s-id.ジャカルタ

2007年2月 8日 (木)

ジャカルタからクアラルンプルへ 2/3

スカルノハッタ空港は平面的でわかりやすい。国際線はTerminal2。

イミグレまで来て大失敗に気づく。

インドネシアのビザ期限は「30日」。ところがKLの旅行代理店が設定した出発日は、行きが「1月4日」で帰りが「2月3日」。旅行代理店が「1ヵ月」と勘違いしたのか私が「1ヵ月以内でいちばん遅い日」といったのか、そのへんはよく覚えていない。とにかく1月は31日まであるので2月3日は「31日目」になる。

1日のオーバーステイ。イミグレ役人に指摘されてはじめて気づく。リコンファームのときに気づくべきだった。

後ろの事務所に行き20ドルの罰金。これも全部役人の懐に入るのだろう。イミグレ役人はいくら頼んでみても見逃してくれない。ルピアで払うと言うと20万ルピアだというので、そんなことはないだろうと思い、19万ルピアまで負けてもらう。もっと泣いてみてもよかったと悔やまれる。作業自体はすぐに終わる。書類を作るわけでもなく、ただ普通のスタンプを押すだけである。領収書もくれなかった(請求もしなかったが)。パスポートに何か書き込んだりもしない。

インドネシアはオーバーステイにはうるさいらしい。観光ビザは1ヵ月までしか取れないので、帰りの飛行機の出発日には気をつける必要がある。

外国にオーバーステイをするのはこれが初めて。「オーバーステイ」というのはタイ旅行者みたいで好きではない。

さらに、搭乗の時のX線検査で、空港役人に今まで一度もチェックされたことのない日本で買って持ってきた小さなハサミ(刃渡り5センチぐらい)を見咎められてケチをつけられる。チェックインカウンターのところに戻って荷物を全部預けろという。

「お前にやるよ」と言って放りだしたら(ネパールだと役人がすぐにポケットにしまいこむが)役人は当惑していた。

いったんは「やるよ」と言ったが日本製のハサミがちょっと惜しくなったので撤回し、ハサミだけ別にして送ってくれないかと頼んでみた。が、役人はダメだと言い張る。

別に送ることはできるはずだろ、やれよ、と言ってもめていると、ちょうどいい具合に白人客が来て救われた。

こういうことでもめているのを白人客に見られたくなかったのだろう。空港役人の態度が急に変わり、マレーシア航空の女性職員が呼ばれた。

女性職員がそのハサミをまるでデパートの商品のように「マレーシア航空の包み紙」で包み、別にして送るのかと思いきや、そのまま私に手渡した。

結局、「紙で包んだ」だけで「凶器」が安全なものに変わったというわけである。

ただケチをつけるためだけのチェックである。しかし、役人というのは日常のこういう嫌がらせを通じて自分の利権を保持しているのだろう。

他方、周りにいたインドネシア人客たちは、インドネシア人によくあるように、こういう状況を見ると役人(空港職員)の側について他人のことに口を挟んでくる。しきりに私に説教しようとし、ハサミは機内に持ち込んではいけないものであることを教えてくれるのだ。その姿は本当に頭悪そうである。

カッターナイフも入っていたがチェックされなかった。まだ一度もチェックされたことがない。ハサミがたまたま開いていたところがX線に映ったのがまずかったようだ。爪切りもチェックされたことがない。

ライター・乾電池はネパールでしばしばチェックされた。役人が「ライターや乾電池を持っているだろう、持っているはずだ、出せ」と言って迫ってくる。そして渡すとすぐにポケットにしまいこむ。

ただネパールやミャンマーではNo!と大きな声で言い、「てめえは金が欲しいのか、何で日本人にだけそういう言いがかりをつけるんだ」という感じに喚きちらすと、OKOKといって何もなかったことになることもあった(今日もそれにちかいが)。

30分ほど遅れて4時15分ごろ出発。

マレーシア時間午後7時半ごろ(インドネシア6時半)、KLに着。イミグレは今回は混んでいなかった。

5日。KLCC伊勢丹に行きLevi's512を買う。512は日本ではもう作られていないと聞いていた(ちょうど新宿伊勢丹だったが)。

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ジャカルタ 2/2

2月2日。バンドゥンのホテル・チトラCitraを正午前にチェックアウト。

チトラの前の道から23番のアンコタ(Ciroyon-Cikudapateuh)で、ルウィ・パンジャンLeuwi Panjangバスターミナルに向かう。このアンコタは直通でなく途中で別のアンコタに乗り換えなければならなかった。

ルウィ・パンジャン・バスターミナルではあまり人が寄ってこなくて、却って当惑した。最初ジャカルタ行きだというバスに案内されたが、Kp.ランブータン行きではなかった。

ジャカルタ、カンプン・ランブータン・バスターミナル行きの、冷房の効いた座席にゆとりのあるバスを見つける。3万と言う掛け声で乗ったがやっぱり4万5千だった。

バンドゥンを出てしばらくは景色が美しいが、ジャカルタに近づくにつれてつまらなくなり、やがてひどい渋滞に巻き込まれる。

ジャカルタが洪水であることはこのときは知らなかった

午後5時ごろになってようやくジャカルタ着。対向車線の道路が水没しているところがあった。水の中を車が走っている。カンプン・ランブータン・バスターミナルに着く。

カンプン・ランブータンで、パサル・バルPasar Baruに行く17番のバスをひたすら待つ。夜になると怖いが、タクシーもあまり見ないのでとにかく待ってみることにした。。。。と思ったが、人によって言うことがマチマチで、17番のバスは来るという人と来ないと言う人があり、来ないと言う人のほうが多いようだった(実は彼らが言っていることの意味はよくわからなかったが、内容全体を腹で捉えるとそんな感じだった)ので、結局タクシーを使うことにする。

しかしブルーバードタクシーがいない。普通のタクシーに乗る。運転手は英語を話したが、非常に非常に感じが悪い。何人だとかインドネシアに来た目的は何かとかイミグレ役人の尋問のようなことをいい怒鳴り声を上げる。日本人だというとシメタという感じでニヤッとした(バックミラーで顔が見えていた)。有料道路に来ると必ず余分に金を取ろうとする。1万ルピアまとめて渡せと脅すような声を上げる。道路料金の釣りを渡せというとWhy!?だと。

このタクシーは途中で放棄する。あまり感じの悪いタクシーは早めに降りてしまったほうがいい。メータータクシーだが、料金3万ルピア弱のところ5万ルピア札を見せると釣りがないと言いながら札だけもぎ取ろうとする。おそらくそのままとって釣りをくれないか、どこかで両替して釣りをくれるとしても余分に取ろうとするだろう。そういうときは怒ったフリをして、料金を一銭も払わずにさっさと外に出てすたすたと行きかけるというのも良い。この日はその手を使った。そうしたら急に運転手の態度が変わり、なかったはずのつり銭がすぐに出てきて、なぜか1000ルピーくらい余分に釣りをくれた。

ちょうど良くブルーバードグループのタクシーがあり、乗り換えることが出来た。ブルーバードのタクシーは運転手の態度も良い。英語は話さないが、有料道路はそのつど請求しその釣りは500ルピアまできちんと渡してくれる。

大変な渋滞が続く。夜8時過ぎになってようやくパサル・バルPasar Baruに到着。前回も泊まったホテルAlia Pasar Baruにチェックイン。ブルーバードのタクシー代はAliaまで2時間ほど渋滞の中を走っても7万ルピアぐらいだった。しきりにソーリーを連発する。悪いので少し多めにやった。

Aliaのスタンダード・ルーム(21万5千ルピア)に入る。金曜日の晩だったがどのタイプの部屋も空いているようだった。出入りする客も多い。部屋数は多いようである。Aliaも隣のホテル・パサル・バルも満室だったらこの渋滞の中どうしようかと内心心配していたのでホッとした。

フロントクラークは前回と同じ人間だったが、「このホテルはレディー(連れ込み)禁止」だと念を押す。俺のことを覚えてないのかときくと、覚えていると言う。よほど女を連れ込む日本人客が多いのか?

Aliaに一台だけあるインターネットは故障らしく使えなかった。

午前3時ごろ、胸のあたりに水が落ちてきて変な夢を見て目を覚ます。

ベッドの真上から雨漏りが始まったところだった。午前0時ごろ眠ったときには雨漏りはしていなかった。フロントに電話して部屋を変えてもらう。フロントは人は変わっていたがちゃんと起きていた。部屋はすぐに変えてくれた。しかしソーリーのひとことも言わない。

このホテルAliaは新しいが音は良く響くし、建付けが悪いのかもしれない。

新しい部屋に落ち着くと午前4時近く、眠いが目が覚めてしまった。やがて隣のマスジッドのアザーンが鳴り始める。

3日。午前6時ごろにレストランで無料の朝食をたっぷり食べてから眠る。

朝10時ごろに目が覚めた。間に合った。

3日のジャカルタポストによれば、インターネットが不通になっているのも洪水のためと言うことである。主要な電話交換所の近くの電線が切れたため自家発電に頼らざるを得なくなり、固定電話のサポートで手一杯になったためとか書いてある。

早めに空港に向かうことにする。ホテルの前でブルーバードグループのタクシーを待つ。道路は依然あちこちで冠水している。通れないところもあるらしく遠回りしていくようだったが、結局途中でブルーバードのバスに乗り換えさせられる。これが空港まで2万ルピア。最初からそういう話だったようだが、インドネシア語がわからなかった。

昨日カンプン・ランブータン・バスターミナルでつきまとってきた見るからに下心ありそうなある男は、私がインドネシア語がよくわからないと見て「あんたインドネシア語が出来ないね(ニタ)」と言ってシメタという顔をしさらに手玉に取ろうという態度をあらわにした。私があわてて「ビサ、ビサ(できる)」言って開き直ると、今度は「スディキ(少し)だろ?」とニヤッとした。

インドネシア語は、インドネシアという広大で多様性を持つ世界の「国際共通語」なのかもしれない。そして、ジャカルタで「あんたインドネシア語ができないね」と言う人は、ちょうどシンガポールで「キミ英語が出来ないね」という人と似たような感覚で言っているのかもしれない。もっとも下心はかなり異なるだろうが。

バスの通り道もあちこちで水没している。もちろんそういう場所は徐行。全体的に渋滞が続く。

11時ごろホテルを出て空港に着いたのが1時半ごろ。2時間半ほどかかった。

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2007年1月 5日 (金)

インドネシアへ  バンドゥンBandungに直行

クアラルンプルからジャカルタへ。そして当日にバスでバンドゥンに直行。

ジャワというところは本当に、私の体質に合わない。生まれ育ちに根ざした私の謹厳で禁欲的な美意識とは対極をなす土地柄である。育ちが良く、清潔で静かなところが好きで悪い遊びが嫌いな、私のような人間にとっては耐えられない風土である。またあんなところに行くのかと思うと本当に憂鬱になるのだが、なぜか行くことになってしまった。

飛行機のチケットを買うときにちょっと行きたいかなと思ったからであるが、なにより、ジャワは比較的白人が少ないということが最大の魅力である。今の時期イランは寒そうである。

1月4日。

午前10時、KLパサルスニの楽安酒店をチェックアウト。プトラLRTでKLセントラル駅へ。ここでKLIAエクスプレスに乗り換えてKLIA(クアラルンプル国際空港)へ。KLIAのスターバックスのコーヒーはまずい。前回はそれほどでもなかったがこの日はまずかった。

旅行客は白装束のムスリムが多く、この時期インドネシアに向かう白人は少ない。

マレーシア航空MH721は15分遅れで14時10分ごろ出発。今日は特に客室乗務員の要領の悪さ段取りの悪さが目立った。飯の準備にやたら時間がかかる。2時間のフライトであと30分くらいのときにようやく飯を持ってきた。1時間ぐらいばたばた準備をしているように見えた。エコノミークラスに飲み物を出さない。コーヒーのみ。私はオレンジジュースが楽しみだったのに、飯を配ったとき以外一度も飲み物を持って回ってこなかった。その上ワゴンをいすにぶちつける。この飛行機はガルーダとの共同運航便だった。(日本を出たときはANAとの共同運航便のマレーシア航空で、日本人スッチーの美人さとマレーシア人スッチーのフテたような暗い表情との対比が目立っていた)。

この方面は今気流が悪いらしく、飛行機はよく揺れた。窓から右にエンジンの口が見える。なかなか魅力的な造形物であるが、ぶっ壊れそうに揺れてときどきすごい音を突然出したりしていて怖かった。翼がブリキのようにぶるぶると震えて吹っ飛びそうである。羽根がぺらぺらなのはいつものことだが、インドネシアで飛行機事故がおきたばかりなので今日はあまりいい気分がしなかった。

搭乗のとき席に着くときに、毛唐オヤジとアジア人客とが席の取り合いでトラブルになっていた。ダブルブッキングだろうか。毛唐が英語で大声でいきまいていた。クルーが一生懸命をなだめて、ビジネスクラスにその毛唐のための席を作って移動させたようである。私の視界から毛唐が消えたことはよかった。飛行機に乗っていた毛唐はその男だけくらいだった。薄汚いなりをしたやつでインドネシアに何をしに行くのかわかったものではない。本気で幼女買春する白人はインドネシアを目指すという。よく逮捕されてもいる。
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/12/4_fb50.html
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/10/post_56af.html

今回はアライバルビザを取るときにしつこくあれこれ聞かれた。どこへ行くのかというので、バンドゥンと正直に答えたのがまずかった。友達がいるのか、とか余計なことをあれこれ詮索する。バリにも行くと言ったバリはいいところだとか何とか言って納得したようだった。

最初からバリに行くと言っておけばもっとスムースにすんだかもしれない。バリなんぞ糞くらえだが。

外務省の海外安全情報では、たとえばタイのページを見ても、安全のため「欧米人の集まるところにはなるべく近づかないようにしましょう」とある。これはまったくもって尤もなこと、正しい定見である。われわれは欧米人ではない。欧米人とは歴史的な立場も違う。だから、白人ツーリズムのマネッコをすべきではない。欧米人の集まるところに行きたいのなら欧米に行けばいいのであって、アジアで白人ツーリストがことさらに集まり白人の植民地主義の延長である白人ツーリズムを展開する場所にわざわざ乗り込む必要はないのである。

イミグレでも帰りの航空券を提示させられた。いずれも前回(ほんの2ヶ月ほど前)はなかった厳しさである。

空港に入るとすぐに下に降り、タクシーを拾う。ブルーバードグループのタクシーでカンプンランブータンバスターミナルに向かう。メーターだがそれ以外にSurchargeなるものが9000ルピアかかり、有料道路の支払いが3回あってそれも合計10000ルピアくらいになる。有料道路もやや渋滞する。

カンプンランブータンに近づくと信号待ちで子供たちが物乞いに来ることがあったが、決して乞食のような汚い格好はしていない。むしろこぎれいな服装をしている子供たちだった。

2時間近く走ってようやくカンプンランブータンバスターミナルに着く。結局タクシー料金はメーターで12万ルピアほど、その上にサーチャージ9000と有料道路のトール、全部で14万ルピアにもなった。

バス停に着くとまた、いろんなところでいろんな金を払わされる。タクシーが着いたところで2000ルピア、バス停構内に入るのに500ルピア。

バンドゥン行きのバスはすぐ見つかった。1時間ほど中で待ち、午後5時50分ほどようやくバスが出る。

バンドゥン行きのバスは何種類もありどのバスに乗るかは客の選択だが、「客引き兄ちゃん」の客の取り合いも激しい。自分で適当によさそうなバスを選んで乗る。

今回のバスはちょっと良いバスだった。冷房車でガラス窓が大きい。客が少ないのでいすを倒して広い夕空を眺めることができる。マレーシアにいたときには感じることがなかった開放感に浸れる。演奏家は入ってこない。物売りもそれほど多くはない。その分バス代は高く4万5千ルピア。安いバスは3万ルピアくらいから。

夜9時ごろにバンドゥンに入る。

バンドゥンに入ると長髪の「吟遊詩人」が乗り込んできた。普通のしゃべり方で挨拶をした後、歌うのではないが抑揚をつけて通る声で「語り」始めた。詩のようであるが、演説なのかもしれない。内容はイスラム教に関するもののように思われた。政治的な演説なのかもしれない。2,3分語ったあと、また普通の声で挨拶をして金を集めていく。前回ジャカルタの市バスでみた演説家のはただの政治演説という感じだったが、今回見たのは風采も含めてあれよりはロマンチックな雰囲気があり吟遊詩人のように思われた。

夜9時10分、バンドゥンのルウィ・パンジャン・バスターミナル着。すぐにアンコタ(ミニバス)に乗る。バンドゥンの夜は安全だと思う。

鉄道駅に行くかと聞いて「スタシオン」に行くというアンコタに乗った。「スタシオン」が鉄道駅のことかどうかわからない。マレーシアでは「ステセン」だったと思う。オランダ語でスタシオンというのだろうか。

このアンコタはカラパKalapaまでだった。カラパのアンコタターミナルである。どこで泊まってもいいのだが、鉄道駅近辺に行くためにはここで乗り換えなければならない。

アンコタの向かいに座っていたたいへんな美青年が英語を少し話し、しかも親切に乗り換えのアンコタを見つけてくれた。たいへん控えめで、小さな声で話し、人見知りをするような青年だった。たいていの日本女ならこのままこの美青年と宿探しをしてこの晩か遅くとも翌日の晩にはやってしまうところだろう。

「スタシオン」はやはり鉄道駅のことだった。アンコタは鉄道駅の北側についた。このあたりに来るのは初めてだ。その近くにもホテルが何件かあったが高そうだったので、地理に覚えのある駅の南側に移動する。

ホテルパレム、スラバヤ、前回泊まったホテルキングガーデンなどの近くにあるホテルチトラCitraにチェックイン。ここも前回見た。日本語を話す人が一人いる。この日案内されたのは2階の部屋で前回見た部屋よりちょっといい部屋だった。9万ルピア。ホットシャワーはない。

ホテルチトラは構内が広々していてそんなに悪くない。キングガーデンよりはかなり雰囲気が良い。夜も、静かとはいえないが、大通りに面した部屋でなければそれほどひどくないだろう。

5日。昼過ぎまで寝て、チトラに連泊を決める。

鉄道駅の北口にATMがありVISAカードが使えるが、一度に引き出せる金額は25万ルピアだけ。これでは3000円くらいである。

ホテルチトラやキングガーデンの通りを南に少し行ったところにあるPermata銀行のATMはシティバンクの銀行カードも使えて一度に150万ルピアまで引き出すことができる。その向かい側にも別の銀行のATMがある。

なお、インドネシアでは「エイティーエム」はあまり通じない。オランダ式を今でも使っているらしく、「アーテーエム」。すべてこの調子。ドイツ語を勉強したことのある人ならすぐに覚えられる。Cはツェーではなくチェ。Jもヨットではなく、Yもイプシロンではないと思ったが、忘れた。Liaという女の子の綴りはエル・イー・アー。

チトラの部屋は扇風機もついていないが冷房が入っているようにひんやりとしている。水シャワーだけなので昼間でも水浴びはちょっと寒い。夜は冷える。今が冬だからではない。ここは南半球である。

チトラに毛唐ツーリストが来た。こいつら本当に嫌である。泊まるのかどうかはわからない。この時期、毛唐ツーリストが来ない国というのは世界中でイラクくらいしかないだろうか。

チトラの日本語のできるおっちゃんにインターネットの場所を教えてもらう。わかりにくいところにあるとても簡素なネット屋。バンドゥンの大通りでインターネットの看板は見たことがない。

最初、日本語は表示すらできなかった。コントロールパネルを開こうとしたが、小さな店なのに中央制御になっていて勝手に開けないようになっている。CDのアダプターも客のほうにはない。しかし店の兄ちゃんは親切で、設定を変えてコントロールパネルを出してくれ、私が持ち歩いているウィンドウズXPホームエディションのCDを中央から入れてIMEをインストールさせてくれて、一台だけ何とか日本語を書けるようにすることに成功した(ここはすべてホームエディションだった。私はプロフェッショナルのCDも持ち歩いている)。

ここも含めて多くのネット屋の人は、日本語のディスプレイができるということと、日本語ワープロが使えるということとの違いが理解できない。

多くの人は日本語が表示できればそれでいいのだろうと思ってしまう。日本語IMEを入れたいといってもなかなか通じないことが多く、何か変な設定の変更をしようとしているのではないかと警戒して相手にしてくれなくなることもある。しかしこのネット屋の兄ちゃんはこちらがやりたいことを理解しようとしてくれたので、頼めばまたやってくれるだろう。このネット屋の場所はホテルCitraで教えてくれる。

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2006年12月27日 (水)

ジャカルタ行き航空券の購入 またジャカルタへ

ジャワというところは私はどうしても肌が合わない。好きになれない土地柄である。

清潔で静謐で、やや無機的でやや乾燥していて、ゆったりとしていて一人になれる空間、そんな場所が私は好きである。

ツーリストと性悪シェルパさえいなければ、ソルクーンブはやや寒いが気持ちのよい空間ではあった。ヒレやバサンタプルも場違いな毛唐さえ来なければいいところである。中国人と毛唐さえいなければチベットも良い。

いまKLはよくない。去年を知らないので年度比較はできないが、猛烈に毛唐が増えている。各種の毛唐、オーストラリア人が多いようだが、アメリカ人、北西ヨーロッパのレイシスト、ロシア人、そしてシリア人(東方正教のキリスト教徒も多いようだ)。

タイが外国人の「ノービザ滞在」を3ヶ月内くらいに規制したことの影響もありそうである。

タイのこの新制度では「6カ月の内に3ヶ月」は外国にいなければならないらしい。あいまいな規制であり、いつまで続けられるのかは知らない。早く元通りに開放してやってクズ毛唐を全面的に受け入れ、白人用便所国家タイランドの使命を果たしてもらったほうが周囲の国に滞在しているものにとってはありがたい。

毛唐も多くなりKLもうんざりしてきたが、かといってマレーシアの田舎を旅する気分にもならない。マレーシアの田舎は特に面白いところがないところが良いのだが、特に面白いところがないところにわざわざ出て行くためには強い好奇心のエネルギーが必要である。そういう田舎で毛唐にかち合うようなことがあると、都会でかち合うよりも数倍不快なことになる。それが「健全な」毛唐ツーリストだったとしても、ギラギラとした目で貧しく文明の遅れたアジアの隈隈を覗き込み嘗め回しつつ、入り込めそうなところにはどこにもドタドタ入り込み踏み歩き、アジア人ツーリストを自分の縄張りに入ってきたオスを見るような獰猛な目で睨み付ける。その意味で、女を買わなくても白人ツーリズムはセックスツーリズムなのだ。そういう毛唐に出会うことになる。

そういうわけで、どこか外国に出ることにした。そして、どういうわけかまたインドネシアに行くことになってしまった。本当にインドネシアというところはどうも私の肌に合わないので不思議なことである。

今日27日午後、マスジッドジャメでスターラインに乗りバンダラヤへ。Wisma P.K.N.SにあるM.S.Starトラベルでジャカルタ往復航空券を買う。

マレーシア航空のジャカルタ往復航空券(フィックス)が今回は830RM。これが片道航空券だと850RMになる。片道のほうが往復より高いので、ジャカルタから他に飛ぶ場合でも往復航空券を買ったほうが得ということになる。もとよりこの価格は常に変動する。前回は往復が片道よりもやや高かった。

3ヶ月オープンの往復航空券を買おうとすると1200MR以上になる。

前回相手をしてくれたモデルのようなパンジャブ姉ちゃんは今日は休みらしくいなかった。中国人似のマレー女(トゥドゥンにマレー服)がテキパキとやってくれた。

帰りは2月3日。

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2006年12月11日 (月)

ジャカルタからクアラルンプルへ

11/29

ジャカルタのホテルAiaパサルバルをチェックアウト。スカルノ=ハッタ空港へ。

ホテルの前に客を乗せてきた「ブルーバードグループ」のタクシーを拾う。ブルーバードのタクシーはフロントガラスにBlue Bird Groupと書いてある。

中級以下のホテルにタクシーを頼んでもあまりいいことはないと思う。

有料道路の金の払い方が変な方式だった。入るときに4500ルピア、出るときに2500ルピア払うところがあった。入るときに運転手がお金を要求し、1万ルピア札を渡したら釣銭を返そうとしないのであわててしっかりもぎ取った。出るときの分と言う意味らしかったが・・・・タイでは有料道路の支払いのときにお金をごまかされることがあった。

出るときに払う金額は三種類書いてあったので、そのなかで一番安い2500Rpを出してみると当たっていた。

このタクシーは停車をするとすぐにメーターを止めた。

空港へのチェックインは出発1時間半前からだった。

スカルノ=ハッタ空港のカフェはとても大衆的。メニューはインドネシアの普通の食堂と変わらなかった。ミーバッソを食べる。ただし、当然、値段は高い。

残念だったのは、館内放送の"Perhatian"の発音がスマトラとぜんぜん違っていたこと。メダンの空港のほうがぜんぜん良かった。

スカルノ=ハッタの"Perhatian"は、ちょっと英語みたいな気取って口ごもったような発音で聞き取りにくい。

スマトラの空港の"Perhatian"は、歌うような調子で「プラハティア、プラハティア」と屈託なく2回繰り返すのだ。これを聞くとうっとりする。

国際空港はやはり毛唐が多い。多いといってもマレーシアよりはずっと少ないし、タイの100分の1ぐらいである。

マレーシアやインドネシアにいる毛唐は、タイにいる連中ほどクズではないかもしれないし旅行ずれしていないかもしれないが、却って天然の人種差別主義者であることが多い。要するに本当に植民地に来ているという感覚。

空港内のスターバックスで背広をきちっと来た毛唐がサンドイッチをガツガツほおばっているさまは、まさに一個の背広を着たケダモノがそこにいるようである。

スカルノ=ハッタのイミグレを出るときも、飛行機にチェックインするときも何の問題もなかった。インドやネパールは出るときにもったいぶる。

機内食は往きのときよりは軽かった。客席も往きより心持広く快適だった。同じマレーシア航空。

KLIA(クアラルンプル国際空港)のイミグレには外国人が大量にいて、1時間くらい列で待たされた。大部分はアラブ系と中国系。バングラかミャンマーのインド系みたいな感じの人もいた。

列では中共の若い女のグループにはさまれていた。同じ中国人といっても、マレーシアの中国人とはまったく違う。中共中国人はからだ全体に埃っぽい雰囲気が立ち込めている。順番に待っているのだから別に早くなるわけでもないのにちょっとでも人を追い越そうとする。常に空間を詰めていないと間に滑り込もうとする。

インドネシアから来たが、このときはマレーシアの税関検査はまったくなかった。チェックポイントも見なかった。

以前KLIAから日本に帰ったときには、「ランダムチェック」だと言ってアジア系だけX線チェックしていた。スマトラのドゥマイからマラッカ海峡を渡ってマレーシアに入国したときにはかばんを少し開けさせられた。

午後9時ごろようやくKLパサル・スニ(Pasar Seni)に着く。いつもここなのがあれなのだが。

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ジャカルタに2泊 パサル・バルPasar Baru

11/27

午後3時過ぎ、ジャカルタのカンプン・ランブータン・バスステーションに着。3時間もかからなかった。

17番の市バスに乗り、パサル・バルPasar Baruを目指す。

ギター弾きは相変わらずローカルバスにも乗ってきて演奏する。さすがにしょっちゅうやっているだけあって、ギターはそこそこ上手なものもいると思う。しかし、こんな排気ガスで空気の悪いところで歌っていたら喉がおかしくなるだろう。

はっきり言って頼んでもいない演奏を聴かされるのは迷惑。

バスというものはいつも、後ろのほうにゴロツキが吹き溜まるものである。これは日本の田舎のバスでも同じ。だからバスに乗るときは前のほうに乗るのが安全だと思う。ジャカルタの市バスは最後部に車掌がいる。

発車前のバスに乗り込んでくるのは、物売りや演奏家だけではない。堂々たる中年男が乗り込んできて、大きな声で演説を始める。何か偉そうなことを1、2分演説したあと、座席を回って金を集めていく。政治活動家なのだろうか。

この国にはありとあらゆる物乞い系の商売が咲き乱れている。

英語教材、何かのパンフレット、コーランの額、財布などなど、どんどん乗客の腕の上やひざの上に勝手に置いていく。回収に来るまで善管注意義務が発生するだろうかなどとのんきに考える以前に、ひたすらうざかった。

午後5時過ぎにパサル・バルの近くで指示されて降りる。そこから20分ほど歩きHotel Pasar BaruとHotel Alia Pasar Baruとを見る。どちらも満室に近かった。

Aiaパサルバルのほうのスタンダードの部屋に入る。21万5千ルピア。

ホテル・パサルバルとアリア・パサルバルとはAliaというマスジッドのすぐ近くにある。どちらもムスリム色の強い宿で、女の持ち込みは厳禁。

Aliaには「婚外男女(married coupleを除くopposite sexの人)が同室に滞在すること」を厳禁するという注意書きが各所にある。チェックインのときにも一人かどうかを確認し、女性を入れないようにと強く念を押された。

パサル・バルは、カオサンにツーリストがいなかったらこんな風かもしれないと思うような雰囲気のところ。

タイにいたときは、タイ人が好む甘い氷菓子を軽蔑していたが、ジャワの氷菓子は内容が豊かでおいしくちょっと癖になった。タイの氷菓子のようにカキ氷とシロップばかりとかでんぷんみたいなゼリーばかりみたいなのではない。いろいろなフルーツがちゃんと入っていてココナッツミルクが効いている。3000~5000ルピア。毎日のように食べていた。

Aliaには一応インターネットが一台ある。一時間15000ルピア(少し高い。マレーシアの2倍ぐらい)。

バンドゥンにはあったバンドレックがこのあたりにはまったくない。

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2006年12月 7日 (木)

スカルノ=ハッタ国際空港 ジャカルタ

11/2 マレーシア航空でクアラルンプルからジャカルタへ。

KLIA(クアラルンプル国際空港)の第1ターミナル(?、店が少ない方)のレストランは最悪だったが、第2ターミナル(?、店が多い方)の接客は普通だったと思う。値段も普通に高かった。飛行機に乗る前には何杯もコーヒーを飲みたくなる。

搭乗口近くの椅子に座ってボーっとしていたら、いつの間にか出発時間ぎりぎりになっていて、ファイナルコールの後に名前を呼ばれてしまった。出発5分前ぐらいに搭乗。

機内は狭く、飯がたくさん出て食べるのがたいへんだった(帰りは同じマレーシア航空でもそんなに狭くなかった)。

午後4時ごろジャカルタ上空へ。マレーシアのHazeはこのところかなりよくなっていたが、ジャワ島はまだ少し煙っているようだった。

スカルノ=ハッタ空港の滑走路はかなりでこぼこで、田舎の空港という印象。

ジャカルタに下りたときは特別な匂いはなかった。少し薬臭い。国によってはその国の匂いがはっきり感じられることがある。たとえばネパールのトリブヴァン空港で飛行機のドアから出るとすぐに、またネパールに来たということをはっきりと実感する。

(ネパールでも強姦白人ミッショナリーの活動は活発なようで、少女の手を引いた白人をよく見るようになった。ボランティアとか孤児の世話とか調子のいい理由があると白人はどこまでも開き直る。今度写真を撮って来てここにあげる予定)。

ジャカルタに着いて気がついたのは、女の子が断然キレイなこと。マレーシアと同じようにスカーフをしている子でも、肌のつや、表情、まつ毛の長さ、目の輝きなどがまったく違う。笑顔がこぼれ落ちる感じ。

ようするにマレーシアのマレー姉ちゃんが仏頂面すぎるということ。

今回の目的地は一応バンドゥン。ジャカルタ市内で沈没してしまっても仕方がない。

ジャカルタからバンドゥンへ行く国内線飛行機はない。

市内に入りたくなかったので、高いが明日のリムジンバスの予約をする。空港から出て、バンドゥンまでは3時間ほど。値段はPrimajasaのバスで6万ルピア。普通の長距離バスの2倍くらい。

ビザは30日ビザで25ドル。100リンギちょうど。

入国し、空港内のトランジットホテルにチェックインする。一泊80USドル(720000ルピア)。部屋はマレーシアのホテルなら120リンギか150リンギくらい(30か40USドル)の水準。

ホテルには女子大生風の女の子の集団が来ている。スカーフをつけている子はほとんどいない。やや化粧が厚い。スカーフをつけていない女の子は化粧をしていないのでかえって肌がきれいに見える。

ジャカルタ時間はマレーシア時間より1時間遅れ、タイと同じ。

夜は、ホテルを出たところのフードコートで、23000ルピアくらいの食事。

通りがかる女性がみんないい女ばかりなので、すごい幻の国に来たような気がする。マレーシアはもとより、スマトラよりかなり上である。

ただたんに美しいだけでなく、やさしそうで語りかけるものがある。どの女性にも誘惑を受けているような錯覚に陥る。一人一人に自然について行っても良いような気がしてしまう。つまり女性が一人通りがかるたびに、ふらふらとついていきそうになってしまう。もっとも、本当にそれをやったらかなりヤバイことになるだろう。

インドネシアに残留した日本兵が、インドネシアに帰化しイスラム教に改宗して4人の妻を迎え何十人もの孫がいる・・・・という話があったが、決してとっぴなことではないように思われた。仏頂面女が4人もいたらたまらないが、この姉ちゃんたちなら4人くらいがんばれそうに思った。

毛唐は、空港やエアポートホテルには多くないが、いるやつらは相当程度の低そうな連中。やはりオランダ人が多いのだろう。彼らは長期にわたる最悪の植民地支配について「悪いことをした」とまったく思っていない。

その正当性の根拠は白人の優越性にある、という信念で固まっている。

この信念は、オランダ人のようなクズ白人ばかりでなく、アジア各地で、たとえばタイ北部で、キレイ事を言いながら、つまり手厳しくブッシュのアメリカを批判したりしながら、NPO活動やボランティア活動をしていたりする白人も、「アジア人に対する白人の優越性への確信」という点ではまったく同じである。

貧困地域でまじめにがんばって活動している白人、自己犠牲的に働いているように見える人ほど、「白人の優越性」への確信、アジアは白人が助けてやらなければならないという確信、白人が見ていてやらなければアジアはどんどん悪くなる(アメリカ帝国主義に侵食されるというのも含む)という確信はむしろ強く、心の支えになっているようである。

本当は白人が入って来ないことが長期的に見てアジアにとって一番良いことなのだが、このような偽善白人は、「弱いアジア・貧しいアジア」を探し求め、それをこよなく愛し、「強いアジア・豊かなアジア」を何よりも嫌悪する。

とにかく、オランダ人のようなクズ白人にはからまれると危険かもしれない。

空港に着いたとき、後ろから荷物のワゴンでぶつかってきた毛唐は、謝るどころか爬虫類のような目でにらみつけてきた。

他人の足に金属ワゴンをぶつけても、相手が有色人種なら平気なのである。むしろ、遅く歩いて邪魔をした有色人種のほうを非難の目で睨み付けるのである。この男の意識は完全に、ここは白人の植民地であるというものである。

世の中が良くならないのは、世界中に白人がのさばっているからであり、のさばらせているからである。この点を見落としてはいけない。

アジアの反日主義は、もともと白人が創作し日本の左翼や進歩主義マスコミに吹き込んだイデオロギーが、日本で膨らまされ、それが従属していたマルクス主義の凋落と同時期に、新市場を求めて中韓にわたったものである。中韓にご注進しなさいという策も、白人イデオロギー戦略家たちが日本の左翼、反日マスコミに示唆したものであると思われる。反日で東アジアを分断し、日本を「孤立」させて誰よりも得をするのは白人であることは明らかである。

ジャカルタは暑い。

しかしまたその「孤立」を恐れる必要もないのである。北朝鮮でも瀬戸際外交であれだけもっている。幸い日本は石油が出るわけでもない。隣国にこちらからせめて入ろうというわけでもない。日本との関係をまったくやめて大丈夫な国は少ないのではないだろうか。日本は金で「孤立」を買っていったほうが良いような気がする。

今後もしバブルが再来しそうなことがあったら、中国やアメリカとの間のイデオロギー的な問題を取り上げて過熱しそうな景気に水をかけてやれば良いのではないか。

11/3 無料の食事は朝9時まで。11時半ごろチェックアウト。1ドル9300ルピアで換算される。

ジャカルタのコーヒーはどこも薄い。スマトラと違いコクがなく、酸味が強い。マクドナルドのコーヒーの味もスマトラとはずいぶんと違う。

毛唐の数は多くないが、どうしようもないクズなかんじなのがチラホラいる。ガイドを連れた買春オヤジ風のも。

(毛唐はアジア人ガイドに恥じるということは一切ないので、ガイドに少女や処女を世話させるのは平気である。こういうことはタイ北部・東北部などで白人によって広範に行われている。)

毛唐の中には、私(アジア人ツーリスト)を見つけると30秒ぐらいジーっとにらみつけてくる者がいた。さすがにマレーシアではこういうのにはあまり出会わなかった。タイやネパールにはいっぱいいる。

アジア人が彼らと同じ立場のツーリストとして旅行していること自体が、彼らにとっては、理解しがたい不可思議なことなのであろう。

こういうときは、こちらも相手が目をそらすまでじっと凝視してやることにしているが、毛唐がこちらを人間だと思っていない場合、人間だと気づかない場合は、1分でも2分でもにらみつけてくることがある。実に彼らこそケダモノにほかならない。

バスは“Primajasa エアポートリムジン”。バンドゥンまで、6万ルピア。高いが、スカルノハッタ空港からはこういうのしかないようである。しかし、中が豪華というわけでもない。食べ物も出ない。乗客はほとんど地元の人。

バスを待っている間も空港周辺にはかわいい女の子たちがいっぱい通りがかる。ほんとにかわいいのだ。

この国にイスラムがなかったらえらいことになっていただろう。

かわいくて小柄で出るところはしっかり出たジーンズの似合う女の子が、歩きながら細い指で、自分の肛門のあたりをコチョコチョっと掻いて行く。まったく自然なしぐさであり、一瞬の出来事であった。肛門かその周辺が痒かったから掻いたのであろう。歩いていて痒かったからコチョコチョっと掻いたのだ。まったく何の問題もない。

なんてすばらしい一瞬だろう。お尻がきれいに引き上がっていて少し上向きに開くような形になっているので、腕を後ろに回して肛門を掻くことは物理的にも心理的にも簡単なのである。

午後4時ごろバンドゥンに着。

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2006年12月 3日 (日)

ジャカルタ行き航空券の購入 クアラルンプル

10/31 バンダラヤ駅(Bandaraya、スターラインでマスジッドジャメから一駅)近くのM.S.Starトラベルに行き、2日のジャカルタ行きチケットを買う。

M.S.Star Travelは、StarLRTのBandaraya駅を出て大通り沿い右方向に見えるWisma PKNSというコンプレックスの1階にある。

往復チケットを強く勧められる。(以前チケットを買うのに利用していたブキ・ビンタンのスンガイワンプラザにある安全旅遊〔Safety Travel〕は、どこに行くにでも片道航空券を喜んで売ってくれた)。

マレーシア航空のジャカルタ往復チケットは890リンギ、片道チケットでも850リンギくらいということなので、往復を買っておく。

TG(タイ航空)を勧められたが断った

この代理店にいるマレー系の女の子は、「白痴」のような反応しかしない人が多い。

受付の女性がずらっと横に並んでいて(いろいろな意味で玉石混淆)、どの人を選ぶかは客の勝手というシステムである。

マレー系の受付のところに行ってしまうとろくに話しも通じず、恐ろしくとろい仕事に付き合わされることになりかねない。

パンジャブ系だという、モデルのようなスタイルで端正な顔立ちの女の子が、わりとテキパキと親切に応対してくれた。(ムスリムではないと思う。トゥドゥンはもちろんしていないし、ヒンドゥ式の鼻ピアスをつけていた)。しかし電話が入ると仕事が中断し、電話がまた長い。

支払いはマレーシアリンギ。リンギが足りなかったので、近くのUnited Oversea Bankという銀行で両替する。時間はかかったがレートはよかった。一万円が314リンギほど。市中の両替屋だと(この時期)303リンギくらいだった(今もそのくらいだが)。

この代理店で、見せてもらった料金表では、(KL発)

カトマンドゥ(ロイヤルネパール航空)  片道  920リンギ  (往復だと1500リンギくらいだったと記憶する)

シエムレアプ(カンボジア)         往復  1300リンギ  片道800リンギ

など。 カトマンドゥ行きはTGならさらに安い。

途中、いかにも傲慢そうな白いアラブ系のオヤジが乗り込んできて、他の客の横から割り込もうとしていた。どの女の子にも完全に無視されていて、しばらくして何もせずに黙って出て行った。容姿だけでなく目つきや立ち居振る舞いまで毛唐そっくりだった。

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2006年11月28日 (火)

ジャカルタJakarta パサル・バルPasar Baru

今日しばらくぶりにインターネットのあるところにやってきました。

ネットにアクセスできないうちにまたニフティから期限付き閉鎖通知でも来ていて、とっくに閉鎖されているのではないかと不安でしたが、このブログもまだ健在のようです。

アクセス数も毎日書いていたときとほとんど変わらない。

要するにこのブログ、私、もう書いても書かなくてもアクセスは変わらないということのようです。

ジャカルタに来たといっても、わざわざ「ジャランジャクサ」に直行する必要はないです。

タイに行く若い日本人ツーリストはなぜカオサンに直行するのか。彼らのかなりの部分は、実は、白人に会いにタイに行くようでもある。一人で外国へ・白人と・英会話、できたもん!

ヤラセル日本女でなければ白人の方が迷惑していることをお忘れなく。

ジャカルタ、カンプン・ランブータン・バスターミナルから、17番の市バスでパサル・バルまで来て、「ホテル・アリア(Alia)・パサル・バル」にチェックイン。この間、毛唐は一人も見ない。

ここは厳格なムスリム宿で、「レディー」を連れ込まないようにと念を押される。インドネシア語と変な英語とアラビア語で、「未婚の異性の同宿を厳しく禁止します」という注意書きがあちこちにある。

スタンダードルーム21万ルピアほど(いま一ドル9000ルピア位)。

一台だけあった個室インターネットブースに自分持ちのウィンドウXPプロフェッショナルのCDで日本語IMEを入れて、日本語も書けるようにできました。日本の漫画喫茶みたいですが、椅子は一台だけ、女の子は連れ込めません。

パサル・バルは下町的ないい雰囲気の場所で、バンコクのカオサンにツーリストがいなかったらこんな風だったかもしれない、と思うような感じの場所。

ジャワ島は一度は行ってみる価値のあるところだと思いました。

私はジャワはどうしても肌が合わないところがあると思ったが、細かいことを気にしない、女好きの日本人オヤジなら楽しくて仕方がないと思う。

ここは最高に親日的。日本人なら相当カスなやつでもモテモテ間違いなし。私がそうだったから。

白人はとても少ない。

女性はとっても魅力的。

女目的の日本人オヤジがどうしてタイにばかりこだわってインドネシアに来ないのか、不思議な現象だと思う。タイ語を覚えてしまったから?

結局、彼らも、白人(セックス)ツーリズムが作ったルートをたどって、その枠の中でマネッコ遊びをしているだけなんでしょうね。

ジャワの日記は追々書いていきます。

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