s-mm.タートン(ミャンマー)

2005年9月18日 (日)

2004年9月10月ミャンマー(マンダレー、ミチナ、ヤンゴン、バゴ、モーラムヤン)

2004年
【マンダレー】
9月9日。午後2時半ごろ、チェンマイ空港からエアマンダレーでマンダレーへ。マンダレー空港から以前と同じく8000チャットのタクシーで市内へ。5時半ごろ、前と同じサバイプユゲストハウスにチェックイン。サバイプユのフロントはフレンドリーで感じがいい。4月に泊ったとき、私が受付で並んでいると、白人客が横から割り込んでフロントに何かを聞こうとしたことがあったが、フロントの女の子は相手にしなかった。タイなら別の展開になっただろう。
10日。マンダレーは雨季。よく雨が降る。道路が川のようになり、ロンジのすそをたくしあげて水の中を歩かないとどこへもいけない。私は4月以来タイでもロンジをはいている。マンダレーはティーショップがあまりない。夕方の六時くらいに閉めてしまうところが多い。雨が降って道が川のようになるとティーショップはどこも閉めてしまう。
11日。川のフェロー乗り場を見に行く。以前と少し雰囲気が変わった。川沿いを歩くと変なにおいがする。
ホテルの同じ部屋に陣取っている中国人がうるさいので昨日部屋を変えてもらった。ドアを開けたまま十数人がひとつの部屋に集まり大騒ぎをしている。紙切れを細かく破って放り投げあたりに散らかすので、中国人の部屋の前はゴミだらけ。バクチかなにかしているようだ。エアコンの部屋なのにどうしてもドアを開けたいらしい。中国人と同じ階になってしまったら、部屋が離れていてもダメ。その階中響き渡る。インド人も泊っていて、やはりドアは開けているがおとなしく行儀は良い。中国人が泊っていないという別の階の部屋に移るが、運悪くそのあと別の中国人が同じ階に入り、同じように扉を開けたまま大騒ぎを始める。
【ミャンマーエアウェイズ(MA)】
12日。ミャンマーエアウェイズでミチナへ。ミチナへはミャンマーエアウェイズしか飛んでいない。空港のチェックインはスムーズ。チャイントーン空港より簡単で、荷物を開ける検査はない。X線のみ。ミャンマーエアウェイズはとっても良い飛行機だ。座席指定がない。自由席。みんな思い思いに座る。座席は廃車になった観光バスよりさらにぼろい感じ。飛んでいる間に食事用テーブルが留めがはずれて落ちてくる。英語アナウンスはない(ヤンゴン路線はある)。一応ジェット機でエアマンダレーの国際線より機体は大きい。その飛行機はヤンゴンから来て、マンダレーで客を入れ替えてミチナに向かう。ヤンゴンからマンダレーまでの客が食べた弁当の屑が、椅子の前のポケットに入ったまま。
ロンプラはこのミャンマーエアウェイズをキチガイのようにたたきまくっている。その理由は、「悪い」政府の経営する国営航空だからというもの。ミャンマーエアウェイズを使うと「悪い」政府にカネが入るからよくない、という小学校のクラス委員的な立派な理由である。その裏には、ミャンマーエアウェイズは、「ツーリスト」(=白人)の方を向いていない、媚びてくれない(「フレンドリー」でない)、というのもあるのだろう。
しかし私は、ミャンマーエアウェイズは、少なくともタイ航空(TG)なんかよりはずっと立派な航空会社だと考える。MAはミャンマーの辺鄙な町にも飛んでおり、ミャンマー国民の重要な足になっている。乗客はほとんどミャンマー人で、大きな荷物を客席に持ち込む人もいる。大きな竹篭に入った行商用らしき品々など。スチュアーデスは無愛想だがよく見ている。困っている人がいると表情も変えず手を差し伸べる。赤ん坊を連れた客が入ってくると、混んでいる客席のなかで子供を寝かせられるような席を見つけてやる。
【ミチナ】
空港付近は兵隊が厳重に警備していてあらためて軍事政権を実感する。
空港からオートリクシャで800チャット。YMCAにチェックイン。ロンプラの記述に反してシングルルームあり。バストイレ共同の広いこぎれいな部屋。7ドル。部屋には無料のインスタントコーヒーとお湯が用意され、毎日換えてくれる。インスタントコーヒーは小袋に入った砂糖入りネスカフェ。こちらにはブラックコーヒーを飲む習慣はない。ここも雨。YMCAには一人汚い感じの白人がいて、YMCAで勉強してるらしい地元の女の子たちに囲まれてしゃべっている。
14日。ミャンマーエアウェイズのオフィスを聞き出し、プータオにいけるかどうかを聞く。パーミットがあるガイドが一緒でないといけないようだ。そしてパーミットはヤンゴンでないと取れないらしい。ミチナのイミグレーションオフィスにも行って頼んでみる。イミグレの役人と一対一で対面し、なんとか行けないものだろうかと聞く。パーミットがないからダメだというので、あなたがパーミットを出してくれるわけにはいかないのかと聞くと「自分はオーソリティがないから」ということだった。賄賂も示唆したつもりだったがムリのようだった。そのときはどうしてもプータオまで行ってヒマラヤに近づきたい気持ちだった。
16日。ミャンマーエアウェイズのオフィスまで行きヤンゴン行きチケットを申し込む。ヤンゴンまで165ドル。つり銭はくれないというので、5ドルまできっかり払う。ドル札の番号を一枚一枚控えていたのに驚いた。午後一時もう一度オフィスに行きチケットを受け取る。
YMCAの「ボス」にドルをチャットに両替してもらう。ミチナはマーケットでも両替してくれない。一ドル900チャットだった。マンダレーよりずいぶんいいレート。「ボス」によるとヤンゴンでは910チャットくらいらしい。
ミチナに日本人が寄進したらしい巨大な寝釈迦大仏がある。新しいものだがミャンマー人の仏教徒が跪いて礼拝している。その敷地の隅に、日本人が立てた招魂碑がある。静岡県の人が寄進したらしい。ミチナでも多くの日本兵が玉砕した。日本兵とともに最後まで闘い玉砕したビルマ人兵補のことを忘れない、とあった。日本軍が強い間は日本軍と一緒になって英領ビルマ(チャイントーン)に進駐したりし、日本軍が劣勢になると手のひらを返したように連合軍に付いたタイ人たちとは対照的だと思った。戦争の是非でなく人間の質の話。
ミチナはカチン州の州都だが、民族衣装はほとんど見ない(ビルマ族のロンジを除く)。ロンプラによれば、カチン州は戦前からキリスト教のミッショナリーが集中攻撃して宣教したところだかららしい。そういうこともあって、少数民族の伝統を守る人が少ないようだ。北タイやミャンマーでのミッショナリーのやり方は、少数民族の固有の文化や伝統を野蛮なものとして一切捨てさせるというもので、その結果、キリスト教徒の子供は本来の名前を持たずクリスチャンネームのみとなる。祖先崇拝や自然崇拝などの宗教的伝統を一切捨てさせる。
山岳少数民族の中には祖先の名前を何十代も暗証するのが習慣になっているところもある。そういう文化を野蛮なものとして一切否定し捨てさせるのがキリスト教ミッショナリーのやり方。(キリスト教徒自体、マタイ伝の系図を暗記してたりするのだが)。
ミチナの人々がミャンマー人にしては冷淡に見えるのはキリスト教徒が多いからかもしれないなどと思った。
17日。空港までオートリクシャで700チャット。ミチナの空港の建物は木造で村の小学校という感じ。発着ロビーのほうは鉄筋で少しいい。11時チェックインとあったが午後2時まで待たされる。白人女が2人乗った以外はアジア系ばかり。マンダレーまではローカル線という感じ。マンダレー-ヤンゴン間はお菓子と薄いミルクコーヒーが出た。お菓子は弁当のような紙箱に入っていたが、小さなカステラとビスケット。マンダレーを出たときスチュアーデスが酸素マスクの使い方を初めて簡単にやっていた。
【ヤンゴン】
ヤンゴンに着くとき英語アナウンスがあった。ヤンゴン空港から4000チャットで4月に泊った大富華旅館へ。一泊10ドル(以前と同じ)。窓のないエアコンの部屋(どの部屋も同じ)。
18日。宿の中国人のオヤジに人民元をチャットにしてもらう。100元10000チャット。モンラに行った時にチャイントーンで買った人民元がたくさんある。このオヤジは華人だがロンジをはいていてビルマ語も話す。しかしやっぱり中国人の猛烈さはある。
19日。タチレクのビルマ人チョーチョー(Kyaw Kyaw)さんから紹介されていたチョーチョーさんのお姉さんのところに朝電話をかけて訪ねる。ドー・キン・タン・ミンというおばさん。草木染の工場を経営している。ヤンゴンの郊外の公営住宅のようなところに住んでいる。工場はメイティラだという。工場を見学できると思っていたが商品が少しあるだけ。老眼鏡をかけたおばさんだが日本に4年ほど留学していたそうで、日本語はかなりできる。漢字も読めるようだ。お茶とラスクのような質素なミャンマーのお菓子がでる。ミャンマーのお菓子だと言ってしきりにこれをすすめてくれた。食パンを乾燥させたような、甘くないラスクみたいなもの。この人も日本からミャンマーに帰るとき、タイのイミグレでやばいことになりそうになったという。バンコクはトランジットだけだったが、間違えて団体客に混じって外に出てしまったそうだ。タイ人役人の嫌がらせをうけるのは必至なので、乗ってきた大韓機のオフィスに行き、付き添ってもらってなんとか事なきを得たとか。チョーチョーさんも、日本でオーバーステイをして送還されるとき、バンコクのイミグレ役人に3万円要求されたという。
行きはタクシーで1500チャット。帰りはキン・タン・ミンさんの娘(か使用人の女の子)と一緒にバスで市内に戻る。バス代は20チャット。えらい違い。ボジョクアウンサンマーケットの近くで降りる。
毎日インド人街の屋台でダヒ(ヨーグルト)を食べる。一人だけ露骨にぼるババアがいるがあとはいい人が多い。
20日。午前中にインド大使館にビザ申請に行くが、日本大使館のリコメンデーションが必要と言われる。日本大使館に電話をすると今日(敬老の日)もやっていた。日本大使館に行きリコメンデーションの書類を作ってもらう。
ミャンマー日本大使館の職員は守衛まで日本語をよく話す。チェックは厳重ですべてガラス越しの会話だが、概してすごく親切。特に中の窓口の人は、日本語が良くできるミャンマー人でいろいろな質問に丁寧に答えてくれる。わからないことはわざわざ調べて教えてくれた。地図まで書いてくれる。日本人職員は見えるところにはいないようだった。待合室にはミャンマー人がちらほら。インド大使館にもどるが、開いているのは午前中だけ(9:30~11:00)で今日は申請できない。
Bogyoku通りの西の端のほうにあるBahosiクリニックに行く。最初ヤンゴンジェネラルホスピタルに行くと職員が親切に、ここは国立で(外国人は)ドル払いで高いからといってBahosiクリニックを紹介してくれた。
21日。午前中にインドビザ申請。金を払う。「4仕事日」待てといわれる。来週の火曜日までヤンゴンから動けない。(パスポートがないとホテルに泊れない。ツーリストが民家などに泊るのはご法度)。
23日。スーレーの近くのエアマンダレー代理店に行き、チェンマイ行きを予約。20ドル払う。総額75ドル。
24日。スーレーから東に行ったところのバス停で218番のバスに乗り、タンリインへ。小さな町。マーケットがある。シャンヌードルのようなものも。バスの番号はビルマ文字だけだが、少しわかるようになった。
大富華旅館近辺はチャイナタウンで中国人施設が多い。「江氏家族会」「戴氏家族会」「陳氏敬愛会」などの立派なビルがある。特に江氏のが大きい。華人は氏族のつながりが強いのか、そういう名の秘密結社のようなものか・・・・。
25日。昨日とは別のルートのバスでなんとなくまたタンリインに行ってみる。すぐに帰ってくる。20K×2。
26日。バゴ(ペグ)に日帰り旅行。アノーラタ通りの西の端の公園(ターキンミヤThakhyin Myaパーク)にあるバスステーションから、バゴ行きのバスに乗る。Phyo Express。400チャット。バゴは客引きが多かった。日本語を話すサイカ(トライショー)の運転手兼ガイドが日本語で話しかけてきた。モンMon族地区に近い寝釈迦大仏のある寺でも日本語を話す物売りの女の子がたくさん寄ってくる。帰りはソンテウのようなピックアップバスしか捕まらない。これも400チャットで行きの「エアコンバス」(例によってエアコンは動かない)と同じ。ヤンゴンに着いて48番の市バスでスーレーへ。行きのバスはちょうど2時間、帰りのピックアップは3時間くらいかかった。
27日。空港への行き方を調べる。空港への市バスは、スーレーの南のマーチャントストリートを西に入ったところから51番のバスで、ピヤイロードを通って「10マイルズマーケット」(セマイルズゼイ)まで行き、そこからピックアップで行くか、歩く。10マイルズマーケットは終点ではないので注意。金色の門を通り過ぎたらすぐ。
【バゴ(ペグ)】
28日。午前インド大使館に行きインドビザを貼ったパスポートを受け取ってから、大富華旅館をチェックアウト。
ターキンミヤ公園のバスステーションからPhyoエキスプレスでバゴ(ペグ)行きに乗る。正午発。バゴに着き、エンペラーモーテルにチェックイン。6ドル。狭い部屋。エアコンは夜だけ。スコール。
インド人のトライショー運転手に頼んで、モンMon族の集落を案内してもらう。バゴのまちからそれほど遠くないところに高床式の集落があり、昔ながらの機織を営んでいる。そのひとつをお願いして見学させてもらった。木造の古い織機に女性たちが一本ずつヒを飛ばして絹の生地を織っていく。商品も売っているがどれも一枚布ばかり。女性のロンジ用が主流のようだった。そういう家内工場のある家がいくつかあった。いまもモン語を話す。しかし、インド人の話では、モン族は貧しいのだという。(Mon族はタイ中部にも分布する。しかしタイのモンがどれだけ民族的なアイデンティティを保持しているかは疑問。モン語を話せるモンがタイにもいるのだろうか。なおラオス等のHmongはまったく別の民族)。
29日。エンペラーモーテルをチェックアウト、右斜め向かいにあるサンフランシスコホテルに移る。同じく6ドル。広い部屋。ただしエアコンはPM11:00以降のみという。ファンはある。サンフランシスコホテルのスタッフは、チェックインのときはいい顔をしていたが、そのあとがらりと態度が変わって悪くなる。変な感じ。電気も深夜になると切れ、エアコンなどまったくのウソ。広くて窓が多いわりに蒸し暑かった。エンペラーモーテルの下の切符売り場でチャイティオ行きのバスを予約する。1500チャット。
【タットンThaton】
30日。9時半、エンペラーモーテルの前からバスに乗り、Thatonに行く。チャイティオは通過。タートンでトライショーにBlue Cloudゲストハウスというところに連れて行ってもらう。昼からエアコンがあるが、バストイレ共同の部屋で8ドル(言い値は10ドル)。タートンは小さな町だが立派なパヤがある。町が小さいだけにすばらしく大きく見える。

【モーラムヤンMawlamyaing】
10月1日。タートンを出る。正午ごろのピックアップでモーラムヤンMawlamyaingに向かう。500チャット。3時ごろ埠頭に着き、外国人料金1ドルを払ってフェリーに乗る。ピックアップはさほど混みあわず、後ろの席でもわりと快適だった。フェリーはモーラムヤンのHpa-an Jettyに着く。着く頃にひどいスコールになる。4月にロイムウェーで夕立にあったときに買ったビニールをまとうがびしょぬれに。川沿いを右にしばらく歩き、Breezy Rest Houseにチェックイン。途中、親切な人がバイクに乗せてくれた。乗っている間いくら請求されるかはらはらしたがタダだった。いろいろあると善意を受けるのもだんだん心苦しくなってくる。
Breezy Rest Houseのだだっ広い2回の部屋に入る。一泊8ドル。2泊15ドルにしてもらう。ほんとうにだだっ広い部屋。このBreezyは、植民地風のつくりというのだろうか、床は板張りで柱や壁はコンクリートと木造のミックス。
部屋の壁に隙間があるらしく、夜のあいだこうもりのような小さな動物が、部屋の中をすごいスピードで飛びまわる。真っ暗だから鳥ではない。正体を見極めようとしたがすごいスピードで部屋の壁の端から端へと飛ぶのでわからなかった。この部屋は天井も高くがらんとした空間。ベッドに蚊帳がつってあるので、この動物に噛まれることはないだろうと思っておそるおそる寝る。
2日。朝遅く起き出すと部屋の前のホールに朝食が出された。すぐに出せるように用意されてあった。小さい食パンのトーストとオムレツと「コーヒーミックス」(ミルク砂糖入りインスタントコーヒー)とオレンジジュース。
バスチケット売り場を教えてもらい、ヤンゴンへのナイトバスのチケットを買う。セイジョーというバスステーションから出る。2700チャット。昼、果物ばかり売っているマーケットでドリアンを半分買う。1500チャット。高いが色も濃くてうまかった。
3日。正午にチェックアウトし、マーケットやティーショップ、ゲストハウスの下のロビーなどで時間をつぶし、3時45分ごろモスクの近くのチケット売り場の前まで歩き、セイジョー行きのピックアップを拾う。セイジョーまで30分ぐらい。100チャット。
バスは日本製でゆったりした新しいもの。一応エアコンが働いている。しかし時々停車して車輪か車軸かにさかんに水をかけていた。
タットンThatonまでは来たときと同じく3時間で行く。タットンからがのろのろで長くかかった。時々検問もある。ほとんど全員おろされた。それでも降りない人もいる。ネパールほど高圧的ではないが、人の顔を見ているようで調べる人は念入りにチェック。しかしタイほどいやらしい感じはしなかった。服装や人種でどうこうというやり方ではないようだ。逆に言えばもっと高度なチェックをしているということになる。ミャンマー人にしかわからないサインがあるのかもしれない。
【ヤンゴン】
4日。午前5時過ぎ、12時間かかってヤンゴンに入る。その間、食事休憩二回と故障らしきこと一回。初めて停車するバスターミナルで降ろされる。マハーバンドーラ通りをずっと西に行ったところで、バスターミナルらしさがまったくない場所。そこから市バスでマハーバンドーラをスーレーのほうに行き、ライライホテルが見えたところで降りる。シュウェトンダンロードを北に歩いて、大富華旅館にチェックイン。市バスの中に山岳少数民族と思われる女性が三人はだしで乗っていた。一人は若く、短いスカートをはいていた。バスに裸足のまま乗る人ははじめて見た。表情を見る限り悲惨でも不幸でもなさそうだった。周りの人も気にしない。
昼過ぎまで眠ってからエアマンダレーオフィスに行き、チケットを受け取る。
7日。10時までにエアポート。エアポートまでは、大富華旅館近くのバス停から51番のバスで10マイルズ(セマイルズ)まで行く。バスの中でシャン族の太った女の子が親切に荷物をひざに乗せてくれた。英語教師で日本語も少し話せた。
チェックインは非常にわかりにくい。人に聞いてもあそこここといいかげんな答えしか返ってこない。最初は指示されてドメスティックロビーの方に行かされた。
【チェンマイ】
飛行機は時間通りにチェンマイに着く。チェンマイ空港からはるばる歩いてコンコートホテルまで行く。350バーツでエアコン付の部屋。一時間以上歩いた。
夕方、ナイトマーケットの近くの「デパート」のノースフェイス代理店と、カドスアンケオ(セントラルデパートなど)をまわり、カドスアンケオの方でアディダスの小さなショルダーバッグと「スポーツジャンクション」でノースフェイスの大き目のショルダーバッグを買う。
8日。銀行でドル札を買う。チャイントーンのブラックマーケットとレートはさほど変わらないが、札が汚いし古いのがある。変えろといってもでかい態度で「無い」という。ミャンマーなどでは札がきれいで新しいことは重要だ。特にドル札の場合、古かったり汚れていたり破れていたりすると受け取ってもらえないことがある。タぺー通りのクルンタイバンクで1000ドル(レート41.55バーツ)とカシコーンバンク(かつてのタイ農民銀行)で200ドル(レート41.56バーツ)買う。とくにクルンタイは態度が悪かった。

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