s-mm.モンラ

2006年1月10日 (火)

モンラーの風景 ミャンマー

中国国境の町、モンラの風景。
ここは人民元経済圏。
小さな町の中に、極端に違う風景が並存している。

チャイントーン-モンラ間の道のほうが、タチレク-チャイントーン間よりも舗装がよかった。
ミャンマーだが、ゲーム屋でインターネットができる(日本語のできるところは見つからなかった)。
マーケットはおぞましいところ(好きな人にはたまらないところということになる)。

タイヤイかタイリュかの集落。

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モンラ・マーケット方面を望む。中国人の欲望を満たすものはすべて、狭いマーケットの範囲内で効率的に手に入るようになっている。
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モンラのホテル。
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2006年1月 8日 (日)

ミャンマー・モンラで見つけた小さな仏塔

ミャンマーシャン州、モンラで見つけた小さなストゥーパ。
ネパールのストゥーパを思い出した。
後ろはタイヤイの村。
モンラーは中国人が作った中国人のための町、という感じのところ。
周囲には伝統的なタイヤイの村がある。

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2005年9月17日 (土)

2004年7月8月チャイントーン、モンラ

2004年
【チェンマイ】
5月10日。チェンマイラム病院。
チェンマイは夜も早くなり、今の時期、売春婦連れ白人は少なくなっている。
【チェンライ】
16日。チェンマイアーケードからエアコンバスでチェンライへ。バーンブアゲストハウスにチェックイン。
17日f。ブーンブンダンゲストハウスに移る。
【メーサイ・タチレク・チェンライ】
26日。午前11時。ブーンブンダンをチェックアウト、メーサイに向かう。2時間ほどで着く。
Sureerat Restaurantの部屋に入る。200バーツ。以前は150バーツだったが、テレビがついた。
27日。タチレクに出る。最近はタイのイミグレにパスポートのコピーをさかんに要求される。それも全部ではなく適当なページだけ。そういう情報はコンピューターにも入っているはずなのだが。
28日。チェンライへ。バーンブア。

【チェンマイ】
6月1日。バーンブアをチェックアウト。エアコンバスでチェンマイに向かう。そのあいだチェックなし。ヴァラナンゲストハウスに入る。
2日f。チェンマイラム病院
3日。チェンマイラム病院。
4日。チェンマイラム病院。
5日。Tokyo Opticsで新しいレンズを作る。前に作ったフレームに明日つけてもらう。
6日。歯医者。めがね屋。
11日。毎日オロロットマーケットに「マンゴ+もち米」を買いにいく。
ロイクローのガラス張りコーヒーショップ。
眼鏡を変えてからものの見え方が変わりヘンな感じがする。腰痛も。
14日。夕方部屋に戻ると女を連れたファランが部屋のまん前で裸で座っていた。どこうとしないのでトラブルになる。
15日。ヴァラナンにいるのが嫌になり、チェックアウト。堀の内側のトップノースゲストハウス。
17日。チェンマイラム病院。
【チェンライ】
19日。トップノースゲストハウスを出る。ソンテウでチェンマイアーケードへ。30B。ヴィップバスでチェンライへ。時計塔に近いSiam Hotelという旅社に入る。200B。大通り沿いの旅社で、裏の部屋でもうるさい。
【メーサイ・タチレク】
22日。サイアムホテルを出る。緑のバスでメーサイへ。警官のチェックが2回。チェックされる人とされない人がいる。Sureeratにはいる。
25日。朝、タチレクにでる。

7月6日。日本から本が届く。
18日f。
【チャイントーン】
23日。スリラートをチェックアウト。一ヶ月の滞在。
タチレクのミャンマーイミグレーションに行くと、四月には取れた4週間のアライバルビザが取れなくなっていた。2週間のパーミットしか取れず、マンダレーやヤンゴンには行けない。やむなく、2週間のパーミットでチャイントーンに向かう。パスポートはタチレクのイミグレに預けなければならない。出国もタチレクのみ。車代400B。ゆっくり5時間ぐらいかけて走る。ノイイーホテルにチェックイン。
24日。チャイントーン2日目。朝、マーケットで変な日本人に会う。恥ずかしい買春オヤジにありがちなことだが、メーサイにいたときからこちらの行動を逐一監視していたらしい。こっちはまったく知らなかった。私がどこのマッサージ屋に行くのを見たとか言う。50歳近くになってほとんど買春のためだけに旅している。それがなぜか大真面目にやっているようにみえる。いろいろなことに興味がある人のようで、放送大学の通信講座を受講もしながら海外旅行もしてるという。放送大学に学籍をもっていると日本に帰ったときに大学の宿泊施設を使えるのだとか。その後も何度か出会うが、置屋通いを隠そうともしない。タチレクでたまたま再会したときは挨拶もそこそこに「いま置屋行ってきたところなんですよ。300バーツでした」なんて明るく声をかけてきた。言葉遣いは丁寧で、偉ぶったり自慢話したりはしない人。
バーツでドル札をを800ドルくらい買う。ドル買い1ドル40バーツのところと41バーツのところがある。中国元も1,000元くらい買う。
4月に来たときは本当に白人が少なかったが今度は増えている。ニヤニヤしながらきょろきょろと「野蛮人」を観察する目でマーケットに来ているファランオヤジが不愉快。
チャイントーンマーケットには、「本物の」山岳少数民族が、民族衣装のまま買い物に来たり物を売りに来たりする。ここには北タイトレッキングで見るようなの観光用の見世物にされている少数民族村とはまったく違う本物の生活がある。アカ族もよく見るが、タイのアカ族とは支族が違うようだ。
毎日雨が降ったりやんだりで時々晴れる。人民元を2000元買う。一元=4.95バーツ。
26日。隣の部屋に女を連れたファランが入った。熊のようなバカっぽい若い大男で、女のほうは子供のようなタイ女(と思われる)。音は筒抜け。朝から半裸で庭を歩き回り、女に洗濯をさせている。ノイイーホテルは水が真っ黒。ボーイは「ガヴァメントウォーターだから」などと言いわけをするが。
【モンラ】
27日。ノイイーホテルをチェックアウト。モンラに向かう。10時半ごろ車が来る。ミャンマー人客がフロントシートに陣取っていた。後ろにはもう一人タイ人の若造。モンラーまで6500チャット。道もよく舗装されている。タチレク-チャイントーンよりいいくらい。
モンラの近くのチェックポイントで入境料を払わなければならない。ミャンマー政府に払うのだろうが、なぜか人民元で払わなければならない。36元。午後1時ごろモンラにつく。運転手はミャンマー人客を最優先してホテルのチェックインの手伝いなどをし、そのあいだ車で待たされる。パーミットは運転手が「関所」に預けてしまい、身分証明書は何もなくなる。
「155旅館」という新しいきれいなところにチェックイン。身分証なしで泊めてくれた。ドーミトリ形式のベッドがいくつもある広い部屋を一人で使い15元。お姉さんの感じがいい。ビルマ人のように見えるが、タイ語がすこしできる。漢字は読めない。
28日。モンラの立派な方の橋を渡った向こうに、野球場くらいの広さの大きなマーケットがある。塀で四角く囲った空間で、人間がカネで満たすことのできる欲望はすべてその中だけで満たせるようになっている。いかにも中国的な便利な空間。まだ新しく、建設中という感じ。泰式中式緬式などの按摩屋があり、どこも25元(125Bくらい)。昨日中式按摩というのを試すが、泰式の要素がかなり入っていた。マッサージをするのはほとんど中国人の女の子。たまにタイヤイがいる。モンラはチャイントーンより暑い。メーサイがいちばん涼しい。
町はずれにシャン(タイヤイ)の集落があり、建物など風情があって面白い。新しく建った家と対照的。
29日。ミネラルウォーターは1.5リットルで3元(15バーツほど)。これはまだいいが、中国製のシャンプーが15元もする。ビルマ人茶屋のラペイエ(ミルクティー)が2元。
「シャン邦東部第四特区警察局」というところがあった。初めてパトカーらしき車を見たが乗っている人は警察官に見えなかった。
30日。数少ないタイヤイの屋台(非常に簡素なもの。台だけ地べたに置き低い腰掛に座る形式。作る人と相対して食べる)で、麺類を食べる。スープはほとんどなく少し「たれ」をかけて手でかき混ぜるカオソイ方式。なかなかうまい。155ホテルに近い町外れに2軒だけあって、そのうち一方のおばさんはチャイントーン出身でタイ語を話した。マッサージの子などは、シーサンパンナ出身のタイヤイでもタイ語を話したがらない。「普通話」を話せと漢字で書いてくる子も。彼らは中国人であることにプライドというか面目を感じているようにみえる。
昼間、ビルマ茶屋のテレビで、侮日的な中国の娯楽ドラマをやっていた。滑稽なちゃんばらの日本人が悪役で出てくる。中国のテレビのようだ。この店の主人はムスリムのビルマ人らしい。娘がいかにもビルマ娘という感じでかわいい。ロンジも良く似合う。数少ないムスリム住民がこの店に集まってくる。この町はムスリムが少なくて居づらいと言う人もいた。ラペイエを出す店もたぶんここ一軒だけ。
155ホテルの姉さんもビルマ娘で、いつもジーンズでロンジをはかないが、タナカをしっかり塗ってなかなか魅力的。
マーケットには堂々と、甜蜜蜜酒口巴(口偏に巴)、激情酒口巴、浪花酒口巴、夜来香酒口巴・・・・・などが並ぶ。
31日。近所の山からやたら鉄砲を撃つ音が聞こえてくる。この辺を支配している不正規軍(ビルマ人やタイヤイの混成軍らしい)の演習のようだが激しい。

【チャイントーン】
8月1日。朝、マーケットの近くのバス停まで車をさがしに行き、イミグレーションの人も捕まえて、ようやく155Motelをチェックアウト。155はいいところだった。2時間ほど走って、10時半ごろチャイントーンに着く。マーケットの近くのSam Yweatゲストハウスにチェックイン。「Sam Yweatホテル」は別のところで遠い。
2日。いつも行くマーケットの茶屋に、感じの悪いタイ人老夫婦が来ていた。こんなローカルな場所に来て、タイ語しかしゃべろうとせず、それが通じないといっていらだった顔を見せる。ババアのほうはさらに感じが悪い。タイ語が通じる人もいるが、チャイントーンでは基本的に国語のビルマ語が共通語。支払いの時も、チャットで払ってくれといわれているのにあくまでもバーツで払おうとする。ババアがティーショップのタナカを塗ったお姉さんを呼びつけて、吐き捨てるように「タオライ」という。ジジイのほうは「ライオンズクラブバンコック」という文字の入った野球帽をかぶっていた。ババアの鼻はとって付けたようにまっすぐで、整形でもしたようにみえる。
3日。Sam Yweatゲストハウスはファラン客が少なく、その意味では良い宿。しかしその分タイ人客が多く、中国人のような振る舞いをする。
Sam Yweatはきれいな水が出た。ノイイーホテルのボーイがガヴァメントウォーターだから汚いといっていたのはウソのようだ。たぶんノイイーの貯水タンクが汚いだけだろう。
【タチレク】
4日。Sam Yweatをチェックアウト。宿のアカ族の女の子に11時にタクシーを呼んでくれるように頼むが、12時になってもこない。客の人数が足りないというのだが。少し強く言ったらすぐに来た。来たのはいいが他の客を拾うためにそれからまた一時間ぐらいかける。同じことだった。しかしそれからが最悪。最初運転手かと思っていたのは酔っ払ったタイ人客の一人だった。ミャンマー人運転手をバンのうしろの荷台に追いやって、自分ででたらめな運転を始めた。ミャンマー人運転手のほうはまったく言いなりのようだった。私は助手席に座り、うしろに3人タイ人客がのっている。タイ人ニセ運転手がキチガイじみた大声で後ろのタイ人客と話し続ける。アルコールの臭いをぷんぷんさせてでたらめな運転をしながら、ひっきりなしに強烈な大声で話し続ける。ティッシュペーパーで耳栓をつくり耳に詰め込むがあまり効果がない。どうしょうもないタイ猿だった。タチレクまでの道のりが長かった。車代400バーツ。苦行のような旅で腹が立っていたし、運転手が運転していないので300バーツに負けさせようとしたがムリだった。
この日はタチレクに泊る。ドリームフラワーゲストハウス。160B。汚い宿で水シャワー。ムスリム地区にあり、スタッフもムスリムだが感じは良い。
【メーサイ】
5日。午前中にメーサイに出る。スリラートレストラン2号室にチェックイン。ここの従業員はみんなミャンマー出身のビルマ人。部屋に残しておいた本はとっておいてくれた。夜は01古式按摩へ。いつもやってもらっていたピーム(フィム)は、身体を壊してタチレクの村に帰っていた。この子はミャンマーのアカ族。
6日。眼鏡がどれも合わないので、新しいレンズを作ろうと思い、セブンイレブンの近くの眼鏡屋Top Charoen opticsに行くが、ここで作るのは無理だった。レンズを作るときはバンコクに送るのだそうだ。メーサイにレンズを作れるところはないらしい。
9日。向かいの1号室にキチガイファランが女を連れて泊り、夜中大騒ぎ。ファランにしてはふつうかもしれないが、この宿としては大騒動。裸で廊下を歩き回る。
11日。三日連続でタチレクにでて、昨夜は遅くなり、タイ側で厳しいチェックにあう。タチレクの日本滞在経験のあるビルマ人の店で話し込んでいるうちに遅くなった。タイのイミグレにここぞとばかり身体検査や持ち物検査を受ける。チェンマイラムでもらった薬なども開けられる。
【チェンライ】
12日。スリラートレストランをチェックアウト。チェンライへ良く。清莱(チェンライ)旅社のエアコンの部屋(350B)にチェックイン。チェンライは暑い。ファランが増殖している。ツーリストバスで大量に来ている連中。セブンイレブンでも英語でまくし立てる。このあたりのセブンイレブンのスタッフはほとんど英語を話さない。ネットカフェにも当然自分たちが優先されるはずだという勢いで乗り込んでくる。
美容院で髪を切ったが下手。
20日。ドストエフスキー「悪霊」を読む。
【メーサロン】
21日。清莱旅社をチェックアウト。バスでメーチャンへ行き、ソンテウに乗り換えてドイメーサロンに行く。ソンテウ50B。メーサロンの「Akhaゲストハウス」にチェックイン。シャワー共同100B。このアカゲストハウスはわりといい。アカ族のショルダーバッグを買う。隣のShinesaneゲストハウスはファランが多く夜遅くまでうるさい。売春婦をつれた白人ジジイもいる。
【タートン】
22日。Akhaゲストハウスをチェックアウト。黄色いソンテウに乗りタートンThatonに向かう(途中で乗りかえ。25B×2)。一時間半くらいでタートンに着。小さい町だが立派なゲストハウスやリゾートがある。ガーデンホームというところにチェックイン。ふつうの部屋、ホットシャワーつきで150B。(バンガロー300B)。暑い。アカ族の物売りが目立つ。
【チェンダオ】
23日。10時ごろガーデンホームをチェックアウト。黄色いソンテウでFangに向かう。Fangはかなり大きな町だが、泊るところはホテル一軒しかない。バスに乗りチェンダオに向かう。チェンダオはファンより小さな静かな町。町にひとつしかないホテルはファンより高く(500B)、ゲストハウスのあるチェンダオケーヴまでは数キロある。チェンダオネストという白人の経営するゲストハウス(バンガロー)に泊ることにする。バストイレ別で290Bもする。山の中で環境は良い。イギリス人がタイ人妻とやっている宿。
【チェンマイ】
24日。チェンダオネストをチェックアウト。黄色いソンテウで表通りまで数キロ行くのに100Bもかかる。他の客も乗せてだ。表通りからバスに乗り、一時間ほどでチェンマイに着く。ヴァラナンゲストハウスにチェックイン。
27日。タペー通りのPPトラベルでマンダレー行きの航空券を申し込む。ミャンマービザもついでに頼む。航空券が3500バーツほど。ビザは1400B。(ヤンゴンからチェンマイは75ドルだったのだが。)
ビザ申請用紙にComplexionという項目があったのでGood and beautiful と書いておいた。

9月4日。昨晩はコンコートホテルに泊る。ヴァラナンは借りたまま。ヴァラナンに大量のファランが入って深夜までうるさいので避難。400B。コンコートは水が出なくなる。ヴァラナンにも家賃を払い、荷物も置いたままコンコートと同じカンペンディン通りにある「トラベルロッジ」のファンの部屋にチェックイン。350B。
6日。昨晩はタペープレースホテルに泊る。エアコンを切っても寒すぎる。全館に冷房が効きすぎている。ヴァラナンは借りたまま。
マンダレー行きのチケットとヴィザを受け取る。

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