s-cmbd.ポイペト

2007年7月 8日 (日)

カンボジアのムスリム 「イスラム・チャンパ」

カンボジアにはムスリムも多い。

プノンペンからバッタンバンを通るルートをバスで行くと、バッタンバンに近いあたりで窓から見る人はみな厳格なムスリム装束をした人、ムスリムのサロンをはいた人ばかりという地域に差しかかる。文化の落差を感じることがあった。

タイ政府はカンボジアのムスリムがポイペト=アランヤプラテートからタイに入国し、深南部のテロを支援していると主張している。

しかし、タイ政府のこの種の主張にはたいてい根拠がない。いい加減な思いつきであることが多いと思う。私がそう思うのにも特に根拠があるわけではないが。

ポイペトのロータリーに近い方のマーケットにはムスリムの食堂もある。「ハラール」のアラビア語表示を出しているところもあるが、ただのベトナム料理屋でそれとはわからないところもある。

ただのベトナム料理屋台と見える店。色白で目のパッチリした昔は美人だったろうと思われるおばさんがいて、カフェ・クダウというと冷め切ったホットコーヒーを平気で出す。

焼きそばを食べていたら色黒の若い男がタイ語で因縁をつけてきた。因縁といっても危ない感じのものでなく、コーヒーを一杯おごれとか言ってたと思う。

するとおばさんが「コンタイじゃない、コンチンだ」といってかばってくれた。箸の持ち方がタイ人とは違ったのだろう。スプーンを使わず箸だけで食べていた。

中国人にみられるのはイヤなので、「チンじゃなくてジュポンだ」というと、おばさんは自分はムスリムだと自己紹介してタイ語でいろいろ話しかけてきた。

それまでムスリムレストランだとは気がつかなかった。これはハラールなのかと聞くとそうだという。今の焼きそばにはいっていた肉は何の肉だろうと思っていたが、牛のようだった。どうせ豚だろうと思って食っていたが豚臭くなくてうまかった。

カンボジアあたりにいるムスリムのことを「イスラム・チャンパ」というそうである。なかなか由緒ありげな良い呼び方だと思った。

おばさんは切々と「イスラム・チャンパ、マイ・ミー・プラテート」(イスラムチャンパは国家がない)と嘆くように訴え続ける。

イスラム・チャンパはカンボジアにもベトナムにもラオスにもいるが、国をもたないという。

おばさんの嘆き節をひとしきり聞かされてからお勘定をすると、しっかりぼられていた。

イスラムチャンパは商売はベトナム式なのだろう。

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2007年7月 7日 (土)

白人は突然身体的な攻撃を加えてくる - 非常に危険! (東南アジアでは警察はもちろん白人の味方)

今日あったことである。

あまりに腹が立つので詳しいことは書かないが、ポイペトのネット屋で。

いつもここにたまりこんでいる禿白人男にいきなり両手で突き飛ばされる。

とにかくみんなにちやほやされたい、ちやほやされないと不満だ、あるいは不安になるというのがアジアに来る白人の特徴。

彼らにとってはローカルも日本人も変わらない。

よく顔をあわせていながらいつも無視を決め込んでいる私のようなやつがこういう毛唐には一番気に障るらしい。

このハゲはネット屋にいつもたまっているが、ネットをやっているわけではない。へらへらしてくれる英語を話すカンボジア男や女たちと喋るだけ。

トイレに行く道をふさいで座っている。

私がそこを通ろうとして、手で合図する。

その前にもちょっと言いあいをしたのでこの白人は根に持っていたらしい。

するとこの禿げ白人は英語教師然として、excuse meと言え、sorryと言えなどと、道をふさいだままネチネチとかぶさってきた。

どうやらこいつはこの辺のNGOか何かで在住らしい。おそらくミッショナリーの英語教師でここに集まってくる英語を話す女の子たちはその生徒のようだ。

そこで私が、「あんたが道をふさいでるんだろう。俺はお前の召使じゃない、奴隷でもない、よく覚えておけ」などというと、英語教師らしく、こちらの英語の発音を茶化し始める。

あれこれ言い合っていると、突然この白人は両手を使って私を突き飛ばした。

そして平然としている。

私はもちろん何もしていない。

もちろん猛抗議するが、このハゲの奴隷のカンボジア男も白人を擁護する。なんなら警察を呼べと開き直るがカンボジアでもどこでも警察は白人の味方に決まっている。

その奴隷男の方がネット屋のオーナーらしく、ハゲ白人は金を払わず自由に丸一日でもネットを使っているようだった。金を払うところを見たことがない。

ハゲは店に入ってくるとき英語教師然として「Hello,everybody」などと客みんなに向かって呼びかけ、その場所における自己の特権的地位の公認を取り付けようとする。

この段階で完全に無視する、冷ややかな無視の空気を発散させるだけで、この種の蛆虫は気分を害される。

あまり書いても仕方がないが、こんなやつはシナ人にも朝鮮人にもあまりいないだろう。

アジアでは日本人専用の場所、少なくとも白人禁止の場所が絶対に必要である。

ポイペトもこういう白人が居つくようになった。不便で汚いが毛唐にあらされていないカンボジアだったポイペトはもうない。

白人が現実に信仰しているのは「ゲバルト」だけである。彼らの言葉や理屈はこのゲバルトに付随する飾り物に過ぎない。

白人の社会的行為は暴力に始まり暴力に終わる。彼らは暴力抜きには生きられない。何千年かにわたって争闘と殺戮のみをこととして勝ち残った人種である。そういう遺伝子なのだ。

いまのポイペトはカンボジア人が怖いところではない。白人が怖いところになりつつあるようだ。

白人が一人でもいればそこは危険地域である。

白人は異常な攻撃的遺伝子を承継しているのだから、彼らが種として絶滅しない限り、現実問題としてこの世界に平和が訪れることはなかなかないように私は思う。

(2007/07/05)
      

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ポイペト(Poi Pet) カンボジア

6月22日。

午前9時半ごろアランヤプラテートの旅社、「アランガーデン2」をチェックアウト。フロントにトゥクトゥクを呼んでもらう。本当はバイタクがよかったが呼んでくれなかった。

トゥクトゥクでボーダーまで60バーツ。バイタクも同じくらいらしい。しかし、以前の経験だと国境近くに来ると勝手にトゥクトゥクにしがみついてくるカンボジア青年が必ずいた。ガイドをしようとしているのか、ただ単にちょっと無料タクシーとして使っているのかよくわからない感じだった。

今回は取り付いてくる青年はいなかった。カンボジアは近代化が進んでいるようだ。経済成長も。

しかしポイペトボーダーの前に来ると、この辺はオスマックOsmachあたりより貧しいところだという印象を受ける。乞食の子が多いだけでなく、乞食の子の身なりもすごい。

人力で引く大八車は少なくなったがまだ健在である。顔のつぶれた人もいる。

付きまとうガイドは少なくなり、あまりしつこくなくなった。

タイのイミグレは冷房入り。

張り紙に、

「ノービザで再入国するときは帰りのチケットかトラベルドキュメントを提示するか、または、30日以内に出国することをconfirmしなければならない」

とある。

orが多くてどうとでも解釈できそうな文章。

30日以内にタイを出国することを"confirm"できればいいのだから、必ずしも帰りのチケットが必要というわけではないということになる

confirmの方法に条件はついていないから、「この人は30日以内に出国する」という心証が得られれば良いということになり、要するに担当役人次第ということ。

実際の適用も役人の胸先三寸なのだろう。

当然、白人には甘く日本人には厳しく、という運用になる。

案の定、タイ猿役人は愚かにも、私のパスポートの過去の履歴をじろじろ検分し、 タイを出国しようとしている私に対して、

「エアチケットは持っているか」

と聞いてきた。

どこからのエアチケットのことなんだかw。

すぐに「シエムレアプからベトナムに行き、ベトナムから日本に帰る」と適当に言うと、OKOKといってお開き。

どうせならベトナムなんていわないで「シンガポール」と言ってやればよかった。

今度タイに行くときは、ミャンマービザとシンガポールのスタンプがいっぱいのパスポートを持ってきてやろうか、などと思う。 

長年ルースな入管行政でセックスツーリスト・セックス滞在者を国内に集める政策を採ってきたのはほかならぬタイ国家自身なのだ。

ポイペトはますます近代的になり、数年前の独特の雰囲気は今はまったくなくなっている。

2年ちょっと前はまだ強かった「ポイペトの臭い」、ポイペトの町全体を覆っていた「これがダイオキシンの臭いか」としみじみ思うような臭いも、今はほとんどしない。

気まぐれなツーリストにとっては淋しく感じることだが、カンボジア国民にとってはいいことなのだろう。

以前泊まったことのあるLong Seng Lyゲストハウスがまだあった。1階の窓なしファンの部屋(200バーツ)に入る。さすがに古くなっていた。廊下も汚くなった。コンクリート作りの1階なので窓なしでも暑くはない。天井が高く、換気扇もついていて、以前は快適なところだと思って長居したことがある。今は臭いが少し気になる。

カンボジア風の強くてうまいコーヒーを出す店もほとんどなくなったようだ。ロータリー右端にあったバラック食堂の怖い感じの兄ちゃんの入れるカフェが好きだった。2年ちょっと前はまだかろうじて残っていたが、いまはもうない。

コーヒーがあるところでも「カフェ」が通じないことがある。前はどこでも一言で通じていた。バラックレストランでカフェを飲む人がいなくなったのかもしれない。 ホットコーヒーを飲む人が少なくなったのか、大きな店は当然のようにアイスコーヒーを出してくる。

ホットコーヒーを何とか出してもらってもタイコーヒーやラオカフェほどではないが濁っていることが多い。アイス用のコーヒー。通り沿いの店ではそれで20バーツもする。

奥(シエムレエプの方)に向かって右側にあるマーケットの一番奥の汚い食堂が昔ながらの透明感のあるカンボジア風カフェを出してくれた。5バーツ(500リエル)。英語を話す兄ちゃんがいる。

ポイペトの魅力はやはり夜の屋台。蒸し卵とストローが立って口の中が痒くなるフルーツシェーク。ドリアンも入る。

ロータリーの周りのフルーツシェークは都会的?な薄味になっている。奥の方に入るとまだ一応口の中が痒くなるのがある。しかし数年前よりは薄味になったようだ。以前は卵の黄身も入れていたが今回は入れているところを見ない。

蒸し卵は中が黒いので数年前始めて食べたときはギョッとした。腐っているのかのかと思って、屋台の人に「コレハ何ダ」と言ってしまった覚えがある。食えるんだよといわれた。

孵化しつつある卵(当然有精卵)を蒸したものらしく、ものによって孵化の度合いが違うようである。

真っ黒いところが多いのは小さな骨が出てくることがある。魚の骨ほどの細さだが鳥の足の骨の形をしていた。

黒い塩(黒胡椒入りの塩)とライムをかけて食べる。奥の方の屋台は香草もついてくるが、ロータリーの屋台ではつかなくなった。

しかし、奥の方のある屋台では、2個食べると15バーツなのに一度に3個食べると25バーツ取られる。4個食べると33バーツだという。この計算は理解できない。2個ずつ2回食べて香草もレモンも2倍もらった方が安いということになる。

いつも2個15バーツで食べていたのに、あるとき3個食べたら25バーツだといわれた。22バーツか23バーツでいいでしょ、といってもどうしても負けてくれない。こんなボリ方はないので、本気で言っているらしい。わけのわからない価格設定である。

しかしポイペトの屋台の女の子たちはみんなニコニコしている。ジャワほどではないが、かわいい子もいる。

数年前ポイペトにいっぱいいた獰猛な目をした男たちは見なくなった。

最初に来たときは彼らの目を見ただけで本当に怖くてゾクゾクした。「殺気」としか表現できないものをひしひしと感じ、ちょっとしたカルチャーショックだった。彼らはまだ戦争をしてるんだという印象を強く受けたことを思い出す。

2、3年前に来た時にがらっと変わっていた。舗装されて街燈も整備され夜歩きも普通にできる雰囲気になっていた。(「安全」かどうかは知らない)。

今も砂埃がまきたち雨が降ればぬかるみキレイとはほど遠いが、2、3年前はまだあった独特の臭気もなくなり、マーケットからも「殺気」は消えて平和な雰囲気になっている。

白人はシエムレエプに行くツーリストが通るぐらいだが、ネット屋にはやっぱり自分ひとりで天下を取っているようなのが来ている。

ネット屋は2件ほどあり、安い方(奥に向かって右側)は毛唐やツーリストも来る。日本語が書けるPCは2台だけ(ひとつは私がインストールした。しかし良くあることだがココログにはサインインできない。Mozilla Firefoxをダウンロードしようとしたができなかった)。

日本人ツーリストが「ポイペトの置屋」を検索したらしい恥ずかしい形跡も。彼らはなぜそういう跡を残すのか。履歴を消すことも知らないのだろうか。

高い方(奥に向かって左側)のネット屋は地元の人が電話を使うのが中心だが、普通のページへのアクセスは遅いがグーグルドキュメントが開けるとか(安い方はほとんど開けない)多少違いがある。日本語が書けるのは一台だけ。

数年前は怖かった「マーケット」付近に遊園地のような施設ができ、夜も子どもが遊んでいる。近くに警察の派出所もできてそのあたりにたくさんあった売春宿(「置屋」)は姿を消した。

マーケット近くでようやく「ル・パン」(フランスパンサンドイッチ)を見つける。ロータリーの近くからは姿を消した。「カンボジア的」というイメージがあるからだろうか。しかし、あの甘すっぱい野菜(酢漬け野菜?)は入っていなかった。

数年前は今はカジノの敷地になっているボーダー近くのドブ上にあった屋台(チャオファヤゲストハウスの斜め前の店)でもフランスパンに生野菜やらソーセージやら挟んだ、なぜか「とてもおいしい」サンドイッチが食べられた。板を無造作にドブの上に渡しただけのような床で、ごみは板の隙間から下に落とす。

ドブの上の汚い屋台でほおばる生野菜たっぷりのフランスパンサンドは、当時の私にはフグを食うような深い味わいがあった。

2年前に来たときは店は残っていたがコンクリートの床になっていた。タイ麺だけになってフランスパンはやめてしまっていた。

ポイペトの屋台はどんどんタイ的になっているように見える。

しかし数年前よりはカンボジアリエル紙幣をよく見るようになった。前はほとんどバーツだったように思う。

ポイペトはどうしても愛着のある町だとあらためて思った。今度来るときはシエムレエプからポイペトに直行しタイには入らずシエムレエプからマレーシアに戻るという旅行をしてみようと思う。ポイペトはいまも存在感のある町であり、タイの付属品ではない。

カンボジアが、豊かな国なのに自国の娘を毛唐に売り飛ばして恥じることのないタイのような土人売春国家になることなく、実のある経済成長をして良いところを残して発展できるといいと思う。カンボジアには海底油田もある。

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50バーツ札を出したら81バーツのおつりが来た

日ごろから行いが良いと時としてこのような僥倖が訪れることがある。19バーツの買い物をして50バーツ出したら81バーツのおつりが来た。

買ったのは7バーツのヤクルト(タイでは6バーツだがポイペトでは7バーツ)と12バーツのリポ。(リポは学生時代からの友達である。しかしこの辺のはなぜか甘い)。

私とて、小さな屋台だったら黙ってお釣りを受け取ったりはしないだろう。ポイペトロータリの羽振りのよさそうなコンビニ兼ゲストハウスの女主人が出してきたからありがたく頂戴しておくことにした。カンボジアである以上、現金は手にした者の勝ちである。

それに、50バーツ札を渡したと思ったのは私の勘違いかもしれない。

本当は100バーツ出していたのかもしれない。実際その可能性がある。私は20バーツ払ったつもりであの紛らわしい50バーツ札を渡してしまったことがある。

しかし、私が本当に50バーツしか渡していない可能性もあると思った。

その日はひやひやだった。もしあのおばさんが気がついて、後でなにか言ってきたらどうするか。

気がついて?

わたしは100バーツ渡した。確かに100バーツ渡した。

後で認める?

ありえない。私はあくまで100バーツ渡したと信じているから釣りを受け取ったのだ。実際私は100バーツ渡した。

私はまだその宿に泊まっていて毎日おばさんの顔を見て買い物をしている。

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