6月22日。
午前9時半ごろアランヤプラテートの旅社、「アランガーデン2」をチェックアウト。フロントにトゥクトゥクを呼んでもらう。本当はバイタクがよかったが呼んでくれなかった。
トゥクトゥクでボーダーまで60バーツ。バイタクも同じくらいらしい。しかし、以前の経験だと国境近くに来ると勝手にトゥクトゥクにしがみついてくるカンボジア青年が必ずいた。ガイドをしようとしているのか、ただ単にちょっと無料タクシーとして使っているのかよくわからない感じだった。
今回は取り付いてくる青年はいなかった。カンボジアは近代化が進んでいるようだ。経済成長も。
しかしポイペトボーダーの前に来ると、この辺はオスマックOsmachあたりより貧しいところだという印象を受ける。乞食の子が多いだけでなく、乞食の子の身なりもすごい。
人力で引く大八車は少なくなったがまだ健在である。顔のつぶれた人もいる。
付きまとうガイドは少なくなり、あまりしつこくなくなった。
タイのイミグレは冷房入り。
張り紙に、
「ノービザで再入国するときは帰りのチケットかトラベルドキュメントを提示するか、または、30日以内に出国することをconfirmしなければならない」
とある。
orが多くてどうとでも解釈できそうな文章。
30日以内にタイを出国することを"confirm"できればいいのだから、必ずしも帰りのチケットが必要というわけではないということになる。
confirmの方法に条件はついていないから、「この人は30日以内に出国する」という心証が得られれば良いということになり、要するに担当役人次第ということ。
実際の適用も役人の胸先三寸なのだろう。
当然、白人には甘く日本人には厳しく、という運用になる。
案の定、タイ猿役人は愚かにも、私のパスポートの過去の履歴をじろじろ検分し、 タイを出国しようとしている私に対して、
「エアチケットは持っているか」
と聞いてきた。
どこからのエアチケットのことなんだかw。
すぐに「シエムレアプからベトナムに行き、ベトナムから日本に帰る」と適当に言うと、OKOKといってお開き。
どうせならベトナムなんていわないで「シンガポール」と言ってやればよかった。
今度タイに行くときは、ミャンマービザとシンガポールのスタンプがいっぱいのパスポートを持ってきてやろうか、などと思う。
長年ルースな入管行政でセックスツーリスト・セックス滞在者を国内に集める政策を採ってきたのはほかならぬタイ国家自身なのだ。
ポイペトはますます近代的になり、数年前の独特の雰囲気は今はまったくなくなっている。
2年ちょっと前はまだ強かった「ポイペトの臭い」、ポイペトの町全体を覆っていた「これがダイオキシンの臭いか」としみじみ思うような臭いも、今はほとんどしない。
気まぐれなツーリストにとっては淋しく感じることだが、カンボジア国民にとってはいいことなのだろう。
以前泊まったことのあるLong Seng Lyゲストハウスがまだあった。1階の窓なしファンの部屋(200バーツ)に入る。さすがに古くなっていた。廊下も汚くなった。コンクリート作りの1階なので窓なしでも暑くはない。天井が高く、換気扇もついていて、以前は快適なところだと思って長居したことがある。今は臭いが少し気になる。
カンボジア風の強くてうまいコーヒーを出す店もほとんどなくなったようだ。ロータリー右端にあったバラック食堂の怖い感じの兄ちゃんの入れるカフェが好きだった。2年ちょっと前はまだかろうじて残っていたが、いまはもうない。
コーヒーがあるところでも「カフェ」が通じないことがある。前はどこでも一言で通じていた。バラックレストランでカフェを飲む人がいなくなったのかもしれない。 ホットコーヒーを飲む人が少なくなったのか、大きな店は当然のようにアイスコーヒーを出してくる。
ホットコーヒーを何とか出してもらってもタイコーヒーやラオカフェほどではないが濁っていることが多い。アイス用のコーヒー。通り沿いの店ではそれで20バーツもする。
奥(シエムレエプの方)に向かって右側にあるマーケットの一番奥の汚い食堂が昔ながらの透明感のあるカンボジア風カフェを出してくれた。5バーツ(500リエル)。英語を話す兄ちゃんがいる。
ポイペトの魅力はやはり夜の屋台。蒸し卵とストローが立って口の中が痒くなるフルーツシェーク。ドリアンも入る。
ロータリーの周りのフルーツシェークは都会的?な薄味になっている。奥の方に入るとまだ一応口の中が痒くなるのがある。しかし数年前よりは薄味になったようだ。以前は卵の黄身も入れていたが今回は入れているところを見ない。
蒸し卵は中が黒いので数年前始めて食べたときはギョッとした。腐っているのかのかと思って、屋台の人に「コレハ何ダ」と言ってしまった覚えがある。食えるんだよといわれた。
孵化しつつある卵(当然有精卵)を蒸したものらしく、ものによって孵化の度合いが違うようである。
真っ黒いところが多いのは小さな骨が出てくることがある。魚の骨ほどの細さだが鳥の足の骨の形をしていた。
黒い塩(黒胡椒入りの塩)とライムをかけて食べる。奥の方の屋台は香草もついてくるが、ロータリーの屋台ではつかなくなった。
しかし、奥の方のある屋台では、2個食べると15バーツなのに一度に3個食べると25バーツ取られる。4個食べると33バーツだという。この計算は理解できない。2個ずつ2回食べて香草もレモンも2倍もらった方が安いということになる。
いつも2個15バーツで食べていたのに、あるとき3個食べたら25バーツだといわれた。22バーツか23バーツでいいでしょ、といってもどうしても負けてくれない。こんなボリ方はないので、本気で言っているらしい。わけのわからない価格設定である。
しかしポイペトの屋台の女の子たちはみんなニコニコしている。ジャワほどではないが、かわいい子もいる。
数年前ポイペトにいっぱいいた獰猛な目をした男たちは見なくなった。
最初に来たときは彼らの目を見ただけで本当に怖くてゾクゾクした。「殺気」としか表現できないものをひしひしと感じ、ちょっとしたカルチャーショックだった。彼らはまだ戦争をしてるんだという印象を強く受けたことを思い出す。
2、3年前に来た時にがらっと変わっていた。舗装されて街燈も整備され夜歩きも普通にできる雰囲気になっていた。(「安全」かどうかは知らない)。
今も砂埃がまきたち雨が降ればぬかるみキレイとはほど遠いが、2、3年前はまだあった独特の臭気もなくなり、マーケットからも「殺気」は消えて平和な雰囲気になっている。
白人はシエムレエプに行くツーリストが通るぐらいだが、ネット屋にはやっぱり自分ひとりで天下を取っているようなのが来ている。
ネット屋は2件ほどあり、安い方(奥に向かって右側)は毛唐やツーリストも来る。日本語が書けるPCは2台だけ(ひとつは私がインストールした。しかし良くあることだがココログにはサインインできない。Mozilla Firefoxをダウンロードしようとしたができなかった)。
日本人ツーリストが「ポイペトの置屋」を検索したらしい恥ずかしい形跡も。彼らはなぜそういう跡を残すのか。履歴を消すことも知らないのだろうか。
高い方(奥に向かって左側)のネット屋は地元の人が電話を使うのが中心だが、普通のページへのアクセスは遅いがグーグルドキュメントが開けるとか(安い方はほとんど開けない)多少違いがある。日本語が書けるのは一台だけ。
数年前は怖かった「マーケット」付近に遊園地のような施設ができ、夜も子どもが遊んでいる。近くに警察の派出所もできてそのあたりにたくさんあった売春宿(「置屋」)は姿を消した。
マーケット近くでようやく「ル・パン」(フランスパンサンドイッチ)を見つける。ロータリーの近くからは姿を消した。「カンボジア的」というイメージがあるからだろうか。しかし、あの甘すっぱい野菜(酢漬け野菜?)は入っていなかった。
数年前は今はカジノの敷地になっているボーダー近くのドブ上にあった屋台(チャオファヤゲストハウスの斜め前の店)でもフランスパンに生野菜やらソーセージやら挟んだ、なぜか「とてもおいしい」サンドイッチが食べられた。板を無造作にドブの上に渡しただけのような床で、ごみは板の隙間から下に落とす。
ドブの上の汚い屋台でほおばる生野菜たっぷりのフランスパンサンドは、当時の私にはフグを食うような深い味わいがあった。
2年前に来たときは店は残っていたがコンクリートの床になっていた。タイ麺だけになってフランスパンはやめてしまっていた。
ポイペトの屋台はどんどんタイ的になっているように見える。
しかし数年前よりはカンボジアリエル紙幣をよく見るようになった。前はほとんどバーツだったように思う。
ポイペトはどうしても愛着のある町だとあらためて思った。今度来るときはシエムレエプからポイペトに直行しタイには入らずシエムレエプからマレーシアに戻るという旅行をしてみようと思う。ポイペトはいまも存在感のある町であり、タイの付属品ではない。
カンボジアが、豊かな国なのに自国の娘を毛唐に売り飛ばして恥じることのないタイのような土人売春国家になることなく、実のある経済成長をして良いところを残して発展できるといいと思う。カンボジアには海底油田もある。
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