パマヌカンPamanukan ジャワ島
1月12日。
スバンSubangを出て、パマヌカンPamanukanに向かう。正午過ぎにホテル・スバン・プラザをチェックアウト。インドネシアのホテルは概してチェックアウト時間にあまりうるさくないようである(タイのカオサン辺りのゲストハウスなど、鍵を返すのが1分でも遅れたら一晩分取るぞとか張り紙がしてあったりするが)。
ホテルの近くでアンコタ(ミニバス)を拾い、スバンのバスターミナルまで行くが、それからが長い。パマヌカン行きの(大きめの)ミニバスの中で1時間ほど待たされる。乗客が集まるのを待っている。ぎゅうぎゅうに詰め込まれて発車。最初助手席を勧められて座ったが(助手席を勧められるときは特別な料金を取られることもありうる)、これが失敗だった。当然ながら後からほかの客がさらに助手席めがけて乗り込んでくる。しかも2人も私の横に座ろうとしたので逃げるように後ろの席に移る。ひっきりなしにタバコを吸う運転手(タバコを吸わない運転手は見たことがない。タバコを吸わないインドネシア人男というのもあまりいないように見える)にべったり押し付けられて出発するところだった。後ろにはもう席など残っていない。後進国ではいつものことだが、床の上に置いた台の上に座る。
バスはぎゅうぎゅう詰めになったときが出発時間である。女子高生がいっぱい乗っていたのはせめてもの救いだった。パマヌカンまでのバス代は8000ルピア。
午後2時過ぎにパマヌカンに着く。パマヌカンは西ジャワの他の町とは町の雰囲気がハッキリと違う。面白い町である。少しインドのような雰囲気である。(この先の町はこういう雰囲気になるのかと思ったが、あとでそうでないことがわかる。パマヌカンだけがちょっと変わっていた)。不思議なことに町のいたるところに両替屋がある。大きな両替店もあれば屋台のような道端に台を置いただけの両替屋もあり、同じ通りの狭い範囲にひしめき合っている。Asian Cekアジアン・チェック専門と書いてあるところが多い。日本円もインドルピアも両替できるようだ。
この町は物価も少し高いような気がした。雰囲気はインドかネパール南部の地方都市のようである。Es Campurエス・チャンプル(氷入りフルーツチャンポン。EsはIce)にトマトが入っていた。
しかしホテルは少ない。チャンプルを食べたところでPenginapan(ホテル)の場所を聞くがあいまいな答えしか返ってこない。もちろんインドネシア語しか通じない。
泊まった宿は最悪だった。
ベチャ(リクシャ)に「ポンドックPondok」と言ってFavorit(ファヴォリ)という宿へ。英語は一言も通じない。話を聞いた感じではこの町にはいろんな国の人が来るらしい。なぜだかも聞いたが意味がわからなかった。
安宿は夜のほうが人の出入りが多くやかましくなる。しかし朝になってもやかましい。同じ人間が音を立てているのであれば、いつか眠るだろうし出て行くかもしれないが、立ち代り立ち代りやってきて騒ぐ場合には、24時間ずっと大騒ぎで眠る暇がないということもある。ちょうど、ロシア兵に輪姦される日本婦人のようなもので、休む暇がない。
宵の口はまだ静かなほうだった。しかし、中庭を隔てた向かいのオヤジが早々と寝込んだらしくその寝息が響いてくる。隙間だらけながらコンクリート作りの建物であるせいか、寝息の音が反響して自分の部屋の中からその寝息が聞こえてくるようにありありと聞こえるのがなんとも気持ち悪かった。最初はどこからその寝息が聞こえるのか不思議だった。しかしそんなことでうるさがっているうちはまだ甘かった。
ここはローカルなラブホテル、連れ込み宿だった。夜半を過ぎるとひっきりなしに新しい客がバイクでやってきて、ことさら大きなエンジンの爆音を誇示しながら中庭、客の部屋の前まで乗り入れる。女を連れてくる客もあるようだし、売春婦のグループもどこからかやってくる。これが5時くらいまで続く。アノ声も聞こえるがそんなものを楽しむ雰囲気ではない。夜が明けると別の連中が中庭に座り込んで、あの耐え難いインドネシア特有の未開人のおしゃべりを始める。その声も部屋の中でしゃべっているくらいに良く響く。
金曜の晩だったこともあってか、ひどい祭りだった。
まったく眠らず、朝8時半ごろ逃げ出す。
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