP2390_122_530lo.JPG

http://img136.imagevenue.com/img.php?image=55213_IMGP2391_122_432lo.JPG

http://img131.imagevenue.com/img.php?image=55240_IMGP2392_122_316lo.JPG

http://img7.imagevenue.com/img.php?image=55258_IMGP2394_122_514lo.JPG

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最近マレーシアの新聞ではKLIAでの出発の遅延が話題になっていたが、飛行機はほぼ時間通りに出発する。マレーシア航空と全日空との共同運航便。

乗客の半分くらいは日本人のようだった。そのほか、インド系がわりと目立ち、マレー語の新聞を読んでいる客、髭のアラブ人客も居た。

エコノミーにスッチー(女性客室乗務員のことをいう)は4人。3人は日本人で、そのうちの2人はここ久しく見たことのない美人だった。

ところが、私の席のあたりには3人もいる日本人スッチーはぜんぜん回ってこない。来るのはマレー人スッチーだけ。しかも食事のときくらいしかこないので水も頼めない。マレー人によくあるガサガサ肌のねーちゃんだった。

マレーシアにしてもタイにしても、女性の肌がどうしてひどくやられているのか。食い物のせいなのか、食品の規制がゆるくて合成物質をたくさんとっているからかなど、いろいろ原因を考えてみたが、やっぱりいちばん大きいのは四季がないことではないかと思う。つまり年中似たような気温なので、同じストレスが肌にも年中加わっていることになる。

日本時間7時過ぎに成田に着く。8時ごろの京成スカイライナーで日暮里へ。

今回、東京の印象は良かった。電車などの独特の臭い(長年の酔っ払いとゲロの臭いが鉄に染み込んだような臭い)がちょっと残念ではある。マレーシアの都心や電車など歴史のない場所にはこういう臭いはない。

しかし何よりもやはり、きれいで便利な場所なのに白人がいないところがあること。これは東南アジアではほとんど考えられないことだと思う。東南アジアでは(シンガポールについては行ったことがないので知らないが)、きれいな場所、便利な場所では、程度の差はあれまずもって白人が一等の客である。便利でこぎれいな場所なのに白人を見かけないということはまずない。

東京はとても静かな都会だった。私鉄の最寄駅から10分以上歩く私の住所に近づくと、文字通り耳を圧する静寂にうろたえるほどである。私がこれまで旅で歩いた場所では体験したことのない感覚である。チベットにもネパールの山の中にもこの感覚はない。便利なところはどこもうるさくガサガサしていて人心も落ち着きがなくたいてい毛唐がのさばっている、静かなところは不便で危険である、というのが多くの国では普通ではないだろうか。

半年ぶりに自分の町に帰って、以前と同じ店が営業していて同じ店員が同じように働いていることにちょっと感動を覚える。タイではもちろん、マレーシアでも人の移動、店の廃業はもっと頻繁である。一ヶ月ほかを回って戻ってみたら自分のお気に入りの店や心安い店員が消えていてがっかりするということがよくあった。家の近くのコンビニに入ると昔からいるおばさんがまだいる。この人は10年も前からここにいて、苦手なのだ。テレビをつけると半年前と同じ芸能人が顔を並べていていた。

いつも逃げ出すような構えで日本を出るので、帰ってきたあとはいろいろと大変である。

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2006年8月28日 (月)

ソドミズム

私が今泊まっているKL中華街の中国系安ホテル「楽安酒店」は、形式はほぼタイの旅社とほぼ同じだが、清潔で一応門限もある(毛唐は平気で破って宿の人間をたたき起こすが)。この辺では比較的健全な宿である。エアコンホットシャワー付きで一泊50リンギとマレーシアの宿としては値段もお得。

その「楽安酒店」下の中国コーヒーショップで。朝、タイ人風のなよなよした男を連れた、目つきのギラギラしたタイファランそのものの男。タイで覚えたらしく箸を器用に使う。昨夜はこの宿に泊まったようだ。

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翌朝もまたいた。やっぱり「楽安」に二人で泊まったようだ。この毛唐は目つきがひどく悪い。私が写真を撮ったからではなく、最初に入ってきたときからだった。

日本でもそうだが、グループで固まっている白人ツーリストは自分たちの領域に侵入するアジア系ツーリストを敵意のこもった目でにらみ付けることがよくある。こいつもその目つきでしつこくにらみつけてくる。私がローカルでないことを敏感に察知したようである。ある人は白人のこの「にらみつけ」について、彼らがguiltyと感じているからそういう目つきになるのだと説明したが、この説明にはあまり説得力はないと思う。

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2006年8月27日 (日)

さてどうしたものか KL発日本往復チケット

ブログは日記を公開するものだ、と説明される。しかし、一人でも二人でも読者がいる以上、完全な自分との対話である日記と同じというわけではない。

何もかもさらけ出すわけにはいかないし、自分以外の読者を想定する以上、あるフィクションのキャラクターを設定しなければならないだろう。

実際、ブログを作るのが一番難しいのは始めたころだと思う。読者数も少なく、その志向も想定しがたい。

逆に、記事が多くなってくれば自ずと筆者のキャラクターが作られてくるものでもある。

また、不特定多数の人々に向けて書くことはたやすいが、一度でもメールのやり取りをした特定少数の人々に対して書くことは難しい。

私は今、どういうキャラクターを設定し、どういう文体で書けばいいのかさえよくわからなくなった。

今までと同じようなアジビラ文体で書くというわけにもいかない。それはまるで、看守しか聞いていない独房でアジ演説をするようなものである。

いま隣のPCで土人丸出し女がドイツ人のような禿げ毛唐とテレビ電話を始めたところ。

クアラルンプルは2週間位前から蒸し暑くなり2、3日前までは毎日のように激しい雷雨があった。

一昨日日本行きのチケットを予約しに行った。クアラルンプルでチケットを買うところはガイドブックにもあまり載っていないのではないだろうか。

以前はブキ・ビンタンのスンガイワンプラザ2階にある「安全旅遊」という旅行代理店で買っていたが、今回、ジャラン・シランの「ヒマラヤンレストラン」というネパール人向けレストランのチベット人オヤジにもっと安いところを教えてもらった。

LRTスターラインのBandaraya駅から道なりに歩いてすぐ近くにあるWisma PKNSというビル1階(グラウンドフロア)の"M.S.Star Travel"という代理店。

「安全旅遊」は、マレーシア航空で日本往復(1ヶ月フィックス)2800リンギ(今1リンギ30円くらい)だったが、「MSスタートラベル」は2700リンギ弱。まあそのくらいの差ではある。前回「安全旅有」で買えた1年オープンチケットは「スター」では買えなかった。

いまタイ航空は確かに安い。必死である。日本往復2200リンギくらい。しかし、タイ航空には乗りたくない。

以上は私自身のための覚書。

2,3年海外でぶらぶらしているうちに、自分がどこをどう回ってきたのか、去年の今頃どこにいたのかとか2年前はどこにいたのか、ネパールに行ったのはいつといつだったのか、さっぱり思い出せなくなって困ったことがある。手帳を見てもぐちゃぐちゃでいつどこに移動したのか一見してわからない。

「日付のある紙片」は滞在先で書ける見やすい日記としてはじめたものだった。

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2006年8月20日 (日)

本日の毛唐 20 AUG 06 KL Malaysia

本日の毛唐/本日の土人

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2006年8月18日 (金)

「ニノイ・ナ・カー」in KL!夕方托鉢に来るタイ人尼僧。 タイ人托鉢僧と売春婦を消してほしい

夕方托鉢に来るタイ人僧は「偽坊主」である。決してカネを恵んではいけない。

上座仏教(小乗仏教)では、早朝、朝飯前に托鉢に回るのが基本。

僧が托鉢で得た食物はその日のうちに消費するのが本来の姿。蓄えをしてはいけない。午後は食事もしてはいけない。だから夕方托鉢するなど本来ありえない。

遅い時間〔時ならぬ時間〕の托鉢はスッタニパータかダンマパダで釈迦牟尼自身が諌めていたと記憶する。

午後はそもそも出歩くべきではない。「やたらうろつきまわるな」とも書いてあるはず。

ところがそれにもかかわらず、三宝と善逝のあらゆる教えを踏みにじり、黄色い糞掃衣をまとったタイ人仏教僧が、マレーシアの首都ここクアラルンプルのど真ん中で、毎日のように、夕暮れ時にカネをせびりにやってくる

夕方から深夜にかけて中華街をうろつきまわり、非ムスリムのアジア人と見ると、ひとが日本語や英語を読んでいる鼻先に鉢を突きつけてうるさく声をかけカネの無心をする。

白衣の尼僧もしつこく来る。

人の読書を中断させて、しかも、このマレーシアの首都で「ニノイ・ナ・カー」だと。頭がおかしいのだろうか。

このとき私がコーヒー屋で読んでたのは英字紙で、タイ語じゃない。ここはタイじゃない。私はタイ人顔じゃない。色も黒くない。

穢れた手で触れられたような気持ちになった。

タイ土人はどこに行っても自分中心に世界が回っていると思っている。

白人には頭が上がらないから、白人の溜まり場を遠巻きにして媚びるように控え、お恵みを待つ。

毛嫌いしているムスリムには近づかない。

しかし、それ以外の世界では自分たちがいつも中心にいると信じている。

私はいつも「私はムスリムだ」と言って追い返している。

タイ人売春婦タイ人乞食坊主・尼僧は、東南アジアの精神汚染の元凶である。

タイ人坊主は、ネパールやインドの(インチキ)サドゥーとはまったく違う。小乗タイ坊主には、ヒンドゥーのサドゥーたちのような愛嬌もしなやかさも謙虚さもない。(同じインチキレベルを比較してもである)。

というのは、サドゥーたちは、たとえフィクションであっても、何も持たないこと、無一物であること、執着を持たないこと、などを直接の拠りどころとし自らの立場としているのであり、したがって、自分は「ただの乞食」との社会的な区別はないことをむしろ身上とするものであって、現実に、ひどく罵られて追い返されることも珍しくない。(釈迦の時代もそうであったことがスッタニパータの記述からもうかがえる)。

これに対して、タイ坊主たちは国家権力とも結びついた上座仏教教団の社会的「権威」を背景に、喜捨しないことに対するアジア民衆の後ろめたさや迷信的な感情に直接つけこみながら、カネをゆすりとっている。彼らにとっては、拒否されないことが当然のことであり、彼らがタイ世界にいる限り罵られることなど想像もできず、(因果に関する)宗教的な思想からというよりも、むしろ、自分たちの社会的立場のもつ世俗的な「力」ゆえに、敬意をもって遇されるのが当然であると考えているのである。

大げさな話でなく、タイ人だけは日本に入国させてはいけないと私は信じる。

彼らは重大な犯罪を犯さないかもしれないし、政治的な反日運動に加担しないかも知れない。

しかし、彼らタイ人は、彼らががどこへ行っても周囲に撒き散らしている穢れた「タイ精神」(=土人売春婦精神、外国でも平気でタイ語で割り込んで来られる乞食坊主精神)によって、見えない形で日本の風土を汚染し、精神の土台を侵食するに違いない。

この「タイ精神」は、HIVのように有効な抗体ができにくく、しかも精神生活の免疫力である「マトモな感性」を根底から、しかも静かに破壊していくのである。だからなおさら危険なのだ。

きつい言葉のように見えるかもしれないが、実際はそうでもない。なぜなら、日本人からこんなことを言われてもぜんぜん悔しくないというのがタイ精神の本領だからである。

「白人がこんなにボクたちをかわいがってくれてる」「白人はタイが一番好きだ」という事実を示すことによって、あらゆる有色人種に対抗できると本気で思っているのがタイ人である。

もしもタイ人が「精神汚染を撒き散らす土人」と軽蔑されたくないと思うのなら(そう思わないから救いがないのだが)、まず以下の三つのものを、目立つところからだけでも一掃してみればいい。

①土人売春文化(白昼堂々たる売春婦レンタルワイフ文化、貧乏でもないのに永久に「オンリー」をやっている白人占領文化)。

②危険極まりない街中の野良犬

隣国にまで出稼ぎに行き、夕方カネをせびりに来る上座仏教坊主。あろうことか「占い」で金を稼ぐ上座仏教坊主。昼過ぎてから物を食う上座仏教坊主。コカコーラの2リットル入りペットボトルを列車の中でラッパ飲みする上座仏教坊主。売春婦を寺に住まわせる坊主。これら上座仏教僧の世俗的諸特権および政治への口出し。

タイ人はすでに結構な金持ちなのだから、その意思さえあれば一掃できるものばかりである。

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2006年8月16日 (水)

本日の毛唐 16 AUG 06 KL Malaysia

クアラルンプルPasar Seni駅前のRestoran Hameed'sで。この数ヶ月毎日2食、インド料理屋のカレーを食べて飽きない私だが、こういうのがいると本当に飯がまずくなる。

汚い土人女をどこにでも持ち込むゴロツキ毛唐。

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女も容赦する必要はない。自らすすんで毛唐の女奴隷になり、土人売春文化(=戦勝白人文化)の害毒をイスラム国にまで撒き散らしているのである。

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2006年8月 4日 (金)

今日の毛唐 4 AUG 06 KL Malaysia

本日の毛唐/本日の土人。

これを撮った直前こいつらは股間をこすりつける感じでべちょーッときたならしく抱きあっていた(女の腹がぶよぶよな上に男の股間の高さだったので特にそう見えたのかもしれない)。ここでは法律に反する行為である。

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非ムスリムでも公然ふしだらな行為をすれば警察に捕まることがある。

中国系カップルが引っ張られた例:公共の場所でのキスは違法 マレーシア

白人たちはアジアで土人ゴッコをすることに、「陋習(=ローカル文化)を破る十字軍的英雄主義」を感じているのかもしれない。

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2006年7月31日 (月)

今日の毛唐 31 JUL 06 KL, Malaysia

本日の毛唐。ほんとにxUxU好きなのかも。

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2006年7月26日 (水)

今日の毛唐 26 JUL 06 KL, MALAYSIA

本日の毛唐/本日の土人。屋台で買ったパックを持ち歩いて食いながら歩く女。

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2006年7月23日 (日)

ローカルネット屋に土人女を抱え込んで入ってきたゴロツキ毛唐【Fuck off!Rednecks!KL,Malaysia】

シャツの前をはだけて土人抱え込みでネット屋に乗り込んでくる毛唐。クアラルンプルの中華街で。

このネット屋は地元の子供たちがよく遊びに来るところ。毛唐がよくやるように、二人でパソコン一台占領すること自体ここでは珍しい。

こういう奴があまり来ないからこの店を利用していたのだが・・・・・

毛唐がアジアの公の場所でこの種の振る舞いを堂々とする以上、写真を撮られて即時にネットで流されても当然である、というのがこのブログの立場である。したがって当ブログは、このようなケースに関しては、他人の写真を撮ることについての道義的な批判は一切受け付けない。

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http://img13.imagevenue.com/img.php?image=98341_IMGP2240_122_354lo.jpg

http://img23.imagevenue.com/img.php?image=98990_IMGP2241_122_512lo.jpg

中国系マレーシア人カップルがKLCCの公園でキスをすると逮捕されるのに、子供たちがゲームを楽しむネット屋に、シャツをはだけて胸を見せたゴロツキ毛唐オヤジが売春婦を抱きかかえて乗り込んでくるような振る舞いが放任されているというのは、実に解せないことである。

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上の写真を撮ってから移動した先の白人ネット屋で、またまた土人売春婦連れスキンヘッド毛唐に遭遇。なぜ売春婦と断定して良いのかについては、このブログで再三書いてきた通り。KLも中華街は腐敗している。

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2006年7月20日 (木)

公共の場所でのキスは違法 マレーシア

マレーシアのCity Hall magistrate's court という裁判所は昨日、Eastern values do not encourage hugging and kissing in public place....such behaviour was against one of the principles of the Rukunegara which advocated good behaviour and morality.というような判断を下した。Rukunegaraというのが何なのかは不明。

事件は、非ムスリムの中国系マレーシア人学生カップルが、KLCCの公園でキスをしていたところ、「シティホール」の役人に見つかったらしく、呼び出しを受けたというもので、中国人学生側は、賄賂を拒否したのでそういう処分を受けたのだと主張。

弁護人は、はしたない振る舞いをしたムスリムのカップルにかぎって宗教省がそのような召喚を命ずることができるだけだと主張したが、裁判所は、Their behaviour was not acceptable based on Eastern values and a principle of the Rukunegara,,, と判断。

Eastern valueというのが何なのかが、いうまでもなくきわめてあいまいだし、東洋的価値?をムスリムのマレー人に勝手に決められてしまうことも、非ムスリムの中国系としては納得できないところだろう。

イギリス植民者の価値を西洋的価値として、そのに対する反定立として東洋的価値を規定しているのだとしたら、そのような「東洋」観はある意味で西洋的価値の反射に過ぎず、一種のオリエンタリズムであって、本質的に植民地主義的なものということになると思う。

どうしても「東洋的価値」を主張したいなら、東洋で唯一文化的にも経済的にも西洋列強に伍するところまで発展した国は日本だけなのだから、日本的価値をこそ「東洋」を代表する価値とみなすのが当然のように思う。

イスラム主義がどこまでがんばれるか見守る必要はあるが、最近のイスラム勢力の反白人反西洋運動は世界的に停滞しているように見える。バリのころがピークだったようである。

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KLCCの公園

中国人カップルのキスよりも東南アジアにおけるこういう毛唐の存在のほうがはるかに東洋的価値を破壊しているという事実を認められない限り、東南アジア人も近代日本の偉業の価値を正当に認めるにはいたらないだろうと思われる。

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白人のいる風景 FEBRUARY 2006 KL

マレーシア国内での売春は禁じられていると思うのだが、外国人が外国で継続的契約をしたレンタルワイフ(売春婦)を持ち込むことを放任しているのは奇異である。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のパスポートコントロールに並ぶ列で。タイ売春婦丸出しの女を連れてマレーシアに堂々入国する毛唐。

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フィリピン人風に見える女。

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禿げ白人オヤジと若い女。

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プトラLRT(電車)内で。盛大にフラッシュをたいてしまった。

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KLCCで。売春婦と毛唐。

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中華街のローカルレストランにも入り込む。売春婦につかまってしまった毛唐オヤジという感じ。

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白人ツーリストの群れ。パサルスニの近く。

白人ツーリスト向けゲストハウスの玄関にあるカフェ。

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マスジッド・ジャメ近くのマクドナルドで。タイ女風の顔立ちの女を連れたリュックサックオヤジ。

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顔が気に入ったので撮らせてもらった。

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↓この男は身なりも食ってるものもファランそのものだが、ちょっと独特の雰囲気があった。以前どこかで会ったような記憶がある。メーサイだったか・・・・。長く一人旅をしている雰囲気が立ち込めていた。

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中国系の女と。

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KLCC構内で公然売春婦といちゃつく毛唐。これがイスラム国家。

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KLCCのカフェ(スターバックス)で。

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パサル・スニ

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ごろつき丸出し。

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フィリピン人風の若い女を連れたジジイ。

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マクドナルドで。

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中華街の夜。ホテルの前で売春婦と交渉する若い毛唐。カメラを向けると男が女から逃げ、通り過ぎるとまた近づく、というのを繰り返した。

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中華街の白人の群れ集まっているところ。マレーシア人には相手にされないタイ坊主が白人ツーリストに媚びて乞食にやってくるのがしばしば見られる。これらの坊主は、ツーリストにしか托鉢しないようだ。上座仏教の僧と称しながら、朝ではなく、夜中に托鉢する。タイ仏教の腐敗ぶりをよく示している(本来、仏教僧は朝しか托鉢しない。食事も午前中だけ)。

群れ集まっている白人は、同じ場所にいてもお互いに知らないもの同士であることが普通のようだ。しゃべりもしないでじっとしていることも多い。ただ白人だからという理由で動物的に群れになっている。

左の写真で黄色い法衣を着ているのがタイ人仏教層。夜遅くうろつき、ツーリストから金を集めている。

次の写真の中に映っている日本人女が一番滑稽である。隣の毛唐にしなだれかかっているように見えるが、たんにアンニュイを気取っているだけで、単独行の女であった。

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ここで群れになっている白人たちは、白人のまだそれほど多くないこの町で「白人だけの空間」を作りそのなかで「リラックス」したいからこそ、見知らぬ白人同士であってもこうやって群れているのである。つまり、ここは、ウェイターや従僕、女奴隷以外の有色人種には割り込んでほしくない空間なのだ。

その空間に有色人種が対等な客として割り込むこと自体、白人にとっては基本的に不愉快なのである。アジア女が女一人でそのなかに飛び込むなら、今夜の客を探している売春婦でしかない。

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本人は白人ツーリストたちの中に一人でいることで、自分が「外国で一人で行動できる」日本人であることを確認し、周囲にアピールしているつもりなのかもしれないが、白人から見たらただのアジア人売春婦の一種としか見られないだろう。(あるいは「これが有名な日本の肉便器なのか」と思われるかもしれない。)いずれにしてもまるで滑稽な光景。

この店の近くにも、白人客がまったくおらず、同じような料理をむしろ安く食べられる食堂はいくらもあるのである。

白人は「白人のための空間」を作るために群れになる。この空間に入りこんでよい有色人種は、ウェイターなどの従僕と、白人の所有物である奴隷・女奴隷だけである。あえてその中に飛び込むことは自らそのような地位を引き受けることを意味する。

白人の連れている奴隷や従僕(売春婦を含む)に限り有色人種であってもこの空間に入ることが許される。このことは白人世界の伝統なのであり、KLでも東京でもどこでも見られるものである。

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足。KLCCで。

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【写真】タイ売春婦風の女を連れ歩く巨体毛唐

KLCCで。

えげつない売春婦丸出しだったが、撮ってみたら結構上品な絵になってしまった。女にいい服を着せているからだろうか。

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2006年7月19日 (水)

夜外に出てみると・・・・・KL中華街

私はネパールで「夜間戒厳令」(curfew)を経験したことがある。なかなか良いものだった。

制限された自由の中でこそ、われわれはいろいろな可能性に気づき、さまざまな「機微」を感じとる機会を得るのである。

私は夜はあまり外出しない。外出しても「深入り」はしない。

しかし久しぶりに夜10時過ぎのKL中華街に出てみて、改めて白人ツーリズムのえげつなさを再確認した。

いうまでもなくこの写真どはなまやさしいもので、ちょっと奥に入ればもっとえげつなくもおぞましい動物的な光景が展開される。

「野蛮なアジア」に怖いもの見たさに来たが「難を避けて」群れになっている白人たちと、彼らに媚を売る現地土人という図式は、東南アジアでは程度の差はあれ普遍的なものである。

白人が好むタイプのオープンカフェ形式の食堂で(バービアの代わり)。よくいるゴロツキ白人の格好だが、本当に嫌なものはなかなか写真に撮れないようである。カメラを向けられるのはまだましなほう。

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夜は売春婦もたむろしている。これは気持ち悪すぎて撮るチャンスがなかった。

インド系のようにも見えるが、インド系(非ムスリム)にみせたマレー人のようなのもいる。かなり堂々とやっている。

夜いたような売春婦が朝もすこし残って?いる。

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マレーシアは、自国をもっと「自由」な国にして、「ツーリスト」をひきつけたいと考えているようである。

しかし実は、「自由」が経済発展の前提条件であるというのは妄想である。

本当に「自由」な国が経済的にも発展したというためしはない。かなり発展して力をつけてから、ある程度の自由を許容するようになるというのが通例だと思う。

「ツーリスト」が喜ぶような「自由」についていえば、タイはマレーシアより「自由」だし、フィリピンも「自由」であろう。インドネシアもイスラム教徒が多いわりに「自由」なようである。

シンガポールもマレーシアも、タイやフィリピンやインドネシアより「不自由」な国のはずである。しかし、タイやフィリピンはいつまでたってもシンガポールやマレーシアを追い抜くことはできないだろう。

今の日本は野放図に「自由」な国にみえるが、国力の基礎を作る段階では「自由」ではなかった。現在の日本の野放図な自由もまた、おもに日本人の直接の用に供されるためのものであって、ゴロツキ外人がドタドタと入ってきて野放図に振舞うためのものとは、今のところはまだいえないだろう。

東南アジアの後進諸国に比べれば、日本ではいまでも、がさつな外人が日本人の領域までドタドタと乗り込んできて好き勝手なことをする自由は、事実上、かなり制限されているはずである。だからこそかろうじて国がもっているのである。

「国際化」とか、外人をどんどん入れて自由に振舞わせろというような言論がまかり通るようになったころから、日本経済も停滞し始めたように思うが、どうだろうか。

昨日は昼間KLCCに行き、高い日本書を何冊か買って清潔なカフェで読み、かなりいい気分だった。しかし夜、表に出てしまい、私の容態は急変した。

夜遅くまで開いているネットカフェに立ち寄ると、その受付は白人ディスコの門衛のような態度である。内部はさらに白人ツーリズムが猖獗を極め、海兵隊なのかオーストラリアの百姓なのかすごい男がわめきながら走り回っていた。

私はこの「ツーリスト」向けネットカフェの連中の「タイ式」の態度が以前から気に入らなかった。今夜はとくにそこの小僧が「タイ式」態度を極めていて胸糞悪かったので、パソコンを一つ壊してやろうと思った。ファイヤウォールをオフにしてやろうと思ったがすでにオフになっていた。つぎに「プログラムの追加と削除」を見てアンチウィルスソフトを探したが見つからなかった。それでも動いているようである。適当な重要そうなファイルを削除する。次に隣のパソコンに移り、ウィルスソフトを削除する。

私は、陰湿で、悪い人間である。

今のところテロに手を出さないのは、ひとえに「度胸がないから」に過ぎない。しかし、もし癌とかエイズとかになって絶望したら、パタヤかプーケットの白人の固まっているところで一発やらないという理由はあまりない。ただ、爆竹の黒色火薬を集めてうまくいくかどうかが問題である。自分だけ片輪になって後進国の刑務所に入れられ、周りの毛唐はかすり傷だけというのではあまりにも情けないからである。

一方、中華街のローカルなネット屋はゲームに夢中の生徒たちでいっぱい。白人もたまに来るが小さくなっていて、あまり長居もしない。それぞれの場所があるということだろう。中国系の子供が多いがインド系の生徒も来る。中国系の生徒があげる素っ頓狂な奇声は実に奇異である。パッタニのタイ人のガキのほうが行儀良く遊んでいた。

うるさいが毛唐の修羅場よりは幾分ましということでよく利用する。

インド系のでかい生徒がゲームに夢中な様子。
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それぞれの場所があるといえば、「ワリサンプラザ」の上のほうの階にあるネット屋は、いつもアフリカ系の黒人でいっぱい。私はそこも時々利用する。

なかなか清潔で快適なところなのだが、スタッフのマレー人の女の子がここでは黒人以外の外国人にハッキリと不親切。黒人とマレー人女性以外の客に対しては無視に近い応対で、しゃべる必要があるときでもけんか腰なしゃべり方。

彼女はタイ人が白人に接するような態度で黒人客にニコニコ接し、無駄話にもながながと付き合うが、私がパソコンのことで何か聞いたり頼んだりしても頭からつっけんどんで、まったく相手にしてくれない。

ここはアフリカ黒人のための場所なのだった。

それぞれの人種・民族・エスニックグループが、自分のための場所を持つことは正しいし、持つべきである。

マレーシアは、人種に関しては今のところまあまあ公平な国だといえるだろう。

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2006年7月17日 (月)

KLCC JULY 2006 KUALA LUMPUR

KLCC(KUALA LUMPUR CITY CENTRE)は私の好きなところである。ここにいると、自分の国にいるという感じがする。

こんなところにいるくらいなら日本にいればいいじゃないかというかもしれないが、そうでもない。

ここは全体的には後進国の首都の顔として、特別人工的にこぎれいにした、わりと狭くて人ごみもさほどではない快適な空間。おそらく日本のどんなこぎれいなコンプレックスよりも無機的で、人間の体温を感じさせない場所ではないかと思う。人工的にココナッツのようなバニラのような匂いが振りまかれている(ベーカリーの発する匂いなのかもしれない)。

いつも同じような服装をしているので、少し自分の身なりみすぼらしく感じることもある。おのぼりさん丸出しで写真を取り捲る。

ただし店の品揃えはたいしたことがない。伊勢丹も規模が小さくスーパーのよう。値段もほかより高いのだろうが、あちこち歩き回るのが面倒なので地場で買えない買い物はなるべくここで済ませる。

3階のNotebook shopというところで、ウィンドウズXPプロフェッショナルのCDを買った。599リンギ(2万円位か)。高いのか安いのかさっぱりわからない。

ソフトだけでは売れないようなことを言って、マウスをつけてくれた。

アラブ系カップル

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若いアラブ女性のなかには、この世離れしたおそろしく綺麗な人もいるが、2、3年もすると息がつまるほどの迫力の人になりそうである。

白人のいる風景

ノーコメント

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西欧白人とはちょっと違うタイプに見える白色人種もよく見かける。

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この癪に障る野郎はちょっといい女を連れていた。

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こっちは土人丸出し(写真は綺麗に写りすぎ)。

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帰りに撮ったマスジッド・ジャメ
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2006年7月16日 (日)

アラブ人ツーリスト【KL】

夏が近づいたせいかどうか(いつも夏だが)、クアラルンプル中華街でも春はあまり見なかったアラブ人ツーリストをよく見かけるようになった。サウジアラビアからの人だろうか。

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最近読んだマレーシアの英字紙の評論は、サウジアラビア人が好んでマレーシアを訪れることをほとんど手放しで自画自賛していた。

多くのサウジアラビアツーリストがマレーシアの「自由」を満喫するためにマレーシアを訪れているというのである。そして彼らがいかにマレーシアの自由をうらやましがっているかを強調する。名前だけマレー人風で顔は中国人そのものの女性記者の評論。

しかし、ただ自由を満喫したいだけなら、マレーシアでなければならない理由はないことはみなさんご存知のとおり。

風紀の規制のないフシダラな自由を満喫したいなら、マレーシアよりタイに行ったほうがいい。タイもサウジアラビアツーリストを受け入れている。実際多くのサウジアラビア人がタイに行っているようである。風紀に関してはタイのほうが圧倒的に「自由」だし、安い。

それでもタイよりもマレーシアを選ぶサウジアラビア人が多いのは、「自由」とは別の理由からだろう。

やっぱり、マレーシアが「イスラム国」であること、ムスリムのアラブ人と欧米白人とでは互いに相容れないところがあり白人ツーリストが圧倒的な地位を占めるタイにはアラブ人の居場所が少ないこと、などの理由があるのだろうと察せられる。

英字紙の評論は、サウジアラビアも「よい方向」に変わりつつあることをナイーブに喜んでいるようだった。そして、マレーシアの「自由」を称揚するとともに、マレーシア内部にある「自由」を喜ばない保守勢力への警戒をあらわにしていた。

しかし、もしもサウジアラビアがマレーシア並みに「自由」な国になってしまったら、アラブの金持ち女性たちにとってのマレーシアのツーリズム目的地としての魅力はほとんどなくなるだろう。その記者にはそういうことに関する想像力が不足しているように思えた。

サウジアラビアが風紀に厳しいおかげで、マレーシアのアラブ人ツーリズムが成り立っているのである。

また、マレーシアがクズ白人が殺到するほど「自由」すぎず、売春婦が大手を振って歩き回るような国でないからこそ、カネのあるアラブ人女性や金を落とすアラブ人家族連れがマレーシアを好んで訪れるのである。

もしもイスラム教のタガをはずしてしまったら、マレーシアだってクズ白人が地元売春婦を連れ歩き真昼間からオープンカフェで乳をもんだりする国にならないという理由は全くないのである。

まだまだ後進国であり、タイの隣にある東南アジアの国が、ちょっとでもタガを緩めればすぐにそういう方向に流れることは目に見えている。

マレーシアがもしそんな国になったなら、金持ちサウジのカネを落とす家族連れは近づかなくなるだろう。

重要なのは、自分の国をそういう国にしたいかどうかである。

私は、マレーシアにとっての国益は「自由な国」であることよりも、「東アジアを代表するイスラム国」であり続けることだと思う。

好むと好まざるとにかかわらず、イスラムに対する世界の人々の関心は高まるばかりである。近場でイスラム教国の雰囲気をちょっと味わってみたいという日本人も増えていると思う。

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2006年7月15日 (土)

白人のいる風景 JULY, 2006 KUALA LUMPUR

KL×便×展覧会。近頃のデジカメは本当に性能がいいですね。(本展に関する苦情は訴状で。)

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これは私が現在いる場所。

ゲーム主体のネット屋で、中国人の餓鬼が中国語で大騒ぎしているのだが、この毛唐の大声がそれ以上に部屋中に響き渡るのに恐れ入る。

ローカルなネット屋には毛唐は寄り付かない傾向があることを奇貨として、毛唐を避けてじっくり思索にでもふけろうかと思ってやって来たのだが・・・・・どこまでも侵食を楽しむのが毛唐である。

この美しい女性は、中国系マレーシア人なんでしょうかね。

翌朝8時。

すがすがしい気分で新聞でも読もうと思って来たらまたまたおおはずれ。

こういう汚い売春婦はイスラム国家にはふさわしくないのではないかと思うのですが、マレーシアの政治家の考えはどうなんでしょう。売春を禁じたいなら、売春婦を連れた白人の入国も禁止にしないと意味がないと思う。国内で契約する売春を取り締まり、海外で継続的契約をした売春婦を連れ歩くことを取り締まらないというのは変な話。

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未検閲記事:http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-4.html

なかなかきれいな写真が撮れないが、女の口のあたりが鼻より先に突き出しているところがタイ式土人売春婦によくある特徴。

何度も書いたように、「売春とは限らないじゃないか」という抗弁はマレーシアも含め東南アジアではまったく無効。連れの女を売春婦に見られたくなかったら、女にそれらしい格好をさせ、自分もそれらしい格好をしてそれらしく振舞うべき。(ここが日本なら無料奉仕かもしれないし女のほうが買っているかもしれないといえるが=×便器)

タイの白人などは、バーの女との契約を競い合ったりする。なかには売春婦の取り合いでバービアで喧嘩を始めるやつもいる。彼らから見てイカシている売春婦を連れ歩くことはむしろ自慢なのである。彼らは、いかにも売春婦という感じの女をそのまま得意げに連れ歩く。

タイでは、わざわざ身寄りのない娘を探してきて結婚する白人男も少なくない。そんな娘はたいてい売春婦。タイに定住するのが主目的だろうが、身寄りのない娘なら親族にたかられる虞がないという考えかららしい。もっとも、たかってくるのが親族だけとも限らないが。

私は以前、ある白人に、どうして白人男性はあんなに醜い女をいつも連れ歩きたがるのだろうか、と真面目に聞いてみたことがある。

というのは、中年を過ぎたような白人男性が売春婦丸出しの女を連れて歩いていることが多すぎるので、私にはどうしてもその動機が理解できなかったからである。

彼らは毎日セックスしたい年齢でもないだろうし、まして誰とでもいいから毎日セックスしたいという歳ではない。金をかけてまで醜い女を連れ歩く意味がどこにあるのか、バーで客をとっていた売春婦と同じ空間で生活するだけでも気持ち悪くないのか、という素朴な疑問である。

その人はわりと誠実な人で、真面目に答えてくれた。彼によれば、彼らが連れ歩く売春婦は「スーツケースのプラグのようなもの」だそうである。プラグとは「詰め物」という意味。スーツケースの荷物が動き回らないように隙間に詰めるものということである。

なお「土人」という言葉を私は誹謗の言葉として使っているのではない。これは客観的な性質なのである。タイ社会は、自己の中にある「土人」性を十分に自覚している。「土人」を制度化し、「土人搾取」のシステムを内包しているのがタイの社会なのである。これは「土人」とそうでない人がいるという意味ではない。そうではなくて、上流色白タイ族であっても、自分自身も白人の前ではいつでも「土人」として最低に卑屈に振舞えるように、それ以上に、タイ社会の中の「弱い部分」を自分以下の「土人」として徹底的に卑下し搾取し、外国人に奴隷として容易に売り払える体制のことである。この意味でタイこそはアジアの「土人売春国家体制」の大元であり震源地たる「便所国家」なのであって、KLで見るようなものはまったくその「ひこばえ」に過ぎない。(私はその震源地を見る気力をもうなくしたので、KLあたりにいてひこばえを見ているのである)

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2006年7月13日 (木)

クアラルンプール 7月

「クアラルンプール」をマレー人やインドネシア人が発音するのを聞くと、「コロンボ」に聞こえることがある。

トレンガヌからクアンタンへ行くバスに乗り合わせたインドネシア人のおじさん(背が高くてハンサムだった)がしきりにコロンボコロンボというので、そういう町があるのかなあと思って聞いていたらKLのことのようだった。

7月13日。

午前10時半ごろクアンタンShahzan Innをチェックアウト。11時半ごろバス停に行く。

「トランスナショナル」のバスはちょうど出たところ。1時間おきに出て、次は12時半。

いろいろな会社のバスがあり、KL行きも常に客引きをしている。しかしよく使うトランスナショナルに乗ることにする。KLまで16,8リンギ。

2時間走ってちょうど2時半にトイレ休憩。

大量の白人を乗せたほかの会社のバスが止まっている。白人の貸切かと思ったが、中国人風も乗っている。トランスナショナルのバスより汚くて安そうなバス。汚くて態度の大きなタイ式の半ズボン毛唐爺など。

3時半ごろになって突然、高く聳えるペトロナスツインタワーが見えてきた。遠くから見ると本当に高くて、今にも倒れそうである。

それが見え始める少し前に、グア・ムサンの山のような岩山のある峠を越えた。峠を越えたらすぐにツインタワーが見えてきた感じだった。そこからがクラン・バレー(Klan Valley)なのだろう。

3時40分ごろになるとKLの通天閣が見えてきた。すぐに見覚えのある一帯に入っていく。そこまでは早かったが、市内に入るとやや渋滞した。

プドゥラヤ・バスステーションの辺りが一番渋滞がひどかったので、プドゥラヤの手前で長距離バスの旅はお開きということになり、全員おろされた。クアンタンのチケット売り場の人はKLまで4時間といっていたが、それより少し早くついた。

いつもチャイナタウンでは芸がないし、中華街は毛唐が多いので、インド人街に泊まってみようと思い、マスジッドインディアまで行く。

前に目星をつけておいたジャラン・マスジッドインディアの「パレスホテル」をのぞいてみたが、いい部屋は満室で窓なしで120リンギという部屋しかなかった。他の安宿も見てみるが、高い割には汚い(65リンギくらいでエアコンはあるがホットシャワーはない、など)。

結局、パサルスニに戻り、以前と同じ楽安酒店へ。50リンギでこの清潔さ、静かさはマレーシアでは珍しいと思う。以前と同じ静かな部屋が空いていた

夏休みなのか、KLは白人ツーリストが多くなっている。といってもバンコクやチェンマイほどひどくはない。しかし、インターネット屋は修羅場のようだった。

14日。

2,3年前にネパールのNabil Bankで出してもらったアメックスのTCを両替する。この近所の普通の両替屋はTCを受け取らないことが多い。漢字でサインしてあるからだめだと言うところも以前あった。

まず、パサルスニから一番近いバンコク銀行に行く。内装も時代遅れの田舎の銀行という感じだったが(もちろんNabilほどすごくはない)、行員の態度はさらにいい加減。

最初に顔をあわせたタイ人風のおばさんがまずタイ式のしかめっ面で応対。「TC」の意味がわからなかったかららしい。

実際仕事を受け付けたのはトゥドゥンをしたマレー人の姉ちゃんだったが、ノロノロタラタラやっていて、とにかく遅い。こういうのはふざけているように見える。

1000リンギ相当までしか両替できないということで、300ドルしか両替できなかった。

両替レートは1ドル3,617リンギ。

このバンコクバンクにはタイ国王の肖像写真が飾られてあった。職員の大半がマレー系で同じマレーシア人であるのに他の銀行に比べてノロノロタラタラと仕事をしているのは、タイ文化の影響下にあるからだろうか。それとも単に3流の銀行だからだろうか。

次に、その近くのMay Bankに行く。ここは応対も親切で仕事もテキパキとしていた。質問にも笑顔でテキパキと答えてくれて、すぐに手続きが進む。日本の銀行よりずっと親切。

私は自分は必ずしもそうではないが、他人から受けることはテキパキとしていることが好きなので、こういう応対は好印象である(私がタイが嫌いな理由のひとつもこの辺にあるかもしれない。)

ここは1000ドルまで両替できるというので1000ドル両替した(Nabil発行のTCを1500ドルも眠らせていた)。今の時期にドルを両替するのは不利かもしれないが、シティバンクでおろすよりは有利なはず。

両替レートは1ドル3,624リンギ。手数料は1000ドル両替して10リンギしかかからなかった。

さらに、残りのTC200ドル分を持ってHSBCへ行く。ここは大銀行。最初にナンバーをとって待つようになっている。それに気づかずいきなり受付へ。田舎者丸出しに見えただろうが、応対したマレー人のねーちゃんは嫌な顔もせず、「ナンバーを取ってください」と言う。田舎者なので一瞬意味がわからず、「どのナンバーですか」と聞くと、ナンバー出し機を指さして教えてくれた。日本の銀行よりは親切。

(昨年日本に帰ったとき(よく外国人に間違えられたが)、東京の区役所でナンバーを取ることを知らずに直接窓口に行って何か聞いたことがあった。窓口の役人に完全にシカトされて一言も口を利いてくれない。そこに居合わせたほかの住民がナンバー取り機のことを取ることを教えてくれたが、職員はナンバーを取らなければいけないことすら教えようとしなかった。そんなことを思い出した。)

そこまでは良かったが、それからがタラタラしていた。待たされる。担当のインド人のおばさんの仕事ものろい。

そして何よりコミッションが高い。200ドルの両替に20リンギもとる。

しかもレートが悪い。1ドル3,616リンギ。

どうやらKLでの両替はMay Bankでするのがよさそうである。

ホテルマンダリンパシフィックの玄関先には、毎朝大量の白人ツーリストが座り込んでいる。

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2006年4月18日 (火)

ジャラン・シラン Jalan Silang KL マレーシア

某月某日。

New Straits Timesに載っていたJalan Silangというところを訪ねる。

その記事には、クアラルンプールのエスニックな町として、中華街、インド人街のほかに、「Sri HartamasのLittle Japan」と「Jalan SilangのLittle Nepal」とをあげていた。

Jalan Silangは地図にも載っていない小さな一角。中華街の北、マスジッド・ジャメより南にある。パサル・スニからなら、Jalan Tun HS Leeという通りを北に行き、バンコク銀行の前を右折し、MyDinの角を北に入ったところ。

「ネパール人街」というほどのところではない。デヴァナガリよりもむしろビルマ文字の看板のほうが目立つくらい。

通りに面した一階にあるレストランはみな、ただのインドレストランでネパール料理はおいていない。インド人店員にネパール料理はと聞くと、「ネパール料理もインド料理も同じだ。さあさあどうぞ」といういかにもインド人らしい反応が返ってくる。

ネパール料理店は雑貨屋の2階にあった。Himalayan Restoranというところ。入ってみる。中にいる客はネパール人のみ。話される言葉もネパール語のみ。

モモを注文する。とても美味しい。主人はバフでなく「ゴート」を使っているといっていが、ハラール肉のせいかヤギのケモノ臭さはない。ついてくるスープもうまい。5リンギ。

経営しているのはチベット人のおじさん。ネパールのチベット人だが、もう2年もネパールには帰っていないという。

この人がとても感じがよく、親切だった。メニューにないチベット茶を飲みたいと無理を言ったら聞いてくれて、懐かしいあの赤い魔法瓶に一本作ってくれて、しかもチベット茶の分はお金をとらなかった。

ひごろ宿の中国人主人の狂気じみた偏屈さに接しているので、このチベット人のおじさんのまともな感じがとてもうれしかった。(ネパールではチベット人ってのはカネに汚くて・・・というイメージがあったが。)

この店は、航空券も売る。クアラルンプールからカトマンドゥまで片道800リンギということ。スンガイワンプラザなどの代理店よりは安いのだろう。

ただし、この店はあくまでネパール人のための場所である。われわれがネパール観光をするような気持ちで気楽に入っていい場所ではないのかもしれない。ここに来ているネパール人青年たちは、タメルの茶屋などで話しかけてくるお気楽なあんちゃんたちとは違う。「外国人」が入ってきたからといって、喜んで英語で話しかけてくるような者はいない。そんなことをするメリットは何もないし、彼らは「外国」にもううんざりしてここに故国を求めてきているのである。

彼らはネパールで見るネパール人同様話し好きで、際限なくしゃべり続けるが、彼らの表情は明るくなかった。先進国マレーシアに出稼ぎに来て最底辺の労働者として生活し、精神的に参っているという顔つきだった。

ネパール人だけで集まりネパール語だけの空間に浸り、ネパールの音楽を聞きネパール料理を食べてどぶろくを飲み、ネパール式の飲みかたでポットの水を飲む。そうやって自分固有の文化を取り戻し、ホッとしたいのだろう。

私があの店にズカズカと入っていったことは、良いことではなかったのかも知れない。

また、私は、彼らのような意味での「故国」を持たないのかもしれないと思った。今回、日本を出て2ヶ月になるが、その間日本料理を食べたことは一度もないし、食べたいと思ったこともない。日本米を2、3年(あるいは永久に)食べなくても平気である。

しかし、毛唐でさえ彼らの自国の料理やそれに近いものを外国でも食べたがるものである。

私が日本料理を食べたいと思わないのは、日本の食文化が破壊されてしまっているせいだろうか。それともたんに私の食文化が個人的に破綻しているだけだろうか。

一方、New Straits TimesにLittle Japanとして紹介されてあったSri Hartamasは広い一帯で、そのどこがLittle Japanなのかわからない。

宿の偏屈な中国人オヤジによるとHartamasは金持ちの住むところらしい。そして、Mont Kiaraに日本人が集まって住んでいるコンドミニアムがあるのだとか。 おそらく、駐在員の家族とかが住んでいるのだろうか。

「日本人は同じところに集まって住みたがる。ばらばらには住みたがらない」なんて、中華街の中国人オヤジに言われてしまった。

その「リトルジャパン」がどんなところかわからないが、高級住宅地ということで、私のようなツーリストの近寄れる場所ではなさそうだし、市内からかなり遠いところにあるので見に行くのはやめた。

しかし、日本人が集まって、仲良く楽しく住んでいるとしたら何の問題もない。

インターネット屋に来る毛唐などは、他人の迷惑というものを生まれてこの方一度も考えたことのないような連中が多い。アジアではどんな無作法も許されると思い込んでいる白人ばかり。

こういう人間たちとは決して同じ場所に長くはいられないと痛感する。日本人(アジア人)と白人とが対等に共存することは、不可能なことだと思う。

日本人がそこにいる以上、日本人の最低のマナーが通用する空間は是非必要である。大企業で働く日本人駐在員や日本人在住者のための場所はあるようだが、ツーリストや個人の長期滞在日本人のための場所は、どの国にも少なく、(規模も小さいために陰湿な場所になる)ように見える。

カネに余裕があり愛国心がある人が、せめて日本人専用インターネットカフェだけでも各都市に用意してくれたらありがたいと思う。

毛唐は、アジア人など「物」としか思っていない。ネット屋(日本と違って衝立などない)でパソコンに向かいながら、私を挟んで、「頭越し」ならまだしも、私の鼻先すれすれうなじすれすれをかすめるように左右から大声でしゃべりあう。その声は100メートル先でも聞こえるような大声。([毛唐]→[透明な私]←[毛唐] という位置関係)。毛唐の汚い息が顔や首にかかるようである。彼らにとっては私は人間としては存在していないのである。

それでもマレーシアは東南アジアではまだましなほうなのである。

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2006年4月 2日 (日)

"Restoran Hameed's"で

2月某日

クアラルンプール、パサル・スニ(Pasar Seni)駅前のくろにあるHameed'sで。この店にはツーリストはあまりこない。

私はいつものようにローティ・ナン(ダルスープつき)とテータリクの夕食をとっていた。私はこれだけの食事を一ヶ月続けても飽きない。これは私が節約主義の貧乏旅行者だからではない。私は食事にはほとんどお金をかけないが、泊まるところは年単位の旅行者としては破格の高級な宿を選ぶことが多い。夜は静かで落ち着いた環境に1人でのんびりしていたいというのが自分のもっとも強い要求であることを、長期旅行で再確認した。

一見して日本人とわかる若い女性が1人、おどおどした感じでレストランに入ってきた。どうしていいのかわからない様子でもじもじしている。彼女は身なりも質素で、一人旅のように見えた。

彼女が店に入ってきた瞬間、いつもはタラーとしてぶっきらぼうなインド人店員たちが水を打ったように静止し、次の瞬間にはスイッチが入ったように働き出した。

まず、もじもじしているその女を席に着かせてやる。壊れ物を扱うようである。彼らはガラスコップだってもっと粗暴に扱うが。

女を料理置き場に案内して注文の仕方を教えてやる。

女の飯の食い方が、日本人以外にはないものだった。この女の場合は必ずしも悪くはないと思った。日本で見たらうんざりしたかもしれないが、しばらくぶりに見て変に懐かしかった。

中国系などとはまったく違う食べ方。あまり口をあけず、もじもじしたたどたどしい感じで口を動し、ちょっと幼稚に見える。下手をすると馬鹿に見え、日本人が見ればぶりっ子に見えるかもしれない。

とにかく彼女のおかげで店には完全に場のようなものができてしまい、どういう気のまわし方か、私へのサービスまで良くなった。

ふだんは決して持ってこない紙ナプキンを恭しく持ってきてくれたり、別のカレースープを一品余分につけてくれたりする。

翌日行ったときにはまたふだん通りのサービスにもどってしまったが。

たしかにその女は、一人旅の日本人女にしては十分に上品だったし、そこそこ上玉でもあり、そこはかとなくやさしい雰囲気を醸し出していた。これが日本女ですと世間に出しても恥ずかしくないだけのものはあった。その店に日本人女が入って来るのを見たのはそのときだけではないが、そのときの反応は特別だった。

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2006年3月22日 (水)

KLCCスリヤのカフェで

(某月某日)

KLCCスリヤのカフェに座っていると、若い白人女が何かを配りに来ることがある。カードと安っぽいディズニー風のマンガバッジをテーブルの上に黙って置いていく。しばらくするとまたやってくる。

カードには、「私はDeaf personです」と書いてある。この、実に趣味の悪いアメリカ風バッジを10リンギで買ってくれという。

見たところ本当にDeafではあるらしい。しかし、KLの顔のようなこの場所を、勝手にうろついて寄付を求めることは、白人にしかできないことである。

背後には何かの組織があるようだが、その名前は書いてなかった。

同じ女が2回私のところにやってきたので、こんなおもちゃは要らないが5リンギだけドーネーションしよう、と紙ナプキンに書いて見せてみたら、それはいらないという。組織にきっちり統制されてやってる感じである。

マレー人の警備員がやってきて、シッシッと追い払っていた。白人だからといって容赦はしない。やはりマレーシアは立派な国であると思った。

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2006年3月 2日 (木)

KL中華街のネット屋で

クアラルンプール中華街は安ホテルもインターネットもあって便利だが、KLにしては白人が多いのが難点である。(売春婦連れが少ないのは救いである。)

インターネット屋はスンガイワンプラザにもあるが、中華街のホテルにあるもの方が安く、清潔で機械や回線もまあまあ。しかし、騒々しい白人が入っていることが多い。

白人というのは本当に周囲の迷惑を気にしない人種であり、部屋中に響き渡って余りある大声を出してしゃべらないと気がすまない。

ネット屋にはいつも、二人以上の組でやってきて、一つのパソコンにへばりついている。椅子は勝手にその辺のを使い、料金は一人分しかはらわない。これはどの国のツーリスト基地のネット屋にも見られる光景であろう。

ひっきりなしに喋り捲り、椅子をずらして動き回り、友人を求めて歩き回る。歩きながらまた大声でしゃべる。ローカル利用者の迷惑など一切顧慮しない。というより、この世に自分たちしかいないと思っているようだ。

白人の中年夫婦も来ている。これも、一つの機械と二つの椅子を占領し、若い連中ほどではないにせよ部屋中によく響く声でしゃべりつづけている。

醜くただれたような足と肩、背中を恥知らずにさらけ出し、汚く悪意に満ちた2匹のケモノといった風体である。

 
白人は個人主義だというのはまったくのウソである。彼らは一人でいるのがとても不安らしい。 西洋の「個人主義」といわれるものは、あくまで歴史的な「個人主義思想」に過ぎない。

現実の個々人が個人主義的に鍛錬されているとか、個人主義を血肉化しているということではない。規範として共有されているということですらない。これは近代日本人の陥りやすい妄想であり、白人もまたそれを助長するように付け込んできたものである。

日本人は西洋の個人主義なるものを特別な道徳意識・むしろ美意識とさえ妄想しがちである。現実の白人個人が「個人主義的」なのは、平然と他者を顧慮しないセルフィッシュなところに過ぎない。

彼らはイラン高原(またはロシア南部)を出てヨーロッパに広まったときから、「征服して根絶やしにする」こと、すなわち「ホロコースト」「民族浄化」によって自らを確立した人種である。根が極端にセルフィッシュなので、まともな社会を築くには外から道徳規範を特別に叩き込まれる必要があった。

そうされないと何でもやってしまうDNAだからである。この上から教え込まれなければならない道徳規範がキリスト教であったり、現在の人権思想や環境保護思想だったりするのである。

アジアにおいてはさまざまな系統の言語が錯綜していて日本語のような系統不明の言語も散見されるのに対し、ヨーロッパは、後に侵入したモンゴル系の言語やバスク語などごくわずかな例外を除き、ほとんどがインドヨーロッパ語族一色である。

このことは、ヨーロッパ人種がその始原において「ホロコースト」「民族浄化」を要件として成立したことを意味する。すなわち「ホロコースト」「民族浄化」の衝動は、白色人種の持って生まれた刻印(性格)なのである。

  
クアラルンプールでイスラム色のもっとも弱いと思われる中華街は、白人の好む避難場所だが、ここでも白人ツーリストはとにかく「かたまる」のが好きである。

白人は実に集団主義的である。かれらは、自分たちにとって快適そうな場所を見つけると、どこからともなく集まってきて塊になる。そして、小さい場所であっても、とにかくその場所を「占領」して縄張りを作るのを好む。そのように白人に占領された空間は見事に白人しかいなくなる。

そういう白人が集まっている場所でも、観察する限り、彼らは黙って座っているだけでお互い面識もないことが多いようである。ただひとえに同じ白人だからということで近くにいるだけで、友人でも同国人でもないことも多いようだ。しかし、彼らはともかくも白人だけの空間にいないと不安に感じるらしい。

この町でも日本人ツーリストらしい人を見かけることがあるが、たいてい単独行動をしている。日本人やアジア系ツーリストが塊りになっている光景は見たことがない。

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KLの毛唐たち

(某月某日)

いまのKLは比較的毛唐は少ないと思う。しかし、白人はどこまで行っても白人である。KLは悪くない。かなりいいほうである。しかし、毛唐がいればどこでも悪くなる。

タイ女のような土人女を連れたマルダシの毛唐はたまに見るくらいだが、色黒のインド系の「恋人」を得意げに引っさげた白人男は時々見かける。

今日はputraLRTの車内で人目をはばからずに(というよりいつもの見せびらかしで)かなり黒いインド系の女とキスをしている白人男を見かけた。

イスラム教国の公共空間でこういうことをするのはいかがなものかと思ったので、盛大にフラッシュをたいて写真を撮っておいた。

新渡戸稲造の「武士道」に、アメリカ人の男は人前で妻を接吻し私室で叩くが、日本の男は人前で妻を叩き私室で接吻する、という話が引いてあった。

彼らが人前で派手に演技したがるのは「うしろめたさ」からなのだろう。彼ら自身の行いも、彼らの人種の歴史的行いもふくめて。

今もっているデジタルカメラは小さくて軽いが、シャッター速度が遅く扱いにくい。白人の狂態を見つけたときにとってやろうと思って用意したが、シャッターチャンスを逃すことが多い。

中華街のネットカフェは白人が多いが、タイよりは多少上品な雰囲気かもしれない。バックパッカーらしいドイツ人のカップルが大声でしゃべっていたとき、スキンヘッドの在住らしい白人親父が、コンセントレートできないとか言って注意していた。

しかし、しばらく静かにしていてすぐにまたしゃべりだす。こいつらはまったく幼児である。自分もかつてこういうやつを注意したことがあったが、黄色人種の注意など逆効果なので今は何も言わない。

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茨廠街(ジャラン・プタリン)

茨廠街(Jalan Petaling)は、KL中華街のモール街で、タイのような猥雑な雰囲気がある。

したがって、当然のように、ツーリストや傲慢にのし歩く白人客が多い。

マレーシアでは、白人は中華街を好む。

中華街とくにジャラン・プタリン周辺にいる白人は、他のところにいるのとは態度まで違うように見える。バックパッカーのようなのも多い。タイのチェンマイに来る白人のようで、俺の天下という風情である。

彼らがもっとも非イスラム的な場所である中華街に、逃げ込むように集まってくるのは、よほどイスラムに嫌悪感か恐怖感を持っているのだろう。

それでも去年よりは数が少ない感じがする。

クアラルンプール全体はもちろん、中華街でも白人が特に多いというわけではない。しかしある特定の場所は、白人ばかりになっている。

雨季の間、ほとんどツーリストのいない時期も、ジャランプタリンの近くのあるローカルな中国人レストランの前は白人がいっぱい座ってる。そこだけ見るとこの町は白人ばかりかと見える。

その店が特に良いわけではなく、ほかにも良い店はいくらでもあるだろう。彼らはただ、白人だけで集まっていたいだけなのだ。

白人は見知らぬ同士であっても、とにかく「白人だけ」の空間を作りたがる。ある場所を決めて、白人用の空間にしておかないと安心できないらしい。つまり、彼らはいつもアジアで租界を作りたがる。

そういう空間に彼らが許容する有色人種は、白人男が連れてきた「優位の印」としてのアジア女、女奴隷だけである。

これは彼らの人種的カルマなのだろう。租界を作って避難していないと、彼らがかつて有色人種に対してなしてきた果てしない歴史的罪業の果が、襲いかかってくるような恐怖を感じるのかもしれない。
  

クアラルンプールで白人が多いところは、中華街、KLCCなど。スンガイワンプラザでも、タイ売春婦のような女を連れた白人が練り歩いてることがたまにある。

やはり非イスラム的なインド系の女を連れていることが多い。

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クアラルンプールのインド人

驚いたことに、正直者が多いようだ。

つり銭をごまかそうとしないインド人がいることに驚く。

人を容姿や民族で色眼鏡で見てはいけないことは分かっているが、インド人系であることとインド風のノリは同じなのにと、どうしても思ってしまう。

インド人は必ずだますもの、インド人を信じるな、インド人は悪いやつ、というのは、ネパール人にはしょっちゅう聞かされてきた。

マレーシアに来たときには中国人の店よりはインド人の店を訪ねる。やはり、インド的な雰囲気が好きだし、中国料理(中華料理というと日本のものになる)よりはインド料理のほうが好きである。

この辺では普通、テータリク(ミルクティー)は1リンギだが、1,3リンギくらい取るところもある。味はどこもたいして変わらない。

しかし、インド人街のある店では80銭だった。私は、当然1リンギ以上だと思って、リンギ札を一枚渡して立ち去ろうとした。

1リンギの所が多いし、もし足りなかったら向こうから普通に請求してくるだろうと思ったが、なんと向こうの方から、立ち去ろうとする私を追いかけるように20銭のお釣りを差し出してきた。

ちょっと新鮮な経験だったが、こんなことに驚いてはいけないのかもしれない。他にも親切なインド系は多い。

マレーシアのインド系は色の黒いタミル系が多いようだ。

シーク教徒もいて、独特の雰囲気がある。髪を切っているシーク教徒もいる。

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KLモノレール

KLモノレールは見るからにおもちゃのようで、子どもは楽しくて仕方がないと思われる。自分が子どもだったらおおはしゃぎをしたと思う。

小さくて、ジェットコースターのようで、運転台の前が広く開けた大きな窓になっていて、見晴らしがよく、高い架線の上を這っていく。

ジェットコースターのように速いわけでもなく、乗り心地は良いわけではない。しかし、椰子の木の茂った南国の人工的な近代都市の真ん中を、下を走る車を見下ろしながら通り抜けていくのは楽しい。楽しめる心を持っていたなら。

架線から外れて下の車線に転げ落ちそうに感じることもある。

どうして日本にはこういう楽しい乗り物がなかったのだろう。

子どものころ、乗り物はおもちゃじゃないから無理に窓を覗き込んだりしてほかの人に迷惑をかけてはいけないと教わった。たいていの公共の乗り物は、景色を眺めることを重視せず、外が見にくくなっているように感じられた。

KLは売春婦連れ白人は少ないほうである。

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クアラルンプールの日記

一日目。

午後一時半のマレーシア航空で成田を出発。翼の付け根の席で、外がよく見えた。機体が左右にゆれるたびに、翼が大きく上下して、ちょっと恐い。翼の先が風でぺらぺらと動き、壊れそうにみえる。夕焼けが下の方にきれいにみえる。いろんな色に変わりながら、だんだん下の方に消えていき、上の方は黒っぽい帯になっていく。

空港のパスポートコントロールの列に、タイ売春婦丸出しの女を連れた白人がいたので、写真を撮る。

現地時間午後八時二十分頃KL着。疲れていたので近いホテルに泊まろうと思い、空港内の旅行代理店に頼むと、20分といいながら車で飛ばして30分くらいはかかるエンプレスホテルというところに連れて行かれた。近くにあるコンコードホテルはフリーの客は受け付けないというが、本当かどうか怪しい。コンコードが150リンギくらいで、エンプレスが230リンギ。エンプレス周辺はもっとやすいホテルもいくつかある。しかし、市内への交通の便は悪い。

二日目。

旅行代理店は翌朝迎えに来てくれるといっていたが、やっぱりうそだった。KLIAまでは車で送ってくれるといってたが、来なかった。結局、KLIAエクスプレスで市内まで行った方がよかった。

エンプレスホテルの真向かいの茶屋で、昨晩少し話したシーク教徒の男に、朝また出会う。バス停の場所を教えてもらう。茶屋の主人にもこの男にも近くの別の宿を勧められる。この辺の業者なのだろう。

バス停はセブンイレブンの前の大通り。標識も何もない。そこからバスで、ニライまで行く。ニライからKTMコミューターに乗る。このとき中国系とインド系の男に出会って、少し話をする。彼ら同士も完全に英語で話していた。マレー語は全く出ない。KLセントラル駅で降り、プトラLRTに乗り換え、パサルスニへ。パサルスニで少し迷った後、楽安旅館に入る。37号室にチェックイン。

楽安旅館はパサルスニ駅を右下に出て、ワリサンプラザとかいう看板のある道を真っ直ぐ行った右側。

マスジッドインディアまで歩く。去年来たときは閑散としていたが、この日はマーケットが大盛況。去年と同じインドレストランでナンとチキンカレーとお茶。レストランの主人にも見覚えがある。今日は祭りなのかと聞いたが、そうではないということだった。

マスジッドインディア近辺は美術学校のような匂いがする。衣料品問屋が多いので、繊維の染料の匂いかもしれない。

夕方4時ごろから夕立。マレーシアは今モンスーンだそうだ。

三日目。

昨晩は隣のトタン屋根に水の滴る音で眠れず。昼間泥のように眠る。夕方は今日も雷雨。4時過ぎ、小降りになってからKLCCへ行く。都心に来たらやっぱり毛唐が多かった。Domeでコーヒー。以前より無愛想になったが、店の雰囲気は良い。

デジタルカメラでアジア女連れの毛唐の写真を撮る。

KLCCからダンワンギ、ダンワンギで外に出て少し歩きブキナナス駅でモノレールに乗り換え、ブキビンタンのスンガイワンプラザへ。

スンガイワンプラザにあるネットカフェに行く。機械の調子がよくない。悪くないがココログには耐えられないようだ。

気がついたら右も左も日本人だった。日本語のページを見ている。右の高校生みたいなのは2ちゃんねるのゲームの板を見ていた。

このネットカフェのワープロでは「毛唐」という単語が一発変換できる。自分のパソコンでは毛唐が変換できず、辞書登録しなければならなかった。

帰りのモノレールで、一瞬不安になり中国人らしい男にパサルスニの方向を聞くと逆の方向を教えられ、またKLCCまでもどることになる。

某月某日。

駅で下りのエスカレーターを上ろうとした。知能の崩壊を感じる。

翌日。KLCCはよいところで、わりと好きだが、良いところには毛唐も多い。

スターバックスの店内で、若いキチガイ毛唐夫婦が赤ん坊のオムツを換え始めた。さいわい私は何も食べてはいなかったが、臭いがぷんぷんしてくる。

彼らは有色人種客の迷惑などまったく顧慮しない。隣に客がいるとさえ思っていなかっただろう。

毛唐にモノレールの階段でいちゃもんをつけられ、いきなり突き落とされそうになる。反白人テロはぜひとも必要だ。彼らこそテロリストだからだ。今日は毛唐がらみで災難な日だった。

先日、日本のテレビで日本語をしゃべる白人が、「スターバックスもジーンズも洋服もみんなアメリカのものだろ、日本人はそれを使ってるくせに欧米にたてつくな。」と、ぬけぬけと放言しているのを見たのを思い出す。このオムツ夫婦も、「スターバックス店内はアメリカだから、あるいは白人植民地だから白人のものなのだ」と思っていたのかもしれない。

彼らはコーヒーもお茶も西洋のものだと思っているのだろう。日本語を話したとしても、白人はみなこんなものである。彼らにとっては、アラビア起源のコーヒーも中国起源のお茶も、白人の文化でありアメリカの文明である。白人にとっては、古代エジプトや中東の古代文明も「イスラム教徒に簒奪された西洋文明」なのである。

某月某日。

中華街のネット屋は安いが、タバコを吸う連中や毛唐が多い。タイ式のキチガイファランツーリストでいっぱい。大声でしゃべり動き回る。

ネット屋に限らずKL中華街は毛唐が多くて不快。

某月某日。

夕方、インド人街のいつものローカルなインドレストランでミルクティーのガラスコップを下に落として割ってしまった。

しかし店の人はすぐに気にするなというそぶりをして、一銭も弁償金をとろうとしなかった。

何年か前、タイの田舎町のタイマッサージ屋で、店員が床に置いた長細くて薄いガラスのグラスが勝手に倒れて割れたことがあった。そのときは後で有無を言わさず50バーツの弁償を要求された。そんなことを思い出した。

翌日。夜、インド人街に行こうと思い、マスジッドジャメの方に歩いているとタミル系と見えるインド人の女の子に道を聞かれた。ここではローカルだと思われているらしい。「クレーン」へ行く道を聞かれたが、「クレーン」ってなんだろう。わからないというとぷいと行ってしまった。

某月某日。

KLはタイのような最下級の白人は多くないが、中年以上の白人にはここをまだ植民地だと勘違いしている者も多いようだ。

白人の植民地支配の歴史が、根本的に批判されたことは一度もないし、彼らがそれについて自己批判したこともない。

白人は、日本の「過去」については中国・韓国等のイチャモンを間接的に奨励し、それによって白人の残虐行為の歴史を相対化する一方、白人の植民地支配については着々と歴史修正主義の論陣をバックアップしているのである。(中国人の反日を煽動する白人の政策は戦前からのものである)

中華街の狭い歩道を道いっぱいに並んでまっすぐに歩いてくる中年白人夫婦。

前から有色人種が来ても決して道を譲ろうとはしない。道を譲らないどころか、歩く速度を緩めることも、脇をちょっとかわすことも一切しようとしないで、道いっぱいに汚らしい肉体をぶら下げてまっすぐに突き進んでくる。相手に気づかないのではなく、むしろがんをつけながらまっすぐ襲い掛かってくる感じである。

高級ホテルでベルボーイなどに道を譲ったりすることはむしろマナーに反するだろうが、それと同じ感覚なのだろうか。

これは白人のいるところではどこでも見られる光景ではあるが、日本にいる白人はわりとマシなほうだと思う(日本の普通の地域では)。

某月某日。

KLに外人向け売春バーなどは私の行動範囲では見ないが、タイから売春婦を持ち込む毛唐は少なくない。

ポルノ持込ご法度の国なのに、「ポルノ」の実物の売春婦の持込が容認されているのは解せないことである。中華街のカフェで、タイ売春婦丸出し女を連れたハゲ白人オヤジを見た。

某月某日。

中華街にはいつも白人が集まっているところがある。

そこが特に良いところというわけでもない。ごく普通の、ローカルな小汚い中国人食堂である。ただ、いつもそこには白人が集まっていて、ほかの場所にはあまりいない。そういう場所が2、3箇所ある(季節によっても変わる)。

そういうところになんとなく集まっている白人たちは互いに知り合いでもないようだ。お互いしゃべるというわけでもない。ただ同じ白人がいるからというだけの理由で、群れているようである。

彼らは、自分たち用の場所をとにかく決めて、そこをなるべく白人だけで占領しておきたいのだろう。「白人だけの空間」にいたいというだけの気持ちが強いようだ。要するに「白人租界」を作りたいというのが彼らの本能なのだろう。

某月某日。

「白人租界」には「乞食」のような連中も寄ってくる。ギターを弾いて英語の歌をがなりたててカネを取ろうとするやつ。

黄色い糞掃衣を着たタイ人坊主(仏教僧)も、「白人租界」の周りをうろついて物乞いをしている。こいつらもタイ人売春婦とやることは一緒である。

タイ領内でムスリムを弾圧しているタイ人だが、より豊かで金回りの良いマレーシアにずいぶん物乞いに来ている。中華街やクランなど、少しでもいかがわしい臭いのあるところにハエやゴキブリのように集まってきて、「ファラン」の東洋趣味に訴えたり、へつらったりして現金を集める。小カオサンのような白人租界は彼らの稼ぎ場所である。

某月某日。

「白人租界」で、一人だけ浮きまくっている日本人女を見た。一人旅のバックパッカーのようだった。

日本人であることは一見してわかった。最初、白人にしなだれかかっているように見えたのでいわゆる「肉便器」かと思ったが、よく見ると、しなだれかかっているようにみえたのは、彼女が一人で「アンニュイ」を気取っていたからだった。この光景は実にお笑いだった。

彼女の「座り位置」は、売春婦の位置以外のなにものでもないのだが、客をとるならもっとそれらしいシグナルを出さなければならない。

こういう「座り位置」に自らを置いてアンニュイを気取っていることを、彼女は、旅慣れている姿とでも思ったのだろうか。それとも、個人主義的で、自分で何でもできる、自我の確立した女であることの表現とでも思ったのだろうか。

しかし私は、日本人より個人主義的で自我が強いといわれる白人女性が、こういう位置に自己を置きアンニュイを気取っているところを見たことがない。

自分のホームの空間ならいざ知らず、白人女性ツーリストが異人種ばかりの空間でこういう無防備な姿をさらしているところを見たことがない。

彼女はこのように、白人ツーリストばかり集まる空間に一人で乗り込んでいって「リラックス」して見せるのが、場慣れしているように見えてかっこいいと思ったのかもしれない。

しかし、何度も述べるように、白人がこの「白人租界」に集まるのは、「白人の空間」を求めてきているのである。どこでもいいから「自分と同じ白人のための空間」でリラックスしたいからである。

この論理からすれば、そこにいてもよい非白人は、ウェイターなど下僕でなければ白人男が戯れに連れ歩くアジア人レンタルワイフだけ、ということになるだろう。

そこに日本人女が、「客」を求めてならいざ知らず、「対等なる市民」として割り込もうとするのは、やはり「場違い」というものである。

KL中華街がバンコクのカオサンのように全部白人に占領されているならいざ知らず、ここでは白人が一人も入っていない同じようなローカルレストランは周囲にいくつもあり、味も価格も似たり寄ったりなのである。

白人が「白人の空間」を求めて集まっている場所に彼女が割り込む理由はどこにもない。

某月某日。

クラン行きのバスは、パサルスニ駅のすぐ北から出る。

ブキビンタン行きの市内バスは、マスジッドジャメの前から出る。

某月某日。KLCCでマレーシア製のメモリーカードを買う。1GB250リンギ。

パサルスニ駅に近い立派なヒンドゥ寺院の前で、歩道を歩きながら手を合わせて寺院を拝んでいく中国人の男を見た。何でも拝む人か。

某月某日。

楽安酒店をチェックアウト。正午頃、レストラン・ハミード近くのバス停(クランバスステーション)からシャーアラームに向かうバスに乗る。

某月某日。

毛唐が多くなるとアジア人は土人化する。

コンビニでマレー人の若い男性店員が毛唐客にへらへらしている様子をみていると情けなくなってくる。タイ人のようだ。

しかしマレー人の女はあまり白人にへいこらしないようだ。

売春婦に見られたくないという、ムスリムのみならずまともな女なら当然の気持ちからだろう。

前にインドレストランで話したマレー人のおじさんは、「ヨーロッパ人は嫌いだ」と小さい声ではっきり言ったが、それはその人が敬虔なムスリムだからだろう。

もしイスラム教がなかったら、マレーシアなど本当にどうしようもない国になっていただろう。

某月某日。

土曜の夜の中華街はタイ化する。

中華街には泊まりたくないが、安くて比較的快適なホテルが多いようだ。インド人街の安ホテルも見たことがあるが、値段は同じくらいでかなり汚かった。

中華街中心部は白人のゲットーになる。売春婦のような女も立っている。どうしてわざわざマレーシアまで来てそんなことを・・・・。マレーシアはイスラム国家ではないのか?

マレーシア政府は、自国がタイのような「土人売春国家」の道を進んで良いのかどうか、よく考えて欲しいと思う。

東南アジアの国であるにもかかわらず健全で、汚い毛唐がのさばっていないというのであれば、それだけでも観光資源になる。

某月某日。

インターネット屋だけは、「日本人専門店」を作って欲しい。

某月某日。

楽安酒店の下のローカルなレストラン・カフェに場違いな白人オヤジがひとり居座っていた。

この店は中国人の店だが、インド人もよく来ているし、もちろんマレー人も来る。

そんなに広くないので相席が普通だが、その毛唐のまわりには誰も座らない。

某月某日。

パサル・スニ駅に近い「プラザ・ワリサン」というコンプレックスはがらんとしたところで、人影もまばら。ナゴヤテキスタイル(名古屋・・・〔中国語〕・・・)という看板があるが、名古屋とも日本とも関係がないように見える。「名古屋テキスタイル」はマレーシアのいろんなところで見かけた。

その「プラザ・ワリサン」の上のほうの階はさらにがらんとしていて、最上階のフードコートはアフリカ人らしい黒人たちの溜まり場になっている。普通のマレー料理やテーやコピの店が並んでいるフードコートだが、いつ行っても10人以上の黒人が集まっている。

彼らは日本で見るアフリカ人よりはおとなしい感じで、白人のような大声を上げるわけでもなく、やたらヤンチャをするわけでもないようだ。

そこにはマレーシア人も食事に来る。スカーフをした若いマレー人の女の子も来ていた。

プラザ・ワリサン内には2、3軒インターネット屋があるが、日本語IMEの入っている店はない。これらの店も黒人客ばかりのことがある。

それぞれの人種や民族が自分の居場所を持つことは良いことなのだろう。

某月某日。

New Straits Timesに載っていたJalan Silangというところを訪ねる。

その記事には、クアラルンプールのエスニックな町として、中華街、インド人街のほかに、「Sri HartamasのLittle Japan」と「Jalan SilangのLittle Nepal」とをあげていた。

Jalan Silangは地図にも載っていない小さな一角。中華街の北、マスジッド・ジャメより南にある。パサル・スニからなら、Jalan Tun HS Leeという通りを北に行き、バンコク銀行の前を右折し、MyDinの角を北に入ったところ。

「ネパール人街」というほどのところではない。デヴァナガリよりもむしろビルマ文字の看板のほうが目立つくらい。

通りに面した一階にあるレストランはみな、ただのインドレストランでネパール料理はおいていない。インド人店員にネパール料理はと聞くと、「ネパール料理もインド料理も同じだ。さあさあどうぞ」といういかにもインド人らしい反応が返ってくる。

ネパール料理店は雑貨屋の2階にあった。Himalayan Restoranというところ。入ってみる。中にいる客はネパール人のみ。話される言葉もネパール語のみ。

モモを注文する。とても美味しい。主人はバフでなく「ゴート」を使っているといっていが、ハラール肉のせいかヤギのケモノ臭さはない。ついてくるスープもうまい。5リンギ。

経営しているのはチベット人のおじさん。ネパールのチベット人だが、もう2年もネパールには帰っていないという。

この人がとても感じがよく、親切だった。メニューにないチベット茶を飲みたいと無理を言ったら聞いてくれて、懐かしいあの赤い魔法瓶に一本作ってくれて、しかもチベット茶の分はお金をとらなかった。

ひごろ宿の中国人主人の狂気じみた偏屈さに接しているので、このチベット人のおじさんのまともな感じがとてもうれしかった。(ネパールではチベット人ってのはカネに汚くて・・・というイメージがあったが。)

この店は、航空券も売る。クアラルンプールからカトマンドゥまで片道800リンギということ。スンガイワンプラザなどの代理店よりは安いのだろう。

ただし、この店はあくまでネパール人のための場所である。われわれがネパール観光をするような気持ちで気楽に入っていい場所ではないのかもしれない。ここに来ているネパール人青年たちは、タメルの茶屋などで話しかけてくるお気楽なあんちゃんたちとは違う。「外国人」が入ってきたからといって、喜んで英語で話しかけてくるような者はいない。そんなことをするメリットは何もないし、彼らは「外国」にもううんざりしてここに故国を求めてきているのである。

彼らはネパールで見るネパール人同様話し好きで、際限なくしゃべり続けるが、彼らの表情は明るくなかった。先進国マレーシアに出稼ぎに来て最底辺の労働者として生活し、精神的に参っているという顔つきだった。

ネパール人だけで集まりネパール語だけの空間に浸り、ネパールの音楽を聞きネパール料理を食べてどぶろくを飲み、ネパール式の飲みかたでポットの水を飲む。そうやって自分固有の文化を取り戻し、ホッとしたいのだろう。

私があの店にズカズカと入っていったことは、良いことではなかったのかも知れない。

また、私は、彼らのような意味での「故国」を持たないのかもしれないと思った。今回、日本を出て2ヶ月になるが、その間日本料理を食べたことは一度もないし、食べたいと思ったこともない。日本米を2、3年(あるいは永久に)食べなくても平気である。

しかし、毛唐でさえ彼らの自国の料理やそれに近いものを外国でも食べたがるものである。

私が日本料理を食べたいと思わないのは、日本の食文化が破壊されてしまっているせいだろうか。それともたんに私の食文化が個人的に破綻しているだけだろうか。

一方、New Straits TimesにLittle Japanとして紹介されてあったSri Hartamasは広い一帯で、そのどこがLittle Japanなのかわからない。

宿の偏屈な中国人オヤジによるとHartamasは金持ちの住むところらしい。そして、Mont Kiaraに日本人が集まって住んでいるコンドミニアムがあるのだとか。 おそらく、駐在員の家族とかが住んでいるのだろうか。

「日本人は同じところに集まって住みたがる。ばらばらには住みたがらない」なんて、中華街の中国人オヤジに言われてしまった。

その「リトルジャパン」がどんなところかわからないが、高級住宅地ということで、私のようなツーリストの近寄れる場所ではなさそうだし、市内からかなり遠いところにあるので見に行くのはやめた。

しかし、日本人が集まって、仲良く楽しく住んでいるとしたら何の問題もない。

インターネット屋に来る毛唐などは、他人の迷惑というものを生まれてこの方一度も考えたことのないような連中が多い。アジアではどんな無作法も許されると思い込んでいる白人ばかり。

こういう人間たちとは決して同じ場所に長くはいられないと痛感する。日本人(アジア人)と白人とが対等に共存することは、不可能なことだと思う。

日本人がそこにいる以上、日本人の最低のマナーが通用する空間は是非必要である。大企業で働く日本人駐在員や日本人在住者のための場所はあるようだが、ツーリストや個人の長期滞在日本人のための場所は、どの国にも少なく、(規模も小さいために陰湿な場所になる)ように見える。

カネに余裕があり愛国心がある人が、せめて日本人専用インターネットカフェだけでも各都市に用意してくれたらありがたいと思う。

毛唐は、アジア人など「物」としか思っていない。ネット屋(日本と違って衝立などない)でパソコンに向かいながら、私を挟んで、「頭越し」ならまだしも、私の鼻先すれすれうなじすれすれをかすめるように左右から大声でしゃべりあう。その声は100メートル先でも聞こえるような大声。([毛唐]→[透明な私]←[毛唐] という位置関係)。毛唐の汚い息が顔や首にかかるようである。彼らにとっては私は人間としては存在していないのである。

それでもマレーシアは東南アジアではまだましなほうなのである。

某月某日。

New Straits Timesには、マレーシアに合法的に入国したネパール人が理由なく拘束されたとか、パスポートのコピーを持ち歩いていたらパスポート不携帯で逮捕されたという事件が大きく取り上げられている。

私はマレーシアの刑事訴訟法を知らない。彼らが本当に何か悪いことをしていたのかもしれない。同じように、不当な逮捕拘束があったのかもしれない。

しかし何故、彼らは拘束されて、私は拘束されないのか。

人種差別や肌の色による差別ではないだろう。マレーシアにはネパール人より色の黒い市民がいくらでもいるし、ネパールの各カーストの人々と同じような顔立ち・肌色のマレーシア人も少なくないと思う(もっとも、もし白人だったら、そいつが東欧の最貧国出身のゴロツキでも、理由なく拘束されるということはないだろう、という意味の人種差別は確かにある)。

彼らが逮捕拘禁されたのは、彼らがネパール国民だったからだろう。

自分の国が小さいということ、祖国の国力が弱いということが、この世界でいかに惨めで哀しいことかということを思い知らされる。

私も外国で、白人や黒人から暴行を受けたことがあるし、主に白人との関係で接客上の人種差別を受けることはよくある。

しかし、日本のパスポートを持っている以上、滞在国の官憲から陵虐行為を受けるということはめったにないだろうし、理由なく逮捕拘禁されるということも恐らくないだろう。ネパール人の場合は、正規の手続きを経てマレーシアに入国してもそういうことがしばしばなのである。

このことは現実問題として幸いである。われわれはいかに国家のおかげをこうむっていることか。人間はその「本能」を自ら作り上げてきた。そして、国家、ポリス、は人間性の要素である。人間がポリス的な生き物であるというのはそのとおりだと思う。

だから私たちは、自分の属する国家や権力に対して斜に構えるのでなく、この重要な祖国の働きに参加していく気持ちが本当は必要なのだろう。私自身はそこから最も遠い位置にいるのであるが・・・・

某月某日。

不当逮捕拘禁ならともかく、誰かの恨みを買って麻薬をバックに仕込まれたりしたときは日本国民もお手上げである。タイでよく聞いた怖い噂。

スーツケースなら全部開いて見ることが多いかもしれないが、バックパックの場合、宿に泊まるたびに全部出して中身を確認すると言う人は少ないだろう。国によって、イミグレーションのところに、バックの中に入っているものを全部認識しているようにというような注意書きが掲げてあることもある。

ところで、先日タイで日本人が二人惨殺された事件に関する報道がまったくないようである。日本大使館は働いているのだろうか。マスコミは外国で自国民が犯罪に巻き込まれたことに関心がないのだろうか。

もしも、タイで殺された二人が白人だったら、彼らがどんなゴロツキだったとしても、全白人世界のメディアを挙げての大騒ぎになったのではないだろうか。

インターネットで得られるニュースでは殺された二人は「ヤクザ風だった」ということだが、これはタイ当局の発表をそのまま流しているだけだろう。タイ警察がヤクザ風だったと一方的に発表しているだけである。殺されたのがヤクザだといっておけば、日本政府も日本国民も大騒ぎしないだろうという魂胆が見え見えである。

私がタイで変死体で発見されてもヤクザが殺されたことにされるだろう。

私が「タイ国王は顔面麻痺で笑えない」「タイ王室は麻薬利権で太ったマフィアである」「タイ王室は王妃のプロジェクトで山岳少数民族の森林を収奪している」というような文章をブログに載せていることがばれて、基地外タイ人(ほとんどのタイ人は基地外だが)に殺されても、タイ当局は必ず日本のヤクザが殺されたと発表するだろうし、タイ当局の不興を買って、タイ警察の先導によって殺されたばあいにもそんなように発表されるだろう。

ブログ程度のことを「不敬罪」で立憲するのはタイ当局にとっても面倒だし、ヘタなことをすると欧米メディアが「表現の自由」で騒ぎかねない(日本人の権利が侵されている場合にはその可能性はほとんどないが)、タイ警察としては見せしめに手下のチンピラに殺させてしまったほうが簡単で効果的だとい結論に達したとしてもおかしくない。

某月某日。

久しぶりに異様に静かな中華街のネット屋。
さっきまでしゃべっていた白人おばさんもいなくなり、どうしてこんなに静かなのと不思議なくらい。

昨日のこの時間は海兵隊みたいなランニングシャツアメリカ人が何人も乗り込んできてひどい騒ぎだった。

中国人の女の携帯がなって、女が電話に出る。「ハロー」「ハロー」。やや大きな声だが白人たちほどではない。

すると、神経質そうなハゲ白人オヤジがすかさずその女に注意する。「静かにしろ」

このハゲ白人は、白人ががなり立てる声は気にならないらしい。「有色人種の野蛮な行為」は許せないのだ。

その中国人女は白人よりは理性があったのか、白人の抗議だったからか、すぐに意味を了解し、声を落とした。

こういう場所で大声をだしてしゃべっている白人に「ちょっと静かにしてくれ」と言ったことは何回もあるが、ほとんどの場合彼らはまずその「意味」が理解できない。

言葉が通じていないのではない。なぜ自分が「アジアで」「アジア人から」そんな抗議を受けなければならないのか、彼ら白人には理解できないのである。ここは「アジア」だから俺たちが自由に振舞って良いところじゃないのか、何でそんなことを言われなきゃならないんだ・・・不可解、といった顔をするだけで、まったく意に介さなず、同じように騒ぎ続けるのが普通。それが平均的な白人のモラルの水準である。

某月某日。

静かだった宿に、若い白人ツーリストが大勢はいってきた。

宿の廊下の真ん中に若い白人女が突っ立ってジュースを飲んでいる。

狭い廊下のど真ん中にこの女が突っ立っていると、他の人は通れないのだが、通行を妨げているという意識は、この女には微塵もない。

私はそこを通って自分の部屋に戻らなければならない。

近づいていっても、何しに来たという目で睨みつけるばかりで、微動だにしない。

この女は最後まで、私のために道を譲ろうとは考えない。それどころか、1cmさえ譲歩しない。

「ほんのちょっとだけ」身をかわすことさえ、この女は絶対にしようとしないのである。これは、どんなに常識知らずの若い日本女でも自然にやっていることだろう。われわれは本屋で立ち読みに熱中しているときでも後ろを通る人がいればその気配を感じ、特に考えなくても自然に道を譲る。これはわれわれの「本能」に近い文化である。その相手が誰であろうと、人種や民族など意識する以前にわれわれはそのように振舞うだろう。

毎度のことながら、白人の振る舞いは驚くべきものである。

大半の白人がこの通りの振る舞いをするのだが、日本の文化とは絶対に相容れない他者との関係にかんする「原理」に彼らは固執している。

もちろんそれだけではない。ここがアジアとくに東南アジアだからである。

白人はアジアのどんなにローカルな場所に入り込んでも、そこに「客」としているのは「白人だけ」でなければならないと考える。

ここはどちらかと言えばローカルな安宿なのだが、「白人たる自分たち」が客として入った以上、同じ身分の客として有色人種が同じところにいること自体、彼らには(「許せない」以前に)「信じられない」のである。

白人はそういう発想を自然にする人種である。

つまり「信じられない」ことが起こったから、あの女は唖然として私を睨みつけ、棒立ちになっていたわけである。

このような「自然な」人種主義・白人至上主義は、言うまでもなく白人特有の「本能」に近い感覚であり(われわれが自然に他人に道を譲っているのが「本能」に近い感覚であるように)、白人社会の土壌に根ざし、白人の体質に宿るものである。

すなわち「ナチズム」は決して特殊な現象ではない。人種主義的なホロコースト主義は、白人の体質であり、文化であり、「原点」なのである。

某月某日。

4月中旬になって毎日のように雷雨。毎夕のように烈しいスコールと雷が長い時間続く。夜は涼しくなった。

毎度のように白人のマナーの悪さには驚かされる。彼らが白人のための場所で騒いでいる分には勝手なのだが、彼らは白人があまり来ていないようなローカルな場所を荒らすことに、彼らがアジア植民地で昔から好んだ強姦に似た快感を覚えるようだ。

ローカル中心のインド料理屋にでかい禿げ白人が押し入り、店員全員の注意を引き付けようとする。腕を大き広げてワーオとやる。『土人』たちが自分が来てやったのを大歓迎してくれるのは当然だと思っているようだ。

ネット屋でのマナーはいうまでもない。英語人がうるさいが、フランス人も負けていない。一台のパソコンを囲んでいっときも沈黙していられないようだ。彼らにとって『沈黙』は『闇黒』であり『野蛮』なのだろう。勇気をもってその『野蛮』にたちむかい打ち破るのが白人の『使命』だと思っているようだ。ローカル客しか来ない静かなネット屋を探しだして通っていても、かならずこういう『使命感』のある白人が荒らしに来るのを見る。

某月某日。

KLCCスリヤ伊勢丹の紀伊国屋で目立つところに置いてあった榊原英資「食がわかれば世界経済がわかる」(文藝春秋)という本をタイトルにつられて衝動買い。久しぶりの読書。

読書の遅い私でもアッという間に読んでしまえるほど内容のない本だった。50リンギも出したが、読んだあとは完全にゴミになった。

著者が、英米が世界経済を支配できた原因は植民地支配により「食」の資源を押さえたからであるというのは正しい。また、彼らに植民地支配を可能にしたのは、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」などではなくて、なによりも軍事力だったというのも正しい。スペイン・ポルトガルはもとより英米蘭仏においても植民地支配・経営の原動力はまずもって軍事力だった。

この本の悪いところは、これ以上の内容がないだけでなく、「アジア」についての誤った幻想を日本人向けにまき散らそうとしているところであるように思う。

著者は、「日本の大衆はどうせバカだから」と思ってバカな話をしているのか。それとも何か深慮遠謀があってバカのふりをしているのだろうか。しかし、「日本は覇道を目指さず、王道を歩まなければならない」などという意味ありげな結論は、白人の世界制覇の原因に関する考察からは不釣合いで、取ってつけたような印象を与え、中国共産党に女を抱かされて念を押されてきた仕事のようにも思われる。

理由があってバカを装っているのでないとすると、この著者の頭の単純さに驚かされる。まるで高校生のようである。こんなナイーヴな小僧が日本国の財務官をやっていたのである。アジアの何処に行っても「日本はテクノロジーベーリーグッド」としかいわれないことにも理由がありそうだ。「日本人は頭は良くない。勉強はできない。技術があるだけだ」とネパールの上流カーストの田舎者にいわれたことを思い出す。

この人に「アジア」なんかまったく見えていないのではないか。大蔵省の財務官を勤めるほどのエリートに必要なのは本を読んだりする力ではなくて、どんな手段によってでも、ちゃんとモノが見えていることではないだろうか。

著者の恥ずかしい中国幻想は女を抱かされたからばかりでもなく、本気のように見える。

インド観が貧しいというより、インドはほとんど視野に入っていない。

東南アジアは、シナのみならず、インド抜きには一言も語れないはずなのだが、著者の東南アジアはインドもアラブも抜きである。

したがって著者の東南アジア観は買春オヤジ的レベルの恥ずかしいものになる。「東南アジアの仏教国はたぶん親日的で日本人と肌が合うだろう」的な恥ずかしい妄想。この人は東南アジアを自分の目でほとんど見たことがないようだ。

何より滑稽なのは(本気で書いているならだが)この人にとっては「一神教」の世界は「アジア」ではないらしいこと。ということは、イスラムは「アジア」ではないということになる。

現実のアジアを素直に見渡せば、イスラムこそは、好むと好まざるとにかかわらず、「アジア」のもっとも有力な倫理システムであり、最も元気のある人的および情報金融のネットワークだと思うのだが、そういうことはこの人の目にはまったく見えていないようだ。

「一神教はアジアではない」ということになると、中東・中央アジアはもちろん、東南アジアの大部分、インドのかなりの部分は「アジアではない」ということになるのではないか?

以上のことからわかるのは、この著者の「アジア」観は、「日本近代主義」的「アジア」観を反転させただけのもので、相当小便臭いものだということである

二元論的図式化はわかりやすくて便利だが、あらゆる図式的二元説はインチキである。この本に出てくる「ファーストフード」と「スローフード」、「アングロサクソン型」と「フランス・ラテン・中国型」、「覇道」と「王道」なども同じ。

「わかりやすくてインチキな理論」ということは「危険な理論」だということである。

そのほかにもこういう本のインチキな罠として気をつけるべきなのは、「中国」や「インド」を定義することはできないということ。

普通の日本人が想像している以上に多くのインド人がムスリムであること。

とくに、外国にいる活動的なインド人にはムスリムが多いようだ。外国で活動(商売)するにはムスリムのネットワークが有効だからだろう。

ヒンドゥ教のインド人は、ヒンドゥ(インド文化・精神世界・ヨガなど)を外人に売り込んで商売しているのでない限り、外国人などにあまり接したがらないのではないか?

東南アジアに多いタミル系インド人がヒンドゥだと決めてかかるのも間違い。私がこれまでにマレーシアで会話したタミル系インド人のほとんどはムスリムだった。私はタミル語もマレー語も話せないので英語の会話に乗ってくるような人に限定される。つまり、少しでも英語を話す、英語を話したがるような人ほどムスリムが多いということではないか?ムスリムのタミル系インド人に「彼はタミルヒンドゥだ」といって紹介された人はとてもシャイで素朴な感じで英語など話そうとしない感じだった。つまり、英語を良く話せるような人ほどムスリムが多いように思う。改宗も進んでいるかもしれない。

ミャンマーでは、多くの中国人がイスラム教に改宗しているとパキスタン系(インド系)のイスラム教徒から聞いた(彼らが「パキスタン」と自称する場合バングラデシュがルーツという場合もあるようであり、またインドとパキスタンが分離する以前からミャンマーに来ている人たちもムスリムはパキスタン系を自称したがるようでもあり、パキスタン系には「ムスリムのインド系」という以上の意味はないようにも見えた)。パキスタン系と中国系との混血のムスリムも多いようだった(ヤンゴンのインド人街で屋台を出している人に多かった)。

いずれにしても、イスラム教は昔から「アジア」を代表する宗教のひとつであり、いまアジアで一番元気な倫理システムでありネットワークである。

イスラム教はキリスト教以上に普遍主義的な宗教だが、同時にたいへん「アジア」的な宗教であると思う。

というのは、「イスラムを抜いたアジア」というのは客観的に見て、どうみても現実の「アジア」とはいえないからである。これは今に始まったことではない。日本人が最近まで注意を払ってこなかっただけである。

榊原氏の「妄想のアジア」と現実のアジアとの間との間には大きなズレがあるように見える。

「食」に関していえば、現在東南アジアには、ハラール食品を「味で」非ムスリムにも売り込もうという動きがある。榊原の好きそうな「仏教国」タイも、ハラール食品産業を輸出産業として成功させて何とか金を稼げないものかと企んでいるのである。

実際ハラールの鶏肉を食べるとはっきりわかるが、血を完全に抜いてあるので血なまぐささがない。日本などのケンタッキーなら二つも食べれば気持ち悪くなるが、ハラールの鶏肉なら同じフライドチキンでも皮以外は非常にあっさりしていて、いくらでも食べられる感じがする。ハラール肉はいわば動物の「活け締め」である。

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2005年9月20日 (火)

2005年1月2月マレーシア、インド(デリー)

2005年
【コタバル】
1月29日。スンガイコロクのワレンタインValentineホテルをチェックアウト。モトサイでイミグレに行き、難なく国境通過。マレーシアに入り、タクシー220バーツでコタバルへ。マレーシア時間1時半ごろコタバルに着く。タクシー停留所の前のAl-Rana Hotelという汚い宿に入る。エアコン付水シャワーの狭い部屋で35リンギ(350バーツほど)。宿の人の感じは良い。受付の色白の青年はカリマンタンのサバ州の少数民族出身だといっていた。英語もわかりやすい。香港銀行のATMが使えた。
【クアラトレンガヌ】
30日。Al-Ranaをチェックアウト。11時過ぎのバスでクアラトレンガヌに向かう。2時ごろ、クアラトレンガヌ着。ホテルをいくつかあたるがバストイレ付はどこにもない。結局バス停前のSri Tanjungというホテルのシャワーだけ付いたエアコンの部屋に入る。35リンギ。海沿いの長距離バスステーションの前。
【クアンタン】
31日。スリタンジュンをチェックアウト。12時半のバスでクアンタンにむかう。バスは遅れて出る。午後5時ごろクアンタンの長距離バスターミナルに着く。そこから歩いて10分ぐらいのメイバンクに近いRayaホテルというところにチェックイン。シャワーだけ付きトイレ共同のエアコンの汚い部屋。36リンギ。
クアンタンのスルタンアフマドモスクは外から見ただけだが美しい。

【クアラルンプール】
2月1日午後2時のバスでクアンタンを出る。それまでRayaホテルにいさせてもらう。
午後6時ごろクアラルンプールのプドラヤバスステーションの近くに着く。歩いてチャイナタウンに入り、楽安酒店という安旅社風のホテルに入る。50リンギもする。チャイナタウンは物価が高い。白人も多い。東海岸ではほとんど見かけなかったが。
2日。ひきつづき楽安酒店に滞在。高いが居心地は悪くない。KLCCに行く。伊勢丹の紀伊国屋で「歩き方インド」をさがすが、ない。同じSuria4階の紀伊国屋(洋書)でロンリープラネットインドを買う。バカ高い。120リンギくらいする。LRTというのにも初めて乗った。
クアラルンプールの人は概して感じが良いし親切。中年のおばちゃんでもよく英語を話し、道など親切に教えてくれる。
3日。午前中銀行を歩き回る。東京三菱、HSBC(香港銀行)は口座を持っていないと外国送金はできない。口座もツーリストでは作れない。Maybankが外国送金を受け付けてくれた。ただし両替はしてくれない。ドル札で送金を依頼することはできず、リンギのみ受け付ける。いったんHSBCでカードでリンギを引き出しそれを持ってMaybankに行き、送金を依頼する。
そごうを見に行く。伊勢丹よりはやはり大衆的でスーパーのよう。小さいデイパックを一つ買う。120リンギくらい。そごうに行く途中にマスジッドインディアを見たが、なんということはない。インド人街もたいしたことはないが、ミルクティーはさすがに旨かった。チョウキットも見に行ったがなんということもない。モノレールに乗る。
ミルクティーはインド人街が旨いが、コーヒーは楽安の隣の中国人の店が旨い。
4日。午後、プトラLRTのバンサー駅からパンタイまで歩き、パンタイメディカルセンターにたどりつく。パンタイにいちばん近い駅はバンサーの2つ外のKerinchi。
5日。夜8時ごろ、ブキビンタンのスンガイワンプラザに行くが、旅行代理店はもうみんな閉まっていた。スンガイワンプラザは(昔の)中野ブロードウェーのようでぱっとしない。
9日。今日から春節。店は大部分閉まる。インド人街やインド人経営の店は開く。
数日前から旅行代理店をさがしていたがどこも閉まっていた。
春節の休業は来週月曜日まで続く。航空券はどこでも買えない。KLCCからAmpang通りをすこし行ったところにあるMATIC(インフォメーション)は開いていたが、航空券は今はインターネットでしか買えないとのこと。
10日。スンガイワンプラザ3階のインターネットは春節の間も開いている。チャイナタウンのネット屋は閉まり。KLCCの伊勢丹も今日から開く。
11日。アマルテリア・セン「貧困の克服」を読む。紀伊国屋で買った。センはともかく訳者はクソ。アホな英語屋の典型。
14日。スンガイワンプラザの旅行会社が今日から開く。3階の代理店はどこも片道航空券(インド)を売ってくれない。2階の「安全旅遊」がデリー行き片道を売ってくれた。マレーシア航空。1215リンギ。安全旅遊は親切。
20日。楽安酒店の近くの両替屋で1500リンギをインドルピーに換える。16000ルピーにもなった。1リンギ9ルピーくらいだと思ったが。
【デリー】
21日。楽安を午後2時チェックアウトにしてもらう。KTMコミューターでニライへ。バスに乗り換えKLIAへ。田舎。空港はさほど大きくなく、人も多くない。チェックインはスムーズ。マレーシア航空デリー行きはすこし遅れて出る。インド人乗客が多い。サリー姿のおばさんたち。サービスは良くないが、タイ航空よりはマシ。
インド時間午後10時ごろデリー着。空港のプリペイドタクシーでパハルガンジヘ。この立派な窓口を構えたプリペイドタクシーがすべていかがわしい。「インドは初めてか、デリーは初めてか」と必ず聞き、高いコミッションを取れるホテルに連れて行こうとする。その意図がミエミエなのがすごい。パハルガンジの近くで車を降りてからもコミッション狙いのドライバーがつきまとう。Hotel Natrajというところにチェックインしようとしたが、ドライバーがついて入ってくるのでいったん外に出てドライバーをまき茶店でお茶を飲む。4R。ネパールより高くて量は少ない。味も落ちる。Natrajに戻りチェックインする。300Rs。高い。この宿の人はシーク教徒で陰険な感じ。
22日。朝早速Natrajをチェックアウト。そのときフロントの男が3日泊ると言っただろうとバカなイチャモンをつけてきた。そんなことは言った覚えもない。仮に予定として言ったとしても約束したわけではないから意味がない。しかしそんな恫喝で折れてしまう日本人ツーリストが多いということだろうか。
パハルガンジ・メインバザールのArjungゲストハウスの200Rsの部屋に移る。窓はほとんどない。
28日。コノートプレースの近くの旅行代理店でカトマンドゥ行き航空券を買う。コスミックエア5800Rs。かなりぼられた感じもするが面倒くさいのでそのままにした。

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