s-my.クアラ・トレンガヌ

2006年7月13日 (木)

クアラ・トレンガヌ Kuala Terengganu トレンガヌ州 マレーシア

「クアラ・トレンガヌ」は日本語風にカタカナのまま発音したほうがよく通じる。「ト」のあたりを変に外国語風に言おうとすると通じなかったりする。コタバルの人は「ガ」にアクセントをつけていた。

7月3日。

コタバルAzamホテルをチェックアウト。ここは出る時間を待ってくれる。夕方でも可のような感じ。隣のバスターミナルからトランスナショナル1時45分発のクアラ・トレンガヌ行きのバスに乗る。

バスは指定席で、隣はトゥドゥン(ヘッドスカーフ)をつけた19歳のマレー人の女の子だった。

サラワクの大学で獣医学を学び始めたところだとか。財布に同い年のボーイフレンドの写真を入れている。しかし、「当然」、エッチはもちろんキスもなにもしていないのだとか。そういうことは結婚してからするのだそうである。

彼氏も19歳の盛り。すぐ近くにタイとかインドネシアという若者にはパラダイスな国々があるのだから・・・・と冷やかしてみると、そんなことは絶対にない、私は彼を信じているときわめて折り目正しいお答え。

この子は顔はどちらかというと芋ねーちゃんだったが、おっぱいが大きかった。トゥドゥンと地味な服装によっても隠しきれない大きなおっぱいに強い主張があり、気になって仕方がなかった。

彼女はイスラム教にconvert(改宗)することを簡単に口にした。「マレー人の女の子はかわいい子がいっぱいいるけど、僕はムスリムじゃないからなあ」とか冗談を言うと、convertすればいいだけじゃないと言う。

そのうえ、イスラム教はとっても簡単な宗教でアラビア語も簡単だという。
パッタニに行くときに会ったタイのマレー人ムスリムの女の子 とは言うことが対照的だった。

金持ちの娘を4人妻にして、世界中に分散して住んでもらい、みんなに食わせてもらいながら旅を続けるというのは、非常に魅力的なアイデアではある。

この日会った女の子は複数の妻を持つことにはあまり賛成ではないようだった。でもイスラム教では認められているでしょ、というと神妙そうにその通りだという。

複数の妻を持っていいのは、男性に「お金」と「エネルギー」が十分にあることが条件だと言っていた。複数の妻同士は通常は別々のところに住むが、しばしば互いに激しく争闘するのだそうである。

午後5時過ぎにクアラ・トレンガヌに着。

バス停で早速、アジア人女連れ白人を見る。アジア女連れ白人を見るのは久しぶり。

検閲により画像削除

画像未検閲記事:http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-2.html

女にバックパッカーの格好をさせている(マレーシアでは割とよくある形式)が見るからにゴロツキそのもの。

タイでもちょっと若い毛唐男は、雇ったレンタルワイフにバックパッカーのようななりをさせることが多い。

女のほうが大きな荷物を背負っている。実用的な女奴隷というところだろう。金を払っている分働いてもらうのは当然ということなのだろうが。

あんなゴロツキ丸出し毛唐がどうしてマレー半島の東海岸を女と貧乏旅行しなければならないのか理解できないが、やはりどこまでもローカル文化を破壊し蹂躙することそれ自体が毛唐の快感なのだろう。

バス停近くの「エバーグリーンホテル」という中国系安宿に入る。エアコン付、トイレ・シャワー共同、外向き窓ありで40リンギ。

部屋にトイレ・シャワーはないが、水道と流し台はある。

宿の中国人のオヤジにトイレ・シャワーがついてないから安くしてくれないかというと、流し台があるじゃないかと強調していた。

あれはひょっとすると、夜中にトイレに行きたくなったら流し台でしろという意味だろうか。部屋についている流し台で小便するのが中国人の間では普通なのかもしれないとつい思った。

45リンギというところを40リンギまで負けてもらってレシートをくれというと、オヤジはまじまじとこちらを見てあらためてレシートがほしいのかと聞き、いくらのレシートがほしい、60リンギかなどと聞いてくる。

せっかくだから45リンギのをもらっておいた。中国人丸出しだったが悪い感じの人ではなかった。

バスターミナルを出て最初に見つけたエバーグリーンに入ってしまったが、もう少しだけ歩けばもう少し上等で手ごろなホテルが何軒もあった。

クアラ・トレンガヌは、コタバルに劣らぬ大都会に見えたが、静かな町である。

夕方6時も過ぎるとレストランはどんどん閉まってしまう。バスターミナル内にあるレストランが比較的遅くまでやっていて、メニューも多い。あちこち探してみたが、ほかのところにはナシ・アヤム(ご飯とチキン)はなかった。

バスターミナルのレストランのナシ・アヤムはスープも含めて上等、値段も3リンギと高くない。

エバーグリーンホテルの正面のカフェだけは深夜までやっていて中国系が集まっている。

一応中華街があるがほんのちょっとだけ。門だけは立派。肉骨茶などの看板がある。ここの中国人はそんなにキリキリした感じではない。

エバーグリーンの部屋に昼間っから蚊が2,3匹いたので、蚊取り線香(Fumakila)を4つ5つ同時に焚いた。

部屋には洗濯物干し用の針金が張ってあった。新聞紙を裂いてこよりを作り、短く折った蚊取り線香を蚊取り線香に結いつけて針金からぶら下げる。

こうすることで線香台無しで複数の蚊取り線香を同時に焚くことができる。短時間に高濃度の蚊取線香の煙を部屋に充満させることで部屋の中の虫類を駆逐するという方法。

経験的に見てわりと効果がある方法だが、パッタニのMy Gardensホテルでやって英語のまったく話せないボーイから文句を言われた(現に蚊がいるじゃないかと反論すると蚊取りスプレーを貸してくれた)。

これをやるときは、あたりまえのことだが、焚いている間は必ず部屋の外に出ていなければならない。

この日、煙の中をしばらく部屋の中にいたら咽喉をひどくやられてしまった。その影響がその後10日以上も続く。

クアラ・トレンガヌは一泊だけ。翌日クアンタンに向かう。しかし、もっと居てもいい町だったような気がする。静かな町で人間も穏やかだった。

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クアラ・トレンガヌの「中華街」の門

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2005年9月20日 (火)

2005年1月2月マレーシア、インド(デリー)

2005年
【コタバル】
1月29日。スンガイコロクのワレンタインValentineホテルをチェックアウト。モトサイでイミグレに行き、難なく国境通過。マレーシアに入り、タクシー220バーツでコタバルへ。マレーシア時間1時半ごろコタバルに着く。タクシー停留所の前のAl-Rana Hotelという汚い宿に入る。エアコン付水シャワーの狭い部屋で35リンギ(350バーツほど)。宿の人の感じは良い。受付の色白の青年はカリマンタンのサバ州の少数民族出身だといっていた。英語もわかりやすい。香港銀行のATMが使えた。
【クアラトレンガヌ】
30日。Al-Ranaをチェックアウト。11時過ぎのバスでクアラトレンガヌに向かう。2時ごろ、クアラトレンガヌ着。ホテルをいくつかあたるがバストイレ付はどこにもない。結局バス停前のSri Tanjungというホテルのシャワーだけ付いたエアコンの部屋に入る。35リンギ。海沿いの長距離バスステーションの前。
【クアンタン】
31日。スリタンジュンをチェックアウト。12時半のバスでクアンタンにむかう。バスは遅れて出る。午後5時ごろクアンタンの長距離バスターミナルに着く。そこから歩いて10分ぐらいのメイバンクに近いRayaホテルというところにチェックイン。シャワーだけ付きトイレ共同のエアコンの汚い部屋。36リンギ。
クアンタンのスルタンアフマドモスクは外から見ただけだが美しい。

【クアラルンプール】
2月1日午後2時のバスでクアンタンを出る。それまでRayaホテルにいさせてもらう。
午後6時ごろクアラルンプールのプドラヤバスステーションの近くに着く。歩いてチャイナタウンに入り、楽安酒店という安旅社風のホテルに入る。50リンギもする。チャイナタウンは物価が高い。白人も多い。東海岸ではほとんど見かけなかったが。
2日。ひきつづき楽安酒店に滞在。高いが居心地は悪くない。KLCCに行く。伊勢丹の紀伊国屋で「歩き方インド」をさがすが、ない。同じSuria4階の紀伊国屋(洋書)でロンリープラネットインドを買う。バカ高い。120リンギくらいする。LRTというのにも初めて乗った。
クアラルンプールの人は概して感じが良いし親切。中年のおばちゃんでもよく英語を話し、道など親切に教えてくれる。
3日。午前中銀行を歩き回る。東京三菱、HSBC(香港銀行)は口座を持っていないと外国送金はできない。口座もツーリストでは作れない。Maybankが外国送金を受け付けてくれた。ただし両替はしてくれない。ドル札で送金を依頼することはできず、リンギのみ受け付ける。いったんHSBCでカードでリンギを引き出しそれを持ってMaybankに行き、送金を依頼する。
そごうを見に行く。伊勢丹よりはやはり大衆的でスーパーのよう。小さいデイパックを一つ買う。120リンギくらい。そごうに行く途中にマスジッドインディアを見たが、なんということはない。インド人街もたいしたことはないが、ミルクティーはさすがに旨かった。チョウキットも見に行ったがなんということもない。モノレールに乗る。
ミルクティーはインド人街が旨いが、コーヒーは楽安の隣の中国人の店が旨い。
4日。午後、プトラLRTのバンサー駅からパンタイまで歩き、パンタイメディカルセンターにたどりつく。パンタイにいちばん近い駅はバンサーの2つ外のKerinchi。
5日。夜8時ごろ、ブキビンタンのスンガイワンプラザに行くが、旅行代理店はもうみんな閉まっていた。スンガイワンプラザは(昔の)中野ブロードウェーのようでぱっとしない。
9日。今日から春節。店は大部分閉まる。インド人街やインド人経営の店は開く。
数日前から旅行代理店をさがしていたがどこも閉まっていた。
春節の休業は来週月曜日まで続く。航空券はどこでも買えない。KLCCからAmpang通りをすこし行ったところにあるMATIC(インフォメーション)は開いていたが、航空券は今はインターネットでしか買えないとのこと。
10日。スンガイワンプラザ3階のインターネットは春節の間も開いている。チャイナタウンのネット屋は閉まり。KLCCの伊勢丹も今日から開く。
11日。アマルテリア・セン「貧困の克服」を読む。紀伊国屋で買った。センはともかく訳者はクソ。アホな英語屋の典型。
14日。スンガイワンプラザの旅行会社が今日から開く。3階の代理店はどこも片道航空券(インド)を売ってくれない。2階の「安全旅遊」がデリー行き片道を売ってくれた。マレーシア航空。1215リンギ。安全旅遊は親切。
20日。楽安酒店の近くの両替屋で1500リンギをインドルピーに換える。16000ルピーにもなった。1リンギ9ルピーくらいだと思ったが。
【デリー】
21日。楽安を午後2時チェックアウトにしてもらう。KTMコミューターでニライへ。バスに乗り換えKLIAへ。田舎。空港はさほど大きくなく、人も多くない。チェックインはスムーズ。マレーシア航空デリー行きはすこし遅れて出る。インド人乗客が多い。サリー姿のおばさんたち。サービスは良くないが、タイ航空よりはマシ。
インド時間午後10時ごろデリー着。空港のプリペイドタクシーでパハルガンジヘ。この立派な窓口を構えたプリペイドタクシーがすべていかがわしい。「インドは初めてか、デリーは初めてか」と必ず聞き、高いコミッションを取れるホテルに連れて行こうとする。その意図がミエミエなのがすごい。パハルガンジの近くで車を降りてからもコミッション狙いのドライバーがつきまとう。Hotel Natrajというところにチェックインしようとしたが、ドライバーがついて入ってくるのでいったん外に出てドライバーをまき茶店でお茶を飲む。4R。ネパールより高くて量は少ない。味も落ちる。Natrajに戻りチェックインする。300Rs。高い。この宿の人はシーク教徒で陰険な感じ。
22日。朝早速Natrajをチェックアウト。そのときフロントの男が3日泊ると言っただろうとバカなイチャモンをつけてきた。そんなことは言った覚えもない。仮に予定として言ったとしても約束したわけではないから意味がない。しかしそんな恫喝で折れてしまう日本人ツーリストが多いということだろうか。
パハルガンジ・メインバザールのArjungゲストハウスの200Rsの部屋に移る。窓はほとんどない。
28日。コノートプレースの近くの旅行代理店でカトマンドゥ行き航空券を買う。コスミックエア5800Rs。かなりぼられた感じもするが面倒くさいのでそのままにした。

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