チパナスCipanas 07年1月 その3 怪我
1月25日。
ポンドック・アジサカAjisaka最初の朝、室内で転倒。タイルの室内階段の角で後頭部を強打。
9時ごろ目がさめて寝ぼけ眼でトイレに入ろうとしたら、大家のオバサンがコーヒーを入れたといってノックしたので、出ようと振り返ってちょっと歩いたところの2段のタイルの階段ですべる。少しぬれていた。床も全部タイル。
階段から滑って床に着いた足も滑り、さらに滑って面白いように真後ろに転倒した。右手にコップを持っていたので、それを壊さないようにと気をつけたのが却ってまずかった。後頭部の骨の出っ張ったところがちょうど階段の角に当たる。
2,3分動けなかったが気は失わなかった。ぶつけた後頭部をさすった左手を見ると手のひらが血だらけ。どす黒い赤のねばねばした血ではなく朱色のサラサラした血だった。身を起こしてみると、そのへん血だらけだった。そんなに血が出ていると思わなかったので、やや仰天する。
ちょうど入り口まで来ていたアジサカのオーナーに連れられてアンコタで(自家用車でないところがつらい)ガルッGarutの診療所へ。プレハブというわけでもないが、雰囲気は「野戦病院」のよう。汚い感じのところで黒い処置台にうつぶせ、カーキ色の役人の制服を着た男女3人ほどに囲まれて処置を受ける。
すべてインドネシア語の説明。傷を水とヨードでよく洗ってくれる。局部麻酔らしき注射を打ち、次に「4(epat)針縫う」という。
仕事はさっさと片付けられて、あとは痛み止めと抗生物質をもらうだけ。これで78000ルピア(1000円くらいか)。
処置はそれだけ。レントゲン撮影や破傷風予防注射の接種もない。脳波の検査なんてあるはずもない。処置をしてくれた軍服(公務員の制服)の人たちは、いちおうゴム手袋をしているが、手袋をしたままペンを握り書類を作ったりしている。
もらった抗生物質は、あとでよく見ると「シプロフロクサシン」だった。アジア諸国で下痢から性病まで何にでも使われているようだが、効くのだろうか。最強の抗生剤というふれこみだったらしいが、数年前にネパールで下痢が続いたときには、これを飲んでもティニダゾールを飲んでもまったく効かなかった。気休めだが別系統のZithromaxも自分で飲んでおいた。
後頭部のため傷の状態を実検できないのがつらい。出血はやがて止まる。
ガーゼが糸で傷に直接縫い付けてある。ガーゼにヨードをしみこませてある。夜には歩きまわれるようになった。
首をやられなくてよかった。しかし、不注意でこんな怪我をしたことはショックである。いつ何がおきても不思議ではない。
3、4年前、タイのチェンマイのあるゲストハウスで、やはりぬれたタイルの階段で滑って転倒した時のことを思い出す。タイ人オーナーやスタッフたちはみんな座ったまま見ていて「ハ、ハ、ハ、イープン(日本人)、イープン(が転んだ)」といってせせら笑っていた。白人客の多い宿だった。血は出なかったがかなり派手に転び、猛烈に痛かったのである。そのときぶつけた肘の骨の痛みは最近まで消えなかった。もし転んだのが白人客だったら、彼らはただちに総出でかけよって助け自家用車で病院に運んでいただろう。タイ人とはそういう連中である。
一方、アジサカの人たちは私の怪我を知るとすぐに集まってきてそれなりの手当てをしてくれ、病院にも送ってくれた。クリニックでも英語はまったく通じないので、私に代わって事情の説明をしてくれた。
インドネシアは危険なところも多いし、医療施設もあてにならないが、人間は(白痴やキチガイは多いが)タイ人ほどは嫌な連中ではないといえる。
私の旅行は無意味なものだが、旅行をしているうちに精神的にタフになった面は確かにある。日本にいる間は自分の血を見ることはまずなかったが、近頃ではかなり大量の血を見てもうろたえなくなった。
Liaは今日も店を閉めたまま。
ロータリーの入り口のところにある別の店の女の子に傷を見てもらう。ガーゼが傷に直接縫い付けてあるのがなんとも変なので、これをはさみで切り取ってくれというと、いいよといって同じ店の雑貨売場から売り物のハサミを持ってきたが、ちょっと傷の状態をみて、これは「ベッソ」(明日)だと断言する。そして翌日もう一度頼みにいくと、約束通り売り物のハサミでガーゼだけ切り取ってくれた。
ところで、インドネシア等で中国人が嫌われているのは歴史的な理由からである。すなわち、インドネシアでいえば350年にわたるオランダの植民地支配を通じて、徴税などの現地人に嫌われる仕事を担当させるために中国本土から中国人が「誘致」され、一定の特権を与えられて利用されたという経緯からである。
もっとも、そのような歴史を通じて(近代)中国人の「体質」もまた形成されていったともいえるのだろう。白人とは真正面から対決しては損である、白人に媚びてむしろ利用されることにより、他のアジア人に対する優越的地位とカネを確保することができるという教訓を中国人は学んだのだろう。
だから、中国人の悪ごすい性格は直接にはこの白人による中国人利用に負うていると思う。近代中国人は、白人の茶坊主・徴税人として自己を確立した民族集団なのであり、近代中国人の「反日主義」の淵源が白人の反日主義・人種主義的反日意識にあることはこのことからも容易に推察される。華夷思想的中華思想は共産中国の成立後にむしろ「復古」されたものなのではないか?
そして、東南アジアで中国人がもっとも深く社会の隅々まで浸透しているのがタイである。あまりに深く浸透しているために、ここの中国系はすでにタイ化しているようであり、タイ人は中国化している。タイ以外の東南アジアの国々では(ベトナムは知らないが)、中国人と原住民との境界がはっきりしているがタイではそれがあいまいである。厳密に言語学的には諸説あるようだが、タイ語と中国語が実際に互換性の高い、互いに学びやすい言語であることは確かだろう。タイ人は中国語を容易に習得するし、中国人がタイ語を習得することもやさしいようである。
いわば、タイ人は、自らを東南アジア化したところの中国人なのであり、東南アジアに地方(じかた)役人、徴税人として土着した中国人の典型がタイ人(上層タイ人)に対応するのである。タイが白人の植民地になったかならなかったかはあまり意味がない。なぜなら、中国人にとって東南アジア諸国の「国境」にはあまり意味はなく、むしろ中国人内部の流派・氏族・血脈のほうが大きな意味を持つだろうからだ。
タイ人の白人崇拝の源泉の一つは、アジア全域のスケールにおいて白人の茶坊主、地下(じげ)役人、徴税人として自己同一性を確立し現地に土着した東南アジア中国人の白人崇拝に由来すると見ることもできると思う。本来卑屈な白人崇拝が、「独立王国タイ」においては、「由緒正しいタイ式文化」の一環としてのブランドを得て「制度化」され、タイの立派な国柄にさえなっているが、これも本質的には植民地徴税役人文化としての近代中国文化に固有の白人崇拝にタイ風味を加えたものにすぎないのかもしれない。
いずれにしても、タイ人と(白人の茶坊主・植民地役人として自己を確立した)東南アジア中国人とは、マレー人と中国人、インドネシア人と中国人、などに比べれば明らかに特別の因縁を持つのであり、「シナは嫌いだがタイはマンセー」などという2chあたりの低脳ウヨの滑稽さはあきらかである。しかし、この種の「日本的な脇の甘さ」、「性善説的妄想性」は、日本の現実の国益にとって深刻な問題を含むものであると思われる。
白人は聖書を読んでいる分、日本人よりも植民地支配が上手であることは確かであろう。聖書には異民族(ローマ人)がどうやってパレスチナの支配に成功していたか、その機微が表現されていると思う。福音書でもローマ人はキレイゴトしか言っていない。パレスチナ下層民(キリスト教徒を含む)の憎悪は直接の弾圧者であるユダヤ教官僚・法学者(パレスチナ上層民)に向けられるように仕向けられる。
毎日雨が降る。雨季のようである。
26日。
傷を治すために睡眠薬で夕方まで眠る。
ロータリーの入り口のところのレストラン(ガーゼをハサミで切り取ってもらったところ)に行くと、若い日本人ツーリストが入ってきた。猫背でおどおどきょろきょろとして色白で、店に入ってくる姿はまるで白痴まるだしである。へこへこしていちいち「テリマカシ」を連発する。
日本人は「堂々とする」ことの価値を、学校でも家庭でも教わらない。日本人が海外で馬鹿にされるのもある程度やむをえないのかもしれないと思ってしまった。
海外で日本人にかかわりあいになるのは現実に危険なことが多いから最後まで知らん振りをしていたが、金を払って出るときにちょっと声をかけてみたらやっぱり日本人バックパッカーだった。バンドゥンに帰りたいが帰り方がわからないから教えてほしいという。ここまで来ているのに「アンコタ」も知らない。「テリマカシ」は連発するがバンドゥンへの行き方を聞くインドネシア語は工夫できないらしい。
もっとも、私も旅行を始めたころはあんな感じだったかもしれない。初心のころは必ず日本人と当てられたが、そのうち中国人と間違われるようになり、近頃では韓国人にされてしまうことが多い。
日本は、孤立した文明、一国一文明の日本としての孤独な宿命をもつ。われわれはこの宿命を正面から引き受けていかなければならないと思う。それが日本人としての誇りでもあるはずだ。
決してどんな外国(文化)にも甘えたり、幻想を抱いたり、特定外国に対して個人的友情に比せられるような「友情」を抱いたりしてはいけないのである。外国というものは常に、われわれが主体となって「利用すべきもの」である。外国および異民族の利用の仕方を巧みにし洗練されたものにすることこそが「国際化」ということの本当の意味であるはずだ。日本は世界を相手にこれからも基本的には「孤独」に、闘い続けなければならない国家であり文明である。この日本の宿命を日本人ひとりひとりが忘れてはいけないと思う。
そういえば、チパナスでは乞食を見ない。ジャカルタを出てからこれまで通った町でも乞食はあまり見なかった。
28日。
われわれはいつか必ずみんな死ぬことはわかっているのだが、もしも仮に、いつか死ぬ人間と永久に死なない人間との二種類の人間がいて、自分がどちらに属するかわからないとしたら、どんなに恐ろしいことかと思う。
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